反逆のバッカスアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 小田切さほ
芸能 3Lv以上
獣人 フリー
難度 やや難
報酬 2.4万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/14〜04/18

●本文

【バッカス】‥‥ギリシア神話の男神。ぶどうの栽培法と、ワインを作る醸造法を開発し、広めたと伝えられる。酒の神であり、人々を陶酔と酩酊に誘う神でもあるとされる。また、人々に熱狂と快楽を与える関連からか、演劇の神とされることもある。
 
「なかなか美味なワインですな」
 目を上げると、見覚えのある顔がグラスを差し出して笑っていた。
 顔見知りの舞台監督だ。
 今日は、彼の某芸術賞受賞記念パーティー。
 招待客の一人である貴方は、知人と軽く会話を交わしながら、オードヴルのカナッペを口に運んでいたのだが、監督はわざわざ貴方の傍に来て、話しかけてきた。
「ところで、ワインの醸造法を人間に広めたというギリシア神話の神バッカスはご存知ですか?」
 貴方が興味ありげな反応をすると、舞台監督は勢いづいたように話し始めた。
「私はギリシア神話の中でも、特に彼が好きなのです。ワインだけでなく、興奮に酔い、熱狂することを人間に教えたそうですよ。‥‥彼はね、今でこそギリシア神話の中で最も偉大とされるオリンポス12神の中に数えられていますが、もともとは神の中のはみ出し者、神の座から追放された孤児だったとか。全能神ゼウスと、人間の王女セメレとの間に生まれた、半神半人でしたしね。しかもゼウスの妻たる女神の長ヘラに追放されて、殺されかけて‥‥どうです、現在にも通じる話でしょ?」
 確かにそのエピソードは、最近ニュースをにぎわす不倫と、子供の虐待を思わせる。貴方がそう言うと、監督は得たりと大きくうなずいた。
「でしょう? ギリシア神話というのは、古いようで実は今日にも通じる新しい物語だと思いませんか? ‥‥ということで、バッカスの物語を、舞台の上で演じてみるというのはどうです」
 そらきた、と貴方は身構えた。どうやら監督は出演交渉をするつもりで、わざわざ貴方の傍に来たらしい。
「なまじ新しさを追求するドラマなどよりも、強い個性を持つキャストを起用してギリシア神話を演じさせる方がどれだけ新しいか知れません。それに、貴方を口説いてみると話したら、裏方のスタッフがやけに張り切りましてね」
 まだまだ口説き文句を並べかねない監督に貴方は、唇の前に指を立ててささやいた。
「しっ。受賞記念スピーチのお時間では?」
 司会者が、舞台監督の名を呼んでいる。監督は貴方の傍から離れてフロアの中央に向かった。去り際に、
「後でプロダクション宛に舞台の概要をメールしておきますからね。ちなみにお返事が返ってくるまで、何度も送信しますので」
 にこりと笑顔を残していくことも忘れない。
 便利な文明の利器は、反面人を縛る道具にもなりうる‥‥それを実感した貴方は、拍手の渦の中でひそかに苦笑した。


