泥棒紳士マノレスコアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 小田切さほ
芸能 4Lv以上
獣人 フリー
難度 難しい
報酬 15.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/10〜10/12

●本文

 19世紀後半のパリ。一人の青年が宮殿に貴族の館に忍び込んで行く。
 広大な庭に忍び込み、館に隣接する樫の木をするすると登り、バルコニーへ飛び移る。
 それもそのはず、この青年の職業は泥棒、なのである。器用さと体躯のしなやかさはお墨付き。
 だが、今夜ここに忍び入るには、泥棒とはまた別の用事。
 トントン、と彼は一番華やかな色のカーテンに飾られた窓を叩いた。
「お入り」
 落ち着いたアルトの声音。
 内側から掛け金がはずされ、青年を窓へと招きいれられた。
 部屋で彼を待っていたのは、贅沢なレース地で飾られたナイトドレスを纏った貴婦人だ。
「お召しにより参上仕りました、マダム」
 青年はひざまずき、貴婦人の手にくちづける。
「芝居がかりはおよし。今日はいくら稼いだの? トランプ手品かそれとも‥‥「別のやり方」で」
 いたずらっ子をとがめる母親のように、貴婦人は青年を問い詰めた。
「ほんのこれだけでございます、マダム」
 青年もまた、捕まえたカブトムシを母親に見せびらかすように、左手の指輪を示してみせる。豪華なルビーをはめ込んだ逸品。
「どこかのお嬢様につかの間のいい夢を見せて、その代償というわけね。‥‥まあいいわ。今の私には貴方のその「才能」が必要なの。
 ちょっとした用事を頼みたいのよ、ジョルジュ」

 青年の名は、ジョルジュ・マノレスコーーー元々はルーマニアの生まれ故、本来は「ゲオルグ・マノレスコ」と発音するのだが。
 少年時代からトランプ賭博に恐ろしいほどの才能を見せ、加えて一目をひく彫の深い容貌、貧しい育ちで身分は低いーーとくれば、今や彼が超一流の詐欺師となったのも無理からぬことかもしれない。
 華やかなパリの都へ足の向くまま流れてきた彼は、パリの貴族達が開くパーティーに出没しては、たくみに貴婦人やご令嬢達に恋を仕掛け、その身に着けた宝石をトランプで鍛えた器用な指で掠め取る。
 それが彼の得意技。
 だが、今彼を寝室に呼び寄せている貴婦人――ド・ドレヴォル公爵夫人は、「紅蜘蛛夫人」とあだ名される程の恋多き女にして知恵も度胸もある女傑。
 ある日のパーティーでマノレスコと出会い、その盗みの現場を押えたが、意外なことにマノレスコを捕らえるでもなく、追放するでもなかった。
「泥棒ならば、今までさぞかし面白い体験をしてきたことでしょうね。
 その話をあたしにお聞かせ。退屈させたらすぐさま放り出すことよ」
 恋多く狡猾なる「紅蜘蛛夫人」の退屈しのぎの話し相手に、マノレスコは雇われたのであった。

