エロスの過ちアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
小田切さほ
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芸能 |
4Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
易しい
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報酬 |
17.8万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
01/29〜02/02
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●本文
†舞台「エロスの過ち」パンフレットより抜粋†
☆舞台監督からのコメント
舞台「エロスの過ち」へようこそ。この舞台では、ギリシャ神話がモチーフとなっています。主人公に取り上げた恋の神エロスが金の矢を射ると、射られた人は最初に見た相手に激しい恋をし、鉛の矢を射られた人は愛を嫌悪する気持ちになります。
また、エロスの母が美の女神ビーナスなのは有名ですが、父は炎と鍛冶の神ウルカヌス。このウルカヌスは全能神ゼウスの雷を作りだすほどの才能にあふれながらも醜い容貌をしていると言われます。
このウルカヌスを差し置いて、ビーナスは軍神マルスを始め、多くの恋人を持ったとも。
彼らの恋の舞台となったのは、ギリシャ一高い山でもあるオリンポス山。人々は昔、この山に神が住まうと信じていたのです。
このような伝説を踏まえて舞台をご覧になると、より一層お楽しみいただけるかと思います。
今注目の俳優達が集まった今回の舞台、どうぞお楽しみ下さい。
☆舞台あらすじ☆
恋の神エロスは、炎の男神ウルカヌスと美の女神ビーナスの間に生まれた。
その役目は、金の矢と鉛の矢で愛、もしくはそれを拒む気持ちを人の心に呼び覚ますこと。
だがエロスは余り深刻にその役目を考えたことがなく、ただいたずらに金の矢と鉛の矢を気まぐれに放っては、人々が困惑したり喜んだり争うのを見て、楽しんでいた。
ある日、オリュンポス山で神々の会議が開かれ、その際にエロスは母ビーナスと軍神マルスを金の矢で傷つけてしまう。ビーナスとマルスは深い恋に落ちた。
「何がいけないとおっしゃるの? 貴方は確かにわたくしの夫、それでよいではありませんか。愛は燃え上がっているうちに楽しまなくては‥‥」
ビーナスにとって、「愛は快楽」に他ならなかった。
エロスの父ウルカヌスは激しく嫉妬し、エロスに命じた。
「ビーナスの胸を、鉛の矢で射るがよい。もはや私はビーナスの心が他の男に移ることに耐えられぬ。ビーナスが私を愛さずともよい。ビーナスの心から愛を奪い、ビーナスを永遠に閉じ込めるのだ」
思い悩んだエロスはオリュンポス山を彷徨い、他の神々に助言を求める。愛とはどういうものなのか、愛をなくしたらどうなるのか。
†
助言を求められた死と冥界の神ハデスは笑い飛ばす。
「愛だと? 愛は『奪うこと』に他ならぬ。私も豊穣の女神デメテルより娘ペルセポネを奪い、自らの妻にした。策略をもってペルセポネが地上に戻れぬようにもした。卑怯だと? かまわぬ、愛とは奪うこと、すなわち欲望なのだから。ウルカヌスもビーナスが欲しいなら奪いつくすがよいのだ」
†
かつてエロスに金の矢を射られた太陽の神アポロンは皮肉な眼差しで言う。
アポロンはエロスのイタズラで金の矢を射られた上、恋に落ちた相手に鉛の矢を射られた。相手の妖精娘は鉛の矢のおかげでアポロンを拒絶し、抱きしめようとするアポロンを永遠に拒むため、月桂樹に変じさえしたのである。
その事件は、いまだアポロンの心を苦しめていた。
「エロス、お前は忘れたのか? お前が俺に金の矢を射かけた時のことを。愛があんなに苦しいものだとは‥‥まして、愛が受け入れられぬときの苦しみは俺がよく知っている。今のウルカヌスも同じ苦痛に身を焼いていることだろう。愛は苦痛に他ならぬ。もう金の矢など捨ててしまうがいい」
†
月の女神アルテミスは言う。
「愛? ‥‥私にとってはそれは心の奥に秘めておくべきものですわ。ビーナスのような愛し方、私には汚らわしくしか見えません。ビーナスの浮気な心なんか、永遠に封じ込めてしまうのが得策ですわ」
アルテミスは純潔を司る女神ゆえに愛する相手と結ばれることは許されていない。唯一心を許した男神をも、星に変えなければならなかった宿命。今は星になってしまったその男神オリオンと、夜空に月をのぼせるとき、星となり輝くオリオンとただ見詰め合うことだけが彼女に許された愛し方であった。
最後にエロスが下した決断は‥‥?
