演歌に咲く無色の華‥‥アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 切磋巧実
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 0.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/24〜10/28

●本文

 ――ある少女の日記より。
 あたし紗亜弥。16才のどこにでもいるふつうの女の子です。
 でも、もうすぐ、あたし演歌歌手としてデビューが決まってたりします。
 ぐうぜん友達の代わりに出たノドじまん大会でスカウトされちゃったんですけど、幼いときから頼まれると断わるのが苦手で、お話がポンポンと進んじゃって‥‥しょうじきドキドキがおさまりません。事務所のえらい人は「まかせろ」って言うけど、だいじょうぶなのかなぁ?
 でも、演歌なんだし、変なかっこうとかさせられないと思います。

「さて、あの娘のデビューだが‥‥」
 狭い一室で壮年の男は口を開く。僅か三つのデスクのみの閑散とした事務所内に緊張感が漂う。
「ターゲットは若者に絞りたいと思う」
「若者、っスか?」
「でも、演歌を聞く対象は中年からって相場だけど? 何を考えているの?」
 ごつい男が唖然とした表情を浮かべ、向かいのデスクで妖艶な美女が呆れたように溜息を吐いた。
「今まではそうだ。確かに紗亜弥は歌もそこそこ上手い。孫のように応援してくれるファンも出て来るかもしれん。だがな、俺は演歌を変えたいんだよ!」
 左右のデスクで深い溜息が洩れる。相変わらず女は呆れた表情のまま、眼鏡に駄目男を映し出す。
「何を今更‥‥。いい? そもそも演歌は人生の哀愁を歌うものなのよ? しかもお酒も呑めない恋愛経験も少なそうな未成年デビューさせてどうするのよ?」
「年齢なんか誤魔化せばいい! 幸いプロポーションも良いし、背は低いが、そんな成人女性はゴロゴロ転がっているだろ? 俺達で塗り変えれば良い!」
 今度は向かって左側の男が口を開く。まるでレスラーのような体格だ。
「塗り変えるって‥‥私達が? 無理っスよ、もう演歌にどっぷり浸かってますし、新しい売り込み要素なんて‥‥ねぇ?」
 暫しの沈黙が流れた。しかし、男の野望は消え失せたりしない。
「新人プロデューサーやコーディネーターを募集しよう。否、名前から衣装や曲調まで全て新人にやらせてみようぜ!! 佐武、ネットに募集告知を流せ! クリスティはトラックの用意と幾つかの場所を確保してくれ!」

 ――後日ネットに募集告知が流れた。
『新人演歌歌手をプロデュース! 無色の華を染めてみませんか?』
 新人演歌歌手はプロポーション抜群の若い女性☆
 新人プロデューサーやコーディネーター(他)募集。
 芸名から曲調、衣装デザインやメイク等、全てお任せします。
 曲の条件は『演歌』である事。ターゲットは若者である事。
 デビュー披露はトラックによる路上ライブを予定。
 若い感性をお待ちしています。報酬など詳細はコチラ→★

「‥‥う、胡散臭いわね」
「そうスか? 若者をターゲットにしたんスけど‥‥」
「まあ、いいんじゃないか。さて、新たな演歌伝説の幕開けと行こうぜ!」
 男はデスクに置いてある紗亜弥の写真を見つめる。
 未だあどけなさの残る少女は、はにかむように微笑んでいた――――。

●今回の参加者

 fa0194 鈴生 六連(18歳・♀・鴉)
 fa0340 Camille(10歳・♀・兎)
 fa0509 水鏡・シメイ(20歳・♂・猫)
 fa0851 高野正人(23歳・♂・アライグマ)
 fa0954 白河・瑞穂(17歳・♀・一角獣)
 fa0990 キルシュ(18歳・♀・猫)
 fa1456 焼津甚衛(51歳・♂・鴉)
 fa1511 ルーファス=アレクセイ(20歳・♂・狐)

●リプレイ本文

●始まりの刻
「新人演歌歌手『紗亜弥』のライブを行います。ぜひ、いらして下さい」
 人波が行き交う駅ビルで、少女はチラシを配りながら声を響かせていた。眼鏡に映り込むチラシは、衣装係が徹夜で完成させた、レトロ調の大正モダンをイメージして刷られた彩りが柔らかいものだ。同じ頃、着物姿の好青年や見目麗しい少女、そして端整な風貌の青年が、それぞれターゲットを絞りながらチラシ配りに努めていた。無名の新人が客を集める為に、宣伝は重要なファクターである。
 ――14:00
 一台のトラックが街の一郭に停車した。
「紗亜弥さん、参りますわよ☆」
「紗亜弥さんの歌声が若者に癒しと活力を与えられるよう全力でサポートします。デビューライブ成功の為に頑張りましょう」
 少女と青年が微笑みながら瞳を向ける。二人の暖かい視線の先に佇む少女が、靴音を響かせて一歩を踏み出した。結い流しの髪が揺れる。
「‥‥はい!」
 若者に癒しと活力を。
 そんなキャッチコピーが刻まれたトラックの荷台が、ゆっくりと開かれてゆく。
 銀髪を緩やかに揺らす少女と短い銀髪の青年がバイオリンの旋律を奏で始める中、紗亜弥が瞳を閉じる。
 ――皆さんがくれたものとあたしの努力をむだにしないために‥‥。

