演歌人生アジア・オセアニア
種類 |
ショート
|
担当 |
三ノ字俊介
|
芸能 |
1Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
普通
|
報酬 |
0.7万円
|
参加人数 |
10人
|
サポート |
0人
|
期間 |
12/20〜12/22
|
●本文
「歌は流れるあなたの胸に〜」の定型句で始まるCET伝統の演歌番組、『演歌華道』は、CETにおける定番歌番組の首長のようなものである。もちろん登場する歌手は、その道では大御所に分類される人たちばかりだ。
だが、それにも限界がある。というより、大御所が身を引かないと下の者たちが上がって来れないのだ。上の人間たちが幅を利かせていると、その部分で人材が固化し、煮詰まってしまう。新しい水を注ぎ新しい風を入れなければ、演歌界は発展しない。つまり、次の世代が育たない。
放送局としても、あまり良い状況では無い。大御所だっていつかは引退してしまうので、新人が育たないことには未来が無いのだ。
そこでCETのあるプロデューサーは、演歌界の新人を集めて歌を披露させ、新人を育成するための専門番組を提案した。あえて『新人』と限定することによって、大御所を出さず視聴者に新人演歌歌手を『青田買い』させる方向に仕向けたのである。
その番組が、今回の『演歌人生』であった。北は北海道から南は沖縄まで、平たく言えば「売れない演歌歌手」に全国的な露出の機会を与えるのだ。
「放送業界における演歌は、ほぼCETの独壇場だ。今後進むであろう高齢化社会において新たな視聴者をしっかり獲得するためには、演歌界の刷新が急務といえる。大御所と新人の住み分けを行い、新人演歌歌手を手厚く盛り上げることによって、それは進むだろう。心して欲しい。将来の演歌界を支えるのは、君たちスタッフと新人歌手なのだ」
プロデューサーの言葉に、スタッフは「はい!」と声を唱和させた。
●リプレイ本文
演歌人生
●裏方の人たち
演歌というジャンルを一言で表すなら、『定番』の一言に尽きる。
別に創意工夫が不要というわけではない。むしろその逆で、決められた枠の中でどれだけ大きく羽根を伸ばせるか、というのが重要なポイントになってくる。つまり枠内であれば、ステージに1.5トンの衣装装置を持ち込む事だってアリなのだ。
そのあたりの機微というものを、雇われプロデューサーの縞八重子(fa2177)は、今ひとつ理解していなかった。
雇われプロデューサーとは聞きなれない言葉だが、放送局に所属していないフリーのプロデューサーは皆それだと考えてもらっていい。つまり番組やシャシンの企画・資金集めなどを行い、放送局に番組を売却し報酬を得る職業である。
今回の番組『演歌人生』はCETのプロデューサーが立てた企画なので、本来八重子の介入する余地など無かった。だが紆余曲折あって、八重子も一枚噛むことになったのだ。このあたり、お堅いCETでは珍しいケースと言えよう。
「縞さん、本番10分前です」
「了解したわ」
和装に身を包んだ八重子が、ADの言葉に応ずる。彼女は今回、その技術を買われて司会を担当することになった。経費削減、それも立派な資金集めである。
「不満やなー、獣化せなならんなんて」
ごついぼやき声が響いた。赫角白鱗の竜人が、音響装置をいじっていた。
ミキサー室では、音楽技術者の時雨奏(fa1423)がスタンバイしている。素ではかなり力不足なので、完全獣化しての仕事だ。密室の舞台裏だから、誰に遠慮することも無い。それに、獣化してやっと並大抵の技術なのである。舞台を大事するならば、妙な矜持は引っ込めておいたほうがいい。
今回、会場は都内の舞台ホールになった。客席3000ほどの小ホールだが、客がいるのといないのでは意気込みも変わってくる。
そのホールの客席に、Chizuru(fa1737)は来ていた。今回、彼女はボイストレーナーとして、本番組の出場歌手に歌唱指導を行ったのである。この辺は、八重子の差配だ。
幕は、すぐに開く。
●舞台開幕
雨のように降ってきた拍手に応えて、富士川千春(fa0847)は深くお辞儀をした。歌を歌い終えて、確かな手ごたえをつかんだのだ。今は自分自身にしか感じられないものかもしれないが、年月を経て経験値を積み重ねるごとに共感を呼ぶことになるだろう。
彼女が歌ったのは、『菊先紅青』という惚気(のろけ)モノの持ち歌である。花火の名前にちなんだ歌で、おそらくは後々、彼女の代表曲となろう。
