緋色の追憶アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 小田切さほ
芸能 2Lv以上
獣人 フリー
難度 やや難
報酬 2.5万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/24〜07/28

●本文

 妻が死んで一年がたつ。
 早いものだ。
 一年ぶりに、息子に電話をかけた。
「母さんの一周忌後に、彼女の追悼会を開こうと思う。ちょっとした趣向を用意して、母さんの魂に喜んでもらうつもりだ」と。
 〜〜〜
 妻にはずいぶん苦労をかけた。
 最初私達は、舞台演出家と衣装係という立場で出会った。
 仕事の縁が男と女の縁に変じたのは‥‥そう、化学変化としか言いようが無いほど、逆らうことも考えられない自然な流れだった。
 互いに既に妻、夫と呼ぶ相手がいたというのに。
 それでも妻は全てを捨てて、私の腕に飛び込んできてくれたのだ。
 再婚同士の結婚生活は毎日が燃えるジャングルを切り抜けていくようなトラブルに満ちていた。
 私の連れ子である息子は荒れ、私と妻を非難した。今も息子は私たちを許してくれてはいないようで、当てつけのように遠く離れた小さな村のホテルに仕事を得てそこで暮らしている。
 元妻はことあるごとに恨み言をいい、そのくせしょっちゅう私に金を無心した。私は憂さ晴らしに浮気をし、妻は酒に逃げ、あるいは私にむしゃぶりついて殴りかかり、ののしり、ありとあらゆる手段であがきながらも、ついに私達夫婦はいずれも、「別れよう」と言い出すことはなかった。
 とはいえ妻は疲れ、悔いたことだろう。
 それを妻は仕事への情熱に変えた。舞台衣装家砂原奈津子として、ひとかどの名をなすほどに。
 そして‥‥妻はいつしか死病にとりつかれ、一年前の今日、燃え尽きるように死んだ。
 この、私の手にある、一枚の布を染めたのが彼女の最後の仕事だった。
 
 燃えるほどに赤い、緋色の布。この布を私に渡すとき、
「貴方への思いが篭っているの。この布の扱いは、貴方におまかせします」
 やつれ果てた妻はそういってなぞめいた微笑を浮かべたものだ。
 〜〜〜
「趣向?」
 いぶかしげな息子の問いかけに、私は答えた。
「ああ、覚えているだろう。母さんが最後に染めた緋色の布。――役者を招いて、あの布をモチーフに寸劇や踊りを演じてもらう。母さんが思いを込めた布を舞台衣装や道具として使ってな。‥‥布は、舞台の上で八百屋お七の放つ火に変じるかもしれない。サロメが舞いながら脱ぐヴェールになるかもしれない。あるいはアネモネの花に変じる美少年アドニスの血というのも悪くは無い。いずれにせよ、このすばらしい緋色に恥じない役者達の演技が見られれば、奈津子への何よりの供養になる、そんな気がするのだ」
 気がつくと、私は夢中で喋っていた。
 妻を失って以来、腑抜けそのものだった私には珍しいことだった。まるでこの布に生き返らせてもらったようなものだ。私は久しぶりに、自分が「演出家・砂原敬三」であることを実感していた。
 その私の饒舌が功を奏したものか、どうか‥‥
 一周忌には出席するという意向を伝えて、息子の電話は切れた。
 息子はまだ気づいていないようだ。
 この布がこんなにも鮮やかな緋色なのは、染料の一部に、妻が自らの血を混ぜ込んだためだということに。

※補足事項
 モチーフとなる布は、エルメスの一般的なスカーフサイズと思ってくだされば丁度よいかと思います。あるいはバスタオルを半分に切ったぐらいのサイズ。
 切ったり縫ったり、大きさを変えたりせずにこの布をそのまま使って、自由に演技や舞を披露してください。
 一人当たり「寸劇」程度の時間枠(最長15分程度)であることを念頭においての演技プランをお願いいたします。
 たとえば「八百屋お七」を演じるなら、江戸に火付けをするハイライトシーンを時間枠内でということになりましょう。

●今回の参加者

 fa0634 姫乃 舞(15歳・♀・小鳥)
 fa1323 弥栄三十朗(45歳・♂・トカゲ)
 fa1401 ポム・ザ・クラウン(23歳・♀・狸)
 fa2662 ベルタ・ハート(32歳・♀・猫)
 fa2766 劉 葵(27歳・♂・獅子)
 fa2767 藍川・紗弓(25歳・♀・狐)
 fa4044 犬神 一子(39歳・♂・犬)
 fa4150 夕月 巳嗣(20歳・♂・リス)

