猫ハム友情協奏曲アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 坂上誠史郎
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや易
報酬 0.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/23〜10/27

●本文

 声優養成所に所属していた時、文月理緒は講師から説教された事がある。
「お前の演技は確かに上手い。発声もいいし、音域も広い」
 レッスン後、厳しい表情の講師にそう言われた。
 それの何に問題があるの? 何でお説教されなきゃならないの? 理緒は不満だった。
「だがそれだけだ。技術だけでは人の心を掴めない。お前はずっと心に仮面を被っている。その仮面を脱ぎ捨てて、『本当のお前』の言葉で喋る事ができなければ‥‥それは全て『まがい物』だ」
 その時は、言葉の意味が理解できなかった。
 自分は心を込めて台詞を言っている。
 陰日向無く、誰よりも努力している。
 そんな自分の事を、どれだけわかっているというのか。
 理緒は、講師の言葉を聞き入れなかった。

 そして彼女はプロになり、『注目の新人声優』と呼ばれる様になった。
 ゲームやアニメに出演し、ライブやイベントにはファンが集まった。
 講師からの苦言など忘れていた。
 『ライバル』と思える相手に出会い、自分との『違い』を意識するまでは。

  ◆

「リオリオ最高ーっ!!」
「超可愛いーっ! リオリオ萌えーっ!」
 歌い終えると同時に、客席から沸き起こる歓声と拍手。
 日も落ち肌寒いはずの野外ライブ会場は、観客達の熱気で汗ばむ程である。
 その反応に満足し、舞台上の女性‥‥文月理緒は満面の笑みを浮かべた。
 歳は二十歳になったばかり。ピンクのキャミソールと白いミニスカートから、すらりとした細く白い手足がのび、ポニーテールの濃い茶髪が動きに合わせて揺れている。ややつり目気味の大きな瞳は猫を連想させ、その整った顔立ちを際立たせていた。
「みんな! 理緒の歌を最後まで聴いてくれてありがとーっ♪」
 自分の中で最高の笑顔と、最も可愛らしいポーズで観客に呼びかけた。
 再び沸き起こる拍手と歓声。前日、何度も鏡の前で笑顔とポーズの確認をしたかいがあったというものだ。
 今日は、理緒が所属するレコード会社主催のライブイベント開催日。
 所属している声優を集めたイベントで、観客もそれ目当てのファンが集まっている。
 理緒はやっと声優活動三年目に入ったばかりの新人であるが、実力を見込まれてライブに参加する事が出来た。
 十組の出演者中、理緒は一番手だ。トップは観客を盛り上げねばならない。何度も観客を楽しませるトークを考え、歌の練習をした。その結果がこの大歓声である。
 理緒は観客に向かって手を振ると、満足げに下手の舞台袖へと引っ込んで行った。
「文月理緒さん、ありがとうございました! それでは続いて、進藤ありえさんに登場してもらいましょう!」
 イベント司会のアナウンスと同時に、先刻より一回り大きな歓声が起こった。
 『進藤ありえ』‥‥その名を聞き、理緒はステージを振り返る。
 フリフリの白いワンピースを着た小柄な女性が、上手の舞台袖から登場した。途端に起こる大歓声。それは、理緒に向けられた歓声よりも大きかった。
 歓声に驚いたのか、女性はビクッと体を震わせ、恥ずかしそうに小走りで舞台中央までやって来た。
 ストレートの黒髪が背中までのび、気弱そうな愛くるしい顔立ちは、ハムスター等の小動物を連想させる。
「え、えと、あの‥‥進藤ありえです! がんばりましゅっ‥‥あ、いえ、がんばりますっ!」
 緊張の余り言葉がすべってしまう。しかし‥‥
「ありっち頑張れー!!」
「やべーって! ありっち萌えすぎだって!」
 むしろ観客は盛り上がっていた。
 様々な趣向を凝らした自分よりも、何故ガチガチな彼女の方に観客は大きな声援を送るのだろう。
 舞台袖から見ていた理緒は、面白くなかった。
 理緒とありえは、同じ養成所出身の同期だった。同じ事務所に所属し、レコード会社も同じ、ついでに歳も同じである。
 なのに‥‥いつもこうだった。自分の方が上手くやったはずなのに、良い評価をされるのはありえ。
「‥‥負けないんだから」
 小さくそう呟くと、理緒はステージから目をそらした。

