泥棒貴族マノレスコ南北アメリカ

種類 ショート
担当 小田切さほ
芸能 1Lv以上
獣人 フリー
難度 やや難
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/10〜11/14

●本文

 舞台劇「泥棒貴族マノレスコ」では、ただいまキャストを募集中です。
 アメリカ開拓時代。時は19世紀、リンカーンによる奴隷解放宣言がなされて数年後。にもかかわらず、黒人を家畜同然に見なし奴隷同然の不当な労働を強制する輩が後を立たない。
 彼らに一杯食わせるため、知能犯の詐欺師が仲間達と立ち上がる‥‥そんなストーリーに、貴方も参加して見ませんか?

☆ストーリー☆
 そのサーカス団は、風来坊達の群れだった。身軽でひょうきんな軽業芸人。ロマの血を引く浅黒い肌の歌姫、そして信じられないほど器用な指先でカード奇術を見せる、貴族然とした風貌の美青年。
 彼らはいつのころからか、このアメリカ新大陸に上陸し、行き先々で、労働に疲れ娯楽に飢えた開拓民達に歓迎され、人気を博した。
 そしてその夜も彼らは昼間の稼ぎで一杯やりながら、野原に張ったテントの前で、火を囲んで陽気に歌いながら夜を過ごしていたのだが‥‥
「助けて! 誰か助けてぇ!!」
 突然、彼らの中に飛び込んできた黒人の娘。見れば服はずたずたに引き裂かれ、その下の肌にはムチの痕が痛々しい。焼け火箸を押し当てられたような火傷さえ目に付くではないか。
「こっちへ来な! 話は中で聞くよ」
 いち早く娘をスカーフでくるみ、テントへ運んだのはロマ(ジプシー)の歌姫オデット。自らも混血ゆえ差別に苦しみ、奴隷として酷使される黒人達に共感しているのだ。
 黒人の娘はしゃくりあげながら、アビーと名乗り、雇い主である商人コリーニに逆らい、殺されかけたのだと語った。
 アビー達は、コリーニの持つ広大な綿花畑で小作人として働いている。
 南北戦争以降「奴隷解放宣言」が出され、アビー達黒人はもはや奴隷ではない‥‥少なくとも、表向きは。だが、労働者であっても黒人労働者の多くは働いているその畑の作物を給料として受け取ることができるだけ。
 それが嫌だといって逃げ出せば労働契約違反として警察に捕らえられる。それを逆手にとったのがコリーニだった。
 コリーニはアビー達にまともな食事すら与えない待遇下に置き、たまらず逃げ出すものがいれば、すぐさま地元警察が捕らえられる。
 と、別な商人が待ってましたと言うかのように罰金を肩代わりする。
 当時の法律では、捕らえられた黒人は罰金を払わなければならない。
 だが、作物を給料代わりにもらうだけの黒人達が罰金など払えるわけがない。
 その罰金を肩代わりする者がいれば、否応無しに黒人はその者に引き取られるのだ。
 コリーニの畑でさんざんこき使われた後、用済みといわぬばかりに別な商人が、金で労働力を手にするという按配である。アビー達はまもなく、コリーニと警察、他の商人たちが打ち合わせの上、茶番を仕組んでいることに気づいた。
 つまりは、ていのいい奴隷売買であった。
「南北戦争のおかげで法律が変わって、あたし達はもう奴隷じゃなく、労働者のはずです! なのに‥‥ろくにもらうものももらえず、あげく奴隷と変わらないやり方で売買されるなんて‥‥!」
 そのことを問い詰めようとして、ムチでぶたれたのだとわっと泣き崩れるアビーに、軽業芸人のジェットが同情する。
「コリーニ商会といや、この辺で幅を利かせてる成金野郎だな。肌が黒かろうが人間にゃ変わりねえのに酷いことしやがる」
「ちょいとマノレスコ! 他人事みたいな顔してないで、なんとか言ったらどうだい!」
 オデットはテントの隅で悠々とトランプの一人占いに興じる貴族的な風貌の青年に向かって声を荒げた。
「いや、話は聞いていましたよ。なかなか興味深いお話だ」
 青年はアビーに向かって、貴婦人にするように優雅にお辞儀をした。
「黒曜石の瞳のお嬢さん。私は美しい人の味方です。どこの国の生まれであろうとね」
「さては何か企んでるね、マノレスコの兄貴?」
 ジェットが面白そうに口を挟む。マノレスコというこの青年、実は稀代の詐欺師である。元は貧しい東ヨーロッパ出身の孤児。少年の頃から器用で、サーカス団で奇術を見せていたところ、その美貌が裕福な貴婦人の目に留まり、拾われて愛人となり、貴族的マナーや乗馬術、フランス語まで仕込まれた。
 貴婦人の死とともに流浪の身となり、再びサーカス団に戻ってきた。
 贅沢好きの洒落者ではあるが、優雅な風貌に似ず、貴族の青年を装って貴婦人を誘惑して宝石を巻き上げる位はお手の物、俳優そこのけの演技力と天才的な口のうまさを持つしたたか者である。
「企むとは人聞きが悪いですね。
 私はただ、想像しただけですよ。
 コリーニとやらがそんなに綿花作りに労働者を費やしているなら他国に綿花を売るためには、さぞかし大きな船が入用でしょうね。例えばありもしない大きな船を買わせることにして、成金野郎からたんまり巻き上げたら面白かろうと、ね」
 いたずらっ子みたいな笑みをちらりとひらめかせ、マノレスコは飄々と言った。
「けど、コリーニみたいな腹黒い野郎が、話だけで金を出すかなあ?」
「フム、それなら船に乗せてやればよろしい。その大きな船にね。そして船室から燃料室まで案内し、信用させるのですよ」
「ええ? でも、俺たち船なんか持ってねえじゃ‥‥」
「近いうちに入港してくる大きな船とその持ち主を調べ上げ、コリーニを案内する間、持ち主は船をお留守にするよう細工する。
 その上で、私たちが船の持ち主に化けて、コリーニを案内してまわる‥‥というのはいかがかな? もちろん金を受け取ったあとは‥‥」
 マノレスコ、片目をつぶって笑ってみせる。
「合点だ兄貴、一幕ものの芝居ってわけだろ?」
 嬉しそうにジェットがはしゃいだ声をあげた。
「あたいにも手伝わせておくれよ!」
 オデットが目を輝かせて立ち上がる。
「では、一幕の喜劇、はじまりといきますか。‥‥お楽しみに、お嬢さん」
 マノレスコはもう一度、アビーに向かって優雅に一礼した。
 

