チャンスを掴め!アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
桜紫苑
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
0.8万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
10/24〜10/28
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●本文
●トラブル
3時からの制作発表に向けて、控え室はてんやわんやの大騒ぎになっていた。
取材陣は、既に会場に集まり、機材のセッティングや質問事項の確認をしたり、顔見知りの記者達同士で談笑したりと賑やかだ。
「あーっ、もう! 何だってこんな日に遅刻するのよ!」
思わずメイクブラシをへし折りそうになって、神島黎子は慌ててツールボックスの中に戻す。
たかがメイクブラシと言う者もいる。
だが、メーキャップアーティストたる黎子にとって、ブラシは自分の手の延長だ。それに、結構お高い。
「仕方ないですよ、黎子さん。舜さんだって、今頃イライラしてるはずですから、着いたら労ってあげて下さいね」
「くっ、あんたって何ていい子なの、タクミ!」
頭をかいぐりしてやりたい衝動に駆られて、黎子はまたしてもなけなしの理性で押し留まった。折角、きれいにセットした髪をメチャクチャにするわけにはいかない。
「タクミの素直さの1000分の1でも見習って欲しいわよね、舜にも」
「んー‥‥でも、そうなったら、もう舜さんじゃなくなるような気がします」
互いに顔を見合わせ、にかっと笑うと、黎子はタクミの肩を叩いた。
「はい、おしまい。可愛いぞ、タクミ!」
鏡の中ではにかんだ少年に、黎子は片目を瞑る。
「さ、頑張ってきなさい。あんたにとって、初めての大きな仕事なんだから」
大きく頷いた少年が駆け出すのを見送って、黎子は溜息をついた。時計の針はタイムリミットに向かって進んでいる。メインを欠いた制作発表が始まるのか、それとも遅らせるのか。
今頃、上の連中は喧々囂々と意見をぶつけ合っているに違いない。
「ギリギリで到着したら、手直しなしで叩きだしてやる‥‥」
呟いて、黎子は壁に掛かった時計を見上げた。
●チャンス!
TOMITVで新たに制作される事となった番組「チャンス!」は、発表の前から何かと話題になっていた。
企画立案、打ち合わせ、構成、事前調査、演出、編集などの全てを出演者が行い、その映像を組み込みながら、番組を運営していくという内容もさる事ながら、出演者を公開オーディションで選出し、ジュリアーズ事務所のアイドル予備軍で結成された「Ex」が彼らのサポートをする事。
そして「Ex」の出世頭である神島舜がメインパーソナリティとして出演する事、その他諸々の番組に関わる不可思議な現象と、ネタには事欠かない。
公開オーディションに合格し、出演者となるだけでも注目されるだろう。番組内で提案した企画が評判になれば一気に名が売れるかもしれない。
そんな期待を抱く芸能人達から、既に何百もの問い合わせが来ている。
公募が始まれば、もっともっと増えるだろう。
だからこそ、と黎子は憂う。
有名、無名を問わずに芸能人達が集まるオーディションに、「奴ら」が現れる可能性は高い。
「‥‥手を打っておいた方がいいわよね」
万が一、オーディションの最中に「奴ら」が動き出した時に備えて、WEAにあらかじめ打診しておこう。
「それはそうと、舜の奴‥‥。ちょっとは裏方の苦労ってものを知りなさいよね!」
番組の中で裏方仕事も全てこなさなければならない出演者も大変だが、もっと大変なのは番組作りのド素人である彼らをサポートしなければならないスタッフ達‥‥本当の裏方である。
「あとでお説教しなくっちゃ‥‥」
黎子は、10分前を指した時計を睨みつけながら、そう毒づいたのだった。
●リプレイ本文
●アドレス
「メルアド交換して下さい!」
携帯を片手に、勢いよく頭を下げた夜凪空音(fa0258)に、彼はしばし目を見開いて絶句した後、肩を震わせて笑い出した。
「あ‥‥あの‥‥、神島さん?」
