激辛カレー早食い大会アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
中畑みとも
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
不明
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
08/26〜08/28
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●本文
夏。と、言えば?
「で、なんでカレーなんすか」
「バカヤロウ。暑い夏には激辛カレーだろうがよ」
「余計暑くなるっすよぉ」
とある定食屋で、母校の先輩である男性にぐちぐちと呟きながら、若者がカレーを掻っ込んでいた。何だかんだ言いつつも若者の腕の横にはカレー皿が既に一枚空になっている。それは暑さよりも以前に若者が腹を空かせているからに他ならない。
「文句言うな。タダ飯食わせてもらってる分際でよ」
「それはホント感謝してるっす」
言いながら若者がグビグビと水を飲む。駆け出しのお笑い芸人である若者にとって、この男性の経営する定食屋が唯一の生命線だ。
「この前も、仲間も一緒に食わしてもらって、ホント有り難いっす」
「まあ、後輩が腹減らして行き倒れたなんて話は聞きたくないしな。しっかし、お前はいっつも腹減らしてんのな」
「賄い付きのバイトでもできれば、まだマシなんすけどね」
「うちは人手足りてるし、お前なんか雇ってもしようがねぇしなぁ。だからと言って、このまま腹ペコどもに散々食われたままじゃあ、俺もやべぇか……ん? そうだ」
「? なんすか?」
「前々からやりてぇとは思ってたんだがよ。ほれ、よくテレビでやるじゃねぇか。早食い大会とか大食い大会とか」
「やってるっすねぇ」
「それをよ、うちの店でもやろうかと思ってよ。早食いで、30分以内に食えたら賞金。お前、芸能人の仲間とかに宣伝して来いよ。芸能人が来れば人も集まるしな」
「へぇー。で、何食うんすか?」
「激辛カレー」
「……え?」
●ルール
とある定食屋で『激辛カレー早食い大会』をやります。
ルールは至って簡単。30分以内に3人前の激辛カレー(通常の10倍)を食べ終えることができたら賞金が貰えます。食べ終えられなかった人には千円を払ってもらいます。
賞金は5万円です。水は何杯でもおかわり可能です。
挑戦者以外でも、挑戦者の付き添いや見に来るだけでも結構です。定食屋には一般の定食屋にあるようなメニューも並んでますので、是非。
●リプレイ本文
●定食屋ダテマサ
小さな定食屋に、ぎっしりと人が集まっていた。カウンターでは、芸能人たちがスプーンを握り締め、目の前にあるカレーを見下ろす。周りでは『芸能人が来る』という話を聞きつけてやってきた観客が面白そうに見ていた。
「よーい、スタート!」
店主の持っていたストップウォッチの針が動き始める。同時に、芸能人たちのスプーンが、カレーを掬う。
「‥‥って、激辛ぁー!」
「馨頑張れー」
叫んで、水を一気飲みしたのは紗原 馨(fa3652)だった。隣では海鈴(fa3651)が、店主に奢ってもらったかき氷を呑気に頬張っている。
「辛ぁ〜〜い! だがウマイ! マスター、この味の秘密は!」
「俺特製のスパイスだ」
「なるほどっっ! 挑戦者たちも皆それぞれに辛そうではあるが、同時に嬉しそうだぁ〜っ! これは挑戦しがいがある!」
スプーンをマイクに見立て、店主にインタビューをしながらカレーをかっこんでいるのは舞腹 旨井蔵(fa0928)だ。その横では志祭 迅(fa4079)が黙々とカレーを口に運んでいる。一見、平気そうに見えるが、首筋にはだらだらと汗が零れ始めている。
「うう‥‥これは、辛すぎませんか‥‥ゆで卵とか入れたら駄目ですか?」
「駄目だ」
「やっぱり‥‥」
