特命霊能捜査官〜学園編アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 小田切さほ
芸能 4Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 やや難
報酬 17.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 12/05〜12/09

●本文

 TOMI TVがお送りする特撮ホラーアクションドラマ「特命霊能捜査官〜学園編」では、ただいまキャストを募集中です。
 名門学園に伝わる怨霊の宿るカッターナイフの噂。その調査に警視庁に極秘に存在する霊障事件専門の捜査官、特命霊能捜査官が挑む。しかし学園という大人の入り込めない一種の「聖域」への調査は難しく、やむなく霊能捜査官達は、十代の霊能捜査官訓練生を転校生として送り込み、真相を調査させることに‥‥そんなストーリーに、貴方も参加してみませんか?

☆ストーリー☆
 名門として知られるその学園には、密かに伝えられる噂があった。
「『のりこ』のカッターナイフ」の噂。
 『のりこ』とは、数年前、陰湿ないじめを受けていたこの学園の生徒の名である。
 その『のりこ』は、作文の才能があった。彼女の作文が全国作文コンクールに入賞し、彼女は全生徒の前で表彰されるはずであった。だが、もともと大人しい彼女は入学時からいじめにあっており、『のりこ』の名誉をねたんだいじめグループにより、あらぬ濡れ衣を着せられたのである。
「あいつが万引きしてるの、見たんだから。‥‥あの作文だって、盗作に決まってるわよ!」
 のりこの学生カバンから発見された、某デパートからの盗品がその噂に拍車をかけた。だが、実はその盗品は、いじめグループが面白半分に万引きしてきたものだったのだが、のりこが犯人とみなされてしまった。
 しかし周囲がそんなでっち上げをすんなり受け入れてしまったのは、のりこは貧しい家庭の育ちだったためと、孤独な少女にありがちな空想癖・虚言癖がままあったためである。
 のりこは追い詰められていった。
 のりこは苦しみの末、持っていた筆箱の中からカッターナイフを取り出し、自ら命を絶った。‥‥だが。それは彼女の担任教師による授業の最中であった。
「みんなを殺して、あたしも死んでやるーっ」
「キャアアアア!」
 のりこは半狂乱で、カッターナイフを振り回し、教室は血の海と化した。だが実際にのりこが致命傷を与え死に至らしめることが出来たのは、彼女自身一人であった。
 だが、のりこのカッターナイフで切られた生徒や教師は、いずれも半年の間に次々と不審死を遂げた。そのカッターナイフは警察に押収されたはずだったのだが、学園内で「のりこ」の噂をするものがいると、いつしかその者の前に「坂上のりこ」と記名のあるカッターナイフが現れるという。
 そしてそのナイフを目にした者は、24時間以内に自らそのナイフで‥‥死ぬ。

 そして「のりこ」の噂は学園内で緘口令をひかれ、誰も口にしなくなった‥‥だがそれは表向きのみの話。いつしか「のりこ」の名は生徒達の間で囁かれ、複数名が死傷する無残なカッターナイフ事件を引き起こす。
 後を絶たぬ「のりこ」の呪いに、警視庁に極秘に存在する霊障事件のみに対応する特殊能力者チーム「特命霊能捜査官」が乗り出すことになった。
 捜査官達は、教師あるいは事務員として学園に潜入し、恨みに凝り固まり、のろいで死んだ学生たちの魂をも吸収し凶悪な霊と化した「のりこ」を封印すべく、調査を始めた。
 しかしただでさえ複雑な年頃の学生たちは、恐怖にうちのめされていることもあり、大人たちに容易に心を開かず、調査は進まない。
 やむなく、特命霊能捜査官達は学生間に潜入し、より詳しい実態を探るべく、「霊能捜査官訓練生」を転校生として学園に送り込む。
「わかっているとは思うが、この任務には危険が付きまとう。キミがもし、感情のままに突っ走ったりすれば、呪いはより拡大し、学園の外にも及ぶことになりかねない。
 キミの任務はあくまで情報収集に徹し、悪霊との対決は我々捜査官にまかせてもらいたい。いいね?
 今回の敵はもともとはいじめ被害者の少女とはいえ、悪意が増大し手がつけられなくなっている」
 捜査官上層部は、そう訓練生を説得した。しかし‥‥
「いじめの被害者が、恨みを持つのは当然のことだと思います」
 訓練生は固い表情で応えた。
「そうか、キミは‥‥」
 大切な人がいじめを苦に自殺したのだったな、と言いかけて上司は言葉を飲み込んだ。
 大切な人を亡くした、その後悔と痛みは、霊能捜査において、強い力ともなるが、逆に霊につけこまれる傷口ともなる、諸刃の刃である。
「しかし、これだけは覚えておいて欲しい。
 キミは一人ではない。教師や事務員として先に潜入している霊能捜査官と必ず協力・連携し、立ち向かって欲しい。キミのことは、みなが大切な仲間だと思っているのだから」
 上司はそう、祈りに似た言葉を口にして、訓練生を送り出したのだった。

