チャンスを伝えろアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 桜紫苑
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/05〜02/09

●本文

 不気味笑いするプロデューサーに、彼らの心に嫌な予感が走る。
 こいつが、こんな笑いを浮かべる時にはロクな事がない。ここ数ヶ月で、彼らはそう学んできた。
 じり、と後退る彼らを気にする様子もなく、プロデューサーは机の上の封筒を取り上げる。
 中から出て来たのは、飛行機のチケット。
 嫌な予感が倍増しした。
「さて、われらが「チャンス!」も、数度の特番を経て、ついに本放送される事となったわけだが、その前にやらねばならない事がある!」
 1人、1人に飛行機のチケットがそっと手渡される。最後の1人には、ついでとばかりにハンディカメラと派手に番組名を書いたボードも渡された。
「‥‥あの、これは一体?」
 飛行機のチケットは、羽田から新千歳、新千歳から関空、関空から羽田の3枚。しかも、同日。
「やっぱ、やらなきゃでしょ。番宣」
 番宣ならば、ガンガン流れているではないかと言いかけて、言葉を飲み込む。
 これは、つまり、アレか。
「本当はねぇ、個々に地方局回って貰いたかったんだけどねぇ、それだと編集が間に合わないしさァ」
 だから、皆一緒にPRしてきてね。
 ひらりと目の前に落とされたのは、スケジュール表。
 6時からのおめざめテレビに「生」出演、その後羽田に移動し、北海道へ。10時から放送されている札幌の系列局の情報番組に「生」出演した後、新千歳へ移
動、関空便に乗る。
 関空到着後は、速やかに大阪市内にある系列局に移動し、2時からの情報番組へ「生」出演。
 番宣終了後、関空へ引き返して東京へ戻る。
 そして、6時からの情報番組に「生」出演‥‥。
「‥‥お前達が一緒だとは思わなかったがな」
 スケジュール表を回収した神島舜がため息混じりに呟く。
 忙しい一日になるから覚悟しとけよ、と。
「分かっていると思うけど、遅刻は厳禁。番組内でのアピールは3〜5分。方法は任せるからねっ♪」
 何が「ねっ♪」だ。
 一度、こいつを殴りたい‥‥。
 彼らの纏う空気が険悪になる。そんな彼らの心中も知らずに、プロデューサーは上機嫌だ。
「ちゃんと、移動の間はそのハンディカメラで撮っておいてよ。どんなハプニングが起こるかわからないし、もしかして面白いものが撮れるかもしれないしぃ」
 ‥‥こいつ、ハプニングを期待しているな。
 ボコボコと、額に青筋が浮かぶ。
「それでもって、はい、コレ」
 プロデューサーが封筒を差し出した。
「出演させてくれる番組に手ぶらでは行けないからね。前の場所で何か名物を買ってくること。ただし、飛行場のお土産売り場は使用禁止」
 ちゃんと領収書を貰って来てね。
 念押しする彼の言葉を聞きながら、彼らはその場にがくりと膝をついたのだった。

●今回の参加者

 fa0681 Carno(20歳・♂・鴉)
 fa0684 日宮狐太郎(10歳・♂・狐)
 fa0701 赤川・雷音(20歳・♂・獅子)
 fa1291 御神村小夜(17歳・♀・一角獣)
 fa1374 八咫 玖朗(16歳・♂・鴉)
 fa1750 山田悟志(35歳・♂・豚)
 fa2163 アルヴェレーゼ(22歳・♂・ハムスター)
 fa2684 藤元 珠貴(22歳・♀・狐)