☆舞台「反逆のバッカス」あらすじ
 ギリシア神話の全能神ゼウスは美しい女に目が無かった。だが、ゼウスの妻ヘラは嫉妬深く、ゼウスの寵を受けた女達に、恐ろしい仕打ちをした。
 バッカスの母、セメレもその一人。ゼウスの子であり、半神半人の子・バッカスを身ごもるが、ヘラの策略でゼウスの雷に焼き殺される。
 だがゼウスはセメレの死体からバッカスを救い出し、青年となるまで少女の姿をさせ、慈悲の女神ヘスティアに預けて密かに育てるが、またしても嫉妬に燃えるヘラに見破られ、バッカスは身一つで追放される。
 ヘラの嫉妬は、人間の身で寵を受けたセメレのためだけではなかった。バッカスは生まれながら魔性の瞳を持っていたのである。
 見つめられた相手はひととき魂を奪われ、バッカスが望むままの幻を見せられることになるのだ。
(「半分しか神の血を引かぬ癖に、あの力はなんて恐ろしい‥‥それでなくともあの子はどこか人の心を惹き付ける。いずれわたくし達オリンポス12神の立場をも危うくするに違いない」)
 ヘラはそう思いめぐらし、追放したバッカスに、次々と刺客を送り込む。
 母セメレの妹の子、従兄弟ペンテウスもその一人。だが彼は、
「叔母の忘れ形見ゆえ世話をしてやろう」
 とバッカスを騙そうとして、自らの母親に殺される。母親はバッカスの魔性の瞳を見つめてしまい、幻を見せられたのである。
 一方、刺客の一人で元海賊のアコイテスは人々を幻想と快楽に誘いながら常に醒めた目で人々の狂乱を見つめるバッカスに心服し、その従者となる。
「あんなに人間どもを酔っ払わせながら、あんた自身は醒めた目でそれを見つめるだけで、酔いのかけらも見せねぇ‥‥ヘッ、気に入ったぜ、魔性の瞳の神御子様よ」
 アコイテスを従え、刺客を撃退しつつ、バッカスは、ヘラへの復讐を企てる。
「母上を冥界から呼び戻し、父上ゼウスの前で母上にヘラの腹黒さ残忍さを証言させるのだ。そしてヘラを追放し、母上をゼウスの妻として新たな女神の長に据えてみせる!」
 そして冥府の女神ペルセポネを説得し、亡きセメレを冥府から呼び戻そうと考える。
 その策略のため、バッカスは「知恵の乙女」と呼ばれるミノス王国の姫・アリアドネに目をつける。
 アリアドネは、島を支配する怪物ミノタウロスを倒す知恵を恋人に授けたが、より大きな王国を狙う恋人に裏切られて捨てられ、失意のうちにあった。
「冥界の女神ペルセポネを説き伏せる手助けをしてくれぬか。そうすれば、お前を裏切った男への復讐に手を貸してやろう」
 バッカスは誘うが、アリアドネは拒む。
「いいえ、私はあの人の裏切りを悲しみこそすれ、恨みはしておりません。
 あの人は少なくとも、わが民の敵を倒してくれた。それに、復讐は新たな憎しみを呼ぶだけ‥‥
 貴方は気づいていないの? 貴方の憎む相手は、いつか復讐されると怯えて生きている。
 貴方が復讐を遂げれば、貴方も同じ思いをして暮らすことになるわ」
 アリアドネの口調は優しいが、言葉は鋭くバッカスの不安を呼び起こした。
「ふ‥‥ふん、負け犬の言い草よ!」
 バッカスは言い捨て、アリアドネに背を向けた。
 だが、アリアドネの言葉に、胸の底が波立つ自分を彼は感じていた。
(「母上は‥‥復讐に燃える私を見て、お喜びくださるだろうか」)
 ふと、育ての親・女神ヘスティアに聞かされた母の面影が心を過ぎる。
 彼の復讐の行方は?

☆募集キャスト
●バッカス‥‥美しすぎる瞳を持つ半神半人の若者。
●アコイテス‥‥バッカスに心服する元海賊。航海術や戦闘に長けている。
●アリアドネ‥‥類稀な知性を持つミノスの王女。冷静さ故冷たいと評されることもある。
○ペルセポネ
○ヘラ
○ヘスティア
○バッケー(バッカス専属の巫女。ほぼ常時酔ってたらしい)
 ●は必須(と思われる)キャスト、○は出演者次第で調整可能なキャストです。
 ※キャストが不足した場合はNPCが適宜補ったりします。
※上記以外のキャストもギリシア神話の登場人物または関連のある人物(語り部的に詩人ホメロスとか)でお願いします。