胴着と鉢巻という気合の入った出で立ちのキバ(fa4319)は既に涙目だ。少しでも辛さを和らげようと駄目元で言った言葉も却下され、キバは半分自棄を起こしたかのようにカレーを食べ始めた。
店の中はエアコンが回っているが、人が密集しているせいであまり効果はない。そんな中で、スーツとサングラスという暑苦しい格好でカレーを食べているのは菊柾稔(fa1060)だ。辛さを感じる前に食べ終えようというのか、勢いよくカレーを食べている。
「うおお‥‥最初普通だったのに後から来ました‥‥」
ぐったりしながらも、一定のスピードでカレーを口に運んでいるのは上野公八(fa3871)である。辛い辛いと言いながらも、スピードが衰えないのは上野が腹を減らしているからに過ぎない。昨日から今日のために飴などの甘い、しかも腹に溜まらないものしか食べていないのだ。
「うっわぁ、あっちの人、凄いよ。よく食べれるなぁ」
海鈴がそう言って見たのはティタネス(fa3251)だ。まるで大食いに参加していないような普通な顔で、カレーを食べている。その顔には汗一つなく、他の参加者のように食べきれるかどうかの焦りも見えない。だが、カレーだけは物凄いスピードでなくなっていく。
「美味いな、このカレー。水、おかわり」
ティタネスがのんびりとコップを差し出したとき、時間は20分を超えようとしていた。
●20分経過
「なかなかやるな‥‥」
この時間になると、それまで平行線だったのに差が見えてくる。それでも、予想以上の芸能人たちの奮闘に、店主は顔を顰めた。
相変わらずスピードが変わらないのはティタネスだ。余裕な顔で1杯目を完食し、2杯目もそろそろ食べ終わろうとしている。
「マスター自慢のルーがしっかり炊きあがったご飯と実によく馴染む! マスターおかわり!」
言いながら、タラコのように膨れ上がった唇を観客に見せて笑いを誘っているのは舞腹である。そして突然立ち上がり、「ウマイさんダンス!」と称して珍妙な踊りを始めた。
「このダンスは胃の中の隙間を詰めて更に大食いするための運動でもある! っと、ダンスを完了する間もなく2杯目が! カレーはこうでなくてはいけません! 早い安い美味い! カレーはダテマサ!」
レポートしながら食べているせいで、舞腹のカレーはなかなか減らない。
それをよそに、志祭が誰よりも早く3杯目へと入った。必死な形相は、志祭の財布の中身に理由がある。
(「辛い‥‥暑い! だが、この壁を乗り越えないと昼飯代が浮かん。ヘタをすると借金になっちまう!」)
志祭の昼飯代は、800円と決まっているのだった。
一方で、1杯目をぐったりとしながらも食べ終えた上野は、だんだんと口の中が麻痺して来たのか、食べるスピードが上がって来た。もはや流し込んでいるに近い食べ方で、スプーンを口に運ぶ手は殆ど機械的な動き方だ。
「兄ちゃん、大丈夫かい?」
「大丈夫れふ」
ひりひりする口のせいで、呂律も回っていない。同じく、流し込みタイプの菊柾は、じわりと浮かんでくる汗をハンカチで拭いながら、2杯目を完食しようとしていた。水は一切飲んでいない。辛いものは水を飲んだ後だと更に辛く感じるものなので、ある意味では一番良い食べ方なのかもしれないが、3人前となると厳しいものがあるだろう。それでもスピードが落ちないとは、素晴らしい体力と精神力の持ち主である。
そんな中で、厳しい表情をしているのは紗原とキバだ。二人とも、何とか1杯目は完食したものの、2杯目を掬うスプーンの動きは、最初とは格段に違って遅い。
「ねぇ、馨。もう少しで食べ終わる? かき氷食べ切っちゃったよ」
「海鈴っち‥‥キミ、応援してくれてるの? してないの?」
「してるよ? フレーフレー馨。頑張れー」
何とも気の抜ける応援に、紗原ががっくりと肩を落とし、やっと半分ほどになったカレーを自棄になったように流し込んだ。
