妖妃アグリッピナアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 小田切さほ
芸能 1Lv以上
獣人 フリー
難度 普通
報酬 1.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/26〜01/30

●本文

 アグリッピナという女を、貴方はご存知かしら? 世に名高い、古代ローマ帝国の暴君皇帝ネロ。
 そのネロを生み、世にも残虐な暴君に育て上げた母親、それがアグリッピナというわけ。
 怪物の母親はやはり怪物、というところね。
 ああ、わたくしがこの舞台「妖妃アグリッピナ」の脚本家兼演出、水原静香よ。よろしく。
 え?
 わたくしが初めて史劇の脚本に挑戦した理由? そうね、アグリッピナという女にとても惹かれたからーーとでも言っておきましょうか。
 そういう貴方は彼女に興味はあって? もう少しアグリッピナについて話をしておきましょうか?
 ええ、かまわなくてよ。時間はたっぷりあるわ。
 アグリッピナはさっきも言ったように、古代ローマ帝国の女帝。といっても、もともと皇位継承者だったわけではなく、美貌を武器に、当時のローマ皇帝クラウディウスと三十三歳のときに子連れ再婚をしたの。
 クラウディウスには、正当な跡継ぎがいたの。その名もブリタニクスという高潔な少年王子がね。
 でもアグリッピナは手段を選ばなかった。手始めに自分の美貌にほれ込んだ皇帝クラウディウスを毒殺。次にブリタニクスも同じ毒で殺すのよ。
 もちろん溺愛する自分の息子、つまりネロを皇帝の座につかせるためにね。
 で、ネロはとうとう皇帝に。
 でもアグリッピナはそれだけでは満足しなかった。ネロが常に自分に従順でいなければ気がすまなかった。ネロをも操ろうとして、失敗したの。つまり、ネロの差し向けた暗殺者に殺されたのね。
 どう? すさまじい悪女でしょ? 教育ママの哀れな末路――ですって? ほほ、うまいことを言うじゃない? でも、私にはね、アグリッピナは決して野望だけのためにネロを皇帝にしたのではない、そんな気がするの。アグリッピナの加護で皇帝になったばかりのころ、ネロはまれにみる善政をしいたわ。ネロはもともと知的で、芸術好きで、繊細な青年だったという説もあるわね。
 アグリッピナもそんなネロの才能を、きっと知っていたことでしょうね。まして背景は、権力を握らない限り、夢を実現することなどできない野蛮な古代ローマ時代――それが故にいっそう、ネロを守り、その才能を開花させるため、権力者の座になんとしても上らせたかった。それが愚かな母親の盲目的な愛情といってしまえばそれまでだけれどもね。
 愚かな母親‥‥ね。ほほ‥‥
 あら気にしないで。この涙は、どうも年をとってくると、乾燥した空気に弱くてね。それで目が‥‥
 !? どうして知っているの? ‥‥ええそうよ、私の息子はかつて天才子役と騒がれた水原俊太郎。
 あの子が15歳で突然芸能界を引退した理由、ですって? ‥‥皇帝ネロと同じよ。
 母親たる私の支配に耐えられなくなったのね。あの子はまさにカリスマの素質があったわ。はっきりした目鼻立ち、声もよく通り、天性の役者だった。私も元女優だったから、あの子の素質に気づいたときは、もう夢中になった‥‥子役として売り出すために、何でもやったわ‥‥それこそ、ネロを皇帝に仕立てたアグリッピナのようにね‥‥あの子が注目を浴びるたび、どんなに誇らしかったことか‥‥
 でも私はあの子の才能よりも先に、あの子の繊細さに気づいてやるべきだった‥‥
 あの子は役者同士の足の引っ張り合いや人の心の裏表に耐えられなかった。でもネロのように私を殺す代わりに、あの子は役者としての自分を殺したんだわ‥‥家出して行方をくらまし、芸能界を引退した。
 俊太郎に、今度の舞台を見せたいかですって? ‥‥ええそうね‥‥アグリッピナの盲目的な愛情と愚かさを、一緒に笑うことができたら‥‥いえ、それは夢ね。
 あの子が私を許すはずはないもの。あの子はきっとネロのように、私を槍で刺し殺したいくらい憎んだはずよ。年端もいかない優しいあの子を、醜いオトナの世界に引きずり込み、心をずたずたにしたのだから。
 ‥‥あの子が今どうしているか? ええ‥‥うわさで聞いたわ。直接会ってはもらえないから‥‥なんでもつてを頼って、舞台の裏方をしているとか。といっても舞台芸術とは無縁の、照明や大道具を運んだりする、力仕事中心のね。あの子、そんなに頑丈な体質じゃなかったのに‥‥無理してなけりゃいいけれど‥‥。
 この劇場の駐車場で、トラックを運転している姿を見かけたことがある、ですって?
 それ、いつなの!? あの子はどんな様子で‥‥ああ、いいえ。取り乱してごめんなさい。
 バカね私ったら‥‥いまさらどの面下げてあの子に会えるというの。
 いいえ、もう言わないであの子のことは。舞台のことだけ考えましょう。貴方が協力してくれるなら、面白い舞台になりそうね。
 さあ、これが脚本よ。変えたいところがあったら、自由に意見を言って頂戴ね。
 面白いものなら、どんどん取り入れるわ。でも私の稽古は厳しいから、覚悟していらっしゃい。それこそ女帝のように厳しくてよ? ほほほ‥‥