●今回の参加者

 fa0642 楊・玲花(19歳・♀・猫)
 fa0658 梁井・繁(40歳・♂・狼)
 fa1013 都路帆乃香(24歳・♀・亀)
 fa1521 美森翡翠(11歳・♀・ハムスター)
 fa2044 蘇芳蒼緋(23歳・♂・一角獣)
 fa3369 桜 美琴(30歳・♀・猫)
 fa4263 千架(18歳・♂・猫)
 fa4764 日向みちる(26歳・♀・豹)

●リプレイ本文

●舞台裏 
 梁井・繁(fa0658)に向ける舞台監督の顔は険しかった。
「語り部の希望が重複したのに、調整する努力すらされなかったとは‥‥。今回貴方には、劇場アナウンスの仕事しかお願いできませんね」

☆スケリア島の宴
 王アルキノスの誕生祝の宴が賑やかに開かれている。上機嫌の王は、傍に控える王女ナウシカ(=美森翡翠(fa1521))に言った。
「ナウシカよ、父の祝いに何か物語を所望じゃ」
 白いドレス姿のナウシカは竪琴を抱え、静かに語り始める。
「では、酒の神、人々を陶酔と酩酊に誘う神、人々に熱狂と快楽を与える者、演劇の神、バッカスの物語を‥‥。これより語るのは、魔性の瞳を持つ彼が、まだ地上にいた頃の物語」

●第一場・憎しみの洗礼
 白いヴェールを着けた慈悲の女神ヘスティア(=都路帆乃香(fa1013))が少女の髪を結い上げようとしているが、少女は彼女の手を振り払う。
「もう、女の子の格好は真っ平です。いつになったら剣を下さるのですか」
 少女の姿をした幼年のバッカス(=美森翡翠(fa1521)・二役)。
「復讐のための剣なら、差し上げられません」
「せめて教えてください。ヘスティア様、僕の母上とはどんな方だったのでしょうか」
「素直で、高ぶらず‥‥とても純粋なお心のお方でした」
「そんな母上を、父ゼウスは見殺しにしたのですね」
 バッカスの幼い顔に影が過ぎる。ヘスティアは優しくその頬を撫でた。
「そんな顔をしては、亡くなった母上が悲しみましょう」
 ニンフが一人、部屋に入ってきた。
「お嬢様に新しい衣をお持ちいたしました」
「あら? 私は頼んではいないけれど‥‥」
 と、ニンフは剣を取り出し、バッカスに切りかかる。
「お許し下さい。これはヘラ様のご命令‥‥!」
 バッカスは逃げ出す。ヘスティアはバッカスを守ろうとするが、バッカスの姿は既に無い。うろたえるヘスティアの前に、髪に月桂樹を編みこみ、孔雀の羽のマントを纏ったヘラ(=桜 美琴(fa3369))が現れる。
「あら姉上。なにやら薄汚い猫を飼っておられたとか。姉妹のよしみで猫退治を差し向けましたが、どうやらしくじった様子」
「ヘラ‥‥どうして貴方はバッカスをそっとしておいてあげないのでしょう。不倫の子とはいえ半分は貴方の愛する夫の血を引く子ではありませぬか」
「だから余計に汚らわしいのです。あたくしは婚姻の女神、他の女と愛を分け合うなど惨めな真似はできませぬ。それに姉上もごらんになったでしょう、あの子のあの瞳‥‥末恐ろしい、まさに魔性の子‥‥」
 ヘラはうそ寒さを感じたかのように肩を抱き身を震わせる。
「とにかく、あの子をかばい立てなさるなら‥‥姉上とて容赦は致しませんことよ」
 ヘラは顎をつんと上げ、言い捨てて去る。ヘスティアは途方に暮れ、その後姿を見送った。