●リプレイ本文

 目の前の男は、やつれているようだった。
 それなのに、笑顔はやけに明るい。何もかも洗い流したように明るいのだった。
「おぉ、お名前はよく目にするが、お会いするのは初めてですな」
 と、妻である砂原奈津子の追悼会に訪れた弥栄三十朗(fa1323)に握手を求める。
「名前だけでも知っていただいていたとは光栄です」 
 暑さの中でも大島紬をぴしりと着こなした三十朗は、その手をしっかりと握り返す。熱い手だった。
 砂原敬三の傍らに椅子があり、そこに件の緋色の布はかけられていた。
「成る程‥‥怖い位『赤い』緋色やね。奥さんの魂が篭っている緋色や、あだやおろそかに扱えへんわ」
 夕月 巳嗣(fa4150)は、そっとその布に触れ呟いた。
「妻がどんな思いをこの色に託したのだと思うかね?」
 敬三が巳嗣の目を覗き込むようにして尋ねる。巳嗣は躊躇無く応えた。
「奈津子はんは敬三さんに魂丸ごと惚れてはったんやなあ思いますわ。赤心言うたら真心言う意味もありますやん?」
「しかし私は到底よい夫ではなかった」
 敬三は呟く。
「それが愛の恐ろしいところだわ。ごめんなさいね恐ろしいなんて言って‥‥けれど本当の愛には恐ろしい部分もあると思うの。病と同じように防ぎようがなくて、取り憑かれたら最後自分の意思ではどうしようもなくなるわ。‥‥なんて、独身の私が言うのは変かしら」
 ベルタ・ハート(fa2662)の言葉に、観客の一人は笑った。
「フフフ、ご謙遜。恋多き女ならではの分析だ」
「いや、今の言葉を聞く限り、噂に聞く貴方の「恋多き女」ぶりは本質ではあるまい。本当の貴女は一途で、それゆえに本当の愛におびえて踏みとどまっている」
 砂原は静かに、観客の言葉を否定した。

◆ 緋色〜狂気・炎
「それでは第一の演目を始めて頂こう。この緋色は「狂気・血」の色だ」
 砂原敬三の声で、弥栄の演目が始まった。

 弥栄は一途に完成された美を求める陶芸家であった。好事家には垂涎の的である自らの作品を、怒りと共に地に叩きつける。
「‥‥違う! 私が求めているのはこんな緋ではない。もっと、こう、人に訴えかけるような、燃えるように鮮やかな緋の色なのだ!」
 弥栄はうずくまり、破片をうつろに見つめる。
「何が足りないと言うのだ? 
 古文書も紐解き、様々な土の組み合わせも試し、考えられる混ぜモノも試した。私の力の及ぶことはすべて試したというのに、一体何が足りない‥‥私に出来ないはずはないのに‥‥」
 陶器の破片で傷ついた指から、赤い血が流れ出る。弥栄は憑かれたように見つめ、やがてその瞳は熱っぽく、狂気の輝きを帯びてゆく。緋色の壁掛けがその目の前にある。
「纐纈布! なぜ忘れていたのだ? この色こそが私が追い求めていた緋の色そのものだと言うことを。 古の中国に人の生き血を絞って、染めし纐纈布なるモノがあったと聞く。それは燃えるように赤い色をしていたと言われる。なぜ気付かなかったのだ?」
 嬉しげに、素焼きの陶器の上で自らの首を掻き切り、血を陶器に注ぎーー倒れる。

「皆さん、弥栄氏に拍手を‥‥いや、いかに狂気の人物になりきっていたとはいえ素顔の弥栄氏は常識人。怖がらずとも大丈夫ですよ」
 次なる緋色は「炎・愛燐」の色。演じるは、劉 葵(fa2766)・藍川・紗弓(fa2767)のコンビである。

 紗弓演じる女性は、劉に恋している。だが幼い頃から愛を与えられず育った。愛すれば裏切られるだけだった。だから。彼女にとり、共に破滅することが愛、なのだった。
「今日は何を燃やそうか」
 紗弓は呟く。その手の紅いスカーフは炎となる。今の紗弓は連続放火犯なのだった。
「連続放火か‥‥」
 場面が変わり紅いスカーフをネクタイにした劉が新聞紙を広げ呟く。ネクタイを解き、炎のイメージでゆらゆらと揺らす。一方、劉への愛は高まるが、屈折ゆえに伝えられない紗弓。
「ならばいっそ、貴方を燃やそうか」
 呟いた紗弓は劉の家に放火。自らも炎に巻かれてゆく。同じく炎に巻かれる劉と邂逅し、お互い心の底で惹かれあっていたことに気づく。
「炎の色は高温ほど見えなくなるものだから‥‥想いに色があれば、君にもこの心が伝わったのに」
 炎の中に消える恋人達。

