そんな貴方のサイン会アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 小田切さほ
芸能 1Lv以上
獣人 フリー
難度 易しい
報酬 0.7万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/03〜06/05

●本文

 何かの間違いじゃないんですか。
 貴方は危うく口元まででかかったそんな質問を飲み込んだ。
 今日は貴方を含む数名の芸能関係者による合同サイン会。
 その会場となるのが、今貴方の訪れているKホテルの、イベントルームである。
 この合同サイン会、ホテルからの提案であるらしい。
 バブル崩壊後、高級ホテルのイベントルームの使い道はずいぶんと減っているらしいから、宣伝効果は喉から手が出るほど欲しいに違いない。
 そんな裏事情は分かっていても、やはりこの環境で‥‥しかもサイン会というのは、ずいぶんなプレッシャー、ではある。

 ホテルまでは、事務所の差し向けた車で送ってもらった。ドアボーイが駆けつけて、
「しばらくこちらでお待ちください」
 と、ロビーに通され、頼みもしていないのに薫り高い紅茶が目の前のティーテーブルに運ばれる。
 所在無さに光の雪崩を思わせるシャンデリアを見上げていると、名を呼ばれた。振り返ると、高級品とおぼしいスーツを着こなした30代後半と見える男性がにこやかに立っていた。
 彼はサブマネージャーと名乗り、
「本日は当ホテルイベントにご協力いただき、ありがとうございます」
 と、深々と頭を下げたのには参った。
「いや、恐縮です」
 とりあえず、そんな言葉を口にして頭を下げたのだが、考えてみると会話として成立していないな、と後で苦笑せずにはいられなかった。
 ともあれサブマネ氏に案内され、会場というのを見せてもらう。
「こちらがイベントルームでございます。不備な点などございましたら、なんなりとおっしゃってください」
 ――広い。
 貴方以外にも数人の芸能関係者で開く合同サイン会だから、相応のスペースかもしれないが。
 そして、白とグリーンで統一された上品な内装。その一角に小さなテーブルと椅子があり、うやうやしく貴方の名前が墨書きで記されている。しかも名前を飾っている花輪の贅沢さが貴方の心臓を圧迫する。
「まだ開場まで時間がたっぷりとございますので、しばらくの間、客室でおくつろぎください」
 そう言って、サブマネ氏は次に貴方を、シングルルームではあったが‥‥客室の一つへ案内してくれた。
 こじんまりとはしているが、ベッドから液晶テレビまで揃った、いわばエリートサラリーマンが出張の疲れを落とすのに使いそうな、機能的でいて、落ち着ける部屋。照明器具もオブジェ風で、洒落ている。
 これが芸能人の特権という奴なのだろうかと貴方は思ってみる。
 確かに、ホテルにとってもいい宣伝になるのだろう。
 にしても、まるで金の卵を産むガチョウのごとき扱いだと貴方は思う。色々と贅沢過ぎて、なんだかかえって居心地が悪くなる。
「TVは映画専門チャンネルを接続できますのでご自由に‥‥。お茶のご希望も内線21で承っ‥‥」
「あの‥‥」
 手で装備を指し示しつつ、流れるように説明をしてくれるサブマネの言葉を、貴方は遮った。
 なんでしょう? と言うように、にこやかにサブマネが首をかしげて貴方の言葉を待つ。
 貴方は、少し庭でも散歩して息抜きをしたいと申し出た。でなければ同じサイン会参加者を誘ってラウンジにお茶でも飲みに行きたいと。
 だが、にこやかに却下された。
「そうさせて差し上げたいのは山々でございますが‥‥もう、サイン会に訪れる貴方がたゲスト目当てのお客様がロビーや、ホテル前の広場をうろうろされているようですので。
 少なくとも警備担当からは、そのように報告が上がっております。
 老婆心ながら申し上げますが、サイン会に来られるお客様は、たいてい純粋なファンですが‥‥残念ながら、マナー違反をなさる方もございます。
 現に清掃係が、今朝、隠しカメラを仕掛けようとした不審者を発見したところです。貴方様のご安全のためにも、今はこちらで待機された方がよろしいかと」
 貴方は思わずため息をつく。
 こんな一流ホテルでVIP待遇というだけでもプレッシャーが重たいのに、貴方自身も会うのを楽しみにしているファン達も、「見られる存在」であることを嫌と言うほど意識させてくれるとは。
 サブマネ氏は、貴方の困惑の表情をしばらく見守っていたが、
「‥‥ロイヤル・デューティー、でしょうか」
 やがてぽつりと、そんな言葉を口にした。
「ロイヤル・デューティー?」
「ええ。もともとは高貴なる職務には、重い責任が付きものであるという意味の言葉ですが、今の貴方を拝見しておりますと、そんな思いがしました。たくさんの人が、貴方に夢を求めて、このサイン会場に集まるのですからね。プレッシャーはいかばかりかと、お察しいたします」
「‥‥夢、か」
 貴方は、以前もらったファンレターにそんな言葉があったと思いながら、呟いた。
「ご苦労もおありでしょうが、ファンの皆さんは貴方の姿を見ただけでもひととき幸せに浸れるでしょう。貴方は周囲に幸せをふりまける特別な人間なのですよ」
 だから笑顔を絶やさずにいてくださいねと、サブマネージャー氏は言った。
 がんばってみます。
 と、貴方が礼を言うと、彼は、照れくさそうに打ち明けた。
「実は私の娘も、貴方の前の行列の一人になる予定でして‥‥くれぐれも失礼なことはしないようにと釘を刺しておきましたが、もし何かありましたらおっしゃって下さいね。なにしろはねっかえりの娘で」
 にこやかな営業用の顔の下から、ちらりと甘い父親の顔がのぞく。
 貴方も笑顔を返して、サブマネ氏お勧めの映画専門チャンネルか、アロマバスで時間を潰すことにする。

