日本演劇道中 秋田編アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 中畑みとも
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 3万円
参加人数 10人
サポート 0人
期間 08/04〜08/08

●本文

 こんにちわ。僕、気まぐれなことで有名な脚本家の助手を務めている者です。毎日毎日、先生の買い物やストレス発散に付き合わされて疲れてます。少しの時間でいいから、どこか旅行にでも行ってゆっくりしたいなぁ‥‥なんて思ってたら先日、先生がこんなことを言い始めたんです。

「何か、経費とかで日本全国回る方法はないものか」
 突然何なんですか? どこか行きたい場所でもあるんですか?
「行きたい場所ならたくさんある。数で言えば47個ある」
 全都道府県ですか‥‥。
「そうだ。だが、プライベートで日本を一周する金も時間も俺にはない。だから仕事で、しかも経費で日本を回れる方法を考えているのだ」
 そんなこと考える暇があるなら、次の演劇の脚本考えて下さいよ。
「それだ! お前、良いこと言った! その手があった!」
 へ? 何なんですか?
「演劇だ。日本の昔話を演劇にするのだ。全都道府県にそれぞれ伝わる昔話を、それぞれの場所に行って演劇をするのだ」
 へぇ、面白そうですね。いいんじゃないですか?
「そうすれば脚本家である私は、劇団について行って日本全国を回れるじゃないか!」
 あ、そっちが目的ですか?

 ‥‥ということで、意気揚々と昔話の資料集めを僕に命じた先生なんですが‥‥先生ー、ホントに47ヶ所も回れるんですかー? 途中で飽きるんじゃないんですかー?
「回ると言ったら回るんだ! さっさと探せ!」
 探しますけどー‥‥役者さんの方はどうするんですか? こんなことに付き合ってくれる劇団なんて、そうそうありませんよ?
「探せ! 別にひとつの劇団でなくてもいいんだからな! ひとつの昔話をやる度にその県まで行ってくれる役者を探せばいい!」
 もー、簡単に言わないで下さいよー。どんだけ苦労すると思ってんですかー。

 先生の気まぐれって言うか、我侭にはホント困りますよ。
 誰か、一緒に行ってくれる人、いませんかね?
 多分先生はさっさと観光に出かけちゃうと思うんで、結構自由に演じたり、脚本のアレンジとかして構いませんから。ただ、モチーフの昔話がわからなくなるくらいのアレンジは多分怒ると思うんで、やり過ぎない程度にお願いしますね。



●第5弾は秋田県の『八郎太郎と辰子姫』というお話です。

 八郎潟に、八郎太郎という龍が住んでいた。この龍は元は人間で、ある日龍に変わってしまった青年だった。
 あるとき、湖を渡り歩く鴨たちから、田沢湖に八郎太郎と同じように人間から龍に変わってしまった辰子という美しい姫が八郎太郎に会ってみたいと言っていることを聞き、八郎太郎は田沢湖へと向かった。
 するとそこに、以前八郎太郎が十和田湖の主争いで負けてしまった南祖坊の姿があった。辰子姫に一目ぼれをしてしまった八郎太郎と同じく、南祖坊もまた、辰子姫に惚れていたのだ。
 辰子姫を巡って、八郎太郎と南祖坊の争いが始まった。そして、何とか八郎太郎が勝ち、南祖坊は十和田湖へと帰って行った。
 勝った八郎太郎は冬の間、田沢湖で辰子姫と楽しく過ごし、春になるとまた八郎潟へと戻って行った。それから、毎年のように冬が近づくと、八郎太郎は田沢湖に行くようになり、その間八郎潟は氷に閉ざされ、田沢湖は凍ることなく年々その深さを増しているという。

 必ず決めてほしい役は、下記の通りです。
1.八郎太郎
2.辰子姫
3.南祖坊
他、鴨(声のみでも可)や村人など、自由に配役して下さい。

●今回の参加者

 fa1013 都路帆乃香(24歳・♀・亀)
 fa1414 伊達 斎(30歳・♂・獅子)
 fa3831 水沢 鷹弘(35歳・♂・獅子)
 fa3957 マサイアス・アドゥーベ(48歳・♂・牛)
 fa4563 椎名 硝子(26歳・♀・豹)
 fa5019 大河内・魁(23歳・♂・蝙蝠)
 fa5486 天羽遥(20歳・♀・鷹)
 fa5556 (21歳・♀・犬)
 fa5778 双葉 敏明(27歳・♂・一角獣)
 fa5851 Celestia(24歳・♀・狼)

●リプレイ本文

●舞台裏
『幕上がりまーす』
「了解」
 音響室で進行表を見ながらテープの確認をしていたCelestia(fa5851)は、片耳につけたイヤホンから聞こえてきたスタッフの声に答え、ボタンを押した。開幕を告げるベルが鳴り、会場がだんだんと薄暗くなって行く。
 Celestiaが顔を上げ、音響機器の上にある小窓を見る。小窓の向こうに見えるステージで、少しずつ幕が上がって行った。


