STREET FIGHTERS 4アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 三ノ字俊介
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 2.2万円
参加人数 12人
サポート 0人
期間 01/16〜01/18

●本文

●テレビ業界
 テレビ業界は、ある意味魔窟である。
 それを今、痛切に感じているテレビマンの一人が、深夜俗悪番組の評判をうなぎのぼりしている格闘番組『STREET FIGHTERS』のプロデューサー、B君であろう。
 B君の前には、ものすごい量の書類が溜まっている。責任者として目を通さなければならない書類――つまりは苦情の類である。
 FAXから電報まで、かなりの量が来ている。それはつまり番組が『見られている』わけで、営業的には成功していると言っていい。
「よーよーよー、盛況じゃないかBちゃん」
 と、いつものようになれなれしくB君に話しかけてきたのは、彼の先輩プロデューサーA氏であった。
「放送するときに予想はしてましたけどね‥‥でも目の前にあるのを見ると、ちょっと鬱入りますよ‥‥」
 げんなりしたように、B君は言った。
「まー、そう言わない。そうだ、いいもの見せてやろう」
 そう言うと、A氏は手持ちのノートパソコンを開いてその画面をB君に見せた。日本で一番有名な大型掲示板のログが表示される。
 そこには、前回の『STREET FIGHTERS』を賞賛する書き込みが大挙して掲載されていた。まあ罵詈雑言の類もあるにはあるが、そういうのは別に住み分けているらしい。
「好評だったぜ、前回の放送は。特にセットが気が利いているっていう書き込みが多かったな。あと、観客にもかなり評判良かったらしい」
 そこまでB君は聞いて、「あ」と思った。
「『上』からお達しが来たんですね?」
「そうだ」
 A氏は否定しなかった。
「この3ヶ月でお前、給料何倍になった」
「‥‥だいたい2倍ぐらいです」
「なら、その分働かなくちゃな。『上』の了解は取ってある。予算も強化するそうだ。あと、映画のセットのアイデアは良かったな。また何か考えてやれって指示が出ている」
「わかりました」
 B君は、覚悟を決めたように言った。

    *

 B君が選んだ試合会場は、廃棄された映画のセットであった。セットは、1920年禁酒法時代のマフィアの地下酒場。予算が倍増強化されたとはいえ、まだまだ会場を借りるほどではない。リングはあるが、普通には組まない。今回は観客も入れるので、会場全てがリングになるように酒場のど真ん中にリングを設置する。リングサイドでビールを飲みながら観戦することもできるのである。怪我が恐くなければ。ともあれ場外乱闘上等。観客にはスーツが支給され、また選手にもお好みの衣装を貸し出すことになった(損失許可)。
 セットは破壊してもいいと言うことで、今までよりさらに迫力ある映像が期待できる。
 A氏はすでに、抗議の電話に対応するマニュアルを製作済みだそうだ。あとは存分に戦っていただくだけであった。
「格闘家を募集しなきゃ」
 B君の本当の仕事は、これから始まる。

●今回の参加者

 fa0027 せせらぎ 鉄騎(27歳・♂・竜)
 fa0204 天音(24歳・♀・鷹)
 fa0310 終無(20歳・♂・蛇)
 fa0361 白鳥沢 優雅(18歳・♂・小鳥)
 fa0683 美川キリコ(22歳・♀・狼)
 fa1308 リュアン・ナイトエッジ(21歳・♂・竜)
 fa1404 柊 静香(16歳・♀・竜)
 fa1513 THE DIABLO(34歳・♂・虎)
 fa1522 ゼクスト・リヴァン(17歳・♂・狼)
 fa1827 トーマス・バックス(19歳・♂・狼)
 fa2368 LAN(22歳・♀・狼)
 fa2593 孫・黒空(45歳・♂・猿)

