蛇の願いアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 宮下茜
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 5.8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/11〜02/13

●本文

 キラリと白く光る体に暫し目を伏せると、そっと空を見上げた。
 真っ暗な空に一際大きく描かれた三日月に、目を閉じる。
 何の事はない、些細な出来事だった。
 人間によって危うく殺められそうになったのを、人間によって助けられた、ただそれだけの事だった。
『大丈夫だったか?』
 優しい笑顔。
 初めて見る人間の笑顔だった。
 甘いテノールの声は、蛇の心を震わせた。
 一瞬のうちに、蛇は彼の事が気に入ってしまったのだ。
 けれど、この姿ではお礼も言えない。
 この姿では、思いを告げることすら出来ない。

 蛇と人との恋なんて、聞いた事がない
 きっと彼は拒絶の色を表すだろう
 それでも、伝えられない言葉は心を激しく痛めつける
 その事を、蛇は良く知っていた

 蛇は思い込んだら一直線だった。
 神様のところまで行くと、人間にして欲しいと告げた。
『けれど貴方は彼の事を良く知らない。そうではないですか?』
『はい。でも、私、捜し出す自信があります!』
 蛇は純粋だった。
 そして、どんな困難にも立ち向かっていく、強い意思があった。
『あの方の事を考えると、我慢が出来ないんです。この間のお礼と‥‥私の気持ちを、告げたいんです』
『蛇、残酷な事を言うようですが、あの方には‥‥』
『例え恋人がいても、良いんです。どうしても、どうしても伝えたいんです』
 蛇は頑なだった。
『もう1度、笑顔が見たいんです』
『その純粋な気持ち、痛いほどによくわかります。良いでしょう。貴方を人間の姿にしてあげましょう。ただし‥‥』
 神様はそこまで言うと言葉を切った。
 蛇の顔色を窺うように首を傾げ‥‥
『ただし、その人に思いを告げた時点で、貴方は蛇の姿に戻り、そのまま命を落とします。それでも、良いのですね?』
 神様の言葉に、蛇は大きく頷いた。
 ‥‥とても嬉しそうな顔で‥‥


≪映画『蛇の願い』募集キャスト≫

*私(蛇)
 名前は藤(ふじ)
 外見年齢20〜30程度
 純粋で素直な性格で、騙されやすい
 可愛らしいと言うよりは、美人と言った容姿で髪は銀色
 『私』『〜様』『です、ます』

*彼
 外見年齢18〜30程度
 優しそうな外見をした青年
 明るく社交的な性格
 『俺』『(名前呼び捨て)』『だ、だな』
→彼女が不治の病にかかっているor事故で死亡しており、現在ではかなり荒れた性格になっている

・彼女(必須キャストではありません)
 外見年齢18〜28程度
 中性的な外見をしており、御転婆で後先考えないで行動する
 『私』『(名前呼び捨て)』『だね、だよ』

・その他
 彼の友達
 彼の家族   など

●今回の参加者

 fa2459 シヅル・ナタス(20歳・♀・兎)
 fa3579 宝野鈴生(20歳・♀・蛇)
 fa3709 明日羅 誠士郎(20歳・♀・猫)
 fa3831 水沢 鷹弘(35歳・♂・獅子)
 fa4339 ジュディス・アドゥーベ(16歳・♀・牛)
 fa5331 倉瀬 凛(14歳・♂・猫)
 fa5394 高柳 徹平(20歳・♂・犬)
 fa5423 藤間 煉(24歳・♂・蝙蝠)

●リプレイ本文

 駅の方から何かが壊れる音がした。藤(宝野鈴生(fa3579))は思わず首を竦めた後で音のした方を見やった。何か激しく言い争いながら、喧嘩をしている2人の男性。藤は彼の横顔を見た瞬間、走り出していた。
「この人を苛めないで下さい!」
 バっと手を広げ、玲(藤間 煉(fa5423))の前に立ち塞がった藤に、相手の男性が困惑の表情を浮かべる。
「あんた、誰だよ。危ねぇから前に出て来んなよ!」
 玲が声を荒げた時、視界の端から1人の青年が走って来た。
「弘兄!玲兄がいました!」
 背後に声をかけ、彼の後から女の子と男性が走って来ると玲を見て安堵の表情を見せた。
「あぁ、良かったです。捜したんですよ、玲さん」
「ほら、家に帰るぞ。お前がそんな事でどうする!何度も言うが、彼女だって悲しむだろう」
「うるせぇんだよ!俺の勝手だろ!」
 何時の間にか、玲とやりあっていた男性は何処かへと姿を消していた。いきなり始まった展開に藤がキョトンと首を傾げ‥‥
「玲のご友人の方ですか?」
「こんなヤツ、知らねぇよ!」
「お前、そんな言い方はないだろう!?弟が失礼な事を言って、すみません」
 弘(水沢 鷹弘(fa3831))が深々と頭を下げ、一番下の弟の洋(高柳 徹平(fa5394))もつられて頭を下げる。
「玲さんを、助けてくださったんですよね?」
「ちげぇよ!勝手に前に出てきただけだ!」
 由利(ジュディス・アドゥーベ(fa4339))の言葉に玲が苦々しい表情を浮かべながら、弘と洋の手を振り払うと何処かへと歩いて行ってしまう。3人が改めて御礼を言うと玲の後を追って走り出し‥‥その様子を影から見ていた静流(シヅル・ナタス(fa2459))が姿を現すとキョトンとしたままの藤にこれまでの経緯を語り、自嘲気味な笑みを浮かべた。
「私の力じゃ、もうどうしようもないから。でも、貴方なら出来る気がする。自分の危険も顧みず助けるなんて、私には出来ない。‥‥卑怯な私には、無理な事だから。だから、どうか玲の事をお願い‥‥」


