あの夏の日、ピュアアジア・オセアニア
種類 |
ショート
|
担当 |
大林さゆる
|
芸能 |
1Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
やや難
|
報酬 |
1.4万円
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
0人
|
期間 |
08/19〜08/24
|
●本文
「脇役をこなせないようでは、良い俳優にはなれないわ。それが私の考えよ」
朝霧 渚は、新人俳優を育成することに関しては並々ならぬ情熱を燃やすと一部で評判の女性マネージャーだ。
「はい‥‥分かりました」
震える声で答えたのは、大園 麻奈、17歳。
渚の強力なバックアップの末、ようやく俳優としてデビューすることができた。周囲から見ると、麻奈よりもマネージャーである渚の方が存在感があるという噂も密かにあった。
「‥‥。‥‥本番では貴女一人なのよ。しっかりして頂戴」
「‥‥はい‥‥分かりました」
麻奈の返答に、渚は思わず小さな溜息をついた。
ロケ地である質素な旅館に付くと、簡単な打ち合わせが行われた。
番組ADが脚本を片手に説明を始めた。
「はい、今回集まりの皆さんは『旅館のお客さん』を演じてもらいます。高校の同窓会で集まり、夕方に宴会を行います。役は自分のやりやすいもので構いませんが、目立ちすぎないように〜。それを忘れないで下さいね〜」
今回のドラマ『あの夏の日、ピュア』は若い主婦をターゲットにした作品だが、年齢層に関係なく楽しめる内容にしたいというディレクターの意向もあった。
とある夫婦が、娘の初めての高校受験に際していろいろと試行錯誤しつつ、息抜きに家族で温泉旅行に来るが、その時に出会った旅館のお客さんたちに励まされ、心機一転する‥‥という流れだ。
初日は顔合わせと役の調整、2日目と3日目がリハーサル、4日目と5日目が本番で、6日目は後片付けの後、解散というスケジュールだ。
「旅館の女将さんとご主人がお客様を出迎えた後、場面が切り替わり、客室へと入ります。客室に入ったお客さんは、自分の役をきちんと考えた上で、適当に演技して下さい。例えば、高校時代の思い出話をするとか、当時流行っていたものとか‥‥それでは皆さん、お願いします」
麻奈は脇役として、とある夫婦の娘、絵里を演じることになった。
高校の受験勉強が気になるのか、絵里はそわそわしていることが多かった。
●リプレイ本文
夏のドラマスペシャル『あの夏の日、ピュア』‥‥主な出演者
キャンベル・公星(fa0914)‥‥佐藤 由布子(サトウ・ユウコ)
柚木透流(fa4144)‥‥水木 珠莉(ミズキ・シュリ)
虎真(fa0862)‥‥村上 遼太郎(ムラカミ・リョウタロウ)
鬼頭虎次郎(fa1180)‥‥旅館の親父兼料理長
風間雫(fa2721)‥‥旅館の女将
醍全 史郎(fa0832)‥‥旅館の客で自称『胴長おじさん』
ゼフィル・ラングレン(fa2654)‥‥涼宮 澪(スズミヤ・レイ)
ミミ・フォルネウス(fa4047)‥‥美海(ミウミ)
●リハーサルの合間〜休憩
「それでは、一時間の休憩に入りま〜す。午後のリハーサルは13時からです」
番組ADの声で我に返り、大園 麻奈は小さく溜息をついた。それに気付いた透流が、麻奈に優しく告げた。
「麻奈ちゃん、一緒にお弁当食べない?」
気さくな笑顔に、麻奈もうれしそうに小さく頷いた。2日目の夜、麻奈のマネージャーである朝霧 渚に透流はそれとなく声をかけてみた。渚はただ黙って聞いた後「そうね。あなたの言う通り、上手い演技ができたら褒めるのも悪くないわね」と言って、部屋へと戻ってしまった。
そのことが、なんとなく透流は気になっていたこともあり、その後は渚と話す機会がなかった。そんなちょっとした違和感に気が付いた雫は、食事が終わった後、麻奈たちにそっと近付いた。
「麻奈ちゃんは確か17歳でしたよね? 私には、麻奈ちゃんと同じ年頃の娘がいるんですよ」
普段は控えめの雫であったが、やはり麻奈のことが気になっていたのだ。
麻奈と雫、透流が話をしていると、キャンベルも同じ気持ちだったのか、やってきた。
「‥‥復帰して、初めてのお仕事ですけど、皆さんとお会いできて光栄です」
「復帰?」
麻奈が言うと、キャンベルが頷いた。
「ええ‥‥しばらく体調を崩して静養していたのですが、楽しい現場でホッとしています」
それを聞いて、麻奈は自分が恥ずかしくなった。風邪をひいて仕事を休み、渚に小言を言われたせいで少し畏縮していたが、キャンベルたちの優しさに触れて、麻奈は心が温かくなったような気がした。
「‥‥私も‥‥皆さんに会えて、この仕事ができて、うれしいです」
