セクスィをめざせ!アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 桜紫苑
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 普通
報酬 1.1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/19〜05/24

●本文

 廊下に転がり出て来たエビに、彼は足を止めた。
「‥‥そろそろ、ぬいぐるみ専用部屋を用意した方がいいかな」
「カナエちゃんは、どこで運命の恋に落ちるか分かりませんので」
 なるほど、と彼が納得したのは、自分もよくその手で彼女のご機嫌を取るからだ。
 拾い上げたまっ赤なそれは、不細工なのか可愛いのか分からない絶妙さが何とも言えない味を醸していた。
 その飼い主‥‥もとい、持ち主が上機嫌で歌う、時期外れの女の子の為の伝統行事の歌に、彼は微苦笑を浮かべて背後の男を振り返った。
「ところで北島さん、どうしたんですか、あのこは。突然に破壊工作にでも走りたくなったのかな?」
 にっこりと笑った青年に、北島と呼ばれた男は冷や汗を掻きつつ唸る。
 どう答えてよいものか。
 白を基調とした可愛らしい部屋の中、溢れ返ったぬいぐるみに埋もれるようにして少女が歌っているのは、誰もがよく知っている歌詞からかけ離れた過激なものだ。‥‥もっとも、その歌詞も子供達の間では割とよく知られていたりするのだが。
「あのこが犯罪者になったりしたら、俺はどうしたらいいんだろう?」
 大仰な溜息に、北島はハンカチで額の汗を拭う。
「俺1人じゃ、もみ消すのも大変だしね」
 もみ消すんですか。そうですか。
 心に浮かんだ言葉を、北島はそのまま飲み込んだ。ちらとでも漏らそうものなら、目の前の青年は綺羅綺羅しい笑顔を振りまきながら、北島のか細い精神と胃とをキリキリ締め付けてくれる事だろう。
「カナエ」
 青年の声に、おとぎの国に住むと噂される少女は、手にしていた本を放り出し、ぬいぐるみ畑から飛び出して来た。
「おにーちゃん!」
 ぴょんと抱きついた少女を受け止める。
 慣れているのか、驚いたりよろめいたりもしない。
「明日から、またしばらく会えなくなるのに、カナエは俺より本に夢中だったんだ?」
 ぷうと頬を膨らませて、少女は兄を見上げた。
 その非難めいた眼差しに、青年は僅かに狼狽したようだった。
「なに?」
「だって、カナエ、嬉しかったのに」
 だから、なに?
 続けて問うた兄に、少女は先ほどまでとはうって変わって不機嫌そうに、床に放り出した本を指さした。
「台本?」
「ああ、あれは今日、貰った本ですよ」
 得心がいったと、北島がぽんと手を打つ。
「カナエちゃん、映画に出るんです」
「おにーちゃんと初めて一緒にお仕事出来るから嬉しかったのに」
 唇を尖らせる妹の可愛らしさに、青年は思わずその小さな体をぎゅうと抱き締めた。
「そうだったのか! カナエと初共演なんて、俺も嬉しいよ」
 兄馬鹿。
 もう何度目になるか分からない言葉を、北島は心の中だけで呟いた。ちらとでも漏らそうものなら、‥‥以下同文。
 一頻り、自分達だけの兄妹愛と感動の世界を繰り広げた後、「そういえば」と青年は首を傾げた。
「あの作品に、カナエに合う役なんてあったかな?」
 出演者の中に自分も名を連ねる映画の内容を思い返し、彼は眉を寄せる。
 平安時代調の世界で、時の帝の皇子として何不自由なく暮らす青年が、自分の運命と出会い、道を切り開いていくストーリーだ。確かに何人かの女性は出て来るが、カナエに回って来そうな役は無かったように記憶している。
「‥‥女御に仕える女童とか?」
「違うの! カナエ、女御様の役なのです!」
 兄は、驚きに目を丸くした。
 女御とは、主役である皇子と年が近い帝の后で、皇子が密かに憧れを抱く女性である。
「人妻! 人妻の役〜♪」
 何がそんなに嬉しいのか、カナエは部屋に駆け戻ると台本を拾い上げて兄を振り返った。
「おにーちゃんと一緒のシーンもありまーすっ」
「あ‥‥ああ、それはいいんだが‥‥」
 台本を読む限りでは、女御はしっとりと落ち着いた物腰の女性だ。カナエのイメージとはかけ離れている。
「でもねぇ、女御様って大人の女の人って感じでしょ?」
 自分でも分かっていたかと、彼はほっと息をついた。
「分かっているなら、今から役作り‥‥」
「だから、カナエ、今から頑張って大人の女を目指すのっ!」
 目指せ、セクスィクィーン!!!
「とりあえず、今度のオフにセクスィを身につけるもんっ!」
 びしりと天井に向かって指を突きつけて宣言したカナエに、北島は蒼白となる。
「カ‥‥カナエちゃん? 大人の女の人=セクシーでは‥‥」
 しかし、暴走状態一歩手前となった少女は聞く耳を持たない。
「うーん、困ったなぁ」
 さして困った風には見えない苦笑を浮かべ、青年は肩を竦めた。
「笑ってないで、カナエちゃんを止めて下さいよ〜っ! お兄さんでしょ〜っ!?」
 悲鳴のような声を上げて哀願する北島の肩を、彼は爽やかに叩く。
「俺、明日から海外ロケだから。でも大丈夫、大丈夫。こういう時、頼りになる連中がいるでしょ」
 あうあうと泣き崩れる北島に、彼は笑って付け足した。
「あ、でも、カナエに変な事教えないように。覚えさせないようにね」

