特命霊能捜査官〜秘儀編アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 小田切さほ
芸能 2Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 普通
報酬 3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/22〜02/26

●本文

「演説家として身振り、表情、言葉、三つ全てが驚くほど調和している。生まれながらの魅力的な人物だ。この人となら、世界を征服できよう」
 〜ナチス宣伝大臣ヨゼフ・ゲッベルスによるアドルフ・ヒトラー評〜

「猛烈に活動的で、威圧的で、猛々しい青年たちーー私の求めるのはそれだ。私は彼らの目の中にもう一度肉食獣の誇りと独立心の輝きが宿るのを見たい」
〜アドルフ・ヒトラー〜



 ライブハウスの看板に「「人狼結社」ライブ」と赤い文字が躍っている。
 「人狼結社」とは、最近若者たちの間で人気急上昇中のバンドである。
 その人気は、特にボーカル「A」の魅力に負うものが大きいと言われている。どちらかというと暗く陰鬱な、世界への憎悪を歌いかけるようなその歌に、若者たちは共鳴し競ってCDを買い、あるいはダウンロードし、あるいはライブハウスに足を運ぶ。
 ひどく印象的なアクションと歌声を持ちながら、イニシャルしか名乗らぬボーカリストは、自らのプライバシーもまた、一切明かさない。だがそのファッションや髪型、はては言動さえも真似る若者も多い。
 このバンドにはもうひとつ、負の魅力とも言うべき要素を備えていた。
 彼らの人気に比例するように、若い世代による陰惨な事件が相次いでいるのだ。
 衝動的に人を刺した青年の部屋には、「人狼結社」のポスターがところ狭しと張ってあった。
 同級生を毒殺しようとした少女のノートには、ぎっしりと「A」を賞賛する言葉が並んでいた。
 「人狼結社」の歌詞が、若者たちの暗い衝動に拍車をかけていると、批判する大人たちもいた。
 だが、大きな波に砂粒が押し流されるように、そういった声は「人狼結社」の音楽に酔いしれる若者たちの耳に届くことはない。


 ライブハウスの楽屋。
 件のバンド「人狼結社」のメンバー達はいつものように「儀式」を執り行っていた。
 ボーカル「A」は鏡の前で、自らの姿を確認する。
 金の肩章のついたグレーのジャケットという、軍服めいたその衣装に、陰鬱なまでに整った顔は似合いすぎている。
 まるで世界大戦の亡霊のようなその姿に、「A」は満足げにうなずいた。
「この身体は実に居心地がいい。
前の身体はいささか病に冒されすぎていたから無理もないが‥‥
さて諸君。革命のときは近づいている」
 やや芝居がかった口調で「A」は言った。
「既に我々のメッセージに同意するものたちが社会のゴミを抹殺しつつある。彼らこそ、肉食獣のごとき闘志を持つ我々の賛美者だ。やがてこの世界は我々のメッセージにより覚醒した闘士たちの手で、弱者という名のゴミを排除して生まれ変わり、理想社会となるであろう!」
 バンドのメンバーたちは憑かれたように「A」の瞳に見入っている。「A」の放つ特殊な精神波――テレパシー――を受信し、「A」の思考に支配されているのである。
 もはや彼らはほぼ、「A」の手足そのものといえた。
「私は以前、革命に失敗したーー連合軍という、私の輝ける理想を理解せぬ愚か者どもが邪魔をしたからだ。しかし新たな身体を得、新たな「ちから」を得た以上、もはや何者にも私の邪魔はさせまい! 君たちの勇気が、邪魔者を排除し、理想社会を作り上げるため貢献することを祈る!」
「ハイル、総統(フューラー)!」
 メンバー達は、高々と右手を上げて叫んだ。



 一方――
 警察庁本部に極秘裏に存在する、「特命霊能捜査班」。
 科学では解明できない事件、主に悪しき霊による事件調査と解決に当たる特殊捜査官達のチームである。
 メンバーは、いずれも、霊に対抗しうるための特殊な力を有している。
「このライブハウスを中心に、邪悪な気配を感じます」
 サイコメトリー能力を持つ捜査官の一人が、『人狼結社』がライブを行っているライブハウスのひとつを地図上で指差したことがきっかけとなり、チームはテレパスやサイコメトラーを中心に、『人狼結社』への調査を開始した。
 結果、ボーカル『A』に何らかの邪霊の気配は感じられる、と彼らは判断を下した。
 だが、その邪霊の正体を解明するまでには至っていない。
 『人狼結社』には常に、付き人や警護といった数名の取り巻きが随行しており、テレパスが『A』の思考波をキャッチしたり、サイコメトラーがその能力で記憶を読み取るのも困難な状況なのだ。
 やがて「チーフ」と呼ばれる、捜査官のリーダーが判断を下した。
「潜入捜査が必要だな。‥‥君」
 と、「チーフ」はテレパス捜査官を指名した。
「君はローディー(公演準備スタッフ)の一人として『人狼結社』に近づいてくれ。潜入中、定時連絡を怠らないように。‥‥捜査のためだけではなく、君の安全のためにもな」
 「安全」という言葉に、リーダーは力をこめて言った。
 テレパスとて、逆に洗脳される危険性は皆無ではないのだ。能力の強さには個人差がある。捜査官自身も強力なテレパスではあったが、『人狼』の線能力の強さが予想通りだとすると、並大抵の能力ではない。
「はい」
 指名された捜査官の返事はかすかに震えを帯びていた。

