アイドルの憂鬱アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
宮下茜
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
なし
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/04〜03/06
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●本文
アイドル・ユナのマネージャーであり彼女の良き理解者である錦下は、閉ざされた扉に掠れた声で言葉をかけた。
「ごめん、ユナ。でも、分かってくれ。篠宮・ユナとして売り出すにはコレが一番良いんだ。ユナはまだアイドルとしてはほとんど名前が売れてない」
扉の向こうはまるで誰も居ないかのような静けさで、ユナは身動き一つしていないと言うのが分かる。
「写真集だってまだ発売されてないし、CMは流れてるけどそれだって‥‥」
カチャリと扉が開き、複雑な表情を浮かべたユナが立っていた。
「分かってますよ、全部。お仕事はお仕事です。折角頂いたお仕事に文句をつけるような事は、出来ません」
無理をして笑っているのが分かる。だからこそ、余計に錦下は胸が痛かった。
「映画のヒロイン役、凄いじゃないですか。錦下さんのお力があったからこそ、お仕事を取ってきていただけたんです。その努力に感謝こそすれ、文句を言うなんて、出来ません」
「ユナ‥‥」
「ただ、恋愛映画だとは思わなくて。驚いて、取り乱してしまいました。すみません‥‥」
「いや、俺も‥‥言うのが遅れて‥‥」
「相手の方はまだ決まっていないんですよね?」
「あぁ」
「決定しましたらお知らせください。台本もまだ最後までは出来上がっていないとお聞きしましたが」
「少し手直ししてるらしくて‥‥。とりあえず、ヒロインがユナだって事だけ決まってて‥‥」
「一生懸命恋する女の子の役、頑張ってやらせていただきますね」
「‥‥ユナ、ごめん」
「謝られる筋合いはないです」
キッパリそうとだけ言うと、ユナは扉を閉ざした。
錦下は集まってもらった面々の顔を順番に見ながら、神妙な面持ちで言葉を紡いだ。
「ユナが恋愛を苦手‥‥と言うか、怖がってる事は知ってたんだ。でも、ゼヒにと言われて、承諾してしまった」
苦虫を噛み潰したかのような表情でそう言うと、幾分声を潜める。
「ユナが中学校の時に、とある男の子から片想いされていたんだそうだ。勿論、あの鈍感なユナは全然気付いてなかったみたいなんだけど、その男の子を好きな女の子がな‥‥」
クラスのリーダー的存在の子で、ユナをクラスから孤立させてしまったと、よくある話だった。
「‥‥で、今回皆に頼みたい事は、ユナの恋愛感のことじゃないんだ。映画の話しもあって、最近ユナ落ち込み気味で、全然笑えてないんだ」
1日オフの日を取ったからユナを外に連れ出して欲しいと言うお願いだった。
「映画の事とか、一先ず忘れてもらって、心をリフレッシュして欲しいんだ」
買い物に連れて行くのでも良いし、ゲームセンターに連れて行くのも良い。
「無理して笑ってるのバレバレなのに、バレてないと思ってるんだよね、ユナ‥‥」
錦下は寂しそうに呟くと、深々と頭を下げた。
「1日だけ、宜しくお願いします」
●リプレイ本文
「ユナちゃーん!元気だった〜!?」
そんな元気な声と共に悠奈(fa2726)が走ってきてユナに抱きつくと、満面の笑みを浮かべた。
「あ、ユーナちゃん。今日の私服可愛いね」
シフォンの空色チュニックに、淡いグレーのチェックの膝上パンツを見ながらユナが元気のない笑顔で悠奈に抱きつく。伊達眼鏡とキャスケット帽で変装した悠奈が、ユナの様子に首を傾げ‥‥無理して笑っているユナのほっぺたをゼフィリア(fa2648)が軽く引っ張る。
「おー、柔らかくてぷにぷにやな」
驚いて硬直したユナの耳元で「そんな顔してたらあかん。アイドルは何時も笑顔で元気良くや!顔の筋肉もリラックスさせないとあかんでぇ」と忠告をする。が、当のユナは無理矢理笑っている自覚がないために、不思議そうに首を傾げるばかりだった。