「ちょっとした用事?」
「ええ。前に話したことがあったでしょう、ディオタ・ド・テッシェン。
 あたしが彼女にプレゼントしたサファイアを、取り戻して欲しいの」
 ヴァレリアの夫と彼女の夫は、領地が隣り合っているいわば「お隣さん」であるが、祖父の代の境界線争いから、未だに冷戦状態。
 だが、祖父の代はともかく、今の共和政治下では、テッシェン公爵の人望と政治力はドレヴォルにとって脅威。
 そこでヴァレリアは懐柔策として出入りの宝石商から、大粒のサファイアを手に入れ、テッシェン夫人への贈り物とした。
 教養高く貞淑なテッシェン夫人にその深い深い青はいかにも似つかわしく、テッシェン夫人も、彼女にベタ惚れのテッシェン公爵もヴァレリアの読みどおり、こちらへ歩み寄る姿勢を見せるかにみえた。
 だが‥‥
「そのサファイアがとんでもないいわくつきの品だったのよ」
 紅蜘蛛夫人は美しい顔を曇らせる。
 宝石商が無残に殺されたという噂を聞いて、さっそく紅蜘蛛夫人ならではの情報網を駆使して探ってみれば、「呪いのサファイア」をある貿易商から買い取ったのが原因ではないかと囁かれていた。呪いのサファイアは元々タイの王族の持ち物だったが、不当な手段で外国から来た盗賊団に奪われて以来、持ち主をその恨みのように不幸に陥れるようになったのだと。
 それが件のサファイアにほぼ間違いないと確信するまで、さほど時間はかからなかった。
「彼女に呪いんだら‥‥というよりは、万一その噂が彼女の耳に入って、あたしが悪意を持ってサファイアを送ったのだと思われると、まずいのよね。出来れば、相手に騒がれない方法で宝石を取り戻し、タイに送り返したいのよ」
「お察しします、マダム」
 胸に手を当て恭しく一礼するマノレスコは、唇の端にはや微笑を浮かべていた。これから始まる冒険に胸の弾みを押えきれないというように。
「彼女を誘惑――とまではいかないまでも、油断させるくらいならきっと、やってくれるわね? わかってると思うけれど、報酬は弾むわ」
「報酬は、マダムの喜びの笑顔で十分ですとも」
 ぬけぬけとマノレスコは言い放つ。ご婦人方をとろかすあの笑顔で。
 ヴァレリアは軽くマノレスコを睨んだ。
「表向き、貴方は私の遠い親戚で、パリへ花嫁候補を探しに来た青年貴族――ということにしておくわ。
 来週、ここで開かれるあたしのサロンで、ディオタに引き合わせてあげましょう。‥‥ああ、くれぐれも本気にならないようにね。ディオタの夫ったら彼女にベタぼれなんだから、命が危ないわよ」
「では、一幕の芝居開始としゃれ込みますか」
 マノレスコは、命の危険すら娯楽のひとつといいたげな笑みを浮かべたーー

☆舞台「泥棒紳士マノレスコ」募集キャスト☆
●マノレスコ‥‥名うての天才詐欺師。口がうまく語学も達者。元は貧しい兵士の子という生まれ。
●ヴァレリア‥‥公爵夫人。賢く自尊心高く自らの快楽に忠実な大人の女性。夫とは、互いに浮気を公認している。
●ディオタ‥‥公爵夫人。ヴァレリアの政敵の妻。貞淑で信仰心篤く、夫を深く愛している。

 その他、ヴァレリアの愛人や宝石の関係者、マノレスコの子分や仲間など、ご自由に考案の上、ご応募下さい。

●今回の参加者

 fa0430 伝ノ助(19歳・♂・狸)
 fa1013 都路帆乃香(24歳・♀・亀)
 fa1414 伊達 斎(30歳・♂・獅子)
 fa2712 茜屋朱鷺人(29歳・♂・小鳥)
 fa4874 長束 八尋(18歳・♂・竜)
 fa4909 葉月 珪(22歳・♀・猫)
 fa5556 (21歳・♀・犬)
 fa5732 浦上藤乃(34歳・♀・竜)

