チャンス!の挑戦アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 桜紫苑
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 3.6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 05/24〜05/29

●本文

「チャンス!」とは何ぞや。
 突然に集められたかと思うと、いきなりに尋ねられて面食らう。
 あまり見ない顔だが、スタッフが丁重に扱っているという事は、それなりの立場にいる者なのだろう。
 そう判断して、彼らは大人しく彼の前に立ち、視線を下げた。
「この番組は、君達のような若手が、芸能界でのし上がっていく為のチャンスを掴むーーーそうではなかったのかね?」
「さようでございます」
 腰巾着のような男が、揉み手擦り手で男の言葉に同意してみせた。
 あまり愉快な光景ではない。
 意図的に視線をずらした彼らに気付いたのか気付かなかったのか、男は更に延々と語られている腰巾着のおべっかを完璧に無視して、大股で彼らへと歩み寄った。
「この世界はまさに弱肉強食、頭が回り、うまく立ち回った者が栄光を掴むのだ。それは分かっているだろうな」
 彼らを睨めつける眼光の鋭さに、思わず背筋が伸びた。
「チャンスを手にしたいならば、既存の‥‥Exらを中心とした番組とは別に、自分達の手で企画を立て、視聴者を掴むのだ。評判がよければ、君達に新たなチャンスが巡ってくる事だろう。‥‥‥‥成功すればの話だがな」
 手にしていた煙草を灰皿で潰し、男は酷薄な笑みを浮かべる。
「失敗すれば、それが君達の実力、運だったという事だ。越えねばならない関がますます遠ざかる。‥‥どうした、怖いかね」
 チャンスという番組に携わって、テレビに顔が出るようになった。
 Ex達と一緒に企画コーナーをそつなくこなせば、それなりに顔を覚えて貰える。

 だが。
 
 それなりに顔が売れる事が、自分達の望みだろうか。
 自分達は、「チャンス!」で何を夢見、何の為に参加したのか。
 己の心にある原点、この番組に関わる事を決めた時の情熱を、彼らは思い返していた。
 
 今の「チャンス!」は、Exを中心にありきたりなバラエティ番組への道を進もうとしているように見える。
 ここで、自分たちの企画を持ち込んでどうなる?
 しかし‥‥と逡巡する仲間を叱咤するように、鋭い声が飛んだ。
「チャンス!は私達が作る番組なのよ! 私達が企画を進めても、何の問題もないはずだわ」
 プロデューサーとの打ち合わせもなく、ディレクターに相談もせず、企画を練る。出来るならば、映像を仕上げてから、彼らに報告するのだ。
「こういう企画で作ってみたのですが、いかがですか」と。

「ある種の賭けだ。俺達の作るものが認められるか否か。どちらにしても‥‥」
 流されて仕事をしているよりはいい。
 仲間の言葉に、数人が同意を込めて頷いた。
「やってみよう。俺達の企画がどこまで通用するのか。俺は試してみたい」
「でも、企画なんてどうやって‥‥」
「今から考えるんだよ! 「チャンス!」で使えるような内容で、でも斬新なやつを」
 テキパキと動き始めた彼らの様子を静かに眺めつつ、彼は満足そうな笑みで頷いた。
「そう、それでいい。この番組はExがメインの番組ではない。皆で作り上げる事に意味を見出すための番組なのだから」
 チャンス!がありきたりのアイドル起用の、アイドルを使って視聴率を稼ぐバラエティで終わるのか、それとも、その名の通りに「チャンス」を掴む番組となり、後まで語られるのか。
 それは、彼らの小さな反乱から始まる。
 一蹴されておしまいか。
 はたまた、プロデューサー達を唸らせて本筋に立ち返らせる事が出来るのか。
 全ては、目の前の若者達の胸の内に点った火次第だ。
 まだ、形にもなっていない情熱だけが。
「楽しみだな」
「少々難しいように感じますが」
 男は苦笑して、小さく肩を竦めた。
「難しい事だからこそ、やってみる価値があると思わんかね? まぁ、私は彼らのお手並みを拝見させて貰う事にするよ」

