COLORS〜薔薇庭園アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
小田切さほ
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
易しい
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報酬 |
0.1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
09/30〜10/02
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●本文
「断って下さって、構わないのよ。報酬なんて、ろくにお出しできませんし‥‥」
十年前からひとつも年を重ねていないように見えるその銀髪の老婦人は、丁寧に紅茶を差し出した。
昭和初期建築独特の、西洋風でありながら日本建築の面影を色濃く残す、煉瓦作りのティールーム。
かつては著名な作家たちが薔薇に囲まれた庭を眺めながら紅茶を飲み、議論を戦わせたというここは、今やほぼ毎日が開店休業状態だ、と老婦人はほろ苦く微笑した。
いまどき、メニューがほぼ紅茶だけという喫茶室など、何でも手軽に手に入る時代の人々には魅力がないのだろうか。
新しい世代の作家達はネット上で議論するのだろうか。
「そんな状態なのに、今更ここの、ポスターを作っていただくなんて‥‥単なる悪あがきかもしれませんわね。いえ、私もね、ここいらが潮時かもしれないって気がしますのよ。
だけど、何の努力もせずにここを他人の手に譲り渡したのでは、主人に申し訳ない気がして。失礼だけど、貴方のお名前は、娘に頼んでインターネットで探しましたの。薔薇の色を生かして写真を撮ってくださりそうな方をって」
婦人は壁に飾られた、亡き配偶者の写真を振り仰いだ。
幾人かの有名作家のパトロンとして、名作を生み出すきっかけを作ったというその財界人の顔はいかにも温厚そうな笑顔を称えていた。
写真の前には、彼がもっとも愛した白い薔薇が活けてある。
かつて、「昭和の伝説」と謳われた実業家のサロンだったこの館とバラ庭園は、閉鎖寸前となっている。
時代の波に財産は削られ、訪れる人も減り、なんとか薔薇庭園の維持をと考えた婦人が考えたのが、庭園を観光施設化し、収入を得ることだった。
そのさきがけとして、庭園を宣伝するポスターを作ってもらいたいーーそれが、老婦人が俺に持ち込んだ依頼だった。
依頼の趣旨を説明した老婦人は、頬を染めた。
「感傷的だとお思いになるかしら。バラの中にいると、主人がいつまでも一緒にいてくれる気がしますの。だからこのバラ園だけは失いたくないのよ‥‥嫌ね、いい年になるのに、恥ずかしいわ」
「いえ。いいご夫婦だったのですね。うらやましい限りです」
魂の片割れを亡くしたら、その思い出を守るためにすべてを費やすのは当然のこと。
俺は庭に視線を転じた。
アーチ状の門を、レースカーテンのように、蔓を這わせて覆う、純白の花を咲かせた「サマー・スノー」。
門から小さなテラスへの道を縁取るように咲いている「パレード」。
幸せだったころの老婦人と夫は、手をつないでそこを幾度往復したのだろうか。
老婦人はおずおずと尋ねた。
「いかが? お引き受け下さいますかしら?」
「ご期待に添えるかどうかわかりませんが。――写真家としては、レトロ建築と薔薇の対照は悪くないと思います」
契約書のフォーマットは、後で郵送することにした。
ティールームを辞した俺を、老婦人が庭へと送り出す。
庭園中央のテラスを囲む生垣が目についた。
淡いピンクの大輪の花を咲かせた薔薇が、背の低い幹から長くつるを伸ばし、複雑に絡み合って、テラスの外側からテラス中央へいたるトンネルのようになっている。
