有坂家の事情3アジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
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担当 |
宮下茜
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
6.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
02/28〜03/02
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●本文
・物語り憑き
それは、物語の登場人物達と触れ合う事の出来る、神秘の職業。
それは、親から子へ、子から孫へと受け継がれる伝統の職業。
それは、物語憑き本部からの指令により、日々物語の安全を守る、名誉ある職業。
*物語憑き本部*
毎度の事ながら、本日も物語憑き本部は荒れていた。
それと言うのも、とある物語の主役2人が揃って本部を訪れ、とても厄介な事件を持ち込んだのだ。
「せめて1回くらいは幸せになりたいんです!」
「いつもいつも引き裂かれてばかりの2人。あぁ、もうイヤ‥‥」
さめざめと泣く女性と、その肩を抱く男性。
「た、確かに悲劇ですけれど、でも‥‥その‥‥」
本部の職員がオロオロとしていると、2人は真っ白な物語を掴んで声を合わせた。
「「一度くらいは幸せな物語の主人公になったって良いじゃないですかっ!!」」
*有坂家*
物語り憑き本部から半ば強制的に送りつけられてきた『真っ白な本』の題名部分には、ご丁寧に『有坂家版ロミオとジュリエット』と書かれていた。
「えー、本部から緊急の指令が入った。皆強制的にこの本の中に入ってもらうからのぅ」
源(げん)がそう言って、本でテーブルを叩く。
「ロミオとジュリエットですか」
「有坂家版って‥‥」
凌(しのぐ)が薄笑いを浮かべながら頷き、雪(ゆき)が身の危険を感じて視線を彷徨わせる。
「先方からのたっての希望での、ロミオは凌にやって欲しいそうじゃ」
「先方って、ロミオとジュリエット?」
「ってかー、その2人は何処行ってるのぉ〜?」
妃(きさき)の言葉を引き継ぎ、姫(ひめ)が疑問を投げかける。
「2人がラブラブになる話しをつくっとるそうじゃ」
「‥‥ラブラブって‥‥」
源の発言に湊(みなと)が思わず頭を抱える。
「まぁ、2人はこの際置いといて、どうして真っ白な本が家に届くわけ?別に1日くらいならロミオとジュリエットのお話を休んでも大丈夫じゃないの?」
「んーまぁ、なんっちゅーかのぉ、先方の‥‥」
ごにょごにょと言葉を濁した源が、チラチラと凌と雪に意味ありげな視線を向ける。
「‥‥俺と雪に何か御用でも?」
「その、のぉ、先方は‥‥雪をオナゴと思っちょる、ゆー話しでのぉ‥‥」
「あら、それならいつもの事じゃない」
追い討ちをかける形で妃がそう言い放ち、雪が涙目になりながら椅子の上に体育座りをする。
「えぇい、はっきり言ってしまうかの!ロミオが雪を気に入り、ジュリエットが凌を気に入ったっちゅー話しなんじゃ!」
「それと今回の真っ白な本と何処に関係が?」
「‥‥まぁ、直球で言ってしまえばのぉ、2人に自分達の役をやってほしいそうなんじゃ」
「俺がロミオで、雪がジュリエットですか?」
「話しのアレンジはして良いそうなんじゃが、まぁ、言ってしまえば自分達以外の人がどう言う話しに持っていくかっちゅーのが見たいゆーんじゃ」
「それ、僕じゃないとダメなの!?姫でもいーじゃん!」
「姫『でも』ってどう言う事なのかなぁ?ちょーっと姫よりも可愛い顔してるからって、ゆんちゃん調子に乗りすぎなんだよーっ!」
姫が雪の頬を抓り、隣に座っていた湊が慌てて2人を引き離す。
「ダメよ姫!雪の顔に傷つけたらお兄ちゃんとお姉ちゃんがうるさいわ!」
「‥‥ゆんちゃんはサイボーグだから、自己修正できるんじゃないのぉ〜?」
「だから、僕はサイボーグじゃないって言ってるだろっ!」
「あーあー、うるさいうるさい!!」
源が耳を塞ぎながら顰め面で首を振る。
「話をアレンジして良いと言う事は、別に悲劇に持っていく必要はないって事ですよね?」
「まぁ、そうなるかのぉ?」
「ねぇねぇ、それって登場人物も勝手に作って良いわけ?」
「有坂家版じゃしのぉ、良いんでないかのぉ?名前も、ロミオとジュリエットじゃなくそのままで良いそうじゃし」
「それじゃぁ、凌と雪になりますね」
凌が笑顔でそう言い、淡白すぎて微妙な題名に湊が苦笑する。
「まさか、受けないよね?」
何かを考え始めた兄姉に、雪が恐る恐る尋ね‥‥
「勿論」「受けるに決まってますよ」
妃の言葉を凌が引き受ける。双子の阿吽の呼吸に雪が頭を抱え‥‥
(物語の中だしぃ、ゆんちゃんの事とことん苛めちゃえー!ロミオとジュリエットってそう言う話だよね?)
