マネ体験記!アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 宮下茜
芸能 2Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 やや難
報酬 2.6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/02〜04/04

●本文

 篠宮・ユナは、明日から2泊3日の沖縄ロケを予定していた。
 かなりキツキツのスケジュールで、マネージャーである錦下が随分前から気を張っていたのだが‥‥
 気の張りすぎからか、沖縄ロケ前日に彼は39℃の熱を出して寝込んでしまった。
「錦下さん大丈夫ですか!?」
 心配でお見舞いに来たユナを、うつる可能性があるからと部屋の隅に遠ざけ、具合の悪い体を引きずりながら紅茶を淹れる。
「ユナ‥‥ロケなんだけど‥‥」
「1人でも大丈夫ですよ。現地のスタッフさんに頼んでおけば空港まで迎えにきてくださるでしょうし」
「でも‥‥」
「安心してください。かなりキツイスケジュールなので、遊んでる暇なんてないですから!」
「そうなんだけど‥‥でも、これでユナが体調崩したら洒落にならないし‥‥」
 ちなみに、今回のスケジュールは以下の通りだ

・1日目
 朝方に東京を出て昼には沖縄入り
 昼食は車内で軽く取り、ロケ現場の山まで車でひた走る
 撮影終了予定は夕方頃
 宿泊予定のホテルへと行き、映画出演者との対談
 夕食はホテル内で取る
 明日の早朝からのロケに合わせて就寝は早目に
・2日目
 日の昇る前にはホテルを出発
 朝食は車内で軽く
 ロケ予定地の浜辺で写真集の撮影
 昼食を近くで軽く取り、再びロケ現場の山に入る
 夕方には撮影終了予定
 その足で写真集撮影のため、スタジオに移動
 夕食はお弁当
 撮影終了予定時間は22:00
 ホテルに戻り、雑誌のインタビュー
・3日目
 朝食をホテルで済ませた後でテレビ局入り
 映画の宣伝のため生中継番組出演
 昼前には終了予定
 昼以降は自由時間
 夕方の飛行機に乗る

「帰ってからはまた映画の撮影がありますが、空港にスタッフさんが待っていてくださるそうですので大丈夫ですし‥‥」
 こちらに戻って来た後も忙しいユナ。映画の撮影と写真集の撮影、その他諸々、売り出し中のアイドルは忙しいのだ。
「いや、ダメだ。きっと1人で行かせたら昼食はとらない、夜は遅くまで台本読む、朝は食べない、絶対体壊す!」
「むぅ。錦下さん!私だってもう大人なんですから‥‥」
「絶対乗る飛行機間違えそうだし、そもそも空港まで行けるのかどうか甚だ不思議だ。向こうに着いてからも、スタッフと会えるかどうか‥‥」
 心配性の錦下だが、心配をしすぎて困る事はない。ユナはしっかりしているように見えて、妙な所で抜けていたりするのだ。
「とにかく、俺の代わりを誰かに頼んでおくから」
 だから自分はユナが沖縄から帰ってくるまでに風邪を治しておこうと、心に誓った錦下だった。


*日程補足*
1日目
・映画ロケ
→ロケ現場は山の中に組まれた民宿
→ユナの役は、民宿の女将の娘(ヒロイン)役名『霞(かすみ)』
→儚くも妖しい雰囲気の演技が必要となる
・対談
→対談相手は、主人公役の男性
→女将役の女性との対談もその後に続く
2日目
・写真集
→水着&浴衣&ワンピースで数枚撮る予定
・スタジオ
→ゴシック系統の衣装で数枚撮る予定
→イメージコンセプトは『天使』と『悪魔』
・インタビュー
→映画に関してのもので、雑誌記者と1対1
3日目
・テレビ局
→朝の情報番組に出演予定


*その他*
・ユナが仕事中は皆様は自由時間となります
→ユナの仕事が終わるまで、ずっと見ている必要はありません。付近を散策してみたりもOKです
・ホテルの部屋割りはお任せします
→シングル・ツインに別れるも、大部屋を取って男女で別れるもOKです
→男女ミックス部屋にはなりません
・最終日の自由時間にユナは錦下へのお土産を買いに行きたいようです
→一緒に行くも行かないも自由です

