遺跡荒らしアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
三ノ字俊介
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
5Lv以上
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難度 |
難しい
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報酬 |
50.2万円
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参加人数 |
10人
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サポート |
1人
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期間 |
08/22〜08/28
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●本文
世界には未窟の遺跡がたくさんある。
世界的に有名な『アンコール・ワット』も、把握されているのはその30パーセントほどにしかすぎない。有名なものは観光名所として利用されているが、それ以外は何があるかわからないのが現状だ。そもそも『アンコール・ワット』で区切って良い遺跡なのかも分かっていないのが現状である。過去の遺産というモノは奥深く未知で、そして『危険』だ。
遺跡の多くは宗教的なものや権威を現すものであるが、それ以外に『害敵』なものを封じるという目的で作られた場合もある。中国から古く伝わる作法では、敵将を奉ったりすることでその加護を得ようという風習もあったぐらいだ。三国志で有名な関羽が魏帝曹操によって奉られ、現在も『関帝』と称されて信仰を集めている話しは、あまりにも有名である。
つまり逆を言えば、未踏破の遺跡には『何があるか分からない』ということでもある。そして今回、憂慮すべき事態が発生した。
インドネシア某地の遺跡――WEAが把握して密閉していたものが、盗掘されたというのである。
その遺跡には、ナイトウォーカーが封じられていた。形態は、壁一面のヒエログリフのような幾何学模様。部分撮影の組み合わせで全体像は把握していたが、規模は既知遺跡の中では最大級である。情報密度もかなりのものだ。
それが崩壊し、その紋様が消滅したところまではWEAで把握している。その後遺跡跡から3名の人間の死体が発見され、遺留品は4名分発見された。つまり死体が一つ足りないのだ。
これは、すでにナイトウォーカーに感染して移動している可能性が高い。
人間一人の移動速度はたかが知れている。ナイトウォーカーの性癖として、危急の場合にしか変態しないこともほぼ把握済みだ。つまりジャカルタ郊外の密林で、人間狩りを行え、ということである。
高密度、高圧縮度のナイトウォーカーの能力がいかがな物かは分からないが、とにかく被害を未然にとどめなくてはならない。
移動の痕跡は、食物摂取の跡などで追うことが可能である。あとは時間と体力との勝負である。
●リプレイ本文
遺跡荒らし
●インドネシアの事情
広域捜索の基本は、人海戦術である。
大地は広い。平地で時速5キロメートルほどでしか歩けない人類にとって徒(かち)での広域捜索というのは、絶望的なまでに無理がある。山岳救助隊の隠語に『一山300』という言葉があるが、山一つ捜索するのに通常は300人は必要だということだ。
ましてや、日本より面積の広いインドネシアなら? 想像する必要も無く、無茶苦茶大変な事態であることは理解できるだろう。
またインドネシアは地下に広範囲の泥炭層を持ち、これと特殊な気象現象(主にフェーン現象)が合わさって、日本では信じられないような大規模の森林火災が毎年のように発生する。表面上の火を消しても炎は泥炭層を伝わり、地下深く根を張った樹木(特にジャカルタのあるスマトラ島などは、可燃性のアブラヤシ(めちゃくちゃ燃える)などを植樹しているため)の根に延焼し、再び地上で燃え広がるのだ。また多くのインドネシアの農民が行っている焼き畑農業もその原因になっている。
しかし肥沃な農地を持たないインドネシアは、場当たり的に焼き畑農業を繰り返し、荒れ地を広げている。焼き畑農業は土壌を痩せさせるため、数年で農地には使用できなくなるからだ。
これらの火災や焼き畑農業によって発生する二酸化炭素は年間数十億トン。森林は100年もすれば元に戻るが、破壊された生態系は決して元に戻らない。