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添付したパンフレット内容を参考に、ご応募下さい。(今回は役者募集のみです)
☆募集キャスト
●エロス
○ビーナス
○マルス
○ウルカヌス
○ハデス
○アポロン
○アルテミス
※●は必須なキャスト、○は役者さんの希望と脚本の調整次第で決まるキャストです。パンフレットにある「舞台あらすじ」にある登場人物は仮確定ですので、これにこだわらずお好きなギリシア神話の登場人物としてご応募下さい。
あんまりマイナーなのは説明台詞たっぷりになってしまう可能性がありますので、そこんとこよろしくお願いします。脚本家も出来るだけ役者さんのご希望に沿うべく勉強中でゲッチューです。
※登場人物それぞれが「愛」について語る設定になっていますのでそのへんも考慮に入れてください。
●リプレイ本文
●本番直前〜舞台袖にて
「仮面がずれていないか見てくれないか」
素顔だと端正すぎるという演出家の意向で、火傷をかたどったマスクをつけて演じる弥栄三十朗(fa1323)が、そばにいる娘であり、エロス役の女優でもある咲夜(fa2997)に声をかけた。
「うん、大丈夫だよ、お父さん」
「これ、舞台では『父上』だろう」
つい和服用のいわゆる「なんば歩き」になる時代劇俳優の雨堂 零慈(fa0826)に、舞台監督が声をかけた。
「似合いますよ雨堂さん。後は歩き方だけ気をつけて下さいね」
ポセイドン役の雨堂がにこりと笑う。
「ああ、ご注意痛み入る」
金髪のカツラに小さなティアラを乗せて控え室から出てきたビーナス役の都路帆乃香(fa1013)に、アルテミス役の千架(fa4263)がヒュウッと口笛を吹いた。
「おっ、いいじゃん♪ずっとコンタクトにすりゃいいのに」
月の女神そのものの清純美人なのに、口調は完璧に野郎である。
「か、からかわないでくださいよ〜コンタクトは舞台の上だけですっ。あ、すみません。ちょっと遠近感覚が‥‥」
帆乃香は屈伸運動をしていたルーカス・エリオット(fa5345)にぶつかった。
「こちらこそ‥‥『速き神』役だからすばやく動かなくちゃと思って」
とヘルメス役のルーカスは童顔に照れ笑いを浮かべた。
「お二人並ぶと、まるでネガとポジですね」
舞台監督が、アポロン役の篠田裕貴(fa0441)と、ハデス役の蘇芳蒼緋(fa2044)を見比べて言った。裕貴は純白のチュニックに金の腕輪と金髪の鬘に月桂樹の冠。蒼緋は漆黒の甲冑にマント。
「さすが蒼緋はなりきってるな。なんかオーラも黒いわ」
「‥‥それ、褒めてんだよな?」
「もちろん♪(にこにこにこ)」
●第一場・ウルカヌスの苦悩
オリンポス山の木陰で、軍神マルスと愛を語っているビーナス(=都路帆乃香)。
「ビーナス、いっそ俺と逃げぬか、あの醜いウルカヌスなど捨てて」
「それはできません。私がウルカヌスへ嫁いだのはゼウス様の命令‥‥」
足を引きずりながらウルカヌス(=弥栄三十朗)が現れる。
「ビーナス‥‥! なぜマルスなどとここにいる! 私はお前の妻ではないか!」
「ええ。確かに私は貴方の妻ですわ。それでよいではありませぬか。恋の衝動をとめるのは無理というものですわ」
「‥‥ビーナス‥‥醜い私が愛されぬのはわかっている。だがこれ以上私を苦しめるな」
「愛されぬ、ですって? 貴方にとって私はゼウス様からの褒美に過ぎないのでしょう? 貴方にとり大切なのは鍛冶場にこもりゼウス様ヘラ様に気に入る品を作ることだけですもの」
