心の扉が開くまでアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 小田切さほ
芸能 1Lv以上
獣人 フリー
難度 難しい
報酬 0.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/14〜05/18

●本文

 彼女の名前は、時原聖子(ときはら・せいこ)。15歳。
 外見は、多少やせぎすだが、ごく普通の少女。ちょっと丸っこい鼻と受け口で、美少女というよりは愛嬌のある可愛い子という感じ。
 だが、普通の少女と違うのは、その可愛い顔に、一切の表情が浮かばないことだった。
 彼女の内側では、一切の感情が死んでいた。
 
 彼女の両親は、とある新興宗教団体に所属していた。
 その宗教では、すべての欲望を捨てろと教えていた。
 それゆえ入信した人は、まず財産をすべて教祖に捧げる。そして、人里離れた山奥で田畑を作り、共同生活をする。
 聖子の両親は、教祖の教えを全て鵜呑みにし、聖子に普通の少女としての感情や欲を持つことを厳しく禁じた。
 だがある日、突然、彼女たちをとりまく環境は崩壊した。
 教祖が、教えに疑いを持った信徒を折檻し、死に至らしめていたこと。
 また、没収した財産は、教祖が日ごろ言っていたように恵まれない人々に寄付していたのではなく、教祖自らの遊興費に当てられていたこと。
 それらすべてが発覚し、教祖と、彼のシンパだった数人の教団幹部が逮捕され、宗教団体は解散となった。
 聖子の両親のうち、父親は教祖の横領の手助けをした罪に問われ、母親は無理な労働がたたって、入院する羽目になった。
 だが、何よりも無残なのは――
 壊れてしまった聖子の心だった。
 聖子は精神科医やスクールカウンセラーの協力で、日常生活に馴染めるよう指導を受けることになった。
 だが、ここまで深刻なカルト犠牲者は珍しいこともあり、指導は困難を極めた。
 聖子の心は、教祖と両親の植え付けた暗示によって、鋼鉄の殻に覆われたようにかたくなに凝っていた。
「欲望を持つことは悪いこと。ただ働け、喜びを求めてはいけない。それは地獄に堕ちること」
 と――
 聖子は、同じ年頃の普通の少女達ならどんな生活をしているかということ、欲を持つのは悪いことではないということを説かれても、一切感情を動かさなかった。
 無欲といえば聞こえはいいが、無表情、無感動。
 ただ黙々と与えられるものを食べ、両親に教え込まれたお祈りをひたすら唱え、教団にいたころと同じように、決まった時間に寝て起きる。
 まるで少女というより、働きバチのようだ。
 これって生きているといえるのだろうかと疑問を抱いてしまうほど。
 思い悩んだ聖子の親族たちは、一計を案じた。
 それは、俳優たちを雇い、彼女の「友達」になってもらうこと。
 人々に感動を与える術に長けた俳優たちなら、会話や交流を通して、砂漠のように乾ききった聖子の心に「何か」を呼び覚ますことができるのではないかーーという、苦肉の策だった。
「どうかよろしく、お願いします。聖子にだって、幸せになる権利はあるはずです。あたしたち、藁にもすがりたい気持ちなんです」
 芸能プロダクションを尋ねた、聖子の叔母だという、まだ若いその女性は、頭を深々と下げた。

●今回の参加者

 fa0369 天深・菜月(27歳・♀・蝙蝠)
 fa0669 志羽・武流(21歳・♂・鷹)
 fa0680 七市一信(27歳・♂・パンダ)
 fa0911 鷹見 仁(17歳・♂・鷹)
 fa1339 亜真音ひろみ(24歳・♀・狼)
 fa1396 三月姫 千紗(14歳・♀・兎)
 fa1514 嶺雅(20歳・♂・蝙蝠)
 fa3341 マリエッテ・ジーノ(13歳・♀・小鳥)

●リプレイ本文

 時原聖子の叔母・小百合は小さな広告会社に務めているという。三〇代半ばの若い叔母である。小百合は、自らミニバンを運転して、依頼を受けてくれた志羽武流(fa0669)達を聖子のいる時原家へ迎えた。
「ざっと文献を調べてみましたが、『愛情を持って、根気よく接する。あとはカルトの教義をいきなり否定せず、色々な価値観があっていいのだということを示す』‥‥これに尽きるようですね」
 武流は、脇に抱えていた数冊の分厚い心理学書をぱらぱらとめくる。
「これ全部読んだんですか?」
 小百合が驚いているが、武流はこともなげに「心理学関係の本は趣味でよく読みます。それに台本と違って暗記しなくてもいいですし」と答えた。三月姫 千紗(fa1396)は、小百合に尋ねた。
「カルト以前の彼女って、どんな感じだったの? どんな遊びが好きだった?」
「ままごとが好きで‥‥活発な子でした。落ち着きが無いってあの子の母親が悩んでたくらい」
「きっと素直な子なんだね。その分沢山傷ついただろうな‥‥感情を無くすまでに、さ」
 千紗が大人びた横顔を見せて呟いた。

