バレンタイン・ウォーズアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 桜紫苑
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/14〜02/18

●本文

 バレンタイン・デー。
 遠い国の聖人が殉教した日は、時を経て愛の記念日となった。更に、それが転じて現在は恋人達のイベントデーと化し、毎年、悲喜こもごもなドラマが繰り広げられている。
 芸能界、しかも若い女性達に絶大な人気を誇るアイドルを多数抱えたジュリアーズ事務所は、毎年毎年、その影響をモロに受ける。
 事務所宛てに送られてくるチョコレートはトラック単位で勘定され、新聞やワイドショーを賑わせ、仕分けスタッフが夜なべして諸々の処理をする。ジュリアーズ事務所スタッフにとって、ある意味サバイバルなイベントだ。
 そして、ここに、そのイベントへの強制参加が決定づけられた者達がいた。
「‥‥‥‥というわけで、よろしくお願い致します」
 悲壮感さえも漂わせ始めた者達を見回して、依頼人は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。ジュリアーズのアイドル予備軍Exのマネージャー、佐野という男だ。
 アイドル予備軍Exは、そこそこ名前と顔が売れている神島舜を筆頭に、養成所に入ったばかりの者達まで所属する。正確な構成人員数を把握しているのは舜とナンバー2のタクミ、そしてマネージャーだけという噂がある大所帯だ。
 だがしかし、予備軍とはいえ、ファンというものを甘く見てはいけない。
 先輩のバックダンサーとして踊っている少年Aやら少年Bにチェックを入れ、彼らがアイドルへの道を歩む様子を見守っている者も多い。アイドルの青田買いだ。
 当然、バレンタインのプレゼントも半端な数ではない。活躍中の先輩方に個人数では負けるが、総数では張るというとんでもない状態となるのだ。
「私は、事務所の方に送られてくる品の仕分けで手一杯なんですぅ」
 Exの構成員を把握している唯一のスタッフである。仕方がない。彼はきっと、バレンタイン前後は、連日泊り込みか午前様だろう。気の毒に。
 だが、敵は郵送品だけではないのだ。
「当日、Exのメンバーは歌番組のバックで踊るのが20人ぐらい、後は養成所でレッスンというスケジュールで進みます。彼らはいいんです。現地集合、現地解散、手渡しに関しては自分で対応します。しかし」
 そこまで告げて、佐野は胃を押さえた。
「問題は、バラ売りの舜くんとタクミくんです。彼らにはTOMITVでの収録が入っておりまして、入り待ち、出待ちのお嬢さん方が大挙して押し寄せて来る可能性が大きいのです」
 バレンタインのファンは、目つきからして違っている。
 普段は大人しく並んで声援を送るだけだが、それぞれプレゼントを手に突進して来る者がいる。
「ある程度は、ファンの間でルールを決めてくれているようなのですが、それでも何が起きるのか予測不可能でして」
 その、どこから飛び出して来るか分からない目の色が変わったファンから舜とタクミを守ってくれと、彼は依頼して来たのだ。
 しかも。
「収録現場がTOMITVという事もありまして、攻防の様子を記録して「チャンス!」で使いたいとプロデューサーから申し入れが‥‥」
 何やら売られていく子牛の気分だ。
 いや、これも仕事か。
「平日という事もありまして、入り待ちの方はさほど警戒の必要もないと思われますが、問題は出待ちです。収録終了時間は夜の8時予定。仕事帰りのOL達も十分間に合う時間なんです」
 しかも、しかも。
「舜くんとタクミくんも、ファンの気持ちを無下には出来ないから、受け取ってあげたいと言っているんですよ‥‥」
 失礼と断って、佐野は小さな錠剤を水で飲んだ。おそらくは胃薬であろう。
「なので、舜くんとタクミくんを守りつつ、ファンからのプレゼントを受け取る手伝いもしてあげて下さいね」
 今年のバレンタインは、どうやら戦場で過ごす事になりそうだ。

●今回の参加者

 fa0684 日宮狐太郎(10歳・♂・狐)
 fa0701 赤川・雷音(20歳・♂・獅子)
 fa0920 朱鷺宮鏡羽(24歳・♀・一角獣)
 fa1291 御神村小夜(17歳・♀・一角獣)
 fa1750 山田悟志(35歳・♂・豚)
 fa2163 アルヴェレーゼ(22歳・♂・ハムスター)
 fa2423 滄海 故汰(7歳・♂・狼)
 fa2764 桐生董也(35歳・♂・蛇)

