チャンス!シネマへの道アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 桜紫苑
芸能 1Lv以上
獣人 フリー
難度 普通
報酬 1.1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/21〜06/26

●本文

 朝一番に呼び出された彼らを待っていたのは、無人の会議室の机に置かれた1台のスピーカーだけだった。
「‥‥呼び出した当の本人はどこだ?」
 やたらと機嫌が悪いのはジュリアーズ所属のアイドル予備軍、Exのリーダー神島舜。朝に弱い彼にとって、この時間はまだまだ早朝の域だ。
「皆を呼び出しておいて、本人が忘れてるって事はないと思うけど」
 リーダーの様子など気にも留めず、育ちのよさげな微笑みを浮かべるのはExナンバー2のタクミである。
「でも、本当に忘れてたり遅刻だったりした場合は、何かペナルティを受けて貰わなくちゃね」
 靴の中に画鋲を入れようか。それとも、ロッカーに泥水の仕掛けでも作ろうか。
 にこやかに怖い計画を持ちかけられて、愛想笑いするしか出来ないのは共演者達だ。ジュリアーズの‥‥と言えば、かの事務所全体のイメージが悪くなる‥‥Exの日常を垣間見た気が、彼らはした。
 呼ばれたメンバーは既に揃っている。
 指定された時間は9時。
 時計の長針が真上を指したその時に、長机の上に置かれたスピーカーから突然に声が流れ出した。
「おはよう、「チャンス!」の天使達」
「「‥‥‥‥」」
 確実に、部屋の室温が下がった。
 冷気の元であるExの2人との間に僅かばかり距離を取るのと、舜がばきりと指を鳴らすのは同時だった。
「ここで「おはよう、プロデューサー」とでも言って欲しいのか‥‥?」
「舜」
 血管切れちゃう5秒前のリーダーを嗜めて、タクミは肩を竦める。
「短気は駄目だよ。この人が変なのは今に始まった事じゃないんだから」
 さりげにひどい事を言う。
 しかし、ここで口出ししてはいけないと、彼らは本能で悟っていた。
 舜の怒りの矛先になるのはごめんだし、タクミのブラックリストに載せられるのはもっと怖い。
「諸君らに仕事だ。手元の資料を見てくれたまえ」
 会議室まで案内してくれたスタッフが、彼らの手にファイルを渡す。手際の良さから考えて、予め仕込んでいたのだろう。
「映画?」
「そう。日本が世界に贈る超大作‥‥などと大層な事を言っているが、甘い。限りなく甘い。日本が誇るというのならば、忘れてはならん事を製作スタッフは忘れている」
 集められた者達は眉を寄せた。
「日本が世界に誇るというのならば、我々の「チャンス!」を忘れて貰っては困るのだよ」
「あ゛ー」
を満たす中、プロデューサーは嬉々として話しを続けていく。
「しかしながら、我々にオファーは来なかった。ああ、なんてこった」
「‥‥オファーが来ると、本気で思ってるのかよ」
 低い低い舜の呟きに同調するように一斉に頷きかけて、彼らは慌てて居住まいを正した。相手は一応はプロデューサーなのだ。わざわざ不興を買う必要はない。
「そこでだ。諸君らに、この映画に潜り込んで貰いたい。そして、日本に「チャンス!」ありと世界に知らしめるのだ!」
「ばかだろ、アンタ」
 誰かが吐き捨てた言葉に、今度こそ全員が同意してしまった。咎める者は誰もいない。映画製作に関わって、どこでどう世界に示せというのだ。そもそも、簡単に製作に関われるとは思えない。
「この映画は、脇をアイドルや実力派俳優で固めてはいるが、主役を始めとするメインキャラはオーディションで決定される。つまり、だ。全てが決まっている映画ではないのだよ」
 プロデューサーは、やけに楽しげだ。
 その理由に考え至って、彼らは肩を落とした。
 彼らが関わっているのは「チャンス!」。色々な事に挑戦していく過程を追い、面白おかしく構成している番組だ。大方、「チャンス! 映画に挑戦!」とかタイトルをつけて何週間かのネタストックにするつもりだろう。
 彼らが実際、映画に関われるかどうかは二の次なのだ。少しでも関われたら万々歳といったところか。
「そういや、最近焦っているみたいだったから」
 出演者の考案で始まった新企画が、視聴者アンケートで好評だった。続編希望の声も高い。ここで大ネタを持ってきて、自分の権威回復を狙っているのかもしれない。
 しかし、彼の思惑など関係ない。
 何のツテもなく映画に関われるかどうかを試すのは、自分達の実力を計る絶好の機会とも言える。
「やってやろうじゃないか。ただし、やるからには、俺もフルスロ‥‥「舜」」
 拳を握り締めて気勢をあげた舜に、タクミの静かな声が重なった。
「それ以上は危険だからやめておこうね」
 にっこり微笑んだタクミに、何故か青くなった舜がコクコクと頷いている。狼狽の理由も、怖いから聞かない方がよさそうだ。
「でも、この映画って‥‥。まぁ、いいか。ともかく、この映画についての情報を集めないと。ネットで簡単に集められるけど、それだけじゃ番組的には面白くないよね。‥‥今回は、ネット禁止ってどう?」
 どう? と尋ねたタクミの笑顔が綺羅綺羅しくて恐ろしくて、反対出来る者は誰もいなかった。