●今回の参加者

 fa0629 トシハキク(18歳・♂・熊)
 fa2495 椿(20歳・♂・小鳥)
 fa2544 ダミアン・カルマ(25歳・♂・トカゲ)
 fa3797 四條 キリエ(26歳・♀・アライグマ)
 fa4360 日向翔悟(20歳・♂・狼)
 fa4619 桃音(15歳・♀・猫)
 fa4769 (20歳・♂・猫)
 fa5592 宮坂 冴(22歳・♂・兎)

●リプレイ本文

○1日目
 沖縄ロケ当日の早朝、四條 キリエ(fa3797)と桃音(fa4619)はユナのマンションの前でタクシーを止めると携帯電話で彼女を呼び出した。薄いガラス扉の向こうに、淡い色のワンピースにカーディガンを羽織ったユナが姿を現し、2人は揃ってタクシーを降りた。
「初めまして、桃音と申します」
 ペコリと頭を下げ、同じ目線の高さにキラリと目を輝かせる桃音。ユナも桃音と同じ思考を辿ったらしく、2人はガシっと手を握り合った。
「ユナさん、仲良くしましょうね!」
「数日間だけれど、宜しくお願いしますね!」
 ちっちゃい子同盟を組んだ2人に苦笑しつつ、キリエがユナの手を引いてタクシーへと導く。
「錦下さんは大丈夫そう?」
 コクリと頷くユナ。キリエが心の中で錦下に「お大事に」と声をかける。前日、ユナ本人の荷物がどの程度のものなのか彼女の携帯に確認を入れた際、外にお使いに出ていた彼女に代わり、錦下が電話口へと出た。苦しそうなガラガラ声に深く同情したのは言うまでもない。
 カジュアルなパンツスタイルの桃音が、隣に座るユナと楽しく談笑する。結ったポニーテールが揺れ、タクシーが右へ左へとハンドルを切るごとに膝の上に乗せた帽子が滑り落ちそうになる。


 タクシーは順調に空港へとつき、桃音がユナの手を掴み、キリエが2人を先導するようにズンズン進んで行く。
「あ、いたいた!」
 キリエが手を振り、やたら威圧感のあるデッカイ集団がこちらを振り返る。
「ユナさんっ!!」
 手をブンブン振りながら、金髪の髪を1本に三つ編みに結び、青のカラコンをはめて帽子をかぶった1人の米兵風の男性が駆け寄ってくる。ユナが咄嗟に桃音の背後に姿を隠し、ユナよりも1cmだけ高い桃音が、人の盾にされるという幸福(ちっちゃい子同盟の子は人を盾にすることはあれ、人に盾にされると言う機会はなかなか少ない)に酔いしれる。ちっちゃい子同盟の1cm差は、一般の人の10cm差と意味が同じなのだ。
「ユナさん、怖がらなくても大丈夫ダヨ」
 軽い拒絶を受けた事にショックを感じつつ、椿(fa2495)は苦笑しながらユナの瞳を覗きこんだ。
「椿さん?」
「そうデス。ちょっと気合入れて変装しすぎちゃったカナ?」
 ジっと椿を見詰めた後で安堵の溜息を漏らすユナ。桃音の背後から出て集まった人々を眺めるが、相変わらず右手は桃音の服の裾をキツク握り締めている。
「初めまして、今回お手伝いをする事になったダミアンです」
 ダミアン・カルマ(fa2544)が笑顔でユナに右手を差し出し、軽く握手を交わす。
「普段は小道具を扱っているので、小物などの管理は任せてください」
 そう言って、搭乗手続きを済ませに行くダミアン。トシハキク(fa0629)がユナと軽く挨拶を交わし、数日間の間ヨロシクと言葉を続ける。
「ユナさん、お久し振りです。今度もよろしくね。錦下さん、早く良くなるといいね」
 宮坂 冴(fa5592)が心配そうな顔つきで錦下の容態を案じ、他のメンバーにも頭を下げる。
「演出家助手の日向翔悟だ。宜しく頼むぜ」
 日向翔悟(fa4360)がキリリとした態度で挨拶をし、忍(fa4769)がユナの隣にすっと立つと、小声で言葉をかける。
「ユナさん初めまして、忍でーす。椿さんや桃音ちゃんと何度か共演している俳優です。‥‥あ、桃音ちゃんとは何度どころかしょっちゅうです」
「そうなんですか?」
 ふわりと微笑んだ忍に無邪気な笑顔を見せるユナ。
「ロケ現場とか段取りは身にしみてるのでお手伝いします、よろしくね!」
 心持屈むようにしてユナに手を差し出す忍。眼鏡をあいた手で押し上げ、お団子にして纏めた髪を隠している帽子を深くかぶる。
「それにしても、皆さん恨めしくなるほど大きいですの‥‥」
 ジロリと忍を睨む桃音。
「本当ですよね、何だか私達が凄く小さいみたいに見えますね‥‥」
 ユナが不気味に微笑み、冷たい視線を忍へと向ける。別に何もしていないのに、ちっちゃい子同盟の反感を全身に受け止めた忍がしゃがみ込んで床にのの字を書く。公衆の面前でそんな事を‥‥しかも有名芸能人が!‥‥したと週刊誌にすっぱ抜かれてはたまらない。マネージャー経験豊富な翔悟がさりげなくフォローし、裏方専門のキリエとトシハキクが素早い動きで忍を立ち上がらせ、何とか精神的にも勇気付ける。
「大丈夫、ちっちゃい子の気持ちが分かればきっと‥‥」
「いや、無理だろう」
 キリエの言葉をスパリと切る翔悟。ダミアンが手続きを済ませて戻ってくると、出発の号令をかけた。
「俺の脳内では、ユナさんと旅行デス!」
 椿がキリエにそう零し、膝かっくんの刑を受ける。
「私達はムシかいっ!って言うか、ユナは仕事で来てるのっ!」
「分かってますヨー」
 苦笑しながら頷くと、椿は仲良さそうに並んで歩く桃音とユナの背中に視線を向けた。