千春は客席にChizuruの姿を認めると、笑顔になってもう一度深くお辞儀をした。
「お疲れ様でしたー」
千春が舞台袖に引っ込むと、2番手の守山千種(fa2472)が声をかけてきた。今は八重子が、千種の呼び出しをかけようとしているところだ。
「会場の雰囲気はどうですか?」
千種が、千春に問いかけた。
「悪くないですね。演歌の舞台では、おなじみの雰囲気でしたよ」
「じゃあ、がんばるとしましょうか」
千種の呼び出しがあって、彼女はステージに歩みだしていった。
*
「さすがに緊張するなぁ」
志羽翔流(fa0422)が、三味線をいじりながら思わずつぶやいた。彼の側には、ジェンド(fa0971)と月見里神楽(fa2122)、そしてアマラ・クラフト(fa2492)がいる。今回この4人は『新風兄妹』というグループ名で、新演歌ポップスとでも言うような歌で出演するのである。翔流は三味線、ジェンドはエレキギター、神楽は横笛、アマラがボーカルという編成だ。
実はこの試み、かなりきわどいラインにある。かつてエレキギターを用いた演歌歌手(この場合はグループ)もいたが、聴衆のターゲットはいわゆる演歌層に絞っていた。しかし彼ら『新風兄妹』は、若者向けに演歌曲を提供しようというのである。
ここで一点だけ、彼らには非常に不利な要素があった。なにを言っても演歌番組。会場の客と視聴者はご年配の方々が多くて、ニューミュージックに理解のある層の支持を得られるかどうかが微妙なところなのだ。もちろん視聴率分布も、年配人口が多く若者への露出はあまり望めない。つまり、大きく外すリスクがでかいのである。
それでもこの『新風兄妹』の出演を許可したのは、プロデューサーの八重子のプッシュがあってのことだ。責任は自分がとると宣言して、半ば強引に『新風兄妹』の出場を許可したのである。
理由はある。演歌といえば固定観念の塊みたいなもので、ある意味定型に固執するお約束作品の集合体であると言える。それをもっとポピュラーにしたのが氷川きよしで、ファンの年齢層をぐっと引き下げ演歌の可能性を示唆した。
が、『新風兄妹』の狙っている客層は、10代から20代のさらに若い世代である。これは冒険というより無謀に近い。さじ加減を間違えれば大半の保守層からバッシングを食らうし、もちろんまったく若者が食いついてこない可能性もある。結果は自然消滅――。芸歴のこと考えれば、得なことではない。下手をすれば、今後CETからは締め出しを食らう可能性もある。
それでも、彼らは舞台に立つ。何事もやってみなければ、分からないのである。
*
千種の歌が終わり、拍手に送られて彼女が帰ってきた。初舞台に舞い上がって、足が地についていない。
段取りの都合上、MCはアマラの役目である。目立ちたがり屋の翔流などはMCを取る気満々だったのだが、演奏スタッフはMCの間に楽器のセッティングを行わなければならない。1分という時間は、決して長くは無い。
「それでは『新風兄妹』、『遊郭綺譚』、歌っていただきましょう!」
八重子の言葉で、演奏が始まった。
*
「‥‥‥‥‥‥うーん」
舞台そでに引っ込んだ八重子は、『新風兄妹』の演奏を見て苦い顔になった。やはりホールに足を運んだ人は高齢者が多く、革新的な、ポップスに限りなく近い演歌曲に戸惑いの空気が流れている。やはりCETという枠組みの中では、エレキギターが早弾きするような曲は受け入れがたいようだ。ただ会場の皆さんは大人なので、ブーイングが飛ぶ事は無かった。が、拍手の厚みは薄かった。
まあ、番組が悪い印象で終わらないように、歌の順番は考えてある。トリは喜田川光(fa2481)の『雪の大地』。紹介のフレーズもご指定ありであった。
「何をおいても想いは確か。北の大地は厳しいけれどもすべてを包み込む。ああ、雪が深くなりましょう。喜田川光、『雪の大地』を歌います」
定番中の定番な演歌曲を歌い、『新風兄妹』の流した気まずい空気を払拭する。そして最後は、登場者全員で坂本九の『明日があるさ』を合唱した。
万全とは言えないが、十全ぐらいの番組構成になった。
●後日
視聴率リサーチでは、当日の情報が公開された。新人演歌歌手の歌声はわりと具体的な数字に表れ、お茶の間ではそこそこ好評だったようである。
ただ『新風兄妹』については賛否両論で、CETの保守派からは地雷のようなものに認識されたようだ。
ともあれ、『演歌人生』自体の番組の存続は決まった。後日、また企画が上がり次第動きがあるだろう。
【おわり】