ピアノを弾こう!ヨーロッパ

種類 ショート
担当 中畑みとも
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 なし
参加人数 8人
サポート 0人
期間 09/29〜10/01

●本文

 フランスは某所、閑散とした住宅街にある一つの家から、美しいピアノの音色が流れ始めた。
 広い敷地の中に立つ、シンプルでありながら暖かさを感じる外観の家の中では、これまた広い部屋の真ん中にグランドピアノが置かれていた。そのピアノの前に座り、楽しそうな表情で曲を奏でていたのはジャン・ダイイ(fz1036)だ。
 ジャンの弾く音色は、プロ級のものだった。ジャンは指揮者ではあるが、複雑なスコアを読解する読譜力を求められる指揮者がそれをピアノで弾ける事を望まれるように、ジャンのピアノの腕前も相当なものである。
 と、曲を中断するのを躊躇うように控えめに鳴らされたドアチャイムに、ジャンが鍵盤から顔を上げた。そしてにこやかに椅子を立ち、玄関へと向かう。
「いらっしゃい。今日は宜しくね」
 玄関のドアを開けた先に立っていたのは、ジャンへピアノの指導を請おうとしている音楽家達だった。


●ピアノ教室始めました
 指揮者ジャン・ダイイによる特別ピアノ教室です。対象は若手音楽家ですが、ピアニストでなくても大丈夫です。
 コースは初級・中級・上級とあります。自身のレベルに合わせてコースを選んで下さい。ただし、音楽家を目指すものを対象としているので、通常のピアノ教室より若干レベルが高めになっています。ジャンもそれに合わせた指導をします。
 発表会などはありませんが、上手く弾ければジャンからご褒美が貰えるかも。因みに、教室はジャンの自宅です。

●コース(練習で使う曲)
 初級:ドビュッシー『月の光』
 中級:リスト『愛の夢 第3番』
 上級:ショパン『英雄ポロネーズOp.53』

●その他
 練習中、ジャンに聞きたいことなどあれば何でも質問どうぞ。

●今回の参加者

 fa0595 エルティナ(16歳・♀・蝙蝠)
 fa0597 仁和 環(27歳・♂・蝙蝠)
 fa2457 マリーカ・フォルケン(22歳・♀・小鳥)
 fa3887 千音鈴(22歳・♀・犬)
 fa5331 倉瀬 凛(14歳・♂・猫)
 fa5483 春野幸香(21歳・♀・狸)
 fa5538 クロナ(13歳・♂・犬)
 fa5812 克稀(18歳・♂・猫)

●リプレイ本文

●初級
 一生懸命ピアノを弾いているクロナ(fa5538)と、それを優しい笑みを浮かべて見守っているジャン・ダイイ(fz1036)がいた。時折間違いながらも、何とか引き終えたクロナに、ジャンが身を乗り出す。
「27小節からのアルペジオが難しいカナ? ゆっくりでいいカラ、まずはクロナクンが楽だナァと思う指運びを見つけてみまショウ。型通りの指運びじゃなくても大丈夫デスヨ」
「いいんですか?」
「正しい弾き方っていうのは、1つじゃないんデス。弾く人が無理をせず、いい音が出せる弾き方が、その人にとって正しい弾き方なんデスヨ」
「でも、ピアノを弾く時はちゃんと正しい姿勢をしないと駄目なんですよね?」
「それがその人にとって一番楽な姿勢でなければ、崩したって構わないんデスヨ。基本の姿勢から、だんだんと自分の落ち着く姿勢に変えて行くのがいいデスネ。勿論、基本の姿勢が楽だと感じられれば、一番デスケド」
 言われて、クロナが何か考えるような顔で鍵盤を見下ろす。
「リラックスしていれば、身体っていうのは自然と自分の一番楽な姿勢になるものデスカラ、そんな難しく考えずに練習シマショウ。そしたら、自然と判ってきマスヨ」
「はい! 頑張ります!」
 オー! と、2人の気合の入った掛け声が窓の外まで流れて行った。