●今回の参加者

 fa0163 源真 雷羅(18歳・♀・虎)
 fa0672 エリーセ・アシュレアル(23歳・♀・竜)
 fa1616 鏑木 司(11歳・♂・竜)
 fa1810 蘭童珠子(20歳・♀・パンダ)
 fa2423 滄海 故汰(7歳・♂・狼)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)
 fa3060 ラム・クレイグ(20歳・♀・蝙蝠)
 fa3411 渡会 飛鳥(17歳・♀・兎)

●リプレイ本文

●接近遭遇
 約束の時間まで後少し。
 街路樹に背を預けて、源真雷羅(fa0163)は目の前を過ぎて行く人混みを眺めた。
 日本に戻って来るのは久しぶりだ。
 雑然として忙しない。見慣れていたはずの光景にどこか違和感を感じるのは、あちらに馴染んでしまったからかもしれない。
「大人の女性‥‥ですか。カナエさん、女御役にとても張り切っているようですね」
 相沢セナ(fa2478)の呟きに、ライラはゆっくりと視線を巡らせた。
 セナと語らっているのは、鏑木司(fa1616)だ。いくらか身長差のあるセナを見上げて、司は大人びた溜息をつく。
「アイドルさんも大変なんですね」
 彼の見解はセナと同じではない。
 聞いた話によれば、カナエは「セクスィ」を目指すと言ったらしい。平安絵巻とセクスィ。あからさまに異質な気がするのは、司だけなのだろうか。こっそり周囲の仲間達を見回してはみるが、頭上で交わされる会話は穏やかだ。
「ねえ、故汰くん」
 依頼で一緒になった年下の少年、滄海故汰(fa2423)を振り返ろうとして、司はぎょっと目を見開いた。
 彼と同じくして、仲間達も動きを止める。
「遅くなっちゃった〜! ごめんね〜!」
 来る。
 何かが来る‥‥。
 思わず目を逸らし合った彼らを誰が責められようか。
 雑踏の中、フリルとコサージュのついた真っ白なワンピースの裾をはためかせて1人の少女が人目を集めながら駆けて来る。‥‥駆けて‥‥。
「カ‥‥カナエさん」
 ラム・クレイグ(fa3060)の声が僅かに動揺で揺れた。
「はい?」
 ぴょんと爪先を揃えたカナエが小さく首を傾げる。
「街に出る時に、その、騒がれたりとか‥‥」
 言葉を濁したラムに、カナエが手を打った。
「ああ! そうでした!」
 ポシェットから取り出したサングラスをかけても、もう遅い。
 落ちたラムの肩を慰めるように叩くと、ライラはぐしゃりと髪を掻き回す。
「カナエさん? あたし渡会飛鳥といいます。カナエさんと仲良くなれたら嬉しいな」
 そんな微妙な空気が流れる中、少し緊張した面持ちでカナエの前に立ったのは、雑誌モデルから女優への転身を目指している渡会飛鳥(fa3411)だ。
「お友達? うん! お友達ねっ」
 その手を取り、ぶんぶんと振り回し始めたカナエに面食らいながらも、ひーちゃんは用意していた言葉を続ける。
「お‥‥大人の女性は乙女の憧れよね。あたし、好きな人がいて‥‥それで、その‥‥」
 ひーちゃんの困った様子に、セナはくすりと笑って、そっと手を重ねる。優しい手つきでひーちゃんの手を掴むカナエの指を外すと、彼は優雅に一礼した。
「はじめまして。相沢セナです。カナエさんの大人の女性像探しに、微力ながらお手伝いさせて頂きます」
 ぽっと頬が染まるのは正しい乙女の条件反射だ、ひーちゃん。
「まずは‥‥そうですね。こんな所で立ち話をするよりも、場所を移しましょうか。丁度ランチの時間ですし、良い店を知っていますから」
 さりげなく、スマートに移動を促すセナに感嘆の声をあげたラムは、呆然と突っ立ったままのこたに気づき、怪訝そうに覗き込んだ。
「こたくん?」
「カナエねーちゃが大人の女のひと‥‥」
 にこにこにっこり笑うカナエの姿に、大人の女性像を被せようとしたこたの顔が途端にまっ赤になる。
「こたくん?」
 よろけたこたの体を、司が慌てて支えた。
「大人なカナエねーちゃ‥‥? 大人?」
 それは、どうやら彼の限界を超える想像だったらしい。ショートして目を回したこたに、手で風を起こしてやりながら、司は眉を下げた。
「カナエさんが大変じゃなくて、周りの人が大変なんですね‥‥」
 気づいた真実から、ほんの少しだけ大人の世界が垣間見えた気がした。