☆募集キャスト☆
 ●霊能捜査官訓練生‥‥転校生として学園に潜入。任務は情報収集のみとされているが、近しい誰かがいじめを苦に自殺したことで、いじめに対しては複雑な感情を抱いているらしい。複数名可。
(学生として潜入する役柄のため、外見年齢は10代の人が望ましいです)

 ●霊能捜査官‥‥それぞれ教師、事務員として学園に潜入している。恐怖のために不登校になったり自暴自棄になったりしている生徒達の精神面のケアにも心を砕いている。複数名可。

※上記以外のキャストは確定しておりません。自由に考案の上、ご応募下さい。
※他、悪霊や父兄など、役者が足りない場合には、適宜NPCを追加する予定です。

●今回の参加者

 fa0750 鬼王丸・征國(34歳・♂・亀)
 fa2321 ブリッツ・アスカ(21歳・♀・虎)
 fa3066 エミリオ・カルマ(18歳・♂・トカゲ)
 fa3487 ラリー・タウンゼント(28歳・♂・一角獣)
 fa3611 敷島ポーレット(18歳・♀・猫)
 fa4776 アルヴィン・ロクサーヌ(14歳・♂・パンダ)
 fa4823 榛原絢香(16歳・♀・猫)
 fa5003 角倉・雪恋(22歳・♀・豹)

●リプレイ本文

 生活指導担当の日本史教諭・片岡健吉(=鬼王丸・征國(fa0750))は苦渋の表情で、
「ワシの先読みの力がもう少し強ければ‥‥こうまで事態は悪化しなかったかもしれんの」
 と、彼の連絡により学園を訪れた特命霊能捜査官上官に茶を勧めた。
「霊能捜査官管轄下に属するとはいえ、貴方は『眼』だ」 
 片岡は定期的に赴任と言う形で移動しつつ、学園という負の精神エネルギーの鬱屈しやすい場所で異変が起きていないか調査するタイプの霊能捜査官。予知能力を持つが、その能力は決して強くはない。
「『のりこ』は決して悪い子ではなかった。あの子がこれ以上罪を重ねないよう‥‥祈るばかりじゃ」
「‥‥貴方の通報に感謝する」
 茶の礼を言って、上官は立ち上がった。

