仕組まれた会見アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 桜紫苑
芸能 フリー
獣人 2Lv以上
難度 やや難
報酬 4.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/20〜07/25

●本文

●見え透いた挑発
 落ち着いた雰囲気を漂わせるバーで、男は強い酒を呷った。
 隣に腰掛けた青年が苦笑混じりに肩を竦めるのが気にくわなかったのか、乱暴にグラスをカウンターへと叩きつけ、鋭く睨み据える。
「笑い事じゃないんだぞ! トシキ!」
 その剣幕に、トシキと呼ばれた青年は小さく吹き出した。それが男の怒りをますます煽ると分かっていたのだが、もはや堪えきれない。
「トシキ!」
「だって! あんなに取り澄ました顔で「素晴らしい映画を作る為に、私は何度でも白紙に戻す」なんて言うから!」
 黙れ!
 男は慌てて青年の口を押さえた。誰が聞いているか分からないこんな場所では迂闊な事は言えない。しかし、目の前の青年は、それもこれも全て承知した上で言葉にしているのだから質が悪い。
「いい加減にしろよ、トシキ」
 トシキにだけ聞こえる声で、彼は呟いた。
「映画がぽしゃったら、貴様だって困るだろうが」
 低く感情を抑えた声音に、トシキの顔にも真剣な表情が浮かぶ。
「確かに。折角、初共演だと喜んでいるカナエを悲しませたくないからね」
「貴様の心配はそこかっ!」
 すかさず入った突っ込みに、トシキは内心にんまりと微笑んだ。この呼吸の妙はやはり相方ならではのものだ。
 もっとも「相方」だなどと思っている事がばれたら、言葉よりも先に拳が飛んで来るだろう。
「けど、君も否定しなかっただろう?」
 何を、とは言わない。
 男は気難しげな顔で黙り込むと、再びグラスを口元へと運ぶ。
「否定をしないのは、認めたという事だ」
「‥‥分かっている」
 悔しさを滲ませた口調に、トシキは息を吐き出した。
 否定をしなかったと指摘はしたが、「出来なかった」のが正しいと彼も分かっている。肯定か否定か、選択肢は2つだけだったのだ。
「しかし、敵も巧妙だねぇ」
 ぽつりと漏れたトシキの言葉に、男の肩が揺れた。
「最初は嫌がらせ程度だったのが、だんだんエスカレートして、いつの間にかスタッフがいなくなり‥‥そして、これ」
 とん、とカウンターに乗せられた紙を指で叩く。
 何気ない仕草の中に憤りが見え隠れしている事を、男は見抜いた。互いに付き合いだけは長い。腐れ縁は伊達ではない。
「見え透いた手を仕掛けてくれるねぇ」
「だが、肯定した以上、踊らされるしかあるまい」
 カウンターに頬杖をついて、トシキは悪戯っぽく尋ねた。
「罠だと分かっていても?」
「分かっていても、だ。俺はこんな妨害に屈するつもりはないっ!」
 拳を振り上げて高らかに宣言する男に、トシキは頬を緩ませる。相方は、どんな逆境にあっても相方のようだ。
「声が大きいよ。しかし、君は相変わらず外側と内側のギャップが激しいよねぇ」
 その一言に、クールで知的、作る映像の繊細な美しさと大胆さ、アクション映画やサスペンス物でいち早く海外から注目を浴びた映画監督「倉橋洋一」は、雄叫んだ。
「貴様にだけは言われたくないわッ!」

