チャンス!の探偵物語アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 桜紫苑
芸能 1Lv以上
獣人 フリー
難度 難しい
報酬 1.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/26〜08/31

●本文

 控え室のテーブルの上に置かれた小包に、嫌な予感がした。
 差出人の名前はない。
 肘で小突き合って、互いに押しつけ合うことしばし。
 意を決した1人が、ゆっくりとソレに手を伸ばした。
 軽く乾いた音と共に、解かれていく包装紙。
 中から現れたのは、黒い箱のようなもの。正面には透明なプラ板がはめ込まれている。
「‥‥なんか、久しぶりに見たぞ」
 幼い頃、田舎の物置で見た記憶があるような、ないような。どこかの映像で見たのかもしれない。苦笑しつつ、彼は横一列に並んでいるボタンの1つを押した。思ったよりも重い手応えと同時に、カチリと何かが触れ合う音がする。
『ーー諸君』
 嫌な予感は当たった。
 ゆっくりと回り出したカセットテーブが再生する聞き慣れた声に、彼らはそれぞれ落胆の表情を見せた。
『今度の諸君らの任務は、映画監督、倉橋洋一の周囲で起きている事件の真相を探る事だ』
 来た来た来た来た。
 がくりと肩を落とし、深く深く溜息をつく。
『彼の作る映画は、私個人としても好きでね。妨害する輩がいるという噂に、私も胸を痛めているのだよ』
 嘘をつくな、嘘を。
 それなりに付き合いが長くなって来た彼らは知っている。
 面白い事に首を突っ込みたがるのは、彼の習性である。その為に、自分達は何度泣かされて来た事か‥‥。今回も、監督が矢で射られた会見の話を聞きつけて興味を抱いたのであろう。
 もともと、彼の映画に「チャンス!」のテロップを入れたがっていた人であるし、これを好機と考えたに違いない。
『というわけで、だ。諸君らはこれから速やかに倉橋氏の周辺を探ってくれたまえ。なお、諸君らの行動について生じたいかなる不都合も、当局は関知しない』
「待てッ!」
 いくらなんでも、それはないだろう!
 叫んだところで、相手は、今にも止まりそうな重たい動きでけなげに声の再生を続けている機械だ。応えなど返るはずがない。
『なお、この音声テープは10秒後に自動消滅する』
 続いた声に、諦め顔で首を振っていた青年が硬直する。
 怒りを顕わにしていた者も青ざめて飛び退る。
 しかし、ここは局の控え室だ。隅まで逃げても爆発の衝撃を免れる事など出来ない。
「ちぃっ!」
 鋭く舌打ちして、それでも被害を最小限に抑えるべく、受け身をとった彼らに無情な一言が告げられた。
『そんな、どこかのスパイ映画みたいな装置、俺に作れるはずないよなー。あっはっはっは』
 震える拳の向け所はどこだ。
 一仕事終えた体に更に鞭打つ仕打ちに、彼らは床に腕をついたままの姿勢で我が身の不幸を嘆いたのであった。

●今回の参加者

 fa0681 Carno(20歳・♂・鴉)
 fa0684 日宮狐太郎(10歳・♂・狐)
 fa0701 赤川・雷音(20歳・♂・獅子)
 fa1291 御神村小夜(17歳・♀・一角獣)
 fa1750 山田悟志(35歳・♂・豚)
 fa2163 アルヴェレーゼ(22歳・♂・ハムスター)
 fa2459 シヅル・ナタス(20歳・♀・兎)
 fa4301 樫尾聖子(26歳・♀・鴉)