  ◆

「はい、文月さんOKです」
「ありがとうございました」
 ディレクターから笑顔でそう言われ、理緒も笑顔で礼をする。
 この日、理緒はゲームの収録でスタジオに詰めていた。
 大手ゲーム会社の話題作で、理緒はメインキャラの一人を担当した。
 台詞の量も多かったが、理緒はほとんど全て一発OKで終わらせた。
 理緒の演技技術は新人離れしている。『七色の声』と評され、様々な役のオファーが来てはそれを見事にこなしていた。
「理緒ちゃんお疲れ。はいドリンク」
「あ、ども♪」
 録音ブースから出た理緒に、マネージャーが飲み物を渡す。そして‥‥
「理緒ちゃんすごいよー! ほとんどみんな、一回でOKだったねー!」
 のんびりとした口調、愛らしい声。
 キラキラと瞳を輝かせたありえが、拍手と共にそう言った。
「やっぱり理緒ちゃんはすごいよー。わたし、いつもやり直しばっかりだから、憧れちゃうー」
 にぱーっと微笑み、手を握ってくるありえ。正直、理緒は困惑していた。
 自分はライバル意識を燃え上がらせているのに、ありえはひたすらなついてくる。
「う、あ、ありがと。次、ありっちの番じゃない?」
「あ、そうだったー!」
 理緒の言葉で、ありえは小走りにブースへと向かって行った。
 ゲームの収録は、声優一人一人が台詞を個別に録音する。
 理緒はスタジオのソファに腰掛け、ありえの収録を聞いていた。
 彼女の役は物語のヒロイン。のんびりとした、照れ屋のお姫様。本人そのままの様な役である。
 確かにやり直しは多い。だが、やり直す度にどんどん良くなっていく。
 台詞にOKが出る度に、音響監督が大きく頷いている。
 そして最後の台詞を言い終えた時‥‥スタッフ全員が拍手をした。理緒の時には『OKです』だけだったのに。
 自分と何が違うのか。自分の方が上手いはずなのに、何故彼女の方が人の心を掴むのか。
 『技術だけでは人の心を掴めない』
 養成所時代、講師に言われた言葉が脳裏をよぎる。理緒はいたたまれない気分になった。
「ごめん‥‥理緒、帰るね」
「え、ちょっと理緒ちゃん!?」
 マネージャーの声に耳を貸さず、理緒はスタジオを飛び出した。

  ◆

 その数日後、二人の所属事務所は他のプロダクションに対し、極秘裏の人員募集を行った。

『当事務所所属声優、文月理緒、進藤ありえ出演OVAの声優、制作スタッフを募集します。
 二人は当事務所一押しの新人ですが、最近何故かギクシャクしています。二人と同じ現場に参加し、その原因を探り、関係を修復していただく事が目的です。
 依頼だと気づかれぬ様、スムーズにお願いします』

●今回の参加者

 fa0003 翠漣(22歳・♀・猫)
 fa0073 藤野リラ(21歳・♀・猫)
 fa0079 藤野羽月(21歳・♂・狼)
 fa0115 縞りす(12歳・♀・リス)
 fa0131 土川 遮那(21歳・♀・猫)
 fa0228 藤守 春(14歳・♂・狐)
 fa1200 姫月・リオン(17歳・♀・蝙蝠)
 fa1735 木乃姫 結(18歳・♀・蝙蝠)