「面白い形になってますね」
「ああ、あれね。『セシルのトンネル』っていいますの」
「『セシルのトンネル』?」
「ええ。あの薔薇の品種が「セシル・ブルンネ」なので、そんな名がついておりますの。
あそこを手をつないだままで首尾よくくぐることが出来たら、そのカップルは幸せな夫婦になれるってジンクスが、いつのころからかあるんです。でももう、そんなことを本気にする若い人はおられませんわね。
きっともともとは、ちょうど大人二人がぴったり肩を寄せ合って通れるくらいの大きさのトンネルだから、そんなお話になったんですわ」
老婦人は少女のようにくすくす笑いながら説明してくれた。
「‥‥そうですか」
「片瀬さんも、気になる方がいらしたら、ご一緒に通ってみたらいかが? そういうお遊び、女の人はきっとお喜びになりましてよ」
老婦人は無邪気に言った。
「‥‥もう、彼女は俺の『一部』になっていますから」
そう応えた俺の声は、低すぎて彼女の耳には届かなかったようだ。
「では、来週明けまでに人手を集めてご連絡しましょう」
俺は軋む門を押し開けて、外の世界へ歩き出した。
☆補足事項☆
薔薇庭園のポスター作りのための、モデルさん&裏方さん募集(小道具、ヘアメイク、カメラマン(片瀬と共同撮影)です。
咲いてる薔薇は以下の通り。薔薇名・色・場所の順です。
※いずれもオールドローズ、四季咲きです。
※サマー・スノー、カクテルはやや小型の花です。
※モデルさんは、ご自身の髪や瞳の色や雰囲気を考慮して背景となる薔薇を選んでください。
●サマー・スノー(白。半八重)‥‥庭園入り口門(アーチ)
●ポール・ネイロン(ローズピンク。八重咲き)‥‥庭・門周辺東側花壇
●パレード(桜色〜濃紅色。八重咲き)‥‥庭・門周辺西側花壇〜庭園中央テラス
●セシル・ブルンネ(淡ピンク。八重)‥‥テラス周辺『セシルのトンネル』
●ソレイユ・ドール(オレンジ。八重)‥‥ティールーム南側
●カクテル(紅色、中央部分黄色。一重)‥‥ティールーム北側から南側にかけて
※庭園全体の広さは、アバウトで恐縮ですが、「やや広い少年野球のグラウンド」程度の広さをイメージしてください。
周辺は住宅地で、だいたい「都会のオアシス」的な場所にあります。騒音は厳禁です。
●リプレイ本文
●王子様と龍
撮影一日目の午前中。
最初の撮影は、純白のサマー・スノーが一杯に絡んだ入場門のアーチ下で、慧(fa4790)の出番となった。
「い‥‥行きますよ慧さん」
「片瀬さん、カメラぶれてますよ」
慧が心配する通り、カメラマンの手元が武者震い気味。
「何しろテーマが『薔薇を背負った王子様』ですから‥‥全国幾千万の女性達の夢がこのシャッターにかかっていると思うと」
「ええっ!? 接写状態でそんなプレッシャーかけないで下さい。そんなこと言われたら、僕まで緊張してきちゃうよ」
さしもの慧スマイルも固まってくる。
アイリス・エリオット(fa5508)と一緒に慧の王子様を一足先に見ようと同行していた星野 宇海(fa0379)が諄々と写真家を諭した。
「写真家さんがモデルさんを緊張させてはいけませんわ〜。それこそ女性達の夢を破る結果になりかねませんわよ?」
彼女の優しい説得で写真家の本分を取り戻したか、万一失敗したら美しき龍女にえらい目に合わされると予知したか、なんとか写真家はしっかりカメラをホールドし直す。
「では改めて、行きますよ。右足少し引いて『おいで』と親しい人を招き入れる感じで‥‥OK、良い笑顔です」
慧は純白のスタンドカラーシャツに黒のベスト、銀色のカフスを着け手にしたサマー・スノーの花束を差し出してポーズ。