◆◆◆
☆ 募集キャスト☆ いずれも、何名でも可。勢力バランスが悪い場合は、NPCを適宜追加します。
 
●「人狼結社」メンバー‥‥ボーカル「A」は、もともとのテレパシー能力者が強力なカリスマを持つ邪霊に憑依されその能力を悪い方向に高めている状態。
「A」以外のメンバーはいずれも「A」に洗脳されている。

●特命霊能捜査官‥‥表向きの肩書きは「生活安全課」「交通課」などの普通の警察官。おのおのが持つ超能力により悪霊に対処する任務を持つ。

※上記以外のキャストでも、ストーリー上可能な範囲で自由に考案の上、ご応募下さい。また、「人狼結社」メンバーあるいは特命霊能捜査官。「捜査官」は超能力を一種類だけ持つことが出来ます。
「人狼」メンバーも、「A」に洗脳され与している超能力者という設定で能力を持っていてもかまいません。
 下記の例を参考にして下さい。

 〔前衛タイプ〕
 念力発火(念の炎で精神的な存在である霊にもダメージを与えることが出来る。ただし、憑依したままの霊に能力を発すると、憑依されている「宿主」にも危険を及ぼします)
 念動力障壁(サイコバリア。敵の攻撃を跳ね返す)
 TK(精神の力でモノを動かす、あるいは空間に作用してかまいたち状の衝撃波を起こす)


〔後衛タイプ〕
 透視、未来予知(ここでは断片的な未来の映像が見えるのみとします)
 テレパシー(記憶喚起・洗脳解除可能。催眠能力も含むものとします)
 サイコメトリー(手に触れた生物やモノから、それに関連する過去の出来事の映像を読み取る)

●今回の参加者

 fa0378 九条・運(17歳・♂・竜)
 fa1077 桐沢カナ(18歳・♀・狐)
 fa2321 ブリッツ・アスカ(21歳・♀・虎)
 fa2340 河田 柾也(28歳・♂・熊)
 fa2341 桐尾 人志(25歳・♂・トカゲ)
 fa2944 モヒカン(55歳・♂・熊)
 fa3487 ラリー・タウンゼント(28歳・♂・一角獣)
 fa4591 楼瀬真緒(29歳・♀・猫)

