有坂家の事情5アジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
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担当 |
宮下茜
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
6.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/29〜03/31
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●本文
・物語り憑き
それは、物語の登場人物達と触れ合う事の出来る、神秘の職業。
それは、親から子へ、子から孫へと受け継がれる伝統の職業。
それは、物語憑き本部からの指令により、日々物語の安全を守る、名誉ある職業。
*物語り憑き本部*
その日、本部は非常事態に頭を悩ませていた。
それと言うのも、とある物語の人物が物語の世界から人質を取って脱走したのだ。
人質になっている人物も物語の登場人物なのだが‥‥
「どうしましょう。特殊部隊がつまかりません!」
「彼らは忙しいからなぁ‥‥」
本部員が天井を見上げ、溜息をつく。
「今手の空いてる物語り憑きは?」
「有坂です」
本部員の女性はそう言うと、頭に手を当てた。
*有坂家*
強引かつ凶暴すぎるやり方に反感を買って久しく仕事を回されていなかった有坂家だったが、今回は緊急事態と言う事で急遽借り出される事となった。
「えー、本部から久し振りに仕事の依頼じゃ」
源(げん)がゴホンと咳払いをした後で紙を読み上げる。
「本日、赤ずきんの物語から1名脱走した。その人物は、人質をとって逃走中じゃ」
「人質、ですか?」
凌(しのぐ)が首を傾げ、湊(みなと)が「赤ずきんちゃんかしら」と、心配そうに眉根を寄せる。
「脱走中なのは、赤ずきんの母親じゃ」
「‥‥あぁ、最初の方にちょこっと出てくる?」
妃(きさき)がややあってからポンと手を打ち‥‥
「そう言えばぁ、出てきてたねぇ〜」
姫(ひめ)が妃と同じく、ポンと手を打って相槌をうつ。
「それで、誰が人質になってるの?」
雪(ゆき)が不安そうに胸元で手を組みながら源に話しの先を促す。
「‥‥狼じゃ」
「へ?」
「狼、ですか?」
「‥‥って、あの、赤ずきんとおばあさん食べちゃう?」
意外な人物にキョトンとする有坂5兄妹。
「そうじゃ。もっとも、お主ら会えば驚くとは思うがのぅ」
「どう言う意味です?」
「見た目はのぅ、少年じゃ。耳と尻尾のついた、そうさのぅ、雪くらいの年齢かのぅ」
「えぇぇぇっ!!!あの狼がぁ〜〜〜!!?」
姫が素っ頓狂な声を上げ、源がうるさそうに耳を塞ぐ。
「役に入ると豹変するタイプと言うのかのぅ、随分と大人しく儚気だったと記憶しておるのじゃが」
「それ、おじいさんの記憶違いってことは‥‥ないですよね」
凌が言いかけた言葉を慌てて呑みこむ。
ジロリと源が睨みつけ、妃も言おうとしていた言葉を引っ込める。
「どこに行ってしまったのかは分からんが、とにかく赤ずきんの母親を捕まえ、狼を救出するのじゃ」
「でも、どうして母親は脱走なんか‥‥?」
「それがのぅ」
湊の質問に、源が言葉を濁す。
言おうか言うまいか悩み‥‥
「実はのぅ、母親は物語を脱走する際にこう言っていたそうなのじゃ」
『世界中の美少年は私のものよーーーっ!!』
「またその手のタイプですか」
凌が頭に手を当て、こめかみを揉む。
「どうしてこう、イタイ人物が多いのかしら」
妃も凌と全く同じ動きをし‥‥
「それじゃぁ、誰に行ってもらおうかのぅ?」
≪映画『有坂家の事情5』募集キャスト≫
・凌
有坂家長男。実年齢18(外見年齢17〜25程度)
冷酷無慈悲、高身長で運動神経S級、容姿端麗で秀才。完全無欠の嫌味な男
外面が良く、売られた喧嘩はキッチリと買う。常に笑顔。常に雪1番。他は興味ナシ
・妃
有坂家長女。実年齢18(外見年齢17〜25程度)
高身長で腰が細いモデル体型の美少女。凌の双子の妹。兄同様運動神経S級で秀才。凌と良いコンビで最強
女の子だから良いわよね精神で武器を振り回す凶暴ぶり。意外とプチ天然でキメ台詞は必ず噛む
・湊
有坂家次女。実年齢17(外見年齢16〜20程度)
高身長で兄と良く似た面差しをしており、女の子からモテル
争い事は嫌いで平和主義者だが、喧嘩は兄姉以上に強い。常に弱い者の側に立つ
・雪
有坂家次男。実年齢15(外見年齢13〜18程度)
低身長で色白、美少女顔。全て母親遺伝子で生まれて来てしまったと言う不幸な少年
双子から溺愛されているが、妹から嫌われ、サイボーグ呼ばわりをされている。
純粋で素直な性格で天然。湊を有坂の中で唯一頼れる存在と認識。常に弱い者の側に立つ
・姫
有坂家三女。実年齢13(外見年齢10〜15程度)
低身長で色白、ふわふわとした可愛らしい少女。自己中心的。常に姫1番!