●回想――はじめての日々
「バイオリン、演歌‥‥ですか?」
 あたしが素っ頓狂な声をあげると、目の前の少女は両手を合わせて可愛らしく微笑みました。
「そうですわ☆ わたくしが近所に住むお爺さんに聞きましたところによりますと、その昔、バイオリン演歌なるものがあったそうですわ。その話に着想を得て、シメイさんとわたくしのバイオリンによる伴奏で紗亜弥さんに歌っていただこうと思いますわ。ええと、なんと言いましたかしら? そう、温故知新ですわ♪」
 彼女はCamille(fa0340)さん。あたしより年下みたいだけど、芸能界では先輩です。銀髪が綺麗でお嬢様って感じかな。
「私のバイオリンの音色が紗亜弥さんの歌声を引き立ててあげられるのでしたら、力になりますよ」
 ニコニコと穏やかな微笑みをあたしに向けるのは、水鏡・シメイ(fa0509)さん。短い銀髪が好青年って感じです。いつも着物姿みたい。
 シメイさんの傍でCamilleさんが満面の笑みを浮かべて先を続けます。
「バイオリン演歌は大正時代の貧乏書生の方々がアルバイトにしていたものということですので、現代でも書生姿を模して演奏されている方々がいるとか。わたくし達もそれに倣いまして女学生風の衣装ですわ。羽織袴に靴、結い流しの髪ですわね♪ かわいい格好ができて楽しいですわ☆」
 すごい、もうここまで考えていたんだ。とっても嬉しそうな彼女の後に、白河・瑞穂(fa0954)さんが円らな瞳を向けて微笑みます。長くて黒い髪が大和撫子って感じかな。
「羽織袴ですか。では、出来るだけ可愛らしく見える明るい着物を衣装に選んで、和服を着慣れている私が見本になりながら着付けや着物での所作を時間の許す限り教え込みましょう」
 彼女は演出家さんだけど、モデルさんもやるとかで着物姿が良く似合ってます。
 次に、高野正人(fa0851)さんが衣装の話に反応しました。
「でしたら僕がライブ用の衣装とか作らせてもらいます。美術関係かじってますし手先も器用な方ですから。現代認識での『大正風』に、ちょっと現代的な彩りを取り入れてく感じですか?」
 ポリポリと茶髪を掻きながら、彼はデザインをイメージすると、瑞穂さん達と打ち合わせを始めました。すると、あたしの目の前に、眼鏡を掛けたストレートロングヘアの美少女が飛び込みました。手に持っているのはヘッドホンです。
「色々なデモテープを作ってみたんです。聞いてくれますか? 明るいもの、艶っぽさを感じさせるもの、少々寂しげ漂うもの、色々あります。えと‥‥とりあえずは‥‥『若者に癒しと活力を』というキャッチフレーズで作っていこうと思っています。紗亜弥さんのキャッチコピーとしてもよいと思います。明るい曲調に、ヒーリングミュージックを加えた曲はいかがでしょうか?」
 あたしのキャッチコピー‥‥。
 作曲家のキルシュ(fa0990)さんが提案すると、瑞穂さんが振り向きました。
「明るい曲調は良いですね。メイン楽器のバイオリンを踏まえた上で若い人にも分かり易い、恋心を歌い上げる歌詞を作成しましょう。大丈夫、振り仮名は付けておきますよ☆」
 え? 今あたしの方を向きました? あたしが「よ、よろしくお願いします」と応えると、正人さんが「癒しがテーマでちょっとレトロ風な感じかぁ」と再び悩んでいます。ちょっとおかしくて、つい笑っちゃうと、眼鏡を掛けた少女がショートヘアを揺らして顔を覗き込んで来ました。
「僕は、紗亜弥君のスケジュール管理と、ライブの宣伝を担当させてもらいます。うん、取り敢えず、先ずは衣装ですね。高野君お願いします。では後ほど☆」
 鈴生 六連(fa0194)さんが手を振ると共に、正人さんがメジャーを持って来ました。
「そーゆー訳でちょっと採寸させてくださいませ。バイオリニストの方々も並んでくださいねー。いやー、しかし‥‥プロポーション抜群とは聞いてましたが。うーん、役得♪ ま、こちとら新人といえプロなんでご安心を。きっちり衣装仕上げさせてもらいますんで待ってて下さいねー」
 ‥‥なんだかエッチです。でも、衣装作りの後はチラシも作るみたいで大変そう。