●リプレイ本文

●手掛かり?
「倉橋監督が大変な時に、わざわざ混乱させるような事を」
 盛大な溜息をついて、山田悟志(fa1750)は大仰に嘆いてみせた。番組の為とはいえ、そのうち正体を隠した遊び人辺りから「お前ら人間じゃねぇ」とか罵倒されて叩き斬られそうである。
「まあ、確かに僕達は獣人ですけどもー」
 さくさくっと自己完結して、山やんは仲間達に資料を配る。
「ええとぉ、セレナさんと一緒に調べた倉橋監督に関する記事です」
 山やんの言葉を引き取って、御神村小夜(fa1291)は手元にあるリモコンを操った。
「こちらは、ワイドショーなどの映像資料です。会見での事件があって、これまでの噂にも興味が集まっているみたいですね」
 話題になったから取材するのではない。我々に先見の明があったという事だ。わはははは。
 某プロデューサーのコメントをそのまま読み上げたセレナの口元が、少し引き攣っているように見えるのは気のせいか。
「アノ人のアレは今に始まった事じゃないしな」
 ピ、と小さな機械音がして画像が止まる。
 再び動き始めた画像は、じれったくなる程ゆっくりと進んで行った。
 リモコンを持った赤川雷音(fa0701)が舌打ちをして山やんを振り返る。
「ここ。このシーン、拡大出来ないかな」
「え? あ、はい。出来ると思います」
 放り投げられたリモコンを受け取った山やんは、「でも」と申し訳なさそうにライを見た。
「この会議室じゃ無理なんです。ちょっと編集の方に行って来ないと‥‥」
「何? どこか気になる所でもあったの?」
 セレナに問われて、ライは言葉を濁した。彼自身、はっきりとしたものを掴んだわけではない。ただ、なんとなく気になったのだ。違和感を感じたと言うべきか。
「じゃあ、あと、会見の時の映像もついでに頼めるか。監督が射られる直前と直後、監督の周囲がはっきりと分かるように」
「分かりました!」
 上官の命令を受ける部下よろしく、ぴしりと敬礼を返して走り出した山やんに軽く拳を握ってエールを送った日宮狐太郎(fa0684)は、部屋の隅でふて腐れている神島舜へとほてほてと近づいた。
「舜さん、どうかしたの?」
「別に」
 そっぽを向いた舜の代わりに、タクミが笑って答える。
「舜は、皆さんの心配をしているんですよ。だってそうでしょう? 1つ間違えば、命に関わるかもしれないんですから。皆さんの事が心配で、心配で、だからこんなにぶっきらぼうなんですよ」
「‥‥不器用な愛情表現って事かしら」
「なんつーか、損な性格だなぁ」
 タクミの嫌がらせの一種であると分かっていて、生温かな眼差しを向ける仲間達に、舜のこめかみに青筋が浮かんだ。怒鳴りつけようと息を吸い込んだ所に、全体重を込めてこたが飛び込む。
「舜さんっ!」
「うん、いい攻撃だ」
 悶絶する舜を見下ろして、にこやかに評したタクミからライとセレナは目を逸らした。ここは下手に突っ込んだりしてはいけないところだ。
「優しいよね! 舜さん! だから、こんな風に荷物が届くんだ」
 はい、と差し出されて小包を、舜は思わず受け取った。神島舜様とだけ書かれたそれには、差出人の名前がない。
「なんだ? これ」
 軽く振って見ると、中で堅い物がぶつかる音と衝撃がする。
「舜さん、メッセージがついてる」
「あ?」
 振り返った舜に、きらきら輝く笑顔でこたはカードを読み上げた。
「3分後に爆発します」
「え?」
 こたが舜に頭突きを食らわせてから、どのくらいの時間が経っているのだろう。青ざめた舜が小包を抱えて周囲を見回し、局の中庭に面した窓に向かう。
「お前達、出来るだけ離れて‥‥」
 パァン!
 響き渡った破裂音に、舜は仲間に背を向けて強く小包を抱き込み‥‥。
「‥‥おーい、舜?」
 呆れを滲ませたライの声に、おそるそおる顔を上げる。
 にぱっと笑顔全開で抱きついてくるこたを受け止めた舜に、額を押さえたセレナが淡々と語った。
「3分よ、舜くん。荷物が届いてから3分なら、とっくに過ぎているわね」
 言われてようやく気付く。
「こた、お‥‥お前‥‥」
「意表をついた攻撃だったけど、次からは精神的にダメージを与える方がいいかもね。他の人に迷惑をかけないで済むし。例えば‥‥」
 タクミの言葉に聞き入るこたの真剣さに、ライとセレナが同時に吹き出した。
「お前ら‥‥」
 顔を紅潮させ、拳を震わせる舜に押し殺していた笑いが弾ける。
「ライさーん、画像の拡大出来ましたよ! ちゃんとボケた映像も修正して‥‥って、どうしたんですか? 何か面白い事でもありました?」
 編集局から戻ってきた山やんが扉を開けるまで、室内に笑い声が満ちていたのであった。