「ああ、それからご一緒にサイン会をなさる○○さんからご伝言をお預かりしておりました。
 『握手会は、後で手が腫れることもあるから氷水を用意しておいた方がいいよ』だそうでございます。よろしければ、後でボウル一杯に氷水をお届けいたしますが」
 またしてもプレッシャー。だがありがたい忠告には違いない。
 ぜひお願いします、と貴方は言った。

●今回の参加者

 fa0329 西村・千佳(10歳・♀・猫)
 fa0441 篠田裕貴(29歳・♂・竜)
 fa0443 鳥羽京一郎(27歳・♂・狼)
 fa1323 弥栄三十朗(45歳・♂・トカゲ)
 fa1449 尾鷲由香(23歳・♀・鷹)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa2997 咲夜(15歳・♀・竜)
 fa4738 MOEGI(9歳・♀・小鳥)

●リプレイ本文

●控え室にて
 控え室で、ゲスト達はサイン会開始の時を待っていた。今、警備員の誘導でお客様がお目当てのテーブル前に並び始めておいでです、と会場と控え室を行き来するサブマネ氏が説明する。
「ホントにあたしなんか来ちゃってよかったのかなあ‥‥」
 自信なげなMOEGI(fa4738)を、アイリーン(fa1814)が励ました。
「大丈夫よ、『START LINE』カッコいいもの!」
 そうです、とサブマネ氏が頷いた。
「MOEGI様のファンは確かに数こそ他の皆様に及びませんが、熱いファンが多いようでして。ミニライブはあるのか、新曲披露はあるのかと問い合わせがフロントに殺到しております」
「えっ‥‥そ、そう?」
 目をぱちくりさせるMOEGI。どこ吹く風とゆっくり紅茶を飲んでいる篠田裕貴(fa0441)にも、サブマネ氏は注意した。
「篠田様、ご挨拶が列の最後尾まで届くよう、襟にマイクをお付けになられては?」
「んぶっ‥‥さ、最後尾!?」
 自分にそんなにファンはいるまいとタカをくくりのんびりしていた裕貴は紅茶を吹き出しかけ、Song of Wishの、あの反響をお忘れですかとサブマネ氏にツッコまれる。
「鳥羽様は、こちらの眼鏡をお付けになられると、よりファンの皆様がお喜びになるかと」
 鳥羽京一郎(fa0443)には、「眼鏡戦隊グラシィーズ」出演時の眼鏡が差し出される。かのドラマ出演以来、モデルを務めるほどの容姿と男っぽさと甘さの同居する声への従来のファンのみならずメガネ男子ファンをも虜にしたと、女性従業員達が強く希望したものらしい。
 島田紬をゆったりと着付けて、更衣室から弥栄三十朗(fa1323)が現れる。
「皆様、そろそろ会場へおいでいただけますか」
 会場を整え終わった警備員が戻ってきて、そう尋ねた。
「ちょうど時間も良いようですしね。‥‥しかし私は本来、裏方の人間であり、こういう場には相応しくないのだが‥‥」
「そんなことをおっしゃられては困りますな。ぜひこの機会に、先ほどの話も考えて頂きたいと、当ホテル一同願っておりますのに」
 弥栄は苦笑して顎をさする。ホテルから、この次はぜひ高級着物の新作発表会でモデルを務めてもらいたいと、請われているのだ。
「ねぇ父さん、後でケーキ食べに行っていい?」
 元気一杯な咲夜(fa2997)が、父である弥栄にねだる。「香港山海経」のリンホァン役時そのままの、下に短ズボン付きのミニ丈チャイナドレス姿は健康的な色気をも感じさせるものの、本人はまだまだ食い気優先らしい。
「では、皆様。お席へご案内いたします」
 サブマネ氏の先導で、一同は控え室から会場へ向かった。
「尾鷲様、先ほどは私の末娘に特別のおはからいを有難うございました」
 サブマネ氏は、ジャージに濃緑色のタンクトップという、あっさりした姿で控え室から出ようとする尾鷲由香(fa1449)にそっと囁いた。由香は、彼の末娘が彼女のファンと聞き、会場では渡せないからと、サイン入りのリストバンドを彼に言付けたのだ。彼の他の姉娘達も、それぞれお目当てのゲストの前に陣取っているらしい。
「いや、今回はあたしみたいなのを呼んでくれてありがとう、あれはせめてものお礼さ、娘さんによろしく」
「有難うございます‥‥あ、これは娘の希望なのですが、『今度はぷにっと海賊団の味方になってね、リッターファルコン』だそうで」
 照れ笑いを浮かべながらのサブマネ氏の言葉に、由香は、笑顔を返した。
「懐かしいね。そんなに前からのファンでいてくれてるのか、ありがとな」
 