(きっと姫はロミオとジュリエットの話を誤解して雪を苛めるだろうから、雪の泣き顔が見られるって事ね)
(おそらく姫に苛められた雪に妃が追い討ちをかけるでしょうから、俺はさらにその先を‥‥)
(あぁ、姫もお姉ちゃんもお兄ちゃんも何を考えてるのか分かるわ。きっと皆雪を苛めるだろうから、私が何とかしないと)
(‥‥なんだか苛められそうで怖いなぁ。湊お姉ちゃんに助けてもらわないと‥‥)
全てが分かり合えている、有坂5兄妹の神秘だった。
≪映画『有坂家の事情3』募集キャスト≫
*凌
有坂家長男。実年齢18(外見年齢17〜25程度)
冷酷無慈悲、高身長で運動神経S級、容姿端麗で秀才。完全無欠の嫌味な男
外面が良く、面倒ごとに巻き込まれないように細心の注意を払って生活している
ただし、売られた喧嘩はキッチリと買う。笑顔で相手をぶちのめすような最悪の性格
*妃
有坂家長女。実年齢18(外見年齢17〜25程度)
高身長で腰が細いモデル体型の美少女。凌の双子の妹
兄同様運動神経S級で秀才。凌と良いコンビで最強の名をほしいままにしている
兄同様喧嘩には強く、女の子だから良いわよね精神で武器を振り回す凶暴ぶり
*湊
有坂家次女。実年齢17(外見年齢16〜20程度)
高身長で兄と良く似た面差しをしており、女の子からモテル
必要最低限の事しか喋らない。何に関しても不器用で、そこがまた女子からの支持を受けている
争い事は嫌いで平和主義者だが、喧嘩は兄姉以上に強い
*雪
有坂家次男。実年齢15(外見年齢13〜18程度)
低身長で色白、美少女顔。全て母親遺伝子で生まれて来てしまったと言う不幸な少年
凌と妃から溺愛されており、愛情表現ともイジメともつかない仕打ちを受けている
更には妹からは嫌われ、サイボーグ呼ばわりをされている。薄幸の美少女‥‥いや、美少年
湊だけが家の中で頼れる存在と認識している
*姫
有坂家三女。実年齢13(外見年齢10〜15程度)
低身長で色白、ふわふわとした可愛らしい少女。
常に姫が1番!と思っており、自分よりも美少女顔の雪を嫌っている
ゆんちゃんがいなければ姫が世界で一番可愛いのにー!と、雪をサイボーグ呼ばわりする始末
世界は姫中心に回ってるの!と疑いも無く言っている少女
・その他
物語の中の登場人物
→有坂の母や父、源などは不可。有坂家以外の物語り憑きも不可。
●リプレイ本文
2度ある事は3度あると言うが、それならば1度あった事は2度目もあって然るべきで‥‥雪(大海 結(fa0074))は凌(星野・巽(fa1359))自らが選んでくださった(刺々しい言い方)ひらふわのドレスを手に肩を落とした。
「今回もまた女装なんだね」
「当たり前でしょう『ジュリエットが男性だった』なんて事実はありませんよ」
そうだよねと納得しかけた雪だったが、どんなに見た目が少女でも彼は正真正銘の『男の子』だ。そもそも、ジュリエットを彼が演じる事自体が間違いなのだ。けれどそんな事を声高に訴えようとも、目の前で邪悪な笑みを浮かべて立っている双子達に通じるはずが無い。ヤツラに人語が通じると思ってはいけない(ちなみにそんな事を言ってもいけない)雪は渋々ながらも素直に着替えると首を傾げた。
「どうかな?」
前回させられた事で心の余裕が出来たのか、似合うか似合わないかを聞くまでに進歩(?)している。
「とっても似合ってますよ」
当然そう答える凌。自分が聞いたくせに落ち込む雪の背後から妃(冬織(fa2993))がそっと近付くと、抱き締める。
「流石は私の弟!何着ても似合うわぁ〜」
「妃お姉ちゃん、首絞まってる!!」
力加減の分からない自称乙女は、いたいけな弟の細首を絞めあげるとケロリとした顔で手を放した。ドサリと床に倒れこんでむせる雪。ロミオとジュリエットと言うよりは、暴力的なシンデレラのお話になっている。苛める義姉と耐えるシンデレラ‥‥それを助けに来るのはへっぽこ王子だ‥‥何だかやるせない。