 静流の友人として紹介された藤は、何度か玲の家を訪ねて行った。けれどその度に冷たくあしらわれ、怒鳴りつけられることもしばしばあった。
「玲、せっかく来てくださったのに、そんな冷たい態度を取るものじゃないぞ」
「うるせぇんだよ!俺がいつ、来てくれって頼んだんだよ!」
「‥‥藤さん、いつもすみませんね。色々ありまして、弟は今少し荒れているんです。本来は明るくとても良い子なんですが‥‥」
「はい、知ってます」
 藤はどんなに玲に避けられようと、怒鳴られようと、決して笑顔を絶やす事はなかった。静かに微笑み、黙って玲の吐き出す感情の全てを受け止めていた。
「兄の私がこんな事をお願いするのも心苦しいのですが、玲の事を宜しくお願いします。藤さんなら、弟も心を開いてくれるような、そんな気がするんですよ」
 毎日懲りずにやってくる藤に、弘は照れながらもそんなお願いをした。藤は、柔らかく微笑むとその願いを聞き入れた。


 先に根負けしたのは玲のほうだった。毎日毎日、懲りずにやって来る藤にだんだんと心を開いていったのだった。
 笑う回数も増え、怒鳴るようなこともなくなって来た時、藤の些細な言葉に玲は思わず声を荒げてしまった。不運な事に、丁度その時玲の家には玲の彼女の明日香(明日羅 誠士郎(fa3709))の弟、陸(倉瀬 凛(fa5331))が来ており、玲の怒鳴り声を聞きつけると部屋に入って来てこう怒鳴った。
「姉ちゃんがお前には会いたくないって言ってるんだ。もう姉ちゃんには近付くな!」
 突然の展開にどうして良いのか分からなくなった藤が、不安そうな瞳で陸を見上げ‥‥
「お前もこんな奴に近づかない方がいいぞ。仲良くしてたっていつかほいっと捨てられてしまうんだからな!」
 部屋から駆け出した陸の後を、藤は追いかけた。家の前の道路で彼の腕を掴み‥‥
「玲様は、そんな事はしません。だって、彼は私を助けてくださったのですから」
「あいつにそう言えって言われたのかよ!?」
「いいえ?第一、言えと命令されても、私は事実と違う事は言いません」
 藤の言葉に、陸は思わず目を丸くして固まってしまった。
「お前、あいつの事好きなのか?」
「命の恩人を、嫌いな方はいませんよ」
「‥‥お前もきっと、俺と同じ気持ちなんだよな」
「陸様も、玲様がお好きなんですか?」
「気色悪い事言うなよ。俺はあいつじゃなく、姉ちゃんの事が好きなんだよ。‥‥そうだよな、好きな人の事悪く言われたら傷つくよな。‥‥酷い事言って、悪かったよ」
「私は別に‥‥」
「と、とにかく、お前が入ればアイツは大丈夫そうだな。‥‥姉ちゃんも多分、喜ぶよ」
 陸は寂しそうな表情でポツリとそう呟くと、藤に背を向けて走り出した。


