和の心を求めてアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 桜紫苑
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 易しい
報酬 1.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/25〜06/30

●本文

●成長?
「ただいまぁ〜」
「お邪魔しまーす」
 玄関から2つの声が響き、彼は読んでいた台本から目を上げた。
 ぱたぱたと軽快な足音と共に、すぐさま小さくて可愛い生き物がリビングに飛び込んで来る。
「お兄ちゃん、お帰り〜っ」
「カナエもお帰り」
 長く留守にしていたけれど、妹に変わった様子はない。相変わらず可愛いままだ。
 後から姿を見せた彼女のマネージャー、北島が聞いたら、また「シスコン」だの「兄馬鹿」だの思いそうな言葉を胸の内で呟たところで、彼は妹と一緒に飛びついて来た物体に気づいた。
「‥‥カナエ、新しいお友達かな?」
「うん。オラウータンのウーちゃん。ずっと一緒にいれば、きっとウーちゃんもおしゃべりしてくれると思うの☆」
 こそっと、北島が彼の耳に事情を囁く。
「‥‥いや、カナエ、それはお人形が喋っているんじゃなくて、腹話‥‥」
「楽しみ♪」
 本気で信じているらしい妹に、真実を告げるなんて残酷な事は出来ない。
 ‥‥そのうち、腹話術もマスターしておこう。
 そう決心して、彼は微笑みつつ話題を変えた。
「それで、大人の女性像はちゃんと掴めたのかな?」
「うん! あのね! ぼんきゅっぼんだけが大人の女の人じゃないんだよ! 知ってた!?」
 僅かに、彼の体が傾ぐ。
 自分へ注がれる非難の視線に、北島はそそくさとリビングから出ようとした。がしかし、素早く伸びた足が彼の足を踏みつけて、脱出は失敗に終わる。
「それでね、それでね、紫がセクスィすぎるなら、カナエはピンクが可愛いよって言ったの。でも、それは大人の女の人向けじゃないんだって」
 ぎりぎりと、北島を踏んづけている足に力が籠もる。
「で、着物着て、正座してお茶飲んで、お花を針の山に刺したの」
 正しくは、お抹茶を頂いて、花を生けた‥‥のだが。
「そうか。最後はちゃんと「女御」の役作りをして来たんだね。感想は?」
 大好きな兄が喜んでいるのが嬉しいのか、カナエは意気揚々と報告を続けた。
「お茶は、苦くて泡々してたけど、ちょっとだけ抹茶ソフトの味がしてー、カナエはミルクティーの方が好きー! お花は、ぱたぱた倒れちゃって、茎が折れちゃってぇ、最後はお花だけになっちゃった!」
 ああ。北島は目頭を押さえた。
 カナエの大人の女性探しに協力してくれた者達の苦労がしのばれる。間違った「大人の女性像」からは脱したようだが、当の本人がその知識を活かしきれないお子様だったという事か。
「ところでね、お兄ちゃん」
「ん? ああ、何だい?」
 ソファに並んで座り、カナエはちょこんと首を傾げて兄に問うた。
「どうして、お家の中がお線香臭いの?」
「‥‥カナエ、これは白檀のお香だよ‥‥」

●和の心
「というわけでして」
 汗を拭き拭き、北島は向かい合って座る者達を窺い見た。
「彼女に「和」の心というものを学ばせて欲しいのですが‥‥」
 オフの予定はなかったが、北島があちこちに頭を下げてまわり、映画の役作りと称してスケジュールは確保した。あとは、彼女に和の心を如何にして教えるか‥‥であるが‥‥。
「とりあえず、彼女のお兄さんから京都という案が出ておりますが、皆様のご都合もありますでしょうし‥‥」
 移動に時間をかけて遠出するよりも、近場でじっくりみっちり詰め込むという手もある。
「とにかく、よろしくお願いします。侘び寂びまで‥‥とは言いませんが、少しでも彼女に和の心を理解させて下さい!! このままでは‥‥、このままでは映画がコメディになってしまいますぅぅぅ」
 床に着く程に頭を下げられて、彼らは互いの顔を見合わせた。
「和」の心と言われても、一体何を教えればよいのだろう。普段の生活に溶け込んでいるものもあれば、伝統行事や芸術に形を留めるもの、失われつつあるものなど、それは広くて奥深い。
 聞けば、茶道や華道は体験済みのようだ。
「‥‥いっそ、禅とか」
「間違いなく無理でしょうね」
 囁き交わす言葉が空々しく流れていくのを、彼らは他人事のように聞いていたのだった。