●今回の参加者

 fa0565 森守可憐(20歳・♀・一角獣)
 fa0681 Carno(20歳・♂・鴉)
 fa0684 日宮狐太郎(10歳・♂・狐)
 fa0701 赤川・雷音(20歳・♂・獅子)
 fa1291 御神村小夜(17歳・♀・一角獣)
 fa1616 鏑木 司(11歳・♂・竜)
 fa1750 山田悟志(35歳・♂・豚)
 fa3092 阿野次 のもじ(15歳・♀・猫)

●リプレイ本文

●いざ!
 円卓を囲んでいる者達の間に重い沈黙が流れていた。
 窓から差し込む太陽が作る影がゆっくりと形を変え、空の色が赤みを増しても、彼らは誰も動こうとはしない。突きつけられた無茶な要望に、具体的な打開策を見つけられぬまま、時間は刻一刻と過ぎていく。
 その重すぎる沈黙に耐えかねたように、赤川雷音(fa0701)がダンッと机の上に手を突いた。
「ここで、皆して顔を突き合わせていても仕方がない。行動するしかないだろう!」
「でも、どうやって? 「日本が世界に誇る」なんていかにもな宣伝文を打っているわけだし、全然情報が出ていない‥‥なんて事もないと思うけど」
 鏑木司(fa1616)が小首を傾げたその次の瞬間、会議室の扉が開け放たれ、勢いよく飛び込んで来た小さな影が床を蹴り、会議用机の上に降り立つ。
「‥‥のもじ」
 額を押さえた雷音ががくりと項垂れ、相棒のCarno(fa0681)が横を向く。
 そんな仲間達の様子に気づく事もなく、阿野次のもじ(fa3092)は机の上でジャケットの裾を翻らせた。
「心配ご無用! この難題、私が見事解決してみせる! いっちゃんの名にか「のもじちゃん」」
 細い指先で眼鏡の縁を押し上げて、御神村小夜(fa1291)は微笑んだ。
「まずは机の上から降りましょうね」
 口調は優しげだが、有無を言わせない響きがある。
 しばし考え込んで、のもじはうんしょうんしょと机の上から降り始めた。
「まあ、スパッツをはいてくれていた分、前回よりは」
 それでも顔を赤くしているのは、山田悟志(fa1750)と日宮狐太郎(fa0684)だ。直視出来ないとあらぬ方へと彷徨わせていた視線を仲間達へ、そして、のもじが飛び乗った弾みで散らばった資料へと移して、山やんは「はう」と力無い声を漏らした。床にしゃがみ込む自分に寂しい色味のスポットライトが当てられている気がする。
 題して「哀愁の山やん、夜はまだ明けない」
 寿司折りを持った千鳥足のお父さんと裸電球付き電信柱の背景はお約束だ。
 いつもいつも貧乏くじと後始末を任されている山やんを気の毒そうに一瞥すると、雷音は半ば強引に話を元に戻す。
「ともかく、ここで話していても何もならないだろ。今回、俺達に与えられた任務は、某映画の情報を集め、最終的にはその製作に関わる事なわけだが」
 握り締めた雷音の拳がふるふると震える。
「映画って、そんなに簡単に潜り込めるんでしょうか‥‥って、言っても無駄なんですよね、きっと」
「「「「無駄」」」」
 ツカサの呟きに何人かが一斉に反応した。
 やはり、と机に突っ伏したツカサの頭を撫でてやりたい気持ちに駆られながら、森守可憐(fa0565)は黄昏れた視線を明後日の方角へと投げる。同情心を抱いた自分もまた、ツカサと同じ立場である事を思い出したのだ。暮れゆく空の寂しげな色が、今の可憐の気持ちを表しているかのようだった。
「最終的には、テロップに「協力:チャンス!」の文字を入ればOKなんだろうが、‥‥プロデューサー的には、俺らが四苦八苦すればそれで万々歳って気がするな」
 苦笑混じりで雷音が肩を竦める。
 その内容を反芻して、カルは嫌そうに眉を寄せた。
 ヤツ的に、大いにありそうだ。
「しかし、映画に関わるといってもどうやって? 例えば、我々には音楽という手段がありますが‥‥」
 カルの手元には、何枚かのCDとMDがある。選りすぐったSageniteの曲のようだ。
「問題はそこですね。情報が少ないので、何に関われるのか見当がつきませんし」
 控えめに、カレンが続ける。
「それで、私、映画雑誌の編集部にお電話して、色々と伺ってみました」
 発言は控えめなのに行動は大胆である。
 唖然とした仲間達に、カレンは1冊の雑誌を差し出した。