●せくしぃ
「カナエは、どんなのがセクスィだと思うんだ? つか、こうなりたいって目標はあるかい?」
 セナが案内したのは、最近、OLに人気の店だった。
 オープンテラスの一角に陣取って一通りの注文を済ませた後、店内でランチを楽しむOL達を目で示し、ライラが小声で尋ねる。しかし、カナエの目はよりどりみどりのお姉様方に向く事はなかった。
 熱の籠もった眼差しで宙の1点を見つめると、カナエはふよふよと両手を動かす。
「それはっ、こうで、こうで、こーんな‥‥」
「あー、いい。分かった」
 それで十分、とライラが額を押さえた。
「困ったわねぇ」
 そんなライラに苦笑を向けつつ、蘭童珠子(fa1810)は素早く考えを巡らせて言葉を選ぶ。彼女の手が影絵を作るかのように小さく動いているのを、こたは見た。
「でも、カナエちゃん? それだけじゃ駄目なのよ」
「なにが?」
 タマはそっと口もとに手を添えた。
「素敵な大人の女性の魅力は、1つではないの。大人のオンナへの階段、頑張って一緒にステップアップしましょうねぇ」
 静かだが、穏やかだが、カナエが反論する余地がない。ただ、コクコクと首を動かして頷きを返している。
 楚々とした微笑みの中に、タマの芯の強さが見え隠れするようだ。
 そういえば、とセナは口元を綻ばせた。
ーヤマトナデシコは奥ゆかしく芯が強い‥‥と、どこかに書いてありましたね。
 大和撫子の芯の強さ、それは子を愛し、守り抜く母親の強さに似ているのだろうか。思い浮かべた母の姿をカナエに重ねて、彼は更に笑みを深めた。
「‥‥なるほど」
 セナが微笑むのと同じタイミングで、借りた台本に目を通していたラムが呟く。
「こういう役ですか」
 カナエに視線を向けた彼女の一瞬の沈黙と、その後に落ちた溜息は何だろう。問うたところで、ここで答えが返って来るはずもなし。自分の予想もあながち外れていないだろうしと、ライラは無言で笑いさざめくOL達を眺めた。
「カナエさん」
 体ごとカナエへと向き直り、ゆっくりと口を開いた。
「どうやら、カナエさんの役は気品の艶のある高貴な女性のようですね」
 ところどころ、やけに単語が強調されていた事には気づかないふりをしておこう。
 運ばれて来たジュースのストローをくわえて、司は大人しく成り行きを見守る。
「大人の、優雅な所作を覚える為にお茶席に参加してみましょうか」
「それなら着物を着てみない? お茶席には着物が一番似合うのよ。はんなりと着物を着こなす女性って素敵だと思うの」
 ラムとタマの案に否を唱える者などいなかった。
 カナエが求めるセクスィと役柄のずれを修正するにはそれが最適だと、皆が判断したからであった。