●本心に迫れ
「悪いが、急いでいるんで手短に頼む」
 応接室に現れるなり、そう言い捨てた倉橋洋一に、Carno(fa0681)は眉を寄せた。
 警戒心が強くなっているのは分かるが、正式にアポイントを取った相手にあまりにも失礼ではないだろうか。
「先日の事で気を悪くされているならば謝りますが」
 挑戦的に自分へと視線を投げたカルに、倉橋は面白がるような表情を浮かべる。だが、それは一瞬の事だった。
「君達に含むものがあるというわけではない。ただ、この後、色々と立て込んでいるんだ」
 彼の時間は、現在、映画の為だけに使われているという。その為に飛び込みで様々な仕事が入り、また、自身で企業回りも行っているらしい。今回、彼らが面会出来たのも、そのメチャクチャなスケジュールのお陰と言っても過言ではないのだ。文句は言えない。
「先にご連絡してある通り、我々は番組として監督の映画を応援したいと思っています。映画が無事に完成し、成功する為の応援を。勿論、我々としても番組の為、私自身も自分達の音楽を売りたいという野心もある、と最初に申し上げておきます」
「カルさん‥‥」
 真っ向勝負を仕掛けたカルに、シヅル・ナタス(fa2459)が気まずそうに俯いて袖口を引く。
 色々な事件が続いて、監督も神経質になっているだろうから、彼女としては遠回しに話を持って行きたかったらしい。
「あ、の‥‥申し訳ありません。でも、わたくし達が興味本位ではない事だけは分かって頂きたいのです。監督の撮られた映画、わたくしも見た事があります。海が‥‥海の中の映像がとても美しくて、まるで自分も海の底にいるような、とても不思議な気持ちになりました。今回は、どんな世界を見せて頂けるのかと楽しみにしているのです」
 言い募るシヅルの言葉を倉橋はただ聞いているだけだ。
 心を動かしたのか、それとも何の感慨もないのか、彼の表情からは読み取れない。
「あのぅ」
「監督、カメラが回っとるんは、勿論ご承知ですよね」
 ぽつりと呟いて、樫尾聖子(fa4301)は机の上に固定させたカメラを目で示す。撮影する者がいないから、今回は三脚で固定しての撮影となっていた。
「もちろん分かっている。俺の態度が不満だと思うなら、それを流せばいい。君達の感じるままに、君達の番組に必要だと思われる場面をな」
 手帳を閉じて、倉橋は顔を上げた。
 ゆっくりと3人の顔を見つめる。
「それで? 君達の用件とは何だ。番組が後押ししてくれる事を感謝して見せればいいのか。それも、もっと別の事か」
「監督の、監督の話を聞かせて下さい!」
 本当は、彼の気持ちを慮り、もっとゆっくりと話をしてから聞くつもりだった。だが、こうなったのだから遠慮する必要はなくなった。シズルは真摯な瞳を倉橋へと向ける。
「今回の件、監督はどう思われているのですか? 妨害してくる人に対して、心当たりはないのですか? それから」
「‥‥そこらに屯している記者と同じ事を聞きたいのか」
 違います! と、シズルは顔を赤くして声を張り上げた。
「妨害されて、撮る前からケチがついたって言われてる映画への気持ちです! 監督は、妨害してくる者や、興味本位で騒ぎ立てるマスコミへの意地で映画を撮られるおつもりなのですか?」
 シズルの激しさに、倉橋だけではなくカルも聖子も気を呑まれてしまった。しかし、呆気に取られたのも束の間、すぐにカルがシズルの援護にまわる。
「一部では、一連の騒ぎは映画の話題作りの為の自作自演だという噂がありますが、我々はそうは思っていません。でも、監督は否定しない。何の弁明も無しで、ただ映画を作る為の準備をしている。それが、また様々な意見や噂を呼ぶ事も分かっているはずでしょう」
 黙って茶を啜ると、倉橋はゆっくりと湯呑みをテーブルの上に返した。
 その手に動揺は見られない。
 聖子は、冷静さを失わない彼の前に準備していた資料を並べた。
 Exのメンバーのツテを辿り、山やんの裏方ネットワークを使って調べた内容を分かりやすく纏めたものだ。
「これは、倉橋監督の映画に関わる人たちの資料や。以前の映画に関わっていた人、辞めた人、残っている人、一応、出来る限りの人の情報を集めてみたんやけど」
「‥‥君、これは」
 渋い顔をした倉橋を気にする事なく、聖子はそのうちの1枚を手に取った。
「例えば、シナリオを担当していた脚本家のSさん。彼は、プロット段階のシナリオを別の制作会社に持ち込んどるんよ。この会社の立ち上げ当時からの仲間やのに、何でそんな事をしたんやろか」
「誰でも魔が差す事はある」
 不機嫌になった倉橋に畳みかけるように続ける。
「それだけと違うんや。予定していた役者さん達は、皆、別の会社に引き抜かれとる。‥‥というより、それは、あんた達が紹介したんやね? 条件がこちらより良かったという場合もあるけど、一部のアイドル系の女の子達の話やと、台本を貰えなかったり、控え室が用意されてなかったり、色々と嫌がらせされたとか。役者が気に入らなくて監督が辞めさせるのは珍しい事やないけど、たった2人を残して全員辞めさせるんは普通とは思えへんわ」
 聖子の言う通りだ。
 スタッフやキャストが次々と辞めて行った裏に、事務所の思惑がちらちらと見え隠れするのだ。
「そんな事は私は知らない。ただ、真剣に映画を撮るつもりがない者はいらない。それは、俺の昔からのポリシーだ」
 そのポリシーを分かっている者が辞めて行った。いや、辞めるようにし向けられた。
 それは、一体どういう事なのか。
 カルが思考の中へと沈み込もうとした時に、倉橋が立ち上がった。
「失礼。そろそろ出なければならないので」
「お供しましょう」
 結構、と倉橋は手を振る。
「今日は、雑誌の取材の後、構想を練る為にホテルにカンヅメする予定だからな。君達の期待しているような事は起こらないだろうから」
 では、とカルは用意していたMDを倉橋へと差し出した。
「SNの曲です。気が向いたら聞いてみて下さい」
 MDをポケットの中に入れた倉橋に、カルは会心の笑みを浮かべた。