「さぁ、まずは舞踏会のシーンからよ!」
「‥‥え、本当にお話作るの?」
「「当然!」」
双子の声が綺麗に合わさった‥‥
丁重に雪にダンスの申し込みをした凌を遠目に見ながら、湊(椿(fa2495))はため息をつくとキリリと表情を引き締めた。
(やっぱりお兄ちゃんとお姉ちゃんは雪をイジメル気だわ。今回も私が守らなくちゃ)
グっと拳を握り、侍女風ドレスの裾を靡かせながら、2人が踊っている所から少し離れた位置に陣取ると成り行きを見守る。お話の立場としては双子の侍女だが、心は雪派だ。
「それにしても、雪と禁断の恋‥‥楽しいですね」
「え?何か言った?」
華麗な凌のステップに必死になってあわせていた雪が、顔を上げて首を傾げる。無防備な表情はあまりにも可愛くて‥‥凌は耳元に口を近づけると溜息交じりの言葉を囁いた。
「可愛らしいですね‥‥」
硬直した雪の頬に唇を押し当て、耳たぶにも唇を落とす。雪が真っ赤な顔をしながらその場にへたり込み、その様子を見ていた湊が「お兄ちゃん何したの!?」と怒鳴りながら走って来る。
「何もしてないつもりなんですが‥‥雪には刺激が強かったですかね?」
耳を押さえてしゃがみ込む雪と、その様子にオロオロする湊。凌が2人をその場に残して妃に視線で合図を出すと、つまらなさそうにジュースを飲んでいた姫(月見里 神楽(fa2122))のところまで行き、小さな瓶を手渡した。
「これなぁにぃ〜?」
「ロミオとジュリエットには必要な小道具、とでも言っておきましょうか」
「有坂スペシャル+2よ」
何かグレードアップしているらしい怪しい瓶を開け、匂いを嗅いでみる姫。何故か甘い匂いに首を傾げ‥‥
「これ作ったの妃お姉ちゃん?」
「さぁ、どうでしょう」
不気味な笑顔に姫が一瞬だけ表情を強張らせるが、何かを思いつくとパァっと表情を明るくする。
「ゆんちゃんに渡せば良いんだよね?」
「そうよ」
「なら良いんだぁ〜」
自分に害の無いものならば放っておく。万が一それが雪にだけ害を及ぼす物ならば大歓迎!と言う心情の姫が嬉々として瓶を背後の異空間(ハンマーとか入っているらしい)に入れる。
(ゆんちゃんさえいなければ姫が一番だもんね!)
一応物語の中では雪の妹と言うポジションなのに‥‥。敵は身内の誰かと言う良い例だった。
ロミオ(柊ラキア(fa2847))は泣きながら走っていた。
(酷いよ酷いよ!)
ちなみにその言葉がかかるのは、鼻水と涙で大変な事になっている己の顔に、ではない。幸せな物語を紡ぎましょうねと約束した相方に精神的&肉体的DVを受けて脱走途中なのだ。今にも後ろからロケットランチャーを担いだ相方が凄まじい形相で追ってきそうで、ロミオは無我夢中で走っていた。
(ジュリーはキレると頭の後ろにもう1つ口が出来て、1秒で100m走れて、口が耳まで裂けて、トイレで「一緒に遊ぼう」って言うんだー!!)
何か色々と間違ってる&混ざってるが、ロミオは只今大変混乱しているのだ。生暖かい目で見てあげて欲しい。そもそもジュリーの性格が歪んだのは、毎日のように繰り返される悲劇の物語のせいだ。1年に1回ならともかく、毎日だといい加減鬱状態になっても仕方がない。けれどそれはロミオだって同じだ。繰り返される悲劇の中で、折角掴んだ幸せの物語のチャンスだったのに‥‥
「ジュリーのおたんこなすー!!」
首を切れ!が口癖のオバサンの国でのお昼寝中、チェシャ猫のエレ(欅(fa5241))はドスドスと言う足音に目を覚ました。
(ハートの女王にしては品のない足音だな)
そうは思いつつも、なまじ全てにおいてやる気のない猫だ。自分と関係の無い事ならばわざわざ起き上がって確認するまでも無いだろう。まだたっぷりあるであろう午睡のために目を瞑り‥‥ドスドス音が直ぐ近くまで来る。
(あれ、もしかしてこっちに向かって来てる?)