自分よりも美少女顔の雪を嫌っており、サイボーグ呼ばわりしている
とにかく雪が嫌いで、雪が憎く、むしろ雪以外はどうでも良いと思っている
*母親
赤ずきんの母親。外見年齢20以上
世界中の美少年は私のものよー!と叫んで脱走中
美少年狩りをしだしている‥‥らしい
*狼
物語の中では凶暴な狼だが、こちらの世界に出てくると途端に気弱な少年に‥‥
「僕なんか食べても美味しくないですぅ」が口癖
見る人全てが自分を食べにきている気がしている‥‥らしい
外見年齢20以下
・その他
物語の中の登場人物
→有坂の母や父、源などは不可。有坂家以外の物語り憑きも不可。
●リプレイ本文
赤ずきんの母親、通称『赤ママ』(澪野 あやめ(fa5353))は部屋の隅でプルプル震えている赤ずきんの狼『皇神』(玖條 響(fa1276))に声高に演説していた。
「花の色は移ろい行くの。綺麗な時はほんの一瞬だけ‥‥」
愁いを帯びた瞳を皇神へと向ける赤ママ。皇神がウルリと瞳を滲ませる。
「私にはね、旦那様がいるの。物語には出てこないけれど、物語の外では大道具作ってるの。花畑の世話もしてたかしら?とにかくね、私の旦那はとっても‥‥なんて言うのかしら?夏にはいて欲しくないけれど冬にはいて欲しい、そんな人なの」
ポテっとしたお腹と、動くごとに地を揺るがすところがある意味チャームポイントだ。
「私の娘の赤ずきんって、結構可愛い顔してるでしょう?女の子は父親に似るとか聞くけれど、私に似て良かったわって、心底思ったの。だってねぇ、物語の主人公があんまり‥‥その、ゴニョゴニョ‥‥だと、格好つかないでしょう?」
赤ママはそこで言葉を止めると、おもむろにポケットの中から1枚の写真を取り出した。
「私と出会った時は既にあの容姿だった!だから子供の頃なんて期待してなかった!それなのにそれなのにっ!!若い頃は絶世の美少年だったなんて!!」
確かに、写真の少年は思わず抱き締めたくなるほどに愛らしく美しい容姿をしている。華奢な手足が何とも少女的で『守ってあげたい』と思うようなタイプだ。
「こんなの詐欺よーーっ!!」
叫んだ赤ママ。皇神がビクリと震え、搾り出すような声を発する。
「‥‥僕なんか食べても美味しくないですぅ」
「私は悟ったの!花の命が短いのと同じ様に、美少年の命も短いの!」
「煮ても焼いても、刺身でも食べられないですよぉ」
いまいち話のかみ合わない2人。双方が相手の言う事を聞いていないのだから、かみ合っていなくて当然と言えば当然なのだが‥‥
「折角のこの時、この一瞬を永遠にしないと!!」
「‥‥はぁ、いつか僕を食べようとしないお姫様が助け出してくれますように、お願いしますぅ」
お空の星に向かって手を合わせる皇神。ちなみに現在は真昼間なので、お空にはお日様と白いお月様しか姿を現していなかったが‥‥
(何で物語の世界ってちょっとおかしな人達が多いのかな)
雪(大海 結(fa0074))は己の兄姉を棚に上げてそう思うと、ふっと溜息をついた。
「どうしたんです?そんな憂い顔をして」
凌(星野・巽(fa1359))がそっと雪の頬を撫ぜ、黒い笑みを浮かべる。
「お兄ちゃん達、楽しんでるでしょう?」
「雪、そんなネガティブ思考だと、幸運は逃げていくのよ?」
困った子ねとでも言うかのように、頬に手を当てながら首を傾げる妃(冬織(fa2993))
「それにしても、やはり雪は美しいと言う事が証明されましたね」
「私の弟なんですもの。ま、当然よね?‥‥どっちかって言うと、美少年って言うよりも美少女だけど」
「妃お姉ちゃん、何か小声で付け足さなかった!?」
「何も言ってないわ。きっと幻聴よ。それか空耳よ。もしくは、願望よ♪」
「僕は女の子じゃないもんっ!!」
グスリと鼻を鳴らしながら湊(椿(fa2495))に抱きつく雪。
「まさか赤ママがここに雪誘拐予告状を出すなんて‥‥こう言うのを墓穴って言うのね」