●今回の参加者

 fa0681 Carno(20歳・♂・鴉)
 fa0684 日宮狐太郎(10歳・♂・狐)
 fa0701 赤川・雷音(20歳・♂・獅子)
 fa1750 山田悟志(35歳・♂・豚)
 fa2037 蓮城久鷹(28歳・♂・鷹)
 fa2102 西園寺 紫(14歳・♀・蝙蝠)
 fa2361 中松百合子(33歳・♀・アライグマ)
 fa3092 阿野次 のもじ(15歳・♀・猫)

●リプレイ本文

●企画会議
 はいはーいっと手を挙げたのは、何故だか机の上に仁王立ちとなっている阿野次のもじ(fa3092)であった。
「私の名は阿野次のもじ。好きな言葉は成り上がり! よろしくお願いしまっす!」
 深々と頭を下げて、手を差し出す彼女の意図は何処に‥‥。
 ふ、とCarno(fa0681)は視線を逸らした。
 同じく視線を彷徨わせていた相棒、赤川雷音(fa0701)と熱烈に見つめ合う構図となってしまったのは不可抗力というものだ。深読みしたいお年頃の女子に騒がれるのも今更だし。
 しかし、そこまで達観出来ない者達もいる。
「ああああのっ!」
 顔をまっ赤にした日宮狐太郎(fa0684)の目は、同じく熟れた柿もかくやという程に赤くなった山田悟志(fa1750)によって覆い隠されていた。
「んんん?」
 ギャラリーの微妙な反応に首を傾げつつも、のもじは自己紹介を続ける。
「情熱1番っ、企画は2番! 体当たりでば〜んと行きましょう!」
 ばーんと、腕を大きく広げたのもじに、蓮城久鷹(fa2037)と中松百合子(fa2361)から同時に溜息が漏れた。
「ば〜んとはいいんだけどなァ」
 こほんと咳払って、ユリはちょいちょいとのもじを手招く。
「とりあえず、そこから降りていらっしゃい。スカートでそれは危険だわ」
 敢えて明言は避けたユリに、ヒサもやれやれと肩を竦める。
 数秒ほど考え込み、大人しくその言葉に従ったのもじが席に着くと、ユリは改めて仲間達を見回した。
「話を最初に戻しましょう。今までの「チャンス!」ではやらなかった事をやるのね?」
「はい! 舜さんをあっと言わせるような事をやりたいです!」
 やる気満々のこたに、ヒサは苦笑した。
 舜をあっと‥‥はいいがえ、スタッフの数も足りない、機材も足りない状況で何がどこまで出来るのだろうか。
「でもまぁ、やれるだけの事はやらないとな」
 ヒサの笑みが不敵なものへと変わる。
 どうやら、彼の心にものもじやこたと同じ「情熱」が燃え始めているようであった。

