影のようにアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 桜紫苑
芸能 フリー
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 1.4万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/25〜08/30

●本文

●見えない闇
 映画監督、倉橋洋一の最新作に対する妨害は、既に嫌がらせの域を越えている。
 スタッフ、出演者が次々と辞めて行かざるを得ない状況へと追いやり、虚偽の情報によって開かれた記者会見では、倉橋自身が命を狙われる事態となった。カメラと数百の目の前で起こりかけた、あわやの惨事。
 だが、それは警護にあたっていた者達の機転で何とか未然に防ぐ事が出来た。
「誰が何の目的で行っているのか、まるっきり掴めていないのが現状なんだ」
 映画の出演者であり、倉橋の友人でもある一条トシキは、そう言って肩を竦めてみせた。
 そんな仕草でさえも憎らしい程に決まっている。
 うだるような暑さが続いているのに、彼の周囲だけは涼風が吹いているような、そんな錯覚さえ起こしそうだ。
 けれども。
 対峙していた者達は腹に力を籠め、笑みを浮かべた涼やかな顔を睨み付けた。
 騙されてはいけない。
 爽やか好青年に見えるが、この男、実はかなりの曲者なのだから。
「いやだなァ、そんなに怖い顔で睨まないでくださいよ?」
 これでも小心者なんです。
 あははと笑ったトシキに突っ込みたくても突っ込めない。やはり、皆、我が身は可愛いのだ。
「話を元に戻しますが、あの騒ぎの時、あなた方のお仲間が残してくれていた会場内の記録を分析した結果、監督に向けて放たれた矢は記者席の後方、しかも、かなり高い位置からのものだと分かったんだ。つまり‥‥」
 そこで言葉を切ると、トシキは彼らを真っすぐに見据える。
「つまり、矢は会場にいた記者の中に紛れていた犯人が放ったものではなく、予め仕掛けられていた‥‥とか」
「恐らくは」
 答えた者に向けて、トシキは満足そうに笑みを深めた。
「もともと会場は何者かが押さえていたわけだし、細工をする機会はいくらでもあっただろうね」
「人の出入りも多かったみたいですしね」
 会場の周囲は「才能ある者」として見い出される事を望む俳優や脚本家の卵から、芸能人になりたい一般人、そして野次馬までもが入り乱れ、ちょっとしたパニック状態だったのだ。
 ちなみに、興奮しすぎた為か熱中症か、獣人を含む何人かが倒れて病院に運び込まれるという事件もあったらしい。
「脅迫や嫌がらせ程度なら、さほど珍しい事じゃないからね。しばらく放っておくつもりだった。けれど、命に危険か及ぶなら話は別だ」
 1人1人の顔を確かめるように見つめながら、彼は続けた。「早急に手を打ちたい。協力して欲しい」と。

●人目につかず
 姿の見えない敵は、倉橋と彼が撮ろうとしている映画に対して、かなりの情報を持っているようだ。
 倉橋の身近にいる人間なのか。それとも情報を得やすい立場にいるのか。
 しかし、相手が誰であろうと、凶器まで持ち出して来るような輩が周囲に徘徊しているのは愉快な事ではない。
 にも関わらず、倉橋の行動予定はびっしりと詰まっている。ただし、その時間割は大雑把なものだ。ほとんどのスタッフを失った今、雑事も彼自身がこなさねばならないし、スポンサー探しと銘打った飛び込み営業に至ってはまさしく足で稼ぐ状態で、車も使わず色んな企業を1人で訪問している。
「彼、結構意地っ張りでねぇ」
 溜息混じりに呟いたトシキの言葉に、彼らはただ苦笑を浮かべるしかない。
「大変だと思うけど、よろしく。俺も、時間が合う限り付き合うから」
 思ってもいなかった言葉にぎょっと顔を上げる。
 依頼内容は、倉橋本人にも気付かれぬよう、離れた場所からの護衛。そして、敵の正体を探る事だ。
 倉橋自身でさえも予測不可能なスケジュールだ。敵も全てを把握しているとは思えない。どこかで必ず倉橋に接触してくるはずだ。その敵にも気取られぬ事なく行動しなければならない。
 ‥‥なのに。
「アナタがいると、とても目立つような気がするのデスガ」
 爽やか笑顔で若い奥様方の心を鷲掴みにしていると評判の俳優が一緒では、例え変装していたとしても、こっそり尾行どころか看板を背負って歩くようなものだ。あからさまに迷惑そうな顔をした彼らを、トシキはあっさり爽やかに笑い飛ばした。
「大丈夫大丈夫。俺だって役者の端くれなんだから」
 ずんと疲れが肩にのし掛かって来るのを感じつつも、依頼人を無下には扱えない。
 複雑な顔をして、彼らは互いを見合ったのだった。

