有坂家の事情4アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 宮下茜
芸能 3Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 やや難
報酬 6.9万円
参加人数 10人
サポート 0人
期間 03/14〜03/16

●本文

・物語り憑き
 それは、物語の登場人物達と触れ合う事の出来る、神秘の職業。
 それは、親から子へ、子から孫へと受け継がれる伝統の職業。
 それは、物語憑き本部からの指令により、日々物語の安全を守る、名誉ある職業。


*物語憑き本部*

 毎度荒れまくっている物語憑き本部は、今日は至って穏やかだった。
 現在本部に来ているのは、物語の主役を務める綺麗な少女ただ1人。
 彼女は悲劇のヒロインだが、温厚な性格で物語の結末に文句を言ってきたためしがない。
 時折紅茶を飲みにやって来る彼女を嫌っている本部員は1人もいなかった。
 美しい外見と、翳りを帯びた儚い瞳に思わず見とれる本部員達。
 一時の穏やかな時間を楽しみ‥‥
 その日、物語り憑き本部を訪れた1人の女性によって、今日も本部は荒れてしまうのだった。


*有坂家*

 源(げん)に代わって物語り憑き本部へと赴いていた湊(みなと)が、儚気で弱々しい雰囲気の女性の腕を引きながら、怒り心頭と言った表情で戻って来た。
 暗黒オーラはないものの、顔を真っ赤にして怒っている湊にかける言葉を模索する凌(しのぐ)と妃(きさき)。
 姫(ひめ)が読んでいた本をテーブルの上に伏せると、なかなか見られない湊の怒りの表情をジっと見詰める。
「あの、湊お姉ちゃん、どうしたの?その人は‥‥今回のお仕事の‥‥?」
 雪(ゆき)がおずおずとそう問いかける。
 腰痛が悪化したために現在床から離れられない源の代わりに本部へ仕事をとりに行って来た筈なのだが‥‥
「こちら、人魚姫さん」
「初めましてです」
 にっこりと微笑んだ顔は、どこか幼さを帯びていた。
 不安定な少女期を連想させる、脆さと強かさを兼ね備えた瞳は、哀愁を漂わせている。
「人魚姫、ですか。どんな事をご所望ですか?」
 どこか雪と通じる所のある、全体的に色素の薄い人魚姫に凌が紳士的な笑顔を見せて首を傾げる。
「あの、私は本部にお茶を飲みに来ていただけで‥‥」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。私に力を貸して欲しいの」
 人魚姫の言葉を遮る形で湊がそう言って、真っ直ぐな瞳を凌と妃に向ける。
「‥‥湊がお願い事なんて、珍しいわね」
「珍しいも何も、俺の記憶の限りでは初めてですよ」
 双子が突然の申し出に驚きの表情を浮かべる。
「‥‥内容によっては力になれない可能性もありますが、俺は力を貸そうと思います。湊が頼み事なんて、余程の事でしょう」
「当然私も力を貸すつもりよ。可愛い妹の初めての頼み事を無下に断るような鬼姉じゃないわ」
 ‥‥普段の言動からして鬼姉だが、双子は意外と仲間意識が強い。
 何だかんだと言っても、妹弟達のピンチには血相を変えて飛んでいくタイプだ。
「あの、僕も何か力になれれば‥‥」
「姫も協力するよぉ〜。だってぇー、湊お姉ちゃんには日頃お世話になってるしぃ〜」
 本を完全に閉じた姫が、真剣な眼差しで湊を正面から見据える。自分が1番と言う信念の元に動いている姫だが、雪以外、取り分け湊にはかなり好意を抱いている。
「それで、どんな力を貸せば良いんですか?」
「‥‥ある人に、思い知らせてやりたいの。自分の言った一言が、どんなに酷い言葉だったのか‥‥」


 時は物語り憑き本部での人魚姫と湊の会話へと戻る。
 湊は切なくも美しい人魚姫の話が大好きだった。
 愛しい人を思うがゆえに泡となって消える人魚姫‥‥
「悔しいですよね。王子様と一緒になれなくて‥‥」
「いいえ。私は、王子様と少しの間でも一緒に居られれば幸せなんです」
「もしかして、物語の外では恋人同士だったりします?」
「いいえ‥‥。王子様は私の事は好きではないようです。陰気で根暗だし、一途に想い続けられるのって鬱陶しいよなっと言っているのを以前聞いてしまい‥‥」
 人魚姫の言葉が途切れる。
「それ、王子が言ったんですか?」
「えぇ。でも、私が聞いているとは思わなかったでしょうし‥‥」
「陰気で根暗で、鬱陶しいって言われたんですね?」
「‥‥あの、湊様?」
「人魚姫の王子は派手好きで、女の人を侍らすのが趣味だと聞いた事がありました。でも、私はずっと、ただの悪意のある噂だと思ってました」
 この世界、他人のひがみは結構キツイ。
 かぐや姫なんかは特殊メイクだと噂が流れているほどなのだ。無論、かぐや姫は地顔で美しいのだが‥‥
「こんな純粋な人の気持ちを分かろうともしないで‥‥何様のつもりだーーーっ!!!」