●リプレイ本文

●めざましテレビ
「早起きは三文の得って言いますよね? 早起きをして、且つこの番組を見てくださっている皆さんへの、僕からのちょっとしたお土産です☆」
 明るい声を張り上げて、にっこりと無邪気に日宮狐太郎(fa0684)が笑う。
 早朝、TOMI TVのおめざめテレビのスタジオに集った者達は思った。
 テレビの前で身支度を調えている、もしくは家族の為に朝食を作っているお母さん達の心を、今のでガシっと鷲掴みにしたハズだ。だがしかし、彼の攻撃はそれだけに留まらなかった。ちらりと視線を向けられた番組ADが、手にもっていた携帯を彼に渡す。携帯はコタのもの。だが、今はそれに何かのアダプタがついている。
「ご要望があれば、携帯サイトからダウンロードなんて日も来るかも。皆さん、是非見て下さいね〜!」
 モニターに大写しされたその画像は、見るからに起き抜けといった感じのジュリアーズ系。ふりふりひらひらした服を着た、コタの隣に立っている男。
「こ‥‥これは」
 後列に並び、でかでかと番組名が書かれてあるボードを掲げていた藤元珠貴(fa2684)は、背筋を駆け上る悪寒に小さく体を震わせて後退る。虫の知らせというものだろうか。それとも、野生の勘か。
 いや、違う。
 それは、彼女自身がつい先ほど実際に体験したばかりの空気だった。
 滴る冷や汗、渦巻く冷気。
 思い出しただけでも顔どころか耳まで熱くなる。
「是非、見て‥‥かぁ。チャンス! って、ぶっちゃけ、着せ替えふりひらとミニスカサンタしか思い出せないんだよなぁ」
 珠貴の隣で、アルヴェレーゼ(fa2163)がぽつりと小声で呟いた。
 めざましテレビでのメインはコタと神島舜だ。後列の彼らにマイクは付いていない。前列のマイクも拾えない程度に、アルは乾いた笑いを漏らす。
「‥‥妄想バカプロデューサー」
 同意したいが、ここで頷いてはいけない。
 珠貴が視線を他方へと泳がせる。
 華やかで爽やかなアイドル達がひしめくジュリアーズ事務所。しかし、しかし、人気の差も年齢差もある所属タレント達の間には、体育会系な上下関係があってもおかしくはない。いや、むしろあると考える方が自然だ。きっと、先輩への挨拶もきっちりしているに違いない。そう考えて、珠貴は舜との初顔合わせに緊張して臨んだのだ。
 何度か顔を合わせているアルの助言を受け、眠そうな顔で控え室へ入ろうとする舜の前で「通過儀礼」を挨拶を行った。
 かなり恥ずかしかったけれど、抵抗が無かったと言えば嘘になるけれど、それが慣例ならばと。
 両の手を頭上高く掲げ、「舜君、バンザーイ!」と引き攣り気味の笑顔を浮かべて高らかに叫んだのだ。
「‥‥あなたのせいで、いらない恥を掻いたじゃないですか」
「えー? なんのコト?」
 あんなに恥ずかしかった事はない。
「あれが噂になって、お嫁に行けなくなったら誰が責任取ってくれるの」
 アルの企みだと判明したからまだ救いはあるが、きっと舜には「変な奴」と思われてしまっただろう。
「初対面の第一印象って大事なのに」
 コタと舜の静かなる攻防を見つつ、珠貴は芸能生活の大変さを改めて感じたのだった。