麻奈の本当の笑顔に、キャンベルや透流、雫も思わず笑い返した。虎次郎も気が付けば、口元が綻びていた。恐い顔と言われることもあったが、笑うとかえって虎次郎の顔は愛敬があるようにも感じられた。
史郎は一服しながら、麻奈より少し離れた場所にある椅子に座り込んだ。
「‥‥麻奈とやら‥‥良い笑顔しているのぉ。今の気持ちを忘れん限り、おたくは大丈夫じゃ」
史郎は強面の俳優だったが、脇役として出演することが多かった。
「‥‥脇役っちゅうのはのぉ、何故脇役って言うか分るか? 脇役は、その作品の脇を固める役っちゅうことじゃ。脇役は作品を引き締め主人公を立たせる、そのためにはその役と主人公との立場を考えて役を作らなきゃならん。まぁ、精々精進するんじゃのぉ。若いの」
それだけ言うと、史郎は立ち去ろうとした。麻奈は反射的に御辞儀をした。
「醍全さん、アドバイスありがとうございます」
史郎は麻奈の肩を軽く叩いて「お互い、がんばろうや」と告げ、その場を後にした。
「脇役としての誇り‥‥シローさんを見ていると、そう思えるな」
通路に出ると、虎次郎がふとそんなことを言っていた。
●あの夏の日、ピュア〜本番
厨房から、まな板を叩く音が響いた。料理長扮する虎次郎は板前の格好をして、キャベツを千切りにしていた。
「料理の基本は、キャベツの千切り」
虎次郎は調子良く包丁を叩いた。専門的な料理は作れないということだったが、この一場面だけでも料理長らしくあるために、虎次郎は暇さえあればキャベツを切る練習をしていた。その甲斐あってか、本番では順調にこなすことができた。
旅館の玄関口では、女将の雫が丁寧に頭を下げて、お客さんを迎え入れる場面へと切り替わった。
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり」
和服姿の雫は、気配りの感じられる気の良い女将の役を徹底して演じていた。
「初めて来てみたけど、良いところね」
水木 珠莉が利発そうな声でそう告げると、佐藤 由布子が静かに笑みを浮かべた。
「そうですね。山の景色がよく見えて‥‥それに川の音も心地良いです」
「宴会は夕方6時半からだから、それまでゆっくりしてましょ!」
珠莉が元気に言った。由布子たちは高校の同窓会も兼ねて、この旅館へ来ていたのだ。
「絵里、どこへ行くの?」
何も告げず部屋から出て行こうとする娘に、母親が声をかけると、父親が元気付けるように言った。
「せっかく来たんだ。絵里の好きなようにさせてやろうじゃないか」
「あなたはいつも甘いんだから」
お決まりの台詞の後、場面がさらに変わる。絵里は一人で、御土産コーナーの近くを歩いていた。
ふと気配に気付き、絵里は後ろを振り返った。すると、10歳くらいの少女が見事に転倒していた。
「大丈夫っ?!」
絵里が駆けつけ、立たせようと腕を掴もうとすると、美海はビクっとしていた。
「怪我してない?」
絵里が安心させるように笑みを浮かべた。しばらく沈黙が続いたが、美海は自力でゆっくりと立ち上がった。
「あ、膝が‥‥」
絵里はそう言って、ポケットからハンカチを取り出すと、美海の膝に付いていた汚れを拭った。
「‥‥おねーちゃん、ありがとう‥‥」
それがきっかけで、絵里は美海と知り合った。美海の父親は作家で、二日前から旅館に泊まっていたと言う。二人が一階の談話室で話をしていると、酔っ払いのおじさんがやってきた。絵里が美海に高校受験で悩んでいることを打ち明けた途端、『胴長おじさん』はこう告げた。
「俺はなぁ、受験なんかしたこたぁねぇが、いや、したこたぁねぇから言わしてもらう。あんな紙切れで人生決まるなんてそんなことあってたまるかぁっ!」
聞いてもいないのに、胴長おじさんは喋り続けていた。
「受かるか滑るかなんてそんなこと俺が知るか! だがな、そのやったっていう事実が、てめぇン中にありゃあ、それは絶っ対に無駄にはなんねぇ。それが肥やしになっていつか芽が出て葉を生やし、花が咲けばそれでいいんじゃねぇのか?」
昼間から酔っ払っていたこともあり、絵里たちは最初『胴長おじさん』を警戒していたが、話を聞いているうちに優しいおじさんだということが分かり、次第に打ち解けていくのだった。
「何事も‥‥まず頑張る所からだと‥‥思うの。私のお父さんも、昔は頑張ったって言ってた」
美海は絵里に向かって一生懸命にそう告げると、はにかみながらその場から走り去ってしまった。
夕方。大広間で宴会が始まった。
「あの時は‥‥役を押し付けてゴメンね。いらぬお節介だったら、本当にごめん!」
珠莉が両手を合わせて謝ると、由布子は珠莉の手を取り、穏やかな表情で言った。
「出来ない‥‥って言ったら『自分の母親のように演じれば良い』とアドバイスされたのよね」
そう言いつつ、由布子は楽しそうに笑っていた。どうやら学生時代の話で盛り上がっているようだった。