「ふーん。乙女の心を分かろうともしないアホ王子ねぇ。人魚姫の王子だから『ニン子』で十分ね」
 漢字を当てるとすれば『忍子』となってしまいそうな気がするが、そこはあえてスルーだ。
「乙女の恋心が分からないような馬鹿王子はぁ〜、姫の10tハンマーでペシャンコにしてやるっ!!」
 女性陣の瞳に怒りが宿り、雪と似た面立ちの人魚姫に好意を抱き始めていた凌がそれに便乗する。
「打倒ニン子、ですね」
「乙女の恐ろしさを分からせてあげるわ」
「きっとぉ〜、自分カッコ良いとか勘違いしてるんだよぉー!」
 本領発揮の4兄妹に、雪が怯えた目をして人魚姫の背後に隠れた。


≪映画『有坂家の事情4』募集キャスト≫

*凌
 有坂家長男。実年齢18(外見年齢17〜25程度)
 冷酷無慈悲、高身長で運動神経S級、容姿端麗で秀才。完全無欠の嫌味な男。外面が良く
 売られた喧嘩はキッチリと買う。笑顔で相手をぶちのめすような最悪の性格

*妃
 有坂家長女。実年齢18(外見年齢17〜25程度)
 高身長で腰が細いモデル体型の美少女。凌の双子の妹。兄同様運動神経S級で秀才。凌と良いコンビで最強
 兄同様喧嘩には強く、女の子だから良いわよね精神で武器を振り回す凶暴ぶり

*湊
 有坂家次女。実年齢17(外見年齢16〜20程度)
 高身長で兄と良く似た面差しをしており、女の子からモテル
 争い事は嫌いで平和主義者だが、喧嘩は兄姉以上に強い

*雪
 有坂家次男。実年齢15(外見年齢13〜18程度)
 低身長で色白、美少女顔。全て母親遺伝子で生まれて来てしまったと言う不幸な少年
 双子から溺愛されており、愛情表現ともイジメともつかない仕打ちを受けている。妹から嫌われ、サイボーグ呼ばわりをされている。
 湊だけが家の中で頼れる存在と認識

*姫
 有坂家三女。実年齢13(外見年齢10〜15程度)
 低身長で色白、ふわふわとした可愛らしい少女。自己中心的
 常に姫が1番!と思っており、自分よりも美少女顔の雪を嫌っている
 ゆんちゃんがいなければ姫が世界で一番可愛いのにー!と、雪をサイボーグ呼ばわりする始末

*人魚姫
 色素薄い系の儚い美少女
 ハキハキとした丁寧な口調で喋るが結構天然
 外見に反してかなり力持ち

*ニン子(人魚姫の王子)
 自分は世界で1番カッコ良いと思い込んでいる青年。ナルシー
 大人しい人魚姫を『暗い』と言って嫌っている

・その他
 物語の中の登場人物
→有坂の母や父、源などは不可。有坂家以外の物語り憑きも不可。

●今回の参加者

 fa0117 日下部・彩(17歳・♀・狐)
 fa0142 氷咲 華唯(15歳・♂・猫)
 fa1276 玖條 響(18歳・♂・竜)
 fa1359 星野・巽(23歳・♂・竜)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa2495 椿(20歳・♂・小鳥)
 fa2993 冬織(22歳・♀・狼)
 fa3319 カナン 澪野(12歳・♂・ハムスター)
 fa3742 倉橋 羊(15歳・♂・ハムスター)
 fa4559 (24歳・♂・豹)

●リプレイ本文

 唐突だが、有坂兄妹は物語り憑き本部員達に嫌われている。それと言うのも、有坂兄妹の乱暴極まる行為の尻拭いをするのは彼らであり、物語への報告も、上への報告もすべて彼らの責任でやらなくてはならない。だからこそ、妃(冬織(fa2993))と湊(椿(fa2495))が本部へと来て、適当な女性本部員を捕まえて「白い本を貸して欲しい」と言った時、彼女はまず最初に、持っていたペンをへし折った。
「残念ですが、白い本は物語の住人が本部へ正当な申請をした後で貸し出しの出来る物です。物語り憑きの私的な使用は認められていません」
「でも、必要なんです!」
「そうよ、ケチケチしないで貸してくれる?」
 息巻く湊と、女王様な態度の妃。本部員の女性の額にビキリと青筋が浮かび‥‥
「何を企んでるのか知らないけど、あんた達が勝手にやった事で責任取らされるのはこっちなんだよ!今まではこっちから依頼を持ちかけての事だったから黙ってたけど、はっきり言わせてもらうわ!あんた達、問題児なのよ!」
 いつもはニコニコしている女性なだけに、キレると相当怖い。湊が白い本をどのように使うのかを説明しようとして‥‥口を閉ざす。人魚姫の王子を懲らしめるためのお話を作るんです!と言って、それじゃぁどうぞと貸し出してくれるはずがない。
「あ、あの‥‥」
 湊の背後にチョコンと立っていた人魚姫(カナン 澪野(fa3319))がコッソリと顔を出す。
「あれ?ティアちゃん?」
 人魚姫の本名はティアと言うのだが、誰も呼んでくれない挙句、自分自身その名前で呼ばれて咄嗟に振り向ける自信がないため、実名は名乗っていないのだが‥‥流石に本部員は知っていたようだった。
「どうしたの?脅されてるの?」
「いえ、そうじゃないんです。あの、本、私が頼んだんです」
 実際は違うのだが、そう言えばきっと本部員は貸し出してくれるだろう。現に彼女も渋々と言った様子ではあったが、席を立って白い本を持って来てくれ‥‥
「言っておきますけれど、またくだらない話を紡いだら、二度と貴方達の手に渡らないように手続きをさせていただきますからね」
 キっと鋭い視線を湊と妃に向ける。恐らく、彼女の宣言通りもう二度と白い本を手にする事は出来ないだろう。


