機織御前悲話アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 小田切さほ
芸能 3Lv以上
獣人 フリー
難度 やや難
報酬 9.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 03/12〜03/16

●本文

「遠野郷の内ではないが、閉伊川の流域に腹帯ノ淵という淵がある。昔、この淵の近所のある家で一時に三人もの急病人が出来た。すると何処かから一人の老婆が来て、この家には病人があるが、それは二三日前に庭前で小蛇を殺した故だと言った。
 家人も思い当たることがあるので、詳しく訳を聞くと、実はその小蛇は、淵の主がこの家の娘を嫁に欲しくてつかわした使者であるから、その娘はどうしても水のものに取られるという」
 〜柳田国男「遠野物語」より抜粋〜

 ――美味しい。
 プロダクション街で顔見知りの舞台監督にばったり会い、美味しいイタリア料理店があるからごちそうしますよ、と連れ込まれたレストラン。
 複雑な味のソースをからめたパスタが目の前に運ばれ、口にして満足げな表情を浮かべた貴方を見て、舞台監督は切り出した。
「実は、聞いてもらいたい話があったのですよ。いや、○○のVTRを見て以来、貴方に注目していましてね」
 と、貴方の最新作の番組名を口にする。パスタを味わうのに専念している最中に仕事の話を切り出され、貴方が浮かべた戸惑いの表情をどう誤解したのか、舞台監督は大げさに手を振る。
「いやあ、パスタで貴方を一本釣りするつもりはありませんから、安心して食べてください。だったらなぜ奢ってくれるのかって? 業界ではね、将来のありそうな人に恩を着せておくのは決して損なことじゃないんですよ‥‥ご存知でしょ?」
 舞台監督はにんまり笑って言うが、あくまでこの奢りは、出演交渉の布石であるらしい。
 その証拠に、舞台監督はやがて熱っぽく語り始めた。
「今回の舞台は、この、遠野伝説のひとつをモチーフにした恋物語なのですよ。美しい姫が、妖しき化生のもの‥‥このお話では沼に棲む『竜神』ですね‥‥に奪われる。姫を思っていた若者は、魔物退治のため剣を磨き、やがて名剣士として村へ戻ります。
 しかし一方、妹姫を救えなかったことで自分を責めた姉姫は、別な魔物の手を借りて竜神を倒そうとして、魔道に堕ちてしまいます」
 すると舞台の結末は、いずれにしても悲劇になるのか、と貴方は問いかけてみた。
「それは、出演者の皆さん次第ということにしようと思っています。
 それにこれは『愛』をめぐるお話ですからね、化け物を退治して終わりというような結末にだけはしたくないと思っています。
 たとえば『竜神』役も、人ならざる身で人を恋してしまった宿命に苦しんでいるという役どころで、決して悪役ではないんです。‥‥どうですか? 」
 そういいながらも舞台監督の目は、貴方は果たしてどんな結末が好みなのかと表情を探っているようでもある。

「で、キャスト募集中の役どころは?」
 貴方は尋ねる。
 待ってましたといわんばかりのすばやさで、舞台監督は貴方に、一枚の紙片を手渡した。そこには募集中のキャストとその役柄についての解説、そして舞台のあらすじがまとめられている。
 貴方がその紙片に目を落とすと、舞台監督はせっかちにも、
「ああそうだ、ご希望の役柄が決まったら、舞台衣装を用意する都合がありますので、貴方の正確な身長とサイズを教えてもらえますか?」
 と聞いた。
 貴方は苦笑しながら、まだ舞台出演を決めたわけではないのだとやんわりと念を押した。
「失礼しました。つい本音が出ちゃいましたね。私は貴方の個性がぜひこの舞台に欲しいんです。ぜひ、いいお返事をお待ちしていますよ」
 舞台監督は、貴方に握手を求めると、連絡先を書いた名刺を貴方の手に押し付けた。

