樹影〜西行法師異聞アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
小田切さほ
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
難しい
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報酬 |
3.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
08/28〜09/01
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●本文
舞台「樹影〜西行法師異聞」では、ただいま出演者を募集中です。
この舞台は、百人一首にも収録されている
「なげけとて 月やはものをおもはする かこちがほなるわが涙かな」
や、
「願わくは 花の下にて春死なむ その如月の望月の頃」
といった和歌で知られる著名な歌人・西行法師の伝説を基盤にした幻想的なストーリーです。
あまりにも人間的な心を持つがゆえに苦悩し、私心を捨て無の境地を求めようとした西行と、反魂の秘法により生まれた、心を持たぬ存在「樹影」。
その対照が織り成す物語に貴方も参加して見ませんか?
☆ストーリー☆
時は保延6年(1140年)。
朝廷の権力を一手に握る鳥羽上皇。その北面の武士として仕える佐藤義清(さとう・のりきよ)。鳥羽上皇の身辺を警護する彼は、鳥羽上皇の周囲の権力争いを目の当たりにし、人間の業の深さに思い悩んでいた。
ある日、鳥羽上皇を暗殺しようとした人物を斬り捨てた彼は、愕然とする。
それはかつての幼馴染であり、武士としての出世を助けてくれた友でもあった。
幼馴染はその後、鳥羽上皇に対立する崇徳天皇に仕える身となっており、政治上の敵である鳥羽上皇の暗殺を命じられたのだった。
土地をめぐる骨肉の争い、家族が彼にかける出世への期待。
すべてに疲れた義清は出家を決意する。
まだ23歳の若さであり、北面の武士というエリート職を捨てることに、家族は反発する。特に深く彼を愛する妻の真砂(まさご)は義清を思いとどまらせようと必死の説得を試みる。
だが義清の決意は揺るがなかった。友を斬り捨てた時の感触が手に生々しく残っていた。武術は心得ていたものの、優しすぎる彼に、敵を即座に切り捨てなければならない 北面の武士としての生き方は過酷過ぎた。
出家した義清は「西行」と名乗り、修行の旅に出ようとする。
出発の前に友を葬った彼の心に、ふと魔が差した。
やはり心にはひとかけらの現世への執着が残る。
この友が生きていたなら。
このように虚しさに取りつかれることもなかったかもしれない。
愛する妻を捨て僧として孤独に生きることもなかったかもしれない。
この友が生き返ってくれたなら‥‥
かつて貴族たちの月見宴の警護をした際、伏見中納言・源師仲(ふしみちゅうなごん・みなもとの・もろなか)が口にしていた「反魂の呪文」。死人を甦らせるというそれを、西行は口にしてみた。
たちまち死人の骨が集まり、動き出し、「ヒト」の形となった。だが生前の友とはまったく違う。青白い肌色をした無表情なそれは、姿はかつての友に似ているし、どうやら声は出し動くものの、まるで心の無い「生きた人形」そのものだったのである。
驚いた西行は師仲を尋ね、訳を尋ねる。
師仲は応えた。
「死人を荼毘に伏す際、香木をくべたろう? 香木はあまりに清らかで、人間のなまなましい心を甦らせる妨げになるのだ。ただし、この生き人形をちゃんとした人間に変える方法がないわけではない。
次の新月までに、この生き人形に『この世のものとは思えぬ程美しいもの』を見せるのさ。
至難の業だがやってみるか?