●今回の参加者

 fa0348 アレイ(19歳・♂・猫)
 fa1616 鏑木 司(11歳・♂・竜)
 fa2764 桐生董也(35歳・♂・蛇)
 fa3144 大太郎(25歳・♂・牛)
 fa4040 蕪木薫(29歳・♀・熊)
 fa4135 高遠・聖(28歳・♂・鷹)
 fa4144 柚木透流(22歳・♀・狼)
 fa4364 初季かずさ(8歳・♀・猫)

●リプレイ本文

●様子見
 「目標補足」
 車中からオペラグラスで周囲を探っていた桐生董也(fa2764)が低く告げる声に、鏑木司(fa1616)の体に緊張が走る。
 素早く董也の前の座席へ移って、司は深く溜息をついた。
 映画に関する様々な噂や会見で起きた事件で、倉橋洋一に取材関係者が多く張り付いている事は予測出来ていた。いたのだが。
 スモークガラス1枚を隔てた向こうの世界は、夏の蒸し暑さにも負けない熱い戦いが繰り広げられていた。
 ごみ箱や電信柱の影に潜む者、こっそりレポートしているつもりの者など、不審人物は数知れず。映画に自分を使ってくれとでも言っているのだろうか。中には倉橋の足にしがみ付いて直訴している者もいる。
「あの人達も大変ですねぇ‥‥。あ、捨てられた」
 司の実況に、揃って肩を落とす。
 足にしがみつかれたままで数歩進んだものの、我慢出来なくなったのだろう。倉橋は追い縋る相手を振り捨てた。さながら、寛一お宮である。
「あの根性には敬服するが、敵が悪かったな」
 董也が緩く頭を振ったのは、キレた倉橋が植え込みに水を遣っていた作業員の手からホースを奪い取り、哄笑しながら水をまき散らす姿を目撃したからだ。カメラなどの機材を抱えて、取材陣が右往左往していく姿に、董也は苦く笑った。
「見ろ、人がゴミのようだ」
「‥‥董也さん」
 こほんと咳払った柚木透流(fa4144)も、さすがに車の外で起きている騒ぎにはうんざりと項垂れる。
「以前は、倉橋監督はクールな美人さんだと思っていたのですけれど」
 中身は相当な熱血、しかも口の悪い男だというのは、この依頼を受けた者は誰もが承知している。外見のイメージと本性が異なるのはよくある事だ。ああ、そうさ。
 互いに目を逸らし合って息を吐くのは、そこにもう1人、外面と中身が違う人物が涼しげに笑って座っているからだ。
「ん? どうかしたのかい?」
 コンセプトは平凡な大学生らしい。カットソーと洗いざらしのジーパン、ワックスで軽めに散らした無造作ヘアと眼鏡。少し大人しめで一見真面目そうに見える彼こそ、この依頼の依頼主、一条トシキである。
「大学生という年齢か」
 ぼそりと突っ込んだ董也に、トシキはあははと笑って答えた。
「変装だからね。実年齢と同じくらいの設定だとバレる可能性が高くなるじゃないか」
 彼の一挙一投足を離れた席から注意深く観察していたアレイ(fa0348)は、深く息を吐き出すと、窓枠に肘をついて外を見つめる。どう見ても曲者。だが、この件に関してはどうなのだろう。
 ずっと観察していたアレイ自身も判断し切れない。
 面白がっているように見えるけれど、倉橋の身を案じているのは本当らしい。
「何か‥‥俺達の知らない事を知っていそうにも見えるが」
 だが、彼は、そう簡単には語らないだろう。
 アレイと仲間達を本心から信じていないからなのか。それとも、語れない理由があるからなのか。
 どちらにしても、もう少し様子を見る必要がありそうだった。