●今回の参加者

 fa1463 姫乃 唯(15歳・♀・小鳥)
 fa1810 蘭童珠子(20歳・♀・パンダ)
 fa2037 蓮城久鷹(28歳・♂・鷹)
 fa2361 中松百合子(33歳・♀・アライグマ)
 fa2680 月居ヤエル(17歳・♀・兎)
 fa3411 渡会 飛鳥(17歳・♀・兎)
 fa3936 シーヴ・ヴェステルベリ(26歳・♀・鷹)
 fa4002 西村 哲也(25歳・♂・ハムスター)

●リプレイ本文

●旅のお供に
 新幹線に並んで座る目立つ集団。
 目立たない方がおかしい。というよりも、目立たない方が悲しいだろう。芸能人として。
 見て見ぬふりをする他の乗客の視線に溜息をついて、中松百合子(fa2361)は心の中でそっと涙を拭った。子供の成長を見守る親の心境とはこんなものであろうか。でも、騒ぎになるのも困る。けれど、一般人に気づかれる事なくひっそりと移動するのは寂し過ぎる。
 そんなユリの心境も知らず、今回、彼女が面倒をみるべきお子様達が無邪気な笑い声をあげる。
「違いますよ、ユイさん。ワサビの心じゃなくて、ワビサビですよ」
「サビ抜きぃ? それ、お寿司屋さんで頼めるぅ?」
 姫乃唯(fa1463)の言葉に訂正を入れた西村哲也(fa4002)が、笑顔でカナエを窘める。京都へ着く前から意気投合して、いい雰囲気だ。
 いい雰囲気なんだけど‥‥。
 だんだんと、ユリの眉間に皺が寄る。
「アネゴ、もっと気楽に気楽に」
「ヒサくん‥‥」
 蓮城久鷹(fa2037)の手からビールの缶を取り上げて、ユリはこめかみを押さえた。不満を申し立てるヒサを視線で黙らせて、ユリは皆と楽しそうに語らっているカナエの様子を窺った。
 いつもの少女趣味全開なフリヒラではなく、ユリが見立てたカットソーとふんわりと柔らかな風合いのスカート、7分袖のカーディガンと淡い色で揃えたカナエはいつもより少し大人びて見える。
「このロリコンで女の敵が主人公ぉ?」
「カナエさん、日本の代表的古典文学にその表現はどうかと」
 素っ頓狂な声を上げたカナエの腕を引っ張って、哲也がしぃと口元に指を当てた。
「大人びて見える‥‥だけね」
 さすがのユリも、中身まではコーディネイト出来なかったのだ。
 項垂れたユリの手からビールを取り戻して、ヒサがお疲れと慰める。
「しかも、マザコンみたいよ、このヒト」
「‥‥シーリィさん」
 火に油を注いだシーヴ・ヴェステルベリ(fa3936)の一言に、カナエとユイがまた騒ぎ出す。滝涙を流した哲也に、シーリィはにこやかに微笑んで言い切った。
「堅いことは言いっこなしよ。折角の機会でしょ。「和」ってジャパンテイストの事だと思っていたんだけど、協調とか調和とか、そんな意味もあるらしいし」
 協調、調和という事ならば、和気藹々と蘭童珠子(fa1810)が持って来たマンガで読む古典の主人公批判を続けるお子様達はもう十分に習得レベルだ。
「こんなダメ男に引っ掛かると大変だよね」
「ねー?」
 意気込んだユイに同意するカナエの息はぴったりと合っている。この2人、これで初対面なのだから既に達人の域にも達しているかもしれない。
「まあまあ、2人ともそうおっしゃらずに。これはダメ男に人生を狂わされた女達が辿った道を描き、世の女性達への警告とした素晴らしい作品なのですから」
「「「それ、違うから!」」
 ほほ、と口元に手を当てて微笑むタマがさらりと流した言葉に、四方八方から突っ込みが入った。
「えっ!? 違うのかイ!? オイラも不甲斐ない男を頼るより、女も強く自立しなきゃいけなイってコトだと思っていたヨ!」
 目の前で振られる小さな布の手に、脱力気味だった哲也の体からますます力が抜ける。
「あーっ!! ミーちゃん、ミーちゃん、ミーちゃんっっ!!」
「ぅおっとっとい! 嬢ちゃん、今日も元気だナ!」
 タマの代わりと言わんばかりに喋り続けるパペットに、近くの席で座っていた子供が驚いて母親の袖を引いた。
「ママー! 着物きたクマさんが喋ってるー!」
「し、見ちゃ駄目よ!」
 興奮しまくる子供とは対照的に、母親はお近づきになりたくはないらしい。
 目立っている。目立ちまくっている。
 テンションを下げてと言う気も無くして、ユリはふ、と視線を遠くに彷徨わせた。
 気がつけば、車窓に流れる景色はいつの間にか変わり始めていたのだった。

