シュヴァルツ主演会議ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
大林さゆる
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
難しい
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報酬 |
10.4万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/25〜03/29
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●本文
「俺が主役のドラマを日本で公開する? ジョークでも正直困る話だ」
ヨーロッパ在住のプロデューサーにホテルに呼び出され、依頼の話かと思いきや、今回はドラマの話であった。ティル・シュヴァルツ(fz0021)はヨーロッパにおいては名脇役として有名であったが、意外と日本にもファンがいるらしい。それを知ったプロデューサーはティルに話を持ちかけたのだ。
だが、当の本人であるティルは何故かあまり気乗りがしなかった。今まで主役を演じたことがなかったが、だからと言って不満もなかった。俳優の仕事が好きだからこそ、今でも続けているのだ。別に主役がやりたくて俳優をやっている訳ではない。ティルなりに、なにやら拘りがあるらしかった。
「俺なんかより、主役に相応しい者は他にもいるだろう?」
ティルがそう告げると、プロデューサーは真剣な眼差しで答えた。
「謙遜しなさんな。あんたが主役のドラマが見たいっていうファンはたくさんいるんだ。確かにだ、主役の友人や相棒の役が多いせいか、視聴者の多くはティルのことを『名脇役』だと思っている。だが、俺から見れば宝の持ち腐れにも見えるんでね。はっきり言わせてもらうと、あんたが主役のドラマを日本の人々にも見てもらいたいんだよ。ティル・シュヴァルツの魅力をもっともっと知ってもらいたい。要するに、俺はあんたのファンなんだ」
「‥‥。‥‥。‥‥そう言ってもらえるのはありがたいが‥‥俺は‥‥主役はやる気はない。そういう柄でもない。脇役で良い。その方がむしろ俺は楽しいんだ」
ティルはやはり主役はやる気はないようだ。
「じゃあ、他の者たちにも意見も聞いてみようじゃないか。という訳で、緊急に会議をする」
「おいおい、いきなり話を進めるな。全く、相変らずこっちの気持ちはお構いなしか?」
と言いつつも、ティルはいたって冷静な態度で椅子に座っていた。
「ファンの気持ちに応えるのも、俳優としての仕事だってことも忘れちゃいけないよ」
そう告げた後、プロデューサーはシュヴァルツ主演会議を各芸能プロダクションに宣言した。
●リプレイ本文
●打ち合わせ前
ヨーロッパのとあるビルの一室で、内密な会議が行われることになった。内密とは言え、各芸能に携わる者ならば会議が決定になったのは、密かに広まっていたようだ。
「会議の資料は作り終えました。後は、彼が来るだけですね。10分前までには来る人だとは聞いていましたが?」
巻 長治(fa2021)は今回の会議に使用する資料を人数分用意して、プロティーサーに手渡した。
「会議まで、2時間ある。それまでロビーでゆっくりしててくれ」
「分かりました。お言葉に甘えて、そうさせていただきます」
長治は一礼すると、その場から立ち去った。会議室ではダミアン・カルマ(fa2544)や樋口 愛(fa5602)、楼瀬真緒(fa4591)たちが何やら作業をしていた。
「テーブルはロ型になるように運んでもらえると助かります」
そう言いつつ、ダミアンは縦長のテーブルを組み合わせて、並べていた。愛はダミアンの手伝いでテーブルを運び、真緒は椅子を並べている最中であった。
「やっぱり会議だと飲み物とか必要ですよね?」
真緒がそう告げると、ダミアンはにこやかな笑顔で答えた。