赤ママを思って憐れみの念を抱く湊。
「違うわよ!‥‥こう言うのを、飛んで火に入るにゃんとにゃらって言うのよ!」
「‥‥お姉ちゃん、噛んでるから」
「姉のささやかな失敗くらい『私もよく噛むのよ、マイ・シスター♪』って陽気に返せないの?」
「私がそう返したら、違和感があるでしょう?」
「とにかく、コレは囮作戦を決行するしかないでしょう」
「‥‥うん、僕もそれが一番良い手だとは思うけど‥‥」
チラリと視線を上げれば、双子が嬉々とした表情を浮かべている。
「何でさ、家ってそんな服がたくさんあるのかなぁ?」
『かーいらしく』首を傾げる雪。双子の手には、フリルとレースがてんこ盛りのアンティーク調の衣装が握られている。大昔の漫画に出て来る、美少年貴公子が着ていそうな服だ。
「雅さん(有坂家母)は可愛らしい物が好きですから」
「外見も雪に似て可愛いしね」
「‥‥僕が雅さんに似てるんだよ」
「さぁ、無駄話をしている時間はありません。赤ママの好みが分からない以上、色々着てみて雪に一番似合う物を見繕わなくては」
「‥‥え、本当にソレ着なくちゃいけないの?普通の洋服でも‥‥」
凌が雪の言葉を遮って、絶対零度の笑みを浮かべながら手に持った洋服を差し出した‥‥その時‥‥
「親分、てーへんだ!」
岡引衣装に姿見と三味線を背負った白雪姫の魔法の鏡の精・(何も略していないが)略してイケメン(日下部・彩(fa0117))が窓ガラスをぶち割って入って来た。
「赤ずきんの母親が次の標的を雪君に‥‥って、あり?」
首を傾げるイケメン。散乱した窓ガラスに妃が眉を跳ね上げる。
「既に予告状は届いてるのよって言うか、どうしてそんなド派手な登場シーンを作る必要があったのかしら〜?」
「い‥‥いや、これは‥‥不可抗力ってやつでして‥‥そ、そう!前の道でトラックに撥ねられて飛んで来たんでっせ!」
「‥‥前の道って、車は入って来れないはずだけど?」
「それが、標識を無視した車が‥‥」
「って言うか、道が細すぎてトラックなんて入って来れないし」
‥‥チーン
「‥‥まぁお姉ちゃん、今はそんな事で争ってる時じゃないし、大目に見ましょう?」
「湊さん!!貴方はまるで女神の如き‥‥」
「修理費さえ払ってもらえれば、ここの掃除くらいは私がやっておくから」
妃に財布を取られ、数枚の万札が抜き取られる。イケメンが涙を流しながら、薄っぺらくなった己の財布を握り締め‥‥
「はっ!!雪君が男装を!!これはレアっすよ!!」
新たな商品を発見し、肩に掛けていたカメラを手に雪を激写しまくる。
「あのね、何度も言ったと思うけど、僕は男だから男装って言うんじゃなく‥‥」
「お邪魔しま〜す!弟を助けてくださいっ!!」
突然玄関を無断で開けて入って来た狼と七匹の子山羊の狼(希蝶(fa5316))に、視線が集中する。
「実は俺、皇神の兄なんです。皇神が行方不明と聞いて、匂いを頼りに捜索していたんですが、花粉症で鼻がつまって全く手がかりが掴めなかったんです。そんな時、本部でここを教えていただきまして、お力をお借りしたい&俺も何か力になれればと思って来ました」
充血した目を輝かせ、鼻づまりの声で声高に訴える狼。時は双子の雪弄りタイム。至福の時を邪魔しやがったワン公は必然的に敵と見なされ‥‥
「あぁ、この服が一番雪を引き立てますね」
「そうね。それじゃぁ、この服で行きましょうか」
「え!?あの、ちょ‥‥すいません!!」
サラリと無視される狼。
「室内だと攫われ難いですから、外に出ましょう」
「そうね。ちゃんと後ろから見守ってるから大丈夫よ」
「あの!!シカトは良くないですよ!!言葉は心と心とを結ぶ架け橋なんですから、人の話しはきちんと‥‥」
「五月蝿いわよワン子。折角の姉弟のスキンシップを邪魔する気?」
「あの、犬じゃなくて俺は狼です〜!」
「‥‥そうとも言うかも知れないけれど‥‥あんたは狼じゃなく、犬よ」