それとも、この死人をもういちど斬って今度こそ永久に眠らせてやるか?」
友を二度殺すことなどできない。
西行は生き人形を「樹影(じゅえい)」と名づけ、人間に変えてやると誓った。
定められた期間は約20日間。
西行は師仲の勧めで、彼の荘園内でしばらく樹影と共に暮らし、樹影に人の心を宿らせるべく、「この世のものとは思えぬ程の美」を見せようとするのだが‥‥
☆募集キャスト☆
●西行(俗名:佐藤義清)(1118年生〜1190没)‥‥優しすぎる心故に現世での成功を捨て、無の境地を求めようとする。和歌の達人
●伏見中納言・源師仲(1116生〜1172没)‥‥有力貴族のボンボン‥‥もとい貴公子。自らの欲望に忠実で、それを叶えるために呪術や武術など、さまざまな知識を持っている
●真砂‥‥義清の妻。義清の心を理解しながらも、妻として共に暮らすことを願い、出家の旅に出る彼の後を追う
●樹影‥‥西行が心の迷いから作り出してしまった人造人間。心を持たない
※上記以外のキャストは確定しておりません。西行を恨む他の武士(荘園の権利争いで骨肉の争いすら耐えなかった時代です)、師仲の愛妾など、自由に考案の上、ご応募下さい。
エキストラや脇役などが足りない場合はNPCを適宜追加したいと思います。
舞台ですので設定年齢等はある程度フレキシブルに対応できるかと思います(あんまりな無理は禁物です)。
※歴史上の(後世に伝えられているところの)事実や伝承をベースに、フィクションを加えた舞台となります。ガチに歴史を意識するものではないです。
※「樹影」の性別は未定です。
※主要人物中、「真砂」の設定は完全なフィクションです。
●リプレイ本文
●衣装合わせ
舞台「樹影」のリハーサルを控えた舞台裏。
「今回の舞台、照明の明度を少し抑えてあります。ドーランは濃い目にお願いしますよ」
弥栄三十朗(fa1323)がメイク係に指示を与えている。
「やっぱりハゲヅラなのか‥‥」
西行法師役のラリー・タウンゼント(fa3487)が重大決意というようにため息をつく。より西行らしく見えるように、既に碧い瞳はコンタクトレンズで黒目に変えて黒い僧衣をまとっている。仕上げに髪をワックスで固められ、剃髪の鬘を載せられる。その途端。
「きゃーっラリー君が若くなったー♪」
「野球少年みたい〜」
ヘアメークの女性や衣装係がラリーの姿を見て騒ぐ。同じく香木色の狩衣に着替え中の椿(fa2495)がラリーを見ておもむろに携帯電話を取り出す。
「ちょっ‥‥椿、何携帯写真撮ってんだよ」
「珍しいモノ見たから写メールだヨ♪」
「こらこら椿、接近撮りは失礼だろ。‥‥俺みたくこう適度な距離を持ってだな」
と千架(fa4263)も携帯のキーを押している。
「って、千架もかい!」
●樹影
時は鳥羽上皇の御世。表向きは鳥羽上皇の子たる崇徳天皇の治世だが、崇徳天皇には不義の子との噂が絶えず都には不穏な空気が漂っていた。
その都を、一人の若い僧が歩いている。僧はぐったりしている少年(=千架)に肩を貸し、ある貴族の館の門前を訪れた。
館の警備・供応・館の主の世話を取り仕切る舎人の信綱(=真喜志 武緒(fa4235))が応対に出てくると、若い僧は名乗った。
「西行(=ラリー・タウンゼント)‥‥いえ佐藤義清が来たとお伝え願いたい」
信綱の連絡で、すぐに館の主にして伏見中納言源師仲(=椿)が眠たげに西行を迎えた。
「一体どうしたというのだ、こんな夜中に‥‥しかも出家の姿とは」
「申し訳もありませぬ。この義清‥‥いや西行は師仲殿の真似をしてとんだ愚かなことをしてしまったのです」
西行は語った。その肩から下ろされた少年は、空ろに宙を見据え身動きもしない。
