好き嫌いをなくそう!ヨーロッパ

種類 ショート
担当 中畑みとも
芸能 1Lv以上
獣人 フリー
難度 普通
報酬 0.5万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/05〜02/07

●本文

 それはとある日の、食事時のことだった。
「あ! 先生、またピーマン残してるじゃないですか!」
 著名な指揮者であるジャン・ダイイ(fz1036)の秘書は、ジャンの手元にある皿を覗き込んで眉を吊り上げた。その声にビクリと肩を揺らしてフォークを握り締めるジャンを、秘書が睨みつける。
「だって、嫌いなんだもん」
「いい年して何を子供みたいなこと言ってるんですか。好き嫌いせず、ちゃんと食べて下さい。栄養が偏って、公演中に倒れられでもしたら困るんです」
 言いながら、秘書がジャンに無理矢理ピーマンを食べさせようとした。が、ジャンは思いっきり顔を背け、ピーマンを絶対に食べようとはしない。
「先生!」
「だってだって、ピーマンも人参も椎茸も鶏肉も魚も貝類も嫌いなんだもん!」
「もん、じゃないでしょ! てか、好き嫌い多過ぎですよ!」
 レストランの一席でぎゃあぎゃあと騒ぎ始める二人に、周りの客が何事かと振り返り、店員は慌てて止めに走った。店員に窘められて、結局その日はうやむやになってしまったが、秘書は心の底で密かに決意していた。

「絶対に先生の好き嫌いをなくしてみせる‥‥でも僕一人じゃあ、いいアイディアも料理も思いつかないな‥‥ちょっと協力者探してみるか‥‥」

 と言うことで。ジャン先生の好き嫌いをなくす為の、協力者を募集中です。


●好き嫌いをなくす為に
 ジャンの嫌いな食べ物はピーマン、人参、椎茸、鶏肉、魚貝類です。
 この嫌いな食べ物を、何とか食べられるようにして頂きたいのですが、無理矢理食べさせるのはいけないので、自然に食べられるように工夫した料理を作って下さい。
(細かく刻んで判らないようにするとか、好きなものと混ぜるとか)
 因みに、ジャンの好きなものはトマト、ナス、豚肉、牛乳、卵、お菓子です。
 嫌いな食べ物の理由としては、苦いだとか触感が嫌だとか骨があるのが嫌だとか、子供みたいな理由です。

●料理を作る際に
 ジャンの自宅にある、無駄に広いシステムキッチンを使用してもらいます。パーティ用に作ったものなので、5、6人は余裕で入ります。料理器具なども、大抵のものは揃っています。
(普段、秘書がここで料理を作って食べさせています。因みにジャンは独身で、料理は一切出来ません)
 勿論、料理の持ち込みもOKです。食材費などはこちらで負担致しますが、あんまり高い食材を使われても困るので、普通の店で販売している程度のものでお願いします。

●その他
 ジャンに食べさせる料理を作ってくれる人の他、もしジャンと同じ嫌いな食べ物がある人は、ジャンと一緒に好き嫌いを克服しに来て頂いても結構です。

●今回の参加者

 fa0829 烏丸りん(20歳・♀・鴉)
 fa2484 由里・東吾(21歳・♂・一角獣)
 fa3341 マリエッテ・ジーノ(13歳・♀・小鳥)
 fa3728 セシル・ファーレ(15歳・♀・猫)
 fa4042 蕪木ラシェイル熊三郎萌(27歳・♂・アライグマ)
 fa4478 加羅(23歳・♂・猫)
 fa4916 (18歳・♀・蝙蝠)
 fa5280 ケイト・フォーミル(28歳・♀・一角獣)