にっこりと、暗黒オーラをバックに背負いながら微笑む妃。狼がしくしくと涙を流しながら鼻をずびりとすすり‥‥
「犬でいいです〜」
「良いも何も、最初からあんたはワン子以外の何者でもないわ」
スッパリと斬って捨てられた狼。どうしてこんなS大王に弟の捜索なんて頼んだんだと、一瞬本部を恨めしく思い‥‥
「あの、ティッシュ使います?最近鼻に優しいのも出てて‥‥もし宜しければ」
箱ごとズズイと出されたティッシュを有り難く受け取る狼。湊が「花粉症って辛いですよね」としみじみと呟き、ポケンとしているイケメンの前に紅茶を差し出す。
「さぁ雪、そろそろ行かないと日が暮れますよ」
「うん。分かってるけど‥‥ちゃんと助けに来てね?」
不安そうな顔で上目使いに凌を見詰める雪。凌が勿論だと言うように極上の笑みを見せ‥‥
「待ってるからね、湊お姉ちゃん!」
‥‥ようとして、雪の一言に全ての表情を失う。
「雪、助けて欲しい時は『俺の名前』を呼べよ?」
「‥‥は‥‥はい、凌お兄様‥‥」
極悪な笑みに腰の抜けた雪が、その場に尻餅をついた。
街中をぎこちなく散歩中だった雪を見つけた赤ママは、暫く後をつけると人気のない路地に入ったところで彼の前に姿を現した。
「美少年ハンター見参!」
まさかこんなアホな台詞を伴って現れると思っていなかった雪がポカンと口を開け、赤ママが素早く雪の手をロープで縛る。
「え!?どうして縛るの!?」
「雑誌や新聞だって縛って出すでしょう!?」
「意味分からないよっ!!僕はゴミじゃないっ!」
「勿論!こんな綺麗なゴミが落ちてたら回収してリサイクルするわ!」
何だか通じ合えない2人。最初は抵抗していた雪だったが、抵抗しても無駄な事を知ると大人しく彼女が引っ張るままに走る。手が使えない分、大分覚束ない足取りだったが‥‥何とか赤ママのアジトへと怪我一つせずに来る事が出来た。
「皇神ちゃ〜ん♪大人しくしてたかしらぁ〜?」
淡いピンクの壁紙に、真っ白な椅子とテーブル。窓には薔薇の花を生けた花瓶が置いてあり、細かいレースのカーテンは何処までも乙女チックだった。乙女チックな物が苦手な人が見たならば、数秒で発狂してしまいそうなメルヘンフリフリ部屋に、流石の雪も暫し呆然とする。
「凄い部屋‥‥」
「あらぁ〜、雪ちゃんも気に入ってくれたぁ?ほら、皇神ちゃん、お友達よぉ〜♪」
部屋の隅に丸まっていた皇神が顔を上げる。フリフリ王子服を着せられている彼は、格好良いとか可愛いとか以前に、可哀想と言う言葉がよく似合う表情をしていた。
「あ、皇神さん無事でよかっ‥‥」
「ひぃぃぃっ!!ぼ、僕の事食べないでくださぁぁぁいっ!!」
盛大に怯えられ、ショックを隠しきれない雪。何の用途があるのかと聞きたくなるような、ゴージャスなレースがあしらわれた襟元から細い首筋が見え‥‥赤い首輪がはめられているのに気付く。
「これ‥‥」
「可愛いでしょぉ〜?やっぱり、猛獣には首輪が似合うわよねぇ♪」
満面の笑みで皇神の腕を掴み、頭を撫ぜる赤ママ。
「お‥‥お願いだから僕の事食べないでぇぇぇっ!!」
ベソベソ泣きながら謝り続けるこの様子のいったいどこに猛獣らしさがあるのか。
「さぁ、雪ちゃんも揃った事だし、お茶会をしましょう♪‥‥あ、そうだ。その前に‥‥」
赤ママが雪の後ろに回り、何かを首に回す。チラリと赤い色が見え‥‥
「わー、可愛いわぁ〜!皇神ちゃんとお揃いよぉ♪」
お揃いの首輪をつけられてしまった雪。
「何で首輪なんてする必要が‥‥」
「あら?雪ちゃんは皇神ちゃんとお揃い、イヤだったぁ?」
「そうじゃなくて!!」
「わがままは言っちゃダーメよ?皇神ちゃんも、雪ちゃんも仲良くね♪」
「ぼ、僕なんて食べても美味しくないですよぅっ!お願いですから、逃がしてくださいっ!」
見るもの全てが自分を食べに来ていると勘違いしている皇神と、人の話しなんて聞いてない、天然気味の赤ママ。
(み‥‥湊お姉ちゃん、早く助けに来てっ!!!)