 ジャンが手を叩く音に合わせて、春野幸香(fa5483)が曲を演奏する。
「焦らなくていいデスヨー」
 言って、ジャンは春野が難しく感じるであろう部分に差しかかると、手を叩く拍子を自然に遅くした。そのまま同じリズムであれば失敗してしまったであろう部分も、ジャンのリズムに一生懸命合わせようとしている春野はリズムが遅くなった事で焦燥感が和らぎ、難しい部分を何とかクリアした。ジャンがリズムを取るのにメトロノームを使わなかったのは、この変則的なリズムを行う為であった。
「こういった曲って、あんまり弾かないカナ? 丁寧に弾こうとしてるのはいいんダケド、ちょっと力み過ぎデスネ。もっとこう、リラックスしマショウ」
 ジャンが両手をだらんと下に伸ばし、肩から力を抜く。その姿に春野がちょっと笑って、同じように肩を脱力させた。それにジャンが嬉しそうに微笑む。
「この曲は全体的に弱めの音が多いカラ、デリケートなタッチに気を配らなきゃいけないのは判るケド、緊張し過ぎちゃっても駄目ネ。お風呂で鼻歌歌う気分で弾きマショウ」
「お風呂で鼻歌、ですか‥‥」
「ん? テラスでティータイム中の鼻歌でもいいデスヨ」
 にこにこと笑うジャンに、春野が苦笑する。ちらりと窓の外を見れば、テラスで時間を待っているマリーカ達がのんびりとお茶を飲んでいるのが見えた。自分の演奏が聞こえてるのだろう事を思うと、緊張もしてしまう。
「うん、でも、負けてられないし。よし!」
 頷いて、春野が鍵盤に指を置く。そして大きく深呼吸して、ゆっくりと曲を弾き始めた。

 
●中級
 ゆったりとした曲が流れていく。ピアノを弾いているのはエルティナ(fa0595)だ。特に止まる事もなく、無事綺麗に終わったようにも思えたが、曲を弾き終えたエルティナに、ジャンは身を乗り出した。
「うーん、小指がちょっと弱いデスネ。小指だけで綺麗にメロディを響かせるのはちょっと難しいカモしれマセンが、意識してちょっと強めに弾いてみマショウ」
「はい、やってみます」
 ジャンの言葉に、エルティナが素直に頷いて鍵盤に向かう。甘く切ないメロディーが流れ始め、ジャンがリズムを取るようにピアノの縁を軽く叩いた。エルティナが演奏するのに合わせて、ジャンが強弱を指摘する。エルティナはそれを真剣な表情で聞き入れ、自分の音としていく。弾き終えた曲は、先程よりも音がしっかりしていたように聞こえた。
「うん。エルティナサンは耳がいいからスグに覚えちゃいマスネ」
「有難う御座います! えへへ、ジャン先生に褒められちゃった」
 嬉しそうにポツリと呟いたエルティナの言葉はジャンに届かなかったようで、ジャンはちょっと小首を傾げたが、にこにことした笑みは崩さず、椅子に座るエルティナを見下ろした。
「もうちょっと指を柔らかく強く動かせるようになれば、もっと難しい曲も弾けるようになりマスヨ。情感を捉える能力は充分ありますカラ、あとは技術的な事デスネ。これからは指の動きにも注意して弾いてみマショウ」
 エルティナが頷いて、曲を奏で始める。その合間合間に、ジャンの指示の声が続いていた。


 何度か間違えて戻るのを繰り返しながらも、少しずつ音色が上達していくのが判る。何とか最後まで弾き終えた倉瀬 凛(fa5331)は、緊張していた肩を落とし、小さく息を吐いた。見守っていたジャンがにこにこと笑って近づく。
「少し難しかったカナ? 鍵盤の方に意識が行っちゃってて、ペダルがちょっと上手く踏めてなかったデスネ」
「‥‥何かもう、いっぱいいっぱいで‥‥」
「うん、最初のうちは皆そんな感じデスヨ。練習すれば、自然と弾けるようになりマス。そしたら、一個ずつ直して行きマショウ」
 言われて、倉瀬が深呼吸をして鍵盤に指を置く。ゆっくりと曲が流れ始め、合間にジャンの教えが入る。
「‥‥もっとメリハリつけて、クレシェンドからデクレシェンドに。‥‥そこはね、左手の下の音を弾く時にペダルを踏みかえるんデス。焦らなくていいですカラネ‥‥」
 倉瀬が指をもつれさせながらも、ジャンの教えに素直に従い、曲を弾いていく。何とか中盤手前まで進んだところで、ジャンの手が倉瀬の指を止める。
「この音符の細かいところは早く弾くよりも、まず正確に弾けるように練習しマショウ。音が切れないように、上の音が繋がって聞こえるように滑らかに。下降するときはレガートにだんだん弱く。ここが弾けるようになれば、もう一ヶ所は比較的楽になりますカラ、頑張りマショウネ」
「頑張ります」
 ジャンに頷いて、倉瀬は自分に軽く気合を入れると、鍵盤に指を落とした。何度も何度も繰り返し、同じ部分を弾き続ける。しかし、それは確実に倉瀬を上達させていて、だんだんと滑らかになっていく音色に、ジャンが満足そうな笑みを浮かべていた。