「私、あの学園祭でカメラマンなるって決めたんだよね。皆が団結してる所を写真に収めるのが楽しくて」
珠莉は現在、カメラマンになるため勉強中だった。
「確か、学園祭の演劇で‥‥佐藤さんはシンデレラのお姉さん役でしたよね」
村上 遼太郎がビールを飲んだ後、そう告げた。
「村上くんは『木の役』だったよね。よく似合ってたよ。芝居が終わった後、ユウに何か言おうとしてなかったっけ?」
「わー、それは言わない約束って‥‥あーあ、やっちゃったよ」
珠莉の言葉に、遼太郎はお約束のごとく、ビールの入ったコップをテーブルから落っことした。
遼太郎の淡い初恋の思い出は、由布子には知る由もなかった。
遼太郎がふと隣を見ると、偶然通りかかった絵里のスカートが濡れていた。
「わ?! す、すいませーん! えらいこっちゃ‥‥クリーニング代は出しますから、許して下さい〜」
酒が入っていたせいか、遼太郎は少しふらふらになりながら立ち上がった。
「お客様、大丈夫ですか?」
仲居の涼宮 澪が布巾を手に持ち、心配そうにやってきた。
「俺は大丈夫ですけど、女の子の方が‥‥すいませんすいません」
遼太郎は申し訳なさそうに何度も謝っていた。
「えっと、別に濡れただけだから、気にしないで下さい。洗えば済むことですし」
絵里がそう告げると、澪が優しそうな笑みで答えた。
「もしよろしければ私が洗濯しますよ。これくらいならば普通に洗えば良いと思いますし、クリーニングする必要はないですよ」
「仲居さん、お気遣いありがとうございます」
遼太郎が澪に礼を述べると、絵里も安心したようだった。
「それじゃ、部屋に戻って着替えてきます」
絵里は母親に事情を話し、澪と一緒に部屋へ戻ることにした。遼太郎は絵里の母親に気が付くと、何度も謝っていた。
「いやいや、そんなに気にすることはないさ」
絵里の父はビール瓶を持つと、遼太郎の隣に座り、飲むように勧めた。
「あ、それじゃ、お言葉に甘えまして」
遼太郎がうまそうにビールを飲むと、絵里の父は満足そうな表情だった。どうやら一緒に飲める相手が欲しかったようだ。
「絵里さん、中学三年生ですか‥‥じゃあ、来年は‥‥」
由布子がそう言うと、絵里の母親は無言で頷いた。
「受験の時ね、のんびりしてたかな? 勉強する時は勉強する。休む時は休む。とメリハリをつけてたかな。無理して体壊したりしたら元も子も無いし」
絵里の父に、受験の時はどうしていたかを聞かれて、遼太郎がそう答えた。由布子は余計なことかなと思いつつも、こう言った。
「絵里さんのお母さん‥‥私は母の期待に負け、受験に失敗しました。でも、それは私にとって良い結果になりました。第二希望の高校に入って、今でも大切な友人ができました。失敗しても良いんです。だから特別に扱わず‥‥普段通り接してあげて下さい」
由布子の気遣いに、絵里の母は久し振りに笑ったような気がした。
「自動乾燥機で乾かすとスカートが縮んでしまうかもしれませんから、洗い終わったら部屋へお持ちしますね」
絵里が着替え終わった後、ふと卓の上を見ると高校受験用の参考書が置いてあった。澪が「来年、受験なんですか?」と聞くと、絵里は丁寧に返事をした。初めて絵里と会った時、そわそわしていたことが気になっていたが、澪は事情が分かり、こう告げた。
「受験というのは、今までやった事の復習や応用だと思えば大丈夫ですよ。だから気持ちを落ち着かせて、できる限りのことをすればいいと思うんです」
「‥‥できる限りのこと‥‥私、できるかな?」
絵里が顔をしかめると、澪は「できますよ」と笑顔で告げた。
なかなか寝付けず、絵里はそっと部屋を抜け出し、自動販売機のジュースを買っていた。
「あら、絵里ちゃんじゃない?」
珠莉がカメラを持って、エレベータから降りてきた。
「今ね、屋上にいって星の写真を撮ってきたの。あ、そうだ‥‥絵里ちゃん、星は好き?」
そう言われて、絵里はすぐに答えることができなかった。
「‥‥。‥‥星が好きかどうか‥‥考えたこと、なかった‥‥」
絵里が呟くように言った。珠莉は「じゃ、今から星を見に行こう!」と言って絵里の手を引いた。
満天の夜空には、無数の星々が散らばっていた。
「ご両親は絵里ちゃんの事が大切なんだね。絵里ちゃんは行きたい高校はある? 受験は緊張するけど、その中に何か楽しい事見つけたらいいよ」
珠莉はそう言った後、フィルムが残っているのを確認して、カメラのシャッターを押した。
「カメラを持っている時の珠莉さん‥‥楽しそうだね。私にも、何か楽しめることが見つかるといいな」
「‥‥どう? 星を見た感想は?」
「‥‥好きかどうか分からないけど、見れて良かったな」
絵里が笑っていることに気付き、珠莉は自分のしたことが間違いではなかったと思うのであった。
星はずっと、人々を見つめている‥‥そんな気がした。