●触れ合い
 ゲスト達が登場すると、会場は海鳴りのごとくどよめいた。
「皆さん、こんにちはー♪ アイリーンです。普段はゆっくり会える時間が取れないけど今日はこうして間近で、皆の顔をハッキリ見れて嬉しいわ♪」
 アイリーンの、マイクを通しての挨拶に、いかにも流行に敏感そうなキュートなファッションに身を包んだファン達が「キャーッ! 顔小さい!」「オーパンバルのドレス、カッコよかったよぉ!」と思い思いの声を張り上げる。ちなみに、ファン達の多くはアイリーンのトレードマークでもある鮮やかなビタミンカラーのコーディネートを真似ており、世界を飛び回ってレポートや女優業、司会までもこなす彼女が同世代の少女達の憧れの存在というだけでなくファッションリーダーでもあることを実感させる。
 次々に差し出される色紙に、彼女は英語の筆記体で『Aileen』と記名し、スペルの最後の『n』から伸びて小さなハートマークを描くサインを書き入れてゆく。
「ふふん、昨日の夜たっぷり30分ぐらいかけて編み出した新サインよ♪」
 可愛いサイン♪ と喜ぶファンを、茶目っ気あるコメントでさらに沸かせた。
 あのアイリーンに可愛い服って褒められちゃった、気軽にハイタッチしてくれた、とサインをもらって帰るファン達も幸福そうに頬を上気させ、興奮して喋りまくっている。
「やっほ〜、咲夜だよ! 今日、こうしてみんなに会える事を楽しみにしてきたよ。
 短い時間だけど、みんなと楽しもうね♪」
 元気一杯に挨拶を贈った咲夜は、ファンに握手を求められるだけでなく、
「ダイナマイト・シュガー役で怪我とかしないの?」
「ブレザー・ドラゴンの日常編とか出ないの?」
 ドラマ出演に絡んだ質問攻めにあう。猫耳に編んだ黒髪をふりふり、彼女は丁寧に答えていった。
「うーん、シュガー役は怪我はまだしてないけどその分練習がハードなんだ。でも頑張るから、応援してねっ!」
 あどけない顔にクールな表情を装うMOEGIは、実は内心ビクビクものである。何しろそうそうたる顔ぶれに囲まれての初めてのサイン会。プレッシャーに押しつぶされそうな気持ちを、逆に顔覚えて貰うチャンス、よしちょっとでも売り込んで帰ろうと自ら励まして席に着く。
「うぉー!」
 どよめきと拍手が轟いた。一瞬ビクッとするが、ファン達は皆笑顔だ。まだ露出の少ない彼女を生で見て、貴重な瞬間とファン達が興奮しているのだ。MOEGIは緊張にややひきつってはいるが、精一杯の笑顔を向けた。
「ありがとう。まだここにいる人たちの中じゃ一番下っ端だけど、いつか肩を並べられるように頑張っていくから、応援宜しくね」
「「START LINE」大好き! 学校の放送部でかけまくってるの」
 等々、ファン達は皆それぞれ口コミ効果に貢献しているようである。MOEGIが押しも押されぬメジャー歌手になる日も遠くないだろう。まだ少数とはいえ熱いファンが多い、とのサブマネ氏の言葉通り、一人一人がぎゅっと力をこめて握手をしてくる。ドレスをプレゼントしてくれるファンもいた。
(「はぁ‥‥や、やっぱり氷水用意しといてもらって正解だった‥‥」)
 早くもじーんとしびれて来た手に、MOEGIは思った。
 同じく十代アイドルでも、全然緊張していないのは西村・千佳(fa0329)。「妹にしたい芸能人」ランキングで常に上位とあって、二十歳前後の真面目そうな学生風ファンが多い。
「うみみ♪ 握手会は久しぶりなのにゃ♪ どんな人が来てくれるか楽しみにゃ〜♪ 格好いいお兄ちゃん来てくれるかにゃ?」
 といささか不純に胸をときめかせつつ、猫耳&尻尾付きフリルドレス(実は半獣化)姿で、魔法スティックに飾ったマイクで元気一杯に挨拶。
「えへへ〜♪ 皆ありがとうなのにゃ〜♪ 僕これからも頑張るよ〜♪ だから応援よろしくなのにゃ♪」
 おとなしめのファンが多いせいかトラブルのタネは少なそうだが、ゲリラライブに突然現れるアイドル、との定評があり、「次のライブはいつ?」という質問攻めに。