●依頼
「で」
 困ったように微笑んで、神島黎子は彼らから視線を逸らした。
「だって、頼まれちゃったんですもの」
「‥‥で?」
 冷静な追及に、泳ぎっぱなしの黎子の目が更に遠くを彷徨う。
「‥‥今度のロケでNYのスタジオ御用達のブラシ一式買って来てく‥‥」
「ブラシ一式で俺達は売られたんですね」
 言葉に含まれた底冷えするかの響きに、黎子はだってだってと瞳を潤ませた。
「だって、なかなか手に入らないのよ! 本場の一流アーティストが使っているものなのよ!」
 深く深く息を吐いて、彼らは肩を落とした。
 仕方がない。
 それが彼らの心の中に浮かぶ共通の言葉。
「で、仕事の内容は?」
「映画監督、倉橋洋一氏の記者会見での護衛よ。今度、彼が撮る映画の企画が白紙に戻って、そのスタッフやキャストをオーディションで選ぶらしいんだけど‥‥、でも、この会見は倉橋監督の知らない所で決まっていたんですって」
「知らない所で?」
 互いに顔を見合わせた者達へ、黎子は声を潜めて続ける。
「そう。いきなりマスコミに通達が流れて。倉橋監督は、その会見に関する問い合わせで初めて知ったそうなのよ」
 そんな事があるのだろうか。
 目の前のテーブルの上には、その時、マスコミに流れたという通達がある。
 それには、倉橋と事務所社長の名前と映画の主要スタッフとキャストをオーディションで選ぶ旨が記されていた。会見場は、都内のホテルだ。マスコミへと流される通達のテンプレート通りの内容だ。おかしな所はないのだが‥‥。
「マスコミへの通達だけじゃないの。インターネットを通して、一般の人にまでこの噂が流れているのよ」
「一般の‥‥」
 芸能界や映画作りに憧れる一般人が、千載一遇の好機と騒いでいるという。中にはシナリオを完成させたという脚本家志願の大学生や、毎日河原で発声練習や、俳優養成ギプスなる怪しげな物を作り、演劇特訓を重ねている俳優志願者もいる‥‥らしい。
「一般人の間にまで流れているのは‥‥危険だな」
「ええ。しかも、会場のホテル。会見の大広間は倉橋監督の事務所名義で貸し切りになっているけど、客室は満室なの。日時も迫っているし、裏から手を回しても押さえられなかったんですって」
 厄介だ。
 一般にまで会見の噂が広まり、NWが侵入して来る可能性も否めない。
 万が一の事があった場合、どう対処すればいいのか。
「誰が何の為にこんな事を仕組んだのかも分からないから、倉橋監督の身辺警護は厳重にしておきたいそうよ。‥‥NWの警戒も必要だし」
 万が一の時‥‥。
 黎子の言葉を聞きながら、考えを巡らせる。
 万が一の時には、多少なりと荒っぽい手を使う必要も出るだろう。だが、宿泊客やホテル従業員という一般人に気づかれるわけにはいかない。
「映画やテレビのロケという言い訳は使えないな」
 映画の記者会見が行われ、マスコミが集まっていると一般にも知られている。バトルを行って「ロケでした」は苦しい。
「騒動が起きると決まったわけじゃないけど、起きた時の為に対策は立てておかなくちゃね」
 呟くような黎子の言葉に、彼らは無言で頷いた。

●今回の参加者

 fa1291 御神村小夜(17歳・♀・一角獣)
 fa1616 鏑木 司(11歳・♂・竜)
 fa2431 高白百合(17歳・♀・鷹)
 fa3134 佐渡川ススム(26歳・♂・猿)
 fa3622 DarkUnicorn(16歳・♀・一角獣)
 fa4040 蕪木薫(29歳・♀・熊)
 fa4135 高遠・聖(28歳・♂・鷹)
 fa4144 柚木透流(22歳・♀・狼)