●配役
八郎太郎:水沢 鷹弘(fa3831)
辰子姫:椎名 硝子(fa4563)
南祖坊:マサイアス・アドゥーベ(fa3957)
宿の主人・嘉介:伊達 斎(fa1414)
宿の女将・お篠:都路帆乃香(fa1013)
マタギ・与平:虹(fa5556)
マタギ・弥彦:大河内・魁(fa5019)
語り部(鴨の声):天羽遥(fa5486)


●田沢湖
 暗闇の中、天羽のナレーションが語りだす。
「遠い、遠い昔の物語‥‥八郎潟に、人間から龍へ変化した八郎太郎という龍が住んでいた。‥‥これは、同様に龍へと変化した辰子姫と八郎太郎の出会いと、宿敵南祖坊と争い、愛を勝ち取った物語‥‥」
 ステージが明るくなり、舞台の中央に辰子姫が立って、寂しそうに空を見上げている。舞台の床には湖を模して青色から翡翠色へと揺らめくライトが当てられており、背景には青空と鴨の絵が描かれ、鴨の鳴き声が響く。
「ああ、鴨よ。仲間と共に空を飛ぶそなた達が羨ましい‥‥永遠の美しさなど浅ましい願いを求め、人から龍へと転じてしまったこの姿‥‥その報いを受け入れる覚悟はあれど、やはり孤独は辛いもの‥‥我が心のように、湖の水も冷たくなる一方‥‥」
 呟いて、俯く辰子姫に、鴨の声と羽ばたく音が響く。
「姫様、辰子姫様。どうか元気を出して下さい。ここから西にある八郎潟には辰子姫様同様に、龍になってしまった八郎太郎という青年がいるそうですよ」
 その言葉にパッと顔を上げる辰子姫。
「ならば是非、その青年に会ってみたい。鴨よ、どうか八郎太郎様に伝えておくれ。田沢湖の辰子が、一目お会いしたいと」
 辰子姫の言葉に鴨の鳴き声が響き、ステージが暗くなっていく。

 
●八郎潟
 暗闇に鴨の鳴き声が響く。少しずつ明るくなるステージの中央で、ゆっくりと立ち上がる八郎太郎。
「どうした、鴨よ。今日は随分と騒がしいな」
「八郎太郎殿、あなたと同様に龍になってしまった田沢湖の辰子姫様が、同じ境遇のあなたに会って話したいと言っております。ぜひ、会って元気付けてはくれませんか?」
 その鴨の声に、八郎太郎が頷く。
「何と‥‥私と同じ様に、人間から龍に変わってしまった女性がいたのか。私も是非会ってみたい。鴨よ、有り難う」
 八郎太郎の言葉に、鴨の鳴き声が返る。
「よし、そうと決まれば、早速田沢湖へ向かおうではないか」
 意気揚々と上手の袖へ向かう八郎太郎。ステージが暗転する。


●十和田湖
 下手側に作られた湖のセット中央に修行僧の格好をした南祖坊が胡坐を掻いており、湖の傍では与平と弥彦が立っている。
「なあ、おい、知ってるか?」
 銃を担いだ与平が、湖へ網をかけている弥彦に話しかける。
「この湖には青龍大権現さまがいらっしゃるが、田沢湖にも辰子姫っつー龍がいて、それがまたえらい別嬪さんなんだと」
「へぇ、そんなに美しい姫ならば龍だったとしても、俺も会ってみたいものだな」
「その姫がいるお陰で、湖じゃ美味い魚が沢山捕れるらしいぞ。グータラなお前でも腹いっぱい捕れるんじゃねぇか?」
 はははは、と笑いながら湖を去って行く2人を見送り、南祖坊が呟く。
「辰子姫か‥‥そんなに美しい姫なら、どれ、一つお顔を拝見させて頂こう」
 南祖坊がゆっくりと立ち上がると、ステージが暗転する。