「僕もそう思って、プロティーサーに言ってみましたら、OKが出ました。紅茶とクッキーの用意をしようって考えてたんだ」
「さすが裏方、気がきくな」
愛の言葉に、ダミアンは照れ笑いを浮かべた。
「好きでやってることだし、皆さんのお役に立てるならば僕もうれしいんだ。愛さんも手伝いありがとう、助かったよ」
「スタント兼演出家と言っても、なんでも屋みたいなもんだから、気にしないでくれ。俺も手伝うつもりで来たから、遠慮せず言ってくれ」
「じゃあ、資料をテーブルの上に一人ずつ、前もって置いておいた方がいいかなって思ったから、お願いできるかな?」
ダミアンにそう言われて、愛は資料を受け取る。
「これくらい御安い御用だ」
「それじゃ、私はお茶出しをお手伝いしますね」
真緒も最初から手伝う気でいたようだった。ダミアンはうれしそうに頷いた。
「近くに紅茶専門店があるらしいんだ。これから買出しに行こうと思ってたんだ。その間、カップとか用意してもらえるとありがたいかな? クッキーはすでに昨日作っておいたから」
「分かりました。カップと、お皿を用意しておきますね」
真緒はそう告げた後、会議室から出ていった。
●会議〜主演論議
「あえて言おう! 『タラえもん』の主役は『タラ太』君であると!」
皆の自己紹介が終わった後、そう叫んだのは阿野次 のもじ(fa3092)‥‥しかも何故かテーブルの上に立っていた。スパッツを履いているとは言え、スカートがひらりと捲れるのは、なんともかんとも。そんなことは気にせず、のもじはティル・シュヴァルツ(fz0021)に向かって、ビシっと人差し指を向けた。
「何故、そんなに主役をやりたくないのか、じっくり聞かせて頂戴!」
「ははは、元気なお嬢さんだ。テレビ中継で話したことはあったが、実際に会う機会があるとはさすがに驚いたな。まあ、少し落ち着いて椅子に座ってくれ」
ティルの穏やかで冷静な態度に、のもじは思わずちょこんと椅子に座ってしまった。周囲の視線を見渡すと、プロティーサーが咳払いをしていた。
「えー、では、会議を始める。のもじ嬢の言う『タラえもん』は俺でも知っている。日本でも有名なアニメらしいからな」
ここで説明しなければなるまい。『タラえもん』とは26世紀からタイムトラベルのドアからやってきた『熊型ロボット』で、トレードカラーは緑色。背中にあるショルダーバックから、未来のいろんなアイテムを取り出すこともできるのだ。ショルダーバックの底が噴射して、空を飛ぶことも可能!
まさに未来の熊型ロボット! 空だって飛べるのだ! で、一見すると『タラえもん』が主役に思われがちであるが、実は真の主役は『タラ太』と呼ばれる少年‥‥本名は平 大輔(たいら・だいすけ)なのだ。何をやってもタラタラと行動が遅く、そのせいで「タラ太」という仇名がつけられてしまったのだ。成績もあまり良くなくて、赤点を取ることが多い。気が小さいが、心根は優しい男の子で、小学5年生。唯一得意なのはシューティングゲームという現代っ子なのだ。
「まあ、のもじ嬢の言いたいことは私にもなんとなく分かりはしますが、ティル氏が主役と脇役の違いとは何だと考えているのか? そこが問題だと思いますね」
落ち着いた口調でそう言ったのは脚本家の長治であった。一息付いた後、さらにこう言い続けた。
「私見ですが、ティル氏は落ち着いた渋い役の方が向いていそうですし、主役として『前に前に』と話を引っ張っていくタイプではないのでしょう。それならそれで、前に行きたがる周囲をうまく後ろから支えつつ‥‥最後、奇麗にまとめる。そんな主役でもいいのでは?」
作家兼女優の真緒は、積極的に話を進めようとはせず、相手が答え易いようにとティルに質問してみた。その間、ダミアンは密かにテーブルの上を布巾で拭いていた。のもじの足跡が気になっていたようだ。それに気付いて、のもじはダミアンに頭を下げた。
「す、すみません。余計な仕事、増やしちゃいましたね」
「大丈夫、気にしないで。のもじ君のおかげで場の雰囲気がパッと明るくなったしさ」
そんな会話を余所に、真緒はいくつかの質問をしていた。