 ほどなく時原家に着いた。小百合は家の中へ一同を迎え入れると、聖子に引き合わせた。 
「聖子ちゃん、前に話してた叔母さんのお友達。気晴らしに聖子ちゃんを楽しませてくれるようにお願いしてあるのよ」
 武流たちが、小百合の友人という設定になっているらしかった。
 だが、聖子の顔はまるで能面をかぶったかのようだ。嶺雅(fa1514)が長身をかがめて小百合と聖子の手の甲にキスをする古風な挨拶を送る。大人の小百合の方がどぎまぎして一同に配るお茶をこぼしてしまったのと対照的に、聖子はまじまじと嶺雅を見つめているだけだ。嶺雅の繊細な横顔に、ピアスがつめたい輝きを添えている。
「あ、ピアス珍しいかな? 気になったら言ってね」
「別に‥‥」
 聖子は無表情に、ぽつりと答えた。続いて、七市一信(fa0680)が、
「どうもーっ、七市一信でーすっ! え〜、馬鹿馬鹿しい小話を一つ‥‥」
 聖子の無表情にもめげずにネタを仕掛けるが、聖子はもちろん無表情。
「ガーン! スルーですかお嬢さんっ! ‥‥えー、続きまして‥‥」
「あのっ、皆さん、お腹空いてません? 庭にバーベキューの用意をしてますので」
 すかさず立ち直る一信だが、痛々しさにたまりかねてか、小百合が一同を庭に連れ出した。
「一緒にお料理しませんか?」
 天深・菜月(fa0369)が誘いかけると、意外に達者な手つきで、聖子は包丁を使った。宗教施設で暮らしていた時、当番制で家事をやらされていたらしい。
「手‥‥荒れていますね。やっぱり野菜を切るのはあたしがやりましょう。痛そうだから」
 聖子は警戒の表情で素早く手を引っ込めようとしたが、スタントウーマンとして磨かれた反射神経で、菜月が聖子の手をそっと握り、労わる。一瞬だけ少女らしいはにかんだ表情が聖子の顔を横切った。
「大きい肉だな。それに柔らかい(じゅる)」
 千紗が嬉しそうに鉄板の上に肉や野菜を並べていく。
 が、聖子の反応は硬かった。
「楽しむためにモノを食べるなんていけないことです。せめて食べる前に、皆さんにもお祈りをしてもらいます。欲望のままに生きているといずれ地獄に堕ちます」
 一同を睨みつけるようにして言う。
「ちょっと待ってくれ。確かに、他人を不幸にするような欲ならいけないことだ。でも、幸せになりたいとか、誰かに幸せになって欲しいとか、そういう『欲』はけして悪くないと俺は思うんだ。聖子ちゃんも誰かに恋をすれば、好きな人には笑顔でいて欲しいって思うんじゃないかな。たとえばさ、俺もそうだけどつらいとき、恋人の笑顔を見れば‥‥あ、えー‥‥コホン」
 鷹見 仁(fa0911)が何を思い出したのか、赤面して咳払いをする。
「つまりだな、聖子ちゃんも何が悪くて、何が良いことなのかもう一度考えてみてくれないか?」
 仁が続けたが、聖子の表情は変わらなかった。
 ご飯と野菜のみを黙々と食べ終えると、聖子はさっさと自分の皿を片付け始めた。
「寝る前にゲームとかしない? インディアンポーカーとか‥‥って、駄目か‥‥」
 千紗が誘うが、楽しむことは罪悪という観念がまだ離れない聖子は、無視して寝室へ引き上げた。
 翌日。できるだけ普通の少女の生活に慣れさせたい、という小百合の希望を入れて、マリエッテ・ジーノ(fa3341)がショッピングに連れ出した。
 荷物持ちにとついてきた一信が相変わらずしゃべくりながら前を歩く。
「あっ、ハトが飛んでいる! 思わずハッとしたーーってどう? ‥‥あだっ」
 喋りに熱中しすぎて電柱に激突している。マリエッテも通行人も、噴出してしまう。
「あっちゃっちゃちゃちゃ〜笑われた〜って‥‥聖子ちゃんだけ笑ってないけど‥‥笑ってもいいのよ〜、他人を喜ばせるのが俺の喜び、う〜ん、Mちっくう〜」
「どうして皆さん、そんなに笑わせたいとか、私の生き方を変えようとするんですか?」 
「きっと‥‥それが自然な姿だからじゃないのかしら。無理はいつか綻びるもの」
 マリーの答えに、聖子がキッとなる。
「無理? 清らかに生きるのが?」