 雪(倉橋 羊(fa3742))は人魚姫から先ほど聞いた話を思い出し、大きな瞳を潤ませ、ハンカチで目を拭った。
「人魚姫さん、可哀想‥‥僕に出来ることだったら、何でもやるよ」
「えぇ、雪には色々やってもらわなくてはなりませんから。そう、イロイロね」
 凌(星野・巽(fa1359))が雪の顎をグイっと掴み、ニコニコと泣き顔を鑑賞する。ハタから見れば危ない光景だが、当人達は別段気にしていない。と言うか、雪は何故顎を掴まれているのか分かっていない様子だ。
「そっれにしてもー、湊お姉ちゃんと妃お姉ちゃんおそーい!こっちはもう準備万端なのにぃ〜」
 姫(月見里 神楽(fa2122))がプゥっと頬を膨らませ、足をブラブラさせる。
「もうすぐで帰って来ますよ」
「ただいま〜」
 凌の言葉が終わるか終わらないかのうちに、明るい妃の声が聞こえて来た。


 腰まである黒のウェーブがかった髪を振り乱しながら、ベル(玖條 響(fa1276))は人魚姫の手を取った。
「気合さえあれば想いは通じるらしいわ!」
 『異種族恋愛のセンパイ』として人魚姫を応援しに来た彼女は、一見するとどの物語のヒロインなのか分からない。まぁ、名前を出せば美女と野獣のベルだと分かるのだが‥‥
「私は想われる側だったんだけれど、彼ったら‥‥」
 何時の間にか惚気話しをマシンガントークで展開し出す所がイタイ。高身長なため、身振り手振りを入れての惚気話しは威圧感があって怖い‥‥
「それで、もしかしたら協力できるかもと思ってやっ君も呼んだの!」
 長い長い惚気話しが終わった後で、ベルはそう言うと背後を指差した。ぴょこんとした耳と手触りの良さそうな尻尾が特徴的な巨大なその人こそ、美女と野獣の野獣(笙(fa4559))通称『やっ君』だ。ベルの気が遠くなるほど長い惚気話しの間、木陰に身を潜めて紹介の時を大人しく待っていた‥‥らしい。スパーっと出てきて欲しかったのだが‥‥
「ベベちゃんに召喚されて来ました。あの、事情はベベちゃんから聞いてます。私の微々たる力で宜しければ、幾らでもお使いください」
 ふにゃりと微笑んだやっ君。見た目は優しそうな好青年だが、デカイ図体と違って目はオドオドとしており、どことなく引っ込み思案の少年を思い起こさせる。
「そう言うことなので、人魚姫さん。ぜひぜひお手伝いさせてね!私、絶対に貴方達には幸せになってもらいたいの!」
「私もそう思ってます!」
「‥‥やっ君、随分やる気だけど‥‥も、もしかして、人魚姫さんの可憐さにクラって来ちゃったんじゃないでしょうね!?」
「え!?ベ、ベベちゃん誤解だよ!」
「人魚姫さん、小さいし可愛いし清楚だし、儚気で守ってあげたいタイプだし!あぁぁっ!!酷いわ!やっ君の浮気者―!破廉恥よっ!!やっぱり野獣なのねっ!!」
「ベ、ベベちゃん落ち着いて!確かに私は野獣ですが、ベベちゃんが1番ですから!1番‥‥ですから」
 ぽっと頬を染めたやっ君がベルの手を取り、ベルもつられて頬を染める。
「あぁ、やっ君!やっぱり私達の愛は永遠なのね!この愛の鎖は、ナイフでも包丁でも斧でもチェーンソーでも、ロケットランチャーでも切れないわ!」
 最後は切れる切れないの前に、周囲のもの全てを吹っ飛ばすだろう。
「な、仲が宜しくてうらやましいですわ」
 人魚姫がやや引きつり気味の笑顔でそう言い‥‥
「「人魚姫さんも幸せになるんです!!」」
 ぐわしっと両方から肩を掴まれ、あまりの力の強さに人魚姫は涙目になった。