●リプレイ本文

「有難う御座います。助かります」
「いえ。苦手食材が多いと外食するにも幅が狭まるし、栄養も片寄るし、良いことないですからね」
 にっこりと秘書に笑い返して、食材の入った袋をキッチンに置いたのは、由里・東吾(fa2484)だ。その拍子に、袋の中から何やら緑色の物がころんと落ちる。反射的に手を伸ばしてしまった柳(fa4916)は、それがピーマンだと判ると、奇声を上げて放り投げた。
「うげっ! ピーマンじゃん!」
「こら、柳。食べ物を粗末にするもんじゃないぞ」
 柳の放り投げたピーマンを見事にキャッチしたのは、ケイト・フォーミル(fa5280)だった。ピーマンを由里に返し、自分も袋を置く。その中にもピーマンがあるのが判ると、柳は嫌な顔をした。
「パーティをして、最後にネタ晴らしするって作戦でいいんですよね?」
「先生には、次の番組でご一緒する方々として紹介させて頂いてますから」
 セシル・ファーレ(fa3728)に、秘書が頷く。そこに、ゼリー片手の蕪木ラシェイル熊三郎萌(fa4042)が、秘書に声をかける。
「冷蔵庫使ってええですか? ゼリー入れときたいんやけど」
「あ、私も。ケーキ持って来たので」
「いいですよー。そこら辺にあるものは、何使っても構いませんので。キッチンなんて、殆ど僕の私物みたいになってますから」
「それじゃあ、キッチンお借りしますね」
 冷蔵庫にデザートを入れる蕪木とマリエッテ・ジーノ(fa3341)の横で、加羅(fa4478)が腕まくりをした。その手元にある鶏肉に、キッチンを覗き込んだ烏丸りん(fa0829)が眉を顰める。
「あれ? もしかして烏丸さんも鶏肉お嫌いなんですか?」
「ええ、まあ、ちょっと‥‥昔、痛んだ鶏肉を、半生で食べさせられた経験がありまして‥‥」
 目を逸らす烏丸に、秘書が苦笑する。そして、腕時計を見下ろし、集まった協力者達に頭を下げた。
「それじゃあ、宜しくお願い致します」


 仕事を終えて来たジャン・ダイイ(fz1036)が帰って来たのは、それから暫くしての事だった。
「わぁ、美味しそうな匂いがしますねぇ。楽しみですねぇ」
 にこにことキッチンに近づいて来たジャンに、フードプロセッサに人参を入れていた蕪木が慌てて蓋を閉め、由里が何事もない顔をしてピーマンをキッチンの影に隠す。それに、セシルが焦ったようにジャンに駆け寄った。
「ジャンさんはこちらで、準備のお手伝いをお願いしますねー」
「では、これを並べて貰えますか?」
「判りましたー」
 セシルが烏丸にバトンタッチをして、ジャンを上手くキッチンから遠ざける。ジャンが鼻歌交じりに食器を並べている間、キッチンでは次々と料理が出来上がって来ていた。