ゆっくりと目を開けて対象物を確認しようとした次の瞬間、グイっと体が引っ張られた。どうやらベルトが何かに引っかかってしまったらしい。見ればグチャグチャの顔をした人間が、必死の形相で走っている。一瞬だけその顔に引いたエレが瞬間移動で回避しようとしたのだが‥‥
(面白そうだし、少しついて行ってみようかな)
寸でのところで思いとどまると、ピンク色の耳と尻尾をピクリと動かした。
ベベンと三味線を弾きながら、自称流しの三味線弾きの白雪姫の魔法の鏡の精(日下部・彩(fa0117))は爆走してきたロミオとぶつかった。背負ったデッカイ姿見が岩にぶち当たるが、そこは新しく買い換えたばかりの鏡、ひびも入りはしなかった。
「流石は強化ガラス!これさえあれば泥棒に窓を破られる事はありませんね!今なら取り付け費込みでたったの1万円!お安いですよー!」
着流しを着た三味線弾きが、何を売りつけようとしているのか。へたり込んだロミオが腰をさすりながら起き上がり‥‥
「あ、到着?アンタ走るの遅いよー、俺なら一瞬で移動するね」
「あ、猫いつの間に!?」
エレが服についた砂を払いながら立ち上がる。
「何時の間にって、アリスの本の中から強引に攫ってきてよく言うよ」
「や、攫ってきたつもりは‥‥」
「あぁぁ!!貴方は噂の不思議の国のアリスのチェシャ猫さんですね!?」
「エレって言うんだ。アンタは白雪姫の‥‥」
「お会いしたかった!!その毛並み、三味線に‥‥いやいや、えーっと‥‥」
「え、なに、俺もしかして生命の危機?」
ロミオがエレの言葉に「さぁ?」と言うように首を傾げる。魔法の鏡の精がうろたえながらも姿見と背中の間からヒラリとした『何か』を取り出しエレに押し付ける。
「不思議の国の住人らしく、エレさんの耳と尻尾の色を踏まえた上で、プレゼントです!ぜひ着て下さい!」
可愛らしいピンクのふわロリエプロンドレスを受け取ったエレが、興味本位でそれを着込む。ピンク色の耳と尻尾と相まってなかなか似あ‥‥いや、待て待て。折角カッコ良い外見をしているのに、ここは『勿体無い』と言うべきだろう(混乱中)
「似合います!」
魔法の鏡の精が感動の声を上げる。
「どうせなら一緒に着ようよ。アンタも」
エレがそう言って、背中に背負っている巨大な銀色の懐中時計と背中の間から同じ物を取り出す。『問:何故同じ物を持っているの?』『答:物語だから』
「わ、私はそんな、滅相もない!そもそも着流しにシャラふわピンクエプロンは拷問でっせ!」
「僕はこれから愛しの雪たんに会いに行くんだ!そんなの着てたら雪たんに嫌われちゃうじゃないかー!」
「へ、雪たんって、もしかして有坂の?」
「そう!僕の愛しのスウィートハート!」
「ってか、貴方ロミオさんですよね?ジュリエットさんはどうしたんです?」
魔法の鏡の精の言葉に、ロミオはビクリと震えるとエレの背中に背後霊よろしくしがみ付いた。背負っている懐中時計に手を置いてガタガタと震え‥‥その振動でエレが上下にぶれる。
「じ、実は僕、ジュリーから逃げてきたんだ。‥‥だって、ジュリーがDVで!!」
「DV、ですか?」
「ドメスティック・バイオレンスだね」
キョトンとした表情の魔法の鏡の精に、エレが丁寧な言い方に改める。
「あの、白雪姫は日本のお話なので英語は‥‥」
「白雪姫はグリム童話の1つだから、日本のお話じゃないって!」
ロミオが思わずツッコミを入れる。
「家庭内暴力って意味だよ」
気だるい笑顔をのぞかせながら、黒いネクタイを指先で弄ぶエレ。
「はぁー、カカア天下ですか。ロミオさんも大変ですねぇ。でも、何で雪さんを?」
その質問を待っていましたとばかりに、ロミオは雪との出会い(一方的に写真を見て出会った気になってるだけ)を延々と説明し出した。普通の精神の持ち主ならば途中でウンザリとするところだったが、やる気の無いチェシャ猫とヨイショにかけては右に出る者はいない魔法の鏡の精のツインだ。聞いているのか聞いてないのか、適当にあしらっていた。
「‥‥自らあの有坂兄妹に関わるなんて、大した勇者っすよダンナ!」
ロミオの言葉が途切れた瞬間、魔法の鏡の精がそう言ってヨイショをしだす。
「ロミオさんなら雪さんを双子の悪魔の元から救出する事が出来ますよ!」
「おう、任しておけっ!」