●雪の積もる道
 ステージの上手に宿屋のセットがある。その中にある囲炉裏の前に嘉介が座り、お篠が庭の雪かきをしている。そこへ、僧の姿をした八郎太郎が下手の袖から歩いてくる。
「八郎潟を出るのも久しぶりだな。田沢湖へ着く前に一休みしたいが‥‥どこかに休めるところはないか」
 八郎太郎、軽く溜息を吐いて、きょろきょろと辺りを見回し、宿を見つける。お篠が近づいてくる八郎太郎に気付いて顔を上げる。
「もし。私は巡礼の旅をしている者だが、今宵一晩泊めて頂きたい」
「あれ、こんな寒い中、大変じゃったでしょう。どうぞ、どうぞ。お前さん、お前さーん」
 八郎太郎を招き入れるお篠が嘉介を呼ぶと、嘉介が立ち上がる。
「おやおや、どうぞお上がり下さい。火の傍へどうぞ」
 嘉介に促され、囲炉裏の傍に座る八郎太郎。その向かいに嘉介が座り、お篠がお茶を運んで来る。茶を受け取り、嘉介が八郎太郎へ目を向ける。
「お坊様はこれからどちらへ?」
「旅の途中で田沢湖に住むという龍の話を聞きましてね。是非その姿を拝見させて頂ければと思いまして、こうして向かっておる次第です」
「そうですか。田沢湖に住む龍というのは辰子姫の事ですね。それは美しい女性の姿をしているそうですよ。私も一度拝見させて頂きたいものです」
 にこやかに話す嘉介に、お篠がちょっと拗ねたように見ると、嘉介が苦笑して頭をかく。
「田沢湖へはここから遠くありません。今夜はゆっくりとお休みになって、疲れを取ってから向かわれても遅くはないでしょう」
「有難う。そうさせて頂きます。それと‥‥少しお願いがあるのですが」
「はい、何でしょう」
 首を傾げる嘉介に、八郎太郎が話す。
「決して、私の寝姿を見ないで頂きたい。‥‥少々、お見苦しい部分があると思いますので」
「そんなの、気にしなくてもいいのに」
「いやいや、お篠。人は誰しも見られたくない姿というものがあるのだよ。判りました。それでは奥の部屋をお使い下さい。私ども、決してあなたの寝姿を見ないと誓います」
「有難う御座います」
 頭を下げ、八郎太郎が奥の障子の先へ消えて行く。それを見送り、お篠は湯飲みを片付け、嘉介が囲炉裏の火を消した。ふっと暗くなる舞台。お篠と嘉介が宿屋の中から上手の袖へ消える。
 薄暗い舞台で障子だけが明るく光っている。その光っている障子の部分に影絵のようにのたうつ龍が現れる。そして次第に舞台が明るくなり、上手から桶を持ったお篠が現れると同時に影絵の龍が消え、徐に八郎太郎が出て来る。
「ああ、お早う御座います、お坊様。もうご出発ですか?」
「ええ。十分疲れは取れましたから」
 現れた嘉介に挨拶され、八郎太郎が答える。
「それならお篠へ案内させましょう」
「いえ、そこまでは‥‥」
「遠慮しないでお坊様。私も湖近くの川へ用がありますし、一緒に行きましょうよ」
 にこにこと話すお篠と嘉介に礼を言う八郎太郎。
「それでは、私が使わせて貰った部屋に心ばかりのお礼を置かせて頂きました。私が発った後にでも見て下さい」
 言って、お篠と共に上手へ去って行く八郎太郎。それを見送り、嘉介が障子を開けると、金子の山が出来ている。
「何と! これは凄い! あの方は一体何者だったんだ?」
 驚く嘉介。ステージが暗転する。


●田沢湖
 ステージの中央で辰子姫が空を見上げている。そこに、上手からやってくる南祖坊。南祖坊が辰子姫に気付き、近づく。
「ほお、これはまた美しい姫だ。貴女が辰子姫か」
「貴方は‥‥」
「わしは十和田湖に住む南祖坊と申す。是非姫と話がしたく‥‥」
 一歩近づく南祖坊の足を見て、辰子姫がハッとして身を引く。
「その鉄草履は‥‥! その草履で我が湖に入らないで下さい!」
 その声に驚き、南祖坊が足を引くと、今度は下手から八郎太郎とお篠が現れる。
「ここが田沢湖ですよ。それじゃあ、私は川へ行きますから」
「ああ、助かりました」
 八郎太郎、お篠と別れてから、辰子姫に気付く。
「おお! 貴女が辰子姫! 私は八郎潟の八郎太郎という。鴨に話を聞き、姫に会いに来たのだ」
「まあ! 貴方が八郎太郎様!」
 八郎太郎と辰子姫が見つめ合い、八郎太郎が辰子姫へ近づこうとするのを、不機嫌そうな南祖坊の声が遮る。
「誰かと思えば八郎太郎か。お主もこの姫の噂を聞いてきたのか」
「お前は南祖坊‥‥! 昔、私から十和田湖を奪っただけでは飽き足らず、今度は漸く出会えた女性まで奪おうと言うのか!」
「辰子姫は美しく立派な方。お主には不釣合いじゃ!」
 バッと南祖坊が裾を翻し、経を唱え始めると、背景に龍の影が現れた。それに八郎太郎も構える。
「あの時は敗れたが、今回は絶対に負ける訳には行かない!」
 八郎太郎の背後にも龍の影が現れる。


