そしてキミは虹になるアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 小田切さほ
芸能 1Lv以上
獣人 フリー
難度 やや易
報酬 0.7万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/01〜01/05

●本文

 こちらはNPO法人「虹を描く会」です。
 今回我々は、ある少女を主演にした舞台を企画しています。 
 その少女は、舞台の経験はありません。まもなく17歳になる、まったくの素人です。
 素人の舞台のために、なぜ芸能人の皆さんにご協力を求めているのか、その理由をご説明いたしましょう。
 我々の活動目的は、難病を抱えた少年少女の‥‥正確に言えば、死が間近に迫るほどの難病と戦う少年少女に、生きる希望を与えること。たいていの場合は、彼らの「夢」を叶えることです。
 6歳の少年の、「一日だけ消防士になる」願いをかなえたこともあります。
 その少女−−倉本里穂ちゃんは、おそらく20歳まで生きることはできないだろうと宣告されています。
 本人も、その事実を知っています。家族は隠しとおすつもりだったのですが、彼女はかなり聡明な少女でした。
 インターネットで医学情報を調べ、自分の病状と照合したりした上で、家族を問い詰めました。そして事実を知った彼女は苦闘の果てに、それを受け入れたのです。少女にそれがどれほどの苦闘だったのか、それは想像するしかありません。
 しかし里穂ちゃんは新たな戦いをはじめたのです。それは残された短い人生で、出来る限り自分の夢を叶えることでした。
 その一つが、今、我々が企画しようとしている「舞台」なのです。
 彼女の夢とは、「小さな劇場でいいから、本格的な舞台の上で、本当の芸能人と共演して、『シンデレラ』を演じること」そして、もうひとつ。
 それは「舞台の上で、キスを経験したい」ということでした。
 幼い頃発病して以来、病気治療に時間をとられ、恋愛経験もない彼女は、せめて舞台の上で恋を経験したいと思ったのかもしれません。幼い頃からの憧れだった「シンデレラ」と「女優」という夢とともに。
 本当なら心から好きな人にめぐり合い、その人とくちづけたかったことでしょうけれど、そのための時間が彼女に残されているかどうかがわからないのですから。

 以上が里穂ちゃんの希望です。
 シンデレラの原話をどのように脚色するかは皆さんにお任せいたしますが、里穂ちゃんの体力を配慮して、激しい動きのないものにしていただければ幸いです。
 劇場は彼女の居住地の小さな市民ホールになります。
 キャパシティはさほど多くないのですが、音響などの設備は悪くありません。
 念のため、里穂ちゃんの衣装の襟部分に隠しマイクをつけることもできますので、彼女の声量不足は十分補えると思います。
 観客には彼女が入院している病院の職員・医師の他、彼女と同じような病を抱えた少年少女もおります。
 彼らの体力や心理状態にご配慮いただき、難病と戦う彼らに希望を与えるような舞台にしていただければ、と願っております。
 そして何よりも、倉本里穂ちゃんに、素晴らしいキスの思い出をと、我々も希望してやみません。

●今回の参加者

 fa0430 伝ノ助(19歳・♂・狸)
 fa0797 桐原 燐太郎(14歳・♂・狼)
 fa0833 黒澤鉄平(38歳・♂・トカゲ)
 fa0911 鷹見 仁(17歳・♂・鷹)
 fa1234 月葉・Fuenfte(18歳・♀・蝙蝠)
 fa1276 玖條 響(18歳・♂・竜)
 fa1338 富垣 美恵利(20歳・♀・狐)
 fa2617 リチャード高成(22歳・♂・猫)

