月に向かって歩けアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 猫乃卵
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 なし
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/27〜05/31

●本文

 その女優は悩みを抱えていました。
 デビューして5年、それなりに評価されるようには成りました。しかし、忙しいと言うほどテレビ番組への出演や舞台・映画の仕事があるわけではありません。仕事の無い日に自宅でプロダクションからの吉報を待って暇つぶしをしていると、彼女はもやもやとした気持ちに包まれるのでした。
(「わたしのどこがいけないんだろう‥‥? 自分が気づいていない欠点、その足りない何かが周りに使ってもらえない事につながっているのだろうか‥‥? わたしに足りないモノ、改めるべきモノ。わたしは何を求められているのだろう‥‥?」)
 人間というものは、才能が有れば評価されます。ですが、それを簡単に得られるほど器用でもありません。才能を得られ無いのは、自分が何をすべきか何をすべきでないか気付いて行動する事が出来ていないからです。素質と言う混沌も努力と言う秩序も、それらをよく解っていれば自分を生かす道具になるのでしょう。でもそれをすべての人に求めるのは理想論でしかありません。
 彼女も、他の道を捨て女優を目指し、自分なりに努力してきた事は満足しています。その一方で、自分が望むほど周りからの評価が高くなく、未だ女優として成功したと感じていませんでした。何かが足りない。だけど何をしたらいいのか解らない。
 そんな悩みを抱える日々が続いていました。

 ある日の深夜。眠りに就けず佇んでいた彼女は、ふと、窓から見える満月に気付きました。こうこうと輝く月明りに照らされると、不思議な気持ちになりました。
(「月に向かって歩いてみよう」)
 玄関を出て、街を抜け、車も通らなくなった道路も終わり、今まで訪れる事の無かった野原に出会いました。道がわからなくなるのではないかという不安も、何をしているのだろうという自責の気持ちも有りました。しかし、音の無い薄暗闇を一人歩き、過去に起きた事、その時の自分の気持ち、相手の反応・言動、その一つ一つをゆっくりと想い返していると、少しずつながらですが、自分の気持ちが晴れていくのを感じる事が出来たのでした。

 その夜、彼女が何を得たのか、本人以外誰も知りません。ただ、その後の彼女は主役を張る事こそありませんでしたが、持ち前の明るさと多彩な感情表現を武器に、長年名脇役として活躍したとの事です。彼女の生き生きとした言動は多くの観客を惹き付けました。
 彼女は、同じ道を進む後輩の為に贈り物をしました。一年に一度、晴れて満月の良く見える日を選び、皆で集まり夜通し歩き通すのです。静かで広々とした場所を歩きながら、自分の抱えている悩みについて想いを巡らせるのです。もちろん他の人に相談しても構いません。悩みを打ち明けられたら、一緒に考え親切にアドバイスしてあげるのがマナーになっています。
 発起人である彼女が参加する事はもうありません。報酬もありません。悩みが必ず解決する保証はどこにもありません。しかしそれでも、悩みを抱える芸能人が自主的に集まって、このイベントは何年も続いてきました。晴れ晴れとした気持ちで日の出を見つめる事が出来るのを願って。

 今年も始まります。

●今回の参加者

 fa0474 上村 望(20歳・♂・小鳥)
 fa0530 篠井なずな(17歳・♀・一角獣)
 fa0549 倉坂セイ(18歳・♂・狸)
 fa2683 織石 フルア(20歳・♀・狐)
 fa2860 静琉(16歳・♂・兎)
 fa3211 スモーキー巻(24歳・♂・亀)
 fa3393 堀川陽菜(16歳・♀・狐)
 fa3789 ハバネロ▽(16歳・♂・竜)