☆舞台概要☆
 舞台は江戸時代頃の、東北のとある小国。
 この国を治める殿様には、「香代姫」「千香姫」という二人の美しい姫がいた。
 ある日、庭にいた香代姫は千香姫が這いよる蛇におびえているのを見て、蛇を追い払おうとして誤って殺してしまう。
 その日から、殿様は重い病の床につく。
 病の原因がわからず、占い師が呼ばれた。占い師は不吉な予言をする。
「香代姫が手にかけなさった蛇は、竜神様のお使いじゃ。それを殺した故、殿様が病になったのじゃ。竜神様は、千香姫を嫁に欲しいと所望しておいでじゃ。さもなくば、竜神様は殿様を病にするだけではなく、大水を出して国ごと押し流してしまうと仰せじゃ」
 千香姫は竜神に嫁ぐ決意をした。
 香代姫は自分が蛇をあやめたばかりに妹を不幸にしたと自分を責め、沼の周囲をさまよううちに山に住まう魔物「狼の経立」(おいぬのふったち=狼の魔物)の誘いを受け、魂を売る約束と引き換えに魔力を手に入れる。
 一方、千香姫は竜の住まう沼に身を沈め、水底の御殿に暮らす。千香姫の機織の音が水音に混じって響くようになり、人々は千香姫を「機織御前」と呼んだ。
 だがそんな千香姫への愛を捨てきれない小姓の弥助は必死に剣の腕を磨く修行の旅に出、魔物をも調伏する名剣の使い手となり、竜神を倒し千香姫を取り戻すべく国へ戻ってくる。
 しかし、その同じころ、魔狼を伴った香代姫もまた、竜神を狙っていた‥‥


☆募集キャスト☆
○香代姫‥‥殿様の一番娘。しっかり者で意志が強く、家族への愛は人一倍強い。責任感の強さ故に魔道に身を落とす
○千香姫‥‥殿様の二番娘。両親と姉に守られおっとりと育ってきた、機織の好きなおとなしい娘。家族や国のため自分を犠牲にする芯の強さも持つ
○竜神‥‥人間の繁栄につれ、竜や蛇神の仲間が次々退治されてしまい、村の沼にひっそりと隠れ住む。人間全般を恨んでいたが人間である千香姫を愛してしまう
○狼の経立(魔狼)‥‥竜神と同じく仲間を人間に退治され人間に恨みを持つ。人間に復讐するため竜の血を飲み、その力を得たいともくろんでいる。
○弥助‥‥千香姫を恋していた城の小姓。千香姫を救うべく剣の腕を磨き名剣士となる。

※上記以外のキャストは確定しておりません。竜神や狼の経立に仕える魔物、香代姫の恋人、弥助の剣の師匠など、自由に考案の上、ご応募下さい。

●今回の参加者

 fa0095 エルヴィア(22歳・♀・一角獣)
 fa0179 ケイ・蛇原(56歳・♂・蛇)
 fa0597 仁和 環(27歳・♂・蝙蝠)
 fa1013 都路帆乃香(24歳・♀・亀)
 fa1715 小塚さえ(16歳・♀・小鳥)
 fa2044 蘇芳蒼緋(23歳・♂・一角獣)
 fa2340 河田 柾也(28歳・♂・熊)
 fa2341 桐尾 人志(25歳・♂・トカゲ)

●リプレイ本文

●プロローグ〜遠見語り
「千香はどうしておるのやら‥‥」
 沼に去った娘を案じる殿(=桐尾 人志(fa2341))に請われ、遠見の力を持つ頭巾姿の占い師(=河田 柾也(fa2340))が語る。
「ご安心めされよ。竜神が千香姫様を食らいその命を‥‥というような事は、私の遠見にはありませぬ。竜神はどうやら姫に恋焦がれておりまする」
 その時、小姓の弥助(=蘇芳蒼緋(fa2044))が走りこんでくる。
「殿! 香代姫のお姿が見えませぬ。文机の上に置手紙が」
「『千香を魔物に嫁がせたは私の咎。何としても償いとうございます』‥‥な、なんと‥‥」
 へたへたとうずくまる殿を、弥助が助け起こす。
「殿。お気を確かに。弥助、身命に変えて香代姫、千香姫を取り戻しましょう」
「ま、真か弥助」
「千香姫をお守りするは、弥助の役目にございます。幼き頃から‥‥ずっと」
 殿は喜び、弥助に何度も礼を言った。彼の言葉に、深い思いがこもっているとは知らず。

