チャンスは命がけアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
桜紫苑
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1.3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
11/14〜11/20
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●本文
資料やファイルが山積みとなった机の前に座っていた男は、何やらスタッフに指示を飛ばしつつ、集まった者達へと向き直った。
「さて、君達に来て貰った理由だが」
大らかな人柄が滲み出ている、もしくは、悪戯を思いついたガキ大将のような笑みを浮かべる男に、一抹の不安が心に過ぎる。呼びつけられた面子を見ると、先日の公開オーディション合格者ばかりだ。恐らく、番組絡みの事だろうが‥‥。
「何千という応募者の中から選ばれた君達には、何組かに別れて、次なる課題に挑戦して貰う」
そら来た。
ある程度は予測していた内容に、彼らは互いの顔を見合わせた。
オーディションをパスした時に通達されていたわけだから、驚く事ではない。
‥‥ないのだが、何故だろう。不安が拭えない。
怪訝そうな表情を浮かべた彼らに満足したのか、男はますます上機嫌となって豪快に笑った。
「番組が本格的に始動するのは先だが、その前の枠を押さえていてね。君達が出演者の座を掴むまでの道程を、汗と涙と努力と根性と時の運を、きっちり、しっかり記録した特番を何週か放送する事になっている」
ここは、喜ぶべき所なのであろうか。
とりあえず、自分達がメインの特番が公共の電波に乗るわけだから、喜ぶべきなのだろう。うん。
半ば強引に自分を納得させて、彼らはぱちぱちと手を叩いた。
「わー。やったー」
顔が引き攣っていたり、歓声がわざとらしくなったのは、仕方がない。そのうち、幾つもの修羅場を乗り越えると、こういう時にも本気で大喜びのリアクションが出来るようになるはずだ。
「いやいや、そうまで喜ばれると、俺まで嬉しくなって来るなー。あっはっは」
この男のリアクションは経験の賜物か。それとも、素か。
一瞬だけ、彼らは悩んだ。
「それで、だ。君達が挑戦する課題だが。‥‥まずは、彼女を紹介しようか」
男に手招きされてやって来たのは、神島黎子。
現在、メイクアップアーティストとして裏方を務めているが、少し前まではアイドルとしてテレビやら雑誌やらに顔を出していた女性だ。そして、彼女がジュリアーズ事務所のアイドル予備軍「Ex」のリーダー、神島舜の姉である事も、それなりに知られた話である。
その彼女が、何故、ここにいるのか。
集まった者達の頭の中に、疑問符が渦巻く。
「神島黎子くんだ。番組のメインパーソナリティー、神島舜くんのお姉さんで、今回、君達の協力者となる」
協力者って何だ?
ますます不安が増して来る。そんな彼らの心中を察する事なく、男はあっさりと告げた。
「彼女に協力して貰って、君達は舜くんがこの服を着た写真を撮って来る事」
誰も、何も言えなかった。
言葉どころか、声も出せなかった。
凍り付いた彼らの前で、男が取り出したのはフリルとレースが無駄に使用されたドレスだった。色調は淡いピンクと白。これでもかとばかりにつけられたリボンに大きなコサージュ。ブランド品である事は、一目で見て取れた。
「か‥‥可愛い服ですね」
それだけを、何とか呟く。
「だろー? メイクもこの服に合わせたものにしてくれよ」
このまま回れ右して、帰ってもいいだろうか。
「そ‥‥んな、一部の趣味の人だけが喜ぶよーな事を‥‥」
「んー? 何か言ったかぁ?」
わざとらしく聞き流して、男はきっぱりと言い切る。
「この課題で君達に試されるのは、度胸と行動力だ! 「あの」神島舜にこのドレス着せ、メイクして写真を撮って来るのは並大抵の奴には出来ないからな!」
一応、相手は大手アイドル事務所から売り出し中のアイドルである。しかも、構成員の正確な数さえ分からないExをまとめ、メンバーからも敬愛されているリーダーで、性格は至ってクール‥‥との噂だ。
とてもではないが、こんな服は着てくれそうにない。
「まぁ、いきなりの難題で君達もどうしていいか分からないだろうから、黎子くんに協力を要請したんだ」
「そういう事なの」
ふふふ、と黎子は口元に手を当てた。
「舜の事なら任せておいて。何しろ、あの子が生まれた時から知っているんですもの」
黎子の笑みに邪なものが混ざっているのは、見間違いに違いない。
彼らは、そう言い聞かせた。
「舜は、朝が弱くてね。ちょっとやそっとじゃ起きないのよね。起きても、しばらくはぼーっとした状態が続くから、その間に、事を済ませちゃいましょ♪」
事を済ませた後、自分達が無事に生還できるのかどうか。
その後、どういう運命が待っているのか。
怖い事はなるべく考えないようにしながらも、彼らは滂沱の涙を流した。
●リプレイ本文
●ソラの独り言
お仕事で外国に行っているお父さん、お母さんへ‥‥。
都会は、芸能界は怖いです‥‥。
番組のプロデューサーが舜さんの女装写真が欲しいって言うんです。まさか、まさか、プロデューサーさんがそんな趣味の人だったなんて!