●リプレイ本文

●混迷
 亜樹っ! どうしてママがパパと仲が悪いなんて皆に言うの!?
 だって‥‥ママ、パパに殴られて痛かったでしょ? ‥‥心の声が聞こえたの‥‥
 またそんな世迷言言って、薄気味悪いったら! あんたみたいな子大嫌いよ!
 ‥‥大嫌い‥‥大嫌い‥‥大嫌い‥‥
 そうよ皆、私が嫌い‥‥
 でも、私は弱くなんかない−−。本当は皆が弱いから−−私を恐れているから排除しようとするの。消えてしまえばいい‥‥弱い人間なんて‥‥そうすれば、私が苦しむことなんて、ないんだから‥‥
「ちっ、もう少しだったのに」
 人気上昇中のロックバンド「人狼結社」のローディーとして潜入中の霊能捜査官・桐谷ミカゲ(=九条・運(fa0378))は舌打ちをした。テレパスとして強大な潜在能力を秘めてはいるものの、まだその能力は開発途上だ。もう少しでボーカルAの記憶から、霊に憑依されるきっかけを探れそうだったのだが。どうやらテレパスにありがちな、人の心の裏表にかなり葛藤があったらしい。ミカゲも同じような経験を重ねているだけに、同情せずにはいられないのだが。
 Aは今日も熱狂的な聴衆を前にライブを終えたところだ。Aの意識はいつも、鎧を着たように強固な殻に守られ読み取りにくい。ラスト曲「明日無き闘争」を歌っている途中、掛け金が外れたように先ほどの記憶が垣間見えたのだが。
 ミカゲの思いをよそに、メンバーが楽屋に戻ってくる。
「お疲れさんでしたー」
 ミカゲはすかさず、笑顔を作りAに飲み物を差し出した。A(=桐沢カナ(fa1077)
)はかなりの美少女だ。意外に低い声が説得力を増し、銀髪を束ねて軍服めいた男装をしているのが、また抑えた色気を感じさせる。Aはミカゲを一瞥してうなずく。
(「おいおい‥‥せっかく美人なのにもうちっと愛想よくしろよ」)
 捜査官だとばれないようにミカゲもまた精神をロックし読まれないようにしているが思わずにはいられない。
「ボクチンのアミーゴちゃん、蹴飛ばさないでよっ」
 キーボード担当の芳賀 久仁彦(=桐尾 人志(fa2341))に注意され足元を見る。色白で、愛嬌のある細長い顔をしているが、時折思い出し笑いをしたり、機械に話しかけたりする変人だ。
「あはっ‥‥、す、すんません」
 ミカゲはすかさず、危うく蹴飛ばしかけたマニピュレーターをよけた。
「お疲れ様です総統。こちら明日のスケジュールです」
 とマネージャー・聖祐介(=河田 柾也(fa2340))が敬礼しつつファイルを渡す。
 手渡された予定表に目を落としつつ、Aが黙々とチョコレートを食べている。日ごろの冷徹な思想と言動、対照的に異様なまでの甘味嗜好。そこにはなんとなく背筋を寒くさせるものがあった。
「さて諸君、儀式を始めよう」
 食べ終えたAが左手を常に後ろ手に回し、メンバー一人ひとりと握手する。
「――諸君の今後の勇敢な闘争に期待する。常に能力を研ぎ澄まし勝利し続けることこそ人狼結社の使命である。‥‥キミ」
 自分に声をかけられたのだとミカゲが気づくまでしばしの時間を要した。楽器磨きをするローディー風情になぜボーカルが目を留めたのだろうと訝しく思う前に、Aが言葉を発した。
「キミも、「見えすぎる」のだろう?」
「‥‥な、なんのことかな」
「キミは私と同じ匂いがする。人の心の裏側が読めるのだろう?」
 バレていた‥‥ミカゲは裏口へダッシュしようとしたが、部屋の出口にごついドラマーのG(=モヒカン(fa2944))が立ちふさがった。
「そうした人間の醜さを嫌悪する気持ちはないか?」
 Aは、テレパスが陥りがちな心の闇へと、巧みにつけ込んでゆく。
「キミの本名は?」
「桐谷‥‥ミカゲ」
 自らの意思と裏腹に、ミカゲは真実を答えていた。

● 血路
「‥‥以上が、桐谷捜査官からの報告だ。聴衆も妙に静かで野次は一切なく、まるでファンというより信者のようらしい」
 霊能捜査官チーフが会議室にいる全員の顔を見渡した。ミカゲから送られたテレパシー送信による情報全てが提示されていた。
「Aに憑いている霊はほぼ間違いなく、ヒトラーだ」
 香位優斗(=ラリー・タウンゼント(fa3487))の言葉に、会議室の空気が冷えた。
「プロファイリングによる裏づけもある。劇的行動を好み、常に命令する存在として君臨したがるヒステリー型行動は、独裁者にありがちなパターンだ。それにヒトラーは晩年、よく左手を背に回した‥‥病のせいで震えるのさ。奴は甘いもの好きでもあった」
「あのチョビひげのおっさんの悪霊が、あんなかわいい女の子に憑いてやがるのか。それにバンドなら大勢の人間に一度に影響を及ぼせるってことか。邪霊にの癖に頭の回るやつがいたもんだな。迷惑な話だ」
 轟美佐(とどろき・みさ=ブリッツ・アスカ(fa2321))が舌打ちをした。
「芸術家気取りが好きなせいもあるだろうね。許せないのは他人の才能を盗んで怨念の媒介にしてることだ。‥‥その代償、しっかりと払わせてやる」
「相変わらず強気だな」
 チーフが苦笑した時。キィッと会議室の扉を押し開けて、ミカゲが入ってきた。
「どうした!? 潜入中はここへは」
 チーフの言葉の途中で、ミカゲが持っていたペットボトルの中身を室内に振りまいた。オイルの臭いが鼻を突く。ミカゲがポケットからライターを取り出した。
「桐谷、放火するつもりかっ‥‥!」
 チーフの叫びが終わる前に、香位が右腕を伸ばす。その手の先から、風刃が飛んだ。
「風よ、叩きつけろ!」
 ライターが窓の外へ吹っ飛び、捜査本部の庭に落ちて砕けた。なおも掴みかかるミカゲを、美佐が平手で思い切り打った。
「バカ、正気に戻れっ!」