●リプレイ本文

●思惑
「カントクの護衛は任せといて! 黎子さんの期待に応えちゃうよん♪」
 ‥‥語尾が跳ねている。
 佐渡川ススム(fa3134)の動きを目で追いながら、柚木透流(fa4144)は胸の内で呟いた。
 今は、グレーのサマースーツに身を包み、サングラスで目元を隠した性別不明なボディガードに徹しているから表情も動かさないままだが、常であれば突っ込みの1つでも入れているところだ。
 何しろ、監督の護衛は任せろと言いつつも佐渡川の手は黎子の肩に回されているのだから。
「ところで黎子さん、この仕事が終わったらお食事にでも‥‥っ!?」
 頭上から落ちて来た金盥の直撃を受けて、佐渡川はリノリウムの床に懐く事となってしまった。
 ‥‥何故、金盥。
 その一部始終を無表情に見つめていた透流が、ぽつりと漏らす。勿論、心の中で、だ。
 こんなもの、誰が、いつの間に仕込んでいたのだろう。
 天井には、垂れ下がったロープがぶらんと揺れているだけ。そのロープの端を誰が握っていたのか。今となっては知る由もない。
「ともかく」
 こほんと咳払いをして、御神村小夜(fa1291)は神島黎子と仏頂面で頬杖をつく男へと向き直った。
「お知り合いだったのですね」
 セレナから目を逸らしつつ、黎子が生返事を返す。ブラシ一式で彼女達を売った事に多少なりと罪悪感を感じているようだ。
「彼女とは1度、一緒に仕事をした事がある」
 ぼそりと横手から会話に入り込んで来たのは、護衛対象である倉崎洋一。
「そう、そうなのよ、実は。昔ね」
「でも、俺は1度じゃないよね。今も色々と頼んでるし」
 場にそぐわない楽しげな声が、部屋の隅から聞こえて来た。皆して見ないフリをしていた地雷源がさも楽しげに笑っている。
「えーと、一条ト‥‥」
「だからっ、貴様はとっとと仕事へ行けッ!」
 遠慮がちにセレナが声をかける前に、倉橋がテーブルを叩いて怒鳴りつける。彼が、この控え室に入ってからずっと不機嫌だったのは、この爽やか笑顔の青年のせいだ。喚き散らす倉橋を軽くあしらう青年に溜息をついて、セレナは小声で囁いた。
「妨害や嫌がらせを受けているようですけれど‥‥一体、どうなっているのですか? 知っている事を話して頂けませんか?」
 巻き込まれては堪らないと机の下に潜り込んだ鏑木司(fa1616)も、2人の傍に顔を出す。
「この前のお話も変な雰囲気だとは思ってましたけど。「チャンス!」で題材に選ばれたの、もしかして偶然ではないのでしょうか」
 は、と司の指摘にセレナも息を飲んだ。
「まさか‥‥あの人も、この件に関係しているのでは‥‥」
 2人と黎子が思い浮かべた「あの人」。それは、TOMITVで放映中の番組「チャンス!」のプロデューサーだ。
 無い無い。
 即座に、黎子は顔を前で手を振って否定した。
「あの人は基本的に面白い事に首を突っ込みたいだけだから。それに、あの時、プロデューサーよりも事情を知っていたのは‥‥」
「黎子さん」
 絶妙なタイミングで声を掛けられて、黎子は飛び上がった。
「な、な、なに?」
 黎子の動揺ぶりに怪訝な顔をして、トシキは半開きの扉を指し示す。
「あの子、君達の仲間なんじゃないかな?」
 開いた扉からおずおずと中の様子を窺っている少女に気づき、ツカサがあ、と声を上げた。どうやら見覚えがあるらしい。
「あの、倉橋監督のお部屋はこちらでよろしいのでしょうか」
「どうした? 迷子かー?」
 トシキと言い合っていた気分のまま、投げやりに応えた倉橋に、少女がびくりと震える。すぐに駆け寄って来て、ぎゅっと手を握り締めたツカサに微笑みかけると、高白百合(fa2431)はぺこりと頭を下げた。
「外の準備は整ったとの連絡が入りました」
「ありがとう、百合ちゃん」
 セレナが百合に微笑みかけると同時に、金盥攻撃に撃沈していた佐渡川が跳ね起きる。喧しく音を立てながら転がる金盥に一瞬だけ身を竦ませると、百合はテーブルに突っ伏している倉橋へと歩み寄った。
「あの、1つよろしいでしょうか」
「ああ?」
 不機嫌も顕わに、倉橋は視線を向ける。だが、今度は百合も怯まなかった。
「え‥‥っと、騒動が起きると監督の不利益になるのという事は分かります。でも、揉め事が起こる事自体は覚悟した方がよいと思うんです」
 その場にいた者達全ての視線が自分に集まっている。
 頬を微かに染めながら、百合は続けた。
「深刻な揉め事でも、関係者側のトラブルだと部外者に思わせるのが重要だと思います」
「関係者‥‥ってトコですが」
 首をコキコキと鳴らして、佐渡川は百合の隣に並んだ。椅子に座った倉橋は、2人を見上げる形となる。
「会社名義で会場を押さえていたり、俺も、この会見を仕組んだ奴は関係者の可能性が高いと思うんだけど」
「いや、それは無い‥‥と思う」
 慎重に答えた倉橋の言葉を、トシキが補足する。
「彼の事務所は、もともと人が少なくてね。辞めてしまった人もいるけど、皆、信用の置ける人達だよ」
「でも」
 遠慮がちに、それまで黙っていた透流が口を開いた。男性ボディガードに徹する為に無言を通していたのだが、つい口を出したくなったようだ。
「でも、どこからか情報が流れているのは確かだ」
 自分の立場を考慮してか、抑えた低い声で呟く透流に佐渡川も大きく頷いた。
「同感。そして、敵は容赦無くこの映画を潰しに掛かっているのも確かって事ですよ、監督」

