孤独と不安の合間アジア・オセアニア
種類 |
ショート
|
担当 |
桜紫苑
|
芸能 |
1Lv以上
|
獣人 |
2Lv以上
|
難度 |
やや難
|
報酬 |
3.1万円
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
0人
|
期間 |
05/23〜05/27
|
●本文
よく来てくれたわ、と彼らを迎え入れたのは、ジュリアーズ所属のアイドル予備軍Exのリーダー神島舜の姉だ。彼女自身、以前はタレントとして活動していたのだが、今はヘアメイクとして俳優やアイドル達を支える裏方に回っている。
当然の事ながら、彼女も『秘密を持つ者』の1人だ。
表には出る事のない、秘された存在。
そして、その天敵とも言うべき生命体。
どれほどに激しい攻防を繰り広げようと、それは表沙汰にはならない。
彼らの存在も、やつらも、人に知られるわけにはいかないのだから。
「どうしました? NWの尻尾でも踏んづけましたか」
世間話のように自分達と奴らの事を語る黎子に、集まった者達は顔を見合わせ、探りの言葉を返す。黎子は一瞬だけ表情を消した。だが、すぐに小さな頷きを返した。
「この間、山間の療養所へ行ったのよ」
彼女は時折、慰問団の一員として各所の療養所を回っているという。
静かな山間は療養には最適だが、家族や友人からも離れ、限られた場で長く暮らしていると気が塞いでしまう事もある。そんな人々に、特に女性に「メイク」という魔法をかけるのが彼女の役目だ。
「お化粧した顔を鏡に映すとね、皆、嬉しそうに笑ってくれるのよ。若い子もお年を召した方も関係なく、ね」
最初は話し掛けても応えてくれない人が、眉を整え、まつげを上げているうちに相槌を返し、頬に色を置き、唇に紅をさす頃には自分から語ってくれるようになる。
「そうしているうちに、仲良くなったおばあちゃんが『もうすぐ自分の番じゃないかと思うと、怖くて堪らない』って言い出して。何がって聞いたら、死ぬ順番だって言うの。その療養所、死ぬような病気の人が入るような所じゃなかったから気になって、他の人にも聞いてみたのよ」
黎子は声を潜めた。
「‥‥ここ数週間のうちに、立て続けに3人が亡くなったそうよ。それも、原因不明の変死。亡くなった人達は、その少し前から様子がおかしかったって」
部屋に籠もりきりになったかと思えば突然に暴れ出したり、意味不明の唸り声を上げたりと、それまでとは別人のようになってしまったらしい。
「それって、もしかして‥‥?」
「そう。私もそう思ったから、貴方達に来て貰ったのよ」
街の生活から隔絶された療養所とはいえ、NWの感染経路は幾らでも考えられる。
新聞や雑誌は定期的に届き、テレビやラジオもある。インターネットにも接続出来るのだ。
「でも、立て続けって事は、少なくとも数週間の間は、NWが療養所内に留まっていたと考えられるわ。もしかすると、今も」
となると、外からの侵入時は不明だが、NWが新聞などの一過性の媒体に潜んでいる可能性は低くなる。
「つまり、俺達にその療養所へ潜入し、NWを探し出せ‥‥と?」
ええ、と黎子は集まった者達を見回した。
「最後の女性が亡くなったのは、1週間ほど前だそうよ。既に、別の誰かに感染している事も考えられるから‥‥慎重にね」
分かったと短く答えて、男は立ち上がった。
真剣味を帯びた目で仲間達を促す。
「行くぞ。一般人の多い療養所内では慎重に対処する必要はあるが、だからといって情報収集や下調べに時間を割ける程の余裕はない。出来る事はなるべく終わらせておこう」
「どうやって療養所に入るかも検討しなくちゃならないしね」
それぞれに動き出した者達に、黎子は深く一礼をしたのだった。
●リプレイ本文
●慰問団
午後8時。
各務神無(fa3392)の手配で、依頼人である黎子から紹介された慰問団という体裁を整えた彼らが療養所に到着してから既に4時間が経過している。
「なかなか尻尾を出さないね」
周囲を注意深く見回した桐沢カナ(fa1077)の小さな呟きに、イルゼ・クヴァンツ(fa2910)も同意を返して考え込んだ。
「そもそも、情報媒体の乏しいこの療養所に留まり続けている理由は何でしょうか。侵入ルートも感染ルートも未だに特定出来ない、ここに留まる理由も分からないでは手の打ちようもありません」
彼女が見つめるステージの上では、アルケミスト(fa0318)が歌っている。
幼さの残る少女が歌う日本の心。