●前兆 
 私立F学園。所謂両家の子女が主に通う、名門学園である。しかしいつの頃からか、生徒達の表情が落ち着き無く暗いものとなり、学園の偏差値すら危ぶまれていた。
 学園としてもテコ入れのつもりなのか、新任の教師が数人、赴任した。
 取り分け女生徒達の話題をさらったのは、英語担当の香居 悠斗(かぐらい・ゆうと=ラリー・タウンゼント(fa3487)) だった。
 長身に、黒髪に合わせた黒系のスーツと、スモークブルーのシャツ、完璧に計算しつくしたかのようなモノトーンのストライプタイといった、普通に町を歩くだけで注目されそうなセンスと姿。おまけに欧米人の血を引くと思しい碧眼、とくれば女生徒の憧れの的となるのは自明の理なのだが、
「今日は関係代名詞の用法をマスターしよう。テキストの33ページを開いて‥‥そこ、廊下に出なさい。授業中に音楽を聴いているような生徒には授業を受ける資格はない!」
 授業はかなり手厳しくレベルが高い。しかしそれがかえって人気を煽った。
 逆にパワフルな女性教師もいて、
「どうした、この学校の生徒は元気がないぞ? 心身の鍛錬が足りない証拠だ!」
 体育担当の轟美佐(とどろき・みさ=ブリッツ・アスカ(fa2321))は豪快な授業で、こちらも結構厳しいのだが、評判は悪くない。
 むしろ最初厳しくて怖そうだと噂された美佐の面倒見のよさが評判になるにつれ、彼女が顧問を務める空手部に見学に訪れる生徒は増え、練習室の廊下にはみ出すほどだ。女性教師なのに、なぜか女生徒ファンの比率が高いのが不思議ではある。
 当然保健室行きの生徒も増えるのだが、それにはもう一つの理由がある。
 新任保険医の真弓育子(=角倉・雪恋(fa5003)である。訪れる生徒達に、
「いいものあげるわ。先生の特製お守り♪ でもあんまりアテにしちゃダメよ?」
 と、手作りのハーブ匂い袋を渡してくれたりする。
 彼女目当てにわざと怪我を大げさに言い立てて保健室へ訪れる男子生徒が増えたりして、教師陣を悩ませたが。
 少しずつではあったが、学園は忌むべき『呪い』を忘れ再生し始めるように見えた。
 だが。
 一人の男子生徒が、今日も暗い顔で登校していた。三池カイ(=エミリオ・カルマ(fa3066))。両親を亡くし祖母に引き取られた、アメリカ生まれの少年である。祖母が日本人なので日本語はそこそこに出来る。それに数学的才能がずば抜けているので名門と言われるF学園に無理なく編入したのだが日本語の発音は微妙で、そこを一部の生徒達がしつこくからかうのだ。
 校門を入るとすぐに、いつもの男子生徒グループが声をかけてくる。
 中心にいるのは、佐伯という校内でも目立つ大柄な男子生徒だ。スポーツ推薦で入学したとかで、「通ってやっている」風に態度も大きい。
「おい。ちゃんと日本語できねーなら、小学校からやり直せよ、ガ・イ・ジ・ン」
 佐伯と、取り巻きがどっと笑う。
 同情してフォローしてくれる数人の生徒達はいるものの、佐伯達の威圧感に押され、それも遠慮がちである。
 結局、カイは終日一人ぼっちでいることが多い。
 いつの頃からか、カイに不思議な現象が起こるようになった。いじめられるたび、誰かの声が聞こえる。
≪もうすぐあんなヤツら、死ぬよ≫
 呟くような、少女の声。不思議と、カイはその声が聞こえるといじめに耐えられる。
「誰? キミ」
≪もうすぐわかるよ≫
 カイは帰国子女で、日本語がやや不自由で、のりこののろいの伝説も聞かされていない。
 その「声」が、唯一の心許せる友達のような気がしていた。
 だが、その日は少し違った。
「水瀬杏奈(みなせ あんな=榛原絢香(fa4823))です。よろしくお願いします」
 カイのクラスに転校生も訪れた。艶のある赤い髪を縦巻きにした、はっきりした顔立ちの美少女である。
 佐伯が早速話しかけ、「放課後町を案内してやる」とか何とか強引に誘おうとしたが、
「悪いけど、遠慮しとくわ。‥‥髪に汗臭いにおいが移っちゃうと嫌だから」
 冗談めかしてはいたが、手厳しい断り文句にさすがの佐伯も顔色がなかった。
 一方、杏奈が最後列の席に座り、隣の席のカイににっこり笑いかけた。 
「転校のタイミングに間に合わなくて。教科書見せて貰える?」
 そう話しかけられて、カイはおかしいほどうろたえた。
「‥‥NO、駄目だよ。汚いから」
 そういって、隠そうとする教科書を、杏奈は見た。破られた痕、落書きだらけだ。
「大丈夫、私テープ持ってるから」
 杏奈が修繕してあげると、カイは暗い表情をほんの少し和らげた。
「ありがと、教科書見せてくれて。助かったわ」
「‥‥久しぶりダナ‥‥お礼なんて言われたの‥‥」
「そう? 嬉しいと思ったから言ったのよ、ありがとうって」
 杏奈の言葉に、カイは泣き笑いみたいな表情を浮かべた。久しぶりに新しい友達が出来たのだと、カイはぽつりぽつりと話すようになっていた。学校の裏庭に訪れる捨て猫に、餌をやるのが日課だとも。カイはそんなお人よしな位優しい少年だった。
 だがカイの持ち物は、教科書だけでなく、定期入れまでが破られたり、汚れたりしているのを見て、カイはいじめにあっているのではと杏奈は危惧した。
 やがて彼女の眼の前で、それを確信させる出来事が起こった。カイが休み時間中、墨汁を頭からかけられ、斑になった姿を、
「見ろよコイツ、三毛猫じゃーん!」
 佐伯達があざ笑っている。
(「ひどい‥‥」)
 怒り心頭で、佐伯に詰め寄ろうとした杏奈より先に、同級生の琴川花蓮(=敷島ポーレット(fa3611))が声を震わせて食って掛かった。
「ひ、ひどいやん‥‥! ひ、卑怯な真似はやめといて」
「やめといて〜だってよ? ははっ、お笑い芸人女と三毛猫コンビ、お似合いだぜ! 漫才でもやれば?」