「サッキュバスのゲリラライブはこれからも参加するからよろしくなのにゃ〜♪ 次にどこでやるかは僕もわからないけどにゃー」
 いたずらっぽく微笑む千佳に、「えぇ〜!?」とファン達がため息をつく。
 そんな千佳は行列の中に好きなタイプを見つけると、異性同性問わず抱きつき、「ファンを差別しないで欲しい」と注意を受けた。 
「こんにちは。弥栄三十朗と申します。本日は皆さん、良くお出で頂きました。短い時間ではありますが、共に過ごせる事を嬉しく思います。また、このような場を設けて頂きました主催者の方々に感謝申し上げます。では、皆さん共に楽しみましょう」
 端然と礼儀正しい挨拶をする弥栄の前にいるのは、やはり純粋な芝居好きらしい、彼の出演作のパンフレットやドラマ「三十六計」シリーズのDVDを抱えた若者ばかりか壮年の男女の姿が目立つ。
「弥栄先生の「三十六計」での、軍師役が印象に残っております。役作りはどのように?」
「そうですね‥‥とにかく下調べに時間を掛けますな。衣装、セットを正確なものに近づけて作れるようにです。実際に近い衣装を纏えばその分所作もホンモノに近づくように思います。もっとも、採算と大衆受けを重んじる演出家の方とは時折口論になりますが」
 演出家でもある弥栄の体験談に、彼のファン達は興味深そうに耳を傾けている。
「今回は来てくれてありがとな! 今はちょっと調子を落とし気味だが最後まで全力で闘い抜けるからこれからも応援よろしく頼むぜっ」
 由香の挨拶に、子供番組のファンである小さな子供や、格闘技ファンのごつい青年達が怒涛の勢いで拍手をする。最近格闘番組などの戦績が、不調により低迷している由香だが、常に強い相手に怯まず立ち向かう彼女の姿に、ファン達は励まされているのだった。
「戦績なんかどうでもいいから、『荒鷲』らしくガンガン技をぶつけてく戦いぶりをこれからも見せてくれよな!」
 サラリーマンらしいファンが、彼女に激励のプレゼント、「闘魂鉢巻」を手渡す。
「ああ、そのつもりさ。これからも『荒鷲』らしく暴れてやるぜ」
「あのー、ドリモゲラーはもうやんないですか?」
 不敵な笑みを見せる彼女に、子供向け特撮のファンらしい小学生風の女の子が口を挟む。
「え‥‥そりゃちょっとマニアック過ぎないか?」
 照れる由香を、暖かい笑い声が包み込んだ。
 思いがけない程のファン行列の長さに、腰が引け気味の裕貴は、
「わざわざ来てくれて有難う。俺に会いに来てくれて、とても嬉しいよ。どうぞ楽しんでいってね。‥‥念のために聞くけど、粗品の引換所とかと間違えて並んでないよね?」
 自らの人気を自覚していない、色んな意味での天然っぷりをさらけ出して女性ファンを喜ばせた。ファン達はいずれもフェミニンな服装の女性が多い。そこに音楽ファン層らしきちょっとトンガった服装の女の子もいる。が、そんな女の子も裕貴の前に出ると、
「あっあの、あたし、バイクで一晩中かけて海峡大橋越えてきたんだ。裕貴クンに会いたくて」
 消え入りそうな声で握手を求めたり。
「そうなんだ。わざわざ遠くから有難う」
 裕貴の笑顔に、ワイン一瓶空けたばかりと言ってもいいくらい頬を染めていた。なぜか裕貴の隣に席をセッティングされた京一郎は、裕貴の添えもの扱いなら即帰るぞ? と斜に構えていたが、もともとモデルをも務める容姿に加え、クールな雰囲気を倍増させたメガネ男子っぷりに居並ぶ女性ファン達がため息をつく。
 だが、やはりファン達から希望が出るのは、バラエティ「異色ばっかっぽーすぺさる」で禁断の美形カップルとして女性ファンを虜にした、京一郎と裕貴のツーショット‥‥密着状態での。ぜひその写真を撮りたいと皆がデジカメを構えている。
「ふっ、仕方ない‥‥何硬くなってる? もっと傍へおいでよハニー」
 なんだか妖しい目つきになってノリノリ状態の京一郎に、裕貴は身を硬くする。
「『ハニー』はやめろって! 腰を抱くなっ!!」
「やかましい! 毒食わば皿までっ!」
 ‥‥
 その後の描写は、ここでは控えておく。ただし、女性ファン達が異常に盛り上がり失神者が数名出たことは特筆しておくべきであろう。
 