いきなり笑われては困惑するというもの。周囲を見回してみれば、Exのメンバー達も複雑そうな顔で囁き交わしている。どうしたものかとソラが思案したその時に、神島舜はくくっと喉を震わせながら手を差し出した。
「えと、あの?」
「携帯。メルアド、交換するんだろ?」
その言葉に、場がどよめく。そんな後輩達の様子を気にも留めずに、舜はカナが差し出した携帯に手早くアドレスを打ち込むと、スタッフに呼ばれて席を立った。
「凄いね、キミ」
彼の姿が見えなくなった途端に、1人の少年がソラの元へと歩み寄る。確か、タクミと呼ばれるExのメンバーのはずだと、ソラは呆けた頭の隅で考えた。
「舜さん、滅多にアドレス教えない人なんだよ。僕達も知らないし」
小声で囁かれて、ソラは慌て始めた。
ようやく、周囲の動揺の理由が理解出来たのだ。仲間のアドレスを聞くのと同じ感覚だったが、一応、相手はジュリアーズから売り出し中のアイドルなのだ。
途端に、自分が取った行動が気恥ずかしく思えて来る。
「僕、携帯で皆と連絡を‥‥」
「うん。でも、それ、他の人に教えちゃ駄目だからね」
笑って片目を瞑ったタクミに、ソラはこくこくと頷く事で応えた。
手に、仲間と舜と、彼の姉の黎子のアドレスが登録された携帯を握り締めて。
●裏方
地響きと共に傍らを駆け抜けた見覚えある影に、御神村小夜(fa1291)と神島黎子は、ほぼ同時に振り返った。
「山やん?」
その声が届いたのか、山田悟志(fa1750)は足を止めた。床と靴底とがとんでもない音をあげる。
「あー、どもです。黎子さん、今日は舜さん、遅れずにいらっしゃってよかったですね」
開口一番がそれかい。
苦笑しつつも、黎子は息切れ気味の山やんへと歩み寄り、彼が抱えた荷物を覗き込んだ。
紙袋の中には茶筒と菓子に、おしぼりが数本。それから舜が愛飲しているスポーツドリンクを見つけて、黎子は苦笑する。片方の手には電気ポット、これから向かう先は、今日の審査員達の控え室であろう。
「これが足りないと大目玉ですからね。あ、はい、これお裾分けです」
小脇に抱えた進行表が落ちそうになるのを押さえながら、「山やん」は人好きのする笑顔を向けてセレナと黎子にお菓子の小袋を差し出した。
「山やんってば、本当によく気がつくわねぇ。うちのお嫁さんに欲しいぐらいだわ」
ぐっと拳を握り、頬を赤らめた黎子の台詞に、山やんはあたふたと大慌てし始めた。
「おっ、お嫁さんって舜くんのですかっ!? ソれワちょっと‥‥」
「‥‥山やん、ファンに刺されないようにね」
さらりと怖い事を言ってのけて、セレナは落ちて来た眼鏡を細い指先で押し上げる。平然としているセレナとは対照的に、山やんは赤くなったり青くなったりと激しく動揺している様子だ。
「セレナさん、プロデューサーから‥‥って、何を?」
八咫玖朗(fa1374)の問いに、セレナはにこやかに笑って答えた。
「何でもないの。で、プロデューサーがどうしたの?」
預かって来た書類袋を手渡しながら、玖朗は苦悩中の山やんに怪訝そうな視線を向ける。
「何? それ」
「「チャンス!」の企画書。‥‥合格者は、次の関門を突破しなくちゃならないみたいよ。大変ね」
期間が短かったにも関わらず、応募は数千通にも及んだ。オーディションを受けるのは、その中で書類選考を通った者だけだが、それで終わりではないらしい。
「それから、伝言。「さっきの件はOK」だそうだ」
セレナは眉を跳ね上げた。
訳が分からずに顔を見合わせた山やんと黎子に、セレナは顎先に指を添えて微笑む。
「参加者から作詞を頼まれてね。引き受けてもいいか、確認を取ったのよ」
「セレナさんって、何でも出来るんですね。あ!」
尊敬の眼差しを向けた山やんが、思い出したように声を上げる。
皆の視線が集中する中、彼は声を潜めた。
「地下の大道具倉庫、確保してますから」
それだけで、仲間達には伝わる。
「‥‥俺は、挙動不審な奴を気をつけとくんで」
玖朗の低い呟きに頷いて、セレナは大仰に溜息をついた。
「挙動不審、ね。観察対象は多いわよ。頑張ってね」
●舞台
舞台では、犬神かぐや(fa0522)に続いて、ソラが歌っている。
彼女も緊張していたようだが、歌い始めた途端に緊張の方がどこかへ行ってしまったみたいだ。
