Forestアジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
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担当 |
水貴透子
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芸能 |
4Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
20.7万円
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参加人数 |
10人
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サポート |
0人
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期間 |
04/16〜04/20
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●本文
「そこにいたのは哀れな半獣人だった―‥」
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「何でだよ!何でリックを置いていかなきゃいけないんだよ!」
春休み中、俺は父親の仕事の都合で転校が決まっていた。
それは仕方ないと納得していたのだが、愛犬のリックは連れて行けないと両親が言い出したのだ。
「今度住む所はペット禁止なのよ‥分かって頂戴‥」
母親が申し訳なさそうに言うが、俺は納得できなかった。
「こんな所に置いていったらリックはご飯ももらえなくて死んじゃうじゃないか!」
「大丈夫よ、リックは元々は野良犬だったんだから」
母親が笑って言うが、その笑顔に余計にイラついた。
何で?何で人間じゃないというだけで勝手に拾われて、勝手に捨てられなくちゃいけないんだ?
「勝手だ!リックが‥リックがかわいそうじゃないか!」
そう言って俺は簡単な荷物とリックを連れて家を飛び出した。
「大丈夫、大丈夫だ、お前を捨てるなんてさせないから!」
心配そうに見上げてくるリックを宥めるように言いながら、俺は『獣の森』へと向かっていた。
獣の森は町では色々な噂が飛び交っている森だった。
妖怪がすんでいるだの、神隠しにあうなど聞く噂は様々だった。
「獣の森なら誰も近づかないだろうから、暫くは隠れていられるね」
俺とリックは森へ入り、暫く歩いた所で休憩をした。
「‥もう夕方か‥心配してるかな」
薄暗い森の中からオレンジ色に染まっていく空を見ながら俺は小さく呟いた。
「お前も捨てられたのか」
突然、声をかけられ俺は驚いて後ろを勢いよく振り向く。
すると、そこには粗末な着物を着た少女が立っていた。
「‥何じゃ、人間か。その犬を捨てに来たのか?」
「な、なんだよ‥お前」
俺は少女の姿に驚き、その場に腰を抜かしてしまう。
それもそうだ、少女の耳には猫のような耳が生えていたのだから。
「わしはタマ、人間に捨てられた猫で、この森の力で半獣人となった」
本当だった、獣の森には妖怪がいるという噂は本当だったんだ。
「おや、怪我をしているのか」
タマは俺の腕を見て呟く。その傷はここに来る途中、赤い葉っぱに引っ掛けてできた傷で痛みもなく、怪我をしていたことすら俺は忘れていた。
「こんな怪我くらい‥」
「それは赤い葉っぱで引っ掻いた傷じゃろう。腫れてきているな、毒草じゃから死ぬぞ」
死ぬ、その言葉にゾクと鳥肌が立つ。
「村が近くにある、そこにわしの家もあるから寄れ。手当てくらいはしてやるぞ」
タマはそういい残し、さっさと背中を向けて歩き出す。
家に戻ることもできない俺はリックと一緒にタマの住む村へと向かうために足を動かした。
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●募集事項