●リプレイ本文

STREET FIGHTERS 4

●ぅあっちゃー(嘉門達夫風に)
「えー、またドタキャンですか?」
 プロデューサーB君は、スタッフから入ってきた報告に頓狂な顔をした。
 ドタキャン、いわゆる土壇場でのキャンセル。放送業界ではままあることだが、この番組では2度目である。
 番組『STREET FIGHTERS』では1on1のセットマッチ(今回は12人6セット)を基本にしている。なので、一人欠けると対戦カードに不具合が出る。募集もその辺りをかんがみ偶数名にしていたのだが、こういう時は困り者である。
「対戦表を確認しよう」
 B君は、出場者名簿を引っ張り出した。一人一人をチェックし、番組構成を確認する。ちなみに今回ドタキャンしたのは、この番組で2回の優勝経験を持つ、ある意味キモの人物である。
「こことここを入れ換えて‥‥うん。あとは新人芸人に声をかけて引っ張ってこよう。カードの都合だと女性格闘家という触れ込みになるなぁ‥‥」
 構成作家(試合に筋書きは無いが、番組にはある)と相談しながら、B君は今回のドタキャンのフォローに関する指示を、スタッフに発令した。
「『彼』が欠けるのは痛いけど、その分は他の格闘家さんたちにがんばってもらおう」
 指示を出し終えて一息ついたB君は、最後に今回番組で初めて採用する『司会者』と『アナウンサー』『解説者』に出す、原稿の修正に取り掛かった。

●STREET FIGHTERS開幕
 第4回『STREET FIGHTERS』の放送は、前回までの30分枠から拡大され1時間枠になった。その分演出にも凝れるようになり、今回からは専門の司会者と実況アナウンスと、それと解説者も番組に織り込むことが出来るようになった。
 ただ彼らの出番は、かなり少ない。ギリギリ異種格闘技と呼べるルールは制定されているものの、木刀程度なら武器を使ってもいい、あくまで『ケンカバトル』なのだ。ルールと良識のある『試合』と違い、この番組で見せるのは純然たる『暴力』なのである。なんでもありの異種格闘技戦『バーリトゥード』だってここまで酷くはないだろう。
 つまり依然として、この『STREET FIGHTERS』は暴力上等の『俗悪番組』なのである。
 だからこそ視聴率を稼げるのだが、抗議やバッシングは痛烈で回を追うごとに酷くなってくる。だがそれらの悪評が、新たな視聴者開拓になっているのも確かなのだ。
「ストリィ〜ト・ファイタ〜ズ! 全国1200万人の格闘ファンの皆様、今夜もすさまじいケンカファイトをお見せいたします」
 司会者のアナウンスで、会場であるセットは沸き立った。禁酒法時代の地下酒場に、今異様な熱気が沸き起こっている。

●第1試合 天音(fa0204)vsキティ・フレセット(NPC)
 ――対戦相手が変わったというが、相手はこの番組の経験者らしいし、油断はできぬな。
 事前に対戦相手の変更を連絡された鷹の女獣人の天音は、控え室で正座しながら出番を待っていた。紺の着流しというスタイルはロケーションに似合わないことおびただしいが、撮影スタッフは何も言ってこなかったので別にかまわないのだろう。
 呼び出しがかかって控え室を出ると、そこはライトアップされた地下酒場だった。映画『ゴットファーザー』に出てくるようないかにも高級な酒場といった態で、さすがの天音でも自分の格好が浮いているのを感じている。なぜなら観客はみな、男は燕尾服に蝶ネクタイ、女は高級そうなドレスという状況だったからだ。バーテンダーの一人がなぜかアロハシャツだが、彼は確か出場者のはずである。
 わっ!
 観客から、万雷と言っていい拍手が沸き起こる。名前を司会者にコールされると、天音は片肌脱いでリングに入った。観客はぎっしりという表現がぴったりで、目を爛々と輝かせて彼女を見ている。
 明らかに、過度な期待をかけられているのがわかる。つまりは、キワモノな暴力番組らしい血に飢えたまなざし。その期待のひとつには、天音が得物を使うということもあるだろう。彼女は小太刀の二刀流使いなのだ。もっとも真剣を使うわけにはいかないから、木刀ということになる。
 とん、くるっ、とん。
 わっ!
 軽快にリングへ飛び込んできたのは、女性用のスーツのような給仕服を着た、黒人の少女だった。鉄製のお盆を持って、周囲に挨拶している。名前はキティとか言ったか。ストイックな天音とはまったく正反対の、明るい少女だった。キティはさらに動きやすいように、損逸しても良いというスカートを縦に裂く。
 ――相手にとって不足じゃな。
 天音が思う。
 落胆が隠せない。こんな軽いC調な女が相手では、剣が泣く。
 が、この落胆はほどなく驚愕に変わる。
 ショーレスリングと違って、わざと盛り上げる必要はない。決められるときに決める。それで問題ないはずだった。開始と同時に天音は鋭く踏み込み、小太刀を振るってほぼ必殺の一撃(正確には二撃)を放った。
 スカッ、くわぁああん!
 天音の目の前に、火花が散った。状況を簡潔に書くなら、キティが剣をかわしてお盆で天音の顔面をひっぱたいたのである。客観的に見れば、たいしたことではない。
 が、天音は驚きを隠せなかった。手加減したつもりも相手をなめていたつもりもない。しかしキティは天音の必殺の一撃をかわしてのけ、さらに反撃までやってのけたのだ。これは並大抵ではない。
 とととん、と、天音が後ろに下がる。気迫負けして下がったのではなく、身体が直感的に反応したのだ。相手の技量を読み取って。
 ――おそらく同等かそれ以上。
 キティに対する評価を改めて、天音は構えを取った。本気になったのだ。
「参る!」
 改めて、天音が仕掛けた。