●リプレイ本文

 月は、悩みを抱えて歩く若人達を優しく照らしていました。

 篠井なずな(fa0530)は歩きながらぼんやりと考えます。
(「あたしはバラドルとして、何でもやります! をモットーに、何でも吸収してやろうとプラス思考でやってきた。でも、なんか、自分が得意とするものがみつからない。得意とするものが見つからないから、何でもやろうとは思う。けど、それが正しいのかいくら考えても解らない。教えてくれる人もいないし‥‥」)
 なずなは、月を見上げます。
(「今夜、月に向かって歩き続けたら、その答えがみつかるかなぁ‥‥? 歩き続けたら良いこと、あるのかな。気持ちがすっきりしたって発起人の人は言ってたし。信じて歩いてみるのもいいじゃん、とは思うけど、歩き続けてぼんやりするだけで終わるような気もする。悩みって、そんなものなのかもしれないけど‥‥」)
 なずなは、静琉(fa2860)の方に顔を向けました。
「イルは、どうしてこのイベントに参加したの?」
 イルは答えます。
「いつもは賑やかな番組とかイベントに参加してるんだけど、今回ちょっと静かで、だけど素敵なイベントだなと思って参加したんだ。全員で一緒に歩くんだよね? 逸れない様にしなくっちゃ!」
 イルは口を引き締め、両手を胸の前で握り締めます。
「あ、一応懐中電灯とランタンを持ってきたよ。最初はランタンを使おうかな。何だか雰囲気が出て良いよね」
 イルは今感じているワクワク感を顔全部で表現しました。

 それはそうと、イルも悩んでいる事があるはずです。なずなは、聞きました。
「悩んでるのはやっぱりダンスのことかな。僕が出れる番組ってまだ少ししか無くて。お笑い番組とか大好きでよく出させてもらってるんだけど、そこで機会があれば踊りもやらせてもらってて、でもやっぱりダンスはオマケになっちゃうよね‥‥」
 そこまで語ると、イルは寂しそうな表情を浮かべました。
「もちろん面白い番組が多くて僕も楽しませてもらってるんだけど。今のスタイルで、ダンスをオマケとして入れてもらって、でも、いつかダンスが主な番組に出れたらいいなって‥‥」
 それを聞いていた上村 望(fa0474)がアドバイスします。
「始めはオマケでもいいと思います。地道に自分の踊りにかける思いを視聴者やスタッフにアピールし続ければ、いずれ踊りを活かせる仕事が増えていくと思いますよ」
 同じく聞いていた織石 フルア(fa2683)が付け加えます。
「仕事の中には時に企画段階から募集をかける物がある。月並みだが、そういった時にダンスをアピールしてみるのはどうだろう?」
 イルはうつむいて少し考えました。そして顔を上げて皆に答えます。
「うん! 自分からアピールして、チャンスをつかんでみるよ。頑張る!」
 イルは片手を胸の前で握り締めました。

 今度は、フルアが悩みを打ち明けます。
「音響の仕事は好きだし、それなりに誇りも持っている。ただ、裏方といえる職業上、個人としての評価がどうしても得られ辛いんだ。私は今何処に立っているのか、階段を上がっているのか、それとも下りているのか。時折不安にかられる‥‥」
 望がアドバイスします。
「仕事の終わった後の、現場の人達の表情を見てみるのはどうでしょう。前の時よりも良い表情をしていると思ったら、きっとそれが、貴女の成長の証になると思いますよ」
 倉坂セイ(fa0549)は口を開き、違う意見を出しました。
「舞台の上に立ってる人の反応見てみりゃ良いんじゃねーかなー? そいつらの『ここが良かった、ここをもっと良くして』って意見をクリアしていってさ、改良点をどんどん少なくして行ったら自分が成長しているのかどうか確認出来ると思うんだ」
 さらにスモーキー巻(fa3211)も参加します。
「どれだけ成長できているかまではわからないと思うのだけれども、何か一つでも『なるほど、そうか』と思える事があったら、その時キミは成長したと言えるんじゃないかな」
 フルアが皆のアドバイスにうなずいて応えました。
「なるほど。周りの人の表情や反応で自分の成長を測るのですか。周りの人に教えてもらう事で一つ一つ気付いていく、それが大切なのですね」

 今までの話し合いを聞いていた堀川陽菜(fa3393)が語り始めました。
「皆さんの悩み事を聞きながら夜通し歩く、なかなか大変そうですけど面白いですね。この芸能界で頑張ってどうやって生き延びていくか、皆さんのお話を聞きたくて参加しました。私の今の悩みはまさに『これからの浮き沈みの激しい芸能界、どうやって生き延びればいいのでしょうか?』ですから」
 イルが感動しています。
「わ、ハルナさんって僕と同じ位の年なのに凄くしっかりしてるんだね!」
 フルアがアドバイスします。
「自分だけにしかない『何か』を見つけ、周囲に示す事じゃないかと思う。それを得られるまでが難しいのだろうけど」
 望が続けてアドバイスします。
「努力を忘れないこと、それから自分を支えてくれる方々を信じること。あまり具体的ではありませんが、これらも大切なことだと思います」
 陽菜は考え始めました。
「自分だけにしかないモノを見つけ、支援者を信じながら努力を忘れない‥‥」
 具体的にそれが何なのか、いつか理解する日が来る、そう皆は願いました。