●アンケート
「‥‥」
 用意された衣装を前に、西園寺紫(fa2102)はしばし放心した。
 何故。
 どうして。
 Why?
 何度も目を擦ってみても、それは形を変える事なく、その存在を激しくアピールしながら机の上に並んでいる。
「どうして婦警さん‥‥」
 しかもミニスカ仕様。
 がくり、と机に手をついて項垂れる。
 のもじと共に男子校で意識調査をしに行くのに、何故に婦警さん!?
「アンケートで尋問でもするのでしょうか」
 紫の脳裏に過ぎる映像は、限りなく危険域に近い。
 やけに張り切っていたのもじの姿を思い浮かべると、紫は肺の中の空気を全て吐き出したのではないかと思われる程に盛大な溜息をついた。だが、これもお仕事。一旦引き受けた以上は、スタッフや仲間達の期待に応えて見事やり遂げねばならないのだ。
「このテンションに乗り切れるかなぁ」
 先行きは不安だが仕方がない。
 姿見に映る自分の姿を眺めつつ、紫は婦警の制服に着替えた自身に向かって暗示をかけた。
「私はおきゃんな女子高生。テンション高くて元気で活発!」
 おきゃん、という言葉自体が既にアレでソレなわけだが、紫は気づく事もなく同じセリフを繰り返している。
 鏡の中に映る自分の顔が、おきゃんな女子高生の顔へと変わっていく。まるで薄くて脆い仮面をつけているみたいだ。
「紫ちゃん、支度は出来たかしら?」
「あ、姉御さん! ばっちりでース!」
 姉御と呼ばれたユリは、一瞬複雑そうな表情を見せた。
「どうかしました〜?」
「‥‥ヒサ君の悪い影響かしら‥‥。いいえ、何でもないわ。ところで、紫ちゃん、あなた、キャラ変わってない?」
 そんな事ナイですヨー。
 慌てて否定した紫に物言いたげな目を向けて、ユリは彼女の帽子の位置を整えた。制服はきちんと着てこそ魅力が発揮される。
「あ、あの! ちょっと聞いてもいいですカー?」
 本人はテンション高い女子高生のつもりだが、まだまだぎこちない。
「なぁに?」
「女子校に行くカルノさんや雷音さんはどんな衣装なんですか?」
 好奇心に負けた紫の問いに、ユリは事も無げに答えた。
「白衣」
「‥‥はい?」
「白衣。化学教師とか保険医とか、そんなイメージね」
 紫の想像の中、キラキラとフィルターが掛かったSNが白い歯を光らせて微笑む。対ヲトメへの破壊力は甚大だろう。
 聞くんじゃなかった。でも、ちょっと女子高生に混ざりたいかもしれない。
 葛藤しつつ、婦警姿の紫はユリの背を追いかけた。