「俺、すごい大切な人が居て、でもその人‥‥」
 陸と会った数日後、玲はゆっくりと明日香の話をし出した。助かる見込みは限りなく0に近い不治の病に侵されている彼女。その言葉の端々から、玲が明日香を思っている感情が滲み出ており、藤は複雑な感情を押し殺しながらぎこちなく微笑んだ。
「きっとその方も、心細いんだと思います。貴方が自分の事で苦しんでいるんじゃないかって。だから、その方に避けられても、嫌がられても、傍にいてあげて欲しいです」
 藤はそう呟くと、そっと立ち上がって窓の前まで行き微笑んだ。
「玲様はもう覚えていらっしゃらないと思いますけれど、玲様は、私の命の恩人なんです」
 突然の告白に、玲は必死に記憶を手繰り寄せた。けれど、藤とは駅で荒れていたあの日に初めて出会ったはずだ。
「あの日失うはずだった命を貴方に救われてから、私は生きる事が本当に楽しかったです」
「おい、何言ってるんだよ?」
「どうかこれからも、その優しさを忘れないで」
 窓を開ける。
 夕暮れに染まった空を背景に、藤は窓枠に腰を下ろした。
「おい、危ないぞ!?」
「‥‥私は、貴方の事が大好きです」
 薄っすらと涙を浮かべながら微笑むと、藤は窓から手を放した。
「危なっ‥‥」
 咄嗟に伸ばした玲の指先は、確かに藤の指先に触れた。けれど、掴む事は出来なかった。ゆっくりとスローモーションで落ちていく彼女の姿が、空中でふっと掻き消え‥‥部屋を飛び出して窓の下に走れば、そこには1匹の白い蛇がぐったりと倒れていた。
「蛇‥‥」


「最近、藤さんを見かけませんけれど‥‥」
 何か知っています?そう問いた気な由利の視線に、洋は軽く首を振った。
「教えてくれないんですよ」
「‥‥あいつだって、ずっと玲に構ってるわけにはいかないだろ」
 陸の言葉に「そうですね」と由利は小さく呟くと、持っていた空き缶をゴミ箱へ投げた。綺麗な弧を描いて入った缶に満足げな笑みを浮かべ‥‥
「あいつ、変な奴だったけど。何か暖かかったよな」
「玲兄が前みたいに優しくなったのも藤さんのおかげですし、一言お礼が言いたいって弘兄と言ってたんですけれど‥‥」
 玲は、藤に関して何も言わなかった。ただ、玲は藤がいなくなってから、急に庭の片隅に小さな花壇を作ったのだった。赤いレンガに囲まれたそこには、綺麗な花が咲き乱れていると言う‥‥


「思い出したんだ。あの蛇が、何だったのか。確かに俺は藤の言うとおり、白い蛇を助けた。でも、別に何かを期待して助けたわけじゃない。ただ、俺が救える命が目の前にあった。だから救ったって、それだけだったんだ」
「でも、彼女は助けられた命を、貴方を助けるために使ったのね」
「‥‥俺、藤みたいに誰かを助ける為に命をはれるかって言われたら、正直自信がない。でも、もし‥‥今にも消えてしまいそうな命があったとして、俺が助けてやれるんなら、なんとしてでも救いたいと思うんだ」
「助けてあげられそうにない場合は?」
「祈るよ。一生懸命。祈ったってどうしようもないのかも知れない。でも、何も出来ないからって言って、何もしないのはダメだ。自分にはどうしようもない状況でも、その人を思って祈ることは出来る。そうだろ?」
「えぇ、そうね。貴方の言うとおりだわ」
「だから俺も祈るよ。明日香がよくなりますようにって、祈るよ」
 静かな病室内で、玲の祈りの言葉が紡がれる。ゆっくりと、殺風景な室内に充満していく祈りの言葉‥‥明日香は細い腕を伸ばすと、玲の手の上に乗せた。
「私も、頑張ってみる。だってそうしなきゃ、命をかけて貴方に告白したその子に笑われちゃうものね」
 一粒、涙が頬を流れ落ちる。玲がその涙を拭い‥‥心の中でそっと、祈りの言葉を紡いだ。


   病魔が彼女から離れて行きますように
   ‥‥そして
   俺を救ってくれた大切な人が、空の上で幸せに笑っていますように‥‥


○もう1つのラスト
・玲の自室
 玲から明日香の話を聞き、藤はそっと窓を開けると靡く髪を押さえた。
「今、1つだけお願い事をしたんです。その願いが叶うかどうかは分かりませんけれど、でも‥‥」
 儚い笑みを浮かべ、藤が窓枠に座る。危ない、そう直感で感じた玲が手を伸ばし‥‥
「私、玲様が大好きでした」
 体が窓の外へと落ちていく。玲の伸ばした手は、宙を切った‥‥


・明日香の病室
 ゆっくりと目を開けた姉の枕元に走ると、何かを呟く口元に耳を寄せる陸。
「‥‥願い、叶い‥‥ますよね‥‥?」
「姉ちゃん?」
 普段とは違う笑みを見せた明日香が目を瞑り‥‥涙が一筋、頬を流れ落ちた。