「それでは、カンパーイ!」
 ジャンが音頭を取って、グラスを掲げる。それに、他の手も上がって、グラスの触れ合う音が楽しげに響いた。
「私、ハンバーグ大好きですよー」
 皿に盛られたハンバーグのトマトソース煮に、ジャンが嬉しそうにフォークを持つ。それに緊張した視線を向けるのはマリエッテだ。ハンバーグには豚肉と、ジャンの嫌いな鶏肉が合い挽きにされている。
「トレビアン! トマトは最高ですねぇ!」
 しかし、そんな事とは気付かず、ジャンは味の濃いトマトに舌鼓を打っていた。そして、それに続くように加羅がスープをよそった皿を差し出す。
「ほら、ジャンさん。こっちもトマトですよー」
 トマトスープには、ころころと丸い一口サイズのハンバーグが転がっている。その他にはジャンの好きなナスを中心に、ジャンが食べられる野菜も煮込まれていた。
 ジャンがいそいそとフォークをハンバーグに突き刺す。その隣では、烏丸もスープの中のハンバーグを掬って美味しそうに頬張っていた。それにジャンも何の躊躇もなく口に運ぶ。
「うむむ、これはジューシーですねぇ。何のお肉なんですか?」
「豚肉ですよ」
 ジャンの問いに答える加羅は、嘘はついていないが全てを語ってもいない。ハンバーグには豚肉は確かに使っているが、マリエッテ同様に鶏肉との合い挽きで、しかも骨を丁寧に取ってすり身にされた魚も混ざっている。その上、細かく微塵切りにされた椎茸とピーマンも混ぜ込まれ、ジャンの嫌いな食べ物オンパレードであった。
 そして、それは烏丸と柳も同じで。キッチンに立っていなかった烏丸は何も知らずに食べていたが、作り方を見ていた柳は違う。
 中身を知っているだけに、柳の手は渋る。が、思い切って食べてみれば、自分の嫌いなピーマンの味は感じられない。それにあからさまに安堵して、柳は気分を変えるべく、自らの作った料理をジャンに勧める。
「ジャンさん、おにぎりって食った時ある?」
「オウ、ジャパニーズライスボール!」
 柳がジャンに差し出したおにぎりにパクつくジャンを、柳が緊張した面持ちで見守った。そのおにぎりには、ジャンの嫌いな貝類であるアサリが、微塵切りにされて振りかけられているのだ。
「うん、美味しいですねぇ!」
 その笑顔に、柳がほっと息を吐くと、ぽんっとケイトに肩を叩かれた。振り返れば、にこやかにピーマンの肉詰めを差し出される。
「柳。ちゃんと食べたら、ご褒美あげるからな」
 目の前に置かれた瑞々しいピーマンに、柳の喉がごくりとなる。それは食欲ではなく、緊張を飲み込んだ音だった。柳が震えながらピーマンに手を伸ばすのを、ジャンが眉尻を下げた情けない顔で見ていた。それに、ケイトは「ジャンさんにはこっち」とカポターナ詰めのラヴィオリを渡す。
「柳はピーマンが嫌いなんだ。なので、この際に好き嫌いを克服してもらおうかと思って」
「へぇ‥‥そうなんですか‥‥」
 柳が食べようとしているピーマンから大きく目を逸らし、ジャンはラヴィオリに包まれたトマトやナスに目を輝かせた。カポターナは夏野菜の煮込みの事で、夏野菜=トマト・ナスと考え、同様に夏野菜であるピーマンの事などすっかり失念しているジャンは嬉しそうに頬張る。
 一方で、柳は涙目になりつつも、何とかピーマンを口の中に入れた所だった。そのまま暫く固まっていたが、じーっと見つめるケイトに唸りながら、ゆっくりと咀嚼を始める。そして、まだ大きいそれを無理矢理に飲み込んだ。
「ん、食べたか。偉いぞ!」
 誇らしそうにケイトが柳を抱きしめて頭を撫でる。
「これはなぁに?」
「ポタージュですよ」
 そんな柳を後目に、蕪木の作ったスナックスフレをサクサクと齧りながら、ジャンは黄緑色をしたポタージュに目を下ろした。それに、由里が爽やかに答えると、同じようにスフレを片手にポタージュを飲んでいた烏丸が「美味しいですよ」とジャンに勧める。因みに、スフレの底には鳥と豚の合い挽き肉が入れられて焼かれているのだが、そんな事には全く気付いていないようである。
 ジャンは目の前のポタージュをじっと見つめた。隠し切れなかったピーマンの色合いに、気付かれたかと由里が微笑みの裏で冷や汗をかく。ジャンがちらりと横目に柳を見た。その手元にはポタージュの皿が置かれている。何の困惑もなくポタージュを啜る柳の姿に、ジャンはほっとしたようにスプーンを手に取った。由里も安堵に胸を撫で下ろす。