●夢を描いて
「何かが間違っているような気がする」
 野球少年のこたが、女子高生に囲まれている。彼の提案で作られた「チャンス!」のマスコット試作品は、お嬢さん達にも好評のようだ。好評ならば本採用になるかもしれないと言っていた山やんの言葉を思い出す。
 この微笑ましい光景の何が雷音には納得出来ないのだろうと、カルは相棒へと視線を投げた。
「ん? どうした、カル」
 真っ白から全身真っ黒へと変わった服は問題無いはずだろう。いつもと変わらないのから。相棒の不機嫌の理由を読み取るべく、カルは雷音へと近づき、その顔を覗き込んだ。きゃあとどこからか歓声が聞こえたが、それもいつもの事だ。
「カル?」
 頬に触れて来た指先を戸惑いながら掴む。
「‥‥悪のイケメン役が不満なんですね‥‥」
 野球少年こたの夢。
 アンケートを元にミニドラマを作ると決めたのはいいが、戻ってシナリオを起こし、セットを用意していたのでは時間が掛かって仕方がない。
 機材を借りて来ていた山やんと、衣装を万端整えていたユリ、そして撮影も出来る殺陣師がいるとなれば、「ここ」で撮ってしまうのが後が楽だ。そう結論を出して、アンケートに基づく設定だけを決め、後はアドリブでの即席ミニドラマの撮影は順調に進んでいる。
「ほら、のもじ紫、もっとはっちゃけろ!」
 ヒサの怒鳴り声に、仲良し女子高生を演じていた2人がテンションを上げた。
「のもじ! 男どもに自白を強要していた時のノリで行って構わないぞ!」
「は〜いっ!」
 同時に、SNの2人は考え込んだ。
「自白を強要‥‥って‥‥のもじさん一体‥‥」
「ま‥‥まぁ、想像出来る範囲だな」
 頬に伸びたカルの指先を掴んだままの事だったから、周囲で撮影を見学していたお嬢さん達に余計な想像を招く。知りたがりなお年頃の娘さん達を必死に押さえながら、山やんはSNを振り返った。
「赤川さん、Carnoさん、もうすぐ出番ですから、ユリの姉御さんに衣装を直して貰った方が‥‥ぐえぇっ!?」
 しかし、集団となった女子高生を1人で押さえられるはずもなく。
 哀れ、山やんは女子高生の波に飲み込まれてしまった。生還の可能性は低いだろう。
「あーあーあー、そこの女子高生ども。とりあえず撮影中だ。静かにしていないと、悪のイケメンに騙されて洗脳された下っ端軍団として全国に顔が流れるぞー」
 カメラを抱えたヒサの勧告で静かになったのは一瞬の事だった。
「いやーっっ!!! 騙されたいっっ!!」
「カルと雷音ならいいわっ!」
 がくりと項垂れる。
 さすがのヒサも、心底疲れたようだ。
「全く‥‥。お前らが妖しいナンパするから」
「失礼ですね。僕達はアンケートを取っただけですよ」
 カルの反論に、雷音がうんうんと頷く。
「どう見ても口説いているようにしか見えなかったが」
 女の子の耳元で囁いていた光景は、どう見てもナンパだった。別にいいけど、とヒサは連続滑り込み中のこたにストップを出した。不毛な言い争いをするよりも、とりあえずは撮影だ。山やんからの情報では、この企画を持って乗り込む編成会議は明日のはずである。急がないと、編集まで間に合わない。
「姉御、こたのユニフォームに細工しといてくれ。姉1、姉2、変身だ!」
 何故に夢再現ドラマで変身?
 ‥‥と突っ込んではならない。
 のもじ曰くの「女子高生Sさんの夢」では、「花屋になりたいという夢を持つ平凡な女子高生は、実は悪のイケメンと戦うヒロイン」なのだ。
 最近の女子高生って分からない。
 ヒサや雷音ならずともそう思ってしまう。だが、いちいち気にしてはいられない。
「こた、悪のイケメンを睨み付ける。そう、怖いけど負けないぞって感じだ!」
 監督がいないから、演技に対する指示も全てヒサから出ている。
「悪のイケメン! 幼気な少年も誘惑しちまうぐらいの色気でいけ!」
 撮影風景を眺めながら、ユリは手に持ったアンケート結果をぱらぱらと捲った。
「‥‥夢を1本にまとめるのは、さすがにちょっと無理があったかしら」
 最愛の弟を救う為、戦う女子高生と化したのもじ紫が高らか上げる名乗りが校庭に流れ、ユリは黄昏れて視線を周囲へと彷徨わせた。雷音の母校は、どこにでもある普通の学校であった。緑の校庭、夕陽に染まる校舎、倒れ伏した山やん、はしゃいだ声を上げながら走って来る女の子達‥‥。
「なんだか懐かしい気がするわ」
 しばし、過去の優しい記憶に、ユリは浸った。
 
●編成会議
 目も眩むほどのshining 暗闇すら愛して。
 カルの作った曲、「心の宝石箱」が会議室に流れる。
 山やんの持ち込んだ大画面テレビにはエンディングテロップ。そして、周囲には難しい顔をしたスタッフ達がいた。
「だ‥‥駄目ですか?」
 おそるおそる尋ねた山やんの頬には、絆創膏が貼られている。撮影時の名誉の負傷である。
「‥‥ストラップは企画として通してもいいだろう」
 こたの試作品を手に取るプロデューサーの次の言葉を待って、山やんはごくりと生唾を飲み込んだ。
「サーチドラマもいい。いいんだが‥‥いかんせん‥‥「誰が」この企画を続行するのかが問題だな」
 提出された企画には、その後のアンケート案も記されている。
 今回のようにアンケートを取って、ドラマを作るならばそれなりの人手がいる。最低限の予算もだ。
「「チャンス!」は、君達の挑戦を描いていく番組だ。やるというならば、企画の案を煮詰めて続けてもいいが、誰がどうするのか、どんなものを予定しているのかも明確にしておいてくれ。次の会議までに‥‥な」
 これは、続行許可を得たと思ってもよいのだろうか。
 プロデューサーや他のスタッフの顔色を窺っていた山やんは、ぴしりと背を伸ばした。
「はいっ、分かりました!」
 声が裏返ってしまったが、気にしている余裕はない。
 待っているであろう仲間の元へ、山やんは転ぶ勢いで戻っていったのであった。