●疑念
 じりじりと肌を焼く太陽の光も辛いが、何よりも、この混雑がキツイ。
 取材の連中だけならばまだしも、今回は一般人も混ざっている。取材時の暗黙のルールも何もあったものではない。そんな事を思いながら倉橋の動向を追っていた高遠聖(fa4135)は頭から水を被って唖然とした。
 カメラが濡れなかったのは幸いだったが、服は濡れてしまった。この暑さならば、すぐに乾くだろうが。
「‥‥参ったな」
 ぽりと頭を掻いて周囲を見渡す。
 離れた位置に停まっている仲間の車、聖と一緒に倉橋に張り付いていた者達、彼らと交替しようと思えば出来る。だが、取材陣がばらけた今が一番危険だ。
 少し離れて、彼と同様に水を被り、呆然としていた蕪木薫(fa4040)に目で合図を送り、足音も荒く歩き去っていく倉橋の後を追う。
 先行していた大太郎(fa3144)から携帯に連絡が入ったのは、彼が地下鉄の駅に姿を消した時だった。
『切符、買っていないので行き先が分かりません!』
 倉橋はICカードで改札を抜けたようだ。短く舌打ちして、聖は声を潜めた。
「俺達は間に合わないかもしれない。彼から離れないでくれ。どこのホームの何線に乗ったか、後で連絡を!」
 口早に告げ、階段を駆け下りながら聖は記憶させてあった番号を呼び出す。車で待機している者達も、今頃は慌てているだろう。
「高遠さん、先に行きます!」
「了解した」
 すれ違いざまに囁いて、くまの人、薫が改札を抜けていく。
 別班へ連絡を入れながら改札機にカードを翳しかけ、聖は足を止めた。
『高遠?』
 携帯から響いた董也の声で我に返ると、聖は眉を寄せた。頭の隅に過ぎった考えがみるみるうちに形を成していく。
『どうした、高遠。何かあったのか』
「董也、急いで調べて欲しい事がある」
 行き当たりばったりのスケジュールは、倉橋本人も、友人であるトシキも把握しきれていない。
 倉橋をマークしているマスコミ関係者‥‥自分も含めて、張り込んで、ただ追いかけて行くしか出来ない。だが。
「今、倉橋はどこから出て来た?」
 呟いた声は、アナウンスに消されて董也にまで届かなかったらしい。聞き返す董也に、聖は浮かんだ疑念を語り始めた。