●リプレイ本文

「おはようございます」
 すらりとした細身の少女‥‥姫月リオン(fa1200)に挨拶され、理緒は驚きを隠せなかった。
 事務所ビルの一階、いつも仕事前にマネージャーと落ち合う場所である。
 しかし当のマネージャーはおらず、代わりに見知らぬ少女がいる。
「お、おはようございます‥‥あの、矢野さんは‥‥」
「矢野マネージャーは、ありえさんをスタジオへ送って行かれました。私は今日から理緒さんのマネージャーを務めさせていただきます、姫月リオンです。よろしくお願いします」
 冷静な口調で状況説明をし、ぺこりと頭を下げるリオン。
 理緒はしばし呆気に取られていたが‥‥ややあって、何かを察した様に苦笑した。
「ありっちと別々にされたって事は‥‥理緒、社長に心配かけちゃったかなぁ」
 言って、悲しそうに俯く。
 今まで理緒とありえは、一人のマネージャーによって管理されていた。
 それが分けられたという事は‥‥最近の自分の態度が周囲に気を使わせているという事だ。
「いいえ。理緒さんは今回のOVAの主役です。仕事も増えていますし、個別にマネージャーがつくのは妥当です」
 そんな理緒の気持ちを察してか、リオンは務めて平静に言った。
 そう、今回理緒は主人公の少年『一臣』を演じる。
 女嫌いで人間不信の彼が、三人の少女と触れ合う事で心を開いてゆく‥‥
 今回のOVA『ガラスケース』は、そんなストーリーである。
「そっか‥‥うん、ありがと」
 理緒はリオンの平静な態度が嬉しかった。わざとらしく優しくされるのは余計に辛い。
「キヅキリオン、フミヅキリオ‥‥何だか、似てるね」
 顔を上げ、理緒は優しく微笑んだ。それは、相手に気を許したサインだった。
「ええ。何だか、似ています」
 言って、この日初めてリオンは微笑んだ。

  ◆

「あ、あの、ありえさん‥‥ど、どうか、しましたか‥‥?」
 強烈な視線を感じ、木乃姫結(fa1735) はびくびくしつつ振り返った。
 背後から結を見つめているのは、ありえだった。
 見ている場所は発達した結の胸。身長一五〇�pのありえよりも小柄だが、スタイルはかなり良い。
「‥‥結ちゃんずるいよー。それ反則」
 ありえは自分の未発達な胸と見比べ、羨ましそうに言った。
 途端に顔を赤らめる結。
「は、反則って‥‥」
「ねーしまりすちゃん、結ちゃんずるいよねー。わたし達仲間だもんねー」
 ありえは隣の縞りす(fa0115)を振り返り、同意を求める様に抱きついた。
 りすはまだ十二歳であり、年齢相応の幼児体型である。
「しまりすはまだ子供なのでぃす。大人になったら、きっとボインボインなのでぃす!」
 ぐっと拳を握り締め、舌っ足らずな口調で未来の自分を語るりす。
「しまりすちゃん裏切り者ー!」
「しまりすの未来は明るいのでぃす」
「あ、あの、もう胸の話はやめましょう‥‥」
 スタジオの隅で和気あいあいとする三人。彼女達は『ガラスケース』の出演声優であり、会った初日から意気投合していた。
 ありえは主人公の幼なじみ、のんびり少女『双葉』役。
 結は主人公のクラスメイト、気弱な文学少女『小夜』役。
 りすは主人公の部活仲間、快活なスポーツ少女『ひなた』役。
 三人とも、素の自分に近い役所だった。
「しまりす達三人は、一臣君をめぐってライバルでぃすね。そのためには、理緒さんとも仲良くならねばでぃす!」
「あ‥‥で、でも、それだと、ありえさん有利‥‥ですよね」
 談笑中、りすと結がそんな事を口にした。
 その途端、ありえの表情が悲しそうに沈んでしまう。
「‥‥ううん。わたし‥‥理緒ちゃんに、避けられてるからー」
 俯き、寂しそうにそれだけ呟く。
 理緒の変化に、最も心を痛めているのはありえだった。無視されている訳ではないが、明らかに接する機会を『減らされて』いる。
「ダメでぃすよ! メインヒロインがそんな弱気だと、一臣君はもらっちゃうのでぃす!」
「そ、そうですよ。わ、私も、協力しますから‥‥元気、出して下さい」
 そんなありえを、りすと結は左右から元気づけた。
 後輩達に励まされ、ありえは顔を上げる。
「‥‥うん、ありがとー。わたし、がんばるよー」