「私は師仲様もご承知の通り、北面の武士として鳥羽上皇邸の警備をしておりました。が、先日怪しい者が上皇邸に乱入しようとし‥‥私は捕らえようとしましたが抵抗され、思わず斬り捨ててしまったのです。その時、怪しい者の笠が脱げ、顔が見えました。その者は私のかつての友‥‥四条雪鷹と申す者でした。雪鷹は苦しい息の下から、私に謝りした。鳥羽上皇に恨みを抱く『あのお方』の命により上皇の命を狙ったと」
西行の語りにつれ、舞台上のバックスクリーンに一人の武士と、武士に斬られる少年の姿が映る。影絵の武士は、少年の骸を抱き、悲嘆にくれていた。
「それで出家の決意をしたと言うわけか。余程大切な友人だったんだね、家族が何より大事なお前が出家とは」
師仲は同情するというよりも面白そうに相槌を打った。
「雪鷹を葬り、その後修行の旅へ向かう予定でしたが、ふと魔が差しました‥‥いつか月見の宴で師仲様に聞いた『反魂の呪文』‥‥あれを私は呟いてしまったのです」
「まさか‥‥それが」
師仲はちらりと傍にいる無表情なままの少年を見やった。人形のように整った顔立ちゆえ、尚のことその動かぬ視線が不気味だった。
「そう‥‥私が甦らせた友人です。ですがどうしたことか、友の体は生き返っても、心は生き返らぬのです。どうすれば心が生き返るのでしょうか」
「やれやれ‥‥キミは優しすぎる。その優しさが余計な仕事を増やしていると気づかないのかねえ」
「戯言はおやめ下さい!」
「怒るな、怒るな。からかうと面白いところは変わっておらぬようだな、善哉善哉」
師仲は「この世のものとは思えぬ程の美」を見せれば、生き人形状態の雪鷹に心が宿ると言った。そしてそれまでの間、自分の荘園内に共に暮らしてみぬかと誘った。
「第一、そんな生き人形を連れて、出家修行とはいかんだろう?」
西行は申し出を受けることにした。
かつての友に近いながら、そのものではないその存在を、西行は「樹影」と呼ぶことにした。
なんとか「この世のものならぬ美」を樹影に見せようと、西行はさまざまに試みた。煌々と輝く深夜の月。師仲に頼み、珍しい唐渡りの秘宝を見せたこともあった。それでも樹影は面のように表情を動かさぬ。
「‥‥一向に‥‥響かぬ‥‥」
と、呟くばかり。
舎人の信綱とその娘・桜(=小明(fa4210))も協力を惜しまなかった。桜は樹影について「心の病で美しいものを見せれば治る」と聞かされ、師仲の秘蔵の菊の花を手折り樹影に見せようとした程。
「父様が丹精をこめて咲かせたお花です。この世でもっとも美しいと、私は思います」
だが樹影は心を動かさず、桜は哀しげにうなだれる。しかも。
「桜‥‥それは、師仲様の大切な花では‥‥!」
信綱に見つかって叱られる。
「案ずるでない。師仲様は美しいものが好きなのじゃ。花が無うてもわらわが居れば、何の不足があろう。の、師仲様?」
晴れやかな声が響く。師仲の遠縁に当たる藤原琴秀の娘・雨姫(=角倉・雨神名(fa2640))である。どうやら琴秀は師仲の妻にしたいと望んでいるらしく、しきりに言伝や贈り物などを雨姫に託して寄越す。かなりのお転婆で自分の美貌に絶対の自信を持つ雨姫に、師仲は苦笑しつつ接しているのだが。確かに近しい姫君の中でも際立って可憐なのだがあまりな自信過剰っぷりゆえ、師仲のよい玩具状態である。樹影のことを「心の病」と聞きつけ、
「何、心の病で美しいものを見れば治るとな? 待っておれ、今すぐ治して遣わす」
言い置いて奥の間を借りて引っ込んだ雨姫。間もなく、装いを凝らして再登場。
「どうじゃ? 樹影とやら? これ以上の美はあるまい、おーほほほ!」