『王子が活躍する物語を作りたいのです。by王子ファン一同』
 などと言う、明らかに不自然かつ不審極まりない招待状を送りつけられ、人魚姫の王子、通称ニン子(氷咲 華唯(fa0142))はキラキラとした粉(鱗粉?)と薔薇の花(CG?)を撒き散らしながら前髪をかきあげた。
「この僕に目をつけるとはなかなかだね」
 ネットリとした喋り方は、思わず嫌悪感に震えてしまいそうになる。
「いいだろう、最高の物語を作ろうじゃないか」
 キラリーンと、歯を光らせる王子。勿論、これもCGだ。‥‥処理に金のかかる王子だ。


「美女の居る所に即参上!」
 そう言いながら姿を現したのは、魚の着ぐるみを来て姿見を背負い、ギターを片手に持った魔法の鏡の精(日下部・彩(fa0117))だ。また来たかと言う顔をする有坂兄妹と、何者なのか分からずにキョトンとする人魚姫とベル。
「女子中高生に大人気の湊さんのドレス姿とあっては、チェックしない訳にはいかないっすよ!」
 鼻息荒くそう言って、カメラを取り出すとバシャバシャと激写していく。
「人魚姫さんのためだもん‥‥湊お姉ちゃんに頼まれたんだもん‥‥僕、がんばるっ!」
 ひらふわのお姫様ドレスにウィッグをつけられた雪が、パチンと両手で頬を叩くと気合を入れる。ニン子のためのハーレムを作るために今回も無理矢理女装させられる事になった雪だが、人魚姫と湊のため、嫌がる事はなかった。ただひたすらに一生懸命になっている愛らしい雪の姿に、胸を射抜かれた妃が折角セットした髪とメイクを台無しにしない程度に構い倒す。
「やーんもー、ドレス似合うわー!雪ったら、かーわーいーっ!!!!」
「妃お姉ちゃん、痛い痛い痛いっ!!!」
 雪がジタバタと暴れ、あんまり締め続けてはドレスがグシャグシャになると判断した妃が手を放す。雪が湊の元へと逃げようとして‥‥ドレスに緊張しつつもニン子への憎悪を膨らませ、微妙なオーラを解き放っている湊の横顔に、クルリとターンする。その瞬間、ドスリと何かにぶち当たり‥‥
「おや、ダメですよ雪。お姫様は大人しくしてないと」
「ひぃぃっ!!お兄ちゃん!!」
「何ですか、幽霊と出会ったかのようなその悲鳴は。大人しく出来ないようでしたら、大人しくさせてあげましょうか?」
 ニヤリとドス黒く微笑んだ凌に、雪が力なく首を振りながら後ろに下がる。ジリジリと近付いてくる凌、コツンと背中が壁に当たり‥‥
「皆!ニン子が来たわ!」
 絶体絶命の雪を救ったのは、妃の一声だった。