スタート前は気合の入った様子でカウンターについていたキバは、今やその胴着が自らを苦しめていた。分厚い生地がエアコンの風をシャットアウトし、暑苦しいったらない。首元は汗でベタベタ、舌も唇もヒリヒリして味はわからないし、もはや手は殆ど動いていない。そんなキバを見かねて、店長がエアコンの風を強くしてくれるが、あまり意味はなかった。
ただ、鉢巻だけがひらひらと風になびいていた。
●そろそろ30分
「ごちそうさまでした」
一番初めに3杯目のカレーを空にしたのは、最初からペースの変わらなかったティタネスだった。どこで覚えて来たのか、両手を合わせて頭を下げる。その様子は今まで大食いに挑戦していた人物とは思えなかった。
志祭は、ペースを維持することができなかったらしい。それでもティタネスより数十秒遅れて食べきった志祭は、浮いた昼食代に「よっしゃ!」と声を上げた。完食の嬉しさと、借金をせずに済んだ安堵感に、思わずガッツポーズが出る。
その二人を追いかけるように、最後の一口を飲み込んだのは菊柾だ。サングラスの奥で目尻がキラリと光ったような気がする。ぐいぐいとコップの水を飲み干し、2回ほどおかわりをしてから、ほっと息を吐く。
最後は殆ど体力勝負になってしまったような上野が、ぐったりとカウンターに突っ伏し、スプーンを取り落とした。頭の横には空になったカレー皿があった。脱力した上野の、赤く腫れた唇の間からは、あうあうと何やら言葉にもならない呻き声が上がっている。
「あと3分ー」
「3分だって! 頑張れ」
店主がストップウォッチを見ながら告げた言葉に、海鈴が紗原の肩を叩いた。その衝撃に口からカレーを出しそうになるものの、紗原が涙目で耐える。けれど、スプーンを持つ腕は上がらない。
キバはスプーンは口元まで運ぶものの、それが口内へはなかなか入らない。喉元にせりあがって来るものを何とか耐え、ぱくりとスプーンに飛びつくが、そのまま固まってしまった。
「ゼロゼロぶーさん、危機一髪!」
「はい30分。終了ー」
キバが苦しげに呻いたとき、叫んだのは舞腹だった。ビシッと決めポーズを作る。と同時に店長の持っていたストップウォッチが単調な電子音を奏でた。
紗原とキバが店長へ1000円を払う。
「‥‥時間切れで良かったかも‥‥口の中痺れて‥‥」
「これは‥‥厳しいです‥‥」
ひりひりする舌を出しながら、水を煽るように飲む2人。その後ろで、観客の拍手が響いた。
●終了後
「よーっし! 皆、あたしの奢りだ! 好きなもの頼んでくれよ!」
店長から賞金5万円を受け取ったティタネスが、店内にいた観客に叫んだ。途端、観客から歓声が上がる。
定食屋は今や、大変な賑わいとなっていた。店内に入りきらなかった客用に店の前にも椅子を出している。
「それにしても、カレー3杯で1000円っていうのは安くないですか?」
「普通は1000円で3杯もなんざ食わせねぇよ。まあ、集まった野次馬たちが食った分があるからな。何とか黒字だぜ。てめぇらには感謝しねぇとよ」
「おお。俺も昼飯代が浮いて感謝してるぜ」
上野の問いに店長が答えれば、志祭が嬉しそうに笑う。
「そういえば、カレーちょっと残ってるんだ。海鈴っち、食べない?」
「えー? じゃあ一口‥‥かっ、辛ぁ!!」
ごあっと火を噴きそうなくらいに叫んで、海鈴が紗原の水を奪って飲んでいた。カレーを勧めた紗原が可笑しそうに笑っている。
「しっかし、よく食ってくれたもんだぜ。お前ら、そんなに腹減ってんのか?」
「いや‥‥違うと思うが‥‥」
店長の言葉に、菊柾が呟く。と、その目の前に美味しそうな冷奴が乗った小皿が置かれた。同じように、店長は小皿を大食い挑戦者たちに配っていく。
「奢りだ。食え」
「おお、店長! 何という心遣い! 辛さに痺れた舌が、冷たい冷奴に癒される!」
舞腹が感激した様子で冷奴に飛びついた。ぐったりしていたキバも、冷奴で元気が出て来たらしい。
「ふー、さっぱりしました。あ、辛いの食べたら甘いものが食べたくなったなぁ。店長、カキ氷下さーい」
キバの注文に、店長が苦笑する。
この日、店は夕方まで賑やかなままだった。