「ううん、聖子さんの全部が間違ってるなんて言わない。聖子さんは純粋で、そこがすごく素敵よ。叔母さんにお願いされなくても、心からお友達になりたいと思ってる。ただ、幸せを求めることは悪いことじゃないし、その方法はいろいろあるんじゃないかな。私は‥‥歌ってるときが一番幸せ。プッチーニのアリアとか、本当に綺麗なの。今度聞いてくれる?」
 マリーの言葉に、聖子は沈黙で答えた。ショッピングにも聖子は興味を示さず、手ぶらで帰宅する羽目になった。が、聖子はマリーの言葉で、カルトへのかすかな疑問がわいたらしい。その夜、聖子はお祈りを忘れて眠った。久々の外出で疲れたせいかもしれないが。  
 二日目、亜真音ひろみ(fa1339)が、ライブに連れ出した。
「聖子、今日一日あたしに付き合ってもらうよ、いいかい?」
 聖子は警戒しているようだったが、ひろみの物言いがストレートで嫌味が無いためか、意外に素直に従った。ライブハウスに集まる若者の人いきれと熱気に聖子は戸惑っていたが、ひろみが舞台に登場し歌い始めると、表情こそ動かないものの、じっと耳を傾けていた。
「たとえ力になれないとしても
僕には見過ごすことなんて出来ないよ
何が出来るか分からないけど
何かしなきゃいけないと思った
偽善かもしれないけど好奇心なんかじゃない
熱く動き始めたこの鼓動
君に伝えたい
冷めた心を暖めたい
僕の存在一つで君を救えるのなら
僕のすべてを否定されても構わない
ただ君の笑顔が見たいから
僕は唄い続ける 君に伝えたい言葉を」
 叫ぶような歌声。激しいビート。ひろみのしなやかな長身から生まれるそれに、ライブハウスの客達は酔ったように体を揺らしていた。
 ライブ終了後。
「なかなかの迫力でしたね。それにしても、人が多くて疲れたでしょう?」
 志羽武流の提案で、聖子とひろみ達は喫茶店に入った。大きなパフェが、ひろみの前に運ばれ、嬉しそうにひろみがスプーンをつきたてる。
 姉御風の外見と不釣合いな甘党っぷりに、同席した聖子達が思わず注目している。
「‥‥何見てんだよ? 女の子ってのぁこういう甘いのが好きなもんだ」
「焼酎のビール割りとか好きそうな顔して‥‥」
「やかましい!」
 ぼそっと呟いた七市一信のツッコミに、切り返すひろみ。そのやりとりに、聖子がほんの少し唇を緩めかけたような気がした−−ただの希望的観測かもしれないが。
「綺麗ですね、夜景」
 武流が窓の外を指差して言う。聖子はちらと見て、ほんの少しだが困ったような表情を浮かべた。
「よくわからない‥‥どうしてみんな、私の修行の邪魔をするの?」
「修行って、心を封じ込めて人とのふれあいを拒絶することですか? それで本当に心が磨かれるでしょうか? それとも、ひろみさん達が悪い人に見えますか?」
「わからない‥‥だから悩んでいるの」
「ゆっくりでいいんです。ただ走るのも一つのやり方ですが、立ち止まってゆっくり周りの景色を眺める生き方もあると感じてくれれば‥‥ほら、こんな風景は、綺麗だと思いませんか?」
 武流が風景や動物の写真集を貸してあげると、相変わらず無表情のまま受け取ったが、拒絶はしなかった。
 最後の日。
「少しは役に立てたでしょうか?」
 武流の言葉に、小百合が寂しげな微笑で答える。皆さんの影響で、少しだけ聖子が表情を取り戻したような気がする、と。
 どうやら大きな第一歩とはならなかったようだった。
 皆は小百合の心遣いで、タクシーに分譲して時原家を後にした。聖子は不思議な気持ちに襲われた。
 あの人たちが遠ざかっていく。清々するわ。あの人達はお祈りもしない罪深い人達。でも−−
 賑やかだったこの数日と、カルトにいた時の息が詰まるような日々が交錯した。
 能面のように硬いままの聖子の頬に、透明な粒が滑り落ちていった。
「聖子‥‥あんた、泣いてるの!?」
 車の中から、一信達が小百合の驚きの声を聞きつけ、振り返る。
「聖子さーん! 泣かないで! 私達ずぅっとお友達だからーっ! また会いに来る、約束するわ」
 マリエッテが叫ぶ。
 そして、待っているから。いつまでも。
 キミの心の扉が開くまで。