「‥‥おい、桐谷」
「ん‥‥」
 目を開けると、轟美佐が顔を覗き込んでいた。ミカゲは捜査員室のソファに寝かされていることに気づき、半身を起こした。
「ごめんな、思いっきり張り倒して。早く元に戻って欲しくて、つい」
 右頬が痛くてしばらく言葉が出なかった。
「しばらくとろろ飯くらいしか食えなさそう‥‥」
「桐谷が逆に洗脳されたか。用心しなくては」
 食生活へのミカゲの心配をよそに、チーフは捜査の次の段階を考えていた。
「俺にいい考えがあります」
 いたずらを思いついた少年のように青い目を煌かせて、香位が言った。
「犯罪にならないやり方だろうな? お前のご先祖は何せ盗‥‥」
 チーフが冗談めかして言いかけたが、香位に睨まれて言葉を切った。

● 真命
「人狼結社」ライブ中、暗い怨念を歌い上げようとしたAは凍りついた。
 旧ソ連の軍服を着た男女が、ライブハウスの客席の後ろに立っていたからだ。
「た、退却――ッ」
 Aの怯えた叫びに、戸惑った聴衆とバンドメンバーがAの視線を追って振り返る。
「馬脚を現したな。貴様の正体は既にわかっている‥‥アドルフ・ヒトラー、そうだろう?」
 ヒトラーを自殺に追い込んだソ連軍の服装をまとった香位は皮肉な微笑を浮かべた。
「よっくもマリオネットにしてくれたな。落とし前はつけさせてもらうぜ、A!」
 軍帽を脱ぎ捨てたミカゲが聴衆達を押しのけてAに迫る。マネージャーの聖がミカゲにぶつかる。
「おおっとすみません、大丈夫ですか?」
 と助け起こしーー片腕で背負い投げに放り投げた。恐るべき怪力である。美佐が「気」の鎧をミカゲの周囲に形成し、落下する彼を保護した。警備員達が聖の背後から彼に従うように現れ、美佐に襲い掛かった。
「警備員まで洗脳したか」
 チーフが呻く。香位がすっと前へ出た。
「風よ、戒めの力を!」
 旋風が巻き起こり、警備員達の体を取り巻く。警備員達は風に遮られて前進も出来ずに立ちすくみ、へたり込んだ。
 防火のための放水システムが勝手に作動し、冷たい水を逃げ惑う聴衆や捜査官達に振りまく。
「ボクチンの音楽を邪魔したら、許さないんだからね〜」
 芳賀がにひゃっ、と笑う。同時にマニピュレーターが最大音量で不協和音を奏で、捜査官達の聴覚を狂わせる。ライブハウス内の機械たちが芳賀の能力、マシンテレパスに操作されているのだった。切れたコードが、バチバチと火花を吐き出しながら、逃げ惑う聴衆に襲い掛かる。
 美佐が「気」を発し、念動力の壁を形成して聴衆を守った。十代の少年少女がほとんどだった。
「独裁者め‥‥こんな子供達に悪意を植え付けようってのか」
 美佐は、パニックを起こし泣きながら抱きついてくる少女をなだめた。
「この娘の体から出て行け! チョビヒゲのおっさんよ!」
 ミカゲがAの腕を掴んだ。
「貴様っ! ゲルマン帝国の支配者たる私に無礼である!」
 Aの銀髪がふわりと浮き上がり、蛇のように宙でうねる。紅い瞳が溶鉱炉のように輝いた。同時に、恐ろしいばかりの大量の悪意が襲い掛かる。周囲の人間が襲い掛かる幻覚。
 だがミカゲは耐えた。
「‥‥っ、ゲルマンだかなんだか知らねーけど、せっかくいい声してんのに、独裁者なんかに盗ませんなよな! もったいねーよ」
「そうか、キミも恐ろしいのだな。自分の弱さを認めることが」
 Aが嘲笑した。
「じゃあお前は強いって言いたいのか? 他人の才能を盗み、自らは手を下しもしないで人殺しをさせるお前が」
 美佐が、背中に聴衆だった少年達をかばいながら言った。Aの悪意の歌に酔いしれていたはずの少年達は、今は美佐を信頼しきったまなざしで見つめ、その「気」にしっかりと守られていた。
「心の弱い人間ほど、自分を強いと思いたがる。なぜか? そう思わないと耐えられないからさ」
 美佐の言葉に、Aは唇をひくひくと奮わせるが、返す言葉が見つからない。
「以前は貴様の下らんコンプレックスで世界を支配しようと目論み、今度は失敗した腹いせの報復か。全く、傍迷惑な独裁者さまだな?」
 香位が挑発的な台詞を投げた。右頬を吊り上げた、皮肉たっぷりの微笑とともに。
「何ぃぃぃぃ!!」
 A‥‥いやヒトラーの悪霊は動揺した。怒りに我を忘れたせいもあるだろう。ついにAの体から抜け出し、黒い霧の塊のような思念体となり、襲いかかろうとして、
「風よ、彷徨える霊をあるべき場所へ運べ!」
 香位の手のひらから発した風の刃が、見事に独裁者の魂を切り裂いた。
「ゲルマン、帝国、は、不滅だぁぁ‥‥!!」
「違うね。世界は憎しみを土台にした理想を選ばないよ。例えあんたが何度甦ってきても、だ」
 行きがけの駄賃とばかりに、発した独裁者の未練がましい言葉を、美佐がそんな言葉で切り崩した。