レフ板を慧の横にセットしてあるので、慧の金髪が透明に見えるほど輝く。メモリ画像を確認すると、広角レンズで写した写真は薔薇アーチがくっきりと慧の肖像を囲む縁飾りのように見えた。
「慧さんがモデルでよかった。女性客が沢山見込めそうですね」
「アハ‥‥そうかなあ? でも、男女関係なく沢山人が来るといいな。薔薇に囲まれると誰もが幸せな気持ちになれるから‥‥片瀬さんにもきっと」
心満たされる幸せにまた巡り合える時が来るよ。撮影の合間に、デジカメと併用して使っている旧式のカメラは恋人の形見だと聞いたのを思い出して、慧は余計なことかもしれないがと遠慮しつつ言った。写真家は傷を指差しつつ。
「いや、これは彼女がいた頃幸せだった分のツケだと思ってますから。あ、でも、慧さんがそういってくれるのは嬉しいですよ」
薔薇の中で照れる男同士という変な図に。
「撮影済んだら飲みに行きませんか。って言っても、俺の選択じゃ居酒屋ですけど」
「うん、僕も行ってみたい」
日が高く上る時間帯になると、冬織(fa2993)の出番。パレートの咲く庭園の小道を、白いレースの日傘を指し紫苑色の和服に松葉色地に髪と同じ銀の小花柄を散らした帯をふくら雀に結い、髪は遅れ髪を多めに残してアップにし、歩む姿を撮影することに。背景に昭和レトロ感を醸すため、バイオリニストが一人、古風な襟高のシャツと黒ズボン姿で演奏することに。
「曲は『アニー・ローリー』かえ。わしも恋する乙女の表情をせいぜい演じてみるかの」
と撮影に臨む冬織は、「ご令嬢の道行き」をイメージして色々なポーズを試したが、最終的にパレードの一輪を手に、バイオリン弾きを切なく見つめつつ歩みよる姿を撮ることに決定。だが、最初その所作は恋する乙女というには、最近の鍛錬のせいか隙がなさ過ぎたらしく。
「えーと。‥‥低速シャッターで残像少しつけたいので、もうちょっと動作を柔らかく。それじゃ、『手裏剣を手に忍び寄る刺客』です」
「言いたいことを言う御仁じゃの」
ご令嬢、一触即発。だが、さすがに育ちのよさが反映されてか3回目のテイクでOKに。
「花は小さくとも、香りは強いのう」
撮影後、その香が文豪達を魅了していた時代を思い浮かべてか、冬織はそっと花びらに唇を寄せた。
「薔薇(そうび)の道を歩きませう」
冬織のポスターにはそんなキャッチが太字のロゴで組み入れられることになった。
次は千架(fa4263)の出番。写真家がソレイユ・ドールの鮮やかな太陽色の花の前に移動してくると、薔薇の中で白いシャツにジーンズ姿の彼が、きらめく陽光に黒髪を反射させ、白い頬を細い指で頬を支えつつ赤鉛筆を耳に競馬新聞を読んでいた。だがカメラを向けられると、一瞬にしてシュビッ! とプロらしいポーズと笑顔。
「おっけー♪ 360度どっからでも撮れや」
「‥‥ギャップが‥‥」
普段の顔とモデル顔とのギャップで写真家を苦しめつつ2パターン撮影。ちょっと奔放に、花びらを放り投げて青空を見上げるポーズで。千架の身長とほぼ同じ高さの枝の間に隠れるようにして、そっと唇に指を当て。お城を抜け出して普段着姿の貴公子が『内緒だよ』と秘密の場所へ遊びにと、親友を誘うように。
「キャッチはUnder The Rose 〜とっておき、秘密の花園〜でどうよ?」
そのフレーズが、千架の写真のスペースに組み入れられることになった。
「マジ内緒にしときたいくらいなんだけどな、こんな静かで良い場所。あんまり観光地化しちまうと、どうなるのかなあ‥‥」
千架は太陽の金色が溶けたような黄色い薔薇を見て呟いた。
そして昼下がり、少し日差しが和らいでくる。
「エリオットさん、星野さん、お願いします」
「はーい」
アイリスも宇海も、はや薔薇の香に包まれたような幸福そうな笑顔。
「だって、薔薇庭園でのお仕事なんて嬉しいわ。心まで薔薇みたいに咲きそう」