そして2006年のスマトラはエルニーニョ現象によって雨期が遅れ、山林火災は深刻な状況になっている。死亡者こそ2名でしかないが、現在32000名もの重度の呼吸器疾患者を発生させ、学校は休みになり空は晴れていてももやがかかったようになっている。多くの航空便も欠航し、船舶も視界不良で事故続出という状況だ。
長い前振りだったが、つまりジャカルタの森林内を生身で捜索するというのは、非常にリスキーなのである。それは獣人でも例外ではない。超絶的な身体能力を持つ獣人でも、火災に巻き込まれれば死ぬしかないのだ。肉体が破壊される前に、酸欠で死ぬ。生物である以上、限界があるのだ。
それでも今回、捜索には10人の獣人が集まった。彼らは高額の報酬を得るため。あるいは獣人としての使命感から。あるいは人間としての根源の部分を理由に、今回の探索行に志願したのである。
一同の感想は、『予想外』であった。何せ飛行機自体着陸出来るかどうかという状況で、なおかつWEAの手配でも2便に分乗せざるをえず、そして空から見たスマトラ島は怪獣映画に出てくる謎の島のようにもやに覆われている。
「始末が悪そうだ」
熊の獣人、シヴェル・マクスウェル(fa0898)が、他人事のように言った。
「これじゃあ目に頼るのは難しいかもしれないね」
兎獣人の因幡眠兎(fa4300)が言う。今回の探索でチーム分けされた二人――仮にA班としておこう――である。
そこから3キロメートルほど離れた場所には、兎獣人の月影愛(fa2814)と熊獣人の天目一個(fa3453)が構えていた。B班に相当する。
「シヴィルさんのサーチペンデュラムだと、この辺になるのよね」
と愛が言うと、
「確率は五分五分。当てになるかも知れない程度に考えておいた方がいいかな」
と一個。サーチペンデュラムはオーパーツとして比較的入手しやすいが、効果はエコノミークラスなので万全の信用を置くには危険すぎる。
そこからさらに2キロメートルほど離れた場所には、兎獣人の水葉優樹(fa3309)、狼獣人の神塚獅狼(fa3765)、同じく狼獣人のパトリシア(fa3800)が居た。C班に相当する。
「もやが酷いです‥‥」
パトリシアが鼻をひくひくさせる。
「ホットスポット(火点)が近いからな‥‥この辺は泥炭層になっているらしいし」
獅狼が地図を見ながら言う。日本の災害派遣部隊からガメてきた火点情報地図だ。ヘリに積んだ赤外線モニターでモニタリングした火点地図で、消防活動で使用されているものをWEA経由で入手したのである。
ナイトウォーカー探索に情報媒体の携帯はリスクが伴うが、炎に巻かれてはこちらの命が危ない。空を飛べる獣人はともかく、安全と天秤にかければ地図の所持はやむを得ない処置であった。
「案内の人の話しによると、この先にワタという名の集落があるそうだ」
優樹が、現地案内を頼んだ獣人と話して言う。
「出来れば避難連絡をしてほしいそうだ。事情はよくわからないが、連絡が付けられない集落は結構あるらしい」
優樹の頼まれたことは、電話があれば電話一本で済むようなことである。しかしジャカルタでは毎年のように森林火災が発生し、住民は慣れっこになって避難しない場合があるのだ。それで危急な状況になった集落の例は、枚挙に問わない。
パトリシアはトランシーバーを手に取り、もう一つの、飛行獣人で構成されたD班にワタ村へ向かうように要請した。
●ワタ村壊滅
「何‥‥これ‥‥」
姫月リオン(fa1200)が、煙に混ざる濃密な血臭を嗅いで絶句した。
ワタ村は4戸ほどしかない本当の小集落であった。住民は推定15名。森林を無理矢理切り開いたような場所に草葺きの家が建ち――破壊されていた。
「ナイトウォーカーだな」
鶸檜皮(fa2614)が言う。住民は、見える範囲では完全に全滅していた。出来の悪いスプラッター映画のような光景が、目の前にある。
「これは‥‥きついなぁ‥‥」
胃からせり上がる酸っぱいモノをこらえながら、joker(fa3890)が言う。トランシーバーを取り出し、グループのチャンネルに合わせて他の班と連絡を取り合った。
「すぐ来るってさ」
なるべく平静を装い、jokerが言う。
「ほとんどが噛み殺されているな。『ヤツ』の武器は牙――ないし顎だ」
檜皮が、簡単に検死をしている。猛獣に襲われたような惨状ながら、その死体の異質さはある意味目標に対する唯一の手がかりであった。
「しかも素早いです。少なくとも、住民を逃がすことなく皆殺し出来る機動力を持っています」
リオンが言った。確かに、初撃で不意を打ったとは思われるが、その破壊力と運動能力は、並の人間をほぼ一瞬にして絶命させるだけの能力を持っているのだ。
その時、jokerのトランシーバーが呼び出し音を鳴らした。あわててjokerがそれを取る。
「接触した」
jokerが言った。
「A班が戦闘状態になった。不意を打たれてやばいみたいだ」
●激闘! ナイトウォーカー!!
シヴェルは内心焦っていた。
――視力に頼りすぎた!