「茹でたてのスパゲッティですよー!」
 ご機嫌に皿を運んできたのはセシルだ。ふんわりと香ってくるミートソースの匂いに、ジャンが乙女のように両手の指を組んだ。
「今日はトマトパーティですねぇ!」
 ソースの中に入っているトマトに、ジャンが嬉しそうにスパゲッティをフォークを絡める。セシルはそれを真剣に見つめ、ソースに混ぜ込まれている鶏肉と人参に気付く様子のないジャンに、にこーっと笑みを零した。
「そろそろデザートも出しましょうか。ケーキ買って来たんです」
「あ、僕も。ゼリー作って来たんで、食べたって下さい」
 言って、マリエッテと蕪木が、キッチンからケーキとゼリーを持って来る。真っ赤なゼリーとマリエッテが買って来たケーキの他に、うっすらとオレンジのかかったパウンドケーキが皿に置かれて、ジャンがウキウキとケーキにフォークを伸ばした。パウンドケーキを幸せそうに頬張るジャンに、加羅がこっそりと口元を緩める。実はパウンドケーキの色合いであるオレンジは、細かく微塵切りにされた人参であった。気付いてもよさそうなものだが、パーティという雰囲気と、マリエッテが買って来た普通のケーキの中に混ざっていた事、そして大きめに刻まれた胡桃の甘さで、すっかり騙されている。
「このゼリー、トマトで作ったんですよ」
「トマトゼリーですか? 珍しいですねぇ」
 へぇー、と蕪木の言葉に感心しながら、ジャンがゼリーを口に入れる。大好きなトマトの甘みにジャンが目を細めるのに、蕪木がにんまりと笑う。今、目の前でゼリーを頬張るジャンに、『そのゼリーには赤ピーマンが混ざっとるんですよー』と言ったら、どんな反応をするのだろうか。そんな事を考える蕪木にマリエッテがジャンに気付かれないように、こっそりとウィンクした。そろそろ食事も終わりに近づき、顔を見合わせる皆の表情も、悪戯っ子のようになって来ている。
 そんな中で、蕪木の入れたジュースを片手に持って、少し呆然としているのは、烏丸だった。この中のどれかに鶏肉が入っているのだろう事は判っていて、多少なりとも警戒して口に運んでいたのだが、結局判ったのは加羅の作ったハンバーグスープだけだった。しかも数口食べた後で、加羅がキッチンで鶏肉を手にしていたのを思い出して、やっと気付いたのである。
「鶏肉とは、美味しいものだったんですよね‥‥」
 ジャンには聞こえないようにしみじみと呟いて、烏丸がジュースを口にした。と、眉をちょっと上げて蕪木を見た。視線に気付いたのか、蕪木が振り向くのに、同じようにジュースを飲んだジャンが小首を傾げる。
「これ、オレンジですよね? 僕の知ってるオレンジジュースと、味がちょっと違いますねぇ」
「それねー、僕の特製ジュースなんですわ。ビタミンにカロチンがたっぷりですよ」
 蕪木の言葉に、ふんふんと頷きながらジュースを飲むジャンの皿は、全て空になっていた。満足した様子のジャンに、それまで黙って眺めていた秘書が、蕪木の視線に頷く。
「人参ジュースをオレンジで割ったやつですから」
 にっこりと告げられた言葉に、ジャンは最後の一口をごくりと飲み込んだ。そして、目を真ん丸にして、蕪木と空のグラスを交互に見つめる。
「‥‥人参?」
「人参」
「それだけじゃありませんよー。セシルの作ったスパゲッティにも、人参と、鶏肉が入ってましたし。それに‥‥」
 可愛く笑って、ジャンが食べた料理名を挙げて行くのは、セシルだ。今まで美味しく食べていた筈の料理に、ピーマン、人参、椎茸、鶏肉、魚貝類と、自分の嫌いだった食材が使われていた事を知らされて、唖然として空の皿を見下ろした。
「先生、食べれるんじゃないですか」
 してやったりと言った満足気な顔で、秘書がジャンの肩を叩いた。


 後日。
「皆がしてくれたように、僕でも食べれるようにして工夫して料理してくれればいいんですよ」
 と、ふと気付いたかのようにジャンに言われて、これで嫌いだった食材を食べられるようになって健康管理への負担が減ると考えていた秘書は。
 やっぱり好き嫌いの多いままのジャンに食事を食べさせる為に、料理本を片手に嫌いな食材を混ぜ込む料理を編み出さなければならなくなって。
 結局、負担はそれほど変わらなかったという話。