 キラキラとした物(埃?)を撒き散らしながら現れたニン子に、魔法の鏡の精が輝かしい音楽を奏でながら声をかける。
「勇者さんいらっしゃーい!」
「やぁ、今晩は」
「ふふっ、やはりお噂にたがわぬ素敵な方」
 キラリと白い歯を光らせた(CGですよ)ニン子に、ノリの良いベルが擦り寄って行って艶やかな笑みを浮かべる。若干ベルの方が身長が高いが、そこは、きっと明日か明後日には筋肉痛になるZE☆な、中腰で何とか誤魔化す。
「初めまして。妃と申します。どうぞ呼び捨てにしてくださいましね、ニン子様」
「ニン子?」
 あんた誰?な勢いで妃が甘ったるい声を出し、ニン子が眉を跳ね上げる。
「人魚姫の王子様では、何だかニン子様が付属品みたいじゃありません?それに、略しは最近の流行なんですのよ」
「流行、ねぇ」
「どんな名前でも似合うってス・テ・キ♪」
 ツンと頬に人差し指を押し付ける妃。この先に待ち構えているであろう展開に、魔法の鏡の精が蒼白の顔を背けながらブルブルと震える。
「そう言えばぁ、ニン子様この本の題名知ってますぅ〜?」
 キャピルン♪と言った様子で姫がニン子の腕を取り、甘えるように頬を摺り寄せると首を傾げる。
「『王子ハーレム物語り 魔物退治編』って言うんだぁ〜。姫、強いお兄さんが好きだなぁ〜。だからぁ、姫のだーい好きなニン子様はぁ、きっととーっても強いんだよねぇ〜?」
「この僕にかかれば魔物なんてあっという間さ」
 カメラ目線で微笑むニン子。CGが面倒なので、いちいち笑わないで欲しい(酷い)
「まぁ、カッコ良いわね湊?」
「あ、そ、そうね」
 怒りで顔を真っ赤にしていた湊が、突然のフリに動揺し、ニン子から目をそらす。
「あ、ごめんなさい。は‥‥恥ずかしくて‥‥」
「やぁねぇ、湊ったらニン子様の前だからって照れちゃって」
「お姉ちゃん、ニン子様のこと凄い大好きだもんねー!」
「そ、そうなの。お会いできて光栄ですわ」
 妃と姫が何とかフォローし、それでもジロジロと湊を見詰めるニン子の顔を両手で掴むとグイと自分の方へと向けるベル。
「湊さんばかりではなく、私も見てください。実は、私の中にはいつも想っている方がいらして‥‥ねぇ、ニン子さん、貴方にはそう言う方はいらっしゃらないのかしら?もし、そんな方が別の人を見ていたら、如何思うかしら?」
 ニン子を直視しての発言は、彼に勘違いをさせるためと、遠まわしに人魚姫の事を言っていた。あまりにも真剣なベルの表情に、まんまと勘違いをしたニン子がそっと頬に手をあて‥‥
「え、えと、何テ素敵ナ王子サマナノカシラ‥‥ッ」
 カタコトの言葉をかけ、雪がドレスの裾を引きずりながら、レディにあるまじき大股でドスドスとニン子とベルの間にドカリと座る。
「雪、もっとお淑やかにしなさい」
 背後からどす黒い空気と共に、凌がドロドロとしたモノを背負ってゆっくりと姿を現す。不穏な展開に、妃が凌にすり寄るとそっと首に手を回す。
「どうしました?」
「少し甘えてみただけよ」
 にっこりと微笑んだ妃がするりと手を放し、嫉妬の瞳を向けるニン子に艶やかな視線を投げる。
「どうしました、ニン子様?」
「いや、別に‥‥」
「怖いお顔をされてますが?」
「‥‥そうか?」
「嫉妬されてるんじゃないですか?」
「僕が、あの男に?まさか」
「まぁ、それは心外ですわ。折角ニン子様に嫉妬していただきたくてやったことでしたのに」
 シュンとした妃の肩を上機嫌で抱くニン子。そんな恐ろしい事をサラっとやってのけるニン子に、魔法の鏡の精が震えながら後退りをする。姫が大っぴらにニン子に甘え、湊も何とか頑張ってニン子をヨイショする。
「ニン子さん、僕のことどう思いマスル、カ?」
 雪がおかしな言葉を紡ぎ、ニン子が首を傾げながら小声で「僕?」と首を傾げる。うっかり一人称が素に戻ってしまった雪の肩を凌が掴み、「ちょっと失礼」と言いながらズリズリと引きずっていく。
「もっとお淑やかにしなさいと、先ほども言ったでしょう?‥‥さもないと‥‥」
 腰を抱き、顎を持ち上げた凌がニィと口の端を上げる。ヤバイ展開を肌で感じ、雪が冷や汗を流し‥‥
「僕なんて言うのはこの口ですか?」
「あのね、お兄ちゃん、あの‥‥僕‥‥あっ!」
 再び言ってしまった言葉に、雪が蒼白になり、凌が飛び切り良い笑顔を浮かべる。
「どうやらお仕置きが必要なようですね」
「違うの!お兄ちゃん、待っ‥‥」

 テレビを見るときは、なるべく画面から離れ、部屋を明るくして見ましょうね♪と言いつつこれは映画なのであんまり関係ないですね。雪のお仕置きが終わるまで、綺麗な滝の映像でもお楽しみください(マイナスイオーン)

「真っ赤な顔も可愛らしいですね」
 凌が微笑みながら手を放し、雪がその場にへたり込む。上気させた頬と潤んだ瞳が何とも不憫‥‥じゃなく、色っぽい。
「も、もう僕って言わないの‥‥」
「偉い子ですね」
 凌が雪の頭を撫ぜながら背後を振り返り‥‥画面前の皆様とは違い、何が起きていたのかしっかり目撃してしまっていた人々が、ふいと視線をそらす。湊と妃が顔を見合わせ、姫までもが少々同情を含んだ視線を雪に投げかける。ニン子とベルが視線を合わせて引きつった笑みを浮かべ‥‥
「はぁ〜、これで当分は食べていけますね!」
 カメラ片手に一仕事終えたらしい魔法の鏡の精が、爽やかに額に浮かんだ汗を拭った。