●楽しみましょう
「きょうと〜♪」
「ちょい待ち」
 駆け出したカナエの襟首をしっかと掴んで、ヒサは仲間を見回した。1人、2人、3人‥‥、ちゃんと全員揃っているようだと安堵の息をついたのも束の間、ヒサは妙に軽くなった手に嫌な予感を感じて恐る恐る振り返った。
「抹茶パフェの美味しいお店が近くにあるみたい」
「行く行く行く行くーッッ!!」
 渡会飛鳥(fa3411)の腕を掴んで急かしているのは、先ほど捕獲したはずのカナエだ。ヒサの手の中に、淡いクリーム色のカーディガンだけが残されていた。
「確か、駅ビルの中に‥‥。ええと、今の位置はここだから‥‥」
「はいはい、お嬢ちゃん達。パフェは後な、パフェは」
 今度は逃げられないように、がしりと2人の肩を掴む。
 揃って非難の眼差しを向けられては、自分が何やら悪い事をしたように思えてしまうではないか。口元を歪めたヒサの肩を、哲也が同情を込めて叩く。新幹線では彼女達に巻き込まれていた哲也だが、現地に着いたら運転手兼カメラマン役を名乗り出たヒサに全部押しつけ‥‥いや、任せてしまうつもりらしい。
「御所見学の予約は入れてありますからね」
 御所の見学は、事前予約が必要だ。帝、女御の暮らしと風情を感じるには最適の場所だが、皆、諦めかけていた。
 しかし、哲也はどこからか伝手を見つけて来たようだ。
「凄い‥‥。本当に御所の見学が出来るの?」
 手の中の小冊子を握り締めて、ひーちゃんは瞳を輝かせた。はい、と優しい笑みを彼女に向けると、哲也はその小さな手から小冊子をそっと救い出す。
「くしゃくしゃになってしまいますよ。あれ?」
「あ、あのっ、それは!」
 頬を赤らめて、ひーちゃんが手を伸ばした。
「なんだか懐かしいですね。高校修学旅行を思い出しますよ」
 丁寧に皺を伸ばして、哲也は冊子をひーちゃんに戻した。表紙に手書きの筆文字で「旅のしおり」とある。ひーちゃん手作りの観光案内のようだ。
「折角の京都だし。み‥‥見所をチェックしているうちに、その」
「助かります」
 上品な笑みに見惚れて上気したひーちゃんは、慌てて頭を振った。
「御所! 御所も一応、チェックはしたけど、本当に入れると思ってなかったから」
 恐るべし、とその遣り取りを眺めていたアダルトチームは顔を見合わせた。
 ひーちゃんには、確か想い人がいるとの噂だ。その彼女を一瞬でも見惚れさせるとは。
「女の子って、結構弱いのよね」
 ぽつり、ユリが呟く。
「そうですね。あれは何と言えば良いのでしょうね、ミーちゃん」
 タマが右手の相棒に尋ねれば、スノゥベアが胸を張って答える。
「オイラなら、王子様フェロモンと名付けるナ」
「ふぇろもんって何〜? ホルモンの一種〜?」
 カナエに余計な知識を与えてはいけない。ぐい、と月居ヤエル(fa2680)はカナエの腕を引っ張った。
「あ、ほら、見て見て! 京都タワー! ‥‥のマスコット!」
 ヤエルのその一言は効果覿面であった。
 カナエの興味があっという間に京都タワーへと移る。危ないところであった。
 額の汗を拭うと、ヤエルは改めて仲間達を振り返った。
「じゃあ、皆さーん、とりあえず場所を移動しますよー!」
 すっかり疲れ果てている保護者組を、ヤエルは追い立てる。カナエはユイとシーリィに任せてあるから心配はないだろう。多分。後は、小さく自分の頭を小突いているひーちゃんだ。
「ひーちゃん、気にしちゃだめだよ? あれは、ヲトメとして正しい反応。浮気とかにはカウントされません」
「本当に?」
 本当にとヤエルは大きく頷いた。
「秋葉原で可愛いメイドさんを見つけました。ひーちゃんならどう思う?」
「‥‥可愛いメイドさんだなぁって。あと、可愛い服は、ちょっと着てみたいかな‥‥って」
 うんうん。
 頷いて、ヤエルが質問を続ける。
「池袋で、超格好良くて素敵なウェイターのお姉さんを見つけました。ひーちゃんならどう思う?」
「素敵だなって‥‥」
「そう。それが正しい反応だよね。さっきのアレも同じなの。分かった?」
 さっきのアレと同じ。
 哲也お兄さんにドキドキしたのは、正しい反応だったんだ。心移りしたわけじゃないんだ。安心したのか、ひーちゃんの膝が頽れた。その腕を掴んで、ヤエルはさあと促す。
「じゃあ、行こ。皆、待ってるよ」
 ヤエルの指し示した先に、自分に向かって手を振る仲間達がいる。これから、御所を見学して、それから‥‥旅のしおりに書き込んだ観光ポイントを反芻すると、ひーちゃんはヤエルの腕に支えられながら立ち上がった。
 これから京都で和の心を満喫すればいい。
 そうして、この短い旅の思い出になる品を買って、お土産話と一緒に持って帰ろう。
 ひーちゃんの顔に笑みが戻った。