ガッツポーズをして気合を入れるロミオ。悲劇の連続で鬱になってDVに走ってしまったジュリー以上に凶悪な双子に喧嘩を売りつけに行くにしては、あまりにも『ピクニック気分』な出だしだった。
有坂版ロミオとジュリエットはバルコニーのシーンに来ていた。
「ふふ、愛に導かれて‥‥雪の居る場所なら何処だろうと分かるからね。逃がさないよ?」
「月に誓って、逃がさないわよ?」
双子の誘拐宣言に怯える雪。これが兄姉でなければ、ストーカー&誘拐宣言+脅迫として訴えられても文句は言えない。そもそも常日頃から凌は強制猥褻、妃は傷害罪or殺人未遂で訴えられそうだ。
「二人にとって僕の意思は関係ないんだね」
今までと同様、また色々とさせられるだろう事を想像して落ち込む雪。
「「雪の意思は我らが意思!」」
双子の声が綺麗に合わさり、雪は溜息をつくと夜空に浮かぶ月を見上げた。
姫はバルコニーには行かずに、広いホールでふてくされながらジュースを飲んでいた。これがお酒ならば自棄酒になるだろうが、残念ながらいくら飲んでも酔えない100%オレンジジュースだが‥‥
「サイボーグのくせにぃー!」
何故か酔っ払い口調になっている。
「ジュリエットなんて、姫にピッタリじゃない!それなのに!!」
「それならYOUが主役やっちゃいなYO!」
バンと大きな音に視線を上げれば、ホールの両開きの扉が全開になっている。そしてそこには月光を背に立つ1人の男性の姿‥‥
「へ、誰!?」
「僕はただ、雪たんを助けに来たしがない勇者さ!まぁ、ロミオって呼んでくれてかまわないよ!」
「‥‥ってか、ロミジュリのロミオって今ジュリエットとラブラブ中じゃないの〜?」
しがない勇者云々を完全に無視する形で姫が問いかける。
「だって、ジュリーがかくかくしかじかで‥‥」
超端折った説明だったが、おおよその事を理解すると、姫は逡巡した。
「助けに来たって事は、ゆんちゃんを消してくれるの!?」
「いや、消すって‥‥」
ロミオが首を振るが、姫には聞こえていない&見えていなかった。つまり『ここでは雪がジュリエット→雪がロミオに消される=ジュリエット不在→新しいジュリエットが必要→雪の次の超絶美少女は姫→めでたく姫がジュリエット』と言う事だ。
「姫さんこそ真のヒロインに相応しいっすよー!」
魔法の鏡の精が三味線をかき鳴らしながら精一杯のヨイショをする。悪意の矛先がこちらに向いては堪ったものではない。こちとら命がけのヨイショだ。姫がロミオの前にツカツカと歩むと、にぱっと笑って手を上げる。ロミオがその意を理解して手を上げ‥‥パチンと、手を合わせる。が、姫は見た目と違って馬鹿力だ。ロミオがあまりの衝撃にその場で尻餅をつくが、姫は見ちゃいない。ロミオとついでにエレも引っつかむと、ポイとバルコニーへと放り投げる。魔法の鏡の精がソレに続き‥‥
「ゆゆゆゆっ、雪たああああん!な、生雪たんっ!!」
目の前で困惑の表情を浮かべる雪に満面の笑みを見せ、鼻血をつーっと垂らしながら両手を広げて迫るロミオ。変態以外の何者でもない。雪じゃなくてもコレは怖すぎる。
「お兄ちゃんと妃お姉ちゃんとはまた違う嫌な気配がする‥‥助けてっ!」
雪がバルコニーの上から凌と妃に助けを求めるが、喧嘩を売っているとしか思えない言葉にエレが遠い瞳をしながら耳をピクリと動かす。自分達以外の者に怯え、戸惑い、震える雪は面白くない。妃はそう思うと、背後からナイフと弓を取り出してロミオに狙いを定めた。ちなみに、ナイフや弓を何処に隠していたんだと言う問いは既に先ほど答えた。全ては『物語だから』これで解決だ。
「ロミオ、とりあえずここは一旦引く方が良さそうだ」
エレがロミオの肩を掴み‥‥
「あっ!エレたんが僕の名前初めて呼んでくれた!エレたぁぁぁん!!」
「‥‥アンタ、俺にまで『たん』つけるなよ」
気だるくもどこか遠い瞳をした笑顔でロミオの腕を取ると、すぅっと消え始めた。自分以外の人と一緒に瞬間移動をする事は大変だが‥‥こう見えて意外とエレは凄い人‥‥いや、凄い猫なのだ。こんなところに置いて行かれちゃ命がいくつあっても足りないと感じた魔法の鏡の精がそれに便乗し、姫が消え行くロミオにこっそりと言葉をかける。
「明日、ゆんちゃんの部屋まで来て」