●疑念の向かう先
「一条さんは倉橋さんとどのくらいの付き合いなの?」
 どこに向かったのか分からなければ、車を動かす事も出来ない。地下鉄の路線図を眺めていた透流は、ふと思い立ってトシキに尋ねた。親しい友人同士という事だが、彼らの付き合いまでは知らない。共有する過去にも手掛かりがあるかもしれない。
「結構、長いかな。何のかんので腐れ縁だよ」
「飛び込みの営業までするなんて、映画が本当に好きなんだ?」
 返って来たのは、透流が赤面するほど優しく穏やかな笑みであった。
「そうだね」
 倉橋は映画監督、トシキは俳優。
 デビュー前の彼らは、映画への夢を語り合ったりもしたのだろうか。
「絶対に、妨害者を見つける」
 路線図に視線を戻して、透流は決意を口にした。小声の誓いは、しっかりとトシキにまで届いていたようだ。ありがとう、と深みのある美声で礼を言われて、透流は再び赤面したのだった。
「そう言えば、以前、チャンス! でジュリアーズの人達が何かを知っている風でした。あの人達はこの状況に通じている気がします。監督の事情に詳しい人が敵である可能性もありますし、彼らもチェックのリストに‥‥」
「待て」
 聖からの電話を切った董也が短くツカサの言葉を遮った。
「どうかしましたか、董也さん?」
 車内の視線が全て董也に向かう。
「高遠から連絡があった。監督自身、把握していないスケジュールだが、当日の行動はある程度決まっているはずだ」
 確認するようにトシキを見れば、頷きが返る。
「ちょっと待て。‥‥という事は‥‥」
 ゆっくりと首を巡らせて、アレイは車外を見た。
 さほど大きくはない建物。先ほどまで人が群がっていたそれは、倉橋の事務所だ。
「でも、事務所関係者は信用出来るって、トシキさんが‥‥」
 ツカサの表情がみるみる強張った。
「確かに、事務所の人なら当日のスケジュールはある程度分かりますし、監督に連絡を取って確認しても不自然じゃありませんけど‥‥」
 トシキの依頼を受けて、ここ数日、彼らは交替しつつ倉橋の動向を見守っていた。トシキから大雑把な予定は聞いてはいたが、それでも、彼の動きを正確に把握するには至らなかった。
「もし、妨害者がその程度の情報しか持っていないなら、僕らと同じような行動にならざるを得ない筈‥‥ですよね」
 違うと自分に言い聞かせる為に口にした言葉は、逆に生まれた疑念を強めていく。救いを求めてトシキを振り返ると、彼も険しい顔をしていた。
「‥‥事務所に残っているのは、皆、倉橋が駆け出しだった頃から苦楽を共にして来た人達ばかりだ。彼が最も信頼している人達と言ってもいい」
「だが」
 視線を事務所に留めたまま、アレイがぽつり、呟いた。
「それは思いこみじゃないのか? 信頼している者が、裏切らないとは限らない。こちらが信用しているのと同じ気持ちを、相手が返してくれるとは限らないんだ」

●事故?
 仲間の推理は、すぐにたろーと薫にも伝えられた。
 倉橋が乗り込んだ車両の1両前に薫、すぐ後ろにたろーがそれぞれ乗り込んでいる。列車と列車の境にある扉ごしに倉橋の様子を窺いながら、彼らは注意深く同乗の客を探っていた。
 もしも、仲間の推理通りだとすれば、妨害者は倉橋の行き先を大方掴んでいるはずだ。妨害者の手の者が先回りしているか、それとも間近に潜んでいるか。いつ襲撃されてもおかしくない状態だ。
 がたんと大きく揺れて電車が止まる。
 開いた扉に向けて、倉崎が歩き出す。
「すみません、おりますー!」
 乗客を掻き分けて、薫は慌てて電車を降りた。
 同様に、携帯を片手に降りてくるたろーの姿を確認して、薫は倉崎の数メートル先を歩き出したのだが‥‥。
「すまないが、先を急いでいるんだ」
 帽子の下に隠された耳がぴくりと動いた。
 雑音の中ではっきりと聞こえた声は、確かに倉崎のものだ。足を止めて振り返ると、彼は見知らぬ男に腕を掴まれている。
 倉崎の後ろを歩いていたたろーも、その異変に気付いていた。
 咄嗟に、時刻表を確認するフリをして立ち止まった。
 どうやら、サインをねだられているらしい。作品のファンだとか、新作を期待しているという声が、アナウンスと雑踏に紛れ、途切れ途切れに聞こえて来る。
「悪いが俺は‥‥」
 たろーが気付くのと、薫が駆け出すのは同時だった。
 近づいてくる電車の音と、足早に階段を駆け下りてくる人々、バランスを崩した倉崎の姿‥‥。
 つんざくような悲鳴に、たろーは我に返った。
 ゆっくりと辺りを見回すと、倉崎を抱え込んだ腕の力を緩める。
「あ‥‥怪我、怪我はないですか?」
「あ、ああ‥‥」
 茫然自失状態で頷いた倉崎に怪我がない事を確認して、たろーは薫と見合ったのだった。