でも、個人の趣味に口出しちゃ駄目だよね。
ソラは、怖い世界で頑張ってます‥‥。
●事後
いつもの場所で、いつものように八咫 玖朗(fa1374)はサクソフォーンを吹き鳴らしていた。いつも以上に気を遣う事となった仕事を遣り終えた開放感というか後ろめたさというか、ともかく、いつもとは違った複雑な心境を紛らせ、無心に近づこうと音を奏で続ける。
いつも、に戻る為に。
平常心を取り戻す為に。だが。
「‥‥なんか、今日はいつもと音、違くね?」
不意に聞こえてきた声。
玖朗は飛び上がりそうになった。
「し、舜さんっ!?」
すっかり忘れていた。
自分が、仕事の後にここでサックスを吹き鳴らすように、舜もこのTV局での仕事の時は、ここへ息抜きにやって来るのだと。
「? どうかしたのか?」
だらだらと冷や汗を流して立ち尽くす玖朗に、舜は怪訝そうに首を傾げる。
本気で気付いていないのか。
それとも、全てを知った上で、玖朗をいたぶりに来たのか。
判断に迷って、玖朗は救いを求めるかのように視線を彷徨わせた。
「今朝は、なんか、おかしいんだよな。皆の視線が生温かいってゆーか」
玖朗は驚愕のあまり、サックスを取り落としそうになった。
頭を捻る舜の姿に、後ろめたさが蘇る。
―口に出しては言えないけど、謝っときます。舜さん、ゴメンナサイ‥‥。
●事前
抜き足、差し足と呟きながら、山田悟志(fa1750)はそぉっと仮の控え室となったリビングへと戻って来た。
「舜さん、よく寝てるみたいですよ。‥‥でも、本当にいいんですか? こんな‥‥」
「心配性ね、山やん」
朝まだ早い時刻。
リビングでのんびりと紅茶を飲んでいた黎子はからからと笑う。今回のターゲット神島舜の姉であり、彼らの協力者であるのだが、その彼女に「大丈夫」と言われても、何故か不安が消えない。
「‥‥事務所の許可とか取ってありますよね?」
念を押したのは、それまで黙って資料を捲っていた御神村小夜(fa1291)。
相手は、大手プロダクション、ジュリアーズ事務所から売り出し中のアイドルだ。その彼を、番組の企画とはいえ女装させていいのだろうか。彼女の不安を、黎子は笑い飛ばした。
「当たり前でしょ。それより、舜は低血圧でね。起きてからしばらくの間は、ぼーっとして、何も分からない状態だから、その間に撮影まで済ませちゃいましょ」
はい、とお利口さんな返事を返したのは、ちょこんと行儀よくソファに座っていた日宮狐太郎(fa0684)だ。
ほかほかと湯気の立つカップを両手で抱え込んで、出番待ちをしている彼の頭には、狐耳がついている。一目で偽物だと分かる代物だが、万が一の場合に備えて準備して来たらしい。
「‥‥それならいいんだけど。玖朗くんの方はどうなっているの?」
セレナが問いを投げかけたのは、この季節にも関わらず、汗を拭っている山やんだ。緊張の為か、はたまた冷や汗か。深く追及する事はせずに、努めて事務的に尋ねる。
「カメラをどこに隠す事にしたのかしら? 皆にも説明しなくちゃいけないんだけど」
「あっ、そ、そうですね! ちょっと聞いてきます!」
