Pure Melody 失声アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
宮下茜
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
難しい
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報酬 |
8.8万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
02/17〜02/20
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●本文
薄暗い中、スポットライトが当たる。
目も眩むような光の洪水の中、マイクをそっと握る。
スローテンポのバラード。けれど、だんだんテンポアップしていく。
『離れてる気持ち知って 絡んだ指先切なくて』
この歌詞を書いたのは私。その時の気持ちを、嘘偽りなく書いた。
『サヨナラの言葉喉に張り付き 震える唇噛み締めた』
どんなに胸に痛い歌詞でも、泣きそうに歌っていても、構わない。
聴いている人は、それすらも曲の一部と感じてくれる。
『離れる指先 言わなくて良いの?』
『自問自答 伸ばした指先』
『冷たい風を掴んだ』
いつもならしんと静まり返るはずなのに、どうしてだか今日はお客の声がうるさかった。
チラリと視線を向ければ、ピアノの前に居る見慣れた男性が目を丸くしながらも懸命に鍵盤を叩いているのが映った。
『靡く髪を押さえ』
『涙隠すため 笑顔浮かべた』
一体如何して?‥‥そう思いかけた時、この会場を支配している驚きの理由が分かった。
私‥‥声が、出てない‥‥
『もう2度と会えないと知って』
微かな鼻歌に、僕は顔を上げた。甘い紅茶の香りを纏いながら、彼がご機嫌な様子で繊細な旋律を紡いでいる。
「どうしたの?今日は随分機嫌が良いんだね?」
「あぁ。美味そうなクッキー取り寄せたんだ。来週には届く」
そんなことくらいで機嫌が良くなってしまうなんて、随分子供だ。
そう言いかけて、僕は思わず言葉を飲み込んだ。
子供みたいに純粋な彼は、それでも言葉だけは達者だった。
(きっと、10倍くらいにされて返されるんだろうなぁ)
カップの繊細な取っ手に指を滑らせた時、胸ポケットに入れていた携帯が振動した。液晶には、知っている名前が浮かんでいた。
「もしもし?どうしたの?」
『あ、閏さん。あの、先日はお世話になりました。‥‥えっと、閏さん今、奏さんの所に居ますか?』
「え、うん。奏なら隣に居るけど。代わる?」
顔を顰め「電話は嫌いなんだ」と呟くのを隣に聞きながら、電話口で戸惑っているらしい彼女に声をかける。
「僕じゃなくて、奏に用があるのかな?」
『そうなんですけれど‥‥あの、本当に厚かましいお願いだとは知っているんですけれど‥‥どうしてもと頼まれて‥‥』
「最初から詳しく説明してくれるかな?なんなら、奏の家に来ても良いし」
隣で舌打ちがあった。彼は部屋に知らない人やあまり親しくない人を上げる事を好まないのだ。
『お家の方には後で行かせていただきたいと思います。でも、先にお話をしておいた方が良いと思うんです』
電話口の彼女はキッパリとそう言うと、少しの間を持たせた後で唐突に切り出した。
『ある女の人の歌声を取り戻して欲しいんです。私が、ピアノを弾けるようになったように‥‥』
「でも弓ちゃん、僕達は‥‥その‥‥」
『声が出ないんじゃないんです。歌が歌えなくなってしまったんです。それも、彼女のデビュー曲が‥‥』
≪映画『Pure Melody 失声』募集キャスト≫
*香坂 奏(こうさか・そう)
少女のような儚い外見をしている。実年齢は23(外見年齢18〜23)
