天国?地獄?温泉物語アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
桜紫苑
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
02/20〜02/24
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●本文
それは、とても魅力的な依頼に思えた。
内容は、雪の中に温かい湯気が立つ温泉に入り、料理に舌鼓を打ち、ゆったりと冬の温泉郷を満喫するという、どこにでも転がっているような旅行番組への同行だ。
しかも、ただいま絶賛売り出し中の美少女アイドル、一条カナエと一緒に。
けれど、おいしい話には裏があるもので。
「温泉撮影は混浴‥‥」
「‥‥注目すべきはソコじゃないわ」
依頼内容に目を通していた男性陣の呟きに、女性陣が過敏に反応する。こめかみに青筋が浮かんでいるのは、男性陣の見間違いというわけでもなさそうだ。
勿論、女性陣にとっても、温泉取材は魅力的だ。
たとえ、撮影中は混浴であろうとも、タオルか水着着用のはずだ。問題ない。それが終わればゆっくりと女のコだけで温泉を堪能出来るわけだし。
しかし、何だろう。
依頼文に付け足されているこの一項目は。
『カナエの暴走を身をもって止めること』
一条カナエは、ふんわりと甘い砂糖菓子のような少女‥‥というイメージのアイドルだ。無邪気な言動と、愛らしい容姿に、彼女はおとぎの国に住んでいるに違いないと力説するファンもいるくらいである。
おとぎの国‥‥は行き過ぎかもしれないが、彼女は大のぬいぐるみ好きで、部屋は人形で埋め尽くされているのは事実らしい。家具の色は勿論、白。確か、どこかの雑誌で彼女自身が撮影したという私室の写真が公開されていたから間違いはない。
そのカナエの暴走?
物問いたげな視線を受けて、カナエのマネージャーという男は、冷や汗を拭き拭き、補足する。
「実はですね、カナエちゃんは普段はとっても大人しい良い子なんですけど、テンションが上限値を超えると、暴走しちゃうんですよ」
暴走状態は、酔っ払いに似た行動を取るという。
「ナチュラルハイって言うんですかね? そんな感じです。でも、問題は飛ばし過ぎることなんです」
暴走したカナエは、何をしでかすか分からない。
マネージャーはそう告げた。
「温泉で同行女性のタオルをひっぺがえすぐらいなら問題は無いんですが‥‥」
「大アリよ!!!」
女性陣の抗議を、男性陣が宥めて落ち着かせる。マネージャーの話はまだ終わっていない。
「明かしちゃいけないコトまで明かしてしまうと、もうフォローのしようが‥‥」
ううう。
泣き崩れたマネージャーに、彼らは顔を見合わせた。
確かに、旅館の人達もいる場で、ばらしちゃいけないコトをばらされると、彼らも‥‥というよりも、芸能界全体が大変な騒ぎになる。
「わ‥‥分かりました。とりあえず、俺達はカナエちゃんのお目付けという事で」
お願いします、お願いしますと何度も頭を下げるマネージャーに、彼らは深くため息をついたのだった。
●リプレイ本文
●疑心暗鬼
「わぁ〜い! わぁ〜い!」
浴衣姿でぱたぱたと駆けて行く滄海故汰(fa2423)に、キャンベル・公星(fa0914)は口元に手をあて、上品に微笑んだ。てけてけてんと走り去るこたを追いかけるのは、旅館のバスタオルを手にしたエリーセ・アシュレアル(fa0672)だ。どうやら、こたの忘れ物らしい。
「ふふ‥‥。楽しそうですわね」
そう呟いて、キャニーは視線を上げた。
露天風呂へと続く廊下はガラス張りで、降り続く雪を眺められるという趣向だ。彼女自身も、しっかりと雪の温泉宿を楽しんでいるように見えた。
「エリーセ嬢は子供の世話が似合っているな」
隣を歩く桐生董也(fa2764)の言葉に、イルゼ・クヴァンツ(fa2910)が頷く。
