演じる事とは――――南北アメリカ

種類 ショート
担当 切磋巧実
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 難しい
報酬 不明
参加人数 8人
サポート 1人
期間 05/04〜05/08

●本文

●人知れず建つ寂れた養成所の噂
 ここはアメリカの或るアクターズトレーニングスクールだ。演技力を高め、明日のスターを目指す者が集う場所である。
 講師は二人。元女優と演出家の男だ。それほど名は売れなかったが、ここで訓練を受ければ演技力があがるとの噂が密やかに流れていた。
「今回はこの台詞を喋って演じてもらうつもりだ」
 長い銀髪を揺らし、精悍な風貌の男が、ブロンドソバージュヘアの女に台本を渡す。彼女は青い瞳を和らげ、妖艶な唇に微笑みを浮かべた。
「悪に堕ちた者の台詞ね☆ 『私は人間が憎い! 人間とは自分さえ良ければ幸福な生物なのだよ。否、他人の不幸すら糧とし優越感に酔える! ハハハハハッ! そんな愚かな生物に鉄槌を与えて何が悪い!?』」
「悪魔に魅入られた者がクライマックスで主人公と対峙する時をイメージしてある台詞だ。キミならどう演じる?」
「‥‥面白いわね。でも、これは男性の台詞でしょ?」
「勿論、口調や笑い方は任せるつもりだ。基本さえ守ってくれれば男も女もノープロブレム」
「与える情報はこれだけなの?」
「あぁ、これだけだ。否、訓練だからこれで十分だろう」
 どうやら台詞を喋らせて演技力を見るようだ。果たして何人のアクターが訪れるであろうか――――。

●今回の参加者

 fa0485 森宮 恭香(19歳・♀・猫)
 fa0558 クールマ・如月(20歳・♀・亀)
 fa0898 シヴェル・マクスウェル(22歳・♀・熊)
 fa2153 真紅(19歳・♀・獅子)
 fa2270 ユージン(17歳・♂・一角獣)
 fa2378 佳奈歌・ソーヴィニオン(17歳・♀・猫)
 fa2459 シヅル・ナタス(20歳・♀・兎)
 fa3293 Even(22歳・♂・狐)

●リプレイ本文

 ――本物の演技とは何かを教えてくれる演技だ。
 映画ゴッドマフィアの監督が或る役者の演技を見て残した言葉である――――。

●それぞれの演技
「それでは始めるわよ。名前を呼ぶので中央で演技に入って頂戴」
 Even(fa3293)が手を挙げるのを軽く無視して、ブロンドヘアの元女優はシヅル・ナタス(fa2459)の名前を呼んだ。
 赤毛のお嬢様は自信に満ち溢れた色を浮かべると、上品な身のこなしでサークルの中央に佇み、勝気そうな赤い瞳を研ぎ澄ませて芝居へのスイッチを入れる。
『わたくしは人間が憎いですわ! 人間とは自分さえ良ければ幸福な生き物。いえ、他人の不幸すら糧とし優越感に酔えるものですわ! オーーーホッホッホッホッ!! そんな愚かな生物に鉄槌を与えて何が悪いというのですの!!』
 それは正に『悪の女王様』だった。憎悪だけでなく自分以外の他者を見下す傲慢さと上に立つものとしての威厳を表現し、高笑いの台詞は左手を腰に、右手を口元に当てて演じた。
 次に選ばれたのはユージン(fa2270)だ。
「よろしくお願いします」
 長めの黒髪から覗く緑の瞳を揺らし、ダンサーの少年は叫んだ。台詞に重なるのは笑いの色。救いの無い慟哭と絶望を込めた悲鳴に近かった。
「‥‥なぜ、そんな笑い声となった?」
「僕なりにこの台詞を言う事になる人物がどんな経緯で堕ちていったのか考えてみました。それで生れ落ちた時から孤独の中に生きて、ただ一つの光であり癒しである人を奪われた時に、堕ちていったのかなと。いなくなったその人はきっとそんなことは望まない。憎しみに囚われて生きる自分を見れば哀しむだけだと判っていても、大切なものをもぎ取られた痛みに気が狂いそうで、そんな中で生きなければならない事実が憎くて。そして、その痛みと憎しみを他者に向けてしまう自分がもっと憎い。一言で言えば『悲痛な狂気』です」
「考え方は悪くないわね。分かったわ、次は‥‥待たせたわね」
「三番、イヴン。お願いしま〜す」
 銀髪の青年が軽い声を響かせた。彼は集まった女優達を口説く様に声を掛け捲り、現われた時から異質だった。特に森宮 恭香(fa0485)には熱心だったらしい。今も講師の美女に色目を遣う始末だ。そんな彼に――――。