☆舞台「妖妃アグリッピナ」で募集している役どころ
●ネロ‥‥‥‥古代ローマ帝国の若き皇帝
●アグリッピナ‥‥ネロの母親。ネロを皇帝にするため手段を選ばない野心家

 ===============
 ※以下の配役は確定ではなく、自由に選択できます。
  なお、これらのキャストは演出のため歴史的史実と多少異なる部分があります。

●クラウディウス‥‥アグリッピナの美貌にほれ込み、彼女を妻にする。戦争好きの残忍な皇帝
●ブリタニクス‥‥クラウディウスの実子。抜群の知性を持つ少年王子。争いを好まない温和な性格で人望も高い。
●オクタヴィア‥‥クラウディウスの実子。親同士の結婚によりネロの血のつながらない姉妹となるが、ネロに恋心を抱く。内気な性格の姫君
●ナルシス‥‥‥‥ネロの側近で冷酷な切れ者。実は隣国のスパイで、ローマに内乱を起こさせようともくろんでいる
●セネカ‥‥‥‥ネロに助言する哲学者。ネロの善政を助けるが、ナルシスの策謀により自殺する
●ロクスタ‥‥‥アグリッピナに仕える妖艶な女妖術使い。毒薬の調合などの達人

 注)他、ブリタニクスの恋人、アグリッピナの侍女などを考案しても可。
 

●今回の参加者

 fa0095 エルヴィア(22歳・♀・一角獣)
 fa0201 藤川 静十郎(20歳・♂・一角獣)
 fa0485 森宮 恭香(19歳・♀・猫)
 fa0914 キャンベル・公星(21歳・♀・ハムスター)
 fa1276 玖條 響(18歳・♂・竜)
 fa1521 美森翡翠(11歳・♀・ハムスター)
 fa2617 リチャード高成(22歳・♂・猫)
 fa2672 白蓮(17歳・♀・兎)