●踊らされる人々
「部屋から一歩でも出たらわしの天下じゃ‥‥というのは今は置いておくのじゃ! よいか。人目のある所では常に人化状態じゃ」
 DarkUnicorn(fa3622)の言葉に、皆、一斉に自分の耳やら尻尾やらを確認していく。そんな中で。
 耳に帽子を被せただけという蕪木薫(fa4040)の姿に、ヒノトはむぅと眉間に皺を刻んだ。
「変ですか?」
「変と言うよりも‥‥、もし帽子が落ちた時とかどうするのじゃ? くまの人」
 大丈夫。多分。
 何故か自信満々の薫に、そんなものなのかとヒノトは首を捻りながらも納得する。薫には薫の考えがあるだろう。
「一般人に紛れて、ホテルの周辺とか調べてみたんですよ。ほら、獣化してるから、色々と分かるんです」
 明らかに隠し撮りと分かる写真を仲間達に見せると、薫は「残念ながら」と前置きして調査結果を話し出した。ホテルの周囲には、いつも以上の人が溢れている事。中には、事情を知らない仲間も混じっていて、色々な意味でも厄介である事。あまり芳しくない情報ばかりだ。
 だからといって、この1件から退くわけにはいかない。
 互いに力強く頷き合って、彼らはそれぞれ分担した役割へと戻っていったのだった。

●踊らされた人達
 一方、報道陣に紛れ込んでいた高遠聖(fa4135)は、携帯に届いた外の状況に顔を顰めた。
 空調の効いた会見場はそこそこ快適だが、外は大変な事になっているようだ。
「‥‥こうなる事も計算していたのか?」
 マスコミ各社に届いた通達を指先で弾いて息を吐く。
 予め、倉橋とは打ち合わせ済みだが、これでは何が起こっても不思議ではない。仲間達が会場周辺を固め、透流がガードについているが、万が一に備えて自分も動けるようにしておくべきだろう。
 さりげなく場所を移動しながら、聖はカメラやレコーダーの準備をしている記者達に声を掛けた。
「外、凄い人だってさ」
「あー、色々と憶測が飛んでいるからなァ」
 苦笑を浮かべたのは白髪混じりの記者だ。確か、演劇情報誌の記者だったと聖は記憶している。
「憶測って、アレ? 今回の映画は才能ある原石を発掘するとかなんとか」
「いや、あの話じゃないのか? スタッフに脅迫状が送りつけられたり、機材が壊されたりってやつ」
 噂はある程度流れているようだ。インタビューでも、話題はその辺りに集中する事だろう。
 苦々しい思いで、聖は周囲に気づかれないように舌打ちをした。
 だが、この会見自体が倉橋の知らぬ間にセッティングされたものだとは誰も気づいていない。それだけが救いだ。
「けど‥‥」
 愛想笑いで相槌を打って聖は不意に真顔に戻った。
「けど、何故だ? 何の為にこんな手の込んだ事をする」
 これだけ大がかりなのだ。ただの愉快犯ではないだろう。では、誰が何の為に?
 頭の隅に過ぎった考えが形になる前に、会場がざわめき始めた。
 そろそろ会見が始まるらしい。
 慌てて、聖も空いていたパイプ椅子に座った。
 ふと目をあげると2階の非常口近くに仲間達の姿がある。その位置を確認しつつ、聖はカメラを構えた。
 会場全体を見渡せる位置に陣取って、ツカサも小型カメラを覗き込んでいた。後で怪しい動きをする者の確認が出来るかもしれないと見越しての事だ。
「妨害している人の手の内っていうのは、不利な状況ですよね」
「高野が言うておったのじゃ。芸能界関係者であれば、無駄に一般人を介入させる事は無いのではないかと。わしのそう思うのじゃッ」
 会場に目を向けたまま、ツカサも同意を返した。
「僕もそう思います。一般人だけじゃなくて、NWまで呼び寄せかねない状況を作り出すなんて、いくらなんでも変ですよね」
 会場の周囲には、芸能界デビューを夢見る一般人がなんとか監督の目に留まろうと集まっている。彼らは、事前に流れた情報で集まって来た者達だ。そして、それは同時にNWをも呼び寄せる危険を伴っている。
「いくら才能があっても、獣人でない者が芸能界に入れるとは到底思えぬ。すこしかわいそうじゃの‥‥」
 ぽつりと落とされた呟きに、ツカサは大きく目を見開いてヒノトを振り返った。
「な‥‥なんじゃ!?」
「え!? な‥‥なんでもない」
 これまで威勢の良い言葉がぽんぽん飛び出していたヒノトの口が、そんな深く静かな声で呟かれるなんて不意打ち同然。驚くのは当たり前だ。動揺を押し隠しつつ、ツカサは会場の撮影に意識を戻したのだった。
 同じ頃、ホテルの周囲を張っていた佐渡川達は悲鳴を上げていた。
「っっ! これじゃ、怪しい動きをしてない奴を探す方がよっぽど難しい!」
 もはや収拾不可能。
 ホテルの前は、即席大道芸コンテスト、もしくは宴会芸披露の場と化している。そのうち、警察もやって来そうな程にの大騒ぎだ。
「まずい、ですねッ! アレが本性を現しても、この状態じゃパフォーマンスにしか思われない、か‥‥もーっ!?」
 ブラジルのサンバカーニバルかスペインの牛追い祭りかの騒ぎに、薫が押し流されて行く。誘導も何もあったもんじゃない。
「くまの人! 帽子! 帽子ッッ!!」
 咄嗟に手を伸ばすも、人波に阻まれて届かない。脱げかけた帽子から、熊耳が見える。まずいと身構えて周囲を探った佐渡川は、ゆっくりと体から力を抜いた。この乱痴気騒ぎでは、人の頭に耳が生えていようが尻尾が覗いていようが関係なかった事を思い出したのだ。
 どこからか阿波踊りのお囃子が聞こえて来る。ええじゃないかと踊り狂っている者もいる。そんな人波に流れ流されながら佐渡川は少しくすんだ色の空を見上げて黄昏れた。
「‥‥やー、いー天気」
 ポケットの中で震える携帯を取り出して、彼は虚ろに笑う。
「よぅ、外は賑やかで‥‥」
『佐渡ちゃん! それどころじゃないのよ! 今どこにいるの!?』
 携帯から聞こえて来たセレナの声に緊迫したものを感じ取って、佐渡川は表情を引き締めた。
「どうした!? 何があった!?」
 喧噪の中で聞こえて来る途切れ途切れの言葉を繋ぎ合わせて、事態を把握する。状況は最悪を逃れて厄介な状態へと突入していったようだった。