「どうせなら、自分がとことんこだわれる作品を作ってみたいとは思いませんか?」
ティルは少し沈黙したが、慎重に話し始めた。
「‥‥。‥‥『作る』というのも一つの手段だとは思うが、俺は俳優として『演じる』ということに表現方法を見い出してきたつもりだ。長治の言っていたことは、俺の考えに近い。俺は前へと出るタイプではないから、主役には向いていないと思い込んでいた」
ダミアンは席に着いた後、ティルの顔を見ながら言った。
「大切なのは『主演』に相応しいかではなく『役』に相応しいかだと思うんだ。シュヴァルツさんにしか演じられない役はあるはずだよ。僕は裏方で表舞台に立つ役者さんたちとは立場が違うから、ちょっと的外れな意見かもしれないけれど‥‥僕はアイテムやセットを作る時、使用する人が主演か否かの立場を意識したりしません。明らかな一人芝居でない限り、どちらかが欠けても作品は成り立たないからね。どんな人が使用する場合でも、全力で仕事をしています。演じる事も、基本は一緒なのでは?」
「確かにそうだ。だが‥‥今まで、具体的に『こんな主役、どうですか?』と言われたことはなかった。ただ『主役をやってみたいと思わないのか?』という意見が多くてな。正直、それでは俺の心には響かなかった。ダミアンの話を聞いて、少し見方を変えてみても良いかとも思うが‥‥」
ティルは顎をしゃくったまま、考えこんでしまった。すると、のもじが元気よく手を挙げて、意見を述べ始めた。
「なーんだ。だったら、答えは簡単だよ! ドラマ経験者の立場から言うと一口に主演といってもその扱いは千差万別だと思うし、切り口や視点が違うだけで。例えば病弱で入院した娘のために自分の一生の夢を追うのを止めた父親という話があったら、同じ話でも娘側と父親側では違うから。なんとなくって言う意味で断っていた訳じゃないって言うのは分かったけど、やっぱり芸能人たるもの、スゲー奴にならなきゃ! って、シュるりんは確かに『名脇役』として有名だけど、私がメイ脇役をやって、シュるりんが主演! そしてそのドラマで助演女優賞と男優賞を同時受賞! それで万事解決!! ちなみに、好きな言葉は成り上がり!」
ティルが珍しく、楽しそうに微笑していた。
「そんなに上手くいけば、誰も苦労はしないが、のもじ嬢の話を聞いていると、俺の拘りがちっぽけなもんに思えてきたな。のもじ嬢は主役に向いてるな。賞は無理でも、そういうドラマならば俺にでもできそうだな」
「そ、そう? でも、どうせやるなら、上を目指そうよ!」
のもじはVサインでそう告げると、今まで黙って聞いていた長治がすっと手を挙げた。
「次善の策としては『主役を一人に限定しない』形のドラマにして、ティル氏はその『主役の一人』という形ではどうでしょう。これなら一人で主役をやるより抵抗はないでしょうし、一応は『主役』ですから、落としどころとしては上々かと。あるいは、最後の手段として『名目上の主役』に他の人を立てた上で、ティル氏には『実質的主役』をやってもらう、という手もあります。つまり、意図的に『主役より脇役が目立っている』状態を初めから作っておく‥‥というのが私の考えですが、プロティーサーはどうお考えでしょうか?」
「狙いとしては申し分ない。なら、もっと分かり易い脚本を書いてきてもらえるとありがたいね。そうすれば、ティルも少しは納得するだろう。機会があればお願いしたい所だが、今回の論点とは少し微妙にずれている気もする。ぜひとも長治の書いた脚本を見てみたいもんだ」
「具体案としては押しが弱かったようですね。もう少し精進します」
長治は躊躇いなく頭を下げた。彼にとって、プロティーサーは神のような存在だったからだ。しばらくしてから、愛が話し始めた。
