闇の住人たちヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
大林さゆる
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
1.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
1人
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期間 |
10/08〜10/12
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●本文
イギリス、ロンドンの一角にある場末のバー『EE』‥‥ガードマンのイオスが珍しく姿を現した。仕事仲間である朝霧 渚と会うためだった。
薄らとした淡い光の中で、客たちが酒を飲み交わす。出会いと別れが日々繰り返されていた。寂しそうに酒を飲む男、仲良く語り合う女性と男性‥‥ふと気がつけば、人々の日常が垣間見えるが、今の渚にとってはどうでも良いことだった。
「時間通りね、イオス」
「時間を守るのが俺の主義でね。‥‥最近、調子はどうだ?」
イオスがグラスを持つと、氷が小さく鳴った。
「それなりに、ね。貴方の方こそ、どうなの? 最近は遺跡の調査に雑じってるそうだけど」
渚は大園 麻奈という俳優のマネージャーであったが、撮影の仕事に同行して、数日前からロンドンにいた。今日は仕事抜きでイオスと会うつもりでいたが、話をしているうちに少々、深刻な内容になってきた。
「場所を変えるか?」
イオスの問いに、渚は「そうね」と答えた。
渚が宿泊しているホテルの一室に入ると、ウサ耳をつけた少女がいた。
「麻奈、どうしたの?」
渚はそう言うが、全く動揺していなかった。どんな時でも落ち着き払っている印象のある女性だ。そんな彼女だからこそイオスは頼りにしていたが、新人の麻奈にとって渚はあまり感情のない人に見えていた。
「‥‥気晴らしに散歩していたら‥‥橋で、妙な気配がしたんです。それで‥‥」
「それで、白い耳を出したまま、ここまで戻ってきたの?」
「‥‥ご、ごめんなさい‥‥」
「謝れば良いというものでは‥‥」
渚がそこまで言いかけると、イオスが逞しい腕で制した。
「まあまあ、そこまで言う必要はないだろう? 可愛い女の子がウサギ耳のヘアバンドを付けているくらいにしか思わんだろうよ。お前さんもたまには豹の耳でも出せば?」
「私は遊びで仕事をしている訳じゃないのよ。妙なこと、麻奈に言わないで頂戴」
渚がほんの少し、うろたえているのは気のせいだろうか? 麻奈には信じられない表情だった。思わず渚の顔を見る麻奈であったが、渚に少し睨まれていじけてしまった。それを見て、イオスが元気付けるように言った。
「麻奈と言ったね? 俺はイオス、『狼のお兄さん』とでも覚えてもらって構わないよ。橋の上で、何か気配を感じたのかい?」
イオスは最近、ロンドン内で臨時の依頼に携わっていたが、麻奈が感じた『気配』と関連があるのは多いに考えられた。
気配とは、ナイトウォーカー。獣人たちの天敵とも言われているが、正確に言うならば『情報生命体』という得体の知れない存在である。故に、実体のない、見えない敵だ。
夜に出没する『それ』は、動物や人に憑依して、獣人たちを獲物として付け狙うのだ。マスコミには大きく取り上げられることはないが、ナイトウォーカーの犠牲になった者たちは数多くいる。
「すまないが‥‥人手が足りないので協力してもらいたい。大よその出現地帯は突き止めた」
今回のナイトウォーカー討伐の依頼はイオスが担当することになっていたが、場合によっては内密に人員を集めてもいいことになっていた。
ロンドンにはテムズ川が流れているが、橋がいくつも架かっている。イオスが特定している場所は、ロンドン橋とサザーク橋の二箇所。付近には大聖堂や駅もあるが、ナイトウォーカーは人が多い場所には滅多に現れない。
現れるとしたら、人の目に付かない橋の死角‥‥深夜だ。ただ、一人で退治できるほど甘くはない。複数の敵が隠れている可能性が高いため、急遽、人員を募ることになった。
ただし、いくら深夜での討伐とは言え、警察や保護官、ゴロツキと遭うことも忘れてはならない。ナイトウォーカーも遭遇するまでは何に憑依しているのかさえ不明だ。不意に攻撃される危険も高い。万が一に備え、それなりの準備をしておく必要があるだろう。諸君の健闘を祈っている!