●第二場・邂逅
 青年となったバッカス(=日向みちる(fa4764))が一人さまよう。木陰で休もうとすると、木の上から声が。
「おい。この先の海際の道は歩くなよ」
「何者だ!?」
「良いから聞きな。海際にゃ刺客どもが待ち構えてるぜ。かく言う俺もその一人だがな」
 身構えたバッカスの前に、ひょいと木の上から飛び降りてくるアコイテス(=蘇芳蒼緋(fa2044))。
「ヘッ、噂通りだ。綺麗な顔をしてやがる。それに‥‥なんとも言えねぇ目だ」
「それ以上この目を見つめると、ただでは済まぬぞ。先ほど私を襲った男は、自分の腕が蛇に変じる幻を見て、自らを切り刻みながら死んだのだ」 
 顔を背け、淡々と言い放つバッカス。だが、アコイテスはにやりと笑い、
「面白そうじゃねえか。やっぱり刺客なんて辞めだ、辞め。俺はあんたの従者になるぜ」
「従者などいらぬ。私は誰も信じはせぬ」
「そうもいかねぇようだな」
 アコイテスの言うとおり、刺客らしき男達が、バッカスたちを取り巻いていた。アコイテスは二振りのナイフを武器に、瞬く間に男達を片付けた。
「なっ? 仲間がいるのも悪くねぇだろうが」
「好きにしろ」
「おい、どこへ向かってるんだ?」
 アコイテスの問いに、バッカスは暗い眼差しで語った。
「知っているだろう。私の瞳は人を酔わす。だが私の心は酔うことが無い。ヘラに殺された母の無念を思えばこそだ。私は母を冥界から連れ戻し父ゼウスの后とし、ヘラをオリンポスから追放しよう。たとえそれが反逆と呼ばれようとも」
「でけぇことを企んだもんだな」
 アコイテスは肩をすくめるが、それでもバッカスの後をついてきた。
「だが、いくらあんたでも冥界においそれと入り込めるとは思えねぇ‥‥そういやこの先のミノス島に、大した知恵者がいるそうだぜ」
 アコイテスは船乗りの間で噂となっている「知恵の乙女」のことをバッカスに教えた。バッカスは瞳の魔力でミノス島の王宮の衛兵や王たちまでも魅了し、アリアドネ(=楊・玲花(fa0642))に近づく。
「おのれを捨てたテセウスをさぞ恨んでいような、『知恵の乙女』よ。これからは私の参謀となるがいい」
 そう言って、アリアドネの瞳をじっと見つめ、彼女をも魅了しようとするバッカスだが、アリアドネは澄んだ瞳で見つめ返すのみ。バッカスの巫女達のように快楽に酔いしれ悶えはしなかった。
「それが裏切られた者の眼とは思えぬ‥‥お前の瞳は何故こんなにも澄んでいるのだ?」
 呟くバッカスに、アリアドネは凛と響く声で応えた。
「確かにあの人は私を捨てたのかも知れません。ですが、少なくともあの人は誤った道に進んでしまったこの国を正してくれました。王女として、そのことを感謝こそすれ、恨みに思うなど‥‥」
「馬鹿な‥‥お前は本当の無念を知らぬのだろう。私について冥界に来るが良い。そこで裏切られ無念のなかで死んだ者の瞳を見るが良い。その時お前はもう、澄んだ目をしてはいられまい」
「あっ、姫に何をするっ」
 バッカスがアリアドネの腕を捕らえた時、幻から醒めかけた衛兵が大声をあげた。
「心配はいりません。このお方は私に相談事があるの。困っている人を助けるのは王女としての務めですもの。さ、バッカス様。お力を貸すとはお約束出来ませんが、わたくしも共に赴きましょう」
「度胸のいいお姫さんだぜ」
 アコイテスが舌を巻いた。