無事(?)に雪が攫われる所を目撃した一行は、その後を追跡したのだが‥‥
「どうしようっ!」
‥‥途中で見失ってしまったのだ。動揺する湊と、何かを考え付いたらしくニヤリと微笑んで、家から持ってきた縄を素早く狼の首に巻きつける妃。
「え!?何、何っ!!??」
「さぁ、出番よ犬!匂いで雪の後を追うのよ!」
ビシリと前方を指差し、そっと縄を湊へと渡す妃。
「え、どうして私がコレ持つの?」
「ほ‥‥ほら、犬猫って、お母さんが世話する事になるじゃない?」
「お姉ちゃん、言ってる意味が分からないわ。と言うか、まず私の目を見て話して?」
「さ、さぁ犬!可愛い雪を捜すのよ!!」
「これ持ってるのが恥ずかしくなったんでしょう?お姉ちゃん?お姉ちゃん!?」
「キミこそ希代の名犬、有能な警察犬の卵〜♪」
イケメンがお得意のヨイショを開始し、パシャリとカメラでその働きっぷりを写して行く。こう言うのが趣味な人に売ればかなりの値段になるし、そうでなくとも万が一狼とイケメンの間で何か不都合が起きればコレを盾に‥‥
「そもそもお姉ちゃん、狼さんは花粉症なんだから‥‥」
「ぶえ〜っくしゅっ!!」
ズルズル‥‥鼻をすする音が道に響く。
「うぅ、匂い所か空気すらもこの鼻の難関を通り抜ける事は出来ませんっ!!」
「もう!役立たずね!」
「不甲斐ない兄を許してくれ、弟よ〜!」
のの字を書きながらしゃがみ込む狼をそのままに、妃は心底困ったと言うように頬に手を当てた。
「ねぇ、凌のその無駄に良い頭で、雪がどこにいるのか推理してみたら?」
「残念ながら、先ほど起きたばかりですのでまだ夢現なんですよ」
「‥‥先ほどって、もう起きてから3時間も経ってるでしょ!?」
「寝起きの探偵ほど使えないものはありませんからね」
爽やかに微笑む凌と、天を仰ぎながら溜息をつく妃。それならば、何か他の手はないかと考え‥‥
「大丈夫よお兄ちゃん。世の中には、寝起きでなくても探偵でなくても、まったく使えない人もいるんだから」
「え!?それってもしかして俺の事!?ねぇねぇ、もしかして俺の事!?」
湊の言葉に、狼がガバリと顔を上げて目を丸くする。
「‥‥はっ!!あっちから雪の声が!!」
「出ました!!湊さんの『雪危険感知センサー』!!」
イケメンが手を叩き、湊が声のする方へと足早に向かって行く。
(これじゃぁ、どっちが犬なんだか‥‥)
耳をすませながら歩いて行く湊に、妃がこっそりと思い‥‥
「いだだだ!!いだいっ!!湊さん、首が!!首がぁぁぁぁっ!!!」
縄を持ちながら容赦ない力で引っ張る湊。果たして狼は赤ママの所へつくまで耐えられるか‥‥!?
必死になって雪の声を追っていた湊は、赤ママが潜伏していると思われる場所の前まで来て始めて瀕死の狼に気がついた。
「お、狼さん!!誰がこんな酷い事をっ!!」
「きっと、花粉症にやられたんでしょう」
「‥‥凌、なにサラっと適当なこと教えてるのよ」
「世の中には、知らなくて良いものもありますから。そんな事より、行きますよ」
「えぇ」
呼吸を整え、妃が扉を蹴り凌が颯爽と中に入る。逆光の中で佇む双子が声を揃え‥‥
「そこまでだ!」「そこまでにょ!」
「何者!?‥‥‥‥‥‥って言うかそっちの女の子、今噛まなかった?」
3秒ほど沈黙した後で、小首を傾げ、心配そうに眉根を寄せる赤ママ。
「か、噛んでにゃんかにゃい!」
「‥‥もう、妃は喋らない方が‥‥」
「にゃによぉっ!!」
言い争う双子の背後から「お邪魔します」と呟いておずおずと入ってくる湊。赤ママの前で涙目になっている皇神と目が合い‥‥
「良かった、どこも怪我は‥‥」
「僕を奪って皆で食べても美味しくないですよぅ?」
ウルリと今にも泣きそうになりながら言う皇神。これはどう対処したら良いのかと考えを巡らせようとした時、瀕死の狼が息を吹き返した。
「お、弟を返してください〜!」
涙(花粉症の所為が8割)ながらに説得する狼。