初撃で肩をえぐられ、右腕の感覚が無い。相手の姿は確認したが、黒い甲殻を持つクワガタのようなナイトウォーカーである以上の情報は得られなかった。人に感染し、どうやら獣人達の到着までに変態したようである。
シヴェルは現在半獣化状態だ。完全獣化をすれば生存率は上がるが、獣化中は無防備になる。もとより、遭遇戦は想定していなかった。
否、今回のメンバーの誰もが、『ナイトウォーカーは獣人の位置を把握できるらしい』ということを失念していた。先に捕捉出来ると考えていたのだ。
甘い、としか言い様が無い。
同伴していた眠兎もぼうっとしていたわけではない。《鋭敏聴覚》で周囲の音を聞き取っていたが、もとよりジャングルの中は生物ノイズに満ちている。未知の生物ノイズなど無数にあり、初見のナイトウォーカーを特定することが出来なかったのだ。
救援が来るまで、最短で3分。
「右!」
眠兎が叫ぶ。直感だけで、シヴェルは伏せて転がった。頭上で恐ろしい破砕音がし、アブラヤシが中程で折れて倒れる。ナイトウォーカーはそのまま、木立の中を跳躍して姿を消した。
だが、去ったわけではない。
発煙筒の煙は、充分見えていた。リオンと檜皮、jokerの3人は、空を飛んでマーキングへ急ぐ。
バキバキバキ――。
がさがさと木立がざわめき、木が倒れる音がした。3人は翼を羽ばたかせて、先を急いだ。
――間に合わない!
遭遇戦を想定していなかったことは、他の班にも多大な影響をあたえていた。優樹と獅狼、パトリシアは地上を駆けるが、平地では100メートルを6秒前後で走れる獣化状態でも、密林をジグザグにでは思うようにスピードに乗れない。愛と一個も同様に駆けているが、気持ちほど足は進んではいなかった。
人間は、同じ力の人間を10秒もあれば殺せる。獣人と同じかそれ以上の力を持つナイトウォーカーが相手ならば、語る事は少ない。つまり、3分=180秒あれば、20回近く獣人を殺す機会があるのだ。条件はほぼ同じだからお互い様だが、それはつまり勝率50パーセントという意味になる。コイントスに命を張るのは、ロシアンルーレットよりはるかにリスキーだ。
ナイトウォーカーの攻撃は続いていた。シヴェルは半獣化の状態で《金剛力増》を行使し、相手のスピードに対抗する。眠兎もけん制に相当する反撃を試みるが、分厚い甲殻で阻まれ打撃らしい打撃を与えられない。枝を渡り一撃離脱を繰り返すナイトウォーカーは俊敏で、そして狡猾だった。
――きっかけが欲しい!
シヴェルは切に思っていた。強化された筋力とオーパーツウェポン《ホーリーファング》を合わせて使えば、かなりの痛打を与えられるはずなのだ。命中すれば、の話しだが。
「シヴェルさん」
眠兎が言った。
「私が受け止めるから、その瞬間に一撃入れてください」
眠兎はそう言うと、シヴェルの前に立った。
はたして、ナイトウォーカーは来た。黒い甲殻をまとった凶相が、眠兎に迫る。眠兎はその牙を受け止めようとして――。
じゅわっ!!
「くあっ!!」
ナイトウォーカーの口から噴射された液体を、マトモに浴びた。酸っぱい臭いが鼻を突き、液体は白煙をあげて肌を焼く。酸だ。
生死は分けられた。必殺の顎が、バネ仕掛けのおもちゃのように眠兎に迫る。一瞬後には、眠兎の顔は粘土をはぎ取ったように削り取られているだろう。
ごっ!
そのナイトウォーカーが、雷に叩き伏せられた。
「間に合った!」
檜皮の、最大出力の《破雷光撃》だった。放った雷撃で自身の産毛も灼けるような、まさに乾坤一擲だ。
「《虚闇撃弾》!」
さらに追い打ちをかけるように、リオンの攻撃がたたき込まれる。こちらも、持てる最大出力である。さすがにナイトウォーカーの甲殻も爆ぜ、たたきのめされ地面に転がった。
ひっくり返った胴の中央部に、コアが見えた。
「うるぁああああああっ!!」
シヴェルが左手で、《ホーリーファング》をたたき込み、その力を解放した。
バシン!
コアは砕け、砂のようになって消えた。
シヴェルは尻餅をつき、相手が完全に動かなくなったのを確認して、やっと安堵のため息をついた。
愛、一個、優樹、獅狼、パトリシアの5人が、やっとで追いついた。
●後始末
獣人たちは、かろうじてナイトウォーカーの殲滅に成功した。被害は、最少と言っていいだろう。情報媒体の焼却、死体の隠滅、他、もろもろの後始末をして、獣人達は帰路についた。
今回の件は、気候や災害に左右された部分もあるが、獣人たちに重要な教訓を残すことになったであろう。
しかし人間の欲は、またこういう事件を起こすかも知れない。
遺跡は、黙して語らない。
【おわり】