● 宴の後に
 サイン会終了後。
「本日はたいへん盛況となり、ホテル従業員一同、皆様に感謝しております」
 サブマネ氏が丁寧に礼を述べ、ゲスト達は腫れた手を冷湿布でくるみ、最上階のレストランルームでスプーン一本で食べられるようにと、栄養たっぷりのシチューが振舞われる。
「あたしの手はトレーニングでマメだらけでごつごつしてるけど‥‥こんな手で、皆喜んでくれたかな?」
 由香が湿布を当てた手を広げて感慨にふける。
「アイリーン様、時間をオーバーしたにもかかわらずお客様達との握手に応じていただき感謝しております」
 知名度が国民的レベル故アイリーンの握手会が長引いたことをサブマネ氏は謝り、感謝のしるしにと、鮮やかな浴衣を贈ってくれた。もちろんこれを機に貴方様にも着物ファッションショーに出演して頂けませんか、との宣伝文句つきではあったが。
「こちらこそ大感謝よ。ジャンルや地域もあって、普段は会わない人と仕事ができてラッキーだったわ♪ また明日から違う道だけど頑張りましょ、記念に私たちもサイン交換、どうかな?」
 手首まで赤くなる程手を腫らしながらも、陽気さを失わないアイリーンが声をあげた。
「そうだね、こんな凄い顔ぶれと一緒に呼ばれるなんて、初めてだから」
 まだ緊張は解けないながらも、ファン達に囲まれたひと時で、ちょっぴり自信をつけたらしいMOEGIが主張する。
 まずは記念写真を、とアイリーンはカメラ付き携帯を構え。
「はい、京一郎さんと裕貴さん、密着ー!」
「えぇえぇー!?」
 賑やかな笑い声と、最上階の窓から見下ろす美しい夜景が、この記念すべき夜の総仕上げとなった。