    *

 戦いは屈指の速度戦になった。キティは速度と空中殺法を活かして天音を翻弄し、天音の利点を殺してゆく。つまり間合いである。天音のほうが得物を持つ分、取り回しと懐が甘いのだ。
 しかし、勝負はその間合いが決した。天音が小太刀を迎撃に投げ捨てたあと、柔術の関節技でキティの腕を極めたのだ。
 キティはタップし、勝利は天音のものになった。
 ――世の中、まだまだ広い。
 天音の感慨は、当然のものだろう。

●第2試合 白鳥沢優雅(fa0361)vsリュアン・ナイトエッジ(fa1308)
 服装は、互いに白だった。
 白鳥沢優雅は目元まで隠したフェイスマスクに、白のダンサー衣装をスパンコール入りの白いマントで覆っている。対するリュアン・ナイトエッジは、白いスーツに白い帽子。二人とも優男だが、優雅は明らかに自分に酔っていた。
「今宵、皆様に夢のような一夜を提供しましょう」
 優雅が、マイクパフォーマンスをしてみせた。前髪を気障(きざ)にかきあげ、客(特に女性)にアピールする。
 対するリュアンは、苦笑しながら上着を脱いだだけだ。
 試合開始と共に仕掛けたのは、リュアンだった。素拳の中段突きから、すばやいハイキック。優雅はそれを文字通り優雅に避けようとして――失敗した。
 ばくっ! と、スイカをたたくような炸裂音がして、優雅は棒のようにぶっ倒れた。その倒れっぷりには、リュアンのほうが驚いたぐらいだ。
「はっはっはっは、油断しました」
 ふらふらと立ち上がりながら、優雅が言う。しかし目の焦点が合っていない。
 ――ふっ。
 ためしにもう一撃、とばかりにリュアンが左ジャブを放った。それは優雅の顔面にまともにヒットし、またも優雅はぶっ倒れた。
「はっはっはっは、油断しました」
 鼻血をたらしながら、優雅が立ち上がる。笑顔の歯が光ったように見えたのは気のせいか。ここまでくると、コミックショーのようにも見える。
「こんどは私の番ですよ」
 ぶんっと、優雅はロープに飛んだ。そしてその反動を利用し、フライングクロスチョップを仕掛ける。しかしモーションが大きすぎて、あっさりリュアンによけられた。それどころか着地に失敗し、ベタン! とかなり具体的に痛そうな音を響かせてリングに叩きつけられた。
 リュアンは不安になってフロアディレクターのほうを見た。それほど優雅は『素人』だったのだ。
 ただけっこう頑丈らしく、多少のことでは気絶したりしないようで、優男にしてはタフである。
 FDは『続行』のサインを出した。

    *

「はっはっはっは、また会いましょう」
 ボコボコに顔を腫らした優雅が、さわやかに言ってタンカで退場する。
 FDのGOサインの後、試合はほぼ一方的な展開になった。優雅は美貌のために身体を鍛えてはいたが、格闘については身体を鍛えただけの素人だったのである。結果は惨敗。キャラクターが浮いていただけにちょっとアレではあるが、まあ受けたからよしとしてもいいだろう。