☆募集キャスト☆
●マノレスコ‥‥優雅な物腰の美青年マジシャン。実は海千山千の詐欺師。
●ジェット‥‥軽業師。面白いこと大好きでマノレスコに心酔している。
●オデット‥‥ロマ(ジプシー)の血を引く鉄火肌の歌姫。

 ※上記以外のキャストは確定しておりません。自由に考案の上、ご応募下さい。
 悪役コリーニは特に希望が無い限りNPCが演じることとしたいと思います。他にもキャストが不足している場合、適宜NPCを追加する予定です。

 ※補足事項‥‥マノレスコの案は、いわゆる「籠脱け詐欺」(=関係のない建物を利用し、そこの関係者のように見せかけて相手を信用させ、金品を受け取ると相手を待たせておき、自分は建物の裏口などから逃げる手口の詐欺‥‥大辞泉より)となります。
 他にもいい手口があれば、ご提案下さい。できれば実際に小田切が使っても足がつかないような(略)。

●今回の参加者

 fa0361 白鳥沢 優雅(18歳・♂・小鳥)
 fa2573 結城ハニー(16歳・♀・虎)
 fa2712 茜屋朱鷺人(29歳・♂・小鳥)
 fa3066 エミリオ・カルマ(18歳・♂・トカゲ)
 fa3623 蒼流 凪(19歳・♀・蝙蝠)
 fa4622 ミレル・マクスウェル(14歳・♀・リス)
 fa4713 グリモア(29歳・♂・豹)
 fa4809 レナード・濡野(32歳・♂・蝙蝠)

●リプレイ本文

「希望役なしの人がいるとはねえ」
 ため息をついて舞台監督が白鳥沢 優雅(fa0361)を見る。
「何事も経験だから‥‥特に舞台でやりたいことがないなら、プロンプトでもやって見る?」
「あや〜、それでいいのっしゃ〜」
 と、優雅は安心した拍子に故郷訛りが出たらしい。ともあれ舞台はスタートした。熱意に欠ける面子がいたことで、芝居そのもののテンションが下がった危惧はあったが。

