猪突猛進マイ・シスターアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 坂上誠史郎
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや易
報酬 0.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/06〜11/10

●本文

「すごいすごい! にいさんかっこいい!」
 ぱちぱちぱち。
 俺の歌を聴いた妹が小さな手を叩き、賞賛の言葉をくれる。
 妹の八歳の誕生日、十歳年下の彼女は俺に歌をねだった。
 もう歌うのはやめようと思っていた。芸能界の汚さを知ってしまったから。
 夢や信念や努力なんて物は、お偉いさんの気分次第でいくらでも握り潰されちまう。
「ねえ、にいさんは『かしゅ』をやめちゃうの? こんなにじょうずなのに」
 アコギで弾き語りした俺の隣に座り、妹は俺を見上げた。
 俺には苦笑して肩をすくめる事しかできなかった。
 とある音楽事務所に所属し、レコード会社と契約直前まで行ったのがつい数ヶ月前。
 理不尽な理由で契約が破棄され、事務所から追い出されたのはその一週間後。
 以来、俺は高校にも行かずぼんやりと日々を過ごしている。
「なぁマイ・シスター、俺は歌が嫌いになっちまったのさ。世の中アンフェアな事ばかりだ」
「あんふぇ‥‥あ? えーと‥‥」
 インチキ英語混じりの言葉で答えると、妹は大きなハテナマークを浮かべる。
 俺は小さく笑い、妹の頭をなぜた。
「ソーリー、シスター。心配かけちまったな。まあそのうち、他にやる事見つけ‥‥」
「じゃあ、あたしがうたう!」
 そんなシケた俺の言葉を、妹の元気な声が遮った。
「あたし、にいさんのかわりに『かしゅ』になるよ!」
 満面の笑顔。
 俺は言葉を失い‥‥そして胸が苦しくなった。
 妹も、芸能界で俺と同じ苦しみを味わうのだろうか。そうなる前に、止めるべきなのだろうか。
「にいさんのぶんまで、あたしがたくさんうたうからね!」
 快活な言葉、汚れの無い笑顔‥‥たった今浮かんだ幼い妹の『夢』を、つみ取るのもためらわれた。
 ならば‥‥彼女が傷つかない様な、芸能界の『居場所』を作ってやればいい。
 夢や信念や努力を‥‥正当に認められる『居場所』を、俺が。

 今思えば、あれが俺の新しい『始まり』だった。

  ◆

「やれやれ‥‥仕事が増えるのは結構だが、一人じゃちとハードな分量だな」
 デスクに置かれた書類の山を見て、篠崎清一は大きな溜め息をついた。
 プロダクション街にある四階建ての小さなビル。清一がいるのはビルの四階、社長室だ。
 今年二七歳になる清一が、四年前に起こした新進の芸能プロダクションである。
 所属芸能人への仕事も増えてきており、やっと『弱小』ではなく『中堅』プロダクションと呼ばれ始めた所だ。
 長身で整った顔立ちの清一は、社長というよりは所属芸能人に見える。しかし口が達者で頭の切れる彼は、大変優秀な『社長』という『裏方』だった。
「かといって、無駄な人件費使う余裕も無し‥‥こりゃ今日も帰れそうにないな」
 椅子の背もたれに体をあずけ、天井を見上げる清一。
 その時‥‥

 タタタタタタタ‥‥バンッ!!