●第3試合 美川キリコ(fa0683)vs柊静香(fa1404)
 美川キリコは狼の女獣人で、リポーターを生業にしている。しかし露出が多く、どちらかというとスポットライトの中のほうの人間になりつつある。
 その彼女は今回、マフィアの女幹部という設定で衣装をチョイスした。黒地にストライプのパンツスーツに、つばの長い帽子とファー付きのロングコート。キセルをくゆらせ優雅な態だが、試合があるので靴のヒールなどは無い。ボブ・サップのように屈強そうな黒人のボディーガードが二人立っており、眉間に溝を作って酒場を睥睨している。
 そこに、体格の良い『暴力』がスーツを着ているような男二人が、一人の女性を引っ張ってきた。両脇をがっしり固めて、いかにもな状態だ。
 引っ張られてきたのは、黒いレザーのワンピースに上着を羽織った淑女――というにはちょっと若いか?――の、柊静香である。竜の獣人で、この番組には2度目の出場となる。
「うまくもぐりこんだわね、子猫ちゃん」
 余裕の態で、キリコが言った。マフィアの幹部っぽい、余裕のある仕草が絵になる。
「FBIに手を出して、ただで済むと思っているの?」
 静香が、動いた。肘で右脇の男のあばらを殴り、左の男の腕を掴んで小手投げをかました。キリコの両脇にいる男たちもそれに加わろうとしたが、キリコに止められる。
「いいわよ、相手してあげようじゃないの。子猫ちゃん」
 キリコが、帽子と上着を取った。結構締まった、肉のある体格をしている。立つと身長も180近くあり、完全に静香は見下ろされた。
 静香は無言で、上着を脱いだ。互いにリングには上がらず、卓の合間の3メートル四方ほどの空間を戦場に決めた。
「やっ!」
 先に動いたのは、静香だった。内回し蹴りから外回し蹴り、そしてさらに内回し蹴りの三連脚を放って、キリコの間合いを潰す。しかしキリコは危なげなく、その攻撃をすべて受けた。
 ――! 手加減してないのに!!
 静香が思う。
 キリコに対し、タイミングも機先も申し分の無い蹴りを放って、それをすべて受け止められたのだ。しかもキリコには、いまだ余裕が伺えた。まだ実力を半分も出していない。そんな感じだ。
 30秒ほど、静香の攻撃は続いた。キリコはその攻撃をさばきながら、戦闘空間をサークリングする。観客は間近で戦いを見れて、かなりのご満悦である。蹴りの一発がテーブルのグラスを割ったのはご愛嬌。
 そして、キリコが動いた。静香の蹴りを受けたと同時に、腹部に『とん』と掌底をあわせたのだ。
 すてーん!
 めずらしく『剛』の攻めをしていた静香は、その攻撃であっさり転倒させられた。次の攻撃モーションに入っていたため受身も取れず、後頭部をモロに痛打し目から火花を散らせた。
「くっ!」
 静香が伸身の後転から立ち上がり、再び構えを取る。しかしわずかにぐらつきが見える。
 そこに、キリコはつけこんだ。守りから一転攻めに入り、がつがつと静香のガードを削ってゆく。静香の防備もちょっとしたものなのだが、力と技、そしてウエイトで完全に負けていた。
 ――しまった!
 と、ガードに穴が開き静香が思った瞬間、静香のあごに強烈な掌底が当たった。ぐわんと静香の視界が歪み、ストンとひざが落ち――なかった。
「倒れるのは早いわよ、子猫ちゃん」
 キリコはそう言うと、静香を支えていた手をひねって投げた。静香はそのまま、背中からテーブルにたたきつけられて昏倒した。腕をカギ十字に極められているが、その痛みも感じていない。
 レフェリー(一応いる)が両手を交差させた。
 キリコはボディーガードにコートを着させると、その場を退場した。
 終わってみれば、キリコの貫禄勝ちだった。