妃がナイフを投げ、弓を射るが、それは虚しく空を切って壁に突き刺さった。
「湊、絶対にダメオ(アクセントは『ダ』)を雪に近づけないように!」
「きっとまた来るでしょうから、あの害虫からガードしなさい」
湊が傍若無人な双子から雪の護衛をおおせつかり‥‥へたり込んだままの雪の傍に近付くと、その肩を叩く。
「大丈夫だった?‥‥確かに、少し怪し‥‥怖かったかも知れないけれど、ロミオさんも可哀想な人だし‥‥雪も邪険にし過ぎないように‥‥無理かしら?」
「湊お姉ちゃんがそう言うんなら‥‥」
雪はコクリと頷くと、湊の手を借りて立ち上がった。
四六時中雪に引っ付いたままの湊が離れたその隙を狙って、姫は雪の部屋に入ると背後に隠し持った小さな瓶を見せた。
「ゆんちゃんにぃ、香水が届いたんだよぉ〜」
「は?香水?僕そんなものつけな‥‥」
雪の言葉を遮って思い切りスプレーする姫。甘い香りが漂い‥‥有坂スペシャル+2は無事雪に吸引され、怒った雪が姫を部屋から追い出す。
「もー、おこりんぼなんだからぁ」
小さくむくれて見せるものの、口元に浮かぶ笑みは隠せない。雪が着替える音を扉越しに聞き‥‥ドサリと倒れ込む音に満面の笑みを浮かべると、後はロミオに任せるとして、下から上がってくる湊に用事を言いつける。
「湊お姉ちゃん、姫、甘い物が食べたぁーい!」
生雪に再び鼻血を大放出しながら(貧血にならないのか?)ロミオは雪を抱きかかえて掘っ立て小屋のようなところに入ると腰を落ち着けた。ベッドの上に寝かせられ、動けない分泣いて嫌がって訴える雪。そんな雪を見ているのかいないのか(ぶっちゃけ見てない)ロミオは遠い目をしながら手元の小瓶を弄り始めた。
「僕がもう少し‥‥毒を煽るのが遅かったら、ジュリエットと幸せになれたのに。‥‥追放も、死も、僕が引き金なんだ」
寂しそうな表情で小瓶を弄り続けるロミオ。
(そうだ、ロミオさんはずっと悲劇のお話を続けなくちゃならなくて‥‥)
最愛の人と一緒になる事は叶わない。絶対に、幸せのラストを手にする事は出来ない。それがお話の筋書きであり、方向性であり、物語の中に生きる登場人物達の運命なのだ。全ては決まっている事、変えられない未来。その悲しい物語が、どれだけ彼らの心を切り裂いたのだろう?永遠に『死と言う名の幸福』しか与えられないロミオとジュリエット。悲劇は巡る。メビウスの輪のように、ずっとずっと‥‥
「‥‥‥‥」
雪はもどかしそうに眉根を寄せた。声さえ出れば、ロミオにかけたい言葉は沢山ある。それなのに‥‥
「だから雪たん、僕の望みを叶えるために毒をぐいっと」
‥‥だからと言って、現在双子が作った怪しげな毒で苦しんでいる人に更に毒を追加するのは酷すぎる。
「雪たんはきっとDVしないだろうし、口も耳まで裂けないだろうし、僕の好みだし!」
止まっていた鼻血が再び噴き出す。小瓶を右手に、薄ら笑いを浮かべながら近付いてくるロミオに、雪は心の中で湊に助けを求めた‥‥
エレをひっ捕まえて遊んでもらっていた姫を、湊が凄まじい形相で問い詰める。
「雪をどうしたの!?」
最初はシラをきりとおしていた姫だったが、湊は怒ると怖いのだ。なるべく自分に被害の及ばないような言い回しでロミオが連れて行った事を白状すると、エレを盾に差し出した。が、エレは瞬間移動が出来る。直ぐに姫の背後に回り、延々と前後のチェンジをやり続ける。凌と妃がロミオにキレ、直ぐに討伐隊をと湊に指示を出し‥‥
「可哀想な人だと同情した私が馬鹿だった!!」
バキリとテーブルを殴って破壊する湊。キレた場合の怖さは双子の比ではない湊に、魔法の鏡の精が悲鳴を上げながら震え出す。
「恐怖‥‥これは言い伝えにある伝説の恐怖っす!こうなったら誰にも止められないっすよ!」
「湊を本気で怒らせるなんて‥‥本当にダメオね」
「‥‥レアだな」
すっかり怒りの冷めた凌と妃が、お茶の用意をし始める。ここは湊に任せれば問題はないだろう。妃が何を思ったのか、エレの尻尾を捕まえ‥‥身の危険を感じて瞬間移動で回避する。
「ちょっと、人の話を聞きなさいよ!」
「話しだけなら、殺気立って尻尾を掴まないでくれるかなぁ」
「アンタ、湊についていきなさいよ。身内に殺人者を出したくないし。私達はほとぼりが冷めた頃に行くから。‥‥もし断るなら‥‥分かってるわよね?」