◎これは映画で出演者のみを募集します。
◎今回の映画に必要な役柄は以下の通りです。
・OPの『俺』
・タマ
・リック(半獣人化した姿)
※必須配役は上記三つのみです。他は参加者の方が役を決めて構いません。
◎タマの住む村は、普段は結界で村が見えないように細工されています。
◎村に住むのは今まで、人間に捨てられた動物達です。
※村に住む半獣人は人間に対して、あまり良い印象を持っていません。
※決めているのはこの程度で、そのほかの設定などは他の参加者様と話し合って決めていってください。
●リプレイ本文
古き森は、時の流れと共に神の力を宿す事があると言われている。
この『獣の森』こそ、まさしく神の力が宿ったと言うに相応しい神秘的な場所なのかもしれない。
これからの話は誰も知らぬ話、誰にも言ってはならぬ話――‥。
はっきり言って俺・慶一(タブラ・ラサ(fa3802))は『獣の森』の噂など嘘だと思っていた。昼間でも薄暗く、気味の悪い雰囲気を持つ獣の森に近づかないようにと、大人たちが考えた嘘なのだと思っていたのだ。
「ふふ、まだ信じられぬと言った顔じゃな」
そう言って慶一の顔を覗き込み、笑うのはタマ(宇藤原イリス(fa5642))と名乗った少女だった。
「そう怯えずとも良いわ、犬、お前もそう威嚇するな。主人を取って食おうとしているわけではない」
うぅ、と唸るリック(雅楽川 陽向(fa4371))にタマはクスと笑いながら話しかける。
「犬だなんて呼び方するな!リックって名前があるんだぞ!」
犬と呼んだタマに慶一はむっときたのか、怒鳴りつけた。静かな森に慶一の声はやけに響いて聞こえていた。
「‥ふむ、犬‥リックを捨てにきた割には熱心じゃな?」
犬、と呼んで慶一の表情が険しくなったのを見るとタマはリックと言いなおしながら話しかける、しかし今まで動物を捨てに来た人間とは違った印象を受け、疑問をそのまま質問にして慶一に問いかけた。
「ぼ、僕はリックを捨てたりなんかしない!捨てるもんか!」
タマの言葉に慌てて否定をする慶一だったが「‥だったら何用でこの森へ来たのじゃ」と問いかけられ「う‥」と言葉を詰まらせる。
「まぁ、いい。詳しい話は手当てをしながらでも十分じゃろう」
そう言ってタマは木の枝を避けながら進んでいく。しかし先を見ても村など見当たらない。
「村なんて何処に――‥」
歩きながらそう問いかけた時、ある地点を通過すると周りの景色が一変した。
「その手前の家がわしの家じゃ、中に入れ、大したもてなしは出来ぬがな」
タマに促され、慶一とリックは家の中に入った。中はドラマなどで出てくる昔風の造りだった。幼い慶一には見たこともない囲炉裏などがあり、少し新鮮な気分だった。
「手当てをしてやる、腕を出せ」
手に数種類の草を持ったタマがこちらへと来て、手当てを始める。
「さっきの続きじゃ、何用でこの森へ入った?」
草を皿のようなものに入れ、ゴリゴリと音を立てすり潰しながらタマが問いかけてくる。
「父さんの仕事の都合で‥引っ越す事になって‥母さんがリックを置いていくって言うから‥家出してきたんだ」
慶一の言葉に「‥そうか」と短い言葉を返し、すり潰した物を慶一の腕に塗りつけた。
「‥いっ‥」
塗られた途端に感じた、燃えるような感覚に慶一は表情を歪めるが、タマは構わずに塗っていく。隣に座っていたリックは心配そうに慶一の顔を覗き込んでいる。
「よし、これで良かろう。少しわしは外に出てくるから休んでおくがいい」
「何処に行くんだ?」
「腹が減っているだろう?食い物を調達してくる」
調達、という言葉に慶一は『何を持ってくるんだろう』と心の中で一人呟いた。猫耳と同じく、先だけが黒く染まった尻尾が揺れるのを見ながら慶一は横になり、夢の中へと落ちていった。
「どうしよう‥私のせいだわ‥どうしよう‥」