 飛行機は順調に沖縄へと着き、南国の風がふわりと頬を撫ぜる。リゾートムードに一瞬だけ流されそうになる心を引き戻し、空港で待機していたスタッフと合流し、ロケバスへと乗り込む。スタッフが全員にお弁当を手渡し、椿と忍が嬉しそうにお弁当の包みを解いていく。
「ユナ、少しでも良いからちゃんと食べないと駄目だよ?」
「そうですのー。これから山ロケですので、体力つけないとダメですよ?」
 キリエと桃音のダブルサウンドに、ユナがノロノロとお弁当に箸をつける。3分の1も食べないうちにパタリと蓋を閉じ、グッタリと背もたれにもたれかかる。
「現場に着くまでどれくらい時間かかりますか?」
「結構時間かかるから寝てて良いですよ。着く10分前になったら起こしますから」
 若い男性スタッフが声をかけ、ユナがお願いしますと呟いたきり目を閉じる。
「何だかユナ、顔色悪い‥‥」
「乗り物酔いかな?俺、薬持ってるヨ?」
 前の席に座っていた椿が目を閉じてぐったりとしたユナの様子に心配そうにそう呟く。
「あぁ、そうじゃないですよ。疲れてる時に食事をとると、気分が悪くなるそうなんです。大抵の場合、少し休めば治るみたいですけど‥‥」
「そうなんですか‥‥」
「でも、しっかり食べさせてあげてくださいね。気分が悪くなるから食べない、食べないから体力がなくなって疲れる、疲れると尚更食べなくなるって悪循環になりますから」
「あの、着く10分前に起こすって言うのは?」
 翔悟が背広の内ポケットから手帳を取り出し、ペンを片手にメモの用意をする。
「台本の確認の時間です。台詞なんかは事前に覚えてきているそうなんで、本当に最終確認ってだけですけれど‥‥」
 ユナが眠っているうちにと、冴が今日・明日・明後日のスケジュールの再確認をし、キリエがスタッフに掛け合ってロケ弁の手配を確認させてもらう。小食のユナは、ともすれば栄養バランスが偏ってしまう場合がある。
「栄養失調になんかさせちゃったら、申し訳がたたないもの」
「そうだね。ユナさん、沖縄ロケが終わっても忙しそうだったし」
 キリエの言葉に冴が同意し、桃音がスタッフから毛布を借りるとユナの体にかける。
「あの、ユナさんが出る映画ってどんな内容なんですか?」
 忍がスタッフに質問を投げ、桃音と冴、椿が真剣な表情で耳を傾ける。
「主人公、卓磨って名前なんだけど、卓磨は数ヶ月前に交通事故で恋人を亡くしたって設定なんだ。愛する人を失ったショックから自暴自棄になっていた時、友人から百合‥‥亡くなった恋人の名前なんだけど、百合にとてもよく似た人をとある民宿で見つけたって話を聞くんだ。卓磨は数日考えた後に、百合に似た人がいると言う民宿へと足を向ける。そこで、民宿の女将、晴美の娘の霞‥‥ユナさんの役だね、を見つけるんだ。百合もユナさんがやってるんだけど、こっちの方はもう撮影は終わったんだ」
「‥‥霞のキャラクターはどんな感じなんですか?」
 翔悟が会話に加わり、スタッフが紙袋の中から台本を全員に手渡す。
「性格は楚々として、大人しい感じかな。常に1歩引いている感じで、儚く可憐な雰囲気。視線は常に足元に落とされていて、喜怒哀楽があまりない。表情と言うより、視線やちょっとした台詞の間、声の調子なんかを気をつけなくちゃならないって言ってたな」
「あんまり台詞はないのですね」
 桃音がパラパラと台本を捲り、簡単な感想を零す。
「あれ、でも、急に長台詞が入ったりしてるネ」
「えっと‥‥『貴方様が何用でこちらにご滞在されておられるのか、わたくしは詮索したりは致しません。確かに此処は長期ご滞在をされるにはあまりそぐわない、ちっぽけな民宿ではございますけれども、決してそのような方がいらっしゃらないと言うわけではごじゃいましぇん』‥‥」
 忍が綺麗に噛み、一瞬だけ車内が沈黙する。
「凄い舌噛みそうな言い回しが多いのね」
 舌を噛んで、痛みに悶絶する忍に同情の視線を送りながらキリエが呟く。スタッフが時間になったと言ってユナを起こし‥‥
「ユナさん、噛まないように気をつけてね」
 忍が不安そうにそう言って、ユナがキョトンとした顔で車内を見渡した。