「それは‥‥私が誇れるものは鍛冶の技だけだからだ。醜い顔が気に入らずとも、この技だけは、母上も愛してくださっている」
「哀れだな、モノと引き換えでなければ愛されぬとは」
マルスはビーナスを抱き上げ笑いながら去ってゆく。
取り残されたウルカヌスはがっくりとうずくまる。
「おぉ‥‥この顔‥‥」
恐る恐る、火傷の痕に触れたとき、エロスが現れた。
「父上‥‥こんなところにいらしたのですか。今、母上がマルスと‥‥」
エロスは心配そうに父の肩に手を置く。ウルカヌスは怨嗟に満ちた顔を上げた。
「このように心が乱され、苦しいというなら、もはや愛など要らぬ。
エロスよ! ビーナスの胸を、鉛の矢で射るがよい。もはや私はビーナスの心が他の男に移ることに耐えられぬ。ビーナスが私を愛さずともよい。ビーナスの心から愛を奪い、ビーナスを永遠に閉じ込めるのだ。そして、ビーナスに鉛の矢を射た後には私にも鉛の矢を射るがよい。愛など永遠に封じ込めてしまえば、二度とこんな想いをせずに済むのだからな」
「父上‥‥」
出来ぬといいかけたエロスだが、父のあまりの形相に言葉をなくした。
●第二場・神殿
一人、オリンポス神殿で悩んでいるエロス。白い胴衣を纏い蛇の巻きついた杖を持つヘルメス(=ルーカス・エリオット)がゼウスへの伝令を運びに飛び込んできて、エロスに目を留め、エロスの悩んでいるわけを尋ねた。
「ふぅん、ビーナスに鉛の矢をね」とヘルメスは面白い見ものだといわんばかりに緑の瞳を輝かせる。
「そうなんだ。でも、それでいいのかな。僕から見ても、父上も母上もたぶんまだお互いのこと想っていると想うし‥‥鉛の矢を射たらその気持ちまで失せてしまうのに。愛し合ってるのに二人とも苦しんでいる‥‥そんなに愛って苦しいものなのかな」
「君が今まで矢を射てきた神々や人間達も、そうなったんじゃなかったかな?
楽しむ者がいれば苦しむ者もいる‥‥うーむ、愛と言う存在が良いか悪いか解らなくなってきた! おっと、だからって私に金の矢を射ないでくれよ。君に惚れてしまうなんてのはごめんだからね」
ヘルメスの提案に、エロスは金の矢を射たことのある太陽神アポロン(=篠田裕貴)と月の女神アルテミス(=千架)の双子を訪ね意見を聞いた。
「ビーナスに鉛の矢を放つがよい」
あっさりとアポロンは言い捨てた。
「愛は苦しいものなのかだと? エロスよ、お前は俺に金の矢を射てダフネを恋させ苦しめたではないか?」
太陽神の冷ややかな眼差しに、エロスはたじろぐ。アポロンに悪戯を仕掛けたのは覚えているが、恋の得失はゲームの勝敗に過ぎないと今まで信じていた。思えば、恋に傷ついて以来アポロンはニンフや女神たちにいかに騒がれようとも誘惑に乗らず、月桂樹の木陰で一人きりで竪琴を爪弾くことが多かった。
束ねた髪に銀の兜を戴き、三日月弓を持つ女神アルテミスの言葉もまた、苦渋に満ちたものだった。
「お兄様のおっしゃるとおりですわ。ビーナスに鉛の矢をお放ちなさい、エロス」
「でも!」
「私にはビーナスの言う『愛』が耐えられません。あの様に顕わで見境ない愛し方など傷つく者が増えるばかりです。愛はビーナス達のように抱き合うことだけではない、もっと神聖なもの‥‥心の奥に秘めておくべきものですわ」
「オリオンのことを想って言うのか、テミスよ」
アポロンは妹へのいたわりをこめた声で言った。アルテミスにはオリオンという恋人がいた。だが純潔の象徴、月をつかさどるゆえに、オリンポスの神々の策謀によりオリオンの命を自らの手で奪う羽目になり結ばれることはなかった。