慶一が出て行った後、夕飯の時間になれば戻ってくるだろうと考えていた慶一の母親・流美(DESPAIRER(fa2657))は夫に縋りながら泣き喚いていた‥。現在の時刻は午後八時、今まで慶一はこんな遅くまで外を出歩いている事などなかった。万が一の時の為に持たせておいた携帯電話も電波が届かないのか、それとも慶一が電源を切っているのか定かではないが繋がらなかった。
「あんなに可愛がっていたリックを捨てるなんて話をしたからだわ‥。慶ちゃんにとっては大切な家族同然だったのに―‥」
うぅ、と涙を流しながら流美は慶一を探す為にふらふらとした足取りで外へと出て行った。
「おや、眠っているのか」
あれから三十分ほどが経過した頃、タマが家に戻ってきた。その手には山菜や村の木に生っていた果物が持たれている。最初は山鳥でも取ってやろうかと考えたが、人間の慶一は好まないだろうと配慮し、山菜や果物にしたのだ。
「おぬしににはこれをやろう、わしの食い物じゃが食えるじゃろう」
慶一を護るように寝ていたリックの頭元にタマの食料を置く。そして風邪を引かぬように二人に毛布をかぶせて、タマも自分の寝床へと向かった。
そして、朝―‥慶一の喚き声でタマは起こされ「何じゃ、うるさいの」と目を瞬かせながら慶一が寝ている部屋へと移動した。
「‥ほぅ?」
すると顔を赤くしながら慌てふためく慶一には裸の少女が抱きついている。
「だだだだだ、誰!?」
「慶一、どうした?」
「おぬし、それでも飼い主か?その少女はリックじゃ」
リック、その名前に「えええぇ!?」と慶一は大げさに驚く。それもそのはずだろう。慶一はずっとリックは『オス』だと思っていたのだから。
「め、メスだったのか‥」
今まで気づかなかった自分に少しだけ慶一はショックを受け、そんな慶一を余所にいつものようにじゃれ付いてくるリックに「と、とりあえず離れて!」と無理矢理引っぺがす。
「どうやら、住人として森に認められたようじゃな」
タマの言葉に「え?」と慶一は聞き返す。
「わしを含めて、この村の住人は元動物じゃ、それは言ったじゃろう?リックも森の能力を受けて半獣人と化したのじゃ」
タマはリックに服を着せる為に別室へと連れて行った。慶一はリックが村の事、リックの事、驚く事が多すぎて頭がついていかないでいた。
「‥母さん達、心配してるかな‥」
窓から見える青空を見つめながら慶一は小さく、少し寂しそうに呟いた。
「もう探せる所はないわ‥友達の所も叔父さんの所にも来てないって言うし‥何処に言ったの‥慶ちゃん‥」
流美は明け方すぎまで外を探し、朝早くに慶一が行きそうな所に全て電話を掛けた。仲良しの純君の家、友君の家、よくなついている叔父さんの家、何処にも慶一はいなかった。
「何かあったのかね?」
叔父は子供がいなく、普段から慶一を可愛がっている為、心配そうに流美に問いかける。その言葉に「‥いいえ‥何でもないんです、ご心配なく‥」としか答える事ができなかった。
「あと‥探していないのは‥獣の森だけだわ‥でもあそこには行かないように念押ししているし‥」
いないだろうと半分以上思いながら、流美は獣の森へと向かい始めた。
「さて、慶一‥リック、村長・蛍様(草壁・蛍(fa3072))の所までついてきてもらうぞ」
時刻は昼手前、少し遅めの朝食を食べ終わった頃、タマが窓から一番奥にある大きな家を指差しながら呟いた。
「村長?」
「長く生きてらっしゃる狐様だ、お前の今後について話し合わねばなるまい?」
タマの言葉で慶一は知る―‥自分が異端なのだと。
「うん‥行くよ、リック」
「わかった、リック、慶一と一緒に行く」
そう言ってリックは慶一の手を握り締めた。最初、半獣人の姿になった時は「慶一と同じで嬉しい」とぴょんぴょんと跳ね飛びながら喜んでいた。
しかし、タマの慶一に対する態度が普通の村人と違う事を次の瞬間に思い知らされる事になった。
――ダンっ
目の前を何か早い物が通り過ぎ、近くの壁にボウガンの矢が突き刺さっていた。
「な―――っ」