 綺麗に結い上げていた銀の髪を解き、淡い色の着物の裾を風に靡かせる霞。
「花の命は、とても儚い‥‥」
 プツリと音を立てて花を摘む。卓磨が1歩後退り、霞が微かに口の端を上げる。
「そして、人の命も同様に、とても儚いもの。‥‥この花と一緒。すぐに手折れてしまうほど、弱々しいもの‥‥そうは思いません?卓磨様?」
 少しも笑っていない瞳が卓磨を貫き、卓磨はゴクリと唾を飲み込んだ後で一目散に逃げて行く。霞が手に持った花を足元へと落とし、グシャリと踏み潰す。
「‥‥そう、呆気ないくらい簡単に、命は奪われるの‥‥」
「はい、カット!!OKです!」
 監督の声が響き、張り詰めていた緊張の糸がプツリと途切れる。キリエがユナに飲み物を手渡し、忍と桃音が無邪気に拍手を送る。
「大迫力でしたのー!思わずゾクっとしましたの‥‥」
「あはは、そんな風に言ってくださると嬉しいです」
「はい、椅子どうぞ」
 忍が薦めた椅子に腰を下ろすユナ。次は、卓磨と晴美の2人のシーンだ。俳優として駆け出しながらもその高い演技力が評価されている卓磨役の成木和人と、大御所と言っても過言ではない、女優の松坂琴絵の2人の演技に興奮する冴。
「やっぱりお2人とも演技が上手いですね‥‥!」
「そうですね。私も頑張らなくちゃって、思わず気合入っちゃいます」
 ユナが苦笑し、和人と琴絵の演技に釘付けになる。
「ユナさん、疲れてませんか?ちょっと肌寒くなって来ましたから、ひざ掛けでも‥‥」
「あ、俺が取ってきマース」
 以前同じ様な役で山でのロケをした事がある、桃音が気を聞かせて立ち上がろうとするのを椿が制し、走り出す。スタッフに混じって主に力仕事を引き受けて汗を流すトシハキクと、人見知りの気があるユナが、現地のスタッフとなかなか馴染めないのを見て、何とか現場を明るくしようと振舞う椿と忍。ユナの仕事中は特にマネージャーの仕事はないと言われていたのだが、それぞれに仕事を見つけ出し、ユナのフォローに回る。
「ユナちゃん、さっきの演技良かったわぁ〜!もう、流石私の娘っ!!」
 シーン撮影を終えた琴絵がハイテンションでユナに抱きつき、和人が「ユナちゃんは僕のものですよー」と、からかい調子に口を挟む。
「あ、あの、初めまして。宮坂冴と申します」
 冴が憧れの女優さんに頬を染めながら頭を下げ、琴絵が冴の頭をわしゃわしゃと撫ぜる。
「あっはー、そんな緊張しなくても、オバサン怖い人じゃないからね〜!和人君だって、一見するとマフィアのボスみたいだけど‥‥」
「えぇぇぇ!?そんなの言われたの僕初めてなんですけど!」
「ユナちゃんと街中2人で歩いてたら、きっと誘拐犯と美少女ね♪」
「私と和人さんは1歳しか違わないんですよー!?」
 ユナがそう言って、ぷぅっと頬を膨らませながら子供扱いされた事にふてくされる。
「あーもー、一生この撮影終わらなければ良いのにーっ!!」
 琴絵が叫び、一同が笑い始める。ダミアンはその様子を少し離れた位置で見守りながら、真っ直ぐに空へと腕を伸ばす大木の写生を続けた。