知らない人(特に女性)に警戒心を発し、常に閏の傍から離れない
言いたい事は容赦なく言うが、感情を上手く表せないために閏の感情に引きずられがち
→閏が泣けば奏も泣き、閏が笑えば奏も笑う
視線は常に下に向けられており、閏との会話のみ目を見て話す
『俺』『お前(呼び捨て)』ぞんざいな口調で話す。閏も弓も呼び捨て
大きな音が苦手で、何か傷つける事を言われると閏の姿を捜す
→その際一人称が無意識のうちに『僕』に変わる
*嘘をつく事が出来ない(お世辞なども言えない)
*沖野 閏(おきの・じゅん)
身長は高く、いたって普通の好青年。実年齢は23(外見年齢20〜25)
人当たりが良く、物腰が穏やか。奏を実の弟のように可愛がっており、過保護
『僕』『君(さん・ちゃん・君づけ)』柔らかい口調で話す。奏は『奏』弓は『弓ちゃん』
滅多な事では怒らないが、奏を傷つけた相手には容赦が無い
→頭に血が上り、一瞬自我を忘れる。その際一人称は『俺』に変わり、口調も乱暴になる
→ただ、頭に血が上っている時間は短く、すぐに自我を取り戻し冷静になる
*壱葉 楓(いちは・かえで)
凛とした雰囲気の美女。実年齢は21(外見年齢20〜25程度)
デビューしたての歌手で、デビューシングル『最後の言葉』がかなり売れている
現在『最後の言葉』だけ歌えない状態。言葉は普通に喋れ、他の歌も歌える
『私』『〜さん』おっとりとした喋り方。奏も閏もさんづけ
→『最後の言葉』は事故死した恋人を思って書いた曲
→弓とはピアノ教室を介しての友人
・平良 弓(たいら・ゆみ)
可愛らしい外見の少女。実年齢は18(外見年齢16〜20)
将来ピアニストを目指している
頭の回転が速く、状況を飲み込むまでに時間が掛からないタイプ
柔軟性があり、優しい心の持ち主
『私』『〜さん』丁寧な口調で話す。奏も閏もさんづけ
・その他
奏と閏の同級生
楓の友人や音楽関係者 など
注
その他キャストで奏と閏の同級生を選んだ方は『2人とどのような関係なのか』『2人をどう思っているのか』をお書き下さい
奏は閏にしか心を開きませんので、奏が友達だと思っている方はいないと思いますが、奏には友達と思われてなくても友達だと思ってると言う主張もありです。
●リプレイ本文
閏(星野・巽(fa1359))が友人から借りてきた楓(冬織(fa2993))の『最後の言葉』を聞きながら、そっと目を瞑る。
「悲しい曲だな。ただ悲しいだけで、俺は好きになれない」
隣で静かに聞いていた奏(玖條 響(fa1276))がポツリと呟き、眉を顰める。
「‥‥そうだね」
(まるで、別れを言えない女性の歌の様だ)
その部分は言葉には出さずに、閏はデッキからCDを取り出すとケースにしまった。棚の上に置いてある、やけにファンシーな時計に視線を向けた時、軽快なチャイムの音が響いた。
「楓さんかな?」
「閏が出ろ」
お前が呼んだんだろう?そうとでも言いたけな表情に苦笑しながら、閏は玄関の扉を開けた。硬い表情をした楓が、弓の紹介で訪れたと言う旨を伝え、閏が中に招く。
「さっき、最後の言葉を聞かせていただきました」
「有難う御座います」
「悲しい歌詞でしたけれど、あれは‥‥」
「亡き恋人を思って書いた曲です」
それ以上は聞かないで下さいと、全身から拒否の意を示す楓に閏が言葉を詰まらせる。
「そうなんですか」
「思う侭に書いた、それだけです」
目を伏せた彼女の前に奏が無言で紅茶を置き、暫く取りとめのない歓談をした後で、楓が手首に巻きついた華奢な腕時計に視線を落とすと腰を上げる。
「すみません、仕事が‥‥」
「何か分かったら連絡を差し上げますから、元気出してくださいね」
玄関扉の前まで送った後で、閏はそう告げてから扉を閉めた。肺の奥から空気を吐き出すかのように、長い溜息をつき‥‥
「なぁ、歌詞‥‥恋人を思って書いたにしてはおかしくないか」