「ええと、これです。それなりに有名な雑誌を選んでみましたけれど‥‥」
 期待に身を乗り出して来る仲間達に、カレンは表情を曇らせた。あまり捗捗しい成果はなかったようだ。
「番組の事を伝えて、担当の方にお話を持ち込んだのですけれど、分かっているのは製作会社と監督、簡単なあらすじと現在決まっている配役、それとオーディションが行われるという程度で」
 それでは、現在、判明している事と大差はない。
「何でしょうね、この徹底ぶりは」
 こそっと耳打ちした山やんに、セレナは小さく頭を振った。
 それなりに準備が必要だと、セレナ自身も色々と調べてみたのだが箝口令でも敷かれているのか、これといった情報は手に入らなかったのだ。
「全く謎ね。でも、私達がやるべき事は決まっているわ」
 赤く綺麗に塗られた口元が、楽しげに引き上げられる。セレナの笑みに、山やんも大きく頷いた。
「そうですね。僕達は僕達の仕事をするだけです」
「でも‥‥」
 セレナは僅かに目を眇め、隅で退屈そうに資料を捲っているタクミを見た。
「タクミ君は、何か知っていそうですね」
 独り言に近い呟きは、予想外に室内へと響いた。
 集まる視線に、タクミが資料から顔を上げる。
「何か知ってるのか!? タクミ!」
 気まずそうにそっぽを向いたのは、詰め寄られている本人ではなく舜であった。どうやら、彼も何か知っているらしい。
「そういえば、脇にアイドルを起用していると聞きましたから、ジュリアーズから誰か出演が決まっているのかもしれませんね」
「残念ですが、ジュリアーズからの出演は決まってないみたいですよ」
 にこやかに、世間話でもするように続けたセレナに、これまたキラキラと効果音がつきそうな完璧な笑顔で応じるタクミ。
「な‥‥何故でせう。こんなに笑顔の出血大サービスなのに、カミナリ様が大乱舞してそうな空気は‥‥」
「ぅわぁん、セレナさん、ひどいやー! 僕、タクミさんと打ち合わせがあったのにぃ」
 机の下に隠れたのもじとこたがコソコソと囁き交わす。
「あら、ジュリアーズ絡みじゃないの? 私はてっきり。でも、何か知っているなら教えてくれてもいいんじゃない? あなたとここにいる皆は一蓮托生の仲間ですもの」
「そうですね。けれど、ここでボクが種明かししたら面白くないでしょう? 番組的に」
 いけしゃあしゃあと答えたタクミに、セレナの口元が目に見えて引き攣った。
ー‥‥このネコ被り‥‥。
 Exの影の支配者タクミ。しかしながら、世間一般の彼に対するイメージは「素直で可愛い男の子」である。コレのどこら辺が「素直」で「可愛い」のか、ファンのお嬢様方に問い詰めたくなる衝動を堪えつつ、セレナは大きく息を吐き出した。
「分かったわ。確かに、タクミ君に教えて貰うのでは、ネット禁止にした意味が無くなるもの」
 机の下に避難していた2人が、おそるおそる顔を出す。
「じゃあ、とりあえず、皆で監督や映画会社に突撃して来てね。もちろん、タクミ君もよ」
「あのさぁ」
 触らぬ神に‥‥と、傍観を決め込んでいた雷音がそろりと手を挙げた。
「突撃はいいんだが‥‥あちらさんの許可は取ってるのか?」
 セレナの笑顔が、その答え。
「ないんですね‥‥」
 困ったように微笑んだカルから、絶対零度の冷気が吹き出してくるのは気のせいだろうか。机の下から顔を出した2人が、その直撃を受けて瞬時に凍りつく。
「のもじ様、こた様、眠っちゃ駄目ですよ!」
 頬を叩くカレンの声に、がくぶると震えていたのもじが我に返った。
「そっ、そうデシタ! こんな所で凍死している暇はないんデス! いくデスよ、小林少年っ!」
「こっ、小林って誰っ!? わぁぁぁん! タクミさんとの打ち合わせぇぇぇ〜っっ!!」
 のもじに襟首を掴まれたこたの叫びが尾を引きつつ遠ざかっていく。突き飛ばされた山やんの手から落ちた資料が、ひらりひらりと宙を舞う。
「‥‥俺達も行くか」
 のもじが暴走する前に。
 ぼりと頭を掻いて立ち上がった雷音にカルがジャケットを差し出した。2人が身につけている衣装は色違いのお揃いだ。
「そういえば、一部女性視聴者から2人の関け」
「山やん」
 セレナは瞳を細めた。
 うっかり口を滑らせそうになった山やんは、慌てた様子で資料と機材とを引っ掴み、仲間達の後を追いかけたのであった。