 1日に1回はやっ君をモフらないと禁断症状が出ると言うベルが、屋敷の暗がりにやっ君を呼び出した。
「ベベちゃん、辛かったでしょう?さあ、思いっきりもふって下さい!」
 尻尾をフサリと取り出したやっ君に勧められるままに顔を擦り付けるベル。
「「湊、誘導は任せた!」」
「任せて!」
 と言う、微妙な掛け声の後で湊が場所を変えてお話しましょうとニン子を外へと連れ出し、やっ君とベルの逢引を見せる‥‥が、逢引と言うよりはぬいぐるみに喜ぶお子様と、それを優しい笑顔で見詰めるお父様と言う感じだ。逢引などと言う甘ったるい空気は微塵もない。こうなれば‥‥と、湊が近くを通りかかった凌に抱きつき、これ見よがしにラブラブさアピールをしてみるが、ニン子はちっともこちらを見ていない。
「カタツムリ‥‥」
 葉っぱの上をノロノロと這っているカタツムリにご執着らしい。抱きついてきた湊の背中をポンポンと叩き、耳元で「頑張れ」と激励をする凌。
「あ!ニン子さん発見―!」
 雪が明るい声を上げてニン子へとパタパタと走り出し‥‥ツンと、何かが足元に引っかかり転びそうになる‥‥のを何とか踏ん張る‥‥のだが‥‥
「が、がんばるの‥‥っ!!」
 転びそうなのを踏ん張るために1歩踏み出し、再び1歩踏み出し‥‥何故か走り出す雪。ニン子にぶち当たる前に踏み止まろうとしたのだが、うっかりニン子の足を踏んでしまう。
「いった‥‥」
 足を押さえてしゃがみ込んだニン子と、その一部始終を見ており、どす黒いオーラを撒き散らす凌。ベルが慌てて駆け寄り、やっ君が茂みの中に姿を隠す。湊が如何するべきか迷いつつニン子の傍にしゃがみ、凌が大股で雪の前まで来るとグイと顎を掴む。
「ぼ、ぼくだって、頑張ってるのにぃ‥‥」
「へぇ。でも今、僕って言ったよな?雪?」
 絶対零度の笑みに、雪が震えだし‥‥口調が荒くなった=かなり怒っているらしい凌がそのまま雪をどこかへと連れて行ってしまう。‥‥雪、強く生きろ‥‥(合掌)
「足は大丈夫ですの?」
 雪と凌の事は意識の外へと放り投げた(懸命な判断だ)ベルがニン子の顔を心配そうに覗き込む。ややオーバーな心配顔だったが、大分痛そうなニン子の表情に、少しは本気で心配していた。
「平気だ。君こそ、さっきの人は良いのかい?」
「あら、彼はただのパートナーですわ♪彼の素晴らしい所は‥‥」
 延々と惚気話をしそうになるベルの口を押さえ、湊も先ほどの言い訳を口にする。
「全く、困ったレディ達だね」
 言い訳を素直に信じたニン子が髪をかきあげながら不敵な笑みを浮かべる。カタツムリにご執着だった人がそんな顔をした所でカッコ良くもなんともない。


(何故こんな事になったのかしら)
 人魚姫は、これから魔物退治へと向かおうとする一行を横目で見ながら溜息をついた。ちやほやされていた王子の横顔が思い浮かび‥‥
「華やかな方がお好きな方だから、仕方ないわよね」
「え?」
 ニン子達の支度が整うまでやる事のないやっ君が、人魚姫の淹れた紅茶を飲みながら首を傾げる。
「いいえ。何でもないです。それにしても、ベルさんとやっ君さんは、何時も仲が良くて見ているこちらまで嬉しくなります」
 やっ君さんとは、妙な呼び方だったが‥‥やっ君はそんな些細な事は気にしない。
「きっと気持ちは伝わります。私とベベちゃんのように!」
 慰めとも惚気ともつかない励ましを受け、人魚姫の手に思わず力が入り‥‥バキっと、何かが砕ける音が響く。
「あら?このカップ弱いのかしら?」
 人魚姫の手の中で原型を留めぬほどに無残な姿になったカップに、やっ君は初めて目の前に座る可憐な少女の恐ろしさを知ったのだった。