「‥‥まるでコントに出て来る泥棒ね。そんなにしなくても大丈夫なのに」
足音がしないように気を遣いつつ部屋を出ていく山やんに、黎子がぽつりと感想を漏らした。
「舜って、そんなに寝起きが悪いんだ」
赤川・雷音(fa0701)の言葉に、黎子は姉の折り紙付きと保証する。少しばかり舜に同情したくなった雷音は、ふと相棒の視線を感じて壁に凭れかかっているCarno(fa0681)を見た。
だが、カルは不自然に視線を逸らす。
「‥‥カル?」
黒のセーターとジーンズという大人しめの服を選んだカルは、怪訝そうな雷音の声に口元に手を当てた。
言えない。
トルソーに着せてある舜用のフリひらドレスを見ながら、相棒に似合うドレスを勝手にコーディネイトしてしまったなんて。
怪訝そうな雷音とカルの微妙な雰囲気など気にしていられなかったのは、夜凪・空音(fa0258)だ。
最後の打ち合わせを始めた仲間達の輪を抜けて、黎子の耳元に口を寄せる。
「舜のアドレス? あの子が教えたの?」
こくこくと頷いたソラを、珍しいものでも見るかのように見つめる黎子。その視線に居たたまれなくなる寸前、黎子が口を開いた。
「ちなみに、どうやって切り出したの」
「黎子さんの時と同じで」
なるほど、と舜の姉は大きく頷いてみせる。
「直球勝負だったのね」
「迷惑かけるといけないから、削除しとこうかと」
いいんじゃない?
あっさりと、黎子は言い切った。申し訳なさそうな顔をしていたソラが、虚をつかれて顔を上げる。
「あの子が自分で教えたんなら、別に問題ないと思うけど。削除したいなら削除してもいいし。ファンに高値で売っても‥‥」
「何て事言うんですかーっ!」
慌てて黎子の口を押さえると、ソラはがくりと肩を落としたのだった。
●ミッション
マイクを片手に、リーゼロッテ・ルーヴェ(fa2196)がやや緊張した面持ちでドアノブに手を掛ける。
「それでは、今から舜さんのお部屋に入りたいと思います」(気分は秘境探検隊?)
割と片付いた部屋。サイドテーブルの上に、何冊かの雑誌が無造作に置かれてある。
「おはよーございまーす。やー、よく寝てるみたいですね。で、ここはやっぱりお約束どーりに‥‥」
サイドテーブルの上を物色し始めるリーゼロッテ。
狐太郎、きょとと瞬きして首を傾げる。
「何を探してるの?」
リーゼロッテ、狐太郎の鼻先で指を振る。
「何ってアレよ、アレ。舜さんも健全な男の子。エロ本の1冊や2さ‥‥」
「わわわーっっっ!」
顔を真っ赤にして、リーゼロッテを止めようとする狐太郎。だが。
「ちょっとー。山やんも玖朗ちゃんもそれぐらい仕込んどいてよね」(スタッフに文句をつけるリーゼロッテ)
「何て事言うんじゃーっ!!」(素?)
大騒ぎする2人にぺぺんと突っ込みが入る。スリッパを構えた雷音だ。
2人が抗議の声を上げる前に、舜のパジャマを脱がせている相棒の元へと歩み寄った。
「‥‥あのスリッパ、どこから出したんだろ」
「ここのお宅のスリッパは全部お揃いだよね‥‥」
マイスリッパ持参?