●第一場 酒場にて
 悪徳商人コリーニ(=グリモア(fa4713))が。粋な口髭など生やして見てくれは長身の、女好きのしそうなブルーアイの持ち主だ。
 だがその人柄は金遣いに現れると見えて‥‥
「ちっ、もっといい酒や女はいねぇのかっ! これだから南部は気に入らねぇ」
 札ビラをきって高い酒をかっくらう。
 と、そこへ一人の歌姫が登場した。
 赤いドレスを着こなして、聞いたことも無い異国の歌を歌うその女に、コリーニの目は惹き付けられた。
「肌の色が気に食わないが、いい女だな。流れ者か?」
 その女はぴくりと眉を動かしたが、
「そうよ。あたいはロマなの」
 嫣然と微笑を返した。と、コリーニの表情も興味ありげに動いた。
「ロマか。なら、船場の情報には詳しいだろうな」
「あたいの情報は高いわよ、ハンサムさん♪」
 そのジプシーの歌姫‥‥名はオデット(=結城ハニー(fa2573))といった‥‥は、耳寄りな情報を口にした。とびきりの火酒と引き換えに。
「新しい船の売り手がいないかって? ‥‥そうねぇ。この開拓国で、イギリスから渡ってきた貴族出身のお坊ちゃまが、大きな船に乗ってきて、その船を売り渡してその代価を元手に、大西部開拓で一旗あげようって目論んでるんだってさ」
「ほぅ‥‥イギリスから来たお坊ちゃまがな。西部にゃ金鉱があるし、うまくすりゃ一攫千金だって噂は聞くが‥‥」
「そうらしいわね。でも、そのお坊ちゃま、世間知らずの冒険家らしいわ。あぶなかっかしいったらありゃしない」
「ふぅん‥‥そんなお坊ちゃまなら、持ち掛けようによっちゃ、二束三文で船を手放すかもしれねえな」
「あら、何企んでるのかしらハンサムさん?」
 コリーニはさらにオデットに酒を注文してやり、それと引き換えにその「お坊ちゃま」に紹介してもらうよう持ちかけた。
「そのお坊ちゃまと話をするにゃ、どこへ行けばいいんだい」
「あら、ちょくちょくこの酒場に来るって話よ? 育ちはいいんだけど、トランプ賭博がやめられないんだってさ。西部開拓に乗り出したのも、賭博が過ぎて親に放り出されたって話さ」
「へえ‥‥そりゃあ、いい」
 コリーニの目がずるそうに光り、
 さて後日。
 同じ酒場に、りゅうとした身なりの青年が現れた。比較的小柄だが甘い声で物腰が柔らかく、酒場女がきゃあきゃあさわいでいる。
 マノレスコ(=茜屋朱鷺人(fa2712))と名乗るその青年は、品よく酒をたしなみ、トランプの賭けの相手が欲しいと愛想よく酒場の連中に持ちかけた。
 と、今日もその酒場にいたコリーニが名乗り出た。
「お兄さん、お相手しましょうか」
「これは有難い。ではよろしくお願いいたします」
 マノレスコは、イギリス貴族出身で、西部の開拓を志して渡米してきたのだと語った。
「ついては船を処分して、その金を元手にしたいのですが‥‥船の買い手を捜しているのですが、なにぶん大きすぎる船だもので、なかなか話がつかなくて困っているのですよ」
(「鴨が葱しょって飛び込んできたぜ!!」)
 コリーニの顔に、笑みが広がる。
「そりゃ奇遇だ。俺は大きな船が欲しくてねえ。どうです、ひとつ俺と取引といきませんか」
「有難い。親に大見得を切って渡米したものの、心細く思っていました。貴方のような大商人がいてくれるなら、心丈夫です」
 いかにもおっとりとお坊ちゃん風に、コリーニを信じた様子のマノレスコに、コリーニはわざと強い酒を勧めた。
 とうとう酔いつぶれたマノレスコに、一度船を検分させてもらうこと、そして何も問題がなければ、西部開拓の手伝いをする代わりに格安で船を引き取ってやる証文を書かせ、ほくほく顔で席を立つ。
 ちょうどコリーニに迎えの馬車が来たと知らせに来た、黒人の青年ケニー(=エミリオ・カルマ(fa3066))に上機嫌で命じた。
「おい、この兄さんの勘定も、ついでに払っとけ」
「えっ‥‥いいんですか?」
 脚に怪我をしたため、綿花畑での労働は出来ないが、下働きでこきつかわれているケニーは、いつもけちなコリーニの気前よさに、不審そうな表情を浮かべた。
「ああ、いいとも、上得意さんだからな。そのお方の顔をよく覚えとけ」
「はっ、はい」
 ケニーはコリーニが酒場を出ると、そっとマノレスコに自分の上着を掛けてやろうとした。
「いや、結構。君のご主人のおごりでだいぶあったまったようだよ」
 酔いつぶれていたはずのマノレスコがすっくと起き上がり、笑顔を向けたので、ケニーは肝をつぶした。
「わ‥‥っ??」
「ケニー君だね。アビー(=ミレル・マクスウェル(fa4622))から話を聞いたよ」
「えっ!! アビーは‥‥アビーは今どこにいるんですか?」
 ケニーの目の色が変わった。同じ奴隷同然のした働きとして働いている間に、ケニーは、アビーをにくからず思うようになっていた。
「大丈夫、彼女は私達のテントに寝泊りしているよ。おいしいシチューを作ってくれるので、重宝している。ひとつ頼みがあるんだが、彼女と一緒に私達の手伝いをしてもらえないかね?」
「それがアビーの望みなら、なんなりと!」
 ケニーは目を輝かしてマノレスコから、主人コリーニから大金を奪い取る計画を聞き、請合った。マノレスコは微笑を浮かべ、宣言した。
「では、諸君、ゲームを始めるとしようか? 少々のスリルを賭け金に、正当なる人々の権利と、若干の手数料を得る滑稽芝居だ」
 