●リプレイ本文
●ロンドンにて
街中で人々が交差する昼間。秋とは言え、観光客の姿も珍しくはなかった。レッドの洒落たバスが停車場に着くと、数人の客が降りてきた。
ウィリアム・カーティス公園から見えるのは有名なタワーブリッジ。その先にロンドン塔があった。
「ロンドン橋は、サザーク大聖堂の方です。タワーブリッジとは別の橋ですよ」
観光客たちがタワーブリッジを見て「ロンドン橋」と言っていたのが気になり、河辺野・一(fa0892)がそれとなくアドバイスした。細かい点にも気がつくのは、やはり一がアナウンサーだからだろうか。
「まさか本当に観光できるなんて‥‥言ってみるもんだね」
槙原・慎一(fa4077)が思わず呟いた。ランディ・ランドルフ(fa4558)は何も言わず、ただ景色を眺めていた。ランディたちはバスツアーの観光客たちに雑じり、タワーブリッジを見た後、ロンドン橋へと向かう途中だった。
「それじゃ、記念写真でも取るか」
イオスが愛用の古いカメラを懐から取り出した。
「ホンマもんのカメラじゃのう‥‥ですね?」
尚武(fa4035)は自分が方言になっていることに気付き、徐に丁寧語になったが、どうやら共通語を話すにはまだ意識しなければならなかったようだ。
「ランディさん!」
一が呼びかけると、ようやくランディが撮影場所にやってきた。慎一はカメラ目線になっていた。写真が撮り終わると、一同はロンドン橋に行くためバスに乗った。
一方、スラッジ(fa4773)たちはサザーク大聖堂を見終わった後、バスに乗ってサザーク・ブリッジ通りを進んでいた。橋の手前付近にある停車場からは徒歩になった。
「麻奈が先日『感じた場所』はどこだった?」
スラッジがそう言うと、大園 麻奈は考え込んでいた。
「あの時は‥‥恐くて‥‥あまり周囲を見てなかったから‥‥よく覚えてないです」
すると、緑川メグミ(fa1718)がこう告げた。
「人間に憑依していないと良いわね。経験不足だと、人相手に戦うのは辛いから」
可愛い顔をして、メグミはさらりと言うのであった。麻奈は思わず背筋が寒くなった。
「メグミの言う通りね。この機会に皆の戦い振りを参考にするといいわ」
朝霧 渚は、どうやらメグミの言い分に共感を覚えたらしい。それはスラッジにも理解できたが、麻奈の気持ちを考えると、やれやれと思ってしまった。
「渚‥‥あんたの心意気は分かるが、もう少し優しく言ってやれよな」
スラッジの言葉に、渚は溜息交じりに返答した。
「よく言われるのよね、そういうこと」
天目一個(fa3453)は渚の表情を見て、ほんの少しだけ苦笑していた。だが、すぐに気を取り直した。
「初日だけじゃ調べきれないわね‥‥任務期間を考えると、調査するのにはそんなに時間が取れないし。とりあえず橋とその周辺の地形とか、大まかな状況だけでも確認しておきましょう」
天目の言うことはもっともなことだった。昼間のうちに、橋の死角となり得る場所を調べることになった。
ヘヴィ・ヴァレン(fa0431)と言えば、日雇いの警備員として‥‥実際に警備員の格好をしていたこともあり、通りの人々もあまり気にしていなかった。とは言え、ロンドンの警察に雇われた訳ではない。本物の警察に声をかけられた場合も想定して、ヘヴィは独自に動いていた。
●サザーク橋にて
三日目の深夜。
ナイフを持って金を要求するゴロツキが数人いたが、ヘヴィ一人でも十分であった。
「ここは任せときな」
「サンキュー、ヘヴィ」
スラッジが礼を言うと、麻奈たちは橋に向かって走り出した。ヘヴィがゴロツキを手際良く叩きのめしていると、巡回中の警察が二人駆けつけてきた。
「何をしている?!」
新人の警察だったのだろう。震えながら銃を構えていた。ヘヴィは慣れた手つきで「ご苦労様です」と敬礼した。どう見てもヘヴィの方が貫禄があった。
「この辺に屯していたゴロツキどもだ。丁度良かった、こいつらをしょっ引いてくれると助かる」
ヘヴィが倒れている男たちを指差した。二人の警察は少し怪訝な顔をしながら、ライトを下に向けた。
「こいつらは‥‥確かに見覚えがある」
警察がゴロツキたちの顔を確認している隙に、ヘヴィは直にその場から離れた。その頃、麻奈たちは橋の上にいた。
「スラッジさん?!」
警戒していても、不意をつかれてしまった。スラッジは身を呈して麻奈を庇うことができたが、背中を切り裂かれ、転がり倒れた。
その相手は人間ではない‥‥そう、獣人たちの天敵、ナイトウォーカーだ。
鼠に憑依していたのだろう。小さな隙間から、飛び上がってきたのだ。スラッジのおかげで、メグミは半獣化して獲物を狙うことができた。光学迷彩と空圧風弾を駆使し、スパルトイの剣で切りつけた矢先、ナイトウォーカーの瞳が妖しく光った。
「しぶといわね‥‥一撃くらいではダメなの?‥‥」
威嚇するように、ナイトウォーカーが小刻みに奮えていた。
「メグミ‥‥コアを狙うんだ。前頭葉の辺りに宝石みたいなのがあるだろう? おそらく、あれがコアだ」