● 第三場・赦すは神の業
 バッカスとアリアドネは冥界に続く川をアコイテスの操る船でさかのぼり、やがて冥府へたどり着く。
「ペルセポネ姫に伝えよ。母上を返して頂きたいと!」
 バッカスが告げると亡者達の眠りを守るハデスの兵士達は、
「何を、半神のみなしご風情が!」
 口々に叫び、槍を突きつけようとするが、バッカスの瞳を恐れ、じりじりと後退するのみ。アコイテスは油断無く、ナイフを抜いて臨戦態勢である。
 と、涼やかに落ちついた声がその緊張を破った。
「そのように殺気立たれずとも、話は出来ましょう。バッカス、残念ですが、貴方の望みを叶える訳には参りませんの‥‥」
 黒衣の兵士達がさっと左右に分かれ、ペルセポネ(=千架(fa4263))がその間から進み出た。
「なぜ、母上を返さぬ!?」
 キッと睨みつけようとするバッカスに、黒曜石の冠を戴いたペルセポネは、
「セメレが冥界で安らかな眠りについたのはつい先日‥‥それまでは貴方が復讐を願う姿に、己が魔性に蝕まれてしまうのではないかと思い煩い続けておりました。ようやくわたくしが説き伏せたのです。バッカスは友と、運命の女性と出会うことが出来たのだからと」
 友って俺? と嬉しそうに自分を指差すアコイテスと、瞳を見開いて驚くアリアドネ。
「だ‥‥だが、母上はヘラの汚い策略で命を落としたのだ! 悔しくないはずはない」
「母たる身には、己の痛みよりも子供の幸せがはるかに大切なもの。わたくしの母デメテルもそうでした。わたくしを失った事で、地上の緑を滅する程に嘆きーー心乱し‥‥それでも、ハデスに心惹かれ始めたわたくしを、母は許してくれたのです。冥府で暮らす一年の三分を、夫婦として幸せに暮らせるようにと、あれほど忌み恐れていたハデス殿に、贈り物をしたり‥‥もう一度省みて御覧なさい、バッカス殿。母の愛に本当に応える術は何なのか‥‥」
 母を思ってか時折大きな瞳を伏せながらも、ペルセポネは語った。
「母上に、お目にかかることもかなわぬと?」
「一度安らかな眠りを得たものを、何ゆえ冥府を統べる女神たるわたくしが、無情に呼び覚ますことができましょう‥‥」
 優しいが、きっぱりとした拒絶。バッカスはがっくりとうなだれたが、アリアドネがその背中にそっと手を置いた。
「もう、復讐などお忘れなさいませ。復讐を果たしたとして、その後に何が残ると云うんです? 確かに一時、貴方の気持ちは晴れるでしょう。でも、それにより貴方はより深い苦悩を抱える事になります。もっと別の生き方で貴方は育ての親たるお方に報いるべきなのではないですか?」
「どうすればよいというのだ!? 魔性の瞳ゆえに忌み嫌われる私が‥‥」
「悪鬼すら使い道によっては善に役立つというではありませんか。まして、貴方のそんなに美しい瞳が悪いことにしか使えないはずは‥‥そうだわ、わたくしの国には、ミノタウルスに子供を殺され悲しんでいる人々が大勢います。その人たちに、心休まる幻を見せてあげて。魔性を癒しに変え、運命を変える、それこそが貴方の、本当の反逆になりましょう」
 アリアドネに励まされるバッカスを横で見て、にやにや笑いを浮かべるアコイテスに、ペルセポネは問うた。
「妖しき魔性の瞳が揺らいでいる‥‥いずれ魔性ではないものに変容するかもしれぬ。その時、あの瞳に魅入られた貴方は何を思うのでしょう?」
「ついてくさ。あの神御子様がどんな風に変わってゆくのか見守るのも、面白ぇって気がするからな」
 アコイテスの返事に、冥府の女王はにっこりと笑い、うなずいた。