●沼のほとり
 流れる黒髪を束ねた旅姿の香代姫(=エルヴィア(fa0095))は沼のほとりへ来ていた。
 とんかたり。と音がする。機織の音だ。
「千香の‥‥千香の機の音! 千香‥‥!」
 狂おしく沼へ駆け寄る香代姫。背後から狼の経立(=ケイ・蛇原(fa0179))が現れる。長い銀髪を黒の直垂の上に垂らし、その上に灰色の毛皮を纏い、邪笑を浮かべ。
「おぉ、美味そうな人間じゃ。真っ直ぐで、賢く、美しい。食らえばさぞ力が付こう」
 はっと飛び退り、香代姫は懐剣を抜いて、警戒の態勢をとる。
「お前は‥‥狼の経立ね?」
「いかにも。この山に住む年老りた魔物にござります」
「城の書物蔵でお前の名前を見つけたわ。百年前竜神の血を食らおうとして返り討ちにされたと‥‥貴方も竜神の敵なのね? 私に力を貸して欲しいの。竜神を倒し、妹を取り戻す為に」
「興深いお話にございますな。よろしい。貴方の発する殺気が気に入りました。貴方は竜神を憎んでおられる。だがその千倍もご自分を責め、憎んでおられる。今のあなたの腕ならば、竜とさえも切り結べるでしょう、香代姫様♪」
 ぬたりと狼の経立は笑った。気圧されずに香代姫はぴしりと釘をさした。
「ただし、貴方が竜を喰らった後、国と妹には手を出さない事。そうでないなら協力はしないわ」
 狼の経立は快げに笑った。
「善哉、善哉。もとより竜神の血が手に入るならばそれ以上望みはしませぬよ。では‥‥貴方にも私の妖力を分け与えて進ぜましょう」
 魔狼がさっと香代姫に向かい手を伸ばす。と、雷光に似た音と光が爆ぜ、そして‥‥
「あああッ!」
 香代姫は倒れ伏し‥‥顔を上げる。
「この力で‥‥竜神を討ち果たしてくれよう」
 姫の艶やかな黒髪は、魔狼と同じ銀髪に変わり果て、目元に赤い縁取りが浮かび上がっていた。
 今や香代姫は、魔人に変じたのだった。

● 沼の水底
 とんかたり。機織の音が静かに穏やかな時の流れを刻む。千香姫(=都路帆乃香(fa1013)の機織をする音だ。その横から竜神の眷属である蛙の妖怪・谷蟆(たにぐく=桐尾 人志・二役)が嬉しそうに話しかける。
「この神殿の中は、ずっと仄暗ぇかった。あんま深過ぎて、お天道さんも光ば届けてくんねぇからの。でも姫様がいらしてからは真昼みてぇだ」
「でも、竜神様は人間達への見せしめに、私を娶ったと聞きました」
 千香姫は憂い顔。
「いんや、見せしめならどこの娘だって構わねえべ? けんど主様は姫様をお選びなすった。主様が姫様をお好きなのは間違いねぇ。問題は、姫様が主様を好きになれるかどうかだべな」
 谷蟆はえへんと咳払いして、尋ねる。
「もしや、他に好きな男でも‥‥?」
「いいえ。私の知っている殿方は、ずっと年上の家臣達と、幼い頃から遊び相手になってくれた小姓の弥助しか‥‥あ」
 何か思いついた風に言葉を切る千香姫。追求する谷蟆に、
「幼い頃から、時折同じ夢を見るのです。父上の鷹狩りについてきて迷子になり、凍えそうになった私を誰かが正しい道へ導いてくれた。でも、あの方は本当にいたのか、幼心が描いた幻だったのか‥‥覚えているのは、その人がとても優しく、私の乱れた髪を美しい櫛で梳いてくれたことだけ」
 竜神(=仁和 環(fa0597))が現れた。銀の髪に赤い瞳。深い青海色の狩衣姿。魔物と知っても、その姿に千香姫も息を呑まずにいられない。竜神は無表情のまま冷たく谷蟆を叱る。
「谷蟆。口が過ぎるは聡いとは言えぬぞ‥‥下がっておれ」
「へぇ、谷蟆は退散します。お二人でごゆるりと‥‥家族計画のご相談でも(ニヤ)」
 どかっ(蹴り)。谷蟆が吹っ飛び、竜神は千香姫に向き直る。
「何を織っている?」
「私の一番好きな景色‥‥。城の庭に咲く桜にございます」
「桜とは、これか?」
「いいえ。これは水仙にございます。桜はこちらに」
「そうか。これがさ、く、ら‥‥と申すのか」
 まるで感情などないような淡々とした物言いの竜神が、味わうようにゆっくりと花の名を口にする。千香姫は不思議そうに竜神を見つめる。
「私に機織などさせて、何となさいます?」
「お前は機織を好むと聞いた故。それがどうした?」
「なぜ、私の好きなことをさせてくださるのかと‥‥」
「竜神は人とは相容れぬ恐ろしき者、人を憎みし者‥‥人間共はそのように私を描いているそうだな。お前もさぞ私を恐れていような」
 千香姫は答えないが、その表情は竜神を畏怖している。
「教えて下さいませ。なぜ私なのですか?」
 何か言いたげに千香姫を見つめる竜神だが、つとその視線を逸らす。
「何と言おうと人にしてみれば娶ったとはいえ所詮贄でしかなかろう。故に語る必要などない」
 背を向けて、その場を去る。
 一人きりになった千香姫は「姉上‥‥父上‥‥弥助」呟いて、袖で涙を拭った。
 