 大人しい花蓮は涙を浮かべて立ちすくんでしまう。
 うつむいていたカイは、くるりと背を向けて走り去っていった。
「いつも‥‥ああなの?」
 杏奈は、花蓮に問いかけた。花蓮は待っていたように杏奈に訴えた。
「そうなんよ。カイ君お人よしのとこあるから佐伯君たちの格好の的になって‥‥うち心配やねん。カイ君、いっつも優しい子やのに、最近ぶつぶつ独り言言うて、うちが話しかけても邪魔にするねん。なんやトゲトゲしてるみたいで‥‥」
「そう‥‥」
 カイとだぶって、少女の顔が杏奈の脳裏に浮かんだ。双子の妹、聖奈。
 杏奈は早くから霊能力を発揮したため、両親の配慮で霊能捜査官養成コースに編入し、妹とは離れて暮らしていた。
 聖奈がいじめに逢い、自殺したと知らされるまで。聖奈の死に顔を今、杏奈はカイの人のよさそうな顔に重ねていた。
「聖奈をいじめたヤツらは、大きな顔で高校に進学して‥‥」
 そう思うと、杏奈の胸のうちにふつふつと憎しみがたぎって来る。
 だが、杏奈の責務は、「調査・報告」のみだった。
 杏奈は重い足取りで職員室に向かった。杏奈は霊能捜査官候補生として毎日放課後に表向き教師として赴任してきた美佐・育子・香位のいずれかに見聞してきた生徒達の様子の報告を義務付けられていた。
 杏奈は香位の姿を見つけ、
「香位捜査官‥‥じゃなかった、先生、あの‥‥」
 カイのことを話そうとした矢先、職員室に少年が駆け込んできた。杏奈と同じく潜入捜査中の霊能捜査官候補生、フェリックス・マイヤー(=アルヴィン・ロクサーヌ(fa4776))だ。
「佐伯君が、カッターナイフで重傷を負いました。自分を切る前に暴れて、仲間たちにも斬りつけて‥‥育子先生が止血したので命は取り留めそうですが、理科室が血の海です。それに、三池という男子生徒が一名、理科室に立てこもっています」
(「のりこの呪い‥‥!」)
 はっと凍りつく杏奈の肩を、香位が叩いた。
「杏奈、報告ご苦労だった。事態はどうやら我々の予測より早く悪化したようだ。ここから先は俺達がやる。君はここにいろ」
「‥‥いじめなんかするから悪いのよ‥‥カイ君は悪くないわ」
 杏奈が口走った。
「呪いは他人だけでなく自分をも否定することだ。否定からは何も生まれない。杏奈、落ち着け。片岡先生の傍にいろ。下手をすればおまえ自身が取り込まれるぞ」
 厳しく言い置いて、香位は背を向け、理科室に向かう。
 そこには、暗い怨念が凝っていた。理科室の中心に、カイがうっそりと立っている。
「三池君‥‥だったね。そんなところに一人でいないで、話をしないか?」
「‥‥嫌だ。いつも誰もボクの言葉をきいてくれナイ」
「悪霊の声に耳を貸すな! お前をいじめた奴らは一人残らず、俺が性根を叩きなおしてやる」 
 駆けつけた美佐がカイの肩に手を置こうとした時、
「触ルナ!!」≪みんな同じになればいいんだ!≫
 カイの両手から、カッターナイフの刃が乱れ飛んだ。
「香位、伏せろ!」
 美佐は咄嗟に、霊能力で「気」の壁‥‥念動力障壁を作り、ナイフを跳ね返した。
「カイ君‥‥『のりこ』から離れて!」
 杏奈が叫び、カイがはっとそちらを見た。
「杏奈! 来るなと言ったろう! ‥‥風よ、我が想いに応え、霊を引き裂け!」
 香位は杏奈を庇うように左手を伸ばし、念を集中した。キィンと空が唸り、彼の念動力が生み出した「気」の風が、悪霊を両断する。悪霊が悲鳴を上げた。
≪きえええっ!≫
 カイの顔が悪鬼のように憎悪に歪んだ。
「やめて‥‥そんな顔。カイ君はそんな子じゃない」
「水瀬さん危ないっ!」
 杏奈と共に来たフェリックスも自らの能力を駆使して構えていた。手を傷つけ、その「聖痕」から霊気の剣を作り出すのである。
 しかし杏奈は踏み出した。黒い霧のように空に凝っている『のりこ』の悪霊に手を触れる。冷え冷えとした感触に、骨まで凍りそうになりながら、
「私も今、わかったの。悪意だけじゃ恨みは晴らせない‥‥。カイ君がカイ君がなくなっちゃったら、寂しいわ。私達、もう友達でしょ? もう‥‥ひとりにならなくて、いいのよ」
 杏奈は能力を開放した。手に触れた全ての「念」を中和する能力である。「憎悪」や「怨念」に満ちた霊力も例外ではなかった。その手のひらから淡い光が放たれ、理科室に満ちていた怨念の闇が薄らいだ。
「今よ」
 育子が言い、背に負った弓を構えた。矢は番えず、ビィン‥‥と弦を弾き鳴らす。鳴弦という、古来より伝わる悪霊を祓う巫女の技である。
「僕は‥‥」≪私‥‥≫
「一人じゃナイんだね?」≪なんだろう、とても暖かい‥‥≫
 カイとのりこの声が交互に響く。カイが悪霊から離れ、一歩捜査官達の方へ歩み寄ってくる。
「風よ、彷徨える霊をあるべき場所へ」 
 香位の低い声と共に、黒い霧が旋風に包み込まれ、上昇し‥‥
 やがて完全に消えた。
 霧が晴れたように明るくなった理科室で、カイが呆然と立ち尽くしていた。
「よかった‥‥! 心配したわカイ君〜」
 杏奈がカイに抱きつき、香位に叱り飛ばされる。
「何がよかっただ! 今回は結果的にはよかったが、下手をしたらおまえ自身が取り込まれていたんだぞ」
「あ‥‥すみません、香位捜査か‥‥じゃなくて先生」
 杏奈は赤い髪を揺らしてぴょこんと頭を下げ、香位は携帯で上官に捜査完了の報告をした。
「‥‥ということで候補生の暴走を止められなかったことをお詫びいたします」
『霊能捜査官の暴走は、君のご先祖以来の伝統かもしれんな』
 上官の笑い声が響き、香位は苦笑した。彼の先祖は江戸を騒がせた義賊で、霊能力が時の幕府に認められ、霊能捜査に手を貸したため流罪を免れたという。盗賊上がりならではの型破りの霊能捜査でかなりの実績を上げたというのは、捜査官達の語り草であった。