『あのね、僕、思うんだけど、この台詞を言うような考えになるまでどんな人生を送ったかを想像してみたら? 始めはゆっくり、徐々に早く、強くして自分に言い聞かせるようにとか、自分の裡に響かせるように強く、大きくとか。‥‥それと、何か必要なモノあったら言ってよね?』
 燐 ブラックフェンリルが心配そうな色を浮かべ助言を与えていたのだ。
『何もいらないよ。サンキューな♪ まぁ、敢えて皆に悪い例でも見せようかな? 元女優の先生には、手とり足とり腰とり‥‥げふんげふん』
 その後、燐がどんな反応を見せたかは別の話である‥‥。

『僕は人間が憎い! 人間とは自分さえ良ければ幸福な生き物だ。いや、他人の不幸すら糧とし、優越感に酔える。ハハハハッ! そんな愚かな生物に鉄槌を与えてなにが悪いんだ!?』
「自己中心的な典型的悪役が、当たり前、ね。声と演技は悪くないけど人物が見えないわ」
 きっとこの事を燐に話せば、何て言われる事か‥‥。
 次に呼ばれたのは、クールマ・如月(fa0558)だ。
「あまり経験が無いので、他のお仕事で演じてる役と被っちゃうかもしれませんが‥‥宜しくお願いします」
『アタシは人間が憎いの♪』
 一同は呆気に取られた。彼女は敢えて笑顔を浮かべ、明るく演じ出したのである。しかし、次の台詞で表情は曇り、俯き出す。
『人間ってさぁ、自分さえ良ければシアワセ‥‥そんな生き物』
 感情の変化が過去に何があったのかと興味を抱かせた。刹那、キッと顔をあげ再び表情は一変!
『いいえ! 他人の不幸すら糧とし優越感に酔える! ‥‥んふふ、きゃははは♪』
 戯れた笑みを響き渡らせると、講師に振り向き――――。
『そんな愚かな生き物を‥‥ぶっ潰しちゃって、何か悪いのぉ?』
 二ヤリと冷たい笑みを浮かばせた。彼らとて人間‥‥何を思い、どんな事からその台詞が出てくるのかを考えた末の芝居である。
「かなりアレンジされているけど、個性的だったわ」
 次はシヴェル・マクスウェル(fa0898)だ。褐色の若い女は何かを決意したように立ち上がり、芝居に入る。
『私は‥‥人間が憎い。人間とは自分さえ良ければ幸福な生き者なのだよ』
 淡々と、感情を籠めずに赤毛の女は口を開いた。
『否! 他人の不幸すら糧とし、優越感に酔える!』
 始めの台詞で大きく手を振り、突然爆発したように大声で、悲壮とも取れる表情で訴える。やがて僅かに間を置き、あらぬ方向を見ながら狂喜の笑いを響かせてゆく。
『‥‥ハハハハハッ! そんな愚かな生物に鉄槌を与えてなにが悪い!?』
 歪んだ笑いを残しつつ、講師をしっかりと見据えて断言した。
「(演技はクールマより上だが)‥‥次」
 呼ばれたのは佳奈歌・ソーヴィニオン(fa2378)。清楚な美少女は、アンバランスな魅力でもある豊かな胸の膨らみを弾ませ中央へ歩む。
『私は人間が憎い! 人間とは自分さえ良ければ幸福な生物なのですわ。いえ! 他人の不幸すら糧とし優越感に酔える! ふふ‥‥ふふふ‥‥そんな愚かな生物に鉄槌を与えて何が悪いというのです!?』
 彼女は時に長い赤毛を舞い振り乱し、時に起伏を表現する如く、自分の両手を見つめ、眼鏡に浮かぶ青い瞳に狂喜を映し出して演じた。少女から放たれるオーラはシヴェルが驚愕する程だ。佳奈歌とて慣れない役を読み込み努力したのである。
「(確かに技術は輝いているけど)次、始めて」
 次は真紅(fa2153)の番だ。
 柔らかなウェーブの掛かった金髪の美少女は芝居を繰り広げる。