「俺が代わりに人質になりますから〜!」
両手を広げ、身代わりになると訴えるが、赤ママはその説得を受入れないどころか、彼を見てすらいない。
「‥‥ひ、酷い!!」
狼の言葉を聞いた皇神が後ずさり、首を振りながら涙を流す。
「お兄ちゃんまで僕を食べようとするなんてぇ!」
「え、お兄ちゃんはお前の事を食べようとしているわけじゃ‥‥」
「皆、皆僕を食べようとしてる!!もう誰も信じられないっ!!」
皇神の言葉にショックを受けて体育座りになる狼。赤ママが皇神を盾に一行を牽制する。
「私の趣味の邪魔は許さないわ!」
「あの‥‥深い事情があるかも知れないけど、やっぱり誘拐は良くないと思うの。ほら、こうしてお兄さんも心配してることだし‥‥」
不器用ながらも必死に説得する湊だったが、赤ママは聞き入れてくれない。失敗に終わった説得。のの字を書いてヘタレている狼に「ゴメンナサイ」と謝罪の言葉をかける。
「あのね、さっきからギューっと抱き締めてるそのチビっ子だけど‥‥何時までもそうと思うな美少年。つまり、ソレ(皇神)とコレ(狼)兄弟よ?将来はいずれコレ(狼)になるのよ?」
「‥‥僕は花粉症じゃないから、あんなのにはならないですよぅ?」
妃の指摘に小声で反論する皇神。今は花粉症ではないかも知れないが、将来的な事は分からない‥‥以前に、兄貴を『あんなの』呼ばわりとはかわいそうだ(まぁ、その気持ちも分からないわけではないが)
「‥‥貴方もなのね〜!」
わなわなと震えながら、赤ママが皇神を突き飛ばす。
「叩き込んでも僕、美味しくならないですよぅ!」
皇神がそう言いながら床を滑り、湊の元へとやって来る。
「あの、大丈夫?」
「ぼ、ぼ、僕を食べても美味しくないですよぅ!?」
「うん、あの、私は食べないけど‥‥」
どうにも妄想っ子な気配のある皇神に、どう返したら良いのか分からずに困る湊。
「うぅ、どうにもトラウマっぽいところなのよ‥‥美少年は美少年のままでいないと‥‥」
頭を押さえて苦悩する赤ママを傍目に、凌は雪の元へ駆け寄るとそっと抱き締めた。湊が入って来た時から、その格好良さに羨望の眼差しを送っていた雪。助けてくれるのは湊だと、疑いもしていなかったのだが‥‥
「やっぱり、こうなったらもう雪ちゃんしかいないわ!何せ雪ちゃんのお母さんはあの歳であの可愛さ!きっと雪ちゃんも大人になっても‥‥」
「何処を見てるんです?雪はいただきましたよ?」
振り返った赤ママに邪悪な笑みを見せる凌。膝の上に抱いた雪を見せびらかす。
「あぁ‥‥どうして皆私の邪魔ばかり‥‥」
嘆き悲しむ赤ママを放って置いて、凌は雪に怪我がないか調べ‥‥ふと、首筋に何かがはまっている事に気付いた。雪がビクリと肩を震わせ、ウルリと目を潤ます。
「お‥‥お兄ちゃん、コレ外して‥‥お願い‥‥首輪はもう嫌なの‥‥」
「えぇ、外してあげますよ。ふふ‥‥良い趣味ですが、これは雪には似合いませんからね」
そっと丁寧な手つきで首輪を外す凌。今日は優しいお兄ちゃんで良かったと安堵しかけた雪だったが‥‥がちゃんと、別の首輪をつけられる。
「え‥‥?」
「あぁ、やはり雪にはこの色が似合いますね」
にっこりと微笑まれ、雪はポカンと口を開けたまま呆然と凌の顔を見詰めた。
皇神だけではなく、雪までもが手元からいなくなり失意のどん底の赤ママ。ポロポロと涙を零しながらしゃがみ込み‥‥
「あの、そんなに落ち込まないで?ね?美少年を誘拐するのはダメだけど、可愛い子やカッコ良い子を見るのはダメってわけじゃないですし‥‥あ、そうだ!アイドル!アイドルなんかどうかしら!今度雑誌を差し入れしますから‥‥泣かないで?送って行きますから、ね?」
無駄にキラキラ(CG処理)を振りまく湊。赤ママが顔を上げて湊を見詰め‥‥ぽっと、頬を染める。
「湊様!!」
「えぇっ!?」
ガシっと手を握られ、驚く湊。凌から縄を解いてもらった雪が湊に抱きつき、赤ママにキッと鋭い視線を向ける。