「慣れているからでしょう」
イルの呟きに口元を微かに緩めて、董也は後ろから大人しく付いて来る少女を窺った。御神村小夜(fa1291)と山田悟志(fa1750)に両隣を挟まれて笑っているのは、今回の保護対象物兼要注意人物、一条カナエだ。
セレナと山やんと会話している様子を見ていると、暴走するような娘とは思えない。
だがしかし、と董也は思った。
マネージャーが泣きついて依頼を出して来るくらいだ。油断は出来ない。
「そういえば、旅館の方への手回しはどうなっているのですか?」
不意に尋ねられて、思考の中へと埋没していた董也が我に返った。
「ん? ああ、それはセレナ嬢や山田が」
彼自身も、自分の顔を覚えて貰う為に立ち会ったのだから間違いない。騒ぎとなり、やむを得ずカナエを連行するのは、今日のメンバーから考えると董也の役目となろう。旅館の者に目撃され、不審がられては面倒だ。事前の根回しの一環としてスタッフの一員である事を印象づけておく必要があったのだ。
「そうですか。では、安心して楽しめますね」
ふふ‥‥。
イルから含み笑いが漏れた。
表情を変える事なく漏れた笑い声に、思わず一歩下がってしまった董也を、誰が責められようか。イル自身には何の含みがなくとも、周囲の目にはそうは見えない。何を企んでいるのだと身構えた董也に、イルは言葉を続ける。
「ご存じですか?」
「‥‥何をだ?」
ちらりと送られた視線に、董也はごくりと生唾を飲み込んだ。
意味ありげな視線だが、イルには他意はない。
「温泉に、タオル巻きや水着は邪道なのです」
ガラス張り通路は、暑くもなく寒くもなく適温か保たれている。なのに、董也のこめかみにつぅと汗が伝った。
「な‥‥何をするつもりだ!?」
「? 別に。ただ、正しい温泉の入り方を述べたまでです」
足を止め、僅かに首を傾げたイルに、董也が眉を寄せた。言葉の裏に含まれているものを読み取ろうとするかのように、彼女を凝視する。
しかし、くどいようだが、イルには全く他意はない。
おかしな動きをする董也に一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべて、彼女は再び露天風呂へと続く道を歩き始めた。
「あれ? どうしました? 桐生さん」
我に返った董也は、声を掛けて来た山やんの肩をがしりと掴んだ。
「い‥‥痛い、痛いですよ! どうしたんですか、桐生さん!」
「撮影は水着をつけ、タオルを巻いて行うのか!? そうなのか!?」
突然の質問に面食らった山やんの代わりに、セレナが答えた。
「当たり前でしょう? ‥‥何を期待していらしたのかしら、桐生董也さん?」
感じた殺気に、董也はぎこちなく首を動かした。
にこやかに微笑んだセレナの額に青筋が浮かんでいる。
ここに至って、彼はようやく気づいた。
自分の発した問いが、別に意味をもって伝わってしまった事を。
慌てて否定をしても、後の祭り。彼は、撮影の間中、セレナから冷ややかな視線を送られる事となったのだった。
●湯気の中で
ひらりひらりと雪が舞う中、温かな湯に浸かる。何と贅沢な一時だろうか。
「慰安」を目的として仕事を受けたキャニーは満足しつつ、乳白色の湯を手で掬った。
「まさに至福、ですわね」
「ホント、極楽極楽ですねぇ」
親父くさいコメントを返して、美少女アイドルは畳んだタオルを頭の上に乗せた。そのタオルがどこから出て来たのか、怖くて誰も聞けない。撮影の補助をしつつ、カナエの暴走を警戒していた山やんが浴場の入り口で慌てふためき、セレナがカメラマンにジェスチァーで指示を出す。
「カ‥‥カナエ様‥‥」
彼女も水着を着用しているはずと自分に言い聞かせて、キャニーは引き攣った笑顔をカナエに向けた。
「なんですかァ?」
10代とは思えない鼻歌を口ずさんでいたカナエの間延びした返事。