  ◆

「あのね、かず君は卵料理が苦手なんだよ」
「え、そ、そうだったんですか?」
「あちゃー‥‥完全に裏目っちゃったなぁ」

 収録中のありえ、結、りすを、理緒は遠巻きに眺めていた。
 一人は初めてのアテレコ、残り二人も技術的にはまだまだ。
 けれど‥‥理緒は、三人の演技を『魅力的』だと感じていた。
「理緒さん、大丈夫ですか?」
 余程暗い顔をしていたのか、理緒はスタッフの翠漣(fa0003)に声をかけられた。
「あ、うん、大丈夫。理緒、元気だよ」
 心配させてはいけないと、慌てて笑顔を浮かべて見せる。
 しかしそれで誤魔化し切れるはずも無く、気まずい沈黙が流れた。
「‥‥ありえさんって、うらやましいですね」
「‥‥え?」
 収録現場へ視線を向けながら、翠漣が言った。理緒は不思議そうな顔をする。
「わたしは何かをやる時、すぐ周囲の目を意識してしまいます。彼女の様に、感情を素直に出せたらと‥‥思う事があります」
 理緒は驚いて翠漣の横顔を見つめた。
 彼女の言葉が、理緒自身の『想い』と同じだったから。
「うーん‥‥逆に俺、そっちの方がよくわからないな」
 会話に入って来たのは、少年俳優の藤守春(fa0228)だった。
 彼はこのOVAで、主人公の友人であるお調子者の少年『達也』を演じている。
「俺、言いたい事とか我慢しないタイプでさ、稽古の時も『演技が自分そのまますぎる』って怒られる事があるよ。ありえさんの方に近いのかも」
 言って、春は理緒に苦笑を向けた。
 その笑顔が何となくありえと重なり、理緒はふと視線をそらす。
「『自分』って‥‥どこにあるのかな」
 ありえ達へ視線を向けつつ、理緒はポツリと呟いた。
「『僕の周りに、見えない壁があるんだ。見えないのに、周りと僕を隔ててる。いつの間にか‥‥僕はガラスケースの中に閉じこめられてたんだ』‥‥一臣がね、そんな事言うシーンがあるの。理緒の『自分』も‥‥どこかに閉じこめられてるのかな」
 劇中の台詞を呟き、理緒は悲しそうに言った。
 翠漣と春は、無言のままそれを聞いている。
「あ‥‥ごめんね。変な事言っちゃって。理緒、ちょっと上の階行ってくる」
 気まずそうに作り笑いを浮かべ、理緒は足早にスタジオから出て行った。
「‥‥結構、悩みは深いみたいだな」
「ええ。少しずつ、自分自身と向かい合える様になればいいんですけど‥‥」
 階段を登っていく背中を見送りながら、翠漣と春は同時に溜め息をついた。