「湊お姉ちゃんは僕のだもん!絶対に渡さないんだからっ!!」
「ちょ、雪??」
「あら、雪ちゃんも同士?それなら、ファンクラブか何か作りましょう!『湊様LOVEクラブ!』そうだ、どうせなら3ショットの写真撮りましょう!目の保養だわぁ〜♪ほら、そこの変な鏡背負ってる子!こっちに来て写真撮って!」
皇神(縛られ中)と狼(メソメソ中)の微妙なツーショットを撮っていたイケメンが、赤ママに呼ばれてとんでくるとパシャパシャとシャッターを切っていく。
「ちょっとそこのワン子。弟の縄切らなくて良いの?」
暫く赤ママ&雪&湊の撮影会を見ていた妃がふっと思い出し、隅っこでメソメソしている狼に声をかける。
「そうでっせ!縄が邪魔でどうにも仲の良い兄弟の写真に見えなくて困ってたんです!ささ、兄貴、ズズイと弟さんの縄を切ってくだせぇ!そうすれば、あっしは兄弟の仲良いツーショットを撮って‥‥」
その先の事はあえて口を閉ざしておく。狼が皇神の縄を解き、いつでも胸に飛び込んで来ても良いようにと大きく両手を広げ‥‥
「た、食べないでぇぇぇぇっ!!」
悲鳴を上げた皇神が脱兎のごとく走り出してどこかへと行ってしまう。
「‥‥うぅ、どうしてあんなに早とちりなんだろう。俺、アイツの事食べたいなんて思ったことないのに‥‥」
グズグズと泣き出した狼。シュンと垂れている尻尾に、衝動を押さえきれなくなったイケメンが飛びつき、思いっきりもふもふする。
「あぁぁぁぁ〜〜〜、この魅惑の感触がたまりませんなぁ」
とてもご満悦な様子のイケメン。狼のことなんてお構いなしにもふり続ける。
「尻尾と肉球、どちらが至福の感触か‥‥それは非常に難しい問題っす!現代科学じゃ解明できない命題っすよ!」
‥‥現代科学だって、そんなものを解き明かしたくはないだろう。
「わー、おっきい犬〜!」
撮影者がいなくなった事によって体が空いた雪が、狼の元へと走り寄ると頭を撫ぜる。尻尾に触れ、耳に触れ‥‥キュっと抱き締める。
「‥‥雪、何をしてるんです?」
凌の暗黒オーラを全身に受け、何とか自我を取り戻す狼。雪が狼の前に手を差し出し「お手」「おかわり」「お座り」など、簡単な芸を催促する。狼よりも犬寄りの性格だからか、それとも芸をしないと雪の背後に控えている双子が怖いからなのかは知らないが、従順に命令を遂行する狼。
「あー、可愛いなぁ、犬、欲しいなぁ‥‥」
雪がそう言って、双子にウルリとした瞳を向ける。
「ダメですよ雪、それは犬ではなくて狼です」
「そうよ。そんな花粉症の犬なんて飼ったら、ティッシュがいくらあっても足りないわ」
「でも、こんなにお利口さんだよ?」
「‥‥利口ではない事は、ここに来るまでの間に確認済みです」
凌がピシャリと言い放ち、湊が赤ママを連れて本部に行って来ると声をかける。
「あ、あっしも行きまっせ!赤ママさんにはちょいと良い話があるんでさぁ」
「俺も行く!そろそろ帰らないと物語の人達が心配しちゃうから」
この場に留まっていれば、雪にペットにされる、もしくは双子に何かしら不利益を被る事になる。そう判断した狼が素早く湊の傍に行く。
「あー、わんちゃん行っちゃったぁ」
「それじゃぁ、後は湊に任せて、俺達はお茶の用意でもしましょうか」
「そうね。湊、後は頼んだわ。‥‥今日はどの紅茶にしようかしら‥‥」
本部に帰り、湊がいなくなったのを確認すると、イケメンは赤ママの耳元に口を寄せた。
「奥さん、良いブツがありますぜ」
懐から数枚の写真を取り出し、目の前に並べる。
「まぁ!」
有坂兄妹の盗み撮り写真に、赤ママが目を輝かせる。
「この、騎士姿の湊さんなんてレア物でっせ!」
「‥‥ふふ。それじゃぁ、湊様と雪ちゃんの写っているものを全部!」
「まいどあり♪」
イケメンは写真を袋の中に入れると、赤ママに差し出した。
(お得意様は大事にしないといけませんからね‥‥)
○おまけ『平和なお茶会?』
妃「(紅茶を飲みながら)あぁ、今日も本当に平和ね〜」