はァと溜息をついて、エリーセは落ちて来た髪を掻き上げた。もう、こうなったら覚悟を決めるしかない。腹を括り、気持ちを切り替えて、カナエの顔に軽くお湯をかける。
「はにゃ?」
「もう、カナエちゃんってばオヤジのようですよ」
め、と睨むと、驚いた顔をしたカナエの目の前に指を立てて、お説教モードへと移行する。勿論、本気の説教ではない。見られる事、撮影される事を前提とした説教だ。
「気持ちは分かりますけれど、年頃のお嬢さんとして、それはどうかしら。誰に教えて貰ったのでしょうね、そんな温泉作法」
ぴくり、とイルの肩が揺れた。
「おにーちゃんですが?」
そのお兄ちゃんは渋趣味なのだろうか。正しい温泉作法を実践、指導すべく奮闘していたイルとは話が合うかもしれない。頭の隅でそんな事を考えながら、エリーセは手を伸ばして、カナエの腕を掴んだ。
そのまま、アイドルの手首から肩へと指を走らせる。
「ほぉら、お肌すべすべー♪」
「エリーセ様っ!?」
エリーセの行動に焦ったのはキャニーだ。
カナエのタオルは、まだ彼女の頭上にある。万が一、とキャニーはカメラを振り返った。
万が一にも、衝撃映像が撮られてしまった場合は、カメラを叩き壊してしまうべきか。カメラマンやスタッフの記憶に刻まれた映像は、シェイクするなり衝撃を与えるなりして、記憶を飛ばしてしまえば‥‥。そんな考えを素早く頭の中で走らせたキャニーは、次の瞬間、安堵でへなへなと湯の中へ崩れ落ちた。
「ほっぺもつるつるですよ〜♪ ね? こんな風に女の子同士ではしゃぐのが‥‥あら? どうしました? キャニーさん?」
「いえ、なんでも‥‥」
良かった。
水着着用済みだ。
同情を込めた眼差しを送ってくるセレナに、乾いた笑いを返してキャニーはぐったりと湯から突き出している岩に凭れ掛かった。
「大丈夫ですよ、キャニーさん。デリカシーというものをお持ちの男性は、ほら、あちらで大人しく正座して下さっています」
示されるままに視線を動かせば、雪が舞う中、湯に浸かる事も出来ずに正座している董也の姿がある。
「‥‥一応、出演者ですよね? 董也様も」
「仕方がありませんね。あ、勿論」
エリーセは、風呂の中でばしゃばしゃと泳いでいたこたを振り返った。
「こたくんはセーフ。こちらにいても、何ら問題はありません」
「温泉ぷーるなのー!」
「温泉で泳いではいけません」
前に進む事なく、ぶくぶくと沈んでいくこたの身体を引き上げつつ、イルが教育的指導を与えている。そんな様子を微笑ましく見守っていたエリーセは、カナエに視線を戻してぎょっと表情を強張らせた。
「ぷーる‥‥」
うっとり。
そこには、目を輝かせ、心なしか頬まで上気させて、あらぬ方向へと視線を飛ばしているカナエの姿があった。ラッパを吹き鳴らす天使の幻想が見えそうなくらい、彼女は陶酔しきっている。
ーまずいですね
ーレッドゾーンですわっ
目と目で示し合い、頷き合ったキャニーとエリーセに、セレナと山やんから何かが投げ渡された。
咄嗟にこたを抱え込んだイルが後方へと後退る。
「カナエちゃん〜? ほぉら、クマさんですよ〜?」
「ご、ご覧になって下さいな、おっきなエビが‥‥」
温泉に突如として出現したぬいぐるみに、カナエは目を瞬かせた。
「ふわふわでもこもこで手触り抜群、抱き心地満点‥‥」
濡れて哀れを誘う姿となったクマに内心苦笑しつつも、エリーセは更にカナエの気を惹くべく言葉を続けた。
キャニーも、菓子袋の真ん中で跳ねていそうなエビのぬいぐるみをカナエに差し出した。
「おいしそーなエビさんなの‥‥」
温かな湯気の中、まっ赤に茹で上がった巨大エビの姿に、イルに抱えられたこたが指をくわえる。
「クマたん、エビたんッ!」
周囲が見えなくなる寸前だったアイドルは、目の前に現れた可愛いモノに一も二もなく飛びついた。その勢いに押されて、エリーセとキャニーも湯の中へと倒れ込む。
水着を着ていてよかった。