●第四場・神殿
 ニンフ達が美しく舞い、ヘスティアがそれを眺めている。孔雀の羽で豪奢に正装したヘラが現れる。
「今日はまた、何のお祭り騒ぎですの?」
「近頃多くの信仰を集めている若い神がこのオリンポス神殿に仲間入りするのだそうです。あまりの信者の多さに、ゼウス様が神殿へ迎えることを決められたのですって」
「ゼウスが‥‥?」
「さあ、新しい仲間が来たようですよ。ヘラ、女神の中の女神として堂々としていらっしゃい。何度浮気をしようとゼウス様が妻として選んだのは貴方一人なのだから‥‥」
 ヘスティアに呼ばれ、神殿に現れたのは、なんとバッカス。信者達のバッカスを称える声が波のように押し寄せ、アコイテスとアリアドネが傍に控えている。ヘラはさてはヘスティアの目論見かと姉を睨むが、ヘスティアはそ知らぬ顔で、
「バッカスとやら、貴方は、幻を見せる瞳の力を使って、傷ついた魂を癒しているとか。ゼウス様の命を受け、このオリンポス神殿の神々の一人として、これからも人々の幸に尽くす覚悟はおありですか」
「はい。私の瞳はこれまで魔性と言われ、自分でも自分を貶めておりましたが、魔と善は表裏一体。心の持ちようで癒しに変えることが出来るのだと、このアリアドネのおかげで知りました。愛と憎しみも同じく表裏一体。激しい憎しみを抱く者は、同時に苦しい程誰かを愛しているのだと‥‥学びましてございます」
 言葉の後半で、バッカスはヘラを見つめ、ヘラに語りかけていた。ヘラの仕打ちを、ゼウスへの深すぎる愛故のことだから許すと語っているのだ。ヘラは心を打たれ、胸の孔雀の羽飾りを握り締めて沈黙した‥‥が、やがて気を取り直し、重々しく告げた。
「その心、持ち続ける限りオリンポスの末席を認めましょう‥‥。魔性の瞳の誰やらには、あたくしも幾度か煮え湯を飲まされたように思いますが‥‥過去は水に流しましょう」
「いいえ、末席とするには、この若者はあまりにも大勢の信者に慕われています。そこで、私はオリンポス12神の座をこの若者に譲ろうと思います。私には荷が重すぎて、プリアポス様との恋も進まぬ始末ですもの」
 ヘスティアがいたずらっぽく言うと、信者達のどよめきが最高潮に達した。
「私こそ荷が重過ぎるといいたいところですが、その慈愛に応えるべきでしょうね。そしてそれこそが、自分の運命を受け入れることだと‥‥考えてよろしいでしょうか。ヘスティア様‥‥いえ、母上」
 ひたむきに見つめるバッカスの言葉に、ヘラが重々しく告げた。
「喜ぶのはまだ早いですよ。貴方に善の知恵を授けたアリアドネを妻に迎えるという前提でなければ、承諾はできませんことよ」
「で、でもわたくしは‥‥」
 頬を染めてなんだかうろたえるアリアドネ。
「断るなど許しはしません。このあたくし、婚姻の女神ヘラの神託なのですよ!」
「は‥‥はい!」
 アリアドネが緊張の面持ちで頷き、恥ずかしげにバッカスと見詰め合う。
「ことのついでに、アコイテスとやら。その剣の腕を認め、オリンポス警備兵に引き立ててあげましょう」
「ヘヘッ、本当かよ!? オリンポス神殿といや、ニンフに女神、いい女がより取り見取りの」
 アコイテスが嬉しそうに言いかけて、ヘラがじっと睨んでいるのに気づき、
「謹んで拝領いたしますっ☆」
 かしこまって返事をする。
「さあ、では新しい神を迎えしオリンポスの、宴をーーー!」
 賑やかに竪琴が奏でられ、ニンフ達が美しい声で歌い始めた‥‥

「こうしてバッカスの反逆は、ある意味では成しえなかったとも言えましょう。ですがもう一つの意味では、彼の反逆は成功したとも言えましょう。その答えは、この物語を知る全ての人の心の中に‥‥」
 ナウシカは一礼し、物語を結んだ。