 克稀(fa5812)が真剣な表情で鍵盤へ向かっていた。指は淀みなく動いているように見えるが、ジャンは時折頷きながら克稀の弾く曲を聴いていた。
「ここのアルペジオはメロディーラインを含んだものですカラ、均一に弾いては駄目デス。真ん中の音を大切にして、上と下のフラットは控えめに‥‥」
 ジャンの言葉に合わせ、克稀が鍵盤を弾き始める。その合間に、ジャンが細かいところを丁寧に教えていく。そうして何度か弾き終え、曲がだんだんと形になったのが自分でも判るようになると、克稀は一息吐いてジャンを振り返った。
「質問があるんだが、いいか? この曲だけでなく、他曲でも特に注意して弾いた方がいい部分を知りたい。よく『楽しく弾きなさい』とは言われるんだが‥‥そうは見えないだけで、俺としては常に楽しく弾いてはいるんだけどな」
 そう言って苦笑する克稀に、ジャンがうーんと軽く唸って、克稀の顔を覗き込む。
「まあ、それは演奏者としての基本デスヨネ。克稀クンが楽しく弾いているなら大丈夫ですけど、やっぱり表情ってのは大切デスヨ。とっても楽しい曲なのに、演奏者が凄い無愛想な顔だったら、どんなにいい音でも嘘っぽくなっちゃいマス。音楽と言うのは、耳で曲を聞き、身体で音の動きを感じ、目で演奏者の動きを知るものデス。克稀クンの場合、もっと表情を柔らかくした方がいいデスネ」
 ジャンがにっこりと、眩しいほどの微笑みを克稀に向けた。その笑顔に気圧されたように克稀がちょっと身を引き、そろそろと自分の顔に手を当てる。
「柔らかい表情‥‥こ、こうか?」
「ノンノン。表情筋硬いデスネー。もっと口端上げて、ニーッコリ」
 ピアノの前でいつの間にか始まった表情レッスンに、風が笑うように吹き抜けていった。


●上級
 力強く勇壮な曲が流れ始める。弾いているのは仁和 環(fa0597)だ。見せ場である両手のグリッサンドを勢いよくクレシェンドに、更にフォルテシモでセーニョを力強く歌い上げると、仁和はやってきた五連符に顔を顰めた。
「指が攣りそう!」
「でもちゃんと弾けてましたヨ。やっぱり、三味線奏者だけあって、手首は柔らかいデスネー」
 途中苦しげな表情を見せながらも、最後まで弾き終えた仁和は、酷使した指を揉み解しながら、にこにこと笑うジャンを恨めしげに振り返った。
「ジャンさん、指が攣らない方法ってない? もう五連符連続の主題繰返しとか出て来ると、気合で弾くしかなくって‥‥」
「そうデスネェ‥‥一番は無理な力を入れない事カナ? 後は指が沢山広がるように柔らかくする事と、腕に適度な筋力をつける事デス。手の小さい人だと厳しいかもしれませんが、仁和クンは練習次第で平気に弾けるようになるんじゃないデスカ?」
「そういえば、ジャンさんって、身長の割りに手が大きいよな。もしかして、この曲も指攣らないで弾けたりする?」
 言って、仁和がジャンの手を羨ましそうに見るのに、ジャンが苦笑する。
「私の場合は慣れデスヨ。この年まで生きていれば、何度か弾く機会もありましたしネ」
「いいなあ。俺も頑張ろう。あと何か変なところなかった?」
「そうデスネ‥‥中間の、ホ長調の連続オクターブは、もっと機械的に弾きマショウ。ここは誤魔化しの効かない難しい部分ですカラ。手をどう動かせば無駄なく音が出るのかを考えつつ弾いて行きマショウ」
 言われて、仁和が真剣な表情で頷いて鍵盤に指を置いた。