「これ、この前のお呼ばれした時のお礼なの。良かったら食べてにゃ☆」
神代タテハ(fa1704)がプレゼントのクッキーを手渡し、ユナがお礼を言いながら嬉しそうにソレを受け取る。無理矢理でない笑顔にタテハが安堵の溜息をつき‥‥ユナの視線がタテハの背後に注がれ、ピシリと凍る。
「ユナさん、お早うございマス」
濃茶の髪をラフに纏め、黒のカラコンをはめて眼鏡をかけ、シフォンのワンピとデニムパンツと言う姿の『女性』にユナが目を見開く。
「つ、椿さん!?」
「そう言えば、ユナさんとの初対面も女装だったヨネ。今日も可愛い?」
椿(fa2495)の意外な登場にうろたえたユナがオロオロと視線を彷徨わせ、パニックになる気配を敏感に察知した冬織(fa2993)がサっとユナの前に出る。黒髪に伊達眼鏡、ワンピースにロールアップパンツと言う姿の冬織。
「冬織さん、ですか?」
「やはり和装でなければパっと見では分からぬようじゃな」
「あ、でも、洋服も素敵です!あと、椿さんも、可愛いデス」
冬織の背中にしがみ付きながらふいと視線をそらせば、慧(fa4790)が柔らかい笑みを浮かべて立っていた。
「ユナさんとこうやって遊べるなんて嬉しいな。折角の機会だし、皆で目一杯楽しもうね」
「はい‥‥」
コクリと頷いたユナ。その様子を少し離れた位置から見ていたトシハキク(fa0629)と由里・東吾(fa2484)がユナの格好を見て目を見開いた。
「ユナさん、その格好!」
「‥‥変装しないんですか!?」
「でも、私あんまり名前売れてないですし‥‥」
篠宮ユナとしての知名度はアレだが、Impureのユナとしてなら話しはまた別だ。
「実は、錦下さんに変装用にって衣装を渡されて来たのですが、は、恥ずかしい‥‥ですし」
頬を染めたユナは、結局トシハキクと東吾の強い勧めでソレを着る事になった。
椿の運転する車で遊園地に着くと、ユナは悠奈と冬織の背後に隠れるようにして短いスカートの裾を押さえた。ツーテールの髪に、ニーハイソ、少しロリータの入っている可愛らしい服にユナがモジモジする。
「あの、これ、変じゃないですか?」
「どこが!?凄い似合ってるよ!」
悠奈がギューっとユナに抱きつき、冬織が微笑みながら頷く。タテハとゼフィリアも賛同し‥‥
「遊園地など何年ぶりじゃろう。とりあえず、遊び倒すぞえ!」
「おー!」
冬織の掛け声にゼフィリアが手を上げる。
「ところで、絶叫マシーンは好きかえ?」
「あの、絶叫マシーンって何ですか?」
キョトリとしたユナに、一同がキョトリとした顔を返す。
「え、待ってユナさん。もしかして、遊園地に来た事‥‥」
「ナイです」
キッパリと言い切ったユナは、寂しげだった。
「とりあえず、中に入って見てみるのニャ☆」
タテハが敏感に空気を読み、可愛らしく微笑みユナの手を取る。チケットを買って中に入り‥‥目の前を、凄まじいスピードでコースターが駆け抜けて行く。
「ユナさん、あれがジェットコースターだ」
トシハキクの言葉に、ユナがコースターを凝視し‥‥青い顔をして悠奈の腕を取る。
「あ、やっぱり苦手だった?何となくそうじゃないかなとは思ってたんだけど‥‥」
「見てる分には楽しそうですけれど、自分が乗る所を想像すると‥‥」
「それじゃぁ、今回は大人しめの‥‥」
「いえ、皆さんは乗って来てください。‥‥皆さんの楽しそうな顔を見ていれば、私も笑えるようになりますから‥‥」
ユナがふわりと微笑み、場を支配しようとした沈黙を察知した冬織と慧が明るい声を出す。
「とりあえず、絶叫系制覇行きましょうか?」
「そうじゃな!行く者はわしらに続くのじゃ!」
ゼフィリアと慧、冬織が意気揚々と歩いて行き、トシハキクが持ってきたバッグの中からカメラを取り出す。
「記念に写真撮影をしようと思うんだが、心配しないでくれ。取ったデータは事務所側に提出する。アイドルのプライバシーともなれば、いくらでも悪用できるだろうし、公私はしっかり分けたいと思うからな」
トシハキクの言葉にユナが柔らかく微笑む。
「色々と考えてくださっていて、有難う御座います。いっぱい、記念の写真撮って下さいね?」