 ホテルへと行き、対談を済ませたユナが食堂へと入って来る。豪華な料理の数々にユナが少しだけゲンナリしたような顔を見せ、キリエがユナのために栄養バランスを考えて小皿に取り分ける。
「俺程食べろとは言わないケド、ちゃんと食べましょー」
 椿の言葉に、もごもごと口を動かし始めるユナ。人の3倍は遅い手の動きだったが、特に誰も注意はしなかった。食べてくれるだけマシといったところだろう。
「美味しいですのー!!それにしても椿さん、本当に四次元ですのー」
 次々にお皿を空けていく椿を見て、桃音が拍手を送る。実はロケ弁も足りなくて、ロケ現場に着いた後にスタッフの買い物を請負がてら食料を調達していた。
「1日目が終わりましたけど、皆さん何か不都合はありませんでしたか?」
 ノロノロ食事が終わり、ユナが一同をグルリと見渡しながら首を傾げる。このあまりにも妙な言葉に、最初にふっと微笑んだのはトシハキクだった。
「ユナさん、それはこっちの台詞だよ」
「そーそー、ユナさんがマネージャーの心配してどうするの!」
「ユナこそ、何か不満だったり勝手が違ったりした事はあったか?」
 翔悟の言葉に首を振るユナ。どうやら第1日目の首尾は上々のようだ。
「それじゃぁ、部屋割りを発表しまーす!と言っても、ユナさんと桃音ちゃんとキリエさんは1部屋で、男部屋の割り振りだけど‥‥」
 忍が部屋割りの書いてある紙を持って立ち上がり、それぞれに鍵を渡していく。部屋割りは、忍&椿、トシハキク&ダミアン、翔悟&冴のツイン3部屋だった。


 翔悟から、睡眠時間はたっぷりとる事と釘を刺されたユナ。部屋に帰ってお風呂に入り、ベッドの上に転がって桃音とお喋りリラックスタイムを楽しむ。
「明日は写真集の撮影がありますね。水着に浴衣にワンピース、ゴシックドレス‥‥」
「うぅ、考えただけで胃が‥‥」
 深い溜息をついて胃の辺りを押さえるユナ。それなりに緊張しているようだ。
「私、ドラマで悪魔の役をいくつかやったことがありますが、ユナさんなら悪魔も天使もどちらでも可愛いとおもいますっ!」
「桃音さん、悪魔役やったことあるんですか!?え、えっ!?どのドラマですか?錦下さんに頼んで今度DVD買って来てもらいますっ!」
 キャッキャとはしゃぐ2人。仲良しのちびっ子同盟にキリエがふわりと微笑んだ時、部屋の扉がノックされた。
「はい?」
「俺デス。ちょっと良いですか〜?」
 椿の声にキリエが扉を開ける。トレーの上に置かれたマグカップの中から、独特の匂いが漂って来て‥‥
「ユナさん、裏リーダーから差し入れデス」
「これって‥‥」
「そう。梅昆布茶デス。紅茶とかカフェインものは良くないのデ、ゆったり飲んで休んでネ?」
「‥‥ありがとうございます」
「そうそう、裏リーダーにはメール報告に返信するよう宿題出してきたのデ、届いたらスパルタで‥‥笑って」
「え、笑うんですか!?」
「うん。それじゃぁ、お休み〜」
「おやすみなさい‥‥」
 パタンと扉が閉じ、ユナがベッドの上で梅昆布茶に息を吹きかける。
「優しいわね‥‥」
「本当に‥‥」
 キリエの呟きに、ユナが目を伏せながら頷く。
「梅昆布茶有難う御座いましたって、メールしておかないとダメですね」
「椿さんにですか?」
「え?何で椿さんに??」
 キョトンとした顔で首を傾げるユナ。いまいち天然な気のあるユナに桃音が抱きつき‥‥
「山のロケだと思いの外足が疲れてたりしますので、ほぐした方が良いかもです」
「よーし、それじゃぁ私がやってあげるわ」
「え!?ちょ、何でキリエさん半笑いなんです‥‥ちょ、え、きゃぁぁぁっ!!!」