●リプレイ本文

 アグリッピナ(キャンベル・公星(fa0914))の手を引き舞台へ登場する皇帝クラウディウス(リチャード高成(fa2617))。
 クラウディウス役のリチャードは彫りの深い目鼻立ちを生かし、濃紺の地に金糸の縫い取りのある衣装でいかにも傲慢な皇帝。アグリッピナ役のキャンベルは豊満な体を強調するような赤紫のドレス。その後ろに、影のようにつき従う侍女ロクスタ(エルヴィア(fa0095))。長い銀髪を編み上げた、しとやかな風情。
「浮かぬ顔だなアグリッピナ。この私との婚礼の夜だというに」
「あなたのご愛妾の方々の妬みが恐ろしゅうございます」
 口付けようとするクラウディウスから顔を背けるアグリッピナ。
「妬いておるのか? あんな女どもは、今宵お前が私のものになり次第お払い箱だ」
「いつまた心変わりをなさるやら。お約束を下さいませ。私も、私の息子ネロも大切にしてくださいますね?」
「むろんだ。私はな、お前もほしいがネロも欲しかったのだ。我が息子ブリタニクスは生来病弱にしていささか優しすぎる、ネロならば最高の補佐役になってくれようて。そしてお前は私の最高の伴侶となるのだ」
 アグリッピナの顎を持ち上げ、強引に唇を重ねるクラウディウス。その直後、唇を離したクラウディウスが喉を押さえてもがく。
「ぐっ‥‥う‥‥」
 息絶えて崩れ落ちるクラウディウスを冷然と見下ろすアグリッピナ。
「可愛いネロをブリタニクスの影になどさせるものですか‥‥ロクスタ。これからはいま少し、効き目の早い毒をお作り」
 そばに控えていた侍女ロクスタが妖しい微笑を浮かべてうなずく。
「心得ました」
「では、手はず通りに」
「はい。‥‥誰か、誰か! 皇帝陛下が!!」
 驚いたふりをして騒ぐロクスタの声に、皇帝の息子であるブリタニクス(=白蓮(fa2672))、その妹オクタヴィア(=美森翡翠(fa1521))、そしてアグリッピナの息子ネロ(=玖條 響(fa1276))が駆けつける。転がるように駆けてきたオクタヴィアは父親の死に顔を見て、気を失い、ロクスタに支えられる。
「きゃあっ! お父様!」
「皇帝陛下っ‥‥母上、これは一体」
 ネロの言葉に、アグリッピナは答える。
「婚礼の席に出たキノコ料理に、毒キノコが混ざっていたようです。料理人を処刑しなくては」
 ブリタニクスが胸を押さえ、苦しげにうずくまる。肩を貸し支えるネロ。
「だ、大丈夫です兄上‥‥もう、治まりました」
 ネロに肩を借りて立ち上がりつつ、無理に微笑もうとするブリタニクス。演じているのが男装の女優ということも相まって、儚げな透明感すら感じさせる少年王子である。
「ブリタニクス、貴方は皇帝の実子とはいえそのように病弱では皇帝は務まりますまい。ネロ、貴方が新しい皇帝となるのです」
 冷厳と命じるアグリッピナ。
 暗転。
 華やかな宴の席。オクタヴィア、アグリッピナがネロとともにテーブルを囲む。ネロがかき鳴らす竪琴を静かに聴く一同。そこへ、
「皇帝陛下―!」
 ネロの助言者でもある哲学者セネカ(森宮 恭香(fa0485))がせかせかした足取りで現れる。続いてネロの側近ナルシス(=藤川 静十郎(fa0201))がゆったりと。
「賢明なる皇帝陛下、早速ですが、お申し付け頂いた和平条約の草案です。かの国と戦をせず約束によって互いの勢力を封じるのはまことに名案かと」
「いや、賢明なるネロ様の要望に即刻応えられるセネカ殿もまことに知恵者。たとえば、の話ですが。ローマより強い国、その国の王が、セネカ殿のその知恵を欲しがり、数え切れぬばかりの黄金を差し出したならなんとします?」
 歌舞伎で鍛えられたナルシス役静十郎の声音と所作は、あくまで優雅だが、今は役目柄かすかな毒を感じさせる。しかし今は微笑すら含んで。
「もし私が断ったならその王は何と?」
「もちろん、死あるのみ‥‥と告げましょうね」
「ならば私はローマで死ぬ方を選ぶ。なんといっても故郷で生き、そこで死ぬのが人間の身の丈にあった幸福です。そう思われませぬか、皇帝陛下?」
 ネロが竪琴を傍らに置き、ため息をつく。
「セネカ‥‥私とてこのローマを良い国にしたい。だが皇帝は私にはあまりにも重い責務だ。裏切り裏切られ、血で血を洗うのが今のこの国の有り様ゆえ」
 オクタヴィアがネロに、
「ネロ兄様、大丈夫ですわ。ヴィアはもうすぐ、ガリア将軍のもとへ嫁ぎます。アグリッピナ義母様と約束しましたの。ヴィアが嫁げばガリア将軍は裏切らないし、ネロ兄様は安心なさるのでしょ?」
「ヴィアには婚礼など早すぎる‥‥! しかもまだ、父上の喪が明けぬというのに」