しかし、聞く側に少々問題があったようだ。新人演歌歌手のどさまわりと思っているらしいおじ様方が野次を飛ばし、おば様方は大声でご歓談中、若い者達はつまらなそうに欠伸をしている。とても歌い続けられる環境ではない。
「‥‥マッチ‥‥買ってく‥‥ださい‥‥」
マイクを握るアルミの背後に、荒れる冬の日本海が見えるのは気のせいだろうか。
あー‥‥と、御影刹那(fa2397)は天井へと視線を逸らした。
「頑張って。NWに私達の存在を気づかせなくちゃいけないんです。頑張って、アルミちゃん」
次にステージへと上がるのは神無だ。
調弦したバイオリンを握る手にも力が籠もる。
そんな仲間達の様子を見つめつつ、イルゼも手にした刀を確かめた。
小道具として持ち込んだ刀は、当然のことながら本物だ。ずしりと手に重い感触に、気持ちが引き締まる。
「NWを誘い出す事に成功したとしても、ここで始末をつけるのはマズイですね」
「皆が寝静まるのを待つしかないよね。でも‥‥」
頷いたカナの瞳が、入所者の間を回る神代タテハ(fa1704)の姿を捉えた。
NWに理性はない。
見境なく、ここで襲って来る可能性もある。囮役として、皆から離れ、目立つように動いているタテハから目を離すわけにはいかない。
「せめて感染ルートが特定出来れば、感染者の絞り込みが出来るかもしれません」
インターネットで手に入れた所内の簡単な見取り図に、夏姫・シュトラウス(fa0761)が目を細めた。この療養所の建物はいくつかの棟に別れている。入所者の居住する生活棟、治療や検査が行われる診療棟、そして職員が常駐する職員棟だ。
「NWの侵入ルートはいくらでも考えられますが‥‥」
ナツキの言葉の途中で、カナは見取り図の上に指を置いた。
「例えば、ここは? 獣人はいないのに、この療養所に留まり続けるのは、出たくても出られないとか?」
カナが示したのは、診療棟だ。
人の行き来は多いが、ここでの情報データは限られている。
入所者の検査情報などは厳重に管理されているだろうし、それに触れられる者も少ない。
「可能性はあるでしょう。でも、それならば、感染者も職員に限られて来るのでは?」
職員に感染した場合、外に出られる確率も高くなる。
イルゼの指摘に、カナは再び見取り図を見た。
「じゃあ、職員棟って可能性も低くなるよね」
消去法で行けば、残るは居住棟のみだ。
だが、この居住棟が一番厄介でもある。
「もっと詳しい見取り図が欲しいですね」
居住する入所者のプライベート空間から、このホールまで、閉ざされた場で暮らす者達が快適に過ごせるようにと様々な施設があると案内の職員が話していた。その全てを滞在期間中に調べるのには少々無理がある。
「感染ルートの特定を急ぐ事も大切だけど、既に感染した者がいると考えて対処すべきだわ」
イルゼの言葉に、ナツキは視線を落とした。
「‥‥後の処理に関する手配は‥‥済んでいますから」
その意味するところを察して、彼女達は数瞬、痛みを堪えるかのように、黙祷を捧げるかのように目を閉じた。
●特定
森守可憐(fa0565)は、ふと手を止めた。
仲間達がステージを盛り上げている間に、NWの感染ルートの可能性有りと踏んだ場所を調べていたのだが、入所者の出入りは自由な空間での調査に手掛かりは掴めないものと半ば諦めかけていた矢先の事だった。
「‥‥カナ様、これを見て下さい」
パソコンを調べていたカナは、カレンが差し出したものを見て眉を寄せる。
「これって」
僅かに動揺した様子で自分の服のあちこちを叩いた後、カナはジャケットの内ポケットから1枚のメモを取り出した。仲間達と共に、前もって調べて来た情報を書き留めたものだ。
「変死した人達が同じ本を借りている‥‥?」
「亡くなられた方が好きだった事をお聞きして‥‥調べていたのですけれど」
カレンの声が深刻さを増す。
カナは、メモと貸出簿とを見比べた。
「時期が合ってるね」
図書室を利用した時期と感染したと思われる時期が重なっていた。彼らの死後、本は図書室へと返されている。となると、NWはこの本を媒介として感染していたのだろうか。
「何故、この本限定なのでしょうか」
「NWにも色々なのがいるんだよ、きっと」
そう結論づけて、カナは最後に本を借りた者の名を探す。
「貸し出し中‥‥のようですね」
本を持つ者の名を確かめて、2人は互いに頷き合った。
その頃、ステージから降りたアルミを、隅っこを陣取っていた老齢のご婦人方が手招いていた。
呼ばれるがままに、とことこと歩み寄ったアルミに彼女達はいたく満足そうに笑い合う。
「うちの一番下の孫が丁度この子ぐらいでねぇ」
「うちはひ孫が‥‥」