「オリオンのことは、想いを心に秘めておけなかった私自身の罪‥‥エロスよ、貴方がためらうなら、私のこの弓に鉛の矢を番えなさい。私がビーナスを射てあげましょう」
月の女神は、瞳を逸らして言った。今は星となったオリオンを眺めているのだろうか。
ヘルメスが首をかしげて、風の音に聞き入った。ヘルメスは風の音に乗って来る、神々からの声を聞くことができるのだ。
「おおっと、マルス様からの呼び出しだ。冥府の『レテ川』のほとりに、ウルカヌス様をお連れしろとさ」
「‥‥マルスが、父上を!?」
エロスが不安げに、早速駆け出すヘルメスを追いかけた。
● 第三場・忘却の川
川のほとりにいるウルカヌス。ビーナスを連れてマルスが来る。
「お前はビーナスへの想いが苦しいと言ったな? なら、この全ての記憶を消す、レテ川の水を飲め。そうすればお前は楽になり、ビーナスは自由になれる」
ウルカヌスはしばらく川の流れを見つめ、ゆっくりと首を振った。
「いかに苦しくとも、忘れることなどできはせぬ。ビーナスを想うだけで暖かい気持ちで居られる時もある。これは紛れもない真実だからな」
マルスがぐいとウルカヌスの胸倉を掴んだ。
「そうか、嫌なら俺と勝負して、ビーナスを勝ち取るがよい」
「マルス、足を痛めているウルカヌスに乱暴はおやめください!」
ビーナスが叫んだとき、
「何事だ? ケルベロスどもが騒いでいるぞ」
レテ川の向こうから、黒い甲冑姿の冥王ハデス(=蘇芳蒼緋)が現れる。
「ハデスか、ちょうど良い。お前に俺とウルカヌスの勝負を見届けてもらおう」
「なぜ、私が?」
「お前も地母神デメテルより妃を奪い取った勝者であろうが?」
マルスは当たり前というように言い放った。
「確かに‥‥私がペルセポネを娶るまでの手段はいささか野蛮に過ぎたかもしれぬ。彼女に想いを告げても、冥府の王たる私に嫁ぐことはできぬと拒まれた時、私にひとつの考えが浮かんだ。『奪い取ってしまえ』と。そして花を摘む彼女をわが黒馬車に乗せ、冥府へと連れてきたのだから」
「さればこそ、お前ならば女を奪う醍醐味を知っていよう」
マルスは言い、ウルカヌスに掴みかかろうとする。ハデスが一喝した。
「だからとて、ここで争うことは許さぬ! 亡者達の安らかな眠りを乱すことはならぬ。それにマルスよ、貴様は勘違いをしている」
「勘違い、だと?」
「女は奪われただけでは心を許さぬ。ペルセポネが私を夫と呼ぶようになってくれたのは、私が言葉を尽くして語ったからだ。なぜ暗い地底で亡者達の眠りを守る日々を暮らすのか、その理由も、ペルセポネを想う気持ちもすべて。そしてペルセポネは母上の怒りも恐れず自ら冥界の石榴を食べ、私と夫婦の誓いを立ててくれたのだ。地上の平和が乱れぬように死者達の眠りを守る手伝いをしてくれるとな。想いが本当に通じねば、いくら奪い取り抱きあおうとも意味がないのだ」
ウルカヌスがビーナスを見つめて問いかけた。
「言葉‥‥私に足りないものはそれだったのかもしれぬな。せめてお前に似合う金の腕輪や真珠の櫛を作ってやれればと思うのだが、この手は無骨な槍や矛を鍛えるのには慣れていても、お前に似合う程の美しい品は中々作れぬ。ああでもないこうでもないと、作っては壊すばかりなのだ」
ビーナスがはっと目を見開いた。
「貴方が朝から晩まで鍛冶場にこもっていらしたのはそのため‥‥? 私への贈り物を思い通りに作り上げることができないから‥‥?」
「はん、ウルカヌスめ、一生辛気臭い鍛冶場にこもっておればよいのだ」
マルスが怒鳴ったとき、激しい海鳴りが響いた。