●2日目
 朝食を車内で軽くすませ、ワンピース姿のユナが浜辺で色々なポーズを取ってはシャッターがきられる。マネージャー達はこの間特にする事が無く、冴と椿と忍は近くのお店で食料やら、ユナが疲れた時用にと、リラクゼーションアイテムを買い込む。
 ダミアンは少し離れた位置で海を写生しており、トシハキクはここでも色々と動き回っていた。翔悟はどこかへと電話を入れており、桃音とキリエがボーっとユナの撮影を見詰める。衣装はワンピースから浴衣へと変わり、水着で海の中に入る。
「ちょっと寒そうね‥‥」
「タオルは準備万端ですのー。ユナさんがシャワーを浴びてる間に昼食場所を探します?」
「あぁ、それなら多分大丈夫。買出しに行った3人が美味しい所見つけてくれてると思うから」
 キリエの推測は正しかった。3人はお買い物ついでにと色々見て回り、美味しそうなお店を見つけたと言って嬉しそうに帰って来た。
 店内はいたって純和風で、着物を着た店員さんに料理を注文していく。椿が次から次へとお皿を空け、店内をにぎわせる。
「そろそろ行くか」
 皆が食べ終わったのを確認した後で翔悟が呟き、ロケバスに乗り込むと昨日とまったく同じ現場へと向かう。民宿のセットの前には琴絵と和人が立っており、ユナが下りて来るのを確認するとダっと走り寄って抱きしめる。
「昨日ぶりー!!会いたかったわーっ!!少し見ない間に可愛くなっちゃって!」
 溺愛ぶりに苦笑するキリエとトシハキク。再び昨日と同じ様に順調に撮影が進み‥‥少し疲れてきたらしいユナに椿がフルーツを差し出す。
「ユナさんフルーツ好きだから‥‥はい、シークワーサー♪」
「少し肌寒くなってきたから、ひざ掛けちゃんと掛けときなさいね?あと、はい、飲み物。水分もちゃんととらないとダメよ?」
 キリエがお母さんのようにキビキビと動き、冴が椿と一緒に買って来たと言ってゼリーやジュースを他の人に配る。
「あ、ユナさん‥‥髪飾りが曲がってる‥‥」
 蝶々の形の髪飾りが少し斜めになっているのに気付いたダミアンがそっと直し、忍が真剣に読んでいた台本から顔を上げる。
「ユナさん、これって‥‥ホラー映画だったんだ‥‥」
「はい。私、死んでる役なんですよ。‥‥なんか最近多いんですよね。殺されたり‥‥」
「ユナちゃん不健康そうだから」
 スタッフの明るい声が響き、ユナがむぅっと口を引き結ぶ。何か厄介事に発展しては大変だと、翔悟が止めに入ろうとして‥‥
「忍さんのばかぁーーっ!!」
 ペチンと、忍の肩を軽く叩くユナ。
「え!?何で俺!?」
「一番近くにい‥‥えっと‥‥身長が大きいから、ですかね?」
 一番近くにいたからと言う明確な理由を飲み込み、訳のわからない説明を始めるユナ。そんなユナの手をガシリと掴んだのは、他でもない、ちっちゃい子同盟の同志だった。
「大きい人は、皆サンドバックですのー!」
「桃音ちゃん酷いっ!」
 忍がメソリとしゃがみ込み、床にのの字を書く。巨人・忍を倒したちっちゃい子同盟の英雄達が、ペチリと手をあわせる。
「うーん、世界はちっちゃい子同盟に乗っ取られるかも知れないわね」
「え、ちっちゃい子同盟って悪の組織だったんですか?」
 キリエの言葉に冴がパチリと瞬きをし、頭の中に『悪の秘密結社・ちっちゃい子同盟』と言う可愛らしい言葉が浮かんだ。