凌「そうですね。青い空、白い雲」
妃「輝く海」
湊「海なんて見えないわよ(鋭いツッコミ)」
雪「て‥‥テレビつければ、どこかで海の映像が流れてるかもよ!?(必死のフォロー)」
凌「そう言えば‥‥『そこまでです!』って唱和が最近上手く行きませんよね」
雪「妃お姉ちゃんが噛んじゃうからね」
妃「う‥‥うるさいわよ雪!」
湊「いっそのこと、お兄ちゃん1人で言えば?」
凌「でも、それだとどうも締まらない気がして‥‥練習しましょうか妃?」
妃「別に良いけど‥‥えーっと‥‥」
凌「そこまでです!」妃「そこまでにょ!」
湊&雪「‥‥‥‥‥‥」
雪「むしろ、お兄ちゃんが『そこまでにょ!』に変えたほうが良いんじゃないかなぁ?」
湊「でも、二人して『そこまでにょ!』なんて、何だか余計締まらない気がしない?」
凌「それ以前に、俺は『そこまでよ!』とは言いませんから(鋭い指摘)」
赤「それなら、もっと言いやすいものに変えたらどうかしら。例えば‥‥」
狼「ヤメイ!!とかなら噛まなさそうですよ?」
赤「でも、それだとやっぱり何だか締まらないわねぇ」
凌「それ以前に、何で貴方達がここに居るんですか(鋭い指摘)」
赤「あら!物語の登場人物がこっちの世界でお茶を飲んじゃいけないなんて規則はないわ!」
妃「そうじゃなくて、どうして家に勝手に上がりこんでるのよ」
湊「私、鍵かけたはずだけど‥‥」
イ「あらゆるお客のニーズに応えてこそ、真の何でも屋を名乗れるんでっせ!(鍵キラーン)」
妃「合鍵!?」
イ「この私にお任せくだされば、例え火の中水の中有坂家の中!鍵くらい、ちょちょいと作れまっさぁ!」
凌「犯罪です(鋭いツッコミ)」
狼「そう言えば、弟もこっちに来てるはずなんだけど‥‥」
雪「今日は皇神さんは見てないよぉ?」
湊「どこかに隠れてるんじゃないかしら。ほら、皇神さんってちょっとヘン‥‥変わった人だったし」
妃「ちびっ子狼なんて放って置いて、湊、クッキーか何か出してくれる?ワン子が皆食べちゃったから」
凌「そう言えば、この間買って置いたクッキーがありましたよね」
湊「どこに置いたっけ」
凌「こっちは俺がやりますから、湊は紅茶を頼んで良いですか?」
湊「分かった」
(湊&凌キッチンへ。湊がお湯を沸かし、凌が足元の棚を開け‥‥)
?「ひぃぃぃっ!!!た、食べられちゃう!!」
湊「どうしたのお兄ちゃん!?」
凌「‥‥貴方はどうしてそんな所にいるんですか(溜息)」
皇「ごめんなさい、謝るから食べないでぇぇっ!!(棚の中で丸くなりつつ)」
凌「それ以前に、どうやって入ったんですか」
皇「こ、こ、ここにいれば全ての厄災から守ってくれるんじゃないの!?」
凌「どんなデマが流れてるんですか!」
皇「ここ、貯蔵庫なの!?僕を食べるの!?僕食べられちゃうの!?」
凌「湊、このおかしな少年を鍋の中に放り込んで良いですか?(真顔)」
湊「待って待ってお兄ちゃん!!狼さぁぁぁんっ!!」
狼「どうしたの!?‥‥って、弟よ!!俺に会いに来てくれたのかい!?」
凌「最初から来てたんでしょう?(ボソリ)」
皇「お兄ちゃんまで僕を食べようとしてるんだ!!」
狼「違うよ弟!お兄ちゃんはお前と兄弟愛を育みたくて‥‥」
凌「(無言で狼を蹴って棚の中に押し込める)」
狼「え!?え!?」
皇「きゃぁぁぁぁっ!!」
凌「(扉を閉め、近くにあった椅子をその前に置き、さらにテーブルを引きずって来る)」
湊「お‥‥お兄ちゃん‥‥?」
皇「いやぁぁぁぁっ!!!」
狼「ちょ、痛いって!落ち着け!!暴れたらダメだ!いたぁぁぁぁっ!!」
凌「兄弟水入らずで話しあった方が良いかと思いまして。やはり、兄弟仲が悪いのは可哀想ですからね(無駄に爽やかな笑み)」
皇「お兄ちゃんのバカー!僕なんて食べたって美味しくないんだからぁぁっ!!」
狼「落ち着け弟!!俺は食べようとなんて‥‥(皇神の蹴りが鳩尾に入り)ぐはぁっ!!」
‥‥‥‥‥‥合掌