「兄さんっ! 新曲持って来たわよっ!」
 乱暴に社長室のドアが開けられ、見慣れた少女が駆け込んで来た。
 小柄だがスタイルは良く、気の強そうな顔立ちはまだ愛らしさを残している。
 細身のパンツとスカル柄のシャツ、耳にかかる程の黒髪‥‥『ロック』な雰囲気がよく似合っていた。
 篠崎美樹‥‥清一より十歳年下の妹である。
「突然どうしたマイ・シスター。下の社員達に止められなかったか?」
 呆れた様にそう言い、清一は溜め息をついた。
 それを聞き、美樹の大きな瞳がキッとつり上がる。
「『社長は留守です』って言われたけど、どうせ居留守だと思って無理矢理入って来たの。それより新曲‥‥聞いてよ」
 デスクの前に歩み寄り、美樹は一枚のMDを差し出した。
「聞いて‥‥納得したら、あたしを事務所の一員にして!」
 強い決意のこもった声で、美樹はそう言った。
 清一は再び溜め息をつく。妹がこうして自分の曲を持って来たのはもう三度目だ。
 一度目、二度目供に清一自ら曲を聴き、『うちの方向性に合わない』と突き返したのである。
 三度目の今回、美樹の決意はかなり固そうだった。
「あたしはまだレベルが低いのかもしれないけど‥‥今できる精一杯を詰め込んだわ。だから‥‥」
「お前のレベルは低くないよ」
 身を乗り出す妹の言葉を、清一が遮った。
 美樹は驚いた顔をする。
「だったら‥‥何で? 何であたしを事務所に入れてくれないの?」
「‥‥前の二回お前の曲を聴いて確信してるよ。お前は俺よりずっと才能がある。だからこそ‥‥お前の成功を願うなら、もっと大きな、影響力のある事務所に行かせるべきだと思った」
 おどけた口調ではなく、真剣に答える清一。
 歌手を目指す妹のため‥‥妹を芸能界の『汚さ』から守るため、清一はこの事務所を作った。
 いつかデビューする妹のため、彼女が心おきなく活躍できる様に、安心できる『場所』を用意していたのだ。
 しかし‥‥彼女の才能は自分の想像以上だった。自らギターを弾き、ロック調の自作曲を力強く歌い上げる。仕事の忙しさにかまけ美樹の成長に気づかなかった清一は、初めて妹の曲を聞いた時鳥肌が立った。
 だが清一は、ロックミュージックに関する強い人脈を持っていない。これだけ才能のある妹を、生かしてやれるだけの力が無いのだ。
 ならばロックに強い大手事務所へ妹を紹介し、大々的に売り出してやるべきではないのか‥‥そう考えていた。
「そうすれば、お前は最短距離でスターに‥‥」
「あたしは兄さんの所で歌いたいのよ!」
 清一の言葉を、今度は美樹が遮った。
「兄さんがやりたくてやれなかった事を、あたしが形にしたいの! 兄さんと一緒じゃなきゃ意味無いじゃない!」
 髪を振り乱し、強い口調で一気にまくし立てた。
 しばしの沈黙。社長室には、美樹の荒い呼吸だけが響いていた。
「‥‥芸能界ってのは、結果が全てだ。成功できない歌手の末路なんて惨めなもんさ‥‥なぁシスター、俺はお前をそんな風にしたくない」
 そう言うと清一は椅子から立ち上がり、一枚の書類を差し出した。
 美樹は怪訝そうな表情で受け取り、その書類に目を通す。
「‥‥ニューエイジ・ミュージック・フェスティバル? 何これ、ライブ?」
「ああ。うちが企画してる、新人アーティストを集めたライブイベントだ。お前もこれに出て、新人達がどれだけ『上に行きたい』って思ってるか感じてくるといい。話の続きは、その後だ」

  ◆

 その日、清一は他のプロダクションに対し人員募集を行った。

『当方が企画しておりますライブイベント、N・M・Fの参加者を募集します。
 新人アーティストの発掘、宣伝を目的とした音楽イベントですので、我こそは、という皆様、奮ってご参加下さい』

●今回の参加者

 fa0074 大海 結(14歳・♂・兎)
 fa0336 旺天(21歳・♂・鴉)
 fa0379 星野 宇海(26歳・♀・竜)
 fa0672 エリーセ・アシュレアル(23歳・♀・竜)
 fa1376 ラシア・エルミナール(17歳・♀・蝙蝠)
 fa1406 麻倉 千尋(15歳・♀・狸)
 fa1646 聖 海音(24歳・♀・鴉)
 fa1836 紅牙 舜弥(15歳・♂・狼)

●リプレイ本文

「気に入らないね」
 気の強そうな目をキッと細め、ラシア・エルミナール(fa1376)は言った。
 視線の先には、ライブの主催者である篠崎清一がいる。
 ライブ参加者が初めて顔を合わせるミーティングを終えた後、事務所の廊下で清一の個人的な『頼み事』を聞いた直後の台詞だった。
「何か気に入らない所があったかな? レディー」
「ああ大ありだ」
 清一の軽い口調に、ますます眉をつり上げるラシア。
「あんた、妹を支えてやりたいから社長になったんだろ? なのに自分に力が無いからって妹を他人任せにするのか? それじゃあ筋が通らないじゃんか」
 清一から事情の説明は受けている。しかしラシアには納得いかなかった。
「悪いけど‥‥俺っちもラシアと同じ意見ッス」
 ラシアの隣で話を聞いていた旺天(fa0336)も同意した。
 ドラマーである彼は、ヴォーカルのラシアとユニットを組みライブに参加する。
「音楽ってのは魂で奏でるモノッスから、自分が好きなトコで好きにやってる時が一番いい音が出る‥‥と思うンス」
 普段はテンションの高い彼だが、この時ばかりは真面目に自分の意見を伝えた。
 ラシアと旺天の意見を、清一は黙って聞いていた。
「そうか‥‥いや、悪かった。いいパフォーマンスを期待してるよ」
 短くそう言い、清一は二人に背を向け去って行った。
 ラシアと旺天は顔を見合わせ、溜め息をついた。