何時の間にか背後に来ていた奏が、眉根を寄せながら首を傾げる。随分と女性的な表情に苦笑し、ポンとその頭を叩く。
「あぁ、僕もそう思ったよ」
嫌がる奏を引き連れて、閏は幸田・唯(ぇみる(fa2957))に借りていたCDを返しに来た。閏の背後に隠れてばかりの奏に、相変わらずだと柔らかい苦笑を向けた後で、唯はCDの感想を求めた。声は綺麗だし、曲も素晴らしかったと伝えた後で、閏は首を傾げた。
「この曲の女性はどんな気持ちで歌っているんだろうね?」
困ったように眉根を寄せる唯に、変な事を言ってすまなかったと頭を下げた後で、2人は唯の前を後にした。
「次は、マネジャーさんに話しでも‥‥」
「あれ?奏?」
懐かしい声に、2人は足を止めて声の出所を探った。人込みを掻き分けるようにして走って来た捺屋 湊(柊ラキア(fa2847))が「久しぶり」と言いながら手を振り、隣に居る閏を見て、表情が強張る。2人の同級生の彼は、何故か閏をライバル視していた。それでも幼い頃は仲が良かったのだが、成長とともに2人の仲は気まずくなって行き、閏が奏を構うようになってからは疎遠になっていた。
「久しぶりだね‥‥」
堅い表情で閏が微笑み、奏が閏の感情に引きずられて緊張し出す。
「お前ら、相変わらず仲良しだな。今日は何、買い物?」
「そうじゃなくて、壱葉さんって歌手知ってる?少し交友があって、俺達が彼女の声をどうにかできないかなって」
「そっか」
会話が途切れる。凄いじゃん、頑張れよ、そんな言葉は、湊の心の中で渦巻くばかりで言葉には出来なかった。視線を上げれば不安そうに俯く奏と、そっと肩に手を乗せて宥めている閏‥‥
「お前達のしてる事は、自己満足じゃないのかよ?いっつもそうだよな。閏は、誰が可哀想だ何だって、奏の事だって、お前の満足のために束縛してるだけじゃないのかよ!?」
プツンと、何かが切れた音がした。懐かしい思い出の上に、現在の強張った緊張が重なり、崩れ去っていく。もう戻れない日々に、今現在硬い友情で繋がれている2人に、湊は嫉妬した。
「‥‥ごめん」
今にも泣き出しそうな奏と目が合い、湊は低い声で呟くと、逃げるようにその場を後にした。
マネージャーの木下浩司(新田・昌斗(fa3726))は楓の突然の失声の対応に追われ、忙しそうだった。電話口に謝罪の言葉をかけながら頭を下げる彼は、閏と奏の2人に気付くと受話器を持ちながら隣室を指差した。薄い扉をノックすれば、楓の付き人をやっている澤井鈴(七瀬紫音(fa5302))が顔を出し、直ぐにお茶の準備に取り掛かる。
「この度はご足労いただき有難うご御座いました。お聞きになりたい事があるとか」
「えぇ、澤井さんは、最近の彼女と以前の彼女を比べて如何思いますか?」
「私生活に関して言えば、なんとも言えません。ただ、歌に関して言えば、感情の込め方がまったく違っていると言うのを感じます」
「感情の込め方、ですか?」
「以前はこっちの感情まで引き釣り込まれる様な歌い方だったのに、最近ではあの曲を歌う事そのものが苦しいような‥‥痛みを感じるんです」
「恋人を思って書いた曲と言う事でしたが、当時を知っている方をご存知ありませんか?」
「梶浦さんなら何か知っているかも知れません」
鈴はそう言うと、梶浦冴(琴月みちる(fa5368))の連絡先を書いた紙を閏に手渡した。
初めはプライベートの事なのでと口を濁らせていた冴だったが、閏を信頼に値する人物と判断すると重いながらも口を開き始めた。
「付き合い始めたばかりの頃は、お似合いの2人だったと思います。でも、だんだんすれ違ってしまう事ってあるでしょう?私は、2人から相談も受けました。でも、所詮は部外者でしたから‥‥」
友達ってこう言う時に凄く無力ですよね、自嘲気味にそう呟くと、冴は窓の外に視線を向けた。