 完全に獣化し、所定の場所へ先回りしていたやっ君は、剣を両手にふらついているニン子に思わず同情してしまった。
(あれ、かなり重い素材で作られてますね)
 腹黒い有坂兄妹達のやり方に溜息をつき‥‥
「ダンナこそ魔王に相応しい風格っすよ!」
 何故かニン子を裏切ってやっ君をヨイショする魔法の鏡の精。やっ君の背後から現れた凌に妃が抱きつき、凌が妃の腰に手を当てて抱き寄せると不敵な笑みを浮かべる。
「ころっと騙されておバカな王子ね。これは全て仕組まれたことなの。あんたのハーレムのための話しなんかじゃないわ」
「溺れ王子のくせに、人魚姫を傷つけた罰よ!」
「そうよ!美しい毛並みもないくせに!」
「この美しい僕を罠に嵌めるとは!なんと罪知らずな!」
 オーバーに天を仰ぐニン子。あんた、それ恥ずかしくないのか?と言うような嘆きのポーズだ。
「人を傷つけた報いです。言葉の刃、思い知りなさい」
 やっ君の穏やかな言葉の後を引き取る形で、ベル・妃・凌・湊・姫が次々に言葉の刃を繰り出す。
「本当の愛を知らない、淋しい人」
 ポツリと呟いたやっ君が、残してきた人魚姫の顔を思い出す。姫が10tハンマーを取り出し、妃がナイフを取り出す。凌も骨を鳴らし‥‥
「ニン子さん、逝ってらっしゃい♪」
 姫がそう言ってハンマーを振り上げようとした瞬間、ニン子と有坂兄妹達の間に巨大な岩が落とされた。
「これ以上は止めてください!もう良いんです!」
 人魚姫の怪力に、雪が目をキラキラさせながら「すごーい」と拍手を送る。何だか場違いな感心の仕方だが、雪らしくて可愛らしい。
「目には目をじゃ、お兄ちゃん達と一緒だったわ!」
 人魚姫の言葉にはっと自我を取り戻した湊が、項垂れながら反省する。
「ごめんなさい、こんな酷い事をして」
 人魚姫がニン子に謝罪の言葉を口にし、王子が先ほどまでの精神攻撃を引きずってネガティヴな言葉を返す。
「いや、どうせ溺れだし、どうせニン子だし。って言うか、どうせ‥‥」
「そんな王子は好きではありません!」
 王子の頬を軽く(でも怪力☆)叩いた人魚姫が目に涙を溜めながら立ち上がる。
「でも、ずっと愛しています!」
 そう言って走り出した人魚姫の背中を呆然と見詰めるニン子。
「今までどれだけ彼女を傷つけてきたのか、貴方は考えた方が良いわ」
「‥‥覚えてろよ」
 湊の言葉を無視して、捨て台詞を吐いた後で人魚姫の後を追うニン子。いや、むしろこんな恥ずかしい事は忘れろよと言うべきではないのか?お決まりの捨て台詞も、状況を考えて使わなくては、尚更恥ずかしい思いをしかねない。
「これぞ純愛!浪漫っすよ!」
 魔法の鏡の精が、明るい音楽を奏でながら2人の門出を祝福し‥‥
「‥‥っ、もう我慢できなーい!!」
 雪が突然叫び、やっ君の尻尾に飛びつきもふりはじめる。
「あ、ズルーイ!姫も!」
「わ、私も!」
 姫と魔法の鏡の精が雪に続いてやっ君にタックルし、驚きつつも何とか踏ん張って耐えるやっ君。彼の心境としては、可愛いちびっ子がじゃれている、その程度なのだが‥‥
「私戦うわ!やっ君の尻尾のために!」
 ベルが震えながらそう宣言する。どうやらやっ君の価値は尻尾らしい。何とも可哀想な発言だが、言った本人も言われた本人もさして気にしている様子はない。ベルが乙女の嫉妬パワーで姫を吹っ飛ばし(ちなみに馬鹿力の姫はやっ君の尻尾を力いっぱい握っていたせいで、毛が数本無残に抜けた)魔法の鏡の精を飛ばし、最後に雪を飛ばしてやっ君に強烈なタックルをかました。敵味方関係なく全てを吹っ飛ばす彼女は、多分周りが見えていない。
「ベベちゃん、愛が痛いです」
 半べそのやっ君。吹っ飛ばされた雪を見事にキャッチした凌が妃と顔を見合わせてドス黒い笑みを浮かべ‥‥
「そう言えば私、新しいコート欲しかったのよね」
「俺も、雪の襟巻きに丁度良い肌触りだと思ってたんですよね」
「すっごいもふもふだったー!もふもふっ!」
 もうちょっとだけ!と追いすがろうとする雪を凌から受け取り、羽交い絞めにする妃。
「我が家の玄関を彩りますか?」
 ニッコリと黒い笑顔でやっ君を見詰めた後で、成り行きを見守っていたベルを押し倒す。
「何を‥‥!」
「二度目はないですからね?」
 耳元で腰に来る重低音な声で勧告する凌。命‥‥と言うか、貞操の危機を感じたベル(綺麗な顔してますが、ベルちゃんは男性です)が慌てて立ち上がり、やっ君の首根っこを引っつかむと微笑む。
「わ、私達そろそろお暇させていただこうかしら!楽しい時間をありがとう♪」
「ベベちゃん、お姫様抱っこしてあげましょうか?」
「え、そんなやっ君ったら人前で☆」
 ラブラブで帰って行くベルとやっ君の後を追って去って行く魔法の鏡の精。
「はぁ、もふもふ、素敵だったなぁ‥‥」
 雪がうっとりとした表情でやっ君の背中を目で追い、嫉妬した凌と妃がグイと雪の顔をこちらに向けさせると湊に至急お茶の用意をするようにと指示を飛ばす。
「さぁ、お茶の時間よ!」
「今日も平和でなによりです」
「‥‥姫、ハンマー邪魔だから片付けて」
「はーい、湊お姉ちゃん」
「もふもふ‥‥」
「「雪、今度その言葉を言ったらお仕置きです!(よ!)」」
「え、何で!?」
「「何でもです!(よ!)」」


「君の気持ちはとても嬉しいけど、今の僕では応える事は出来ない。それでも、いいのかい?」
 人魚姫のお話の中で、ニン子は人魚姫の髪をそっと撫ぜると首を傾げた。
「私は、王子様の傍にずっといたいのです」
「‥‥人魚姫‥‥」
「ずっと、お傍にいさせてください」
 ニン子‥‥いや、王子は、可愛らしい人魚姫の一途さに、戸惑うようにそっと手を回すと、その華奢な体を強く抱き締めた‥‥