  ◆

「今の‥‥もしかして、あんた達も言われたの?」
 通路の曲がり角に隠れ、美樹はショックを受けた様に呟いた。
 偶然通りかかった彼女は、清一とラシア、旺天達の会話を聞いてしまったのである。
「うん‥‥僕も社長さんから言われた。でも、僕は断然美樹ちゃんの味方だよ」
 美樹の顔を見上げ、大海結(fa0074)はぐっと拳を握り締めた。
 気合いを入れたつもりだろうが‥‥十代半ばの愛らしいアイドル少年がやったのでは、気合いよりも微笑ましい感じだ。
「社長さんも欲の無い人です。美樹さんみたいな歌手を激安で抱えられるチャンスなのに」
 結の隣で、同じくアイドルの少女、麻倉千尋(fa1406)も難しい顔をした。
 三人ともライブの出演者であり、美樹は年下で人懐こい結と千尋を気に入っていた。
「兄さん‥‥そんなに、あたしを余所にやりたいのかな‥‥」
 兄がこの二人にも自分の事を話していたと知り、美樹の表情は重く沈んだ。
 そんな彼女を見て、結が美樹の手を握る。
「諦めなければ、きっと大丈夫だよ。大切な人の側で好きな人のために歌いたいって気持ち、僕にもよくわかるもん」
「うん‥‥あはは、だめだなぁあたし。すぐヘコんじゃって」
 結に励まされ、美樹は少し微笑んだ。しかし、それは悲しそうな笑みだった。
「んー‥‥うん、やっぱりやろうっと。その方が、きっと社長さんにも伝わると思うし」
 沈んだ美樹を見ながら何事か考えていた千尋は、そう呟くとおもむろにバッグからノートパソコンを取り出した。
 美樹と結が不思議そうに見つめる中、千尋はにこにこと微笑んで見せた。
「ちょっとね、面白い事考えてるんだ。ライブの最後に、みんなでねー‥‥」
 千尋は美樹と結に近寄り、ごにょごにょと『計画』を話し始めた。

  ◆

「篠崎様、よろしければお弁当でもいかがです?」
 事務所内を歩いていた清一は、聖海音(fa1646)に呼び止められ三階の一室に足を踏み入れた。
 そこには海音を含む何人かのライブ参加者が集まっており、話しながら弁当を食べていた。
「なぁレディー、そりゃどこの弁当だい? 注文してなかったと思うんだが‥‥」
「私の手作りです。皆様に食べて頂ければと思いまして」
 不思議そうな清一に、海音が笑顔で弁当を一つ差し出した。和服姿の大人っぽい女性で、手作り弁当がよく似合う。
 清一は感心した様に弁当箱を受け取ると、空いている席についた。
「丁度良かったわ。今皆さんと、先刻社長さんから言われた事を話していたの」
 海音の隣で弁当を食べていた星野宇海(fa0379)も、箸を止めて清一に話しかけた。海音と同じく和服姿であり、大人の色気漂う女性である。
 それを聞き、清一は肩をすくめた。
「ついさっき、その事で若者達に叱られたよ‥‥レディー達も、俺にお小言をくれるのかい?」
 言って清一は苦笑する。
「いいえ。けれどただ『説得して』と言われても、戸惑ってしまいます。もっと社長さんの『本心』を聞かせていただきたいです」
 そんな清一に、エリーセ・アシュレアル(fa0672)も問いかけた。黒髪和服美女二人の間で、彼女の金髪と青い瞳は大変目立つ。
「本心も何も‥‥言ったろう? 妹を、うちの事務所よりロックに強い大手に行かせて‥‥」
「本当にそれがあなたの望みですか? 本当は、妹さんを自分の手で育てたいのではありませんか?」
 再び同じ話を繰り返そうとする清一を、エリーセは冷静な言葉で止めた。
 いったん言葉を切り、清一は深い溜め息をつく。
「大手事務所なら、マスターミュージックと契約する事だって夢じゃないんだ。俺には‥‥それをしてやれない」
 目を逸らす様に天井を見上げ、清一は苦々しく呟いた。
 しばしの沈黙。
「‥‥歌は心で歌うもの。美樹さんの歌の原動力は、貴方ではないのかしら?」
 沈黙を破り、宇海が言った。清一は天井から視線を下げる。
「他の場所にいては、お兄様の夢の為に、という意気込みとやる気が殺がれてしまうのではないでしょうか‥‥」
 宇海に続き、海音も心配そうに言う。
 大きく息を吐き出し、清一は立ち上がった。
「これ、もらって行っていいかい?」
 まだ箸をつけていない弁当を手に取り、清一は苦笑した。
 それが、この話題を打ち切る合図になった。