● 第二幕 船「ジョン・スミス号」
「いいかい、俺たちの仕事は、マノレスコ兄貴がコリーニを騙してる間、船の持ち主の注意を船からそらしておくこった」
 マノレスコの弟分、軽業芸人のジェット(=蒼流 凪(fa3623))が言い聞かせると、コリーニの元から逃げ出してきた黒人少女アビーはこっくりとうなずいた。
 マノレスコ達から大金詐取の計画を聞いた当初は、
「お金をだまし取っても‥‥その分働かされるのはあたしたち‥‥みんな、コリーニの下で働くのはもう嫌なんです!」
 と首を横に振っていたが、さらにアビー達を逃亡させる計画をも含んでいると聞かされ、今はすっかりジェットたちを信頼している。
「船の持ち主はどうやら黒人差別反対派で、黒人も白人も差別なく、人を雇いたがってるって話。だから俺たちは、ひどい目にあっている解放奴隷たちを、正当な労働者として引き取ってもらいたいって持ちかけるのさ」
「では、今日が芝居のハイライトだ。頼みましたよ、二人とも」
 マノレスコに言われたジェットは、
「まかしといて欲しいでやんすよ兄貴。いざとなりゃコリーニの野郎の綿花畑に火を放って‥‥」
「そんな危険なまねはしなくていい。人を傷つけたり放火をするのは流儀じゃないのでね」
 マノレスコはコリーニを迎えに去る。そしてジェットとアビーは、そのまま港に残り、やがて大きな船の持ち主、ジョン・スミス(=レナード・濡野(fa4809))が現れると、すかさず呼び止めた。
「雇ってもらえませんか?」
 ジェットが近づくと、スミスは豪気そうな笑顔を向けた。
「しかし私の事業というのはただ働けるだけじゃ駄目なんです。人種の差別なく、働き手を求めているというのはそこなんですよ」
 スミスは、ヨーロッパの人々が産業が発展する一方、新しい娯楽にも飢えていると見込んで、大きな芝居の興行を打つつもりなのだった。
「例のストウ女史の小説『アンクル・トムの小屋』がずいぶん話題になっているでしょう? あれを舞台でやってみたくてね。黒人達の音楽にはなかなかいいものがあるし」
「そりゃあいい。このアビーちゃんの踊りはちょいとしたもんですぜ」
「そっそれにあたし、お料理なら自信あります! 興行中、みんなのご飯を作るとか、なんでもやります」
 アビーも必死に売り込んだ。
「しかし、今回はもう十分な人数が集まってしまっていてね。人と積み荷が増えると、燃料費がかかってしまうのだが‥‥」
「なら、あたし達が今まで働いていた畑で綿花が余っているので、それをついでにヨーロッパに運んでいただけませんか? 着いた先で綿花を売れば、いくらか足しになると思うんです」
「‥‥なかなかいい取引のようですね。それに、綿花の積み下ろしも君たちに請け負ってもらえるのなら、人手も増やさずにすむし」
 スミスはにっこり笑い、ジェットに握手の手を差し出した。
「ありがとうございます!」
 ジェットも笑い、手を握り返した。