風呂の底へと沈んでいく瞬間、キャニーはそう思ったとか何とか‥‥。
●しばしの休息を
「お疲れ様でした」
労うセレナの声も疲れていた。
あわや露天風呂で溺死者を出すところだった撮影の後、各方面に謝罪して回った山やんは、ぐったりと部屋の隅で沈没している。一瞬でも、混浴に一緒に入れるこたが羨ましいと思った数時間前の自分に、彼は心の内で罵倒していた。
それでも、撮影は無事に終了したのだ。
力無く顔を上げて、彼は息を吐く。
「終わった‥‥? 本当に終わったんでしょうかねぇ?」
「‥‥恐ろしい事を言わないで、山やん」
声に出した言葉が本当になる事もある。これ以上の騒動はごめんだと、セレナはずきずきと痛むこめかみを揉んだ。
警戒レベルが上がった監視対象は、鍋奉行ならぬ鍋副将軍(自称)であるエリーセの指導のもと、ぐつぐつと美味しそうに煮立った鍋から「最高の食べ時」を迎えた食材を取り出し、こたの口元へと運んでやっている。
「ねーちゃ、ふーふー」
「ふーふー」
それは実に微笑ましい光景であった。
ドライヤーで乾かしたクマとエビを従え、こたを今にも膝の上に乗せそうに猫可愛がりしているカナエは上機嫌だ。可愛いものに囲まれて、この上なく幸せなのだろう。
「‥‥予め、マネージャーさんにお聞きしていてよかったですね」
山やんの呟きに、セレナがええと頷いた。
カナエの弱点は「可愛いもの」。
それを聞き出した山やんとセレナが、最終兵器としてこっそり宿に運び込んでいたのがクマとエビのぬいぐるみだったのだ。
「でも、あの巨大エビは微妙よ、山やん‥‥」
「そーですかー?」
でも、とりあえずは効果はあった。
暴走は未然に防がれたのだ。
「カナエねーちゃ、いっしょにぽんぽいっぱーたべるのー♪」
「たべるのー♪」
ねーっ、と声を合わせたカナエとこたに、ぱたりと山やんの手が畳に落ちた。
「任務、完了‥‥ですよね?」
だが、何だろう。
この胸の中に沸き起こる不安は。
その正体も知らぬまま、山やんはしばしの微睡みの中へと落ちていった。
●冬の醍醐味
かぽーん。
響き渡った音に、董也は満足げに頷いた。
「ようやく、温泉に入っているという気になるな」
「本当に」
彼の手の杯に酒を注いで、キャニーが微笑む。
「雪見風呂と雪見酒‥‥。まさに冬の高次元融合」
「イル嬢、どういう意味か分からんぞ」
目を細めたイルの様子からは、彼女が今の状況を心底から楽しんでいると推測出来る。出来るのだが、今イチ確証がない。藪を突っついて蛇を出しても敵わんと、董也はキャニーへと話題を振った。
「し、しかし、よく許可がおりたなぁ」
地酒を舌の上で転がして、董也はうむと頷く。
この酒を選んだのは、よほど舌が肥えている者だろう。
雪見酒には最高の一品だ。
「許可、ですか?」
首を傾げたキャニーに、機嫌良く頷く。
「酒類の持ち込みは禁止と張り紙がしてあっただろ? よくホテル側が許してくれたもんだ」
「いえ、私は何も伺ってはおりませんが‥‥」
言葉を濁したキャニーの視線が、雪見露天風呂と酒を楽しんでいるイルに向く。
「折角だから、美味しい刺身があれば尚よかったのに。ああ、でも、さすがにそれは無理でしょうね」
白く細い腕が伸びて、岩の間に置かれていた一升瓶を掴んだ。ゆっくりと銚子に移し替えつつ、その口から迸る最高級品の酒をうっとり見つめているイルの姿に、温かな湯に浸かっているはずなのに何故か寒気を感じた。
「あの、イルゼ様‥‥。そのお酒はどちらから‥‥?」
おそるおそる尋ねたキャニーに、イルは得意げな表情を見せた。
「撮影前に売店で見つけたのです。後で届けてくれるようにお願いしていたものですが、つい先ほど手渡されまして。ホテル側の、なんと心憎いサービスでしょうか」
「い‥‥いや、それはちょっと違うんじゃないかナ‥‥」
血の気を失った董也とキャニーの様子を気に留める事なく、イルは冬の高次元融合に心からの賞賛を贈ったのだった。