驚きながら慶一は矢が飛んできた方向を見る。そこには蒼いドレスに身を包んだ女性・緑(緑川メグミ(fa1718))が立っていた。
「‥やっぱり人間ね‥‥何でこの村に入れたのかしら‥‥」
不思議だわ、そう呟きながら緑は再びボウガンを慶一に向ける。
「‥‥‥」
慶一にボウガンが向けられているというのに、タマは止める事はせずにただ傍観していた。
「‥懐かしいわ、あの時もそう‥卑劣なあの男は、私にこういう風にボウガンを向けて撃ったの――‥おかげでもう空は飛べない、羽が動かないのよ‥」
緑は背中を見せながら呟いた、ドレスは背中が大きく開いたタイプのドレスで緑の翼と背中が見えている。
しかし―‥右の羽の付け根には美しい翼に不釣合いな傷跡が残っていた。
「村にいるのは別に構わない、だけど―‥私の視界に入らないで。じゃないと―‥」
そう呟き、緑はボウガンの矢を放つ。その矢は慶一の頬、数センチ横を通り過ぎる。
「当てるからね?」
緑はそれだけ言い残すと、手にボウガンを持ったまま何処かへと行ってしまった。
「何なんだよ、あの人‥僕が何かしたわけじゃないのに―‥」
「緑が特殊なのではない、この村に住む者は大抵が人間に恨みを持つものばかじゃ、じゃから、わしが『特殊』なのであって、緑のような住人が『普通』なんじゃよ」
何だよ、それ―‥と慶一が言いかけた所で屋根の上から誰かが飛び降りてきて慶一に馬乗り状態になる。
「何故、人間が此処にいる‥‥っ」
「‥‥セタ(虹(fa5556))か」
セタと呼ばれた青年は慶一の上で荒い息を吐きながら、ガルル‥と唸っている。
「誰?慶一苛める許さない、私怒る!」
今にも殴りかかりそうなセタを止めるのはリック、自分を真っ直ぐ見つめながら叫ぶリックに睨み返すが、汚れをしらない真っ直ぐな瞳に気おされ、セタは舌打ちをしながら慶一の上から退いた。
「‥お前、その人間を庇っているが、そうやって庇ったところで人間は簡単に俺達を捨てるんだ」
「違う、慶一が私を捨てる、それ違う」
「違わない。捨てられる前に捨ててしまえば傷つかずにすむんだ」
そう言ってセタは自分の家の扉を乱暴に開けて中に入っていった。
「‥本当なんだね、タマが言った言葉‥」
「ん?」
「タマが特別で、普通の住人は人間を憎んでるって話‥」
「‥まぁ、捨てられた動物ばかりじゃからな」
そう言って蛍の屋敷に向かう途中、二人の女性に出会う。トラ(ブリッツ・アスカ(fa2321))とシャル(葉月 珪(fa4909))だった。雑談を交わしていた二人はこちらに気づき、近寄ってくる。
「お、新顔か?捨て犬に‥‥‥‥そっちはもしかして捨て人間か?珍しいな」
「‥人間‥‥‥?あら、本当に人間ですね、珍しいです‥でもタマさん?」
シャルはチラリと慶一を見てにっこりと呟いた。
「この村の人たちは人間嫌いの方ばかりなんですから、人間は飼えませんよ?大騒ぎになってしまいますから、元の場所に置いてきて下さいね?」
自分がペットのように扱われている事に慶一は「僕はペットじゃない!」と叫ぶ。
「人間がペットか!そりゃいいや、人間が俺たちを飼うみたいに、俺達が人間を飼うってのも面白そうだな」
けらけらと笑いながらトラは笑う。そんな二人にタマはため息混じりに「違うわ、全く」と呆れたように呟いた。
「さっきはセタや緑とモメていたな。俺も人間は好きじゃないが『捨て人間』なら俺達の仲間じゃねぇか?」
なぁ?とシャルに問いかけるが、シャルは少し考え込んでいる。
「やっぱり凶暴そうで怖い人間ですね。そもそも人間は自分達の都合しか考えない危険な生物なんですから、何か問題を起こす前に置いてきて下さい、タマさん」
先程、慶一が叫んだのを見て『凶暴』という結論に至ったのか、シャルは追い討ちをかけた。
「同じ捨てられたモン仲間だろ?そう苛めるなよ、シャル」
クックッと笑みを浮かべながらトラが言う、しかし苛めていると感じていないのかシャルは「苛めてませんよ?本当の事を言ってるだけです」と更なるトドメをさした。
「やれやれ、そういえば蛍様はいらっしゃるかの?」