●第4試合 終無(fa0310)vsLAN(fa2368)
『負ける試合はやらない』
 終無は、快楽主義者でナルシストである。はっきり言って性格破綻者だが、当人の美学はともあれ格闘センスはある。
 今回はさらに、策ももちいて試合に臨んだ。掴まれたら切れる袖とかの仕込を行い、相手のLANを待ったのである。終無は、欲望の充足のためには手段を選ばない。
 LANは、チャイナドレスを着た中国人の娘というような格好だった。立会いはリングで行われた。
「はっ!」
 先に動いたのはLANだった。終無の膝頭をい狙って蹴りを放つ。しかし終無は、それを危なげなく受け止めた。そしてさらに飛んできた側頭部への蹴りも受け止める。
 LANはその動きに瞠目した。終無の華奢な容姿に似合わぬ剛的な格闘センス。優雅な速度戦のアウトファイターではなく、終無は力押しで圧倒するインファイタースタイルの保持者なのだ。平たく言えば、泥臭いどつき合いがスタイルなのである。
 LANは、こういう手合いとは相性が悪い。地力で負けているのもあるが、相手の力を利用するカウンター狙いでなければ、まず間違いなく先にこちらが沈められるからだ。
 しかもそれには、多大なリスクが発生する。カウンターとは相手の攻撃をかわす、ないし受けながら成立させる技だからである。カウンター使いのボクサーがアーティストと賞されるように、それは芸術的なまでのタイミングと天性のセンスが要求される。見返りはでかいが、失敗した時は逆カウンターになり倍々返しになる。そうなると逆に一撃で沈められかねない。
 LANは、消極的な『待ち』によるカウンター狙いの攻撃に切り替えた。攻撃しているときは、防御できない。まともな打ち合いでは敗北は目に見えているから、他の選択肢も無かった。
 二人の試合は、壮絶な打ち合いになった。スマートが信条の終無は非常に不本意だが、終無も攻撃一辺倒の修練しか積んでいないのである。結局カウンターで少なくないダメージをこうむり、あざを作り流血もした。しかしそれは、リスクを背負いながら戦っているLANも同じである。観客は沸くが、危険な打ち合いが続いた。
 それを制したのは、終無だった。強いてあげるなら、『キャリア』が勝負を分けたといえる。
「最低の試合だ‥‥」
 勝利はしたが、相手を見下すような圧勝ができなかったので、終無は面白くなかった。

●第5試合 せせらぎ鉄騎(fa0027)vs孫・黒空(fa2593)
「‥‥何だか今日はきな臭ぇ。こんな日は大概HOTな夜になるって、相場が決まってる。運が良いね御客さんよぉHAHA!!」
 アロハシャツにサングラス姿のバーテンダーが、グラスを磨きながら言っていた。
「さて兄さん、ちょっとわしと立ち会う人間は誰じゃろうか?」
 ステロタイプな、やたらと金糸銀糸で飾られた中国服を着た初老のおっさんが、バーテンダーに言う。バーテンはサングラスをはずすと、一息にカウンターを飛び越えた。
 二人の名前は、アロハのバーテンがせせらぎ鉄騎。中国人が孫・黒空である。
「旦那の相手は急に都合がなぁ‥‥…いや、明日まで待って貰えれば川から引き上げてやれるが、まぁ唯のバーテンで悪いが代理だ。俺が」
 鉄騎が言い、リングに上がる。それに続いて、黒空も上がった。
 わっ。
 会場が沸く。それというのも、リングに上がったとたん黒空が跳び回し蹴りを放ったからだ。この番組に規定された反則は明確に無いが、最低限のモラルはある‥‥と思っていた鉄騎は、もろに延髄へその攻撃を食らった。そしてよろけたところを、黒空の足払いが床を舐める。しかしかろうじて、その攻撃を鉄騎はかわした。
「油断大敵じゃ!」
 なにぬかすこの不良壮年、という突っ込みは置いておいて、試合は正式に始まった。会場は黒空の行動で、けっこうヒートアップしている。
 試合は黒空のペースで進められた。なんといっても最初の一撃が効いている。蹴り技を主体とした速度戦に、鉄騎は押され気味だ。実力は実に伯仲していて、流れを掴んだ黒空有利であった。要所要所で黒空の攻撃を寸断する鉄騎のボディーブローが入るが、ボディへの攻撃は遅効性である。それが効く前には、試合が終わりそうだった。
 がっ!
 ロープの反動を利用した喉への蹴り攻撃を、鉄騎が受け止める。そして黒空の足を払い、肘を落とした。背中に肘を食らい、黒空がうめく。逆転の契機は、この時訪れた。今まで攻め切れなかった鉄騎が、今度は能動的に止まり、『待ち』に入る。黒空と対称になるように半身の構えを取り、掌を前方に向けて中段に置いた。なかなか攻めにくい構えである。
 そのころ、黒空にも変化が起きていた。身体が重い。鉄騎のボディ打ちが効いてきたのだ。もとより黒空は、挌闘家としてはかなりの年齢。年齢は嘘をつかない。確実に、黒空は体力を損なっていた。
「はっ!」
 勝負を急ぎ、黒空が仕掛けた。中段の回し蹴りから足を振り上げて、かかとから落とす。故アンディ・フグ氏なみに鮮やかなかかと落としだった。
 が、鉄騎も負けていない。それをさばいてかわし、さらに腹部へ掌底を追撃する。絞れるスタミナは、絞ってしまおうという攻撃だ。
 経験者(筆者)に言わせてもらうと、ボディー打ちは遅効性だが効いてからの消耗が激しい。頭部(脳)への攻撃が一瞬で意識を刈り取るのに対し、腹部(内臓)への攻撃は、心肺機能を始めとする『生物が生きてゆく機能』に打撃を与えるからだ。文字通り身体が重くなり、あとは加速度的に体力を消耗してゆく。心臓も肺も機能低下を起こし、回復の源――酸素を全身に供給できなくなるからである。
 そして、勝負はついた。果敢に攻撃をしていた黒空は、スタミナ負けをしたのである。
 動きが目に見えて悪くなったころ、鉄騎の掌底があごを捉え黒空を昏倒させた。
「『酔って狂乱 醒めて後悔』――巧い諺とは想わんかい?」
 鉄騎は、悠然と黒空を見下ろした。
 会場が、沸いた。