●険しい道のり
 目的の店へと向かう途中の話題は、やはりこれからカナエに着せる着物の事だ。実際に決めるのは現物を見てからの話だが、何分時間が限られている。その後にお茶やお華の体験コースまでこなすとなると、店についたらすぐに着付けにかかりたいぐらいだ。
 せめて色だけでも決めておこうと、タマとラムは互いの意見を交わしていた。
「しっとりとした黒もいいけれど、最初はやはりピンクとか?」
 タマの案に、ラムが控えめに自分の考えを述べる。
「シナリオのイメージから考えて、ここは落ち着いた紫というのはいかがでしょう?」
 セナは2人の意見に口を挟まないと決めたのか、にこにこと笑いながら話を聞いていた。
「えっ!? 紫!?」
 突然に声を上げたひーちゃんに、ラムとタマは足を止める。
「あら‥‥紫は駄目?」
「紫は高貴な色ですから、カナエさんの役には合うと思うのですが」
 だって、と顔を赤らめたひーちゃんに、2人は顔を見合わせた。
「だって、それはちょっとセクシーすぎると思うの」
「カナエ、ピンクは可愛いと思いまーす!」
「カナエさん、ピンクは確かに可愛いけど、あれはちょっと大人の女性向けではないわね」
 一体、何の会話だろう。
 ひーちゃんとカナエの視線を辿って、ラムは絶句し、タマは立ちくらみを起こした。
 綺麗に磨かれたガラスの向こうにディスプレイされているのは、色とりどりのランジェリー。
「‥‥回れ右」
 顔をまっ赤に染めた司の体が、ライラの言葉の通りにぐるんと回転する。無邪気なこたの目は、セナの大きくて繊細な手に塞がれた。
「じゃあ、あっちのクリーム色は?」
「あれもちょっと子供っぽいかな。あ、あの白いのはどう?」
 真剣に語らっている少女2人の頭にライラが軽く手刀をいれ、さすがに上擦った笑い声をあげたタマが釘を刺す。
「肌を露出するだけがセクシーじゃありません」
「えっ!?」
 その言葉に反応したのは、意外にもこたであった。
 全員の視線がこたに向けられる。
「こた、とーさまみたいになせくしぃな漢になるって決めてたのに‥‥」
 しゅんと項垂れたこたの手の中には、古ぼけた1枚の写真があった。こたによく似た少年が振り返りながら歯を見せて笑っている。立てられた親指と、褌の後ろ姿が漢くささを醸しだし‥‥
「こたちゃんっ!」
 その写真を引っ手繰り、怒り出したのはカナエだ。
「駄目ですっ、こたちゃん! 軽々しくお肌を見せるのは安売りしてるみたいだから駄目なんですっ! ‥‥って、おにーちゃんが言ってました!」
「カナエさん、それはそれでいいんだけどね」
 取りなそうと手を伸ばしたラムの手が、乱暴に振り払われた。
「こたちゃん! カナエは悲しーです! こたちゃんが安く売られちゃったらと思うと‥‥思うと‥‥!」
「いや、売られないから」
 道行く人の目が冷たい。
 このままでは奇異の目で見られた挙げ句、携帯で撮られ写真が週刊誌辺りに売られかねない。今は一般人の誰しもがゴシップ記者になれる時代だ。そう判断して、ライラは聞く耳持たないカナエを取り押さえるべく歩み寄った。
「嬢ちゃん! オイラの話を聞いてクレよ!」
 突如としてタマの手に現れたスノゥベアーが喋りだし、彼らは動きを止めた。
「嬢ちゃん、オイラの‥‥」
「かわいーっっ! かわいーっ!! かわいいっっっっ!!!」
 同じ言葉を繰り返そうとしたスノゥベアーに、一も二もなくカナエが飛びつく。よろけたタマを支えたのはセナだ。彼に支えられて、タマは何とか次の言葉をスノゥベアーに語らせる事が出来た。
「危ないヨー、嬢ちゃん」
「かわいいクマさんっ!」
「オイラの名前はエルドリッチ・ジョン・ミハエル。ミーちゃんって呼んでクレ」
 ふと視線を感じてタマは下を見た。
 そこには、きらきらと瞳を輝かせたこたと司、そしてひーちゃんが‥‥。
「しゅごいの‥‥クマさんが喋ってるの」
「どうなっているんでしょうね、これ。ロボットかな?」
 今にもベアーを奪い取られそうな危機感を感じる。タマのこめかみを汗が伝った。
「あたしも、こんなの欲しいなぁ」
「エルドリッチ・ジョン・ミハエルちゃんのお友達なら、カナエも欲しいっ! あっ」
 何かを見つけて走り出したカナエの襟首を、ライラが咄嗟に掴んだ。
「あれ! あれ買うのーっ!!」
 あれ、あれと彼女が指さすのは、トイショップに並んだぬいぐるみ。
「エルドリッチ・ジョン・ミハエルちゃんのお友達!」
「だから、ミーちゃんと呼んでクレってば‥‥」
 このままでは収まらない。
 そう判断したラムが、2体のオラウータンのぬいぐるみを手に戻るまで、その騒動は延々と続いたのであった。

●結局
 カナエは理想の大人の女性像を見つける事が出来たのであろうか。
 その疑問が頭に浮かんだのは、横道に逸れまくるカナエに何とか着付けとお茶にお華を体験させ、疲れ果てた体を引き摺りながら、彼らが自宅に帰りついた後の事だったという。