タマが問うと「あぁ、いつもの如く暇そうにしていたよ」とトラが答えた。
「では、行くとするかの」
そう言ってタマと慶一、そしてリックは村長の屋敷へと向かって歩き出した。
「蛍様、タマじゃ、入るぞ」
村長相手にタマの態度は今までと同じく偉そうなもの、タマ自体も村の中では上に立つ半獣人なのだろう。
「どーぞ」
屋敷の中からは女性特有の高い声が響き、慶一はゴクと緊張の為に喉をならし、屋敷の中へと足を踏み入れた。
「慶ちゃん!何処、何処にいるの!?」
流美は暗い森の中を走り回りながら叫ぶ、木の枝で腕を掠めて血が流れていようと構わずに流美は慶一を探す為に走っている。
何で、こんなに必死なのかというと森の入り口付近にある店のおばさんが「犬を連れた男の子が森に入って行ったわよ」と言ったから。
「慶ちゃん‥慶一!!」
気が狂ったかのように慶一の名を呼び、走り回る流美の姿を結界の中で暮らす村の住人二人が見ていた。
「‥やっぱり人間は厄介事しか持ってこないわね‥」
そう呟くと、流美を見ていた一人の緑は村の方へと足を向けていった。
「この村が普通ではない事は‥見聞きして知っているわよね?」
村長・蛍は気だるげに慶一に問いかけ、慶一は素直に首を縦に振った。
「村の住人は人間に捨てられた動物ばかり、貴方もその犬を捨てに来たのでしょう?」
蛍がリックを見ながら呟くと「違う!」と慶一は力強く否定した。
「確かにそういう酷い事をする人間もいる、それは否定しない。だけど―‥僕はリックを大切な家族だと思ってる、だから‥リックを捨てたりしないし、そんな事‥出来るわけがないよ」
うなだれながら小さな声で呟く慶一にリックは「捨てる?違う」と喋りだす。
「リック捨てる、慶一そんな事しない!」
リックも威嚇するように唸りながら叫ぶ、その姿を見て「本当なのね」と蛍はため息混じりに呟く。
「さて、どうしたものかしら」
簡単に追い出すわけにもいかなくなった慶一とリックを見て、蛍はため息混じりに呟く。
「‥そんなにゆっくりは考えられないと思うわ‥‥」
キィと扉を開けて屋敷に入ってきたのは緑、慶一は当たる事さえしなかったけれど、ボウガンで撃たれた事を思い出して、咄嗟に身構える。
「‥‥ボウガンは持ってないわ‥‥」
ジロリと軽く睨みながら緑は呟く。
「人間がいたの!」
ピョン、と緑の後ろから現れたのはマドカ(巴 円(fa5582))だった。
「人間?」
慶一が自分以外にも誰かいたのかと思い、マドカに問いかける。
「うん、あのねぇ、慶ちゃん何処ぉって叫んでたんだよぉ。マドカ苛められると怖いから逃げてきたのぉ」
にこにこと慶一と話すマドカだが、何か違和感を感じて慶一をじろじろと見る。
「此処にも人間がいたのぉ!わぁ、また苛められるぅ」
マドカはそう叫ぶと、屋敷から出て行ってしまい、姿が見えなくなった。
「な、何だよ‥」
「‥マドカはハムスターの半獣人なんだけれど、小動物という理由で虐待を受け、挙句の果てに此処に捨てられたのよ」
蛍がご丁寧に説明をする。この村の住人の話を聞いていると、人間という生物がとても汚く、ずるい生物に思えてくる。
「しかし、森で慶ちゃんと叫んでいたとは―‥もしやおぬし関連か?」
慶ちゃん、慶一の周りで自分をそう呼ぶのは一人・母親である流美しかいない。
「慶一、思い当たりがあるのか?」
黙りこんだ慶一にタマが問いかける。
「‥‥‥‥‥‥母さん」
慶一が呟くと、その場にいた全員が顔を見合わせため息をつく。
「慶一、今日はもうタマの家に帰って休みなさい、リックもね」
「で、でも」
「帰りなさい」
反論しようとした慶一に蛍は強い言葉で、慶一の反論を遮る。その強さに慶一はリックを連れてタマの家へと帰った。
「‥母さんが探しに来てる‥」
きっと心配性の母親の事だ、走り回って、泣きながら探しているのだろう。
「‥‥‥‥‥‥はぁ」
一瞬、帰ろうかとも思ったけれどリックの事が解決しない以上は家にも帰れない、いや、帰りたくないのだ。