「俺も似たようなことを考えていた。変則的だがトリックスター的準主役に喰われた主役。お騒がせ人物に振り回される主役だ。日本はコメディ系統になってしまうのが難点なんだが‥‥実際、日本にはこんな番組が多いぞ? ドラマの王道としては『誰かを脇から支える主役』『誰かの成長を見守る主役』だ。例えば、困難に立ち向かうヒロインを影から支えたり、少年の成長物語で重要な指標となるべき人物とか、だな。他には、脇役的な立場を職務にする人物が、アクシデントで主役の職務を代行するという筋書きだ。脇役を知り尽くす役者が映えるだろう。『探偵や刑事の相棒が一時離脱し、任務を託される』とか『主君の遺志を継ぐ家臣』とかな。『お前にしか出来ない、頼れない』‥‥そんな状況でどう応えるか、重みのある脇役を知ってこそ『活きる』と思う。あとは『もう一人の主人公』‥‥主役と同じ事件を追う、表裏一体の位置の役柄だ。これはティルがよくやる役じゃないか? つまり、これを日本ドラマに置き換えて展開していくっていうのも良いと思う」
ティルは「ふむ」と思案した後、こう告げた。
「俺がもう一つ気になっていたのは『日本で放映する』っていうことだった。正直、俺は日本の情勢には詳しくない。だが、愛の言うように、俺が今までやってきたような役柄でも『日本で通用するのか』‥‥それも気になるところだ。やはり地域によって、好みの傾向は変わるからな」
それを聞いて、葛城・郁海(fa4807)、マリエッテ・ジーノ(fa3341)、アルヴィン・ロクサーヌ(fa4776)はしばらく何も言えなかった。『日本でドラマを放映する』ということを忘れていたのだった。
はっと我に返り、郁海は思い切って言ってみた。
「やっぱり一度でもいいから主役くらいは演じてみるのもいいんじゃないか? そうする事で、主役になった自分から見た脇役への視点が掴めると思うし、そしてそれを機に新たな形が出来上がるかもしれないから。俺は一応、舞台俳優なんだが、ティルさんの意志や拘りに対しては、肯定したいと思っている。そういう面があるからこそ、その人なりの演技ができるんじゃないかって思うし‥‥だから、ティルさんの拘りは『ちっぽけ』じゃなくて、それがティルさんの味だと思うから、できるならそれは忘れないで欲しいな。生意気なこと言ってたら、ごめん」
「いや、謝る必要はない。拘るとか、拘らないとかも演技の一つだとも思うしな。時には『拘らない演技』とかも面白いかもしれないと思っていただけだ」
ティルの言葉に、郁海は肩の荷が下りたような気がした。オペラニストのマリエッテは、個人的な意見を言うことにしたようだ。
「これは私が思うことですが、私はシュヴァルツさんが主役のドラマに是非主演して欲しいと思っています。プロデューサーの方も言っていたように日本にも‥‥いえ、日本だけでなく世界中に大勢のシュヴァルツさんのファンがいて、その人たちもシュヴァルツさんが主役のドラマを拝見したいという願いは一緒だと思います。ですが、シュヴァルツさんが主役としてではなく、このまま脇役として俳優を続けていくとお考えであれば、私はシュヴァルツさん自身の意志を尊重します」
そして、アルヴィンが懸命に、丁寧にこう告げた。
「シュヴァルツさんには主役ではなく、一出演者として、出来れば後進の育成も兼ねて演技指導に回って貰いたいというのが自分の希望です。今回の会議に参加して、かえって自分の方がいろいろと考えさせられたような気がします。たいしたことも言えず、申し訳ありませんでした。あの、念の為ですが‥‥主役をやりたくないと、今でも考えておられますか?」
ティルの渋い顔が、なんとなく穏やかに見えたのは気のせいだろうか‥‥。
「‥‥俺にしか、俺ならできる役柄だったならば‥‥それが単に『主役』だけだったというのなら、やってみても良いか、とは考える余地はありそうな気もする」
果たして、ティルが主役のドラマが実現するのか、今は明確には分からない。
だが、何かが動き始めたような、一歩前進したような会議となったことは確かだった。
蛇足だが、紅茶とクッキーは皆に好評だったようだ。
翌日‥‥。
「あああ〜、しまった〜! サイン貰うの忘れてたよ〜! シュるりん、かむば〜っく!!」
どこからともなく、のもじの叫びが聞こえてきた。