  ◆

「みんな‥‥ホントにごめん!」
 ライブイベント『N・M・F』当日、開演間近の舞台裏で、美樹は出演者全員に向かって頭を下げた。
 既に客席は満員になっており、観客の熱気が舞台裏にまで伝わってくる様だった。
「せっかくのライブなのに、あたしの事で兄さんが変な事言って、みんなに迷惑かけちゃって‥‥」
 兄の姿が無い事を確認し、美樹は申し訳無さそうに謝罪する。
 清一の『頼み事』については、既に全員が知る所だ。
「気にしちゃダメッス! そんなテンションじゃ、お客さん喜ばないッスよ!」
 ライブを前にしてテンションの上がった旺天が、明るく美樹の背中を叩いた。
「お互い全力で『ロック』しようじゃないか。負けないよ!」
 その横でラシアもニッと笑っている。
 二人の出番は一発目の出演者であり、既に準備は万全だった。
「うん‥‥うん! あたしも、負けない! 全力で歌うわ!」
 沈んでいた美樹の表情が、パッと輝いた。
 それを見て、ラシアと旺天がステージへ向かって行く。
 観客からの拍手と歓声。
 それは、ライブの開演を告げる合図だった。

  ◆

 冷たい街の片隅で一人 やまない雨に身体濡らす
 だけど胸の奥に響く想い決して冷めない
 想いはたった一つ きっとそれは走り続ける事
 It doesn’t give it up 捨てたモノ取りもどすため
 It doesn’t give it up 彷徨い続ける!

 旺天の重いドラムに、ラシアのパワフルなボーカルが乗る。
 ラシアのオリジナル曲『Obstinacy』は、低音ベースの叩き付ける様なハードロックだった。
 二人の呼吸はぴったり合い、一つの『音』として解き放たれた。
 観客達は声の限り声援を送っているが、ラシアと旺天の『音』にかき消されている。
 リズムに合わせて観客達も体を揺らし、『音』に乗っている。
 ライブの一発目としては、最高の立ち上がりであった。

  ◆

「さーいくよーっ! みんな目一杯盛り上がってねーっ!」
 千尋の呼びかけに、観客‥‥特に男性から大きな歓声が飛んだ。
 彼女のオリジナル曲『変☆身っ!(ちぇんじっ!)』は、軽快なダンスナンバーだ。
 半獣化した状態で歌い、軽やかなステップで踊る度に狸の丸い耳や尻尾が揺れる。
 その愛らしい姿、男性客の歓声はますますヒートアップする。
 一部からは、千尋の愛称である『まくらん』コールも起こっていた。
 大盛況のまま、ライブは続いて行った。

  ◆

「みんなに負けない様に、僕も頑張るよっ! 応援よろしくねーっ!」
 結が呼びかけると、今度は女性からの黄色い歓声が巻き起こった。
 彼もまたアイドルらしく、オリジナルのダンスミュージックに合わせて歌い、踊った。
 白く柔らかな白髪が揺れ、少女の様に愛らしい顔にはほんのり赤みが差している。
 アイドル好きな女性達から『かわいいー!』と熱烈な声援が飛んだ。
 彼の人懐こい雰囲気が、観客達を引きつけていた。
 アップテンポの流れに乗り、会場は汗ばむ程に熱く盛り上がって行った。