●山の鍛冶場
 一人の旅姿の若者が道を歩いている。と、5人の侍が彼を取り囲む。
「待て、道場破り! よくも師匠を叩きのめしたな!」
 若者は冷ややかに答える。
「剣の修行に勝敗はつきもの。剣の技を極めるため一手の指南を申し入れたまで」
「貴様!」
 侍達が一斉に若者に切掛かる。居合いで一人倒し、返す刀で二人目を。3人目、4人目、5人目。勝ち抜いた侍は笠を脱ぐ。弥助だ。だがその表情は別人のように冷たく厳しい。
 弥助は刀鍛冶の名人・北村直光の鍛冶場を尋ねて来たのだった。 
「刀を一振り頼みたい。どんな魔物をも切り伏せることの出来る刀を」
 と申し入れた。刀が仕上がるまでの間、鍛冶場に逗留する弥助を、直光の娘・しの(=小塚さえ(fa1715))がそっと見守っていた。
(「どうしてあんなに哀しい、辛そうな目をしていらっしゃるのでしょうか‥‥?」)
 弥助が竜に囚われた姫を救うために刀を求めていると父に聞かされ、しのは悟った。あの人があんなに思いつめているのは‥‥その姫様を恋しているから。しのは思いを告げず、ただ一心不乱に祈った。
「天地森羅万象に宿る精霊よ、わが父の鍛えし刀に宿り給え」
 と。弥助が寂しげな時には、慰めにとそっと童歌を口ずさんだ。やがて自ら光を放つかと思う程の名刀が仕上がった。しのは心をこめ、刀を差し出した。
「どうぞこの刀をお持ち下さい。これはわたくしの父が鍛えた刀。きっと弥助様のお役に立つと存じます」
「かたじけない。では‥‥」
 短い挨拶を残し、弥助は去った。
 