●飛行機の中にて
「ここを押せば録画開始‥‥と」
 カメラといっても、家庭用の小型カメラと大差ない。複雑な操作も技術も必要ないとの説明を受けてはいるが、ぶっつけ本番はまずいだろう。試し撮りをしておくべきかと、赤川雷音(fa0701)はカメラのファインダーをのぞき込みつつ、Carno(fa0681)を振り返った。
 とんとんと指先でリズムを取りながら、彼の相棒は音数に合う言葉を探している様子だ。彼の深紅のジャケットに伊達めがねという出で立ちは、カメラ映えしそうだ。楽しげにカメラを回し始めた雷音の耳に、聞き慣れた声が届く。
「だから君に‥‥いつも‥‥無茶ばかり押しつけてくれてありが‥‥‥‥」
 ラブソングのようでラブソングでなし。
 魂の叫びのようで叫びでなし。
 一体、どんな新曲が出来るのだろう。雷音はカメラを向けたまま口元を引き攣らせた。
「駄目だ‥‥」
 そう唇だけを動かし、カルは詩を書き付けていた紙をくしゃりと握り潰す。
 乾いた笑いを零して、雷音はカメラを下げた。触らぬ神に祟りなし。今はあまり刺激しない方が良さそうだ。そう結論づけて、通路を挟んだ隣に座る御神村小夜(fa1291)に話しかけた。勿論、少し身を乗り出して小声で、だ。自分達の立場ぐらい分かっている。
「北海道から大阪まで移動に余裕がない。札幌局に着く前に土産買っておいた方がよくないか?」
「そうね」
 セレナは、プリントアウトした現地情報を捲った。ただでさえ、10時からの番組に出演して、14時の大阪へ間に合うように移動するのは厳しいのだ。手続きや手配はセレナ達スタッフが先行して行うとしても、余分な時間は取りたくない。
「札幌局までの時間も結構キツイけど、そうね、その方がいいかもしれないわ」
「あ‥‥あのぅ」
 2人の会話を聞いていた山田悟志(fa1750)が、申し訳無さそうに口を挟む。
「それがですね、実は‥‥」
 怪訝そうに見つめる雷音とセレナに、山やんは吹き出す汗を手で拭った。
「局には、オープニング開始時間に絶対到着というわけでもないんで‥‥」
 居心地の悪い沈黙が流れる。
「山やん」
 セレナの声がワントーン低くなっているのは気のせいだろうか。あわあわと焦りながら、山やんは言葉を続けた。
「いや、あのっ、そのっ! プロデューサーに番組内の出演時間を遅くして貰えないかとお願いしたら‥‥」
 ゲリラ出演なんだから、放送時間内に飛び込んでPRしてくりゃいいんだよと、あっさり笑って答えてくれました。
 周囲の顔色を窺いながら、山やんが事情を説明する。
 どうやら、そのまま彼はプロデューサーに口止めされたらしい。皆が誤解しているなら、それはそれで面白いからと。
「あンの‥‥」
 ぐっと拳を握るアル。
 その気持ちはよく分かると珠貴も息を吐き出して頬に手を当てた。
「で? 札幌はいいとして、大阪の番組は14時から何時までだ?」
 1人、余裕を見せて寛いでいた舜の問いに、山やんは手元の資料に視線を落とす。
「えーと、一応、16時までのようですね」
 軽く鼻を鳴らして、舜は八咫玖朗(fa1374)が差し出したコーヒーで唇を湿した。
「なら、そう慌てる事もないな」
 10時からの生出演の後、すぐに移動して14時から16時までの間に3分から5分の生出演。何故だろう。すっごく余裕があるように思えるのは。
 お昼寝ならぬ朝寝をしていたコタが目を擦る隣で、アルは遠い目をして呟いた。
「でも、その後にTOMI TVへ戻らなきゃいけない事も忘れないでくださいよ」
 冷静に玖朗が告げる。
 分かっていると答えて、アルは髪を掻き上げた。
 そういえば、何故、玖朗は舜のマネージャー状態なのだろう?
 浮かんだ疑問に首を傾げたアルは、新千歳到着を伝えるCAのアナウンスに慌てて手荷物を纏め始めた。

●裏方頑張る
『北海道の皆さん、はじめまして! sageniteの赤川雷音、そしてCarnoです!』
 司会を担当していた地元局のアナウンサーが思わず拍手をしてしまう勢いで一気に番組紹介を述べた雷音が、画面の中で荒い息をついている。搭乗手続きをしていた玖朗は苦笑して背後を振り返った。
 彼らよりも一便早く、玖朗は関空便へと搭乗する。
 あちらでの受け入れ態勢を整えて、彼らを出迎える為だ。
「そう。じゃあ、すぐにお店に向かって。ええ、話はつけてあるわ。代金も計算済みよ」
 局で彼らに付き添っている山やんからの電話を切ると、携帯を閉じて玖朗へと向き直った。
「もうすぐ局を出るそうよ。私は、彼らの搭乗手続きをしてくるわ」
 電光掲示板が手続き中に変わっている。
「何かイレギュラーがあったら連絡して。もっとも、飛行機の中じゃ携帯は使えないけど」
 分かったと頷いた玖朗の肩を軽く叩いて、セレナは踵を返した。札幌市内から新千歳までの間にどんなイレギュラーがあるか分からない。彼女自身も、まだまだ気が抜けない。
「頑張って下さい」
 その背に小さく激励を送って、玖朗は持ち物検査の列に並んだ。