●リプレイ本文

●嵐の前
「ええと、周辺地図よし、最寄り駅の時刻表よしっと」
 事前に調べた資料を朱鷺宮鏡羽(fa0920)に手渡しながら、山田悟志(fa1750)は時計を確認した。局での舜とタクミの収録は始まったばかりだが、そろそろターゲット‥‥もとい、ファンの女の子達が現れてもおかしくはない時間だ。
「ラッシュの時間と重なりそうですよね」
 息を吐き出して、肩を落とす山やん。
 経済氷河期を経て、同僚達からの義理チョコはめっきり減ったという。敬愛される上司像を家族にアピールする機会を1つ失ったお父さん方から、チョコを片手に集う集団に苦情申し立てが来るかもしれない。通行の邪魔とか、モラルの低下とか。その対応もしなければならないと思うと、彼の胃はキリキリと痛んだ。
「落ち込んでいる暇はありませんよ、山やん。戦いはこれからです!」
 そうか、戦いなんだぁ‥‥。
 鏡羽の言葉を聞きながら、山やんはそんな事をぼんやりと考える。戦い済んで日が暮れたら、売れ残りのチョコを買って帰ろう。日付が変わる前に帰る事が出来る保証はどこにもなかったが、とりあえず、仕事の後のお楽しみが1つ出来た。
「んーと、んーと?」
「ああ、故汰君、それはDプロックに運んで貰えるかな?」
 はーい!
 元気なお返事を残して、滄海故汰(fa2423)の姿が瞬く間に視界から消える。夕暮れ時の戦闘を思い、げんなりしつつ準備を進めている大人達の間でちょこちょこと走り回る故汰の姿は、一種の清涼剤だった。
「和みますねぇ」
 山やんの言葉に苦笑混じりに頷くと、鏡羽は彼から渡された地図に印を入れる。
「DブロックはOK、と。あ、山やん、Dの場所割りを手伝ってあげて下さい。後は‥‥と」
 激戦区予定のAブロック。
 周辺の使用許可は出ているものの、それにはやはり条件がついている。集まったファンの子達に危険が及ばないよう、周辺地域を利用する一般の方々に迷惑が掛からないように、何度も何度も念押しされた。
 その為のプロック割だ。鏡羽は地図をペンで叩いた。
「さてと、私達もそろそろ行きましょうか。桐生さん」
「ああ」
 頷いた桐生董也(fa2764)は段ボール箱を抱えている。故汰が持っていた箱の3倍はあろうかという大きさだ。中に入っているのは、董也の手にあると少々違和感を感じる、ハート型のファンシーなカードだ。
「これで足りるか?」
「どうかしら? とりあえず、データ的には大丈夫だと思うけど」
 鏡羽に尋ねた董也に答えを返したのは、穏やかな彼の声ではなかった。艶のある、けれどどこか疲れを滲ませた女性の声。
「ああ、セレナさん。お疲れ様です」
 風が乱した髪を撫でつけながら歩み寄る御神村小夜(fa1291)の姿に、鏡羽と董也が同情の籠もった視線を向ける。舜とタクミのスケジュールから各所への手配、交渉を一手に引き受けたセレナがどれほど大変な目に遭ったかは、仕事中はいつも背筋を伸ばし、テキパキと動く彼女らしからぬ重たい足取りからも察せられよう。
「舜君とタクミ君のスケジュール、ギリギリまで確保したわ。ただし、オーバーすると次の仕事に間に合わなくなるから、彼らが速やかに移動出来るように手配しておいて」
「大丈夫です‥‥‥‥多分」
 最後が自信無さげに小さくなるのは、興奮した女の子達が本人を前にしてどう出るか予測が付かないからだ。そんな鏡羽の不安を打ち消すように、董也は声に力を込めた。
「その辺りは俺達に任せておけ。いざとなればコレがある」
 自信ありげに董也が取り出したのは何の変哲もない拡声器だ。セレナの眉が寄る。
「何? それは何かの新兵器なの? ハウリングが倍増しされるとか? 確かに、ダメージは大きいと思うけど‥‥」
「‥‥いや、普通の拡声器だ」
 瞬間浮かんだ董也の表情に、セレナは己の失言を悟った。
「ごめんなさい。忘れてちょうだい」
「疲れているようだな」
 少し迷ってから、董也はセレナの肩を軽く叩いたのだった。