にっこりと微笑む妃が指し示した先には、魔法の鏡の精の持っている三味線がある。
「‥‥ピンク色の三絃はいただけないかなぁ‥‥」
「あっちから雪の泣き声が聞こえる!」
内臓の『雪危機感知センサー』が反応し、走り出す湊。ちなみにコレは雪の心の声に反応している。かなり高精度と言って良い‥‥かも知れない。センサーが一番強く反応した掘っ立て小屋の扉を蹴破る湊。泣きながら嫌がる雪に何かを飲ませようとしているロミオの姿に思わず逆上する。
「‥‥ざけんじゃねぇ‥‥」
超暗黒オーラを解放し、回し蹴りを食らわす湊。凄まじい速さで入った蹴りにロミオが吹っ飛び、背中から壁に突っ込む。その様子を背後から見ていたエレが少し迷った後で雪の体を起こし、ベッドの上に座らせる。
(やっぱり湊お姉ちゃんは僕にとって王子様‥‥)
倒れこんだロミオなんて見えていないシスコン・雪が目を潤ませながら湊を見詰める。が、当の湊は王子様と言うよりはただの少女になっていた。
「ごめんなさい、私ったらつい‥‥」
双子と違い、己の力を十分理解している湊が慌ててロミオに駆け寄って抱き起こし、介抱する。全ての厄介事は終わったとばかりに双子がゆっくりと入って来て‥‥ロミオと湊にチラリと視線を向けた後で、凌が雪を姫抱っこすると邪悪な笑みを浮かべる。
「直ぐに解毒してあげますからね」
‥‥雪を膝の上に乗せたままベッドの上に座り、小瓶の中身を自身の口に入れるとそっと雪の唇と合わせる。抵抗出来ない雪が涙を流し‥‥『おめでとう・ついにやったか・口移し』と、妃が一句詠みながら成り行きを見守る。
「あ、良かった。どこも痛いところないですか?」
目を覚ましたロミオに湊が安堵の溜息をつき‥‥凌が雪をベッドの上に寝かせると、腕を捲くる。
「覚悟、出来てるだろうな?」
「ちょっとお兄ちゃん、やめてよ!今私が力加減ほとんどしないで蹴っちゃったんだから」
「‥‥そこをどけ、湊」
ロミオの前で手を広げた湊に凌が鋭い視線を向けるが、湊も負けてはいない。
「大体、悲劇の元凶って全部この男よね。ジュリエットも迷惑ね。あっさり心変わり、逆上して殺人。追放、勘違いで自滅‥‥ダメ過ぎ」
「言いすぎよお姉ちゃん!」
妃の言葉に湊が言い返す。そもそも、ダメなのはロミオではなくロミオのキャラ設定をした人だ。彼の意思は物語の世界において皆無と言っても過言ではない。全ては最初から決められている事なのだから‥‥
「とにかく、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、ロミオさんに何かする気なら私を倒してからにして」
運動神経S級の双子だったが、例え2人でかかっても湊を倒す事は出来ない。それくらいは双子にも分かっていた。湊がそう言うんなら仕方がないと、溜息をついた凌と妃がふと何かに気付き、同時に口を開く。
「言い忘れてましたが(けど)」
「雪、男なので(だから)!」
ご丁寧にハモった双子の声に、ロミオが目をパチクリし‥‥
「おや、気付きませんでしたか?まだまだ甘いですね」
「いっそホモオ(アクセントは『オ』ではなく『ホ』)に改名したら?」
「‥‥妃、例え男性を好きでも弟を好きでも、そこは個人の自由ですから」
凌が曖昧な笑みを浮かべ、妃がポンと手を打つ。凌と雪を交互に見比べ‥‥ニヤリと雪に意味深な笑みを投げかける。一部始終を隅っこで見ていた魔法の鏡の精が、ロミオのせめてもの餞にと、三味線で葬送曲を奏で始める。
「‥‥あの、ロミオさん?」
硬直したままのロミオの顔を覗き込み‥‥湊が思わず1歩後退る。実はロミオ、思いっきり湊と似た人だった。つまり、普段はあまり怒らないが怒ると半端じゃなく怖いと言う‥‥
「つーか、てめーらも俺のポジションになってみろってんだよ!人生全部呪うぞ、クソったらしい!ああもう、何度も何度も!考えてみろよ。好きな女が目の前で死んでんだぜ?毎回毎回、折角心が通じ合えたと思った次の瞬間には死んでるんだぞ?てめーらに俺の気持ちなんて分かって堪るかってんだよ!!」
ロミオが立ち上がり、物語だからと言う理由で何故か魔法を発動させる。‥‥完全に据わった目をしているロミオに流石の双子も驚き‥‥雪と湊を引き連れて物語を脱出する。エレと魔法の鏡の精、そして姫を置き去りにして‥‥