 純白のドレスに身を包んだユナが、フラッシュの中で柔らかく微笑む。胸の前で手を組み合わせ、縋るような瞳でカメラを見詰めた後で、一粒の涙を零す。
「はぁー、素敵です」
 桃音が溜息を漏らし、椿が優しい瞳でユナを見守る。冴と忍が食い入るようにその光景を見詰め、ダミアンが小道具の係に混じってお手伝いをする。トシハキクが大きな箱を持って現れ、いったん撮影が中断する。衣装を変えると言う言葉にキリエがお手伝いに走り、翔悟が時折腕時計に視線を落としながら大人しく進行を見守っている。
 先ほどと同じデザインの黒のドレスを着たユナが、今度は不敵な表情で微笑み、カメラマンが言うままに、視線でこちらを挑発する。
「普段ユナさんってあんまり大きく喜怒哀楽を表さないけど、流石はプロだね」
 冴が小さく呟き、桃音が真剣に撮影に見入る。
「無邪気な小悪魔風って言ってたけど、十分悪女に見えるのは私だけかしら」
「キリエさん、そう言うこと言っちゃダメ」
 椿が苦笑しながら首を振り、ダミアンが隣に立つトシハキクを見上げながらポツリと呟く。
「‥‥でもやっぱり、少し疲れてるみたいですね」
「そうだな。時々ふっと遠い目をする時があるからな」
「この後は雑誌のインタビューで終わりだから、早く休ませよう。明日は朝1で生中継番組が入ってる」
「日向さん、その点は任せてくださいですのー」
 桃音がドンと胸を叩いた時、お疲れ様でしたと言う声が響いた。


 スタジオで遅めのお弁当を食べた後でホテルへと引き返し、雑誌記者が待っている部屋にユナが入ったのを見届けた後で、一同は食堂に集まってテーブルを囲んだ。
「とりあえず明日のテレビ局は、俺とユナで行く。あんまり大勢で行っても仕方がないからな」
「ユナさんもバスの中でそう言ってましたので、了解ですのー」
「午後には終わるんだよね?その後は、お買い物に行きたいって言ってたけど‥‥」
「そっちの方は、任せた」
 冴の言葉に翔悟はそう返すと、手帳をテーブルの上に伏せて置いた。
「俺は明日、和人さんのマネージャーさんと会う予定があるから、買い物は他の人に任せても良いか?」
 トシハキクが呟く。実は彼、映画の撮影中にひょんな事から和人のマネージャーと意気投合したのだ。
「あ、私もパスして良いかな?お供は若い子の方が良いと思うし」
 キリエがクスリと微笑み、前髪をかき上げる。
「それじゃぁ、明日の買い物は椿さんとシノちゃん、ダミアンさんと冴さん、それに私でついていく事にしましょう」


○3日目
 朝の生中継番組を終えたユナが翔悟に連れられて帰ってくる。少し疲れているらしい顔は見せたものの、何とか気分を立て直して手早く着替えを済ませると、キリエに声をかけてから部屋を出て行こうとするユナ。キリエがその肩を掴み、にっこりと微笑む。
「Impureのユナは有名人って、少し前に勉強しなかったかなー?」
「え、でも、今は篠宮ユナですし‥‥」
「肩書き変わっても同一人物なんだから、変装しないとあっという間に囲まれちゃうんだからね?」
 伊達眼鏡にヘアメイク、衣装にメイクもお任せあれ♪と言うキリエが手早くユナを大変身させる。真面目な優等生風の出来に満足げにユナの背中を叩く。
「楽しんでおいでね」
「行って来ます!」
 パァっと顔を輝かせ、元気に走っていくユナ。ママになったような心境に、キリエは少し考えてからその場に膝をついた。