  ◆

「リラさん、羽月さん、仮歌OKです」
 スタッフの声と供に、ヴォーカル収録ブースのドアが開いた。
「はぁ‥‥緊張しました。でも羽月さんと一緒だったから、何とか上手くいきました」
「それは俺もだ。ありがとう、リラ」
 ブースから出て来たのは、藤野リラ(fa0073)とその夫、藤野羽月(fa0079)だった。
 二人は、理緒とありえが歌う予定のED曲に仮歌を入れていたのである。一応男女で歌う設定なので、供にシンガーである藤野夫妻にその役が回って来たのだ。
「リラさん、羽月さん、お疲れさま」
 歌い終えた二人を、理緒が拍手で出迎えた。
 下の階から逃げて来た理緒は、二人の歌をずっと聴いていたのだ。
「ああ理緒さん、聞いていてくれたのか」
「何だか、歌われるご本人に聞かれるのは気恥ずかしいですね」
 羽月とリラも笑顔で歩み寄る。
 だが理緒は小さく首を横に振った。
「恥ずかしいのは理緒の方。リラさんと羽月さんの歌‥‥すごく愛情がこもってて、素敵だった。理緒じゃ‥‥あんな風に歌えない」
 沈んだ気持ちを隠す様に苦笑を浮かべる理緒。
 だが既に隠し切れぬ程、彼女の苦悩は大きくなっている。
「気分転換をしないか」
「‥‥え?」
 突然、羽月が言った。理緒が不思議そうな顔をする間も無く、夫婦はスタジオの備品であるキーボードを二つ用意している。
「随分と暗い顔をしている。気が晴れる様に、一曲プレゼントしよう」
 そう言うと、羽月とリラはキーボードを弾き始めた。
 優しいメロディー。それが幾重にも重なり、美しいハーモニーを形成している。
 パッヘルベルのカノン‥‥理緒はこの曲を、以前クラシックのCDで聴いた事があった。
 輪唱の様にメロディーがメロディーを追いかけ、最後は一つの曲になる。
「ゆったりとしているが‥‥追いかけっこの曲だ。追いかけて追いかけて、一つの曲となる。二人で歩き合うが如く」
 演奏を終えると、羽月は優しい口調で言った。
「理緒さんにも、そういう相手がいるでしょう?」
 次いで、リラが微笑みかける。
 理緒の頭には、ありえの姿が浮かんでいた。
「そんな気持ちを、演技に乗せてみてはどうでしょう。台詞に乗じて、自分の言いたい気持ちを乗せるんです」
「台詞に‥‥自分の『気持ち』を乗せる‥‥」
 リラの言葉を、理緒はゆっくりとなぞった。
 瞼を伏せ、自分の『心』に眼を向ける。
 けれど、理緒にはまだその『気持ち』を見つけられずにいた。

  ◆

「こんな所にいたんですか、理緒さん」
 スタジオ通路でぼんやりとしていた理緒に、リオンは声をかけた。
 マネージャーの声を聞き、理緒は悲しげな微笑みを浮かべる。
「ね‥‥理緒の『自分』って、どれだろう。偽物の演技ばっかりしてたせいで、もう無くなっちゃってるのかな‥‥」
「無くなってなどいませんよ」
 そんな悲しい想像を、リオンはあっさり否定した。
 理緒は驚いて顔を上げる。
「私は、ここ数日ずっと理緒さんの一番近くにいました。理緒さんが苦しんでいたり、苛立っていたりするのは何故です? そこに、『理緒さん』がいるからじゃないですか?」
 冷静な口調。しかしそこには暖かさがあった。
「台本を読んで思いました。一臣君は、理緒さんに似ています。一臣君の台詞に重ねてなら‥‥理緒さんの『自分』を吐き出せるんじゃないでしょうか。そう思いませんか、ありえさん」
 理緒は驚いて背後を振り返った。そこには、いつの間にかありえが立っている。悲しげな顔で、何かを言いたそうに。
 理緒は逃げ出したい気持ちをぐっと堪え、ありえと向き合った。
「双葉‥‥僕はずっと、君が嫌いだった」
 普段よりも低い声で理緒は言った。それは、台本にある『一臣』の声だった。
「いつも僕が苦しんでるのに、君はにこにこしてる。イライラするんだ。君は悪くないのに、君を嫌いになっていくんだ」
 理緒からありえにではなく、一臣から双葉へ。
 その言葉が、次第に理緒の中で重なってゆく。
「わかんないんだよ! 嫌いなはずなのに、君を傷つける自分が嫌なんだ! 嫌いなのに‥‥君なんて嫌いなのに!」
「わたしは、かず君が好きだよ」
 理緒の台詞に、ありえも『双葉』の台詞を重ねた。
「かず君の苦しみも、悲しみも、全部教えて。わたし‥‥それを全部好きになるから」
 ありえは理緒よりもずっと自然に、自分の『気持ち』を台詞に乗せた。
 理緒は涙を流していた。もう、続きは言葉にならなかった。
 ありえも台詞を続けず、無言のまま理緒の手を握った。その手を振り払い‥‥理緒はありえを抱き締める。
 リオンはそんな二人の姿を見つめ、背を向けた。
 依頼の成功を、仲間達に伝えるために。