 一方、ジェットたちがアビー達を雇ってもらう交渉でスミスを引き止めている間、マノレスコはコリーニを騙しにかかっていた。
 スミスが不在の間に、ジェットが盗み出したカギで船の扉を開け、コリーニを案内する手はずである。マノレスコは既に船の中に入って、コリーニを待ち受けていた。
「ジェットのヤツ、船のカギだけでいいといったのに、またこんなモノまで盗み出して‥‥これも元に戻しておかなくては。用事が増えてしまうじゃありませんか」
 マノレスコは、ジェットがついでに盗み出した大きな宝石を手品の要領ですっと船の操縦室の舵輪にひっかけておいた。
 間もなく、コリーニがケニーを従えてやってきた。
「‥‥いかがです、この船は? 最新型の蒸気船ですよ」
 しかも、酒で酔い潰し格安で売り渡すという条件なのだからとコリーニはほくそ笑み。
「そうですか、お気に召しましたか。‥‥しかし弱ったな。貴方の他にもう一人、この船に興味を示される方がおられましてね」
「‥‥そいつは困る!」
「私もですよ。お友達の貴方にお売りしたいのは山々なのですが、どうにも相手が悪くてね」
 マノレスコは、とある有名な南部出身者の政治家の名を口にした。
(「KKK団の幹部だってもっぱらの噂のある、強硬派じゃないか! 奴ら、逆らえば白人だって容赦なく私刑にかけるって噂だしな」)
 コリーニの逡巡をみとって、ケニーは慌てた様子で口を挟んだ。
「ご主人様より早く取引してしまう人がいたら、困るじゃないですか‥‥だって、もしグズグズしている間に、今年の綿花の出来があんまりよくないことがばれたら!」
 ケニーが思わず口走った風に言うと、コリーニが焦ってケニーを小突いた。
「やっやかましいぞこの役立たずが!!」
「おや、綿花の出来が悪いのですか? ‥‥私にあまり嘘をつかれないほうがよろしいですよ。今後もヨーロッパから続々と私たちの階級の人間がアメリカ開拓への投資に乗り出すでしょう。私も友人の悪い噂をふりまきたくはないが、貴族社会は噂の周りが早い‥‥貴方も今後の取引相手に難儀したくないでしょう?」
 マノレスコはあくまで品よく‥‥だが断固として脅しをかけ、コリーニは冷や汗をかきながら、当初つけた値段の数倍で船を買い取ること、綿花の積み下ろしは全てマノレスコの指示に従うことを契約した。

●第三幕 馬車は行く
 コリーニはまんまとひっかかった。マノレスコの指示により、綿花をすっかりジョン・スミス号に積み込んだ上、その代金は二束三文しか払われず‥‥なにせ出来がよくないことがすっかりバレ、マノレスコに脅されたので‥‥船の代金はたんまり払わされ、面白くないと言うので連日酒場に通いつめ、クダをまいているそうな。
 ジョン・スミス号の出航を見送るのもむかつくのでいくもんかと宣言しているそうで、つまりはすべてマノレスコの手の上で踊った格好である。
 そしてスミス号でヨーロッパに出発しようという日、ケニーとアビーはそろってマノレスコたちのテントに挨拶に訪れた。
「ありがとうございました。僕達は本当の自由を手に入れる事ができます」
「ケニーと‥‥マノレスコさん達のおかげです。あたし、頑張って歌って踊って、たくさんの人を楽しませたいです」
 ケニーとアビーが交互に言い、目と目を見交わしてにこりと笑った。
「しかしこれからが二人の正念場ですよ。慣れない土地と、舞台の仕事‥‥体には気をつけなさい」
「大丈夫です、一人じゃ無理だけど、二人でいれば。アビーと生きることが出来るのなら‥‥そこがどこであれ、僕の幸せな場所ですから」
 ケニーは言い切って、アビーはそんなケニーを頼もしそうに見上げた。
 二人と別れを告げたマノレスコたちも、出立の準備をした。大きな詐欺を終えた今は、旅立ちのときだった。
「あんなふうに、自分の思いを素直に口にして見たいでやんすよ」
 ジェットは恨めしそうにちらりと、相変わらずトランプ占いに興じているマノレスコを見やった。
 ジェットは実は男装の少女である。軽業をするには男でとおした方がいいというので、育ての親が男として育てたため、いまだに男口調と男装が抜けないのだ。
 そのせいで恋をうまく伝えるすべも持たない。
「ん? 何か言ったかジェット?」
「べーつーに!!」
 ジェットは真っ赤になって、横を向く。
 二人のやり取りを聞いてか聞かずか、オデットはドレスの裾をたくしあげて御者席に乗り込むと、
「これでこの街の悪を仕留めたって事ね、でも世界にはまだまだ巨大な悪がはびこっているわ‥‥ハイヨー!」
 ムチをぴしりと鳴らし馬を急がせた。
 馬車はゆるやかに奔り出したーーーー