●そして大阪
 怒鳴られているのかと錯覚するぐらい、ぽんぽんと威勢の良い関西弁を浴びせかけられて、珠貴は戸惑った。
 司会者がネタを振ってくれていると分かっているのだが、頭がついていかない。
「緊張してるんですよ、珠貴ちゃん。朝は、もっと元気が良かったんですけどね」
 珠貴「ちゃん」って何?
 というか、朝はって‥‥。
 舜の助け船は、なお一層、珠貴を混乱させるだけだった。
「元気良かったん?」
 案の定、司会者はネタに飛びついて来た。混乱したままの珠貴の手を、舜は自分の手と一緒に大きく掲げる。
「そうです。こう、『舜くん、バンザーイ』って‥‥」
「珠貴おねーさん‥‥」
 そっと、コタが目頭を拭う。
「遊ばれてるな」
「気の毒に」
 カルと雷音の会話を聞き流しながら、アルは心の中で手を合わせた。その間にも話はどんどんと進んで行く。『チャンス!』の良い宣伝にはなったのだろうが、これは‥‥。
「さ、それじゃ、珠貴ちゃん。PR頼むな」
 鬼だ。
 ぴしりと固まった珠貴と笑顔で促した舜以外の者達が、同時に呟く。
 気の毒そうに仲間達が自分を見つめているのが分かる。だが、と珠貴は頭の中でグルグルと回る言葉を捕まえる。今は本番中、そして自分は番宣の使命を帯びてここにいる。小さく咳払って、珠貴は口を開いた。
「『チャンス!』の見所といえば、出演者がメインパーソナリティーと共に毎回難易度の高いミッションをこなして行く姿でしょうか」
 おお、と背後の仲間達が感嘆の声をあげた。
「プロだ‥‥」
 カメラに向かって愛想を振りまきつつ、スタジオを出た瞬間、山やんの悲鳴のような声が彼らを急かした。
「た、大変です! なんか、ネットに全国番宣行脚の事が噂になってて、先行して空港に向かった玖朗さんからファンが集まり始めてると報告が!」
 ファンが集まれば、それだけ騒ぎになる。騒ぎになってスムーズに飛行機に乗る事が出来かったり、離陸が遅れたりしたらアウトだ。
 ここからは、どれだけ時間を短縮出来るかが勝負となる。
 山やんが待たせてあったタクシーに乗り込みつつ、雷音とカルは互いに視線を交わした。

●ラストスパート
 そろそろラッシュの時間だ。
 パワフルなファンに対して身体を張った玖朗という尊い犠牲のお陰で、何とか飛行機は時間通りに離陸した。が、彼らの乗ったタクシーは混雑に巻き込まれて遅々として進まない。
「大丈夫かな?」
 到着したらすぐに飛び出せるように自分の楽器を抱えたアルの不安げな声に、セレナは内心の焦りを隠して後部座席を振り返る。
「局についたら、そのままスタジオに直行して。山やんが連絡してくれているはずだから、最短時間で行けると思うわ」
「分かった!」
 辺りはすっかり暗くなっている。
 時計の数字は無情なまでに進んでいくのに、目の前に迫るTOMITVの社屋はちっとも近くならないような気がする。
「っ! ここから走る!」
 進まない車に業を煮やして、アルは扉を開けた。
 彼に続いて、舜も飛び降りる。
「ちょっと! アルくん、舜くん!!」
 呼び止めるセレナの叫びを背中に聞きながら、ちらり横目で見ると、後続のタクシーからも見慣れた影が飛び出して来る。
「行くぞ、最後は自分の足で勝負だ!」
 1日の強行軍の疲れなど微塵も滲ませてはいない雷音の声に大きく頷いて、彼らはTV局までひた走った。山やんかセレナが連絡したのだろう。警備員も大きく手を振って彼らを誘導してくれる。
 時間を見れば、残り時間が10分を切っている。
 局内へ駆け込んで、待ちかまえていたスタッフに導かれるままにスタジオへと駆け込む。
 何とか、放送時間には間に合ったようだ。
 上がってしまった息を整えながら、アルはカメラの前でなりふり構わず状態の仲間達を振り返った。
「新番組「チャンス!」の底力、それは優秀な裏方さん達の涙ぐましい努力の事ですよ」
 遅れてスタジオに入って来たのは、今日1日、彼らの移動を支えてくれた仲間。髪を乱し、高いヒールの靴を手に持って走り込んで来たセレナと、吹き出す汗を拭う事もなく、彼らの荷物を全部抱えて来た山やん、そしてもう1人は、関空で撃沈していたけれど、その後の便で戻って来ると連絡が入っている。
「だから、俺達もその仕事に見合うだけの番組にしなくちゃなって思うんです!」
 誇らしげに語るアルに、組み立てた宣伝ボードを掲げてコタが歩み寄った。
 全員揃った所で、アルが小さく音頭を取る。
「「「「「「新番組「チャンス!」をよろしく!」」」」」」