「や、やっぱり‥‥俺は女性にきついことは言えぬ性質、西行頼む。キミは何せ歌詠みの名人だからね」
師仲も額を押さえて西行に押し付ける。
「師仲様っ‥‥私は既に出家の身、女性の自信を砕くなど僭越至極」
西行も冷や汗をかきつつ押し付け返す。だが樹影が全ての配慮を微塵に砕いた。
「‥‥一向に響かぬ‥‥」
「な、なぜなのじゃ〜」
よよよと横座りになり泣き崩れる雨姫。
と、そこへ‥‥
「お父様、綺麗な女のひとがお外で泣いておられまする」
桜の知らせに、信綱が見に行った。間もなく信綱はずぶぬれの美しい女性を伴って帰ってきた。雨に濡れたその顔を見て、西行は声を上げた。
「真砂‥‥なぜここへ!?」
それは西行の妻、真砂(=滝口まあや(fa4032))だった。突然出家すると告げられ、後にその仔細を知ったものの西行への愛ゆえ諦めきれず、後を追って来たのだと。
「武士をお捨てになるのは構いませぬ。私が貴方がもう傷つくことのないよう、全てお守り申しまする。夫婦でいられるなら、どこへでも‥‥どんな貧しい暮らしでも構いませぬ! 覚えておりますでしょう? 家族は皆貴方への嫁入りを反対したものを、全て振り切って私は貴方の胸に飛び込んだのですもの」
血を吐くように訴える真砂。
「帰れ‥‥帰ってくれ! 今の私には、もう現世の縁などわずらわしいだけだ!」
西行はわざと乱暴に真砂をつきのけようとするが、その手に力は篭らなかった。わざと真砂の顔を見ぬように出家の段取りをしてきた。見てしまった今は、思い出が次々と甦る。
女ながら能筆ゆえ公家の名家に仕えていた真砂。
高嶺の花と諦めながらも、和歌で思いのたけを打ち明けた。真砂の流麗な筆でその返事が届いた時の喜びといったら‥‥
『背の高いお強いお方と思っておりましたが、なんて美しい歌を詠まれること‥‥真砂はこんなに心震えたことはございませぬ』
西行の和歌の才能を引き出したのは真砂といってよい。
「ならば舎人扱いでも構いませぬ、お傍に‥‥! 貴方の傍で無うては、死んでしまいまする!」
真砂が西行の黒衣にしがみつく。心配した信綱が、面白そうに見守る師仲に何やら耳打ちをした。まあまあと師仲はようやく宥めに入る。
「まあ、真砂殿もここで眠るといい。客人をむげに帰すわけにもいかないだろう? にしても、罪な男だねキミは‥‥あっ、僧侶にこれは禁句だったか」
いっそ自分が心を無くしてしまいたいと、西行は空ろな目を見開いている樹影を見つめた。
(「心を取り戻すということは、本当に幸せなんだろうか‥‥辛いことばかりの世の中に」)
その瞬間、樹影の整いすぎた顔に、ちらりと陰りのようなものがよぎったのは錯覚だろうか‥‥
それぞれに悩みを抱え眠れぬまま、深夜が訪れた。と、館の外で何やら時ならぬ馬の足音と、異様な気配がした。まんじりともしなかった西行が様子を見に出た。
「さ、西行か‥‥も、師仲様、は‥‥?」
「雨姫様。どうされましたこんな夜半に」
「許してたも‥‥私は‥‥父上に命じられ師仲様を探っていたのじゃ‥‥うぅ」
苦しげに語る雨姫は、言葉を途切らせ、ふらりと倒れかかった。
駆け寄り抱き起こす西行の墨染めの衣が、雨姫の血で赤く染まった。
雨姫の父は、ずいぶん前に崇徳天皇側に寝返り師仲を監視していたと切れ切れに雨姫は語った。そして思い余った彼女は鳥羽上皇に父を密告し、父の怒りを買って斬られ、深手を負いながらも馬を駆り師仲へ最後の逢瀬に来たのだ。
「こ、この世の名残に、師仲様の歌を、聞かせてたも‥‥師仲様の声が‥‥とても好きじゃ‥‥」
あくまで誇り高く雨姫は求めた。西行は一人熟睡していた師仲を無理やり起こしてきた。促された師仲は今様を歌い始めた。
「遊びをせんとや生まれけむ」