●第6試合 トーマス・バックス(fa1827)vsゼクスト・リヴァン(fa1522)
 最終試合は、正統ボクシングと変則カポエラの戦いとなった。前者はトーマス・バックス、後者は前回優勝のゼクスト・リヴァンである。ゼクストは今回、獣化していない。
 ちなみに今回のドタキャンの直接の被害をこうむったのはゼクストである。名指しで相手を指名していたので、対策も相応に練っていたのだが、まったくの肩透かしを食らった形だ。
「やれやれだぜ」
 足でリズムを刻みながら、ゼクストがぼやく。格好はレザーのパンツに上半身は裸。トーマスは衣装に特に希望が無かったので、黒服に蝶ネクタイというバウンサー(用心棒)姿だった。ただ拳を壊さないために、バンテージだけは手に巻いている。
 互いがリングをサークリングしながら、間合いとタイミングを計る。手数と手技のトーマスと、一撃と回転力のある足技のゼクスト。もちろん勝負は激しい打撃戦になる。そう、目の肥えた観客は読んだ。
 はたして、その攻防が始まった。先に手を出したのはトーマスだ。左ジャブからワン・ツー。オーソドックスだが、鋭い拳撃がゼクストを襲う。いくつか被弾したゼクストは、ボクサー唯一の弱点――下半身への攻撃――を慣行。両手を床につけてあん馬のように足を回転させる、水面蹴りを放った。
 トーマスはそれに対し、距離を取って回避する。そこからゼクストは、地を這うような体勢から連続して蹴りを放った。カポエラ特有の、上へ伸びる回転蹴りだ。
 身体が床近くにあるので、トーマスはなかなか攻撃の機会をつかめない。攻めなければ負けるのは必定。この勝負、早くも先が見えたかに思えた。
 が。
 ゼクストがコーナーにトーマスを追い詰めたと思ったせつな、トーマスが右足をコーナーマットにたたきつけて、体の姿勢を斜めに傾けたのである。
 ボクサーの射界は、上半身前方の肩幅ほどの手が届く距離。ほぼ立方体に近い『打撃圏』に身を置かなければ、ボクサーに殴られることはまず無い(アントニオ・猪木氏がモハメド・アリと対戦したときに寝たままだったのは、このためである。今も昔も、そしておそらく将来も、ボクシングヘビー級世界チャンピオンの拳は、世界最強の打撃だからだ)。
 だが、その立方体が移動すれば? トーマスの行動はまさにそれである。足を踏ん張った状態から、マットにたたきつけるように拳を放つ。それはゼクストの頭部を、確実に捕捉した。
 ずどん!
 ゼクストがマットに転がった。正確には頭部を殴られ、身体が縦に裏返ったのである。不意打ち、有利な状況、その他いろいろなファクターが重なり、かなりの打撃をゼクストは受けた。もちろん、地力でトーマスが上回っていたのもある。
 ゼクストはからくも立ち上がったが、もはや満足な戦闘能力を残していなかった。数を頼みの蹴りをことごとく回避され、そしてついに撃沈されたのである。
 会場は、トーマスに対して万雷の拍手を送った。

●試合終了
 今回の勝利者は、美川キリコだった。女性としては初の優勝である。
 今日も、TOMITVにはじゃんじゃか抗議の電話が殺到している。この電話が続く限り、番組も続くだろう。

 多分。

【おわり】