「リック、お前はどうしたい‥?」
隣でスースーと寝ているリックを見て、慶一は小さな声で問いかけるが既に夢の中のリックから返事はなかった。
「人間も動物だけど、私は嫌い。私から大空を奪ったもん‥」
慶一をタマの家に帰した後、蛍は住人を集めて、慶一の今後をどうするかという話し合いを行った。その中で一人、緑が小さく呟く。鳥に生まれながら、翼を傷つけられて空を飛ぶ事を奪われた彼女にとって、人間は憎い存在であり、許す事などできない。
たとえ、それが慶一のように動物を可愛がってくれる人間に対してもだ。
「でも、そう言ってもどうするんだ?このまま帰してもリックは捨てられるだけじゃねぇのか?」
トラの言葉にシャルが「‥そうですね」と頷きながら答えた。
「俺は理由も分からず捨てられた、何がいけなかったのか‥今でも分からない。あの時の主人も‥今の慶一のように悩んだのだろうか‥」
そう言ってセタはぼろぼろになった赤い首輪に触れる。人間を憎んでいるセタ、だけど彼の中には確かに主人との楽しかった思い出も存在する、赤い首輪はその証だった。その時の主人と自分の絆を断ち切れずにいるからこそ、今でも外す事ができない。
「私は‥苛められて、飽きたという理由で捨てられたのぉ‥だから人間は怖い、わたしを苛めるから‥だけど―‥慶一は他の怖い人間と違う感じがしたのぉ‥」
「慶一を村に残す、わしは反論はしない。じゃが、この村は『捨てられた』者が訪れる村、母親が探しに来ている以上、慶一は『捨てられていない』という事を忘れるな」
タマの言葉に、その場にいた全員が口を噤み、場には嫌な沈黙が流れた。
「そうね、タマの言う通りだわ。慶一が捨てられていたなら、森は‥そして村は受け入れた。けれど慶一は捨てられていない。だからリックは村に残せても、慶一を残す事は村長として許さないわ」
蛍の冷たいとも言える言葉だったが、それは正当な理由だった。この村は普通ではない、人間達に足を踏み入れさせるわけにはいかないのだ、自分達の生活を護る為にも。
「明日、慶一には言おう」
タマの言葉を合図に集会は終わり、各自解散した。
「なぁ、タマ。これで本当にいいのか?」
家へ帰る途中、トラとシャルに呼び止められてタマは「何がじゃ?」と問い返す。
「慶一だよ、アンタ、結構気に入ってたんじゃないのか?悪い人間でもないし、別にここにおいといても‥」
「そうですよ、無理に帰す必要はないと思います」
トラとシャル、二人の言葉を聞いてタマはため息をもらした。
「慶一はまだ子供だ、子供ゆえに全てを受け入れる事ができる。しかし―‥成長して大人になっても、慶一が今のままだと誰が言いきれるのじゃ?」
タマの言葉に返す言葉が見つからずに二人は互いの顔を見合わせながら黙り込んだ。
「慶一、明日なんていうんだろーな?」
「そうですね‥リックと離れるなんて知ったら‥」
「嫌だ!なんでだよ!」
早朝、タマは慶一とリックを起こして昨夜の集会で決まった出来事を伝えた。
・慶一は人間の世界、親元に帰す。
・リックは森から認められ、半獣人になっているので村に残す。
この二つを聞かされた慶一は「リックと一緒にいられなきゃ意味がない!」と泣きながら叫ぶ。リックは反論もせずに黙って下を俯いていた。
そして――。
「慶一、リックは一緒に行けない」
リックの声はそんなに大きな声ではなかったはずなのに、慶一の耳には嫌に響いて聞こえた。
「‥‥リック?」
「慶一は大事、でも慶一の家族も大事、私居たら慶一の家族が困る、慶一も帰れない」
「そんなの、そんなのどうでもいいよ!リックがいてくればきゃ――っ」
「私慶一が居ない悲しい、でも慶一の家族泣くのもっと悲しい」
震える声で呟くリックの瞳からは大粒の涙が溢れていた。
「タマ、セタ、皆ここに居て良い言った。私ここに居る」
そういえば、と慶一は今朝の出来事を思い出した。タマから起こされる前、リックだけが外に呼び出され、村の住人から何か言われていたのだ。