雨姫が童女のような微笑を浮かべて瞳を閉じた時‥‥
いつも穏やかな信綱が珍しく駆け足で何やら知らせにやって来る。
知らせを聞いた鳥羽上皇(=弥栄三十朗(fa1323))が自ら牛車に乗り、師仲から事情を聞きに現れたのだという。
「間に合わなんだか‥‥哀れな娘よの」
牛車で庭先に乗りつけた鳥羽上皇は御簾を差し上げ、深々と息を吐いた。
「それにしても許しがたきはあの叔父子(おじご=崇徳天皇への蔑称)‥‥いずれ思い知らせてくれようぞ」
上皇の彫りの深い顔が憎悪に歪んだ。
雨姫は、師仲の荘園の一隅に手厚く葬られることになった。女房達や下男が弔いの用意をする様子を見守りつつ、
「あれが愛‥‥命を捨てても師仲様に生きて欲しいと‥‥私は‥‥」
庭の片隅で、真砂が一人呟いていた。
やがて一人旅支度をして、去ろうとする真砂を弔いの読経を終えた西行が見咎めた。
「真砂、どこへ行く?」
「真砂は目が覚めました。たとえ己を殺しても、愛する者を生かすのが愛‥‥ならば私も私の愛を殺しましょう。貴方と共に生きたいという愛を殺して、遠くから貴方を見守りましょう」
全てを洗い流したような美しい微笑を見せた真砂を、師仲が声を投げた。
「西行はお前の命、別れたら死ぬと言うていたのに、それでよいのか?」
「構いませぬ。涙を流しすぎて身が枯れ果てても、魂さえ生きておれば、花や月に宿り義清‥‥いえ西行様に会うことができましょう」
真砂はあくまで笑顔だった。
西行は思わず、真砂を強く抱きしめた。
「‥‥いつまでもお達者で‥‥」
「真砂‥‥いや、真砂様にも御仏の慈悲がありますように‥‥」
争い、ねじれ、疲れ果てそれでも愛を希う。人は醜い。なのに美しい。西行は悟った。
真砂もまた尼となる覚悟を決めたと。西行の唇を突いて、ひとつの歌がこぼれ出た。
「こととなく君恋ひわたる橋の上にあらそふものは月の影のみ 」
ともに月を眺めて夜を過ごす相手はこれからはもういない。孤独と共に眺める月がしみじみと冴え、心全てを支配されてしまいそうだ。
ことり、と背後で音がした。
樹影がそこに立っていた。
「どうした樹影‥‥!?」
樹影の頬につぅっと涙が伝う。
「お前‥‥」
心が戻ったのかと喜ぶ西行。次の瞬間、樹影は傍らに立つ師仲の懐剣をさっと抜き取った。
「待てっ」
懐剣を奪おうとした西行だが‥‥
樹影、いや雪鷹の突き詰めたような表情に手が凍った。
雪鷹は、刃でわが胸を深々と貫いていた。
「すまぬ、またお前を傷つけたな‥‥だが義清、俺はもう生きていてはいけないのだ。死んだ者が生き返りこの世の理を乱さば、いつかもっとお前を辛い目に合わせることになろう」
「なぜこんなことに‥‥雪鷹‥‥私こそすまぬ‥‥」
呟く西行に、一部始終を見守っていた師仲が飄々と言う。
「西行、キミの友人だ――心を得たならば生と死、何れを選ぶか分かりきった事だろう。
美しい心を得た『人』なのだからね」
「ではなぜ始めからそのように西行様にお教えにならなかったのです? きっと西行様は余計に傷つかれて‥‥」
詰め寄る信綱に、師仲は飄々と返した。
「私はな信綱、あの男の歌詠みが好きなのさ。不思議なことにあいつは悲しい出来事にあえば会う程、美しい歌を詠む。この一件でどんな歌を詠んでくれるのか、楽しみで仕方がないのさ。全ては遊びさ‥‥遊びをせんとや生まれけむ‥‥」
‥‥師仲の低く甘い声が今様を歌う。その声がゆっくりと遠ざかる。
西行役のラリーは花道を歩みつつ退場し、静かに経文を唱える。その声が、しんしんと染み渡る。
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時‥‥