○おまけ
『黒ゆんちゃん』
 先日のお礼にと、人魚姫から不思議な液体を貰った凌。
「実はこれ、性別を変える薬なんです。私には必要ないので、もし宜しければ凌さんに差し上げます」
 そんな危ない薬を凌に渡しちゃダメだよ!とツッコミを入れたいが、渡してしまったものは渡してしまったのだ。皆様のご想像通り、凌はその薬を愛しの弟の紅茶の中にドボリと入れるとドス黒い笑みを浮かべた。
「雪、紅茶ですよ。どうぞ」
「あ、お兄ちゃん有難う」
 にっこりと可愛らしい笑顔を浮かべる雪。抱きつきたい衝動を必死に抑え‥‥ゴクリと、紅茶を飲む雪。
「あっ‥‥」
 雪がか細い悲鳴を上げてカップを手から落とし‥‥ドスドスと、誰かが階下から上がってくる音に凌が眉根を寄せる。
「大変です凌さん!私、間違えちゃったんです!」
 美しい髪を振り乱した人魚姫が突如入って来て、雪の様子を見て蒼白になる。
「あ‥‥」
「どうしたんです?これは何の薬だったんです?」
「それ、実は‥‥性格を変える薬だったんです。それも、薬を与えた人と同じ様な性格になるんです!」
「‥‥ふふ、まったく、お兄さんも人魚姫さんも、酷いことしてくれますよね」
 ゆっくりと顔を上げる雪。その顔には、ドス黒い笑みが浮かんでおり‥‥
「お仕置き、ですね」
「し、凌さん、逃げましょうーーっ!!」
 人魚姫が凌の手を取り、駆け出す。ゆっくりとした足取りで雪が追いかけてきて‥‥
「どんなに逃げても無駄ですよ。さて、今日はどんなお仕置きをしてあげましょうか♪」
「あの、人魚姫さん。俺ってあんな感じなんですか?」
「そうですね、近からず遠からずって所でしょうか‥‥」
 結局その日、雪の薬が切れるまでの2時間あまり、人魚姫と凌は町を疾走する羽目になったのだった。


『美女と野獣』
 瀕死の野獣の元に帰ったベルは、彼の求婚に応えるとそっと抱き締めた。体を覆っていた毛がどんどんなくなり‥‥
「ベル」
 本来の姿に戻った野獣が、ベルに優しい笑顔を向ける。
「‥‥あ、あ‥‥あなた誰!?」
「ベル、私ですよ」
「嘘つけっ!やっ君じゃないわ!だって、あのふさふさの尻尾は!?ピョコンとした耳は!?」
「だからねベベちゃん、何度も言っていますが、私は‥‥」
「ちょっとこの野郎、私の愛しのやっ君どこに隠しやがったんだよ!」
「ベベちゃん、怖いデス」
「ベベちゃんとか気安く呼ぶんじゃねぇっ!!」
「う‥‥うぅ、何でいつも完全に人の姿になると分かってもらえないんでしょうか‥‥。半獣の時と顔立ちは同じはずなのに‥‥」
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇっ!!やっ君のふわふわの尻尾を返せーーーっ!!」


『魔法の鏡の精のお悩み相談所』
 魔法の鏡の精は目の前で項垂れる彼のために慰めの曲を奏で始めた。
「泣かないで〜♪きっといつか彼女も気付いてくれるさ、君だって事に〜♪」
「うう、何て良い歌なんでしょう!」
 即興で作った歌詞だったが、やっ君はいたく感激したようだった。
「そうですよね、いつか彼女も気付いてくれますよね!?尻尾なんてなくても、私だって‥‥!!」
「そうですよ!野獣さんは立派な漢でっせ!いつかベルさんも、尻尾なんてない貴方が好きよ、あぁ、マイスウィートダーリン!と言ってくれるはずです!」
「有難う御座います!お代、少し色つけさせていただきますね」
「毎度〜!」
 ‥‥何商売してんだアンタ‥‥


『余計な提案』
 魔女の薬で足を手に入れた代わりに声を失った人魚姫を見て‥‥
「前から思ってたんだけど、あれだけ力が強いならもっとマシな薬作ってもらえないの?」
『マシ、ですか?』←筆談です
「足だけ手に入れる薬とか‥‥」
 言いかけたニン子が慌てて首を振り‥‥
「ごめん、忘れてくれ。君はそんな事はしないよね」
『‥‥王子様、頭が良いです』
 キラキラとした瞳で指の骨を鳴らす人魚姫。
「や、止めようね?平和的解決が1番だよ。ね?それに、声なんてなくても君は魅力的だよ」
 蒼白の顔で、冷や汗を流しながら必死に説得するニン子。人魚姫の馬鹿力さを知っている彼は、最近ちょっぴりヘタレ気味になっていた‥‥