●ブッキング
 何か地下鉄で起きたらしい。
 合流したカルと顔を見合わせて、ライも駆け出した。
 身軽な少女達は、既に階段を駆け下りている。だが。
「‥‥あなたは」
 目の前に現れた長身の影に、セレナが息を呑む。
「ああ、彼が言っていた、もう1つのグループは君達の事だったんだね」
 軽く散らした髪と眼鏡、洗いざらしのジーンズというごく普通の格好だが、その存在感までは隠し切れていない。
「監督は!? 地下で何かあったらしいのですが」
 セレナの問いに、彼は軽く肩を竦めた。
「ちょっと事故が起きてね。まあ、倉橋自身は無事だから良かったけど」
 彼と一緒にいた少女が、彼の手を引く。
 倉橋と駅に降りた仲間達が心配なのだろう。
「ああ、ごめん。でも、彼が何ともないなら、僕は行かずに車の中で待っていた方がいいのかな」
「その方が‥‥いいだろう」
 影のように佇んでいた青年の同意を受けて、彼は改めてライ達へと向き直った。
「君達に頼んでもいいかな。僕達は倉橋も知らないうちにこっそりと護衛している。下であまり目立ちたくないんだ。だから・・‥」
 何が言いたいのか察して、了解とライは乱暴に髪を掻き回し、肩に掛けていたギターケースからギターを取り出す。その様子に、セレナがてきぱきと指示を飛ばした。
「山やん! チャンス!の看板は?」
「あ、車の中に‥‥。取って来ます!」
 慌ただしくなったチャンス! 関係者の様子をしばし眺めると、彼はゆっくりと踵を返した。
「待ってよ。僕も1つだけ聞きたい事があるんだけど。チャンス! を巻き込んだのは貴方の差し金?」
 足を止め、男は軽く頭を振った。
「わざわざそんな事をしなてもいいだろう。協力してくれる人達は、俺にもいるんだからね」
 くすりと笑って去っていく後ろ姿に、タクミはち、と舌打ちしたのだった。