●舞台裏
「よし、見せ場だ。失敗しないように、落ち着いて‥‥」
 Celestiaが音響機器を操作すると、雷の音と共にステージのライトが点滅し、暗くなる。
「で、戦闘シーン‥‥」
 Celestiaの指が、荒々しい音楽を流し始める。


●田沢湖
 暗いステージでは背景いっぱいに2つの龍の影が牙を剥き合い、戦っていた。雷の音と共に、激しい戦闘音が鳴り響く。
 そこに、舞台中央に立つ辰子姫の姿がスポットライトに照らされる。
「やめて! 戦いはやめて下さい!」
 悲壮な声で叫んだ辰子姫が、手を上に振り上げる。と、背景の2つの龍の間に魚の影が現れた。魚は動きを止める龍達の間で松明へと変化し、破裂する。
 それに八郎太郎、南祖坊とも悲鳴を上げると、龍の影が消え、ステージにパッと灯りがついた。ステージには呆然と辰子姫を見る八郎太郎と、目を覆う南祖坊、そして悲しそうな顔の辰子姫が立っている。
「もう争いはやめて下さい‥‥八郎太郎様、貴方が戦うことはないのです」
「辰子姫‥‥」
「南祖坊殿‥‥貴方の気持ちは嬉しく思いますが、私の思いはもう‥‥」
 話そうとする辰子姫を手で制し、南祖坊が顔を上げる。
「判っております‥‥姫はお主を選んだのだ、八郎太郎‥‥」
 言って、南祖坊が去って行く。残った2人は見つめ合い、どちらともなく近づいて手を取り合った。
「お会いしとう御座いました‥‥八郎太郎様」
「辰子姫‥‥私はずっと待っていたのかもしれない。貴方と言う、孤独な心を埋めてくれる女性を‥‥」
 抱き合う2人。ステージが暗転する。


●雪の積もる道
 宿屋に嘉介が座っている。そこに帰ってくるお篠。
「お前さん、お前さん、聞いておくれよ。あのお坊さんなんだけどね」
「どうしたんだ? お篠。そういえばさっき酷い雷がなったようだったが」
 怪訝に首を傾げる嘉介に、お篠が興奮したように話し出す。
「雷なんてどうだっていいよぉ! それより! あのお坊さんが田沢湖のところで凄い別嬪さんとずーっと抱き合ってたんだよぉ! 何だかもう、こっちまで恥ずかしくなっちゃって! お坊さん、あの別嬪さんに合う為に来てたんだねぇ」
 楽しそうに話すお篠に、嘉介が何かに気付いたように頷き、朗らかに笑った。
「そうか‥‥それは良かった。あの方も龍だったのだな」
「ん? それは何?」
 お篠が嘉介の持つ金子に目をやると、嘉介が微笑んだ。
「ああ、龍神さまからの贈り物だよ。大切に使わないとね」
 お篠が金子に驚き、ステージが暗転する。


●十和田湖
 湖にかけた網を引く与平の後ろで、弥彦がぼんやりと立っている。
「いい天気だなぁ‥‥魚も沢山捕れたし、青龍大権現様に感謝せんとな」
「本当だなぁ‥‥田沢湖まで行かんでも、ここでも美味い魚が捕れるからな。十和田湖に青龍大権現様がいらっしゃって良かった、良かった」
「頷いてないで、魚捕れよ。逃げちまうぞ」
 2人が笑いながら魚を採り、去って行く。湖のセットには南祖坊が胡坐を掻いている。
「‥‥これで良かった、ということだろうな。わしが身を引いたからには、姫を幸せにするんだぞ、八郎太郎‥‥」
 呟いて、南祖坊が上手へ目を向ける。と、ステージが半分だけ暗くなり、そこに手を取り合い見つめる八郎太郎と辰子姫の姿がスポットライトに照らされて現れた。その姿を見て、南祖坊が溜息を吐く。
「こうして、南祖坊は十和田湖に帰り、八郎太郎は辰子姫と毎年、田沢湖で楽しく冬を過ごすようになった。それ以来、八郎潟は氷に閉ざされるが、田沢湖は凍る事なく村人に喜ばれたという。そして、八郎潟が干拓され狭くなった今、八郎太郎は田沢湖で辰子姫と幸せに暮らしているのかもしれない‥‥」
 そうして天羽のナレーションが終わると、幕が静々と閉じて行った。


●公演後
「お疲れ様。いい劇だったよ」
 公演を終えた役者たちに、Celestiaが握手を求めていった。その足元には紙袋が置かれている。
「さっき脚本家の先生が来て、これを置いていったよ。皆で食べるようにってさ」
 言って、渡されたのは冷凍された比内地鶏だった。役者達はそれぞれ比内地鶏を受け取ると、満足気な顔で劇場を後にした。