 それから、詩と曲が完成すると、いよいよレッスンが始まりました――――。
「駄目だ! 腹式呼吸がなっていない!! 始めからだ」
「は、はい!」
 焼津甚衛(fa1456)さんは歌の指導を買って出てくれた男性です。外見から恐いなって思っちゃいましたけど、やっぱり厳しい人でした。でも、これもあたしの為って前に言ってくれたんです。
「‥‥若い感覚もいいが実力が備わらなければ曲が売れても一月持たずに飽きられる。俺は紗亜弥に本物の歌手になって欲しい。奇をてらった売り方や話題性だけが武器のアイドルにはなって欲しくない。腹式呼吸、発声練習を繰り返し、基本をひたすらみっちり訓練するぞ。古臭いやり方かも知れないが、音に近道はない。俺の持論だ。それに、堂々とやればとちっても格好はつくものだ。人間は努力に価値を求める。おまえに「あれだけ頑張ったんだから大丈夫だ」と思えるだけの努力をさせてやることが、俺の仕事だ。俺は甘くないぞ、紗亜弥!」
 普段、注意する以外に話さない甚衛さんの言葉は、とても胸に染み込みました。だから、あたしは努力してみせますって、誓ったんです。それでも、レッスンは厳しくて、落ち込んだりしちゃう時もありました。そんな時は、皆さんが相談に乗ってくれて励ましてくれたんです。嬉しかった。けれど、ルーファス=アレクセイ(fa1511)さんの赤い瞳や言葉が何故か優しくて――――。
「スカウトからいきなり芸能界だもんね、悩み事も少なくないよね?」
 彼は振り付けを指導してくれた人です。長い銀髪が綺麗で、眼鏡が知的って言うのかな。でも、密室だからって、いきなりあんな事をしたのは驚きました。だって‥‥半獣化しちゃうなんて。
「あの‥‥あたしもやらなきゃ駄目ですか?」
「気にしないで、私の癖みたいなものでね。大丈夫だよ、私と共に舞い踊ればいいからね☆」
 こういうのを手取り足取りって言うのかな。基本的なダンステクニックと、日本舞踊を練習したけど、初めはドキドキしっぱなしで、きっと赤くなってたかもしれません。でも‥‥。
「紗亜弥君、以前より上手になったけど、ビデオでの予習復習はしっかりとね。忘れたでしょ?」
 優しい言葉の分、厳しさを感じるっていうか‥‥。ルーファスさんの瞳を見つめていると、こんなお兄さん欲しいな、なんて感じたり‥‥。だから、困った時は頼っちゃったりしました。
『もしもし‥‥紗亜弥君だね?』
「あの、あたし、明日が、デビューで、何か眠れなくて‥‥誰も見に来なかったらって‥‥」
『大丈夫。これまでやってきた事をもう一度やるだけだよ。はい、深呼吸‥‥落ち着いてぐっすりお休み☆』
 あたしは携帯を切ると、六連さんが作成したスケジュール表を見つめました。
 いよいよ、あたしのデビューライブが始まります――――。

●彩られた華
 ――皆さんがくれたものとあたしの努力をむだにしないために‥‥。
 トラックの荷台が、ゆっくりと開かれてゆくと共に、バイオリンの旋律が奏でられた。明るい雰囲気で尚且つ紗亜弥の姿が映えるような背景、照明演出が成されたステージが曝け出される。
 明るいメロディが流れる中、紗亜弥は女学生をイメージした羽織袴姿で優雅に踊り、結い流しの髪を揺らすと、歌声を響き渡らせてゆく。演歌ということもあっただろうか、まるで周囲がセピア色に染まるような錯覚を感じる不思議な旋律と歌声が周囲に広がった――――。
「若者に癒しと活力を――か‥‥」
 スーツ姿の男が少女を見つめ、眩しそうに瞳を細めると、人混みを掻き分けて離れて行く。教えるべき事は全て教えた。生き残れるかは紗亜弥次第だ。甚衛が耳を澄ます中、歌は終わりに差し掛かる。
 拍手が沸き起こったような気がして、男は口元を満足そうに歪めた。
 ――俺がいなくても、皆が労ってくれるだろう。