そんな疑問がリーゼロッテと狐太郎の頭を過ぎる。
「ライ、そっちの腕を抜いて下さい」
「分かった」(妙に手慣れているSNの2人)
「あ、僕も手伝うよ」
駆け寄ったソラ、上半身裸の舜に慌てて回れ右。だが、カットソーを取ろうとしたカルから舜の体がずり落ちかけて思わず手を伸ばす。必然的に、彼女は舜と抱き合う形となり‥‥。
「ーっっっ!?」(声にならない絶叫!)
「おし、ソラ! そのまま押さえ込んどけ!」
更に非情な指令を発し、カルに上半身を任せると雷音はパニエとスカートを手に取った。狐太郎が慌ててカメラの前に立つ。許可が出ているとは言え、撮してはいけないものもあるのだ。
が、比較的順調に進んでいた彼らに、ここでピンチが訪れる。
間近で騒がれた挙げ句に、着替えまでさせられているのだ。寝起きの悪い舜も目覚めようというもの。
「舜さんが!」(ピンチ! ここでミッション終了か!?)
小声で鋭く警告を発したソラに、雷音は咄嗟に舜の耳元で囁いた。
「パンの味見はまだ先だぞー。今、皆、頑張って作ってるからなー」(何故にパン?)
「‥‥ん」
再び、夢の中へと戻る舜。
「よくあれで誤魔化せるよね」
「寝ている人の耳元でそっと囁くと、ある程度夢を操作出来るって聞いた事があるけど?」(聞いただけか、狐太郎?)
なるほど、と納得したリーゼロッテ、何かに気付いてカメラを手招いた。彼女が指さす先にあるのは目覚まし時計。セットされた時間まで、残り数十秒。
‥‥3、2、1。
鳴り響いた目覚ましに、仕上げにかかっていた者達が驚いて飛び上がる。
目覚めかけていた舜、その音に完全に目を開く。(起きた!)
が、しかし、まだ完全に覚醒してはいない様子だ。万が一に備えて、狐太郎はカメラの死角に移動した。小道具のキツネ耳が頭の上にある事を確認して、いつでも友好魅瞳を使えるようにして待機する。
「あっ、これ!」
緊張のあまり、手に汗を掻いてしまった玖朗は握り潰しかけたものを思い出して、ソラへと投げた。それは、玖朗お手製のヘッドドレス。当然、舜が来ている服とお揃いだ。
舜が起きた以上、残された時間は僅かである。
用意しておいた花を周囲に散らし、雷音が持って来ていた巨大なテディベアを舜に抱かせて、カルは素早く身を翻した。
「撮影、行くわよ」
リーゼロッテの声と共に、シャッター音が響く。
何故だか携帯のカメラを向けている狐太郎の姿はこの際見なかった事にして‥‥。
(大成功!)
最後のテロップが流れると同時に、拍手が巻き起こった。
「今回のミッションを見事にクリアした勇者の皆さんです!」
アシスタントからの紹介で、花道にスポットライトが当たる。スタジオがどよめいたのは、スポットの中に立つ者達がドレス姿だったからである。
「あのドレスは?」
「彼らが自発的に。舜さんばかりに女装させるわけにはいかないと‥‥。なんていい子達なんでしょうね!」
尋ねたセレナに、目を潤ませた山やんが早口で捲し立てる。よほど、彼らの優しさに感じ入ったらしい。
「あ、でも、セレナさんや黎子さんが着た方がお似合いだと思いますし、僕は見てみたいですけどっ」
「そ、そう?」
ちょっとだけ口元が引き攣ったのを悟られぬように、セレナは進行表へと視線を落とした。
この後は、確か‥‥。
スタジオが再びどよめく。一般の観客から沸き起こる黄色い悲鳴。
「‥‥お仕事よ、舜くん」
スクリーンに大写しにされたのは、花に埋もれ、ふかふかのテディを抱き締めてアンニュイな表情の少女。
観客の反応まで、見事にセレナの予想通りであった。
スタジオの真ん中で拳を握りしめている当の本人に釘を刺しておいてよかった。
先手を打っておいた自分を誉めてやりながら、セレナは満足そうな微笑みを浮かべたのであった。