 独裁者の残留思念か、凝った冷気が残った。嫌な気配だった。
「霊能捜査官の方々、微力ですがお手伝い致します」
 いつのまにか入ってきていた小柄な女性がライブハウスの中央へ進み出た。
「キミ‥‥は?」
 香位の問いには答えず。巫女姿のその女性は札をかざし、唱えた。
「祷・風来地鈴参」
 凝っていた冷気がすうっと拡散し、暖かい風が吹き込んだ。あっけにとられていた捜査官の面々に、女性はぺこりと頭を下げ、
「では‥‥また何処かで」
 悠々と出て行った。
 苦笑したチーフが、捜査官達に語った。
「彼女、神薙 燕(=楼瀬真緒(fa4591))といってね‥‥霊能捜査官候補生としてなかなか優秀な女性だったが、霊能捜査だけではない、日常の小さな霊能相談にも対応したいからと、捜査官に就任しなかった変り種なんだ。今はご両親の神社を継いでいるはずだが」

 ヒトラーの魂が抜けた後、虚脱状態に陥り舞台にくず折れたAを、ミカゲと香位が助け起こした。
「自分の名前、言えるかな?」
「友田‥‥亜樹」
 銀髪の少女は答えた。
 
 その後。人狼結社の名も、いつか幻のバンドと呼ばれるようになり、現在、芳賀はマシンテレパスの能力を買われ、善意のハッカーへと転向すべくカウンセリングを繰り返している。相変わらず不気味がられながら。洗脳が解けた聖は穏やかな人柄に戻り、小さなプロダクションを経営している。もう怪力を発揮することはない。
 元々サラリーマンのデスメタルバンドグループに所属していたGもまた、迫力のある顔貌とドラミングを買われ、プロバンドに引き抜かれた。
 亜樹の強力なテレパシーに着目した警察本部は、特命霊能捜査官に育成すべく本人に打診したが、亜樹本人は答えをまだ保留している。
 亜樹のトラウマは深く、事件以来自らの能力解放に恐怖心を覚えている傾向が見られたこともある。
 チーフは説得した。
「君の能力は使い方を間違えさえしなければ、他人を救う力にもなる」
「でもアキあれから、自分が怖くて‥‥自分の憎しみが悪霊を呼び寄せて、関係ない人たちまで巻き込んだなんて」 
 そう呟いて殻にこもろうとする亜樹に、ミカゲが自分の胸を指差し、言った。
「でも歌は捨てんなよ。あんたの歌‥‥ホントにズシンとここへ来るから」
 ようやく、亜樹は忘れていた笑顔を取り戻した。美佐がその肩に手を置いた。
「泥沼そのものだけど、美しい歌だって生み出せるんだぜ、人の心ってのはさ。そういや泥がなきゃ花だって咲かないんだよな」
「そう、キミには才能がある。それが決定的なヒトラーとの違いだ。奴は芸術家を志したが、自らの才能は平凡だった」
 香位が相変わらず痛烈にこき下ろす。
「まったく香位の毒舌ときたら、ヒトラーが怒ってまた甦ってきそうだぞ」
「ふっ、何度でも葬り去ってやりますよ(キラリ)」
「‥‥まあお前ならやりかねんが」
 事件を解決して、捜査官室の空気は明るい。
 くすりと笑って亜樹は窓の外を見て呟いた。
「まだわからない。でも、きっと、もうすぐ‥‥」
 それは窓の外の桜の咲く頃を指したようでもあり、彼女自身のことのようでもあった。