 やがて我に返ったカイを、育子が保健室に連れてゆき、しばらく診察したのち、
「はい、OK♪ 怪我無くてよかったわね」
「ごめんなサイ‥‥ミナサン」
 カイは、ひたすら謝った。見舞いに来た捜査官達にも、杏奈にも。
「そんなに謝らないで‥‥人の弱みにつけこむのは悪霊の常套手段だから。でも、もう怨みに囚われないでね。私も‥‥がんばるから。憎むよりも、カイ君や妹みたいな思いをする子が少しでも減らすため、何が出来るか考えるつもり」
 杏奈の言葉に、カイはためらいがちに応えた。
「出来るカナ、僕に‥‥」
 できるさ、と美佐が力強く肯定した。
「いじめから立ち直った人間なんて、いくらもいるさ。例えばあたしの知っている女の子は、いじめっ子に復讐しようとひたすら体を鍛えた。いじめっ子に突き落とされ、肩にひどい怪我を負って以来ね。でも彼女はそのうち気づいた。いじめなんて所詮心の弱い人間が集まって、借り物の力を振りかざしてるだけだってね」
「‥‥その娘は今、どうしてマスか‥‥?」
 カイの質問に、美佐はふふっと笑って、服の襟をずらして肩口を見せた。
 肩に大きな傷跡が薄れ掛けて残っていた。