●リプレイ本文

 本番前の控え室。里穂は舞台化粧で別人のようになった鏡の中の自分を見つめていた。
「変じゃない‥‥でしょうか」
 おずおずと、着付けと化粧を手伝ってくれた 富垣 美恵利(fa1338)を振り返る。
「こら。背筋を伸ばしてって言ったでしょ? 貧しい少女でも、シンデレラはお姫様の気品を秘めてるの。それにわたくしの勝負口紅をつけてあげたんだから、絶対変なんかじゃないわよ」
 美恵利に注意され、慌てて里穂は精一杯背筋を伸ばした。確かに彼女に借りたローズ系の口紅も控えめな里穂を引き立てている気がする。
 ノックの音がした。
「よう、お姫さん。ドレスの直しがあがったぜ」
 美術スタッフの黒澤鉄平(fa0833)だ。目つきが鋭く肉食獣ぽい感じだが、どこか暖かくて里穂は好感を持っていた。
「ありがとうござ‥‥うわぁ!」
 最初に見せられたデザインよりも、さらに華やかになっている。オーガンジーのコサージュがたっぷりスカートに縫い付けられて、病にやつれた里穂でもぱっと華やかになりそうだ。
「サイズ直しのついでにちょっとバージョンアップしといたぜ。ビデオ撮りに張り切ってる『虹を描く会』の皆さんのリクエストもあったんでな。あと、靴はデザインはそのまま、疲れないようにラバーで厚底にしてある。どうだ、軽いだろ?」
「あ‥‥あ‥‥」
 感謝の言葉に詰まった里穂は、鉄平の胴にぎゅっと抱きついた。
「おいおい、王子様を間違うと、鬼監督にどつかれるぜ?」
 鉄平はおどけて言いながら、里穂の髪をそっと撫でた。背後から鷹見 仁(fa0911)の厳しい声が飛んだ。
「里穂、そろそろ舞台袖に行っておけ。伝ノ助はもう立ち位置にいるぞ。それから食事は取ったんだろうな」
 噂をすれば何とやらだなと笑って鉄平は去っていく。
「それが‥‥緊張し過ぎているみたいでのどを通らないの」
 美恵利の言葉に、仁は厳しく、
「言ったはずだろう。万全の態勢で舞台に立つこと。それが舞台に立つ者の心得だ」
 よく冷えたゼリー飲料を手渡し、これだけは口に入れておけと指示した。
「ジンって、優しくする前に一言叱るんですね」
 里穂はくすっと笑ってゼリー飲料を飲んだ。意外に鋭い里穂に、美恵利も思わず苦笑する。
 いよいよ、後数分で本番である。