「もしあのまま彼が生きていたとしても、駄目になっていたと思います。きっと楓も薄々そう感じていたんでしょう。だから、あんな曲を作った」
言葉が途切れ、重たい静寂が流れようとした室内に、閏の独り言とも取れるような小さな声が響いた。
「原因は故人ではないね。むしろ‥‥」
奏の自室を訪れた楓にお茶を出すと、閏は楓の瞳を真っ直ぐに見た。
「貴女が囚われているのは死んだ恋人ではなく、貴女自身じゃないかな」
「どう言う意味でしょう?」
驚いたらしい楓の両眼が見開かれる。
「気を悪くしたらごめん。原因を知る為に、聞き込みをさせてもらいました」
「‥‥哀しい曲も時には必要だし、それで救われる奴もいるけど‥‥」
ノロノロと発せられた奏の言葉に楓が顔を上げる。合ってしまいそうな視線に思わず俯く奏。膝の上で固く結ばれた拳が微かに震え、閏が肩にそっと手を乗せる。奏が安心したように深い溜息をつくと顔をあげ‥‥視線だけを、楓から外す。
「お前に今必要なのは、過去の自分をどう受け止めて‥‥これからの自分を如何したいのか考える事じゃないか。今の気持ちを、大切にしろよ」
微かに震えていた一生懸命の声に、楓は目を伏せた。
「確かに、彼を想うと言うより‥‥別れを受入れられなかった事への想いが、今は強いのかも‥‥」
「歌を作る手伝いは出来ないけれど、話を聞く事は出来るから」
「今の気持ちを見詰め直し、もう1度歌を書いてみます」
「気軽に寄ってくださいね」
また此処に来るのかよと言う、不満そうな奏の表情に苦笑しながら、閏は楓に手を振った。
自宅での曲作りの最中に現れた冴と歓談をした後で、楓は不意に手を止めた。
「木下さん、彼が死んだあの場所へ‥‥連れて行って貰えますか?」
「え、でも‥‥」
「曲作りのためなんです」
楓の言葉に、渋々ながらも車を出す浩司。冴と鈴も乗り込み、車はあの忌々しい惨劇の起こった事故現場へと向けて滑るように発進した。
今にも陽が没してしまいそうな薄明かりの中で、楓が浩司に付き添われながら花束の置かれた場所まで歩く。不安そうな鈴の肩に手を置き、冴が大丈夫だと言うように微笑み‥‥
震える足を、1歩また1歩と進める。彼との思い出が蘇り、楓の頬に涙が流れた。そっと目を閉じ、瞼の裏に浮かんだ彼の笑顔に手を振る。
「サヨナラ‥‥」
『旅立ち』
本当は全部分かってた 一人が怖かっただけ
貴方がいない世界 拒絶した私
仮面を外し 泣くだけ泣いたら
飛び立つ貴方を見送るわ
サヨナラ 二度と会えない人
サヨナラ 意気地なしの私
楓が歌い終わると一礼し、浩司が安心したように拍手を送る。
「いい曲じゃないか。これは、好きだ」
笑っている閏に微笑を返しながら奏が呟き‥‥閏がその耳元に、そっと言葉を紡ぐ。
「楓さん、新しい恋をしてるみたいだね?」
楓と浩司に向けられる閏の優しい瞳。恋愛感情は分からないながらも、閏が嬉しそうだと言うそれだけで、奏は心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべた。そっとピアノの前に座り、1度聞いただけの『最後の言葉』を弾きはじめる。一瞬だけ戸惑ったように息を呑んだ楓の肩に、心配そうな表情をした浩司の手が乗せられる。奏が感情を込めて弾くピアノの音はどこか物悲しく‥‥それでも、確かな希望の光が輝いていたように思った。そっと浩司の手を振り解き、楓が満面の笑みで力強い言葉を放つ。
「今は歌いたいです。私は歌手ですから」
澄んだ綺麗な歌声と、感情の篭った優しい言葉達。奏と楓の純粋な心が紡ぐ曲は、優しい哀しみと明るい未来を乗せていた。
「相反する心が起こした悲劇。‥‥でも、もう大丈夫だね‥‥」
ポツリと呟いた閏の声が聞こえたのか、それともただの偶然なのか。奏が顔を上げ、閏と視線を合わせると無邪気な笑顔を浮かべた‥‥