●リプレイ本文

●泥棒紳士登場
「さあて、芝居の始まりと行くか」
 ここはヴァレリアの邸宅、その奥の小さな一間。鏡の前で、レースの襟飾りを真珠のボタンで留めた粋な身なりの天才詐欺師マノレスコ(=虹(fa5556))が呟いた。
「細工は流々‥‥と、待ちな。紅蜘蛛夫人の薔薇水を拝借と」
 マノレスコの背中に薔薇水を振りかけてにやりとするのは相棒の『赤毛狐』イオン(=伝ノ助(fa0430))。とにかく器用な小悪党で、スリから贋金造りなんでもござれの、マノレスコの幼馴染にして泥棒仲間。
「お前は台所で鴨肉のローストでも齧ってるかい?」
 とマノレスコ。イオンはちっちっと指を振り。
「お貴族様にゃ、小姓の一人も必要だろ?」
 見ればイオンもきっちりと短ズボンに襟飾りつきのシャツにびろうどのベストと、小姓らしい身なり。
「粋なの着てるな、どこから盗んだ?」
「人聞きの悪りぃことを言うな、借りただけよ‥‥黙ってだけどな」
 軽口を叩きつつ大広間へ出た二人は、ご夫人達の人だかりに出くわした。
 中心にいるのは自称宝石商のレナード(=長束 八尋(fa4874))。レナードは可愛い顔に似合わず口達者で、タロットカードが得意。ご婦人方に引っ張りだこと言うわけだ。もとより宝石は護符としての人気も高く、占いの結果次第で適当な売り文句と共に宝石を買わせるのが彼の得意技。
 今日も今日とてご婦人方に取り囲まれつつ、レナードはマノレスコとイオンにちらっとウィンク。このレナードも旅の途中で知り合ったマノレスコの「仲間」。今回の仕掛けに一役買っている。
「こちらのご令嬢には恋が訪れるようですよ、恋の成就に効く珊瑚の首飾りはいかが」
 口達者なレナードが殺し文句を並べていると、噂のテッシェン公爵(=伊達 斎(fa1414))とその妻ディオタ(=葉月 珪(fa4909))が登場。夫妻はいかにも仲睦まじげに手を取り合って女王然と輪の中心にいるヴァレリア公爵夫人(=浦上藤乃(fa5732))に近づいてくる。ディオタの胸元には、件のサファイアが輝いている。
「お招きありがとうヴァレリア。頂いたサファイアを早速お披露目いたしましたのよ」
 優雅に腰をかがめて一礼するディオタに、レナードが早速占いを持ちかける。
「ご機嫌麗しゅう‥‥公爵様、並びにマダム。お目通り叶いましてまことに光栄至極。ご夫妻のご出世を占わせていただけませぬか」
「いいだろう、話の種にね」
 切れ者らしくテッシェン公爵がそつなく受け、レナードがカードを並べる。結果‥‥運命の総括を告げる位置に来るのは「月」のカード。その意は危険、敵、裏切りと不吉なもの。レナードは不安げな表情になる公爵夫妻に、わざとうろたえた風を見せた。
「おや‥‥これは失礼、カードを切り損ねたかな。お恥ずかしい」
 だが、彼が取り繕うほどに公爵夫妻は不安げな表情に。もちろんこれはレナードの計算どおりである。切れ者政治家でもある公爵には当然政敵も多く、名誉の影に不安はつきものだ。
「何か良くない事の暗示なのでしょうか‥‥何だか不安だわ」
 ディオタは心配そうに夫を見上げる。
 と、紅蜘蛛夫人がフランス風呼び名でマノレスコを呼んだ。
「さ、座興はおしまい。皆様、今日の集まりの本来の目的をご紹介しますわ。ジョルジュ、いらっしゃい。こちらが、テッシェン公爵夫人、ディオタ・ド‥‥」
 紅蜘蛛夫人の紹介の途中で、マノレスコは立ちすくみ、目をハンカチで押えて見せた。 
「あ‥‥姉上‥‥」
「どうなさったの?」
 ディオタはおろおろしながら問う。
「失礼しました。あまりにも先年亡くなった姉上に瓜二つなもので」
 ハンカチを目に当てつつ寄越すゲオルグの目配せに、早速イオンも口裏を合わせる。
「私めも驚きました。ジョルジュ様の姉君の‥‥えぇと、ベアトリス様に瓜二つ」
「自分の姉のことを言うのも恐縮ですが、姉は貧しき者に施しを忘れず、生涯誰の悪口も口にせず‥‥まさに聖女でした。失礼‥‥このような晴れの席で涙を見せたりして」
 聖女よ敬愛する姉上よと崇められては、テッシェン夫妻もゲオルグが名だたるプレイボーイとは夢にも思わず気を許し、むしろ同情を寄せて嘘の思い出話に耳を傾ける。
「ああ、かわいそうなジョルジュ‥‥あの瞳を見ていると、何だか慰めてあげたくなってしまいますわ。もちろん、貴方への愛とはまったく別物ですわよ」
 ディオタは甘えるように夫に訴えた。
 妻を信じきっている公爵にも否やはない。むしろ誠実な彼は、政敵の妻でありながら自ら歩み寄る機会を作ってくれたヴァレリアに恩を返せる機会と喜んですらいた。
「うむ、もちろん僕は君を信じている。それにヴァレリア公爵夫人の紹介だし‥‥夫人には君のそのサファイアを貰った縁もあるからね。彼は社交界に出たばかり、色々戸惑う事もあるだろうし‥‥何かと面倒を見てあげられれば、せめて義理も返せるかな」
 ところが夫妻のやり取りを聞いてさらに張り切るのは、ヴァレリアの友人で、お人よしの伯爵夫人シャルロット(=都路帆乃香(fa1013))。
「お任せ下さいませ、ディオタ、ヴァレリア。私の人脈を使えば良縁はより取り見取り、ジョルジュ公にもすぐに幸せを見つけて差し上げますわ〜。さっ、ジョルジュ! こちらのご令嬢はユスタフ子爵の末娘、あちらはニーゼルフ男爵のご長女、えーと確かゴダンツ公爵のご令嬢もそろそろお年頃に」
「って、まだテッシェン夫妻との話が終わってな‥‥ああああ〜〜!」
「ま、待って、ゲオ‥‥じゃねえ、ジョルジュ様〜〜!」
 引っ張りまわされてしまうゲオルグとイオン。
 だがゲオルグはイオンに頼み、ディオタへ花束を届けてもらい、なんとか来週のテッシェン家での晩餐会に招待してもらう約束を取り付けた。
 ヴァレリア夫人の邸宅へ戻ってきたイオンは、ゲオルグの部屋に来て、首尾を告げた。
「なあ、ゲオルグ。おめぇの演技が上手すぎるせいだと思うんだが、俺ぁ時々、おめぇがほんとに貴族様の落とし子じゃねえかって思う時があるぜ。幼馴染のおめぇがあまり上手く貴族様に馴染んぢまうと、ちょいと寂しいっつか‥‥なんだ、もう寝たのかよ」
 イオンはマノレスコのベッドを覗き込み、ため息をつくと部屋を出て後ろ手にドアを閉めた。