 ◆

「舞踏会へわたくし達と一緒に行きたいですって? はん、生意気な。こんな灰かぶり娘、どこへ連れて行けるものですか」
 舞台上では控え室と打って変わって憎憎しく継母を演じる美恵利。姉役の月葉・Fuenfte(fa1234)も同様である。
「ほうら、この辺りがまだ汚れていてよ? ほんとに掃除もちゃんとできないなんて恥ずかしい子ね」
 と、去り際に靴のかかとでバケツを蹴飛ばす憎まれ役ぶり。自分と一歳しか違わない月葉もプロなのだと里穂は内心感心してしまう。
 一人、置いてきぼりのシンデレラ(里穂)を、ペットのネズミ役の伝ノ助(fa0430)が慰める。
「いつも大変っすね〜、おいら手伝うっすよ。って、イテ〜!」
 わざとほうきにつまづいて派手に転んでみせ、客席の子供達から笑い声が上がった。病身のためパジャマ姿の子も多いが、目を輝かせて舞台に見入っている。小柄な伝ノ助のネズミの着ぐるみ姿自体も、本物の動物と接することのできない病身の子供達を惹きつけたようだ。
「まずは暖炉の灰を掃除しなくちゃ‥‥あら?」
 暖炉をのぞくと、ドライアイスの煙が立ち上り、中から新米魔法使い役の桐原 燐太郎(fa0797)が現れる。
「けほ、けほ‥‥ぼ、僕は怪しい者じゃあありません。たっ、ただの見習い魔法使いです」
 燐太郎の緊張気味のせりふがかえってそれらしく、客席がどっと沸いた。
 いじめられているシンデレラに同情して魔法使いは魔法をかけ、ドレス姿に変える。だがその魔法は未熟なため12時までしか効かないのだと説明する。
「僕はあくまできっかけを作ってあげられるだけ、後はシンデレラさん次第です。だけど大丈夫、どんなに苦しくても負けないシンデレラさんならきっと幸せを掴めますよ」
 病と闘う里穂の励ましになればと力を込めた燐太郎の台詞に、里穂はあたかもシンデレラが乗り移ったかのように力強くうなずいた。
 魔法使いとネズミに送り出され、舞踏会場へ向かうシンデレラ。続いて王子が彼女を見初めるシーンである。
「私と‥‥踊っていただけませんか?」
 手を差し伸べた玖條 響(fa1276)を見た里穂の心臓がきゅんと踊った。金モールをあしらった純白の衣装が響の端正な表情に似合う。まして凝り性の黒澤鉄平が丹念に描いた書割やシルエットで巧みにあしらって作り上げた、夢のような舞踏会場が背景である。だがときめきすら里穂の病身には負担となるのか、里穂の体から一瞬力が抜けそうになった。とっさに、王子の横にいた大臣役のリチャード高成(fa2617) がアドリブで支える。
「おっと、お待ち下さい。この娘、身分は確かなのでしょうな? 王子様、早くお妃候補を選んでいただけませんと困りますぞ」
 と、シンデレラを観察するふりで、そっと里穂を支え、大丈夫か、とたずねる。里穂は思い出した。稽古の時、高成が言った言葉である。
『舞台とは、一発勝負でやり直しの効かない一期一会だ。だがそれだけに、観客や共演者、スタッフ‥‥皆の心に永遠に残る物だ。だから君も、心から真剣に舞台を演じるならば、永遠に生きるのと同じなんだ』
 大丈夫、と里穂は低く答え、驚くほどの気力で姿勢を建て直し、響に自分からにっこり手を差し伸べた。
 響も、ぎゅっと力を込めて握り返す。二人は踊る。里穂に負担をかけぬよう、ごくゆるやかなダンスである。だが短い間で響が手を離す。これも里穂のための演出だった。
「ダンスは、本当は嫌いなのです。宮廷ではダンスがうまい女性が貴婦人らしいと褒められますが、話の楽しい女性が私は好きです」
「まあ、それでは私なんて王子様はお嫌いになってしまうかも‥‥だって私、お友達はネズミさんしかいません。得意なことはお裁縫にお料理、お掃除に庭の花を育てることですもの」
「ネズミですって?」
 王子はシンデレラに興味を持ち、その細やかな気配りやネズミさえ慈しむ優しさに惹かれていく。
「言葉の一つ一つ、こんなに心に響く女性は初めてだ‥‥シンデレラ、貴女をもっとよく知りたい‥‥できるなら独り占めにしたい。この気持ちを恋というのですね」
「でも‥‥そのお心も、この宴と同じで今だけ華やかで、夜明けとともに消えうせるのではありませんか?」
 響と里穂が見つめあう。そしてゆっくりと、どちらからともなく唇が近づく‥‥はずだった。が、響はきゅっと力を込め、里穂の肩を抱いて強く引き寄せる。
「あ」
 そして少しだけ乱暴でいて、初々しく性急なキス。アドリブだが、むしろ初めての情熱を伝えようと焦る王子の行動にはふさわしく、客席からため息がもれたようだ。
『驚かせてごめん、里穂さん‥‥でもせっかくの初めてのキスだから、型通りは嫌なんだ』
 そしてシンデレラが逃げるシーン。これも黒澤の指揮により、背景に張ったスクリーンに投影した映像で場所の移動を演出したため、里穂の体に負担をかけることなく場面は変わった。
 ガラスの靴を手に、王子様がシンデレラを探しに町へ出る。
 継母役の美恵利が、月葉をそそのかす。
「まあ、ガラスの靴が履けたら王子様の花嫁にですって!? いいこと、絶対にあの靴を履いてみせるのよ」
「もちろんよ、お母様」
 大臣達の目を盗み、靴に細工して花嫁になろうとする二人だが、 友達のネズミが、偽ってガラスの靴をはこうとする姉と継母の足に噛み付き、悲鳴をあげさせる。
「へへっ、そんなおみ足じゃあ、おきさき候補なんてなれませんよーだ」
 ネズミは大臣たちの足元を駆け抜け、わざと怒らせて追いかけさせ、台所仕事をしているシンデレラの姿を発見させる。
「あそこにもう一人娘がいるではないか。あの娘に履かせてみよう」
「あんな卑しい娘に!?」
 しかしもちろん、ガラスの靴がぴったりなのはシンデレラだけ。
「今度こそ、逃げないでくれますね?」
 響王子が、ドレス姿ではない、エプロン姿のシンデレラを抱きしめる。
「なんと素晴らしい‥‥私は今奇蹟を見ている! おおブラボー」
 大臣役リチャードが大げさに涙を拭い、終幕の笑いを誘う。
 フィナーレの音楽が鳴り、幕は下りた。
 里穂はふらりと、そのまま響の胸にもたれかかる。
「里穂さん!?」
「だ、大丈夫‥‥です。幸せすぎて‥‥」
 荒い息を整えつつ、里穂が微笑する。涙が次から次へあふれてくるのは、隠しようもなかった。その瞳は濡れながらも、響に吸い寄せられるように離れないのだが‥‥
「まっ‥‥まだ泣くのは早い! カーテンコールだ! それにその後、記念撮影!」
 仁が監督らしく叱咤する。自分もしきりに目をぬぐいながら。
 カーテンコールの後の写真撮影では、黒澤に贈られた花束を胸に、美恵利に肩を抱いて支えられた里穂が、プリンセスのように皆の中心にいた。
 そして言葉ではないやりとりで、皆が答えた。
 里穂は胸の内で問いかけた問いに。
 『私‥‥『永遠』になれたかな?』