『私は‥‥人間が憎い。 人間とは自分さえ良ければ幸福な生物なのだ。 否‥‥他人の不幸すら糧とし優越感に酔える。 ‥‥‥‥フフ‥‥。 そんな愚かな生物に鉄槌を与えて‥‥何が悪い?』
 彼女は間の取り方を巧みに演出した。常にアルカイックスマイルを浮かべ、瞳に哀れな子羊を見下すような色を放って最後の台詞を紡いだ。その刹那、茶色の瞳はしっとりと濡れていた。
「間の取り方を工夫したのは良い着眼点ね。次で最後ね」
「はーい! キョーカいきまーっす」
 のんびりとした口調で茶髪の少女が立ち上がった。薄い笑みを浮かべており、伊達眼鏡の奥に浮かぶ黒い瞳は穏やかだ。恭香は俯き眼鏡を外すとスイッチを入れる。髪を掻き揚げると風貌は一気に中性的な魅力を漂わせた。酷白な笑みを浮かべ、侮蔑する眼差しで歌うように言葉を紡ぐ。
『私は人間が憎い。人間とは自分さえ良ければ幸福な生物なのだよ』
 眼鏡を指で弄び、「くっくっ」と喉を鳴らす。愚かなものを嘲り、楽しくて仕方ないという感じだ。
『否、他人の不幸すら糧とし優越感に酔える!』
 驚愕するかの如く天を仰ぎ、台詞と共に勢い良く眼鏡を放り投げた。そして壊れた人形の如く細身を仰け反らせて乾いた笑い声を響かせ、次の言葉を紡ぐ。
『ハハハハハッ! そんな愚かな生物に‥‥!!』
 床で乾いた音と共にレンズが割れた。彼女は台詞の最後に落とした眼鏡を踏み潰したのだ。正に狂気である。皆が息を呑む中、演技は続く。
 恭香はゆっくりと視線を戻し、絶望と諦観を湛えた眼差しで左胸を掻き毟るように押え、講師に視線を疾らせた。
『鉄槌を与えて‥‥何が悪い?』
 刹那、頬を伝ったのは一筋の涙だ。一瞬、驚きの色を浮かべ、忌々しげに舌打ちして振り払うと瞬時に残酷な笑みを再び浮かばせる。
 一同は言葉を失った。特に真紅は驚愕の色を濃く浮かばせている。
「‥‥真紅、どうかしたか?」
 銀髪の講師が訊ねた。
「私が、出来なかった事を彼女がやってのけたので、正直、驚いています」
「キミの最後の演技について聞かなかった部分だが、改めて訊こう。なぜ、瞳にあの表情を浮かばせた?」
「私は、『怒り』より『哀れみ』を主人公に抱いた女性として演じました。『お前などどうにでも出来る。だが‥‥疲れた。やはり人間は‥‥醜い。煩い。馬鹿馬鹿しい。それでもお前は私を殺し、人間達の世界を護るというのか? ならば‥‥私を眠らせてくれ、永遠に。そしてあの煩い人間どもに褒め称えられて、英雄だと祭り上げられるがいい。‥‥お前もその程度の男であったと記憶して、私は眠ろう』。だから、涙が流せればと‥‥難しいわね」
 真紅は薄く笑って小首を傾げた。彼女は物語が作れるほど細かい設定まで想像していたのである。演技で涙を流せなかったが、意図は伝わったようだ。次に恭香へと訊ねた。
「人間を愛してたのに、何か絶望する事があって堕ちた悪‥‥をイメージしましたー。演技で大切なのは、キャラをよく読み込んで理解するのと想像力、かな? いかにその役を理解し、イメージできるかだと思っていまーす!」
 演技を終えた少女は、愛想よく答えた。とても先ほど涙を流した娘とは思えない。
「‥‥うむ。キーワードは悪に堕ちた『人間』だ。勿論、半狂乱するのも間違いではない。だが、映画の場合、最も重要なのは顔のアップがある事だ。観る者に訴えるインパクトのある変化。それが――涙だ」
「独断と偏見だと思っても構わないわ。今後の演技に役立てば幸いよ」
 こうして5日に渡るカリキュラムは幕を閉じた――――。