 次は、望が悩みを打ち明けます。
「私は、子供番組を見た時に歌の仕事に憧れてこの道を選びました。自分の歌を子供達の心に響かせるのが夢なんです。その為にも、幅広い世代の方々に聞いて貰える歌を唄いたいと思っているのですが、どういった曲が良いものか、悩んでいます」
 『幅広い世代の方々に聞いて貰える歌』について、セイは『ゆっくりしたテンポの曲』を、フルアは『童謡など長い間人々に親しまれている曲』を提案しました。
 最後にスモーキーがアドバイスを行いました。
「幅広い世代に受け入れてもらえる曲というのは、『普遍的なテーマを扱った』、『わかりやすい、きれいな言葉の』、『優しい感じを受ける曲』ではないかな」
 そうやって歩きながら悩みを語り合っている内に、望は、歌うのに大切な事は何か、その事に気付いた様です。
(「何故忘れていたんでしょうか。大切なのは、曲だけじゃない。そう、一番大切なのは、歌い手の‥‥」)
 望は、笑顔で空を見上げました。

 時はどんどん過ぎていきます。セイは月を眺め、手を背中で組みストレッチをしながら、参加理由を語り始めました。
「俺、演奏技術がなかなか上達しなくてさ〜。もっと上手くなりたい、そう思ってんのに指先が動いてくれねーんだ。練習方法、変えたほうが良いのかな?」
 フルアがアドバイスします。
「変化をつけるにしてもあまり一気に変化をさせず、一部を変更するなどの変化にした方がいいんじゃないかな。今までの技術の土台はやはり今までの練習が作り上げてきた物だと思うから」
 イルが付け加えます。
「技術は自分が知らない間に着実に身に着いてる、って僕の友達が言ってたよ」
 スモーキーも同意します。
「練習は嘘をつかないはずだよ。演奏技術がすでにある程度のレベルに達していれば、『上達している』と自覚できるほどの速さで急速に進歩することはあまりないと思う」
 最後に望がアドバイスしました。
「一度、技術等を気にせずに、自分の心の赴くままに弾いてみるのはどうでしょうか。弾いているうちに、自分に向いた上達のコツが見つかるのではないでしょうか?」
 やり方を少し変えてみるのが良いか、それとも心の赴くままに演奏する様にしてみるのが良いのか、セイは悩みましたが、ともかくアドバイスを受けたおかげで何かパワーをもらった様に感じたのでした。
(「もうちょっと頑張ってみるかな?」)

 最後はスモーキーの番です。
「僕自身の演奏技術の不足からバンド解散を機にアーティストの道を諦めて、作詞作曲・演出等の能力を活かすべくプロデューサーに転身したのだけれど、こっちでもまだ十分な仕事ができていない。その上、活動を続けているうちに一度は諦めたはずのアーティストとしての道を再び目指したい気持ちがどんどん強くなってきている。自分の才能を最大限に生かせるようプロデュース一本に専念すべきか、それとも、あくまで自分の想いを信じて両立を目指してみるべきか?」
 セイがアドバイスを始めます。
「一度両立の道を選んでみて、キツクなったら一本に絞ってみたらどーだ?」
 フルアが違う意見を述べました。
「未来の自分を思い描いてみるのが良いと思う。専念した時の自分、両立を目指し達成出来た時の自分。どちらが理想の自分に近いかで決めてみてはどうだろう」
 望が付け加えます。
「自分の想いがそうあるなら、それを信じて歩むのが一番良い事だと、私は思います」
 スモーキーは、しばらく黙って考え込んでいました。やがて、白み始めた空に淡く浮かぶ月を見上げて呟きました。
「一曲、できたかな」
 静かな優しい感じの曲をスモーキーは小声で口ずさみ始めます。

彼らを照らす役目を、月から太陽が引き継ぎました。彼らはそれぞれの道を歩き始めます。