 昼食に入った郷土料理屋さんで、マンゴープリンとシャーベットしか口に運べなかったユナを思い遣って、食べる気分になったら食べれば良いと、冴がおにぎりを買ってくる。ユナがお礼を言って受け取り、温かいお茶を手の中で転がしながら窓の外の風景に視線を向ける。
「ユナさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ちょっと、生中継番組で緊張しちゃったみたいです」
 ダミアンに微笑むユナ。桃音が忍としりとりをしている声が車内に広がる。
「みかん!」
「か、花壇!」
「だ‥‥だ‥‥だー!?え、だって何かある!?」
「えーっと、お2人とも。ソレ、どんなルールのしりとりナの?」
「最後に必ず『ん』をつけなくちゃならないしりとりですのー!」
「んの前の文字を頭につけるんだ。えぇっと、だ‥‥打算!」
「何か、難易度上がってる気がするんだケド?」
「椿さんもやります?」
「え、遠慮しときマス」
 椿が低調に辞退した時、車は滑るように駐車場へと入り込んだ。車を真っ先に降りた忍が、目新しい物いっぱいの売り場にキラリと目を輝かせ、桃音に服の裾を捕まえられる。
「迷子の猫さんにならないように首輪でもつけときますー?」
「あっちふらふらこっちふらふらしないように気をつけます!」
 目の据わった桃音様に猫忍がピっと敬礼し、従順な猫ちゃんである事を必死にアピールする。桃音が、お菓子をあさりに売り場へ直行し、忍と椿がそれに続く。
「ユナさん、お土産って何買うの?」
「まだ特に決めてはないんですけど‥‥見てるうちに決めたいなって」
 ユナと冴がノロノロと歩き、ダミアンがはしゃいでいる3人の所へと走って行く。
「俺は事務所の人たちにお土産と、自分用も買わないと。‥‥面白い物とか可愛いものとかあるといいね」
「そうですね」
「‥‥ユナさんとこの前会ったのは、初主演映画の撮影前だったよね?俺は初ドラマ楽しかったけど、ユナさんはどうだった?」
「色々、勉強になりました。辛いことも、楽しいこともいっぱい‥‥」
「うん、俺も同じ。勉強になったし、お芝居は楽しくてやっぱり好きだなって思ったの。難しいし緊張もしたけど、俺なりに頑張れたかな」
「私も、頑張れていれば良いんですけど‥‥」
「撮影見てて思ったけど、ユナさんはちゃんと頑張ってるよ。だから‥‥自信持って」
 冴がそっと頭を撫ぜ、買い物袋を両手にぶら提げた椿がこちらへと戻ってくる。
「錦下サンへのお土産買ったんだけど‥‥じゃーん、シーサーの置物デス!魔除けで風邪も飛んでけデス。あと、俺は三味線買ったし‥‥あ、それから、お揃いでミンサー織りの小物買ったんだ。はい」
「有難う御座います」
 ユナが椿から荷物を受け取り、突然吹いた風によろめく。椿が華奢な腕を捕まえ‥‥
「沖縄、いいネ」
「え?」
「桜咲いてないし‥‥」
 寂しそうな瞳で呟き、そっとユナの手を離す椿。
「椿さんは、桜嫌いなんですか?」
「んーっと、嫌い、かな。でも、綺麗だとは思うよ?」
「そうなんですか‥‥偶然ですね。私も桜、嫌いなんです。ジっと見てると、気持ち悪くなるくらい」
 ユナが椿の顔を見上げ、一瞬だけ瞳の奥に冷たい孤独が見える。
「でも、何で嫌いなのか分からないんです。そして、分かる必要もないんだと思います」
「どうして?」
「‥‥きっと、思い出せば不愉快な気持ちになるから」
 拒絶の言葉は、氷のように鋭く冷たい響きを持っていた。ユナが椿の顔から視線をそらし、タっと駆け出していく。前方に見える桃音に抱きつき‥‥
「何か可愛いものありましたか?」
 明るい声は、普段と変わらない柔らかさを持っていた。


 おみやげ物屋さんから帰って来た一行は、手早く荷物を纏めて送り出すと、急いで空港へと向かった。飛行機の中では、流石に疲れたらしい何人かが眠り込み、無事に東京へと着くと元気な錦下が一行を出迎えてくれた。
「ユナ!!良かった、顔色も良くて安心した」
「錦下さん、風邪はもう大丈夫なんですか?」
「えぇ、もう熱も無いですし、大丈夫です。ご心配お掛けしました」
 キリエに照れ笑いを見せる錦下。1人1人に丁寧にお礼を述べた後で腕時計へと視線を落とし‥‥
「ユナ、これから映画の撮影と雑誌の撮影と‥‥」
「わかってますよぉ。それじゃぁ、皆さん有難う御座いました」
 ユナがペコリを頭を下げ、錦下に引きずられながら去って行く。
「お疲れ様でしたー!」
 空港にマネージャー達の明るい声が響き、3泊4日の沖縄ロケは無事に幕を下ろした。