きっと、その時に言われたのだろう。
「お前は此処にいる資格がない、捨てられていないんだからな、だから―‥とっとと出て行けよ」
トラが慶一に冷たく言い放つ。トラは半端な慰めで慶一に未練を残すより、冷たくあしらって未練の残らない態度を取ろうと決めていた。それを分かっているシャルは複雑そうな顔でトラを見ていた。
「リックの気持ちも察してやれ、これ以上‥アイツを困らせるな」
そう呟くと、トラは慶一の頭に手を置く。何だかんだ言ってトラも慶一を気に入っていたに違いない。だから最後まで冷たい態度を取り続ける事ができないのだろう。
「決まったなら‥タマ、お願いね?」
蛍がタマに呟く。
「‥何の事?」
まだ涙が混じる声で慶一がタマの方を振り向きながら問いかける。
「この村の事を外の人間に知られるわけにはいかんのじゃ、おぬしを信用しないわけではないが、記憶を操作させてもらう」
タマが言うには村の存在、そして村の入り口を慶一の記憶から消すというのだ。彼女達が掴んだ平穏を崩させるわけにはいかない。慶一は無言のまま、それを了承した。
「それでは、始めるぞ」
呟くと同時にタマの姿が変化する。幼い印象も消え、服装がワンピースの上に着物を羽織るという奇妙な格好にもなっていた。そして、一つだったタマの尻尾が二股に分かれている。
「驚いたか?驚いたな?これがわしの真の姿というヤツじゃ、だが蛍様などもっと凄いのじゃぞ?何、記憶をいじるといっても痛みはない、安心しろ」
そう言ってタマは慶一の頭に手を置き、心の中を覗き見る。その時に見て取れた慶一の優しい心にタマは薄く笑い、記憶を操作する事なく手を離した。
「ここでの事は他言無用じゃ。まぁ‥時の流れと共に忘れるじゃろうが、おぬしがリックを忘れなければ、また会う事もあるじゃろ」
そう呟き、タマは「さぁ、もう行くのじゃ」と慶一を村の入り口まで歩かせる。
「‥‥じゃ、サヨナラね。今度村で見かけた時には‥射抜くわ、ここを――」
そう言って緑は慶一の胸に軽くキスをした。そして「ふふ♪」と歌を歌いながら何処かへと消えていった。
「慶一!今までありがとう!私忘れない、いつか慶一に会える、待ってる!」
村の出口近くまで来た所で、泣きながらリックは手を大きく振り、何度も慶一の名前を呼び続けた。慶一も暫くリックを見ていた後、勢いよく森の中を駆け抜け、村から出て行った。
「あーぁ、行っちまったか」
トラが手を頭の後ろで組み、残念そうに呟く。
「残念そうですね?トラさん」
シャルがクスと笑みながら言葉を返すが、シャルも帰っていく慶一の姿を見て、寂しそうな顔を見せた。
シャルの寂しい顔は、出て行く慶一を思って‥ではなく、自分を可愛がってくれていた老婦人の事を思い出しての表情だった。シャルが想う老婦人は既に他界しており、シャルを引き取った老婦人の身内に捨てられたのだ。老婦人が他界している事を知らないシャルは今でも老婦人が迎えに来るのを待っている――。
「そういえば、セタがやけにリックの事を聞きまわってたな?」
「そういえば―‥好きな食べ物とか知ってるか?と聞かれましたね。会ったばかりですし、知るわけがありませんのにね」
どうやらセタはリックの気を惹く為に色々と一生懸命なようだ。
「慶ちゃん!」
流美が森の奥から走ってくる慶一の姿を見つけ、駆け寄り、強く抱きしめる。
「慶ちゃんとリックに酷い事を言ってしまってごめんなさい‥慶ちゃんにとってリックがどれだけ大事な家族なのかを忘れていたわ、本当にごめんなさい」
言いながら泣きじゃくる流美に「‥もういいんだ」と慶一は少し寂しそうに呟く。
「ところで‥そのリックはどうしたの?」
周りを見てもリックの姿はない。不思議に思った流美は涙を拭いながら慶一に問いかける。
「リックは今頃、大事にしてくれる仲間達と一緒にいるよ‥」
リック、僕はさよならは言わない。
だって僕はキミにまた会いに行くから。
いつか、また大人になったら僕はキミに会いに行くよ。
その時まで――『またね』
END