●混乱
 影のように寄り添う透流を従えた倉橋が壇上に上がる。
 幾百もの目が集まる。彼を護る為に僅かな異変も見落とすまいと目を凝らす者達の視線も、残らず壇上の倉橋に注がれていた。会場を見回した彼が口を開きかけた瞬間、集まった者達の意識が語られる言葉に集中したその瞬間に、背後に控えていた透流が倉橋の背を押し、体をその上に投げかけた。
 耳元で、空を切る音がした。倉橋を庇ったまま、透流は視線を走らせた。
 悲鳴と怒号が響く中、いち早く百合が駆け出す姿が視界の隅に映ったが、すぐに混乱した記者達の間に紛れてしまう。
「大丈夫ですか!?」
 駆け寄ったセレナに片手を上げて、倉橋はゆっくりと起きあがった。
「彼女のお陰で助かった。怪我も無さそうだ」
 安心したように表情を緩めたセレナは、しかしすぐに険しい顔に戻る。
「矢‥‥ですね。ボウガンか何かでしょうか」
 壁に吊されていた看板に深々と突き刺さった矢。
 この騒ぎだ。すぐに警察が来るだろう。それまで迂闊には触れない。眺めるしか出来ないそれを睨みつけたセレナに、重い足取りで歩み寄って来た聖と百合が首を振る。
「出入り口は押さえていたのですが」
 申し訳無さそうに俯いた百合に、セレナは透流と顔を見合わせた。
「記者席も同様だ。恐らく、犯人は事前に準備をしていたんじゃないかな」
「でしょうね。そして、外に溢れる一般人‥‥。せめて、彼らのビデオに手掛かりが映っていればいいのだけれど」
 額を突き合わせ、記録していた映像を確認しているツカサとヒノトを見上げて、セレナは息を吐き出した。