「それにしても、驚いたわ。ロミオがまさかあんな人だったとは‥‥」
「本の中に残してきた姫、大丈夫かしら」
「大丈夫でしょう。何せロミオと姫は手を組んでましたから。第一、危なくなったら1人で帰ってきますよ」
とことん姫の扱いがぞんざいな兄姉だったが、恐らく図太い姫は大丈夫だろう。
「姫が帰ってきたら本、本部に持っていくわね」
「そうしてもらえると助かるわ。‥‥それにしても、やっぱり雪を構うのは私達の役目ね」
「すっごく怖かったんだよ、変な目でコッチ見てくるし‥‥」
雪が湊に必死に訴えるソレは、ロミオの事のように聞こえるが、実は双子の事を言っていた。だが、言わなければ分からないのだからわざわざ教えてやる必要は無い。
「今日も平和ね(ですね)」
「次の仕事が楽しみ」「次は何が起こるか楽しみですね」
優雅に紅茶を飲みながら双子が口々に言い‥‥もうこれ以上何も起こってほしくはないと、雪と湊は空を見上げながら溜息をついた。
「ダンナ、この経験を活かして『むしろ男だから良い』と言える勇者に生まれ変わるっすよ!」
三味線で失恋曲を弾きながら慰める魔法の鏡の精。選曲のせいでどんどん場の空気が濁っていくのは言うまでも無い。「エレさんなんてどうですか?」と、魔法の鏡の精が話しの矛先を気だるそうに遠くを見ていたチェシャ猫にふり‥‥
「エレた‥‥」
「あー、もう昼寝の時間だから帰んないと」
慌てて立ち上がったエレが、ロミオの抱きつきをかわすかのように瞬間移動する。
(ジュリエットに報告必須だな)
そんな恐ろしい事を考えながら去って行ったエレ。魔法の鏡の精が詰まらなさそうにしている姫に声をかけ‥‥うっかりロミオの『雪たん救出大作戦』の内容を漏らしてしまう。つまりは、姫をヒロインにするつもりなどなく‥‥
「ロミオさん、お星様まで逝ってらっしゃい」
背後から取り出したのは姫ご愛用の10tハンマーだ。危機を察知した魔法の鏡の精が脱兎のごとく駆け出し、嫌な予感にロミオも走り出す。瞬間移動と偽って、ただ姿を消して成り行きを見守っていただけのエレにぶつかり‥‥
「皆まとめてペシャンコだーーっ!!!」
「「エレたん(さん)瞬間移動ーー!!」」
魔法の鏡の精とロミオにしがみ付かれたエレが、仕方なく今度こそ本当に瞬間移動し‥‥残された姫は、徹底的に物語の中を破壊して行ったのだった‥‥
ロミオは無事に自身の話しに帰ると、まずはジュリーに土下座をして反省の意を表した。あまりにも可哀想なロミオの姿に、付き添ってきたエレが口添えをしてあげ‥‥何とかジュリーの怒りが収まり、ロミオは無事元のポジションに戻った。
「多くは望みません。瞬間の幸せでも幸せなんだから」
例え一瞬でも、ロミオとジュリエットの心は通い合っていた。
その後に悲劇が待ち構えていようとも、2人は幸せだった。
ラストに向けて走り出す物語。けれど悲劇だけではなく、幸福もその中に含まれている。
(‥‥悲劇を繰り返すためじゃない。幸福なあの一瞬を味わうために巡る物語なんだ)
ロミオはそう思う事にした。
そう思う事によって、理不尽な悲劇は必然となる。幸せになるためにとった、2人の最良の選択の結果へと姿を変える‥‥
「やっぱり僕のジュリエットは君だけ」
そっと、手の甲に口付けを落とす。ジュリーが驚いて目を見開き、ロミオは入念に頭の後ろに口がないかだとか、口は耳まで裂けていないかだとか、この場所がトイレでないかなどを確認した後で、美しい彼の愛しい人を抱き締めた。そして、ボソリと低い声で呟く。
「有坂家は魔窟だ‥‥」
○おまけ『エレたんとロミたん』
首を切れ!が口癖のオバサンの世界で優雅にお茶を飲んでいたエレは、背後から殺気を感じて立ち上がった。
ロ「エレたあああん!!」
エ「ロミオ!?」
意外な人物の登場に驚いたエレがロミオを受け止め‥‥ぎゅむっと抱きつかれ、咄嗟に瞬間移動をしようとしたが、ロミオがぐすぐすと泣いている事に気付き、何とか踏みとどまる。
ロ「聞いてよエレたん!ジュリーが酷いんだよ!紅茶にちょっと糸くずが入ってただけで卓袱台返しして‥‥」
何故卓袱台があるのか。
エ「また!?アンタ達も懲りないね‥‥」
そう言いつつも、毎回彼の愚痴を聞いてあげるのだった(あれ?何時の間にかエレが良い人(猫)に‥‥)