●碧玉石が招く?
 そして、テッシェン夫妻の晩餐会。庭園前に止めた馬車から降りたマノレスコは優雅な山高帽に燕尾服。彼に手を借りて、優雅な紫のドレスを着込んだ紅蜘蛛夫人が続いて降り立つ。紅蜘蛛夫人はマノレスコと、御者を務めるイオンに目を配ると、女丈夫然と確認した。
「今日が計画の大詰めよ、手はずはいいわね? 何か必要になるものや、私のコネクションが必要ならば遠慮せずにお言いなさい。出来る範囲で協力は惜しまないから」
「イオンの変装と、逃げる手はずさえ整えてくだされば十分にございます、マダム」
 マノレスコはにっこり。
 一行はテッシェン公爵家へ乗り込んだ。人望厚いテッシェン公爵には、この機会に繋ぎを取ろうと数多くの客が訪れている。
 だが、その大勢の客の中から、ディオタはすぐさまマノレスコを見つけ出し近寄った。
「ジョルジュ、今日も会えて嬉しいわ。花束をありがとう。さりげない気配りを忘れない方ですのね。さあ、いらっしゃいな。今日もシャルロットが貴方にたくさんの花嫁候補を紹介したがっていてよ」
 だが、マノレスコは憂鬱げに首を横に振る。
 姉を失った痛手からまだ立ち直れず、本心は花嫁候補どころではないのだと。
「マダムがあまりに姉に似ていたもので、つい失礼なお誘いをしたくなってしまいました。こちらの庭園の東屋で、マダムと二人で月を眺めたいなどと‥‥姉の生前は、よくそうしていたものですから。きっとそうすれば、私の心の痛手も和らぐでしょうし‥‥」
 ディオタは少しためらうが、マノレスコの瞳を見るとつい頷いてしまう。ディオタにとってマノレスコは、甘いマスクで貴婦人達をとりこにする天才詐欺師ではなく、敬慕していた姉に夭折され、孤独癖に陥った気の毒な青年紳士なのだ。
「では‥‥少しだけ」
 ディオタが偽紳士に連れられて夜の庭へ出た頃、テッシェン公爵は、次から次へと売り込みに来る論客や作家や肖像画家、若手政治家達の相手に忙しかった。人波を掻き分けて、レナードが近づいてゆく。
「夕べは失礼、座興のつもりがマダムにとんだご心労をおかけして‥‥」
「いや、いいんだ。僕の立場上、用心は欠かせないからね」
「心労を癒す水晶のネックレスをお勧めしようかとまかり出た次第ですが‥‥ところで‥‥マダムはどちらへ?」
 問われてテッシェン公爵は、ディオタがいないことに気づく。レナードがさっと窓の外に合図を送った。
  パアーーン!
「キャーーーッ!」
 破壊音と、貴婦人達の悲鳴が続けて上がる。破壊音は、逃げてゆく暴漢――実は黒覆面に変装したイオンだーーが投げた小石でランプが一つ割れた音。
「暴漢が!」
 さては政敵の寄越した刺客の仕業かと飛び出すテッシェン公爵を見送り、レナードはしてやったいと猫のように微笑んだ。
「ディオタ! ‥‥ディオタ!!」
 まさか刺客に傷つけられてはしまいかと気が気でない公爵の目に、蒼い光が映った。
 これは、実は闇に紛れてマノレスコが茂みに隠れたイオンに手渡したサファイアを、イオンがランタンの光で照らしているのだが、イオンは巧みに木陰に隠れつつ、ゆらゆらと蒼い光を動かして公爵を導く。
(「サファイアの光‥‥僕を導いてくれている、のか?」」)
 ターーン!
 また破壊音。
「ディオタ‥‥!!」
「貴方!」
 互いに駆け寄る公爵とディオタ。
 だが、ディオタの胸元の青い宝石が無い。マノレスコが闇の中から現れる。右腕から血を流している。
「あの暴漢め‥‥マダムをさらおうとしたので、私は叶わぬながら組み付きました。残念ながら逃げられましたが‥‥マダムはご無事で?」
 実はマノレスコとイオンが、打ち合わせ通りの手はずで格闘するふりをしただけで、マノレスコの右腕を赤く染めているのは血ではなく、スグリのシロップ。
 足元には、サファイアの(実はイオンがばら撒いた青いガラスの)破片が散っている。
「ええ。もみ合った拍子に、サファイアが割れたようですの。でも‥‥そのお蔭で私の身は守れたのかしら? ヴァレリアになんてお詫びすれば‥‥」
「ジョルジュ、君には心からの感謝を捧げよう。もちろん、君の後見人たるヴァレリア公爵夫人にも」
「そうよジョルジュ‥‥ああ、気の毒に、腕を傷つけられたのね」
「これしきの傷、マダムの安全に比べれば‥‥ああ、サファイアには誠実な愛をもたらす護符の魔力があるとか。お二人の愛の絆を深める役に立ったのだから、あの宝石は本来の役目を果たし終え、土に戻ったのでしょう」
 マノレスコは巧みにおしどり夫婦を安心させた。
「まあ‥‥! サファイアと、そして何よりもサファイアを贈って下さったヴァレリア夫人に感謝しなければいけませんわね」
 公爵夫妻は、サファイアが無くなった理由を微塵も疑わず、ひたすらヴァレリアとマノレスコに感謝を捧げた。