ヘヴィは駆けつけ、落ち着いた口調でそう告げた。
「‥‥そうだったわ。あれを破壊しないと、倒せないのね」
メグミは唇を噛み締めた。渚はスラッジの傷を見て、出血が酷くならないように気を付けながら麻奈に言った。
「スラッジの傷は思ったより深いわ。申し訳無いけど、私は治療に専念する‥‥麻奈はメグミたちの援護を」
「‥‥。‥‥分かりました」
心配そうにスラッジを見ながらも、麻奈はそう告げた後、ヘヴィたちの援護に入った。間合いを計りながら、麻奈はナイフを投げ付けた。それは外れたが、ヘヴィがコアを狙うのには十分であった。ナイトウォーカーが飛び上がった瞬間、ヘヴィは特殊警棒でコアを叩いた。
「逃げても無駄よ! 今度こそ決めるわ!」
さらにメグミが剣で追い討ちをかける。何度かコアを狙い打つと、ナイトウォーカーはようやく崩れ落ちた。
「まだよ!」
天目が言った途端、別のナイトウォーカーが出現した。何に憑依していたのか分からないほどの豹変であった。暗闇でも息遣いを感じるほどの距離まで、2メートルくらいの物体が接近していた。
「コアは‥‥そこね!」
天目は半獣化して、金剛力増を発動させた。すぐさま額のコア目掛けてメリケンサックで叩く、叩く、叩く。一発はコアに命中したが、それ以外は狙いが外れ‥‥顎に当たり、ナイトウォーカーが叩き飛ばされた。反旗を翻す前に、メグミが素早く援護に回る。
「これでもくらいなさい!」
確実にメグミの空圧風弾がコアに命中して砕け散った。
「‥‥やった‥‥かしら‥‥?」
周囲を窺い、敵が潜んでいないか見てみたが、闇は静まり返っていた。
●ロンドン橋にて
同じ日の深夜。
尚武とイオス、ランディがいるせいか、ゴロツキたちは目を合わせないように通り過ぎていった。巨漢が二人、背の高い男が一人いるのだ。見ただけで勝ち目はないと判断したのだろう。
「‥‥なんだか、すんなりいってるような」
慎一がそう言うと、ランディが応えた。
「強そうな男が二人もいるんだ。奴等も一応考えてるということだ」
「ランディさんも強そうに見えるけどな」
橋の中央まで来ると、尚武が念を押すように告げた。
「橋の下は川だ‥‥気を付けてな」
人の気配はなく、月の光が川に反射しているせいか、お互いの顔がよく見えた。
「‥‥静か過ぎますね」
一は『ラーの瞳』を携帯していたが、何かがいることだけは感じられた。だが、どこにいるのかまでは把握できなかった。
「‥‥闇雲に動くより、橋の中央で待ってみますか?」
「そうだな。動いて体力を消耗するよりは良いだろう」
イオスがそう告げてから、一時間後のことだった。慎一にとっては三時間くらいに感じられたが、敵が餌を求めてその姿を現した。その場にいる者たちは半獣化して迎え撃つことになった。唸り声は低く、それは明らかにナイトウォーカーの特徴を具えていた。
2メートルほどの敵は、触覚を揺らし、牙を剥き出しにして慎一に襲いかかった。とっさに尚武が動き、ナイトウォーカーを羽交い絞めにした。
「ふぅ‥‥尚武さん、ありがとう」
慎一は回避した際にバランスを崩して倒れたが、すぐに立ち上がり、ナイフを構えた。ナイトウォーカーは尚武に捕えられたまま腕に鋭い牙を突き立てた。霊包神衣に包まれていたとは言え、腕に痛みが走った。
「ぐっ‥‥気にするな‥‥コアを狙ってくれ‥‥」
尚武は腕に噛み付かれても離そうとはしなかった。イオスが額のコアを狙ってナックルで叩いた。ナイトウォーカーは尻尾を伸ばしてイオスを弾き飛ばす。すかさず援護に入ったのはランディと一であった。半獣化したランディの蹴りが炸裂し、一のソニックナックルが叩き込まれた。地壁走動で橋の横に隠れていた一の動向にまでナイトウォーカーは気がつかなかったらしい。二人の攻撃はコアに連続で決まった。
「そ、そうか‥‥狙いは額か‥‥い、いくぞーっ!」
慎一も負けじとナイフでコアを切り裂いた。
「わっ?!」
ナイトウォーカーの尻尾が飛び、慎一は辛うじて回避した。止めにランディの膝蹴りが入り、ナイトウォーカーは息絶えた。念の為、他にもいないか確認してみたが、特に気配は感じられなかった。
朝日が昇る。小鳥たちの声が次第に聞こえてきた。
「うわっ‥‥目が痛い」
徹夜で仕事をしたこともあり、日の光がやけに眩しかった。慎一は思わず何度も瞬きをしていた。トランシーバーで連絡を取り合った後、一同はホテルに戻ることになった。
「尚武さん、ありがとうございます。腕は‥‥大丈夫ですか?」
一が怪我を心配してそう告げた。イオスが応急手当をしてくれたものの、包帯から血が滲み出ていた。
「これくらい、どうってことはない」
尚武がそう言うと、慎一たちは安心するかのように微笑んでいた。ホテルに戻ると、スラッジと尚武の治療が施された。麻奈はスラッジの看病をすると願い出たが、「麻奈が無事なら、それでいいさ」と優しく断わったようだ。
そして最終日。皆で打ち上げ会をやることになったが、天目が一番酒を飲んでいたらしい。