「舞台の見せ方を心得ているな。場面を転換するごとに緋色の布をやり取りするとは」
 砂原が嬉しげに呟いた。
「だが、もっと洗練されたものにするとしたら、炎に憑かれた女性の狂気の表現を入れてはどうか。炎を見て童女のように喜ぶとか。でなければなぜ愛していながら放火に走るのかが、舞台表現では多少分かりづらいかもしれないね」
 客席からそんな声が上がった。これも舞台関係者らしい。
「まあ演じているのが幸福な恋人達だから、狂気よりも愛の表現が冴えていたのは無理も無いがね」
 砂原はそんな風に締めくくった。

◆ 緋色〜悲・愛
「次の緋色は『愛憎』の色。愛は激しいほど裏切られた時の憎しみもまた強い」

 ベルタ・ハートの一人芝居である。緋色の布を首筋に巻いて、一人台詞語りとパントマイムで、現れた男に別れを切り出される女を巧みに演じる。
「どうしたの? あなたが時間前に来るなんて」
 椅子を用いず、姿勢だけで座っている様子を表現するパントマイム。舞台慣れした客達は「ほう」という目で彼女を見直している。艶な容姿だけで勝負する女優ではないらしい、と。
「この間一緒に歩いていたわね、取締役のお嬢さま‥‥話というのはそれなんでしょう? 出世の糸口を掴んだからお前は邪魔になったとはっきり言えばどうなの?」
 皮肉っぽく落ち着いた口調が次第に狂気を帯び激しくなっていく。
「で、世間知らずのお嬢様をどんな風に口説いたの? 貴方のことだから優しい言葉、キス、そりゃ至れり尽くせりだったでしょうね‥‥いいえ、違うわね。手っ取り早くベッドに連れ込んだ‥‥そんなとこかしら?」
 怒った男に殴られ、ベルタは思わずナイフを男に突き刺す。食事用の小さなナイフに緋色の布を巻きつけ、鮮血を表現。
「違う‥こんな‥‥‥私、どうして‥‥私、笑って‥‥笑って‥おめでとうって‥‥」
 ナイフを落とし、呆けたように、擦り切れたレコードのように繰り返すベルタ。布は床に広がり、男の出血量を不吉に表現する。ベルタは緋色の布を再びうなじに巻き、崩れるように自らも倒れーー幕。
 