●異変
「監督は倉橋洋一。アクション映画やサスペンス物を得意とする若手で、日本よりも海外での評価が高いとか」
 映画雑誌編集部から得た情報を読み上げ、カレンは目の前で車を降りた男と倉橋の写真とを見比べた。
「あの方に間違いなさそうです」
「しかし、思っていた以上にガードがきついですね」
 これでは折角用意したCDを手渡す機会も、SNを売り込む隙もない。呟いたカルに、司が頷く。
「本当におかしいんです。世界に誇るなんて言ってるのに、その後の動きが全く無いんですよねぇ。‥‥えっと、脇を固める役者さんが決まったとか、主役や色んな役をオーディションで決めるとか、そういった話はあるんですけど、監督はあんな風にボディガードに守られてるし、製作会社は極秘扱いしてますし」
 これでは、どうやって潜り込めばよいのか分からない。唇を尖らせた司の表情が年相応に見えて、カレンは再び彼の頭を撫でたい衝動に駆られた。
「ともかくともかくっ! それならば監督本人に突撃あるのみッ!」
 すくっと立ち上がったのもじが決意に燃えて拳を振り上げる。汗を拭き拭き、周囲に配置した撮影スタッフに指示を出していた山やんが止めるよりも先に、のもじはこたを掴んで猛ダッシュをかけた。
「ちょっと待てっ! こたっ! 俺にこんなものを着せたままお前だけっ!」
「ぼっ、僕だって好きで突撃してるわけじゃ‥‥はわっ!?」
 拉致されたこたが口元を押さえる。どうやら、のもじの急ブレーキに舌を噛んだようだ。
 彼らに続こうとしていた者達も、動きを止める。
 のもじの突進を止めたのは、黒服を着込んだ大柄な男。倉橋のボディガードだ。
「何の用かな、お嬢ちゃん」
「あなたに用はない! あるのはそっちのお兄さんっ!」
 ずびしと倉橋を指さしたのもじに、こたが青褪めた。
 このままでは不審者としてブラックリスト入りも有り得る。
「日本が世界に誇る超大作、そこにこの私が加わればどういう化学反応を起こすか分かるかね、明智君!」
「帰って頂け」
 指さされた倉橋は、無表情で傍らのボディーガードに告げる。
「世界に誇る? 笑止! 大宇宙に誇る作品になるという事だッ!」
「お嬢ちゃん達、飴あげるから、大人しくお帰り」
 黒服が、仁王立ちになったのもじとこたの手の上にキャンディを乗せた。
 とりあえず貰えるものは貰っておこう。キャンディをポケットに仕舞うのもじに、こたは滂沱の涙を流した。
「‥‥なんか、別の意味で名前を残しそうだよな」
 ぽつり呟いた雷音の隣で、山やんが真っ青な顔をして立ち尽くしている。一気に何十キロと痩せたように錯覚さえ抱かせる山やんの様子に同情の眼差しを向けたカルが、ふと動きを止めた。
 のもじとこたの騒動にばかり目が行っていたが、いつの間にかちゃっかりと、カレンとツカサが倉橋に続いて車から降りて来た男と何やら話し込んでいる。
「いつの間に‥‥」
 唖然とする仲間達の元に戻って来た2人は、1枚の名刺を手にしていた。
「やっぱりおかししいですよ、この映画。監督と数名の出演者を除いたスタッフの全員が入れ替えになるみたいです。しかも、これから募集をかけるって」
 ツカサが差し出した名刺には、倉橋のオフィスと男の名が記されている。車から降りて来た男の名前だろう。
「詳細は後日発表になるそうです。でも、何があったのでしょう?」
 スタッフとキャストの入れ替え、情報規制、そして倉橋の警戒ぶりと、カレンの言う通りに何かがおかしい。
 この映画に関わるならば、もう少し突き詰めて調べる必要がありそうだ。
「けど、普通に調べるだけじゃ、何も分からないかもしれませんね」
 セレナがスタッフルートから独自に調べても、これといった情報が掴めなかったのだ。出演者達には言えないけれど、と心の中で山やんが謝罪する。
「そうですね。でも、これで我々の「チャンス」が増えました」
 呟いて、カルは倉崎が消えた建物を見上げた。