●紳士の報酬は?
 サファイアを取り戻した紅蜘蛛夫人は大喜び。報酬を与えるからと、マノレスコとイオン、レナードを自邸に呼び出した。
「報酬ってまさか、こののろいのサファイアじゃないよな」
 レナードがぞっとしない口ぶりで言う。紅蜘蛛夫人は艶やかに笑って否定した。
 公爵の感謝まで手に入れたこの上首尾を、仇で返すはずがないじゃない、と。それどころか、報酬は‥‥
「貴方を養子にしてさしあげます。貴方はホンモノの貴族になれるというわけよ」
 一瞬顔を曇らせるイオンだが、気を取り直してはしゃいだ声を作った。
「そりゃ願ってもねぇこった!! ゲオルグならきっと、上手くやれやすよ、マダム! よかったじゃねえか、なあゲオルグ‥‥?」
 だがマノレスコは優雅に一礼、ヴァレリアの手を取り、恭しくくちづけた。
「せっかくの申し出にございますがマダム。俺には旅から旅への詐欺師暮らしの方が性に合っているんです。第一、こんなにいい仲間はお貴族様の暮らしじゃあ、お目にかかれませんからね。第一、この通り報酬はもう頂いております」
 と懐から見事な真珠のネックレスを取り出して見せる。
「ま‥‥それはシャルロットの」
 紅蜘蛛夫人は絶句して、それからはじけるように笑い出す。あのお人よしシャルロットが、マノレスコをあっちこっちへ引っ張りまわすうちに、マノレスコはいつの間にか彼女の宝石を掠め取っていたのだ。
「いたずらっ子達。旅暮らしに飽きたら、また退屈しのぎの相手を務めにいらっしゃい」
 ヒューッと口笛を吹き、邸を出て陽気に歩き出す三人。
 ――幕――

● 幕の後ろで
「本当は君と夫婦役がやりたかったんだけど‥‥役者同士の夫婦って、ままならないね。帆乃香君」
「でも、斎さんの演技が間近に見れて良かったです〜」
 いちゃいちゃな都路さんと伊達さん。うおぉぉぉ!! 家でやれ、家で!(何)
「俺、そのうち性別詐称疑惑で週刊誌ネタにされないかなぁ」
 ヘアメークさんにノリノリでハンサム青年貴族にさせられた虹さん。
「女装疑惑もどうかと思うっすよ。特に桜井ってレポーターには気をつけて下さいやし」
 なぜか遠い目で労る? 伝ノ助さん。
「お‥‥俺なんて俺なんて、特に女装してないのに、武術やってるのに時折女の子に間違えられるんです〜!」
 嘆く長束さん。まあ、このプロテインでも一杯やんなさい(何)。
 とかく人生はままならないということですな。