 マリーカ・フォルケン(fa2457)が鍵盤を弾き始めた。途中で躓きそうになりつつも、真剣な表情で弾いていくマリーカに、ジャンが指導を入れる。
「スラーのついている部分を1つのフレーズとして考えて弾いてみマショウ。細かいペダルも、音が濁らないように注意して」
 それに頷いて、マリーカが再び曲を弾き始める。そうして、連続する左手のオクターブまで来ると、マリーカは不安そうにジャンを見上げた。
「この部分が、何度か練習しても上手く行かなくて‥‥力がないんでしょうか‥‥」
「オクターブはネ、パワーじゃなくって、オンとオフの切り替えのスピードで弾くものなんデス。緊張と脱力の、その反動を利用して弾くんデスヨ。ボールを弾ませようとする時、力を加えて下に落とすケド、すぐに脱力するデショ? それをイメージして、1の指と5の指をしっかり開いて固定したまま、手首の不必要な力を抜いて打鍵してみマショウ」
 マリーカがジャンに言われたように鍵盤に指を置く。何度か首を傾げながらも、同じ場所を繰り返し弾いていると、だんだんと言われた事が理解出来始めた。難しかった場所が、今までにないくらい上手く弾けて、マリーカが嬉しさと驚きにジャンを振り返る。
「凄い‥‥こうして先生の指導を受けていると、いかに自分が我流で弾いていた部分が多かったか、改めて気付きますね」
「基礎がもっと出来るようになれば、どんどん上達しマスヨ」
 その言葉に、マリーカは嬉しそうに微笑んだ。


「‥‥スコア眺めるだけでも、鬼のような譜号の羅列よね‥‥だが、相手にとって不足無し! 三連符だろうが怒涛の五連符だろうが、負けないわよ!」
「オー! その意気デス!」
 ぐっと拳を握り、千音鈴(fa3887)がピアノに向かう。威風堂々とした曲が始まり、ジャンがにこにことそれを見守る。短前打音入りの、容赦のないトリルやグリッサンドも滑らかに勇ましく弾き上げた。スタッカートも歯切れ良く、千音鈴の表情は始終楽しそうであった。
「ラストはもう、フォルティッシッシモくらいでもいいと思うんだけど」
「それなら前の音と自然に聞こえるように調節して弾きマショウ。いきなりだと失敗したみたいに聞こえますからネ」
 言われた言葉に返事を返して、千音鈴が曲を弾いていく。
「左手に少し力が入り過ぎですネ。和音の一番上がちょっと低い感じですカラ、手首を柔らかく意識して‥‥」
 ジャンに指導して貰いながら、何回か曲を弾き終えた千音鈴は、疲れたように溜息を吐いて腕をだらんと下に垂らした。指に多少の違和感があって、それを解消しようと握ったり開いたりを繰り返す。
「音をダイナミックにしようとして、全体的にちょっと力み過ぎな所がありますネ。慣れないと難しい部分もありますカラ、手を痛めない程度に練習しマショウ」
「はーい。はぁー、『英雄』は疲れるわー。お腹減っちゃった」
 ぐいーっと、気持ち良さそうに背筋を伸ばす千音鈴を見ながら、ジャンがふむと頷いた。


●練習終了
「皆さん、お腹空いたデショウ? 私の行きつけのレストランがありますから、皆で食べに行きマショウカ。私の奢りデスヨ」
「やった! ジャン大好き!」
「あ! 千音鈴さん、ズルイ! 私も! ジャン先生大好き!」
 にこにこと笑うジャンの腕に、千音鈴とエルティナが飛びつく。
「ご一緒しても宜しいのかしら」
「いやあ、豪華な食事会だね」
「デザートとかも食べていいんだろうか‥‥」
 マリーカと仁和が顔を見せ合う後ろで、克稀がまだ見ぬ甘味に思いを馳せる。
「凄い‥‥こんな有名な方とお食事出来るなんて」
「遥々ここまで来た甲斐があったよな。ねえ、春野さん」
「ま、マリーカさんや仁和さん達と食事‥‥! ど、どうしよう緊張する!」
 わくわくと頬を紅潮させるクロナと倉瀬が振り向けば、春野が顔を耳まで真っ赤に染めてじたばたしていた。
 もうすっかり暗くなってしまった空の下へ、ジャンたちは和気藹々と出かけて行った。