  ◆

「皆さんの心が、一時の安らぎを感じて下されば嬉しいです‥‥聞いて下さい」
 エリーセの出番になると、曲の雰囲気ががらりと変わった。
 作曲家である彼女は、オリジナルのヒーリングミュージックを歌っている。
 元々ソプラノ歌手でもあったエリーセの声は高く澄み渡り、何とも聞き心地が良かった。
 先刻まで声を張り上げていた観客達も、うっとりと優しい音楽に身を任せ、ゆっくり左右に揺れている。
 彼女の金髪と青い瞳は、男性女性関わらず引きつける魅力を持っている様だった。
 歌い終わると、観客は夢から覚めた様に盛大な拍手を送った。

  ◆

「一人では無理でも二人なら出来る事もある‥‥そんな気持ちを込めて歌いますわ」
 宇海が登場した瞬間、男性達の熱気が二、三度上がった。
 舞台衣装の和服を着崩し、普段は結い上げている艶やかな黒髪も、ルーズに下ろしている。『大人の色気』が溢れる様だ。
 彼女が歌うのは、とある有名ロックバンドのバラード曲だった。
 ピアノの伴奏に乗せ、切ない感情を歌詞に乗せる。
 コピーではあるが、元は男性ボーカルの曲なため、宇海が歌うとまるで別の曲の様だった。
 観客からはほぅ‥‥と溜め息が漏れ、その後大きな拍手が巻き起こった。

  ◆

 ライブも後半に差し掛かり、海音の登場に観客からは期待の歓声が上がった。
 宇海に続いての和服女性だが、彼女と違い海音はきっちりと着物を着こなし、おしとやかな雰囲気である。
 誰もが海音は演歌を歌うのだと予想した‥‥それだけに、有名な黒人霊歌の演奏が始まった時には観客は驚きの声を上げた。
 ゴスペルのリズムに合わせ、ソウルフルな歌声を披露する海音。
 彼女は日頃バーで歌姫の仕事をしており、ジャズやゴスペルなどの洋楽は得意分野なのである。
 最初は驚いていた観客達も、次第に海音が歌うゴスペルの世界へ引き込まれていった。
 そして最後には、会場の全員がゴスペルのリズムに合わせて手拍子をし、同じリズムを刻んでいた。

  ◆

「良いライブになりましたね」
 客席より後方にある役員用の特別席で、出番を終えたエリーセが笑顔で言った。
 彼女の前には、ステージを見つめる清一がいた。今は美樹が歌っている最中なのだ。
 技術的にはまだまだ荒削りな部分もある。だがそれ以上に、輝く個性と魅力がある。『魂』のこもった歌だ。
「この魅力をうちの事務所で燻らせるのは‥‥もったいないよな」
 誰へともなく、清一は呟いた。
「それを決めるのは、彼女自身だと思いますよ‥‥ほら、よく見て下さい」
 清一の隣に歩み寄り、ステージを指さすエリーセ。
 歌い終えた美樹の周りに、エリーセ以外の出演者達が集まっていた。
「えっと‥‥最後にこのメンバーで一曲歌います。聞いて下さい」
 他のメンバーに促され、照れながら美樹が言った。
 予定に無いプログラムを聞き、清一は驚いていた。
「皆で計画していたんです。美樹さんの気持ちを‥‥貴女に伝えるために」
 エリーセが笑顔で説明する。
 清一が再びステージへ視線を向けた時には、もうボイスパーカッションのリズムが始まっていた。

 大人になってしまったら サンタクロースは訪れないの
 サンタクロース 良い子の味方 いくら靴下下げても
 もうすぐプレゼントは 貰えなくなるの

 あなたの望む通り 素敵なレディになるわ
 あの頃から 身体も心も 大きくなったつもり
 いつまでも子供のままで いるつもりはないけど
 最後にホントに欲しかった プレゼント一つ頂戴

 わがままだと思うかしら だけど私がホントに望むもの
 あなたと共に歩む この道 そうよあなたと共に
 未来への道 足を進めたいの

 少し早いクリスマスソング『お願い、サンタクロース』は、千尋が作った曲である。
 クリスマスのラブソングに、『あなたと供に』という美樹のメッセージを込めたのだ。
 千尋以外にも、ラシア、旺天、結、宇海、海音がコーラスで盛り上げている。
「やれやれ‥‥頑固だねぇマイ・シスターは」
 アカペラのハーモニーを聞きながら、清一は観念した様に呟いた。
 懐に忍ばせていた書類を取り出し、二つに破る。それは、内密に進めていた大手事務所との契約書であった。
「あんな跳ねっ返り、他に預けられないよな」
 言って笑顔になる清一。
 エリーセもまた、同じ表情で清一を見つめ返した。