● 沼揺らぐ
 沼底。泣き疲れ機によりかかり転寝をしていた千香姫の耳に、不気味な音が届く。
 おぉーん‥‥狼の遠吠えに似た声に、谷蟆の手下たる蛙共がなき騒ぐ。
「姫様、奥にいて下され、あの声は狼の経立に違いねえべ!」
 谷蟆が竜神に知らせる間に、沼中に異様な雷光が走る。雷光と共に現れたのは‥‥
「姉上‥‥!?」
 千香姫が叫ぶ。姉のなんという変わり様。銀の髪が乱れる度、行く手を阻む蛙共が香代姫の振るう短刀で薙ぎ払われる。その短刀は、妖しい紫の輝きを帯びていた。
「千香、助けに来たわ。竜神は私が斬る。早く、地上へお逃げ」
 魔に堕ちて尚、妹に向ける香代姫の声は優しい。だが、竜神は千香姫を背にかばい、結界を結び香代姫を近づけない。狼の経立がゆったりと進み出た。
「ご安心を。竜の手口は知っております。退け、結界」
 バリバリッと電光の走る音。それと共に、香代姫が竜神に斬りかかる。
「ふん、小賢しい魔狼め‥‥姉姫につけ入ったか」
 竜神はひらりとかわす、だが千香姫を行かせまいとしつつ香代姫・魔狼の攻撃を避ける戦いは圧倒的に不利だ。
「百年前の勝負は意に沿いませなんだが‥‥此度は楽しめそうにござりますなあ!」
 魔狼が嬉々と鋭い爪を振り下ろす。姫を庇おうとした谷蟆が喉を切り裂かれ倒れた。
「姫様、お願ぇだす。どうかどうか、末永く主のお天道さんでいて下せぇ。オラ達、何でも、しますでな‥‥」
 最後の言葉を残し息絶えた谷蟆を見て竜神の全身が青い輝きを帯び沼が揺らぐ。
「狼め‥‥許さぬ‥‥竜神が力、侮るな‥‥!」
「下らぬ、下らぬ!」
 狼の経立が吼えた。
「人は食うものだ。我らの糧だ。愛するなど、ありえん。だから許せんのだ! 自然の摂理に逆らう、愚かな竜神め! 血をよこすのだ!」
 魔狼が竜神を襲う爪が逸れ、千香姫の衣が裂ける。
「おやめ! 妹に手を出さないと約束したはずよ!?」
 香代姫が叫び、短刀をかざした。紫の雷光が狼に反射した。
「残念ながら香代姫様。魔物は所詮人とは相容れぬのですよ。それに私は‥‥同胞を殺された恨みを忘れてなどおらぬ! 親しきものを奪われた悲しみを忘れられなどせぬ!」
 不気味に取り澄ました口調が憎悪の咆哮に変わり、人への恨みと竜神への憎しみをない交ぜに、魔狼の狂気の爪が千香姫にも香代姫にも襲い掛かる。
 と、鋭い刃風が、魔狼の右腕辺りを切り裂いた。弥助だった。
「千香姫っ! ご無事でおわしましたか」
 だが弥助もまた香代姫の異形の姿を見て驚く。
「香代姫様も今は我が眷属。私を滅さば香代姫も道連れにございますぞ」
 魔狼の嘲笑に竜神と弥助はためらう。だが、一瞬の隙に香代姫は短刀を体ごと、魔狼の身体にぶつけていた。
「があああッ!?」
 魔狼は無残に血を吐いた。
「お前、たちは。何なんだ。どこからきてどこへ‥‥行く。生きて‥‥次の世代を生みたいと望む。敵があれば、倒す‥‥そうだろう?」
 問いかけつつ、魔であるが故に孤独なままに死にゆく経立。同時に、香代姫も倒れる。
「弥助! 千香を‥‥頼‥‥」
 弥助は残る敵、竜神の前に刃を構えた。だが、竜神は戦う気配を見せぬ。
「私を討て。そして姫を連れ帰るが良い。経立めの言う通り、魔と人は相容れぬ。思えば幾百年、仲間達の死を見送ったことよ。もはや生き飽いたわ」
 最後の手向けに、と竜神は自らの血を香代姫に与え、甦らせる。一度死んだことで、魔狼との契約も無に帰して、香代姫は元の黒髪の姿で生き返った。
 無抵抗の竜神に弥助は戸惑ったが、思い切るように刃を振り上げる。が、千香姫はその刃の前に立ちふさがる。
 魔狼との戦いの際、竜神が落とした櫛を拾い上げ、
「これは夢に見た、あの櫛‥‥! 貴方だったのですね? この櫛を見れば、あの時聞いたお名前も思い出せる‥‥私の恩人、『眞澄』様‥‥なぜ、最初から仰ってくださらなかったのですか?」
「言えば恩を着せることになる。さすれば、尚の事お前は本心を押し隠し、ただ義務のため私に仕えるだろう。それが耐え難かった」
「姫様、なぜその様に奴を庇い立てするのですっ?!」
 弥助が問うた。魔物に向ける、千香姫の眼差しが優しすぎる。嫉妬の混じった疑念。千香姫が叱咤した。
「弥助、お控えなされ! このお方は私の恩人。そして‥‥夫です!」
 クッと弥助は悔しげな表情を浮かべたが、やがて静かに剣を下ろし膝まづく。
「ご無礼‥‥仕りました」
「貴方はそれでいいの?」
 香代姫は問うた。香代姫は知っていた。弥助の目がいつも、妹を追っていたことを。
「剣の腕を磨いたのも、全ては姫の為‥‥姫が御心満たされているならば剣は必要ありませぬ」
「姉上‥‥さようなら。弥助、姉上を頼みましたよ」
「千香‥‥」
 人としての暮らしを捨て、魔との愛に生きることを選んだ妹と、香代姫は最後にしっかりと抱き合った。背を向けたまま、弥助は去り際に低く言った。
「千香姫、どうぞお幸せに‥‥。弥助は、姫を‥‥お慕いしておりました」
 
●エピローグ〜遠見語り
「今も沼のほとりに立てば、機織御前の機の音が聞こえるそうな。時折沼の水面が七色に光るのは、沼底で竜神が千香姫の織物を広げているからだとか。この国は竜神のおかげか、一度も水害に遭うことはなかったともいいまする。
 城に帰った香代姫は、女城主として善政を敷いたそうな。中でも日照りの際には姫自らが雨乞いの舞いをすれば、必ず雨の恵みがあったとか。
 香代姫の腹心は稀なる剣の使い手で、名を弥助と言い申した。その妻の名は、「おしのの方」といい、城内きっての歌上手でござったとも伝えられまする。
 魔と人との愛を語るこの物語。これにて終わりにございます」
 占い師姿の河田柾也のナレーションと共に、舞台に役者達が勢ぞろいし、拍手を浴びた。

★打ち上げの席にて
「ああっケイさんがザルなの忘れてたっ!! さ、酒代で破産するっ! 誰だ環君酔わせたのっ。三味線弾くのに片肌脱ぎはいいけど帯、帯も解けてる! わーっエルヴィさん踊る振りしてセクハラした照明係に蹴り入れてるよ! 蒼緋君、皿洗いの手伝いはいいから彼女止めて!」
 個性的過ぎな役者達を自宅に招待しちゃった舞台監督は頭を抱えるのでした。