耳に心地よいソラの歌声は、緊張に強張った心も解してくれるような気がする。だが、心地良さに浸ってばかりいられないのは、「sagenite」、通称SN(サナ)という名のユニットを組んでいるCarno(fa0681)と赤川雷音(fa0701)だ。
「この中から精神に変調を来している奴なんて見つけられるわけがないだろ」
数百人の観客。しかも、見ず知らずの赤の他人ばかりである。
その者の日常を知らぬのに、変調を来しているかどうかなんて判断が出来るはずもない。
「相手が動くのを待つしかないわけですが‥‥厄介ですね」
考え込んだカルに、雷音がちっと舌を打つ。
「厄介なんてもんじゃないぜ」
「SN、そろそろスタンバイよろしくーって、また2人一緒? 本っ当、仲がいいな」
顔見知りになったスタッフの軽口に手を振って応えて、雷音はき、と顔を上げた。
「ともかく、今は奴らよりステージだ」
「ええ、セレナさんの方からも良い返事が貰えましたしね。絶対に、この仕事を取りましょう」
ソラの歌が終わって照明が切り替わったのを合図に、2人はステージへと足を踏み出した。
「凄い‥‥。カナも、あんな風にアピールした方がいいのかな?」
SNのステージは、派手の一言に尽きた。
カルの歌声と雷音の演奏も観客に訴えかけたが、雷音のパフォーマンスが歓声を呼ぶ。演奏が終わるやいなや、カルの肩に腕を回し、観客に向けて投げキッスを飛ばした雷音に呆気に取られていた桐沢カナ(fa1077)は、自分の名を呼ぶ声に慌てて立ち上がった。
次が自分の出番である事をすっかりと忘れていた。一人芝居を披露する予定だったから、何の準備も必要なかったのが災いしたのだ。
「ええと、番組の中でドラマか映画を作りたいという抱負を出された桐沢カナさーん? カーナーさぁん、いらっしゃいますかー?」
司会進行の補佐をしていた少年が戯けた風にカナを呼ぶ。出場者が現れない事にざわついていた会場が笑い崩れて、カナを呼ぶ手拍子が沸き起こる。
ステージへと駆け寄ろうとしたカナは、ふらりと現れた影に小さな悲鳴を上げた。
ぶつかりかけるのを何とか躱して、異常に気付く。
よれよれのスーツを着たサラリーマン風の男だった。どこにでも居そうな、くたびれた男の顔に浮かんでいるのは紛れもなく狂気。血走った目が、カナを真正面から見据えている。
叫びかけた言葉を飲み込んで、カナは身を翻した。
「CMに行って!」
異変に気付いたセレナが指示を飛ばす。
同時に、ステージを終えたばかりの雷音とカルが観客席へと飛び出した。
「カナ!」
雷音が追い縋る男の手を蹴り飛ばし、カルがカナを連れて非常口へと向かう。突然の事態に、会場は騒然となった。
「落ち着いて、皆さん、落ち着いて下さい!」
山やんのアナウンスも観客の混乱を鎮める事は出来ない。群衆が押し寄せる前に会場の扉を封鎖して、玖朗は仲間と敵を追う。打ち合わせ通りなら、地下へと移動しているはずだ。階段を駆け下りた玖朗の目に、男と対峙しているソラの姿が映る。ヘルメットと木刀で武装したソラは、玖朗の姿を認めると安堵に顔を歪めて非難めいた声を張り上げた。
「こんなの1人で相手にしたら、僕、絶対に死んじゃうよ!」
泣き言を口にしつつも、ソラは誘導を続ける。大道具倉庫まで後少しだ。距離を測り、全神経を尖らせて仲間の動きを探ったソラは、次の瞬間、息を呑んだ。
男の体が激しく震え出す。
「しまった!」
そう叫んだのは誰だったのか。
やがて、男の体は人とは似ても似つかぬモノへと変貌し、そして‥‥。
●戦いの後
その後、何事も無かったようにオーディションは続行され、何名かの合格者が発表された。
幸いにも、参加していた仲間達はオーディションを通過したようだ。ある意味、彼らはこれからが大変なのだが。
サクソフォーンを手に、局の屋上へと足を向けた玖朗はマウスピースに唇を寄せた。
間近で見たオーディション参加者達の情熱が伝播したのか、それとも戦いの高揚が残っているのか。胸に渦巻く気持ちを乗せ、心のままに音を響かせる。
「へぇ? 結構イイじゃん」
掛けられた声に、玖朗は硬直した。
「もう止めんの? アンタの音、気に入ったんだけど」
これは一体どういう状況だ?
混乱したまま俯く玖朗の耳に、小さな電子音が届く。
「もう時間か。アンタの演奏、また聞けるといいな」
そう言い残して去って行った舜に、玖朗は赤くなった耳を押さえてその場へとしゃがみ込んだのだった。