●古き都
 通された部屋は、庭に面した落ち着いた和室だった。
「へぇ、素敵な部屋ね」
 縁側に立ち、シーリィが感嘆の声をあげる。彼女とて、日本庭園や和室が初めてというわけではない。だが、彼女が知るどの場所よりも素晴らしく思えるのは何故だろう。
 しばらく考え込んで、シーリィはその答えに辿り着いた。
「なるほど。和、ね」
 手入れの行き届いた庭は「塵1つ無い」なんて無粋はなく、年月を経た土壁の向こうには初夏の青い空を背景に瓦屋根が連なって見える。そよぐ風、部屋に染み込んだ香り‥‥。
「全てが揃ってこそ感じる事が出来るものがあるというわけね」
 京都の街中に立ち並ぶ高層ビルも、観光客の喧噪とも隣り合っていながら、この空間はそれらの雑多なものと切り離されて存在しているかのように感じる。
 素直に感動して、シーリィは寛ぐ仲間達のもとへと戻った。
「昔の人達が暮らしていた空間を、私達も体験してるって考えてもいいのかしら?」
 畳に膝をつきながら、シーリィは隣に座るユイに尋ねた。
「そうかも。あたしには日本人の血は半分だけしか流れてないけど、それでもなんだかほっとする。これって、DNAの記憶なのかな?」
 2人の会話に同意して、ヤエルは目の前に置かれた盆を引き寄せた。
 盆の上には、涼しげな色合いの聞香炉と道具が置かれている。そして、5つの香。
「今回は、源氏香を体験させて貰えるんだって。これはね、香の組み合わせが源氏物語の帖数と重な‥‥」
 ヤエルの説明に、カナエの体がぴくりと揺れる。
「源氏物語とゆーのは、さっきの‥‥」
 咄嗟に手を伸ばしたユリがその口を押さえて、言葉を封じた。怪訝そうな顔の香元に愛想笑いを向けて、ユリは指先でヒサを呼びつける。
「ヒサくん、万が一の場合の準備は?」
「ばっちり。下の駐車場にレンタカーを用意している」
 現在、カナエに「源氏」はNGワードである。しかし、今、彼女達が行おうとしている組香は「源氏香」。いつ、何時カナエが暴走するか分からない。
 香が薫り始めた部屋の隅で、ユリとヒサは被害を最小限に留める手段を講じ始める。
 そんな2人の様子に、タマはどこか達観した眼差しで庭を眺めた。
「‥‥お気の毒さま」
 和の心を求めて訪れた京都。
 今回も、当の本人は理解までには至らなかったようだが、少なくとも和風テイストは十分に堪能出来たはずだ。
「これが役作りに活かされたらよいのですが」
 タマの独り言に、ないないと突っ込みが入ったのは言うまでもない事である。