とりあえず1枚、パシャリとユナを写す。タテハと東吾がミニコースターに乗り込み、意外な速さに叫び声を上げる。絶叫系は苦手な東吾が青い顔をしながらタテハに支えられて戻って来て、絶叫制覇組みも合流する。
悠奈がポップコーンを買って来てユナと一緒に食べ、ガイドブックを片手に案内をする。椿がユナの様子に気を配りながら『冬織の命令で』ユナのために飲み物やアイスを買ってくる。お土産物を買ったり、メリーゴーランドに乗ったり、楽しそうに遊びまわっていたユナが完全に疲れる前に、一同は遊園地のしめに観覧車に乗った。
遊園地を出て、椿オススメの店を巡る『食い倒れツアー』の敢行と相成った一同。悠奈が彼の四次元胃袋の本領を間近で見て驚きの声を上げる。甘いもの好きのトシハキクと東吾が嬉しそうにデザートを口に入れて行き、食の細い慧がそれを笑顔で見詰める。
フルーツ好きのユナのために選んでおいた店にも案内し、東吾が選んでくれたデザートを少しずつ食べて行くユナ。体型通りの食の細さのユナと、体型に似合わないほどに良く食べる椿。
「ユナさん、大丈夫?」
慧が、ニコニコしつつも心配そうな表情で今日何度目かの質問をし‥‥
「何だか、慧さんってお兄ちゃんに似て‥‥」
はっと口を閉ざしたユナが、目の前のタルトに手をつける。
「これ、とっても美味しいです!東吾さん、デザートセンス抜群ですね!」
無理に出された明るい声に、話を振られた東吾は曖昧に頷くしかなかった。
カラオケでは、ユナとCMで共演した事のある者はCM曲を入れ、そうでない者は自分の歌いたい曲を次々に入れて行った。冬織が持ち前のパワフルヴォイスでロックを歌い‥‥
「歌は好きです。が、悲しい事に音痴です」
そう宣言した後で歌い出した東吾の歌声は、何故かボエーっとしか聞こえなかった。ゼフィリアが演歌を選曲してコブシを回し、流行歌でユナとデュエットする。椿がユナに声をかけ、携帯を受け取るとパソコンに繋ぎ‥‥聞き覚えのある曲が流れる。
「これ、CMの‥‥」
「コレ鳴ったら俺デス。用事あってもなくても、気軽に電話やメールしてネ。俺もスルから」
ふわりと微笑んだユナ。どうやらいつもの調子に戻ったらしい事を感じ、慧が口を開く。
「そう言えばユナさん、映画に出るんだって?おめでとう。まだ慣れないだろうし不安かも知れないけど、ユナさんなら大丈夫だよ。CM撮影だって、色んな演技こなせたじゃない」
複雑な表情を覗かせたユナが目を伏せ‥‥ゆっくりと視線を上げると、慧に無垢な笑顔を向けた。
「そうですよね。大丈夫、ですよね‥‥頑張り、ます」
タテハから受け取った、携帯番号のアドレスの書かれた紙をバッグにしまうと、送って行くと言う悠奈の行為に甘えて駅からの道をテクテクと歩いていた。
『うちのリーダーは今日も阿呆じゃが、まぁ一応無闇に阿呆ではないのじゃよ』
『アレもな、兄を亡くしておったり、兄嫁になるはずじゃった人や姪なぞ、大切な者達の悲しむ顔を見とうのうて、其れで斯様に元気に阿呆をやっておる』
『ま、素もあるが、其の阿呆ぶりに癒されるが良いぞえ。ああじゃと構える気も失せよう?』
冬織の言葉を思い出したユナが、悠奈の腕をギュっと握り‥‥
「‥‥あのね、何か心配事があったらメールに入れて良いんだよ?」
「え?」
「私も恋愛映画とか経験あるから、アドバイス出来ると思うし‥‥駄目かな?」
「ううん、ありがとう。何か困った事があったら、メールするね」
それじゃぁと、帰ろうとする悠奈の服の裾を思わず掴むユナ。悠奈が驚いて振り返り‥‥
「‥‥ねぇ、ユーナちゃん。片想いって、辛いよね、悲しいよね」
「ユナちゃん、好きな人がいるの?」
「そうじゃないの。でも‥‥」
「中学の時の事は、ユナちゃんのせいじゃないよ!」
「‥‥有難う。私、ズルイね。ユーナちゃんにそう言って欲しかったんだ‥‥」
「何度でも言うよ。ユナちゃんは悪くない!」
「‥‥今日は、皆に心配かけて、気を遣わせちゃったね。‥‥私、映画頑張るよ。だって、芸能界が私の唯一の家だから。もう、失いたくないから‥‥。本当は、遊園地に行く約束、してたのに‥‥」
今にも泣き出してしまいそうなユナを、悠奈は力いっぱい抱き締めるとそっと頭を撫ぜた‥‥