とアイリス。
「うまいこと言いますね。でも本当に、お二人とも薔薇そのものみたいです」
仲の良い二人のモデルに写真家は思わずコメント。アイリスはベビーピンクの下地に、白いオーガンジーを重ねた、膝丈のシフォンワンピース、靴はワインレッドのミュール。
宇海はモーブピンクのスーツ。Aラインのミニスカート、大きな丸ボタンのついたショート丈のジャケットに長い白手袋をはめ、髪を小さなシニヨンにまとめ小さな帽子を載せている。共にセシル・ブルンネの淡紅色に、ほんの少し別の絵の具を足したような色あわせ。宇海のクラシカルな装いとアイリスの現代風の装いは、仲の良い姉妹にも、時のいたずらで巡り合った、今と過去の乙女のようにも見えた。
「お上手ね。実は少し緊張していますの」
とちょっと不安げに胸を押える宇海。緊張を解くためにとアルトの声で「野ばら」を歌い始める。住宅街の中という環境に配慮して、声量を抑えたがコンクリートの類の遮音物がない庭園内には歌声は広がる。
「あ、ほら、館の女主人が窓から見てらっしゃいますよ」
写真家の言う通り、歌に誘われてか、老婦人がティールームの窓からこちらに手を振っている。その表情は思い無しか懐かしげだ。
「あら‥‥本当」
にっこり手を振り返し、宇海は呟いた。
「このトンネル、オーナーとご主人が何度も手をつないでセシル・ブルンネの下を潜り抜けたせいで、自然に出来たものではないかしら?」
きっと、このトンネルで誰もが素敵な恋に出会えるようにと祈っていらっしゃることでしょう。今も昔も、乙女の思いは変わらないものですわ‥‥
宇海はそんな思いで撮影に臨む。
セシル・ブルンネの枝が作り上げたトンネルを、互いに反対側から覗き込むようにして、二人がおでこをくっつける。
「左右両側から、ピント位置を変えながら撮りますから、その位置キープしてくださいね」
左側から、恋を始めたばかりの乙女のようなアイリスのくすぐったげな笑みを。右側から、宇海の恋の楽しさも悲しみも知る艶めいた大人の笑みをカメラに収める。
撮影後、オーナーと片瀬が撮影前に、棘を出来るだけカットしておいたはずの薔薇に、棘が残っていたらしく。アイリスのスカートがちょっぴりめくれ、自慢の脚線が‥‥というハプニングはあったが。ちなみにスタッフとカメラマンは「何も見てません」と明言。
● 花嫁と物語
二日目の早朝は、「パレード」を背景にした真紅(fa2153)の撮影で始まった。
「ガーデンウェディングをイメージしてみたのだけど、どうかしら」
髪をうなじよりやや上にまとめ、デコルテが広く開いたスレンダーラインの純白ドレス。カクテルの可憐な外見に似ない棘を心配していた真紅だが、女主人の手で撮影ポジション周辺の棘はほとんどカットされていた。形の良い唇にカクテルよりもやや淡いローズピンクをつけて。
「この瞬間世界で一番幸せな女、演じてみせるわ」
大人びた外見の真紅だが、やや緊張した笑顔は、年相応の初々しい花嫁そのものだった。
芳稀(fa5810)の撮影はティールーム内で。かつてこの館に足しげく通っていた女流作家のように、ローズレッドのローウェストワンピースとクロッシェ。共にベルトは純白。ゆるくシニヨンにした長い髪をうなじ側に巻き込んでボブ風に見せ、唇にはくっきりと真紅の口紅と、メークもレトロ風。
「あらまあ。浅野須磨子先生に生き写し」
館の女主人は、情熱的な詩で有名な昭和期の女流詩人の名前をあげた。
「彼女もここへ通っていたのですね」
「ええ。内緒だけど、ここの常連だった音楽家と恋仲でいらしたの。お嬢さんは本がお好きなのね」
「伊達に本の虫ではありません。読書ほど奥の深い娯楽はありませんから」