●命がけの任務
「えー、自分のカードに書かれたナンバーは確認したかー?」
 番宣用の帽子を深く被り、赤川雷音(fa0701)は声を張り上げた。いつの間にか女の子達の数は膨れ上がっていて、そろそろ道路にも溢れ出そうだ。予定よりも早いが、分散させた方がいいかもしれない。そう判断して、雷音は手にしたメガホンを再び構え、用意されていた台の上に飛び乗った。
「はいはい、ちゅうも〜く!」
 浮かれ騒ぐファンの視線を集めて、雷音は2枚のカードを高く差し上げる。ピンク色と水色のカードは董也が用意したものだ。
「皆〜、舜に会いたいかぁ〜!?」
 悲鳴にも似た叫びと共に、周囲がピンクに染まる。
「んじゃあ、タクミに会いたいかぁ〜!?」
 今度は、水色の波が拡がった。
 うんうんと満足そうに頷いて、雷音は本題へと入る。
「今日という日は1度きり! 2人に会いたい気持ちは分かるけど、あんまり焦ってビシッときめた髪やメイクを崩すのは勿体無い!」
 前列にいたOL風の数人が、慌ててバッグの中に手を突っ込むと、取り出したコンパクトで自分の姿を確認し始めた。
「舜さん達はこの後もお仕事を控えているから、怪我をしたら大変なの。それに、お姉さん達が怪我をしても2人が悲しむから、僕達の指示に従ってね」
 両手をマイク代わりにした日宮狐太郎(fa0684)が叫ぶ。どこまで声が届くか分からないが、彼の一生懸命な呼びかけに、お姉さん達から歓声があがった。
「狐太郎く〜ん」
 これまで放映された「チャンス!」を見ていたファンだろう。コタへ手を振るお姉さん達だけではなく、先ほどから雷音やアルヴェレーゼ(fa2163)の名も飛び交っている。
「2人が出て来るそうよ」
 小さく囁かれたセレナの言葉に、現場に緊張が走った。
「皆、アイドルはイメージ戦略が命だからな。任務失敗は死‥‥つーか、神島姉の長爪攻撃は覚悟しとけ!」
「それは痛そうだなー‥‥」
 ぽつり、雷音が呟く。
「大丈夫。そのシャッターチャンスも逃がさない。無駄死にはさせないよ!」
「コタ‥‥」
 携帯のカメラを構えて、小さく拳を握ったコタに、雷音の頬が引き攣る。ここでマニキュアの餌食になろうものならば、冗談ではなく「チャンス!」の中で使われそうだ。
「ともかく、健闘を祈るー!」
 携帯を持ったままのコタの腕を引いて、アルが駆け出した。
 ファンを抑える雷音達とは別に、彼らには舜とタクミのフォローという仕事がある。
 どちらも命がけの任務に違いなかった。

●狂宴
 それは、歓声というよりも怒声に近い。
 舜とタクミの姿を間近に見て興奮したファンを必死に押し止めて、アルは負けじと声を張り上げる。
「走るな〜っ! 襲うな〜っ! 抱きつくなぁ〜っ!!」
 はたと気がつけば、舜とタクミが受け取ったチョコの保管係だった小さめWコタがお姉さんの波に飲み込まれかけていた。
 慌てて、アルは腕を伸ばす。
「こら〜っ! 子供が潰れるだろーっっ!!」
 そんな言葉に耳を貸すような理性など、暴徒と化したファンの群れには微塵も残っていないようだ。鏡羽や董也が人数を分散させていなければ、とてもではないがこの人数では対応出来なかった。
「くうっ!」
 腰を痛めそうだ。だが、ここで負けられない。前門の暴ファン、後門の神島姉。どちらに転んでも不幸が待っている。
「‥‥なら、やるしかないじゃないか!」
 彼らの道を開く為には、ここで成すべき事を果たすしかない。
 き、とファンの群れをアルが睨み据えたその時に、張りのある重低音が響いた。
「止まれ」
 眼光も鋭く拡声器を構えた董也がファンに向かって低く静かに言い放つ。
「揉めるなよ。揉めて怪我人でも出たら、今度からは本人達が希望しても直接プレゼントを渡すような機会を作る事が出来なくなるからな」
 その一睨みで、浮き足立っていたファンが一気に静まり返った。
 だが、それでも中には好機とばかりに突進する者もいる。
「舜くーん!!」
 暴動の再発を呼びかねない抜け駆けをした女性の前に、小さな両手をいっぱいに広げて立ちはだかった影があった。
「順番守らなーの‥‥いけなーの‥‥」
 自分よりも遥かに高い位置にある女の顔を見上げ、故汰は瞳を潤ませる。
「姉ちゃ、わりゅい子?」
 うるうると自分を見上げる黒目がちな瞳に、その訴えに抗える者があろうか。いや、ない。
 うっと動きを止めた女の姿に、山やんは唸った。
「さすがです、故汰くん‥‥」
 彼自身はと言えば、無数の女性に押し潰されかけるという嬉しい状況に悲鳴をあげながらも、ぎりぎりで踏ん張っている。
「慌てないで、お姉さん。舜さんは貰ったチョコを、お姉さん達の気持ちを無下にはしないって。ね、舜さん?」
 言外に「食べますよね?」と問うて来るコタの笑顔に押されて、舜はカクカクと首を動かした。今、ここで答えに詰まったりしたら、後でどんな目に遭うか分からない。彼は、本能でそれを察知していたのだった。

●夢の跡
 戦いは終わった。
 舜とタクミは受け取れるだけのチョコとプレゼントを手に、無事に次の仕事へと向かった。
 一時期は異様なまでに人口密度が高くなった一帯も、今は人もまばらだ。
「お疲れ様です」
 はい、と鏡羽から手渡された缶のココアで、指先を暖めるとセレナは笑いを漏らした。
「‥‥逆じゃない?」
「トリュフの御礼ですよ。皆、美味しいって喜んでました」
 忙しい中、セレナはスタッフの為にトリュフを作って来ていたのだ。排気でくすんだ植え込みの脇に同じように座り込む。
「怪我人も出ませんでしたし、ファンも間近で2人に会えて満足していたみたいですし、任務完了ですね」
「もう、懲り懲りよ」
 冷たい風が、ハートの形をしたカードを吹き飛ばしていく。
 それを追いかけた山やんの姿を見つつ、小さく肩を竦めて、セレナは缶のプルタブを開けた。