離れている家族を思い出して懐かしんでいるようだ。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「アルケミスト‥‥アルミで結構‥‥よろ‥‥しゅうに‥‥」
ぺこりと頭を下げると、老婦人方は再び笑み崩れる。
「まだこんなに小さいのに、偉いなぁ、アルミちゃん」
「おまんじゅうお食べ」
神無のバイオリンの音色が心地よく響く中、熱い緑茶を啜ると息をつく。緊張感が程よく解れて、彼女はすっかりまったりその輪に馴染んでしまった。
「しかしねぇ、年は取りたくないもんだよ。あたしにも昔はアルミちゃんみたいに可愛い頃があったのに」
「今じゃ、お迎えを待つばかりだよ。次はあたしの番かねぇ」
しみじみ語り合うご婦人方に、アルミはぽつりと呟く。
「死に‥‥順番なんて‥‥ない。他者の‥‥意思でいくらでも‥‥捻じ曲げられてしまうもの‥‥だもの」
婦人達は顔を見合わせて笑った。
まだ幼いアルミの大人びた言葉が、彼女達にはおかしく聞こえたのかもしれない。
「アルミちゃんは小さいのに達観してるんだねぇ。年ばかりくっても、死ぬのが怖いって閉じこもっている人もいるのにさ」
「‥‥様子が‥‥変な人‥‥いるの?」
困ったように目尻を下げた婦人達を、アルミは円らな青い瞳で見上げた。
●終局
消灯の時間が過ぎて、療養所は暗く静まり返っていた。
所々に点された非常灯だけが、緑色に寂しく光っている。
「んー。今日も一日ご苦労さまー」
ぐんと腕を伸ばして、タテハは胸一杯に空気を吸い込んだ。病気の療養地に選ばれるだけあって、ここの空気は排気ガスやアスファルトの匂いがしない。
「皆が喜んでくれて嬉しいなー。芸能人冥利に尽きるよねー」
タテハの声が、周囲へと響く。
ざわざわと風が揺らす木々と、時折、遠くから聞こえる車のエンジン音。
全てが息を潜めているみたいだとタテハは微かに体を震わせた。
怖い、のかもしれない。
でも、それ以上に、この療養所で出会った人々の不安を取り除きたい、守りたいという気持ちが強い。
「もっともっとタテも頑張らなくちゃー」
空気が動く気配がした。
振り向くと同時に、タテハは誰かに抱えられる。直後、それまで彼女が佇んでいた場所に、深々と鉤爪状のものが突き刺さった。
小さな気合いと共に打ち出された空気の塊が、グロテスクな形をした影を弾き飛ばす。
「タテハ様! お怪我は!?」
建物の陰へ転がり込んだ刹那は、腕に抱えたタテハの全身へと素早く視線を走らせる。爪が彼女を襲う前に躱したつもりだが、それでも完全に守れたかどうか確かめずにはいられなかった。
「無い、ね? 後は任せたよ!」
カレンにタテハを預けると、刹那はNWを取り囲む仲間達の元へと取って返す。
巨大なカマキリを思わせるNWは、行く手も退路も阻まれて動きを止めていた。突如として現れた敵をゆっくりと見回すと、威嚇するように体を震わせる。
いや、ソレにとって獣人は餌。餌に囲まれて狂喜したのかもしれない。
「あなたが部屋から出た時からつけていたのですが‥‥気がつかなかったようですね」
闇の中、銀の刀身がNWへと向けられた。
「憑かれた時に、死の運命が定まってしまったとはいえ‥‥斬るのは可哀想だけど‥‥」
それでも斬らねばならない。もはや助からぬのであれば、せめて自分達の手で葬ってやるべきだ。刀を構え、膝を落として力を溜めて、イルゼはNWへと躍りかかった。刃が鉤爪に弾き返される。
素早く手首を返して続く爪の攻撃を受け止めると、イルゼは体を沈めた。
その背後から飛び出した神無の牙が、かつては人の腕だった部分へと食い込む。
「神無さんっ!」
振り回される腕に食らいついたままの神無は、カナの声にNWの腹を蹴った。その勢いで飛び退り、地面へと転がって距離を取る。
カナが放った火玉が、NWの体に命中して弾けた。
「コア!」
首の付け根に反射する小さな石。
カナは火玉の2射目を打つべく意識を集中させる。
鉤爪を避けながらNWへと飛びついたナツキが、その体を引き倒すとすかさず神無がコアへと牙を突き立てる。1度や2度の攻撃で砕けるものではないが、彼女達の寸断ない波状攻撃は確実にコアへとダメージを与えていた。
「逃げるよ!」
刹那の警告に、イルゼが素早く動いた。
脚部を斬られ、バランスを崩した体へ、そのコア目掛けて次々と攻撃が打ち込まれていく。
さしものNWも、防ぐ暇さえ与えられない連続攻撃の前には長くは持たなかった。コアがひび割れ、やがて砕け散った後には、犠牲となった老婦人の変わり果てた姿が残るばかりだった。