続いて金の鎧をまとい三叉矛を掲げたポセイドン(=雨堂 零慈)が現れる。
「兄上!」「ポセイドン殿!」ハデスとウルカヌスが声を上げた。
「兄ゼウスよりの使者として参った。マルスよ、これよりオリンポスを離れ地中海の向こうでタイタン族の残党狩りをしてまいれ。言っておくが、戦に女を連れて行くことはまかりならんぞ」
「何?」
反抗しようとしたマルスだが、ポセイドンが押しとどめた。
「貴様もオリンポス神族の一員ならば、任務を果たして参れ。嫌と申すなら‥‥わが三叉矛の切れ味は知っていような?」
軽々と矛を回転させ、刃先をマルスに向ける。
マルスは苦々しげに顔を歪めてウルカヌスとビーナスを振り返り、走り去っていった。
ポセイドンが矛を地に突き立て、示した。
「愛とはこのように「貫き通す」もの。ウルカヌス殿、貴殿はビーナス殿のあまりの美しさに引け目を感じ自らの殻に閉じこもっておられたようだが、愛に障害はつきもの。立場や死や、様々な事情により別れねばならぬ愛の形もあるのだ。宿命が二人を夫婦として結び付けている間は、何事にも屈せず堂々と愛を表現してみせるべきであろう。‥‥おぉそうだ、ハデス。たまさかには海に遊びに参るがよい。新妻の顔見世も兼ねてな」
「祝着に存じます、兄上」
ハデスに見送られ、ポセイドンが海に帰ってゆく。冥府の岩陰に隠れていたエロスが現れた。エロスは、愛の矢をハデスに差し出した。
「ハデス殿、しばらく僕の矢を冥界に封印して下さい」
「封印?」
「今まで僕がしてきた悪戯で、きっとみんな苦しんだんだね、父上と母上みたいに‥‥軽々しく扱うモノじゃないんだ、人の心って‥‥」
ビーナスがつと先にたって歩き出す。
「ビーナス、何処へ?」
うろたえるウルカヌスの声に、ビーナスはこたえた。
「戻るのです。私は貴方の妻、そうではありませぬか?」
「戻ってくれるのか!?」
「その代わり、贈り物を作った時には次から、一度私にお見せなさいませ。貴方の贈り物が私に似合うか似合わないかは、私が決めます。一人で黙って決めて、勝手に壊してしまっては困ります。たださえ、無口な貴方なのですから」
「わかった。や、約束しよう」
ウルカヌスが不器用に頷いた。天才的な造形家でありながら、愛を育むことには子供のように無知な男だった。
●第四場・再び神殿
「‥‥というわけで、どうにかビーナス様は元の鞘に納まり、マルス様は遠征に出かけられた由」
飛び跳ねるように戻ってきて、アポロンとアルテミスにことのしだいを報告するヘルメス。
「エロスが愛の矢を封印したか‥‥確かに、俺のように苦痛しかもたらさないような愛しか与えられないのならば‥‥それは賢明かもしれぬ」
「しかし、人間どもの作った愛の詩にもあるではありませぬか、誰かを愛し始めた事で、ただ過ごすだけだった日々が充実し始めたとか?」
ヘルメスが無邪気に軽口を叩く。
「充実か‥‥ダフネもパエトンもコロニスも‥‥愛するもの全てがわが手をすり抜けて行った俺には虚ろにしか響かぬな」
「ええ、お兄様。ですがヘルメスの言葉にも一理あるように思えます。愛は苦しみも喜びも生む諸刃の刃。でも私も、傷ついたにせよ愛の記憶を持っているだけで、一生愛を知らぬよりは幸せと思えることもあります。いずれ、エロスもその身で愛を知った時、後悔しない道を選ぶでしょう」
アポロンは空を見上げた。
「テミス、夜明けだ。俺はそろそろ行かねばならぬ」
天に日の光を昇らせるため、神殿を出発する。夜明けに薄れるオリオンの星を、いつまでもアルテミスは見つめている。まるで恋しい人そのものがそこにいるかのように‥‥