「でもヴィアは、喜んでお嫁に参りますの。大好きな優しいネロお兄様のためですもの」
 あどけない泣き笑い顔で、ネロの手を取り口づけオクタヴィアが去る。ネロが平然と杯をあけるアグリッピナに詰め寄る。
「母上‥‥! あのような幼い娘ですら、手駒に過ぎぬというわけですか」
「ネロ、言葉を慎みなさい。高貴な血を引く者にはそれぞれの責務があるのです」
「私の責務は皇帝陛下とオクタヴィアの犠牲の上にあぐらをかくことですか? あの人望の高いブリタニクスを差し置いて? ならば私は位など捨て‥‥っ」
 ビシリ! とアグリッピナの手がネロの頬を打つ。
「お黙り! ネロ、貴方は輝く太陽。太陽は空にただ一つで良い。貴方は余計なことは考えず、輝かしい姿を私に見せておくれ」
 ブリタニクスが、弱弱しい足取りでロクスタに案内されやってくる。ロクスタがブリタニクスを席につかせつつセネカの袖にそっと毒の小瓶を滑り込ませる。
「兄上、義母上‥‥せっかくの宴の席に遅れて申し訳ありません」
「いや、そのような言葉はかえって心苦しい‥‥お前が正統な跡継ぎなのに」
 重い声で言うネロに、
「いいえ、そのようなお気遣いは無用です。兄上の善政に、ローマの民はことのほか喜んでいる様子ではありませんか。ブリタニクスも心より、兄上を尊敬致します」
 とブリタニクスは笑顔を返し、アグリッピナの差し出す杯を、ためらいもせず干す。
 ブリタニクスがゆっくりと崩れ落ちる。驚いて立ち上がるセネカの袖から、毒の小瓶が転げる。取り上げたナルシスが叫ぶ。
「さてはこのセネカ、他国からの暗殺者ではありますまいか! どうりで他国の言葉に長け、しきりに他国の情勢を吹聴すると思いましたが」
「今すぐ処刑を!」
 叫ぶ衛兵に囲まれ、連れ去られてゆくセネカが。
「ネロ様! 私は無罪です。謀られたのです! この身を捨ててお教えしましょう、他人を殺す人間ばかりではない、真実のために自ら死ぬ人間もいるのだと! ‥‥この国の行く末を見守りたかったが‥‥」
 セネカ、衛兵の剣を奪い、自らの首にあて、死ぬ。‥‥舞台暗転。
 ロクスタが暗闇の中現れる。怜悧な美貌に薄く笑みを浮かべ、
「うふふふ‥‥陰謀につぐ陰謀、そして毒殺。あの賢かったネロですらもう疑心暗鬼、愛する母親さえも地獄の鬼に見えるよう。この国はいったいどうなるのかしら。楽しみだわ」
 同じく、ナルシスが影のように現れる。
「そう、ネロ様が何より恐いのはあのアグリッピナ様。彼女が宮廷中を血で染めるのはネロ様を愛する故だというのに。この帝国はもはや落日の運命、時満ちれば熟れた果実のように、わがゲルマンの手に落ちましょう」
 二人、息を潜めるように舞台袖に去る。アグリッピナとネロが登場。
「どうしたというのです、ネロ。こんな人気のない場所に呼び出したりして」
「聞こえませんか母上。私が歩くたび、大勢の人の骨を踏みしめる音が耳鳴りのように聞こえるのです。皇帝陛下、ブリタニクス、そしてセネカ‥‥」
「ネロ‥‥お前は疲れているわ。少し休みなさい。そしてもう少し心を強く保たねば‥‥」
 恋人にするように、ネロの首に腕をからめ、抱き寄せようとするアグリッピナ。だがその胸に、ネロが短刀を突き刺す。白皙の頬に返り血がかかる。虚ろな目で、狂気をはらんで語りかけるネロ。
「母上、お望み通り、私は強い心を持ちましょう。そのために自ら手を血で染めましょう、母上のやり方をそっくりなぞり、邪魔な者は全て殺す。そうすれば母上、貴方は私の血肉となって永遠に私とともに在るのです」 
「うっ‥‥ネ、ロ‥‥それでいいのよ、この命をあげましょう。それでこそお前はこのローマで生き延びることが出来る‥‥ネロ、貴方こそが真実なのだから‥‥」
 崩れ落ちたアグリッピナを、ネロが見守る。
 返り血で染まる面を客席に向け、仮面のごとき表情で、
「これよりローマは、このネロが唯一無二の皇帝となり、鉄の心を持って支配する!」
 冷厳と言い放つネロの台詞で‥‥幕。
 ◆
 舞台後。衣装を着替えて楽屋から出たキャンベルはセットの撤収をしている若者に声をかけられた。
「水原女史に大分しごかれてたみたいすね。嫌な女だと思ったんじゃないすか」
「いいえ。彼女の厳しさって、情の濃さの裏返しなんですわ。アグリッピナを演じた私だからわかるのかもしれませんけれど」
 ほっとしたような表情を浮かべた若者に、彼女は言った。
「でも、彼女、舞台に打ち込みすぎて疲れてるみたいでしたわ。貴方が元気な姿を見せてあげるのが一番の薬になると思いますよ? 水原――俊太郎さん」
 慌てた足取りで楽屋口へ駆けていく若者の背中を見て、キャンベルはかすかに微笑を浮かべた。