「次も『愛』の色だ。しかし愛の違う側面‥‥『慈愛』だ」

 夕月の一人芝居。
 俗に赤紙と呼ばれる召集令状を受け取り、若い妻を残し出征する男。送られた戦地で、無残な戦況を目にしながらも妻達と祖国を守るためと信じ必死に生きる。が、男は戦死。緋色の布で血を表現し倒れる夕月。だが幽霊となりゆらりと立ち上がる。軍服姿の胸から血の布を垂らしたままで。
 魂だけの存在となった夕月は妻のいる家に戻る。戦死の報は既に妻に届いており、妻は泣き崩れている。夫と自らの赤い戒名が書かれた位牌がある。亡夫の墓碑に、生存中の妻が自分の戒名を並べて刻み込むとき朱を入れておく風習があった。
「赤い信女‥‥ごめんなあ未亡人にしてしもうて‥‥せやけどなんでやろ、嬉しいねん。お前がずうっと俺の思い出をまもってくれる証拠みたいで嬉しいねん」
 妻への愛と、今はもう触れ合えない寂しさ‥‥けれどもその中にある一抹の安心に揺れ動く夕月だった。
 だが、戦争が終わり、未亡人は新たな恋人を得る。それも、夫の友人だった男が慰めるうちに、という、夕月にとっては切ない状況であった。
 煩悶し、自分は死んだのにまだ生きていてしかもその生を心行くまで味わう二人を恨み、嫉妬し、いっそ妻を呪い殺そうとさえ思う夕月だった。‥‥だが、
「‥‥いや、できへん‥‥そんなことできへんわ。生きている間、お前は俺にたくさんの幸せをくれたんやものなあ‥‥お前の思い出を抱いて死ねる俺はやっぱり幸せ者かもしれへん。ありがとう‥‥新しい幸せ掴みや。さいならやで。永遠にさいならや」
 包み込むように妻を見つめ、昇天してゆく‥‥
 ◆
「次はエスパーニャ・カーニのテープだったな。AV機器はお粗末だが、部屋の反響具合が悪くないのは助かる」
 小道具の用意に余念がない犬神 一子(fa4044)は、客席から少し離れた会場の隅で、舞台効果に使われる音楽を用意していた。ふと気がつくと、若い男が興味深そうに傍らに立ち、一子の手元を見つめている。
「それ、さっきの陶芸家の一人芝居に使った陶器の破片ですね」
「ああ。舞台上で砕いて破片を飛び散らかさないよう、あらかじめ割っておいて、軽い衝撃ですぐ割れるよう接着剤で貼っておいたのさ‥‥おまえさんも舞台関係の人かい?」
「いえ。舞台はずっと嫌いでしたから」
「そりゃおまえさん、人生の半分以上損しているね」
 一子はあっさりと言った。
「そうでしょうか。僕は舞台に人生を狂わされたんだ。僕は舞台が嫌いです‥‥舞台に関係する何よりも一番‥‥父が嫌いです」
 若者の目は、客席の一番前で熱っぽく舞台を見守る砂原敬三に向けられていた。
 ◆
「次の緋色は『生命と死』です」
 次の出演者、ポム・ザ・クラウン(fa1401)は闘牛士の服装に身を包んで表れた。
 帽子を脱いで一礼すると、
「闘牛場。それは生命が何より素晴らしく、情熱に満ちた存在かを再確認できる場所。サンタマリアよ、照覧あれ。では皆様をムレタと剣の場にお連れしよう」
 ムレタに見立てた緋色の布を操りつつ。そこに既に槍が刺さり、手負いの凶暴さをはらんだ雄牛が怒り来るって責めてくるかのように後退し、かわし、走る。
 BGMのカスタネットのリズムがその動きを追い上げる。
 ポムは軽い動きで雄牛を誘い、紙一重の動きでかわして見せ‥‥が、軌道の読みが外れた。雄牛の角で突き上げられ、地に倒れる。血を見て尚更興奮した雄牛は猛り、ポムめがけ走ってくる! が、一瞬早く、ポムもまた雄牛めがけて槍を突き出していた。
 ポムは傷口を押さえて立ち上がり。
「美しい死。それは「真実の瞬間」と呼ばれている」
 優雅に一礼して見せた。
 手渡された牛の耳を高く掲げながらーー

 最後の出番は、姫乃 舞(fa0634)だった。
 緋色の布を丸く巻きこみ、薔薇に見立てる。床に置いたそれを、頼りなげな足取りで歩み寄り、摘み取るように持ち上げる。
「あなたは今年もこんなに綺麗に咲いてくれたわね。でも、私はもうあなたの咲く姿を見る事はないでしょう。私が天に召されても、あなたは綺麗な花を咲かせ続けてね」
 ふと、視線を天に向け呟く。
「あの人と娘達を残して行かなければならないのだけが辛いわ。あの娘達、寂しがって泣いたりしないかしら。でも、大丈夫よね。あの娘達はとても良い子だもの。きっと、これからも家族で支え合って生きて行ってくれるわよね」
 再び薔薇に視線を落とし、しっかりと胸に抱きしめる。
「あの人にも、いつかはまた愛する人が出来るでしょう。それで良いの。でも、忘れないで。あなたの事を愛した私のことを。この薔薇が咲く度に思い出して――」
 
 砂原敬三は舞台を見ていなかった。あるいは舞の演技が妻の姿と重なり、見ていられなかったのかもしれない。彼は顔を覆って呟いていた。「奈津子‥‥」と。
「川原奈津子先生のご冥福をお祈りいたします」
 舞が一礼して舞台を降りる。
 緋色の布が川原の手に戻る。川原はまるで赤子を抱くようにそっと、大切そうに受け取った。
「奈津子、どうだ楽しんだか? ‥‥なかなかバラエティに富んでいたろう」
 生ける妻に対するごとく、話しかけながら。
 ◆
「終わりましたね」
 舞台の終わりを見届けて、父と視線を合わそうともせず若者は立ち去ろうとする。一子が淡々と呟くように言った。
「一ついいかい? ‥‥人生を狂わせるものなんて何一つない。誰もが人生の脚本家で、演出家で、主演俳優‥‥時には裏方すら自分でつとめなくちゃならない。そう考えりゃ憎しみで自分をすり減らす余裕なんてないだろう」
 若者は、立ち止まった。その言葉をかみ締めるように。

 「緋色」は平安時代、「思いの色」と呼ばれ、熱き思いをあらわす色だったとも言う‥‥