当然のことと言いたげな芳稀は、小道具の文庫本を手に窓際のテーブルへ。イメージは色様々な薔薇の見える窓際で、紅茶の香に包まれ本を読む女流作家。紫の瞳は伏せて活字を追うが、横顔のくっきりとした線は窓からの光で強調され、いかにも意思の強い女性を思わせた。窓の向こうの黄色、紅色、白、濃紅色のバラたちが横顔を縁取って。
「じゃ、芳稀さん、撮りますよ。左手指閉じて下さい、本のタイトルも入れますので」
「‥‥」
「もしもし?」
「‥‥失礼しました。朔太郎の長編詩は久しぶりでしたので、つい熱中してしまいました」
というプチハプニングを経て、撮影完了。
最後の撮影は、祥月 暁緒(fa5939)。慧と同じサマー・スノーのアーチを背景だが、こちらは夕焼けに染まる白薔薇の門。襟や袖口に白レースを飾った濃紺のベルベットワンピースを纏った暁緒は、スカートを指でつまんでサマー・スノーの花びらをのせ、バレリーナ風にひざをかがめて優雅にお辞儀をするポーズ。紺のカチューシャにサマー・スノーの一輪を挿した暁緒は家族か親しい誰かを迎えるように笑顔を、と注文を受ける。だが、どちらかというと歌唱部門の活動が多い彼女は撮影モデルの仕事に緊張気味。
「ちょっと堅いかな。普段の祥月さんでいいんですよ。 ‥‥そうだな、この場所で歌うとしたら一番ふさわしい歌ってなんだと思われます?」
「『BEAUTIFIL DREAMER』でしょうか‥‥あ」
曲名を言った瞬間、フラッシュが焚かれて、軽く驚く。
「やっぱり歌のことを考えると、自然にいい表情が出るみたいですね」と片瀬。
撮影終了後、夕暮れに染まる薔薇のアーチを彼女は呟いた。
「芳稀さんの撮影で聞いた浅野須磨子って、確か政略結婚みたいに結婚させられたのですよね。音楽家との恋は不倫‥‥」
叶わぬ恋を抱えた何組かの恋人達が、この薔薇の下で短い逢瀬を過ごしたのではないだろうか、と暁緒は思いをめぐらせる。もしかしたら、女主人の夫にも薔薇の下での秘めた恋が‥‥?
「でも、私の心の中だけにとどめて置きます。「薔薇の花の下」ですものね」
暁緒はほんのりと微笑した。
『おかえりなさい。安らぎの園へ』
暁緒のポスターのキャッチフレーズは、そんな言葉に決まった。
● 紅茶で憩いを
撮影終了後、モデル達は女主人にティールームへ招かれた。女主人も若やいで、写真家のパソコンで撮影されたデジタル画像を見つつ、明るい声をあげた。
「まあまあ、素敵なポスターが出来そうですわね。久しぶりにローズペタルティーを淹れてみましたのよ」
「うわあ、いい香り。このクッキーーと合うかしら」
アイリスが買ってきたクッキーを差し出し、女性達の歓声が上がる。
「セシル・ブルンネの香り、素敵でしたわ」
宇海のかけた声に女主人は微笑んだ。
「ティー系がお好き? 今度マダム・バタフライも植えようかしら」
「あら、ダマスク香も好きですわ」
花びらを浮かべた紅茶にモデル達が盛り上がる中、片瀬だけが紅茶を断り立ち上がる。
優雅な場所は苦手だから居酒屋行きます、お疲れっしたーとそそくさと辞そうとした写真家は宇海に優しくきっちり叱られる。
「いくら苦手でも、せっかくのご好意を無にしてはいけませんわ。お酒は帰ってから存分に‥‥というところでしょうか」
「は、はい」
三姉弟長女の迫力にかしこまる写真家。女主人に自らの写真を、
「少女みたいな笑顔ですわね。可愛らしいこと」
と評されて、
「あら、どんな女性だって少女の顔を持ってます。男の人だっていくつになっても『男の子』だもの。あの人も‥‥」
何か言いかけて、すべりかけた唇を押えるように紅茶を飲むアイリス。
「ローズティーかあ、嬉しいな。今度帰国したらキューガーデンに行きたい‥‥」
故郷イギリスを思い出して、ちょっぴり遠い目になる慧。
窓の外の薔薇庭園は、夜の色に染まり始めていた。